最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第二十六話

 

 修学旅行が終わった翌日。

 報告書やら始末書やらは修学旅行が終わった当日に学園長に提出しておいたので本日は休日である。学園長はグロッキー状態だったがちょっと高めのお茶とお茶菓子を買ってきたので勘弁してほしい。

 考えをまとめるためにも軽く体を動かそうと、アーチャーの指示の元で杖術を反復練習する。

 決まった型を何度もなぞり、体に染みこませて反射的に体が動くようにするのだ。こればかりは一日二日で身につくものではない。

 何度も何度も丁寧に体を動かし、無意識下でも出来るように洗練する。

 早朝の中で汗をかくことはいいことだと個人的には思う。ごちゃごちゃ考えるのは嫌いではないが、どうしたって煮詰まるときはあるものだ。運動して気分をリフレッシュするという意味でも、この行為には十分な意味がある。

 そう感じながら通算十回以上の反復練習を迎えたころ、ふと近くを通った神楽坂さんと目が合った。

 

「おや、おはようございます。神楽坂さん」

「あ、おはようございます、ネギ先生」

 

 新聞配達を終えた帰りなのか、やや息を整えながらこちらへと歩いてくる。

 一応先生だからという理由なのか敬語を使っているが、余り使い慣れている風ではない。

 なので学校じゃないから敬語はいいですよ、というとあからさまにホッとした様子を見せた。年下っていうのも敬語を使うことに抵抗を覚えているのだろうな。

 ……社会に出ると、年下の上司なんて珍しくもないのだが。その辺は言わなくてもいいか。

 

「こんな時間に何してんの?」

「修学旅行中に出来なかった武術の鍛錬ですね。型をなぞるだけなのでそれほど難しくもないですよ」

 

 ちなみにアーチャーは霊体化したままである。元々第三者に見られると説明が難しいので余程の事態以外は霊体化したまま会話している。

 アーチャーの警戒網を抜けてここに来るのも難しいだろうから、たまにアーチャー自身が杖を使った型を見せてくれたりもするが。

 

「へー、アンタも頑張ってるのね」

「神楽坂さんはバイトですか? 修学旅行の次の日だというのに、熱心ですね」

「私の場合は学費を稼ぐってことでもあるから……先生みたいに自発的にやってるわけじゃないわ」

 

 そうでもないだろう。世話になったからという理由で学費を稼ぐなど、中学生の身の上では中々出来ることではない。

 少なくとも俺が同じ年代のころは友達と馬鹿をやってよく怒られていたものだ。それに比べれば余程しっかりした子である。

 勉学の出来などこの年代なら十分に取り戻せる。年を取ると新しいことに挑戦することも難しくなるし、やりたいことがあれば今のうちに挑戦して欲しいものだ。

 

「……でも、先生はなんでそこまで頑張ってるの?」

「と、言うと?」

「ほら、私は学費を稼ぐっていう目標があるけど、先生は何を目標にしてるのかなって」

「なるほど……武術をやってるのは単なる護身術代わりですが、勉学を頑張るのは単なる気質ですよ」

 

 今やれることを今やらずに後で後悔などしたくない。目標は世界を救うことだが、誰かがやってくれるだろうでは駄目なのだ。

 自分こそが世界を救う。誇大妄想と取られようが、それだけの意気込みを持って物事に当たらねば何を成せるというのか。

 『関係無い』とか『どうでもいい』なんてのは単なる思考放棄だ。そんな十把一絡げの量産品になどなりたくはない。

 

「何事にも全力で、というのが僕のモットーです。目標といえる目標はまだ見えていませんが、後で『あれをやっておけばよかった』とか『これをやっていれば』なんて後悔したくありませんからね」

「はー……十歳の子供とは思えないわね」

「年齢は関係ないと思いますよ。誰であろうと、諦めなければ夢は叶うと信じていますから」

 

 だから俺は基本的に諦めが悪い方だと思っている。敵ならば相手が誰であろうと薙ぎ倒し、壁ならばどれだけの難問が立ちはだかろうと打ち破る。

 かくあるべしと自身に定めているから──そうやって生きることを自分に課しているからこその今がある。

 神楽坂さんはぽかんとした顔でこっちを見つめているが、そんなに驚くことなのだろうか。

 

「……いや驚いたわ。アンタ意外と馬鹿なのね」

「……幼馴染にも同じことを言われましたよ」

 

 アーニャも事あるごとに「アンタ馬鹿じゃないの!?」とヒステリックに叫んでいた。常識的な行動を取っていたはずなのだが、何かしらの怒るようなことをしでかしていたのだろうか?

