修学旅行が終わり一週間余り。
気が抜けたようになっていた3-Aの面々もゴールデンウィークを前にしてテンションを上げていたが、五月末には定期試験もあるしそうそう気を抜いていられない。
にこやかに課題を出すと一転してお通夜のような状況になってしまうが、これくらいのテンションの上げ下げは最早恒例行事なので気にもしなくなった。
あとは佐々木さんが大会選抜を前に悩んでいたと同室の和泉さんから聞いたくらいか。
テストには合格したらしいが、どういう訳か「ネギ先生のおかげや」と言われた。俺は特に何も話した覚えはないのだが……思わず神楽坂さんの方を見ると、それに合わせるように視線を逸らされた。
……まぁ、別に悪いことでもないので構わないのだが。
あと、時期的にはまだ早いが麻帆良祭での出し物を考えておくように言っておくくらいだ。
それらの仕事を終え、やることをやってからエヴァの家で『別荘』を使う。
「……よくもまぁ飽きもせずに同じ魔法を使い続けられるものだな」
「ルーチンワークの見直しだからな。発動が早くなればそれだけ別のことに思考を割ける」
パターンはいくつか用意しているからそれを組み合わせて戦闘用に改良するだけだが、パズルみたいなもので面白いといえば面白い。
どちらかといえば『魔法使い型』の魔法使いである俺だが、杖術をこのまま修練しておけば『魔法剣士型』としてもそこそこ戦えはするだろう。
「今でもある程度喰らいつくことは出来るが、アーチャーを頼りにしている部分が大きいからな。無駄を省いて隙を無くし、改良しないと話にならん」
「生真面目なことだ。お前らしいといえばお前らしいがな」
酒瓶片手にツマミのチーズを食べるエヴァ。絡繰さんが持ってきてくれたお茶を手に、新しく構成したパターンにそって魔法を発動させる。
「遅延呪文が主体になるのか?」
「主に使うのは遅延呪文だが、俺の場合は高位の精霊を使って呪文詠唱そのものをおこなっている。遅延呪文というより詠唱待機というべきじゃないか?」
結局維持するために魔力を使う分遅延呪文より使い勝手は悪いのだが、エヴァ相手に使った『雷の暴風×五』などというアホなことも出来る分自由度は高い。
まったく別の呪文を同時に唱えて使用可能な状態にしておくなど、戦闘を一から十まで組み立てて思い通りに戦わないと失敗する遅延呪文より取り回しがいいのだ。
何せ、自身で決めたタイマー通りにしか発動しないからな、遅延呪文。
「アドリブを効かせられるなら遅延呪文でも有効に使えるだろうが、自由度が高いこちらの方が取り回しがいいんだ。対応力が上がる」
「その分無駄に魔力を使っているんだから一長一短だと思うがな」
魔法の射手を纏った雷の暴風が結界にぶち当たって轟音を立てる。
うーむ。雷の暴風をいくつも重ねるより安価に使えて貫通力もそれなりか。魔力対効果としてはそれなりだが、魔法の射手の本数次第ではまた変わってくるな。要調整だ。
「無詠唱魔法の練度は高めないのか?」
「優先度は高いが、効率を上げるには少し時間がかかる。それならこっちのパターンを増やして手札を充実させた方が手っ取り早く戦力強化につながるのさ」
「そんなものか。効率に拘るのはいいが、使える魔力量を増やしたほうが余程戦力強化につながると思うがな」
そっちも並行してやっているが、師になってくれそうな相手がいない。エヴァはやる気ゼロだし、アルビレオ・イマも今は忙しいという。
麻帆良の魔法先生も魔法使いとしての質はそれなりだし、これ以上俺自身の技量を高めようと思うと師がいなければ厳しいものがある。
理論だけを突き詰めても机上の空論になりかねないし、学ぶべき知識はまだ多い。
と、そこまで考えて思いだした。
「ああ、そういえばエヴァの登校地獄、緩和するための術式が完成したぞ」
「そうか……何ッ!? 私が十五年かけて解けなかったものを解呪できるのか!?」
「いや、解呪じゃなくて緩和。解呪も時間をかければ出来ないことはないだろうけど、今の時点でそれをやると政治的観点からもまずいことになる」
「……それもそうだな。学生生活はともかく、平和な生活というのは存外悪くもない」
かの高名な『闇の福音』が解き放たれたとなれば、俺の責任はもちろん学園長や高畑さんにまで被害が及ぶ。
今すぐ緩和するという訳にもいかないし、経過観察という名目で監視がつくだろうが、そこは勘弁してほしい。
