最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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三月以来の更新。時間が取れない…


幕間七

 

 ネギ先生が悪魔を討伐しに行く、と言ったときは正直、頭を疑った。

 麻帆良において高位低位に関わらず魔性の類は結界に寄って探知されるし、仮に探知をすり抜けてもエヴァンジェリンさんのように大きく力を制限される。

 加えて、安全を優先するならどう考えても私たちが動くべきではないと思うのだが…それでも、ネギ先生は保険としてオコジョ妖精のカモさんを学園長への伝達役とし、私たちは悪魔の迎撃に行くと言った。

 私だけならばともかく、お嬢様まで連れてだ。

 有無を言わさず傘を差し、お嬢様の斜め後ろで警戒しながら先生の後をついていく。

 

「……しかし、本当に大丈夫なのですか? いくら麻帆良の結界によって悪魔の力が弱まっているといっても、アーチャーさんが言うには高位の悪魔なのでしょう?」

「アーチャーがいるから大丈夫ですよ。それに、二人は見ているだけで構いません。……それと、勘違いしてるようですが、麻帆良の結界はエヴァの魔力を抑え込むのに全力を使っているので彼女以外の存在には余り効果はありませんよ」

「……アーチャーさんは影響を受けてませんでしたか?」

「どうにも霊体の状態だと結界の影響をもろに受けるようですからね。現界すれば影響はほぼゼロです」

 

 ここに来た当初は疑問に思ったものです、とネギ先生は過去を思いだすように顎に手をやっている。どうでもいいですが、その仕草をしていると十歳には見えませんよ。

 しとどに降りしきる雨の中、泥に足を取られないよう気をつけながら歩くこと十数分。

 そこに、黒い外套を着た男性が立っていた。

 警戒する私をよそに、ネギ先生は親しみさえ覚えるような声色で語りかける。

 

「こんばんは。というにはいささか早い時間帯でしょうか」

 

 目を細めて警戒を露わにする男性──その悪魔は、帽子を被り直しながらネギ先生と二、三言葉を交わしている。

 後ろからでは先生の顔は見えないが、その声色からろくに警戒していないことも感じ取れる。思わず私はお嬢様の傍により、傘を左手に持って刀に手をかけていた。

 あるいは、先生が悪魔の内通者なのかとも考えた。しかし、かの悪魔はネギ先生を強く警戒しているし、言葉を交わすごとに雰囲気が段々と剣呑になっていく。

 ネギ先生はおもむろに左手をあげ、宣告した。

 

「まずは、貴方の部下三名から」

 

 首筋がチリチリする。自身が狙われているわけでも、お嬢様が狙われているわけではないというのに──寸分違わず擬態して姿を隠していた周囲のスライムを撃ち抜く矢に戦慄した。

 音よりもなお速い。神鳴流を修めている私に対して飛び道具は効かないが、彼の矢は対処できるかも怪しい。

 銃弾でさえ容易くはじき返すだけの反射神経はあるつもりだが、それを容易く超える速度。それに加えて、矢の威力そのものに押し負けかねないのだ。

 今見ているそれでさえ彼の本気には程遠いのだろう。エヴァンジェリンさんと模擬戦をやっていた時はもっと速く、連射すらこなしていた。

 周囲にいたスライムを掃討し、更に優位に立ったネギ先生は余裕を持って悪魔に問いかけた。「聞きたいことがある」と。

 

「なぁ、せっちゃん。先生、大丈夫なんかな……?」

「……先ほど援護したアーチャーさんもいます。負けることはないでしょう」

 

 実際、戦闘になってしまえばアーチャーさんの出る幕すらなかった。先生は唯一人で嵐の如く魔法を放ち、悪魔を消滅一歩手前まで追いつめたのだから。

 そして、再度問いかけた言葉に倒れ伏した悪魔、ヘルマン伯爵は敗者の矜持だとネギ先生の疑問に答える。

 ──その問い掛けと返答を聞けば、ネギ先生が私たちを連れてきた理由の一端がなんとなく理解できた。

 お嬢様は治癒を最も得意とする魔法使いになるのだろう。故に、ネギ先生は自身よりも適性のあるお嬢様に「永久石化」の治癒を頼みたい。今回のこれは、詰まる所ネギ先生の遠回しの依頼のようなものだ。