 今考えても答えは出ない。再会した時に忘れていなければ聞いてみるのも一興か。

 

「神楽坂さんも他人ごとではないでしょう。将来のことだからなんて悠長に考えてるとあっという間に高校、大学、就職です。バイトが悪いことだという気はありませんが、他に何か興味のあることとかはないんですか?」

「んー……そう言われても、中々出てくるもんじゃないのよね。強いて言えば走るのは好きだけど、これは別に趣味とか興味があるとかじゃないし」

「どちらにせよ、選択を迫られる時というのはいずれ来るでしょう。その時自分はどうしたいのか、それを考えるのは悪いことではありませんよ」

 

 神楽坂さんの場合、最悪魔法の世界のお姫様をやらなければならないかもしれないからな。

 選択肢とさえ言えない選択肢が唐突に訪れる場合もある。自身の意思を無視して無理矢理その座につかされることもある。

 なんにせよ、一日一日を後悔しない生き方をするのがいいと思うがね。

 

「難しいとは思いますが、後悔しない生き方を。自分に誇れるような、自分の憧れた人に誇れるような選択が出来ることを祈っています」

「……十歳だからってちょっと馬鹿にしてたけど、いろいろ考えてるのね」

「『人は考える葦である』とも言いますし、考えることをやめたら何も出来ませんからね」

 

 日課より少し増やしてやっていた型をなぞる訓練も終わった。掻いた汗を近くに置いていたタオルで拭き、飲み物を口にして一息つく。

 色々と悩み始めた神楽坂さんとはここでわかれ、女子寮へ行く彼女を見送ってから俺も帰路につく。

 高畑さんもそろそろ起きているだろうし、朝食の準備をせねば。

 

 

        ●

 

 

 朝食を終え、昼はいないから各自でと高畑さんに告げてアルビレオ・イマのところへ足を運ぶ。

 もう一度『蒼崎』について質問する必要が出てきたこともあるし、魔法世界に関する情報も持っている可能性が高いからだ。

 やや眠そうなカモ君を連れ、もう一度そこへ訪れた。

 図書館島の奥、滝の流れる静かな部屋へと。

 

「──それほど時間が経ったわけではありませんが、随分と久しく感じますね」

「日がな一日ここで本を読むばかりでは時間の感覚も薄れるでしょう。偶には外に出たらどうですか」

「そうしたいのは山々なのですが、私は学祭中を除いてここから出ることが出来ないものでして」

 

 魔力の濃度が違うから、だろうか。

 学際中は世界樹に満ちる魔力が放出され、一時的に麻帆良の内部に濃密な魔力が満ちる。それを使うことで学祭期間のみ外に出ているのだろう。

 俺の目の前にいるのも幻術かそれに近い魔法のようだしな。……アーチャーにも見えているあたり、幻術ではないのだろうが。

 あえて言うなら姿を投影している、というべきか。

 

「それで、今回はどうしたのです?」

「質問がいくつか。『蒼崎』に関する情報と──魔法世界の寿命と対策方法について」

「……なるほど。修学旅行は京都と聞きました。そこで詠春に聞いたか、ナギの別荘で何かを知ったのですね」

「察しがよくて助かります」

 

 アルビレオ・イマは紅茶をカップに注ぎ、お茶菓子を用意してこちらを見る。

 座れ、ということだろうか。長々とした話をするつもりはないが、内容次第では質問が増える可能性もある。大人しくごちそうになるとしよう。

 紅茶に軽く砂糖を入れて口に含む。

 紅茶の香りと味を楽しみながら一息つく。イギリスに生まれてよかったと感じる要素の一つだな。紅茶の味に詳しくなる。

 

「さて……どこから話しましょうか」

 

 どこか遠くを見るようなアルビレオ・イマの視線はゆっくりとこちらを向き、微笑をたたえたまま口を開いた。

 

「まず、魔法世界に関して話しましょう。どれからでもいいのですが、全てに通じる話の根幹がここにありますから。かの世界の寿命に関してはどれ程?」

「魔法世界の寿命は持ってあと十年前後、と」

「そうですね。おおよその試算はその程度だとナギも言っていました。このあたりの検証は私も手伝いましたから、ほぼ間違いないはずです」

 

 元々魔法学校すら中退するような男である以上、魔法以外の知識なんてさほどなかったのだろう。

 だが、アルビレオ・イマは知識の宝庫のような男だ。彼の助力があればその辺りの問題はクリア出来る。

 

「我々が二十年前の大戦において討ち果たした相手も、おそらくはこの事実を知っているがために行動したのでしょう。君が修学旅行であったというアーウェルンクスも彼らの手駒です」

 

 学園長に提出した報告書のコピーを見せるアルビレオ・イマ。

 俺はそれに頷き、続きを促す。

 

「彼らは魔法世界を封じることで世界を救おうとし、我々はそれに抗って勝利した。……何せ、彼らの案では魔法世界人はともかく旧世界人は軒並み火星の荒野に投げ出されることにもなりますしね」

「……弾きだされるのですか?」

「ええ。彼らが救うのはあくまでも魔法世界人のみ。それ以前に旧世界人は確固とした肉体を持つので彼らの世界に封じ込められないのですよ」

 

 なるほど。自身が生み出した世界の中で生まれた魔法世界人はそのまま封じることが出来るが、旧世界人はその枠に縛られることはない。

 『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』が魔法世界人に通用して旧世界人に通用しないのも同様の理屈だろう。