「その程度でこの呪いが緩和されるなら安いものだ」
「……ちなみに、魔力が封じられているのは学園の結界に寄るものだからな。あくまで正常な登校地獄の効果に戻すだけだ」
それだけでも十数枚に及ぶ報告書と始末書の提出を求められるのだから厄介だ。エヴァの自業自得な部分も多いのだから当然ではあるけども。
人道的観点はさておき、これって犯罪者を刑務所に閉じ込めておくのと何ら変わりないからな。保釈可能かどうかって話であって、その辺りの話をするとエヴァは完全にアウトで永久に投獄されててもおかしくはないレベルなのだが。
そこをナギの『英雄』という肩書と高畑さんの名声、それに学園長の持つ麻帆良での基盤があって現状がある。そこから俺の『英雄の息子』って肩書でエヴァを保釈するわけだが、傍から聞くとどう見ても洗脳されたとか思うんじゃなかろうか。
俺はさておき、アーチャーをその手の方法で傀儡にすることは不可能なのだがな。
「構わん。で、いつ解呪するんだ?」
「解呪自体は卒業と同時に行われるようにしておく。緩和に関してはまだ学園長の許可が下りてないから駄目だ」
「チッ。まぁいい、卒業ということは今の学年の連中と一緒にだろうな?」
「そのつもりだ。なるべく大人しくしていて貰いたいものだが。俺とて庇いきれないこともある」
わかっている、と軽く手を振ってまた摘みのチーズを口に運ぶエヴァ。その姿に嘆息し、俺は残った別荘内の時間でいくつかの魔法を改良しようと書庫を歩き回った。
●
「近衛木乃香さんの魔法の修行ですか?」
「そうじゃ。君に任せたいと思っておる」
次の日。授業が始まる前の朝の時間に学園長に呼び出されていた。内容は近衛さんの魔法に関しての話である。ちなみにカモ君は昨日からずっと出かけている。どこへ行ったのだろうか。
関西呪術協会の長である詠春さんが最終的に決定を下したのだろうが、それでも西洋魔法使いの俺の元へ弟子入りさせるというのは些か早計ではなかろうか。
内部の反発は大きいだろうし、今度こそ本当に内部で戦争が起こる可能性もあるのでは? と婉曲に学園長に聞いてみたところ、その筆頭である過激派が京都の件で全滅したからこの判断が出来た、と返答をもらった。
……そうか。過激派の大半は京都での一件でほぼ離反したし、和平派は元々関東魔法協会との融和を望んでいた。それでも多少なり反発があったからここまで遅れたと。
「本当ならば京都から帰ってすぐに婿殿と話し合って決めていたのじゃが、根回しに時間がかかってのう」
「いえ、それは理解出来ます。組織の規模が大きければ大きいほど急激な変化を嫌うでしょうからね」
「うむ。理解してくれればよい」
「疑問なのは、何故僕なのか、ということです」
もちろん予想はつく。
俺と同じ英雄の子であるため、同じ派閥であると内外に理解させるため、外部から余計な思想を持ちこませないため、等々。
最後のに関していえば、学園長も授業を行うことで東洋西洋それぞれの考え方を理解させるため、ともいえる。教えるだけならここの魔法先生でいいのだろうが、英雄の子供ということでどうしても色眼鏡がかかってしまう。その点俺ならば、とも思ったのかもしれない。
……十歳の子供にやらせる仕事ではないと思うがな。
ついでに言えば、エヴァとのつながりを作っておきたいというのもあるかもしれない。ああ見えてエヴァは一度心を許すとそれなりに情が深いからな。
「君が考えていることも予想がつくがの、そう難しいことでも無い。君は座学に関しては魔法学校を飛び級できるほどじゃし、実力も婿殿とエヴァのお墨付き、そして何より木乃香が安全じゃ」
「……麻帆良内部に不和を撒いている人物がいると?」
「どんな組織であろうと一枚岩であることの方が少ないわい。基本は和平を結ぶことに反対意見こそないが、無理矢理従わせる手段に出る愚か者がいないとも限らんしの」
「組織というのは厄介なものですね」
「ま、内部のことに関しては儂とタカミチ君に任せてくれて構わんわい。むしろ、外部から和平を崩すための刺客が来かねん。君の使い魔君には十分期待しておるよ」
「了解しました。アーチャーにも気にかけておくよう言っておきます」
それだけ言って一礼し、部屋を出て職員室へと向かう。時間はあまりないが、一限目は英語ではないから朝のホームルームだけ行うためにプリント類の確認をしなければならない。