 お嬢様の善性を利用し、ネギ先生が助けたい人を自発的に助けさせようとしている。私には、そうとしか思えない。

 ヘルマン伯爵の言葉にどこか落胆した様子さえ見せていたネギ先生だが、最後の抵抗をしようとしていたヘルマン伯爵を見て私は咄嗟にお嬢様の前に出た。

 だが、それは不要だったらしい。

 

「これで終わるつもりもないがね──!」

「──無駄だと、何度言えば理解できるんだ、お前は。その最後まであきらめない姿勢も嫌いではないがな」

 

 別人のような雰囲気を感じさせたネギ先生は、自身ではなくアーチャーさんの援護によってヘルマン伯爵を消滅に追い込んだ。

 彼が張っていたであろう結界を貫き、咽喉を正確に撃ち抜いたのだ。どれほどの距離があるかはわからないが、この精密さもアーチャーさんの強さなのだろう。

 これで終わりだと思い、緊張を解こうとした瞬間。聞き覚えのない声が耳を打つ。

 

「──お疲れ様でした、ヘルマン伯爵、ネギ先生」

 

 雨に紛れて足音が聞こえなかったとはいえ、こうも容易く接近を許すとは思っていなかった。

 木々に紛れていたといっても気配を感じることすら出来ないなど、次の相手は格上でしかない。そう、思っていたのだが……。

 

「……ザジ、さん?」

 

 驚愕に目を見開く。

 普段無口無表情のザジさんが薄く笑みを浮かべて話しかけているのもそうだが、いつもの人畜無害というか、何事にも関心がないような雰囲気が全くない。

 既に日は落ち、雨が降っていることも相まって視界は非常に悪い。顔はなんとなくわかっても表情までは読めない中でも、彼女が笑っていることだけはどうしてかわかる。

 観察されているような視線。普段と違い過ぎる様子に、私はお嬢様への視線を遮るように前へと出た。

 

「そう警戒なさらずとも、私は何もしませんよ」

 

 この場に現れたということは、彼女もまた魔法関係者であることは間違いないのだろう。ヘルマン伯爵の名も出していた以上それは間違いない。

 だが、このタイミングで出てきた理由がわからない。彼女の目的も、何も。ネギ先生は何も話していないが、先生もザジさんのことを推し量りかねているのだろうか。

 その中でザジさんは気負うことなく告げた。

 

「私は"観測者"です、ネギ先生。貴方が令呪を持ってサーヴァント・アーチャーを召喚したことも。エヴァンジェリンを下したことも。京都で造物主の人形相手に戦ったことも。私たちの計算通りです」

「……計算通り、ですか」

「はい。我々は貴方を見定める義務がある。これまで計算通りに動いてきた貴方を、これからも私たちの計算通りに動くのかどうか、そしてそれが世界のためになるのかどうかを見定めねばならない」

「随分と傲慢な考え方をするのですね、レイニーデイさん」

「ザジで構いません」

 

 笑っていた彼女の顔が、無表情に戻った。

 同時に、温和な雰囲気が鋭利な刃物のように鋭く突き刺さる敵意に変わる。私は思わず刀に手をかけ、ネギ先生はそれを止めるように開いている左手を上げてこちらを見てきた。

 それを気にした様子もなく──いや、気付いた様子もなく、彼女は淡々と言葉を吐きだし続ける。

 

「これまでに観測してきた未来はどれも暗い。造物主の再封印。依代になった■■の討伐による依代の変更。魔法世界の封印。テラフォーミング。世界の再構成──条件を変えて何度再計算しても、未来が滅びから遠ざかることはなかった。むしろ、我々が行動を起こすたびに未来はより悲惨な方向へと転がり落ちてさえいる。

