最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第二十四話

 遠い昔の、ユメを見た。

 人の歴史よりも遥か昔。未だ神々が黄昏を迎える前の神話の時代。

 神と人の血を引いて生まれた男の物語だ。

 彼はかつて大いなる怪物であるメドゥーサを討伐したとされるペルセウスの子孫アルクメネと、神々の王ゼウスの間に生まれた。アルクメネを見初めたゼウスが夫に化けて抱いたため、神々の血が混じったのだ。

 双子の兄弟であるイーピクレスと共に、ゼウスの妻であるヘラの嫉妬を受けて育つ。

 誰よりも強い豪勇無双の英雄である彼の生まれは、不義と嫉妬によって彩られていた。

 

 彼は幼い頃より様々な師を得て学び、成長していた。

 アムピトリュオーン、アウトリュコス、エウリュトス、カストール、リノス、ケイローン。彼の師事した者たちはそうそうたる面子であり、その教えを余すことなく吸収した彼が大英雄として後の世に名を残すのは、ある意味で当然の話だったのだろう。

 そこが、誰もが知る英雄アキレウスに比肩するほどの大英雄の物語の始まりだった。

 

 

        ●

 

 

 ゆっくりと意識が浮上し、重い瞼を開けて周りを見る。

 和風の部屋だ。服は誰かに着替えさせられたのか着物に変わっているが、それ以外の変化はない。精々魔力を使い過ぎたせいで体がだるく感じるくらいだ。

 まだ回らない頭を動かすのと目を覚まさせるのも兼ねて、顔を洗いに行こうと起き上がる。

 ……それにしても、久しぶりにあの夢を見た。

 サーヴァントと契約者は令呪によって繋がる。そのせいか、俺は時たまアーチャーの過去を夢に見ることがあった。

 最近はあまり見ていなかったのだが、他人の過去を勝手に視るというのは……なんといえばいいのか、申し訳なさが出てくる。アーチャー本人は気にした素振りもないようだが。

 和室から出て縁側を歩く。ひとまず洗面台を探そうとしていたところ、丁度よく詠春さんと鉢合った。

 

「おや、ネギ君。体の調子はどうですか? 魔力は?」

「大丈夫です。少々だるさは残ってますが、それほど問題視するようなものでもありません」

 

 昨夜、アーチャーが宝具を撃った直後に魔力切れで気絶してしまった。俺が無事だということは即ちそういうことなのだろうが、顛末くらいは聞いておくべきだろう。

 アーウェルンクスたちがどうなったかもわからない。あれは黙っているべきことでもないだろうし、アーウェルンクス三体を寄越して調査するほどの何かがあったとみていい。

 アーチャーならどうなったかわかっているはずだが……そういえば、アーチャーは何処へ行ったんだろうな。

 霊体化して傍にいるわけではないようだし、どこかに出歩いているのだろうか。

 

「昨夜は結局どのように事態を収めたのですか?」

「リョウメンスクナは打ち倒され、大きく力を削がれたところを再封印しました。首領と実行犯である天ヶ崎は捕縛。犬上小太郎と月詠も同様に捕縛して牢に繋いでいます……ですが、四人(・・)いたという白髪の少年少女たちについては逃げられたとエヴァから聞きました」

「……そう、ですか」

 

 魔力が枯渇寸前で最大威力が発揮できなかったためか? あの宝具を受けてなお生きているなんて信じられない気分だ。

 あるいは、横やりが入ったか防御して直撃だけは避けたか。

 ──いや、待て。

 

「四人、ですか?」

「ええ。造物主の使徒と名乗る四人の少年少女。三人は瀕死だったそうですが、一人は無傷で三人を連れて帰ったと」

 

 ということは、俺が戦った三人の他にもう一人アーウェルンクスがいたということか?

 何が目的かは知らないが、流石に俺も四人同時なら確実に負けていただろう。アーチャー単体なら四人を同時に相手をしても勝利出来るだろうが、俺という足かせ付きではそうもいくまい。

 仕掛けてこなかったのは幸運と思うべきだ。慢心は人を殺すからな。

 詳しい話を聞くため、詠春さんと共にエヴァたちのいる部屋へと向かう。

 道中で『蒼崎』についてもう一度聞いてみたのだが、やはり詳しいことはわからないとのこと。

 

「彼ら、あるいは彼女らとまともに会話したのはアルとラカンのみなのですよ。あるいは他に会ったことのあるメンバーもいるかもしれませんが、少なくとも私とナギはまともに接触したことが無いのです」

 

 アルビレオ・イマ……もといクウネル・サンダースが接触したのは彼が『紅き翼』の頭脳担当だからだろうが、ジャック・ラカンも立ち会っていたのか?

