最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

19 / 44
幕間を挟むタイミングが掴めなくて難儀してます。何時入れよう……。


第十七話

 

 宮崎さんは言いたいことだけ言って走り去っていった。始めからこちらの返答を聞く気は無かった、ということだろう。

 それとも恥ずかしくなって逃げ出してしまったのか……どちらにしても、彼女の勇気は色褪せない。

 まぁ、俺自身恋愛なぞほとんどしたことが無いからその手の感覚はよくわからんが。

 ともあれ、今のところは以前と同じように接するほかあるまい。変にぎくしゃくした対応をすると他の生徒に気取られるし、感情のコントロールくらいは出来ないと今後変な契約を結ばされる可能性だってある。英雄の息子ってのも面倒なものだ。

 集合場所に戻ろうと足を向け、土産物屋を物色していた時、アーチャーから念話が届いた。

 

『先日戦った剣士が生徒の一人と接触しているようです』

(……内通者か? 視界を繋いでくれ)

 

 状況を確認しないことには始まらない。

 剣士というからにはおそらく月詠だろうが、彼女とつながりがありそうな生徒と言われても想像できるのは一人だけだ。

 そして、その予想は当たっていた。

 金髪のゴスロリ服を着た少女。竹刀袋を背負っているのが酷く不釣合いだが、緩んだ笑みとは真逆で立ち振る舞いには隙が無い。

 一方の内通者の可能性が挙げられた生徒──黒髪サイドテールの少女、桜咲刹那は無表情だった。こちらも竹刀袋を背負っているが、学生服なので違和感はそれほどない。

 二人の間には緊張感も剣呑とした雰囲気もなく、ただ会話だけをしているように見える。読唇術など持ってないので何を話しているかは読み取れないが、俺に報告がなければ黒として処理しても構わんだろう。

 ……本当に黒だったら学園長も関西の長も見る眼がない、としか言いようがないが。

 

『監視を続けますか?』

(何か動きがあれば教えてくれ。今は、どちらかといえば近衛さんのマークが薄くなる方が俺としては怖い)

 

 自由行動ともなれば否が応でも離れることになる。俺は親書を届けに行かなければならないし、それに近衛さんたちを連れて行くわけにもいくまい。

 まぁ、近衛さんの実家だからってことで立ち寄ることは可能かも知れないが、それはそれで彼女をこちら側に巻き込む可能性が出てくるわけで。学園長から『出来る限り巻き込むな』と釘を刺されている以上はとれない選択肢である。

 危険に晒されるから取りたくない、という訳ではない。アーチャーが一緒にいるのだから、下手に別行動をするより余程安全ではある。

 が、それも桜咲さんが味方であるという前提があって成り立っているわけで。

 その前提が覆されたとあっては策を練り直さねばならなくなる。

 原作を過度に信用する気は無いとはいえ、流石にこれは予想外というものだ。

 

「……だが、あり得ないわけではない、か」

 

 彼女も一人の人間だ。原作通りに動くなどとは思わない。……宮崎さんの場合は逆に修正力でも働いてるのかと感じてしまったが、それはさておき。

 俺個人の意見だが、桜咲さんは原作からして他者に依存する悪癖がある。原作を過度に信用しないと直前に言ったばかりだが、この辺りの性質はそうそう変わるものでもない。三つ子の魂百まで、だ。

 対象が変われば行動も変わる。彼女が近衛さん以外の誰かを依存する対象と定めたのなら──確かに想定外の行動も起こり得るだろう。

 もっとも、主の意向に反して身分だ立場だを気にする古臭い人間であることも確かだが、この辺は単純な価値観の問題だ。あとから幾らでも矯正できる。

 まだ裏切り者だと決まったわけでは無いものの、グレーゾーンであることは確か。

 最悪の事態に備えて切り札を用意しておいたほうがいいかもしれない。

 

 

        ●

 

 

 夕刻、宿に戻って部屋で休んでいるとノックの音が聞こえた。

 誰が来たのかと思えば、桜咲さんだ。見張りとして外に出ているアーチャーを呼び戻そうかと思ったが、部屋の外に待機させておくことにする。

 報告があるというので部屋に招き入れ、適当に腰を下ろすと彼女は正座して話し始めた。

 

「奈良での自由行動の時間中、おそらく敵勢力と思しき人物と遭遇しました」

「敵勢力と判断できる相手だったんですか?」

「一応、神鳴流として繋がりはありますから。彼女の名は月詠。同年代の中でも飛び抜けて練達した剣士です」

 

 やはりあれは月詠か。

 同じ京都神鳴流だからつながりがあるというのも納得がいくが、それは自分から内通者ですと言っているようなものなのだが……まぁ、彼女からすれば単に「同門の姉妹弟子」であるというだけの話かもしれない。