 貴方にこれを覆すだけの可能性は残されているのか? 我々の計算では『否』としか出なかった──未来はもう閉ざされている」

「……その割に、まだ諦めきれていないような雰囲気さえ感じられますが」

「当然です。我々は常に種族の、ひいてはすべての生き物が幸福であれる未来を探し出すために未来の観測を始めた。それが、このような結果で終わるなど断じて許せるものではありません」

 

 私は、そこに狂気を見た。

 表情はなく、言葉に揺らぎはなく、彼女の信念に小さな欠けすら存在しない。ただ未来を案じて計算し続ける機械のような存在。先に感じた敵意も、あれは彼女に取っていらだちをぶつけるような行動に過ぎないのかもしれない。

 私と違って具体的に未来を視るわけではないようだが、ある種私と彼女は似た者同士ということだろうか。

 いや、私自身の感想はともかく……何故今になってネギ先生と接触を図ったのか。それが現状では一番の疑問だ。

 

「ザジさん。何故あなたはネギ先生に接触したのですか。しかもこのタイミングで」

「単純なことですよ、桜咲さん。このタイミングが私にとって──いえ、私たち(・・・)にとって最も都合がよかったからに他なりません。高畑先生は出張。エヴァンジェリンは興味を持たず、故に絡繰茶々丸の監視からも逃れ、アルベール・カモミールは私が眠らせたことによって学園側は誰も現状を認識していない。何よりヘルマン伯爵の襲撃によって魔族の痕跡を誤魔化せる(・・・・・・・・・・・・)

 

 魔族──ということは、彼女は。

 

「はい。貴女の想像通りですよ桜咲さん。私は魔族です」

 

 ……なるほど、人外魔境のようなクラスだと思っていましたが、私やエヴァンジェリンさん以外にも人外が混じり込んでいましたか……。

 驚きはある。だが、私を始めとして普通ではない生徒を集めたフシがあるあのクラスならば、確かに魔族が混じっていても不思議ではない。エヴァンジェリンさんがこれに気付いていたかどうかは定かではないにせよ、もっと爆弾的な人物が混じっていてもおかしくはない。

 ネギ先生なら何か知っているのかもしれないが、彼はずっとザジさんの言葉を受けて考え込んでいる。

 ザジさんは私へと向けていた視線を切り、ネギ先生へと向けて視線を送る。ネギ先生はそれに気付いたのか、おもむろに口を開いた。

 

「……あなたたちの考えうる限りの方法では、未来は救えなかった。そう言う話でいい訳ですね」

「はい。我々が何度計算しても、何度軌道を修正しようとしても、人類が滅びる道を避けることは出来なかった。接触することも変化を考えれば大きな賭けでしたが、イレギュラーを防ぐために私はこうして……」

「それはどの時代での(・・・・・・)話ですか?」

「……最速でいえば、今年の夏。遅くとも百年後の未来。もう、脅威は直近まで迫っています」

 

 ──ッ!?

 

「今年の夏だと!? それは、幾らなんでも早すぎる! 信じられるわけがない!」

「あなたが信じようと信じまいと、結果として起きる可能性がある。それが事実です」

 

 淡々とした口調でザジさんは告げた。ネギ先生も同様に反論するだろうと視線を向けるも、先生は一欠片の動揺すら表に出してはいなかった。

 それどころか、可能性は十分にあることを知ってすらいるような口ぶりだ。

 

「まぁ、ゼロではないでしょう。選択肢次第では魔法世界の崩壊から火星での生存競争につながり、と……しかしザジさん。貴女の言葉には語弊がある。それは滅亡の切っ掛けであっても人類滅亡そのものでは無いはずだ」

「……魔法世界の崩壊だけならば、そうでしょう。ですが、それ以外に原因があるとしたら?」

「だったら、僕はそちらの理由に心当たりはありません。未来に起き得る可能性の一つとして、教えて貰えませんか?」

「構いません。知ることで避けられる未来もありますから」

 