 

「彼らは焦っています。何せ、救済案はほかになく、かと言って同じ方法ではまた邪魔が入る。そう思っているでしょうから」

「……父さんが行方不明になったのは、つまり」

「彼らとの戦いの結果です。結果として、こちらも何かしらの救済案を用意することが叶わなくなってしまいましたが……理論はいくつかあっても、それで本当にうまくいくかどうかは分の悪い賭けですからね」

「……行方不明になったのは僕が生まれる前です。ならば、六年前に現れた父さんは、一体……」

「それに関して、今私から言うことは出来ません。あなたの母君との盟約ですので、ご勘弁を」

「母さんとの?」

「ええ。その時ネギ君の手に令呪が現れたのも、ナギがあの場に現れたのも決して偶然ではありません。ただ、アーチャーさんが現れることだけは予想外だったのですが……それら全てを説明するには、あなたの母君に関することを話さねばならないもので」

 

 それは盟約によって不可能、と。ギアススクロールでも使ったのだろうか?

 だが、令呪とアリカ、そして現れたいないはずのナギ……ある程度予想することは出来るがな。

 確信を得るために、もう一つ質問をした。

 

「過去、貴方がみた令呪の持ち主は誰ですか?」

「……過去、というと少々曖昧ですね。ここ二十年でいえばネギ君を含めて三人。『蒼崎』と、貴方の母君になります。持っていたであろう人物も知ってはいるのですが、確定は出来ません」

 

 ……血筋に寄るもの、か。俺を『蒼崎』だと思って問うたのもわかるというものだ。

 令呪自体、俺の知識によれば人の手によって創り出された術の一つに過ぎない。英霊召喚だって降霊術の一種だろう。

 問題は、彼らを維持するための魔力と彼らが召喚に応じてくれるだけの理由だが……血筋による契約というなら、どこかから魔力を汲みだしているのだろうか? 聖杯がどこかにあってもおかしくはないな。

 後者に関しては単純に聖杯を求めるものばかりが聖杯戦争に参加していたわけでは無かったように、個々人の理由を以て契約を交わしていたのだろう。

 

「現在、魔法世界を救うプランは存在しません。厳密に言えばあるのですが、リスクが高く失敗する可能性が大きいので実行できないものばかりです」

「父さんが遺した資料などはあるんですか?」

「ナギのものならイギリスにあるはずです。こちらには残していないでしょう」

 

 アルビレオ・イマにとって、魔法世界を救うことも重要だがそちらに注力出来ていないのだろう。

 何故なら、この地下にはおそらく造物主がいる。その封印を逐一確認して綻びを起こさせないようにしなければ封印が解けて出てきてしまうかもしれないから。

 確認は出来ていないが、十年もの時間があってアルビレオ・イマほどの魔法使いが何の解決策も出せないなどそれくらいしか思い浮かばない。

 

「そして、最後に『蒼崎』について。これに関してはあまり知っていることはありませんが……彼の目的は我々と同じようでした」

「魔法世界の救済、ですか」

「恐らくは。わずかな期間のみ現れ、二十年前の決戦の日を境に音沙汰がなくなりました。何を狙っていたのかはわかりませんが……目的は同じだといえるでしょう」

 

 彼は造物主から何かを盗み出し、それを持ってどこかへと消えたのですから。

 アルビレオ・イマはそう言い、紅茶を飲んで一息つく。

 『蒼崎』に関してはこれ以上の情報収集は難しいだろう。あるいはどこかに痕跡が残っているかもしれないが、二十年前の少しの期間だけ現れ、その後音沙汰無し。

 そうそう痕跡を残すような相手とも思えない。一旦棚上げだな。

 そうなると、次に考えるべきは魔法世界に関してか。

 

「父さんが遺した物以外で、何か魔法世界を救うためのヒントになるようなものはありますか?」

「ある程度の情報ならば残っています。実験資料も残っているので、必要であれば見るのは構いませんよ。持って行くのは駄目ですが」

 

 どこから情報が漏れるかわからない以上、厳戒態勢で情報を遮断する必要があるわけか。

 魔法の開発を進める傍らで魔法世界のことをどうにかするために考えてみよう。──最悪、テラフォーミングで強引に解決するために準備をする必要もあるわけだが。

 正直な話、魔法を隠し続けるのは無理だろうと思っている。表側の世界は科学が発達して今があり、裏側の世界は魔法が発達して今がある。完全に隠し通すことはこの現代では不可能になっていくだろう。

 ならばどれだけ二つの世界が血を流すことなく融和できるか、ということに話は持って行かなければならないわけだが……流石に一朝一夕でどうにかなるものでも無い。

 仕事が増えたな、と紅茶を飲みながら思う俺であった。

 

 




 更新するたびにお気に入り登録がごそっと減っていくんですが、しばらくすると数値が戻っている不思議。やっぱり新しく更新された場所にあると人目につきやすいんですかね。



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