最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第二十話

「俺を置いて散策した京都は楽しかったですかい、兄貴」

 

 宿に戻ってきた俺を待ち構えていたのは、やさぐれた様子で煙草を吸うカモ君。その不快な臭いに眉をしかめ、いざというときのために持たせておいた紙を回収する。

 これは緊急連絡用のもので、二枚一対で効果を発揮する。片方に魔力を送ればもう片方が反応して、何かあったと知らせるわけだ。

 携帯を持たない俺に代わり、瀬流彦先生にも一枚渡しておいたので緊急時には学園長に連絡する手筈になっていた。使わずに済んだのはよかったが、これから使う機会が訪れない訳じゃない。

 

「で、実際どうだったんですか、兄貴」

「楽しかったよ。京都の街並みを見るだけでもね。置いていったのは悪かったと思ってるけど、途中で過激派に襲われる可能性があったし。カモ君がいると巻き込む可能性もあったんだよ」

「……ま、そッスね。俺は留守番でよかったッスよ」

 

 身の危険があったというとあっさり前言を翻すあたり、小物臭が漂うカモ君。まぁ、そういうところも彼の強みだろう。

 彼は彼で色々と知恵が回る。ある種俺よりも知略に長けているかもしれないし、そうでなくても無下に扱うことはない……と、思う。

 いや、今はそれはいいんだ。

 

「ひとまず新田先生に報告をしないと。あと、今夜中にことが起きる可能性もある。カモ君は危ないからここにいてね」

「ガッテンでさぁ、兄貴!」

 

 危ないことには首を突っ込まない。余計な事態を引き起こさないにはこれを徹底すればいいのだけど、カモ君の場合エロが絡むと途端に信用なくなるからなぁ。生徒の下着が無くなってるとか、そんな事件が起きてなければいいけど。

 

 

        ●

 

 

 新田先生には事実をある程度ありのまま告げて理解をしてもらった。

 予定になかったが、近衛さんの将来に関わることで、なおかつ実家の家業に関することだから今日一日だけ例外を認めてほしい、と。

 詠春さんも気を利かせたのか学園長に連絡し、学園長から新田先生に話は行っていたようで、それほど時間をかけずに納得してもらうことが出来た。

 生徒一人の連絡のために学園長から連絡が来ることはそうそうないだろうが……まぁ、新田先生も知ってるだろうけど学園長も近衛さんの身内だしな。

 

「でも、本当に彼女たちを置いてきてよかったのかい?」

「おいてきてよかったというか、リスクを考えるとこれが最良ですよ。瀬流彦先生だって一般人を巻き込まれると困るでしょう」

 

 月詠の狙いは桜咲さんで、天ヶ崎の狙いは近衛さん。アーウェルンクスが何を狙ってきているかは知らないが、神楽坂さんは遠ざけておくに越したことはない。

 そう考えると、やはり今の状況は最高だといえる。教師としては失格の判断だが、アーチャーを配置しているから勘弁して貰いたいものだ。

 どこぞの正義の味方のように、多数のために小数を切り捨てようとは思わない。出来うる限り努力して、救える人は全部救う。例えどれほどの苦難が訪れようと、諦めなければ夢は叶うと信じているのだ。

 

「しかし、何時頃動くかな」

「予想はついているのかい?」

「今夜中に動くことは確実でしょう。時間帯までは予測できませんが、明日中には関西の腕利きが戻ってくることを考えると早ければ早いほど都合がいいはず」

 

 加えて桜咲さんの行動次第で状況はさらに悪化する。裏切らないことを願いたいものだけど、希望的観測で動くには俺と彼女の間に信頼関係が足りない。

 あくまで考え方はドライに。冷静に、最悪の状況をシミュレートして対策を考えなばならない。

 アーチャーの相手は十中八九アーウェルンクスだろう。それさえ防いでしまえば詠春さんとて負けはしないはずだ。……あくまで現時点で把握できている戦力比を考えれば、の話だが。

 内側から裏切りが出れば内心の動揺と戦力に多大な影響を与える。敵は過激派。天ヶ崎たちだけではないと仮定しておくべきだ。

 ……ここで厄介なのは、単純に数が多ければ良いという訳ではないというところか。魔法が絡まない通常戦闘なら対人戦闘の経験の有無があるとはいえ、武装と兵力の数は絶対的だ。

 だが、魔法使いを相手にする場合は単純に数の比だけで表すことが出来ない。個々人が一軍に匹敵する能力を持つ可能性がある以上、無意味とまではいわないが数の利は絶対的なアドバンテージではない。