それと近衛さんに対する魔法の授業の用意か。これは放課後にでもエヴァのところで別荘を使わせてもらおう。
使うのは最初の一回だけだが、この一番最初が肝心なところでもある。エヴァに話を通すのと、魔法学校のカリキュラムを確認しなければならないな。
●
放課後。近衛さんと桜咲さんを呼び止め、進路指導室に結界を張って軽く事情を説明する。
西洋魔法を教えることになったことと、それに対する近衛さんと桜咲さんの意見を聞くためだ。魔法を習うことは本人も聞いていたらしいが、俺が教えると聞いて少しびっくりしていた。
無理に教えたところで本人にやる気がなければ身につかない。魔法も所詮は技術にすぎない以上、使うのは本人の意思次第だ。
「……うちは、魔法を勉強したい」
「どうしてそう思ったんです?」
「だって、うちの適性は回復魔法とかなんやろ? やったら、せっちゃんとかネギ先生が怪我しても治してあげられるやん」
適性は事前に教えられていたらしいが、ナギや俺を超えるほどの莫大な魔力を有する近衛さんの魔法適性は光や回復系統だ。それを十全に生かせれば瀕死になろうと強大な呪いをかけられようと助けることが出来る。
当然それは本人の修練次第だが、可能性としては十分すぎるほどだろう。
元々関西の長の娘ってだけで魔法関連に関わるのは確定的だったんだ。ここまで教えるのが遅かった方が異常といえる。身を守るにも知ると知らないのでは大違いだからな。
「わかりました。では、一度寮に戻った後、私服でエヴァンジェリンさんの家へと来てください。そこで授業をします」
「エヴァンジェリンさんの家にですか?」
「はい。僕が住んでるのは高畑先生のアパートですが、そちらは少々手狭で魔法の授業をやるには向いていませんしね」
「なるほど……」
「でも、なんでエヴァちゃんの家なん?」
「丁度いい場所があるんです。何よりちょっかい出せる人もいないでしょうからね」
近衛さんはよくわかっていないようだったが、桜咲さんは深刻な顔で頷いている。近衛さんは奇襲されるとかいった経験はまずないだろうから、実感が湧かないのも無理はない。
あの学園長が下手を踏むとは思えないが、警戒するに越したことはないからな。桜咲さんと神楽坂さんが仲良くなれば入り浸る理由にもなろうというものだが。
……まぁ、その辺はまだ後回しでも問題あるまい。今は近衛さんの魔法についてだ。
「今日やるべき仕事はほとんど終わっているので、僕もすぐに向かいます。エヴァンジェリンさんの家の住所はわかっていますか?」
「うちは知らんよ?」
「私が知っていますから、着替えてから合流しましょう」
「そか、ならそうしよ。じゃあね、ネギ先生。またあとでなー」
「はい。気を付けて帰ってくださいね」
結界を解き、進路指導室から出ていく二人を見送る。
そして部屋の外でパパラッチ朝倉さんがカメラ片手に潜んでいるところへ歩み寄り、手に持っていたクラス名簿で軽く頭を叩く。
朝倉さんは笑っているが口元が引きつっているし、やや顔色も悪い。
「新聞部の活動をするのは結構ですが、個人のことにまで踏み入るのは余り褒められたこととはいえませんね」
「あはは……でもやっぱ気になるじゃん? 進路指導っていうなら、呼ばれるのは普通二人のうちどっちか片方ずつだろうしさ」
「近衛さんは先日京都へ行った際に少し進路相談をしてましてね。桜咲さんの身元保証人も近衛さんのお父さんですし、その関係で二人一緒に進路相談をしました」
「……あの二人、高校に上がるときに転校でもするの?」
「いえ、そういう訳ではないですよ。もう少し先の将来を見据えた話です」
そっかー、と安心したように笑う朝倉さん。
そこでホッとするのは構わないのだが、俺に見つかったという事実をどうするつもりなのだろうか、この人は。
相手が俺だから大丈夫だとでも思っているのかもしれないな。まぁ、罰則を緩くする気など到底ないのだが。
俺は笑顔で朝倉さんの顔を見る。
「では朝倉さん。反省文を書いて明日までに提出してくださいね。このようなことが続く場合は新聞部の部費を考え直さなければなりませんから」
「ゲッ!? ま、マジで!? そこをなんとか……」
「駄目です。説教で時間を取られないだけマシだと思ってください」
がっくりとうなだれた朝倉さんは俺が進路指導室から持ってきた反省文を手にとぼとぼと歩いていった。