 そう言って、ザジさんは少しだけ口を噤んでから、言葉を整理するようにゆっくりと告げた。

 

「我々は『それ』のことを適切に表す言葉を持ちません。故に、過去の偉人からその名を取り、便宜的に"アリストテレス"と呼称しています。『それ』は単体で惑星に住まう生物の全てを虐殺することが可能である存在であり、その為の権能を持つ存在であるその星の究極の一、"アルテミット・ワン"──魔法世界の崩壊の原因は造物主によるものではなく、造物主が使った魔法の副次的な効果によって削られた火星の魔力(いのち)であり、このまま星が滅ぶことを良しとせずに動きだした"アリストテレス"が火星の全ての生物を鏖にします」

 

 私とお嬢様は飛躍した話に最早ついていくことは出来ない。だが、ネギ先生はその単語の意味がはっきりと理解できたのだろう。

 見たこともないほどに動揺し、顔を青ざめさせて呟いた。

 

「"アリストテレス"──それが、全ての生物を殺すために動く……?」

「サーヴァントでの対応は不可能です。サーヴァントでは彼らの理に対応できない。かの黄金の王であろうとも、施しの英雄であろうとも、星の聖剣の担い手であろうとも──あなたの使役するギリシャの大英雄であっても、それは変わらない」

「だが、それは火星においての話でしか無いはずだ。地球にいる人類まで滅ぶのでなければ、人類滅亡とは到底言えない」

「貴方の言葉も理解出来ます。しかし、我々の計算では高確率で"アリストテレス"はこう判断する──『二度目が起きない可能性はない。ならば先んじて滅ぼすべきだ』と」

「……それで、滅ぶという訳か」

「理解いただけたようで何よりです。"アリストテレス"に関していえば、もう少しかみ砕いた説明が必要だと思っていましたが」

「不要だ。言いたいことは大体わかる。──それに、その説明を聞く限りだと魔族も危ないのだろう」

「はい。人類すべてを滅ぼしたのち、"アリストテレス"は我々魔族をも滅ぼすでしょう。一度滅ぼされたかけた火星の意地とでもいうべきでしょうか、その行動は全ての生物が太陽系から一掃されるまで続くはずです」

 

 ネギ先生は口調さえ変わっている。何か、大きなことがすぐ傍で起きているような感覚。それでも私とお嬢様には理解が及ばない。

 ザジさんは変わらず無表情のまま言葉を終え、ネギ先生は空いた左手を額に当てて何かを考え込んでいる。

 会話はここに停滞した。それを終わらせたのは理解出来ない私たちでも考え込むネギ先生でもなく、爆弾のような話題を提供したザジさんだった。

 

「──時間です。これ以上の遅延は学園に、そして我々の中でも『諦めた者たち』に勘付かれてしまいます。また何かしら話す機会があるとすれば、それは貴方が我々に協力を申し出る時になるでしょう。我々は貴方が鍵だと思っていますから、協力を要請されれば喜んで手伝います。すべては、貴方の決断次第で」

 

 それだけ告げて、ザジさんは姿を消した。

 雨が降りしきる中、足音もなく、足跡さえ残さずに。

 ネギ先生は随分と憔悴していたが、それでも弱音を吐くことさえせずに一度エヴァのところへと戻るべきだと言い、私たちは頷く。

 これ以上ここにいてもやることはないし、出来ることもない。

 

「……桜咲さん、近衛さん。今日聞いた話は全て他言無用です。要らない騒ぎが起きかねません」

「はい。承知しています」

「うん、うちも……」

 

 正直、私もお嬢様も事態の動きが早すぎてついていけていない。今回ザジさんの話したことについても、問わねばならないだろう。

 語られたことが事実ならば、私たちも関係ないとは言えないことだろうから。

 

 

 




色々作中でのことについて語りたいことはあるんですが、重要なのは魔族の一部が型月でいうアトラス院と化していることです。
これはとても重要なことです。

何故ならザジは は い て な い から。

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