 個々人の戦闘能力が対局を左右するなど、近代的な戦闘では基本的にあり得ない。多少の例外はあるだろうが。

 

「……面倒だな」

 

 時間はそれほど残されていないだろう。今日動かなければもう身動きが取れなくなる。

 おそらく天ヶ崎が落としたのであろう携帯には過激派組織の横の繋がり、あるいは縦の繋がりが白日の下にさらされる要因となるデータが入っているはずだ。それが本物であれ偽物であれ、詠春さんの手元にあるという事実は消えない。過激派にとっては分水嶺となるわけだ。

 夜は深まり、星が瞬く。

 お湯から立ち上る湯気を吸い込み、十分温まったと判断して温泉から上がる。その時だった。

 

『──マスター』

「動いたか」

『最初に動いたのは内側です。近衛詠春が撃退に動いていますが、純粋に手が足りません』

「お前の方には誰が来た?」

『先日も一戦交えた少女です。救援に向かいたいところですが、石化する術を使うようで下手に近づくと巻き込みかねません』

 

 アーウェルンクスは土で確定。石化されると面倒だからアーチャーの判断は正解として、内側に潜んでいたやつがいたか。

 ……誰であれ、詠春さんを相手取って近衛さんを攫うほどの術師がいるというのは厄介だな。

 どちらにしても切り札を切らなければ対処は出来ないと思っておこう。

 

「瀬流彦先生」

 

 同じように温泉から上がり、浴衣姿で緊張からかいている汗を誤魔化している瀬流彦先生に声をかける。

 俺は携帯を持っていないし、事態は一刻を争う。手早く学園長に連絡して貰い、エヴァを一時的に麻帆良の鎖から解き放つ。

 生憎と杖は持ってきていないので空を飛んでいくという手段は使えないが、エヴァの準備が整い次第転移でこちらに来るというのでそれで一緒に連れて行ってもらうとしよう。

 戦力を逐次投入する意味など無いし、情報共有という意味でも一緒に向かった方が何かと都合がいい。

 俺は多少でも情報を得ようと、準備を整えたのちにアーチャーと視界を共有して目を閉じた。

 

 

        ●

 

 

 まず最初に見えたのは一人の少女の姿。

 白い学生服に白い髪。人形のように整った顔立ちと能面のように表情を動かさない冷静さ。

 共有しているのは視界だけなので声は聞こえてこないが、ほとんど何かをしゃべる様子はない。そんな暇があれば攻撃の手を緩めないように魔法を行使している。

 

(厄介だな)

 

 アーチャー以外が触れれば石化する雲。当たった部分から石化していく無数の釘。石化の邪眼。

 土のアーウェルンクスは膂力に秀でるらしいが、基礎的なスペックの部分で並の魔法使いを大きく凌駕している以上、こちらで彼女と戦える戦力はアーチャーとエヴァの二人だけだろう。

 詠春さんは厳しい。長年前線から離れていただろうし、そうでなくても大戦から二十年たっているのだ。どんな人間でも老いには勝てない。

 距離を取るアーチャーに対して距離を詰めるアーウェルンクス。

 目で追えないほどの速度で放たれる矢はアーウェルンクスの動きを的確に牽制しているが、あの女はそれを見越したうえで魔法を使って一定以上の距離を開けられないように間合いを保っている。

 矢を放つ呼吸の合間に石化の雲で視界を遮ったアーウェルンクスはアーチャーの視界から消えたが、何を以てか上空に移動したアーウェルンクスをすぐに捉えた。

 

(どんな魔法が来るか)

『あまり周りに被害を出さない方がいいでしょうか?』

(気にするな。あれを相手にそれだけの余裕があるってのはいいことだが、取り逃がすと厄介だ)

 

 相手できる人間が限られている以上、足止めなり倒すなりさせなければならない。下手に動かれるとこちらに甚大な被害が出るのだ。

 アーウェルンクスが行使した魔法は莫大な魔力を持って形となり、巨大な石柱をいくつも空に浮かべた。『冥府の石柱』だ。

 

『撃ち抜きます』

 

 先程までと違い、力を込めるように大きく弓を構えたアーチャーは石柱の影に隠れているアーウェルンクスの位置を予測し、打ち放つ。

 今までのものとは比べ物にならないほどの魔力を込められた一撃は石柱を貫通し、奥にいたであろうアーウェルンクスを撃ち抜かんと貫通したのちに爆発を起こした。

 ……味方だからいいが、これを敵に回すような事態になれば逃げの一手すら打てないだろうな、これは。ケタが違い過ぎる。

 末恐ろしい一撃に驚いていると、急にアーチャーが横っ飛びをして背後に三連射。地面から上半身をはやした状態だったアーウェルンクスはアーチャーの行動にやや驚きをにじませつつ、放たれた矢を躱して代わりに地面から生やした石の槍を投擲する。