 

「私は関東に行った時点で神鳴流を破門扱いされているので基本的に情報が入ってくることはないのですが、どうにも私の首を狙っている者が複数名いるようです」

「……桜咲さんの首を狙っている?」

「はい。麻帆良の中学に入るまでは同門の門弟と日々練磨していたのですが、実力主義の神鳴流においても男女の差別というのはやはりあるわけで……」

 

 ああ、男が女に負けるなんてあり得ないなんてプライドだけは一人前の雑魚がいたのか。

 妖怪を相手にする神鳴流がそんな凝り固まった価値観でいいのかという気もするが、本来の神鳴流はそれこそ彼女の言ったように「実力主義」なのだろう。

 

「破門されて出ていくとき、これが最後のチャンスだと思って私の首を狙いに来たところを片っ端から返り討ちにしたので逆恨みを買っているのだと」

「それを、その月詠さんから聞いたわけですか」

「まぁ、そうですね」

 

 首を狙いに行って返り討ちにされた挙句命を取らないとか、侍みたいなやつにとっては死ぬよりひどい侮辱かもしれないな。

 しかも相手は女。幾ら実力主義が罷り通る神鳴流でも、嘲笑は免れないのだろう。……俺の想像にすぎないが、神鳴流って修羅の世界だな。

 それはさておき、そのような情報を持ってきたということは彼女は味方なのだろうか?

 

「……一応言っておきますが、彼女は敵ですよ。私の首を狙っている他の門弟を斬り殺したうえで、私の首を狙っているようですから」

 

 競争相手を先に潰して、そのあとで宣戦布告に来たということか。彼女と桜咲さんの間には何かしらの因縁でもあるのだろうか。

 しかし、そうなると桜咲さんの立場がわからない。

 敵か味方か、疑心暗鬼になるのも行動を阻害するだけとはいえ、個人の護衛として派遣されている以上は護衛対象が一番危険という状況になってしまう訳で。

 情報の真偽まで疑い始めると雁字搦めで動けなくなる。こうなると「いどのえにっき」が欲しくなるところだが、一般人である宮崎さんと仮契約など以ての外だし、第一仮契約をしたところで本当に「いどのえにっき」が出るとは限らない。

 ヘラクレスもどちらかといえば武闘派のサーヴァントで知略知謀を駆使して相手を嵌めるタイプじゃないからな。頭を使うのはマスターである俺の仕事だ。

 

「なるほど、では月詠さんの相手は桜咲さんに任せることになりますが……実際、彼女はどれくらい強いんですか?」

「実際に剣を打ち合わせたことはありません。彼女は私とは別の意味で『特別扱い』でしたから」

「……『特別扱い』、ですか?」

「彼女は『人斬り』と呼ばれています。由来は、その名の通り人を斬ることを何よりも優先するから、です」

 

 ……原作からして彼女は戦闘狂の気があったが、この世界ではそれに更に磨きがかかったような状態なのか。物騒な呼び名だ。

 アーチャーはその月詠と一度戦闘しているわけだが、アイツは規格外だからなぁ。接近戦は避けろ、とアドバイスを受けているので素直に従うことにする。

 現段階で気をつけるべきだと判断しているのはおよそ二人になるわけか。

 フェイト・アーウェルンクスと月詠。現段階の俺では勝てないだろう二人は、アーチャーをうまく運用して戦うしかない。桜咲さんは現段階でグレーだから、最悪裏切る可能性も視野に入れておく必要がある。

 伝えておくのはそれだけだと言って桜咲さんは部屋から出ていき、俺は考え続けた。

 

「…………うーむ、どうしたものかな」

 

 戦力という意味でいえばこちらが優勢だ。アーチャーがいる以上は負けることはないと信じている。

 が、絶望的に手が足りない。桜咲さんが敵に回った可能性を考えた場合になるが、俺とアーチャーだけで近衛さんが攫われないように注意しつつ生徒に被害が出ないよう留意し親書を届けろなど、無茶ぶりにもほどがある。

 仕方がないので、俺は瀬流彦先生の部屋を訪ねることにした。

 

「あれ、ネギ先生、どうしたんですか?」

「ちょっと相談がありまして。お時間いいですか?」

「うん、大丈夫ですよ」

 

 比較的若い先生で、尚且つ魔法先生である瀬流彦先生。俺が親書を届けるにあたって補佐をすることになった(貧乏くじを引いたともいう)先生である。

 時間もそれほどあるわけではないし、桜咲さんが敵と考えた場合この人だって味方と断言できるわけじゃ……と思ったが、関西の過激派が過激派である所以を思い出して考え直した。西洋魔法使いと手を組んでいては本末転倒もいいところだ。