 アーウェルンクスの発言を考えると、『蒼崎』の契約したサーヴァントもヘラクレスである可能性は高いし、クウネルだけでは身を守り切れないと考えたのかもしれない。

 ……もう一度彼から詳しく話を聞きだすべきだな。おそらく、最初に俺に対して『蒼崎』の話を持ちかけたのも俺のサーヴァントのことを知っての行動だろう。

 二十年前に存在したアーチャーと、今現在俺と契約しているアーチャー。

 それが同一人物である可能性。

 英霊の座の機能から考えれば不可能ではないし、矛盾は起こり得ない。が、その辺りの詳しいことをクウネルが知っているかは別の話。

 俺に対して疑惑の目を向けていたのも、今考えれば俺が『蒼崎』本人であると考えたというより『蒼崎』からサーヴァントを譲り受けたと考えたのかもしれないな。

 どちらにせよ、憶測に過ぎない。

 

「ラカンと会うのは難しいでしょうから、アルに聞くのが一番なのですがね。アルもアルで捻くれているところがありますから」

「……そうですね。ですが、やはり蒼崎という存在について調べなければ」

 

 アーウェルンクスの言っていた『返して貰わねばならないもの』が何かにもよるが──アーウェルンクス四体も導入するほどのものともなれば限られる。

 例えば、『黄昏の姫御子』

 例えば、『造物主』

 例えば──『グレートグランドマスターキー』

 能力、あるいは権能の質としてはグレートグランドマスターキーが最高にあり、グランドマスターキーが数本。そして無数のマスターキーが存在する。

 その中でグランドマスターキー、あるいはグレートグランドマスターキーが盗まれたと考えればアーウェルンクスがあれだけ必死になって探しているのも納得がいく。何せ儀式に必要な要素を満たせないのだから。

 黄昏の姫御子は神楽坂さんであるはずだ。確認はしていないが、魔法無効化能力があるならば本人と考えていい。

 造物主も、十年前に消息を絶ったナギの体に憑依して封じられているはずだが……それが事実かどうかを確かめる術はない。

 ……クウネルはどこまで把握しているんだろうな。

 

「…………」

 

 最初に話を聞いたときは俺が過去に戻ったのだと思ったが、よくよく考えれば俺ではない可能性は十分にある。

 英霊の座の機能は元より、令呪も同じ形である可能性もゼロじゃない。第一、複数人だというなら──いや、過去に戻ったのが俺だけで現地で味方を集めた可能性もあるのか。

 うーむ、朝っぱらから頭が痛くなりそうだ。

 何か決定的な証拠でもあればいいんだが。

 

「……そう悩むこともないでしょう。君はまだ幼い。大人の庇護下で育つべきだと、私は思いますがね」

 

 詠春さんは複雑そうな顔で俺を見ていた。

 あるいは、俺を通してナギの姿を見ていたのかもしれない。俺が言うのも何だがよく似ていると思うし。眼鏡なんかもかけてないから、ネカネ姉さんや爺さんにもよく懐かしそうな目を向けられたものだ。

 不快ではないにしろ、むずがゆいものはあった。

 誰も『自分(ネギ)』を見てくれていない──なんて青臭いことを言うつもりはないが、見た目通りの精神年齢なら十分に歪む環境は整っていたということはわかる。

 ああも事あるごとに立て親父殿(ナギ)と比べられていればな。

 ナギなら、ナギなら、ナギなら──なまじ偉大な親を持つと子供は苦労する。

 いや、思考がそれたな。これは今考えるべきことじゃあない。

 

「着きました。エヴァたちはこの部屋にいるはずですが……」

「いないでしょうね。声が外から聞こえている」

 