 当然、それを容易く躱すアーチャー。

 先程急に現れたのは、おそらく『冥府の石柱』で姿を隠したのちに転移魔法でアーチャーの背後に回ってきたのだろう。普通ならば完全な奇襲として成功するはずだが、アーチャーに対してその行動は成功しない。

 

(……アーチャー、奴から絶対に目を離すな。転移が使えるということは、何時でも戦闘から離脱できるということだ。こちらに来られると容易く戦線が崩壊しかねない)

『エヴァンジェリン嬢がおられるのでは?』

(エヴァでも相手は出来るだろうが、そう容易く飛び回られると対処に困るんだ。他との戦闘中に奇襲でもされるとエヴァでも一撃貰いかねない)

 

 一撃貰うだけで死にはしないだろうがね。何せ不死の吸血鬼だ。

 それはさておき、一番厄介なのはエヴァの存在に気付いて俺や他のメンバーから潰されるのがもっともやられたくない戦法だ。現状では石化を解呪する方法が無い。

 そこまで切羽詰った戦法をとってしまいかねないほど、俺たちは過激派を追い込んでいるともいえるのだが。どちらにせよ、もっとも安定してアーウェルンクスを抑えられるのはアーチャーを置いて他にはいないだろう。俺との連絡も容易いし。

 ……ここで仕留められるなら仕留めてしまいたいが、そう容易くやれる相手でもない。エヴァと違って時間制限があるわけでも無いからな。

 

(斃せるなら斃してしまえ。後願の憂いを断つ意味でもな)

 

 神楽坂さんの存在が気付かれていない今、アーウェルンクスが麻帆良に攻めいる理由は無い。だが、情報がどこから漏れるかなどわかったものではないし、そうでなくても時間が無いと彼らも焦っているはずだ。

 魔法世界を救う方法は俺も探しているが、成果は芳しくない。出来るなら『完全なる世界』の持つ魔法世界のデータが欲しいところだが、不可能だろう。

 ……魔法の根本について、もっと知識を得なければならない。魔法世界を構成しているのが文字通り魔法である以上、それが最も最善へとつながる近道だ。

 そういう意味では『完全なる世界』と目的は被っているといえなくもないが……連中は思想が凝り固まっている。まぁ、話し合いなんぞ無駄だろうな。具体的なプランを提示できないガキの言葉なぞ真に受けるのは狂人か阿呆だけだ。

 故に俺は俺だけで目的を完遂させなければならない。魔法世界の崩壊という事実をどれだけの人数が知っているかわからない以上、下手に助力を頼むとそこから情報が漏れてパニックが起こりかねない。

 あるいは、超鈴音ならば協力者足り得るかもしれないが。

 

「おい、ぼーや。寝ているのか?」

 

 聴覚は共有していないため、今聞こえた声は俺の側のもの。つまりエヴァが到着したのだろう。

 アーウェルンクスはアーチャーが抑えている。他の面子はわからないが、アーウェルンクスに匹敵する魔法使いがいなければそれだけでこちらが有利に傾く。

 近衛さんの現状が気になるところだが、それは本山についてからでいいだろう。

 俺はアーチャーとの視界共有を断ち、目を開いて黒いワンピース姿のエヴァを捉える。後ろには絡繰さんが佇んでおり、二人とも準備は万端という感じだ。

 

「アーチャーと視界を共有して敵の情報を集めていた」

「ほう、あいつを使わねばならないほどの敵がいるのか?」

「現状では一人だけ確認できているが、アーチャーに抑えて貰っている。問題はないだろう。他にそのレベルがいなければな」

 

 アーチャーに魔力を供給している関係でそれほど魔力を潤沢に使える状況にない今、当てになるのはエヴァだけだ。

 全力での戦闘はなるべく避けたい。魔力供給がなくても存在は出来るが、消滅させないように戦うとスペックダウンは避けられないだろう。

 そうでなくても事態は切羽詰っている。迅速に事態を終息させなければならない。

 

「では、征こうか」

 

 カモ君と瀬流彦先生は念のために宿に残し、エヴァは転移魔法で俺と絡繰さんを連れて本山へと向かう。

 

 

 


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