 具体的には門の近くから聞こえている。

 そちらの方へと歩を向けてみれば、桜咲さんと近衛さんが言い争いをしており、それをエヴァがにやにや笑いながら見ていた。その隣には何故かアーチャーの姿もある。

 茶々丸さんは機体の損傷が酷いのでスリープモードだと聞いた。

 俺は呆れた目をして近づく。

 

「……何をしているんです?」

「烏族の掟がどうこうと言って出ていこうとしていた桜咲を、近衛が止めようとして口論している」

 

 ……そう言えばそんなのもあったな。

 彼女は烏族の里から追放された身だし、気にする必要などないと思うのだが。この辺は桜咲さんの生真面目な性格が現れているな。

 「せっちゃんの石頭ー!」とか「うちの傍にいてもええやん!」という近衛さんの声や、「いえ、でも……」とか「掟は掟で……」とかいう煮え切らない桜咲さんの声が響いている。

 詠春さんもこれには苦笑いをしており、エヴァは「お前がどうにかしろ」と言わんばかりの目線を向けてきている。

 いや、まぁ……進路相談だと思えばこれも教師の仕事なのだろうか?

 どちらにしても、これは仲裁しなければ納まるものも納まらないような感じだ。

 

「そこまでですよ、二人とも」

「あ、ネギ先生! 先生も言うたってや、せっちゃんはここにいてもええんやって!」

「ですから、私が穢れた忌子であることは否定できない事実なので、あの姿もばれた以上私がお嬢様の傍にいるわけには……」

「ストップ。二人とも落ち着いて、深呼吸でもしてください」

 

 ステレオで話さないでほしい。俺は聖徳太子では無いのだから、同時に話されても処理しきれない。

 マルチタスクは厳密には同時に処理しているわけではないのだけど、というどうでもいいことを考えつつ、まず桜咲さんの方へと向く。

 

「烏族の里の掟で、でしたっけ?」

「ええ……」

「僕は実際に姿を見たわけではありませんが、どうなるんです?」

「えっとな、真っ白い翼が生えるんよ。まるで天使みたいに」

 

 近衛さんに視線を向けたところ、ニコニコしながらどうなったかを教えてくれた。……それを軽々しくばらして欲しくないから出ていこうとしているのでは、と一瞬思ったが、無理矢理無視することにした。

 話が進まない。

 

「その姿を見られると、どうするんです?」

「……その、本来ならば口封じをしなければならないのですが、私は……」

「そんなことはしたくないから、ここから出ていくしかないと?」

「……はい」

「なるほど……考え過ぎですよ、桜咲さん」

 

 烏族の掟も方便にすぎないだろう。彼女に取って何が一番なのかは彼女自身が一番よくわかっているはずだ。

 でなければ、これだけボロボロになってまで近衛さんを助けようとは考えない。……同時に俺の目の節穴さもわかったわけだが。

 

「あなたにとって、何が一番なんですか?」

「それ、は……お嬢様の安全で」

「今後も危険があるかもしれないのに? 仮にも彼女は英雄の娘です。こちら側に踏み入った以上、ある程度以上のトラブルは間違いなく起こるでしょう。僕が保証します」

「そんな保証は欲しくないです……」

 

 一度は死にかけた身だ。それを知らない桜咲さんでも、こちら側の事情は近衛さんよりもずっと詳しい。故に説得力は十二分にある。

 何せ俺が英雄の息子だからな! 村一つ滅ぼそうとさえしてくるからな!

 

「そんな危ない世界に入った彼女を近くで守れる人が、貴女以外にいるんですか?」

「……それ、は」

「仮にいたとして、その人が本当に近衛さんの味方だとも限らないのに?」

「…………」

「それに、僕が言うのも何ですが──掟やセオリー、ルールなんて破ってなんぼです」

 

 唖然として顔で俺の顔を見つめる桜咲さん。ルールを重んじ道徳性を説くべき教師が率先して「ルールを破れ」と言っているのだから、こうなるのも仕方がない。

 だが、俺とて伊達や酔狂でこんなことを言っているわけではないのだ。

 彼女は既に烏族の里を追放された身である。ならば、彼女がその掟に縛られる理由にはならない。

 

「貴女は縛られ過ぎです。こちら側の世界には暗黙の了解もありますが、明確なルールなんてありません──この場において、貴女がしたいことが貴女のすべきことです」

「……でも、私はッ!」

「烏族の忌子だと? 今更近衛さんがそんなことを気にするとでも? 現に一度見せた今でも近衛さんの態度は変わっていない……いえ、訂正します。より貴女のことを想って、こうして引き止めているのでしょう」

 

 多分、彼女の中で結論は出ているはずだ。

 桜咲さんは現状をいるべきか去るべきかで考えているが、後者の方が近衛さんのためだと思って去ろうとしている。

 彼女自身の願いを押し殺したまま。

 

「この先貴女が政治的に近衛さんの弱点になる可能性も否定はしません。それでも──未来のことなんて誰もわからないんです」

「……私が、未来が視えると言ったら……私がいるから不都合なことになる未来が視えたからここを去ろうとしていると言ったら、どうするんですか」

「本当に視えるなら大したものですが、視えたところで気にする必要はないでしょう」

 

 ──何故なら、未来はわからないからこそ、あやふやで不確定だからこそ無敵なんです。視える未来なんて簡単に打ち砕けますよ。

 

 そう言うと、桜咲さんはハッとした様子でこちらを見ていた。

 受け売りだがね。

 "偶然には手が出せないけど、必然には手を出せる"──ああそうだろう。確定してしまうならそれはあやふやな未来ではない。

 桜咲さんが未来視の魔眼を持っていたとして、測定であろうと予測であろうと同じこと。

 

「貴女は視た未来を"変えられない"と嘆くことはないでしょう。"視えるからすべてが確定する"わけじゃない。"視えるからそれを変えるために行動できる"だけなんですから」

 

 この辺は考え方の違いだ。行動一つで未来は容易に変わると考えれば、未来が視えることもそう悪いものじゃない。

 あとは彼女の努力次第。

 彼女は願いを押し殺して生きるか。それとも願いを叶えるために生きるか。

 未来を変えるために足掻くことは誰しもが持つ権利なのだから。

 

「……私は、ここにいたいです」

「はい。近衛さんだってそれを望んでいるでしょう」

「私は、ここにいていいんですか」

「はい。誰が決めることでもない、貴女がいたいならいていいんです」

「わたしは──わがままを言って、いいんですか」

 

 彼女は常に虐げられてきたのだろう。

 彼女は常に奪われてきたのだろう。

 彼女は常に弱者であったのだろう。

 それ故に、己の思い通りに事が進むことを体験したことが無い。

 だったら、一度くらい願いが叶っても罰は当たらないだろうさ。

 あとは二人の話だ。俺は一歩足を引き、近衛さんを押し出して桜咲さんと向き合わせる。

 

「お嬢様……」

「せっちゃんがどんな境遇で生きてきたか、うちは知らん。けど、昔のことより前を見て歩けばええやん。過去のことなんか気にせんよ、うち」

「……はい!」

 

 桜咲さんは片膝をつき、近衛さんを敬うように視線を向けた。

 

「これより私はあなたの剣となり、盾となることを生涯誓います。……お嬢様に許していただけるなら、友人として傍にいることも」

「もちろんや!」

 

 がばっ! と近衛さんが桜咲さんに抱き着き、それを顔を赤くしながら支える桜咲さん。

 まぁ、これで一件落着といったところか。

 エヴァのところに戻ると、緑茶をすすりながら「若いなー」などと年寄りのようなことをのたまっていた。実際年寄りではあるが。

 

「まるでお前とアーチャーのような関係だな、あの二人は」

「そうですね。主と従者という点では似たようなものかも知れません」

 

 令呪のような縛りもないし、友人として培った間柄は俺とアーチャーにはないものだ。

 もっとも、師匠と弟子とかの考え方なら俺たちもそうだといえるのだが。

 

「……ふん。従者、か」

 

 抱き付いている二人を見ながら、エヴァは小さくそう呟いていた。




 うーむ……こういう話をかこうと思っていたわけじゃないんですがねぇ……なんとも上手くいかないものです。このシーン書いておかないと後々のシーンがなぁ、という状態。
 あとは最終日の話をちらっと書いて修学旅行編は終了の予定です。

 あ、嫁王は当たりました。
 一万課金した結果、メンテ明け直後の十連の一回目で出てきて石が百個ほど余る事態にもなりましたが。残りはコラボに全部注ぎ込みます。
 メンテ明け五分で出てきてくれるなんて、やっぱりこれは運命ですね!(

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