 なので、簡潔に事情を説明する。

 桜咲さんが敵である可能性を。

 

「……それ、本当かい?」

「断言はできません。が、可能性があるというだけで保険をかける理由にはなるはずです」

「石橋を叩いて渡る精神は素晴らしいと思うよ。でも考え過ぎだと思うけどなぁ」

「それならそれでいいんですよ。杞憂だったって笑い話で済む話ですから」

 

 問題は杞憂にならず、笑い話で済まなかった場合の話だ。

 近衛さんが攫われ、生徒に被害が出て、関西の長が入れ替わって傀儡化され、関西と関東で戦争が起こる。考え過ぎだと思われるかもしれないが、原作でリョウメンスクナを復活させた時点で戦争秒読み段階である。エヴァが処理したからこそ事なきを得たが、逆に言うとエヴァレベルが出なければ処理すらままならない怪物を使おうとしているのだ、過激派は。

 原作ネギ少年の放った「雷の暴風」ですらダメージを碌に与えられない、「紅き翼」がどうにかしたという怪物を持ち出される可能性を危惧すれば、先んじて芽を潰しておきたいと考えるのが当然だろう。

 アーチャーがいるから、というのは言い訳にすらならない。最悪の事態を引き起こさないように立ち回るのが「最善」だからだ。

 

「学園長に連絡を取ります。携帯を貸してください」

 

 数秒悩んだ瀬流彦先生は、立ち上がって鞄の中をあさくり、携帯を取り出す。

 あくまでも保険だという前提である以上、組織を大規模に動かすことは出来ないだろう。密会していたという確たる証拠があるならばともかく、昼間に堂々と会いに来ていたのだから桜咲さんが敵のスパイであるという可能性も決して高くはない。

 だから、動かすのは関東という組織ではない。

 

「魔法使いが携帯というのも何だけど、学園長に繋げてある。何とか説得してほしい」

「任せてください」

 

 最悪の場合に実害が出るのは京都にいる生徒たちだ。魔法使いである前に教師である以上、彼女たちに被害を出すことだけは絶対に避けねばならない。

 学園長に協力を仰ぐことになるが、切り札だけでも用意しておくべきだと判断した。

 数コールほど後に携帯が繋がり、学園長の声が聞こえてきた。

 

『……瀬流彦君かね? どうした?』

「学園長、ネギです」

『む、ネギ君か。何かあったのかね?』

「単刀直入に言うと、桜咲さんに敵スパイの疑いがあります」

『なんじゃと!?』

 

 俺の言葉があまりに予想外だったのか、学園長が驚きの声を上げている。

 軽く事情を説明すると、悩むように唸り声を上げた。

 

『むぅ……それだけで敵スパイの疑いというのは、ちと性急過ぎやせんかね?』

「疑いで済めばただの笑い話ですが、本当だった場合の被害が最悪になります。加えて、アーチャーが過激派と思しきメンバーと一戦交えました。中にはかなり出来るレベルの魔法使いがいるようですし、単純に手が足りません」

『成るほどのぅ……じゃが、こっちもそちらへ向かわせることの出来るメンバーなどおらんのだよ』

「わかっています。修学旅行の影響で魔法先生の手が足りないことも。なので、魔法先生ではない魔法使いを使います」

『生徒の中でアーチャー君をして「出来る」レベルの魔法使いを相手取ることの出来るものなど──』

「学園長、京都に封印されている妖怪で有名なものを知っていますか?」

 

 突然の質問に口をつぐむ学園長。こちらの真意を測りかねているような様子だが、この言い方は少し迂遠すぎたか。

 だが、学園長とて京都出身で関西から出奔した元陰陽師で魔法使い。京都に封じられている存在を多少は知っているはずだが。

 

「最も有名なものでいえば酒呑童子です。そして、近衛の血筋にはその手の『魔』を従える特殊な因子がある」

『……まさか、それを使う気だと?』

「可能性の話です。紅き翼が封じたという飛騨のリョウメンスクナかもしれませんし、牛頭天皇や崇徳上皇かもしれません。どれにしても名の通った神格、大妖怪です」

『そのレベルともなると、婿殿一人でも厳しいかもしれんな……じゃが、アーチャー君がいれば──』

「先も言いましたが、アーチャー一人では純粋に手が足りないんです。最悪の事態は出来る限り避けるようにしますが、絶対とは言い切れません」

 

 だから、桜咲さんの立ち位置が問題なのだ。

 彼女が本当に自分の意思で近衛木乃香の護衛をやっているのか、それとも誰かの命令で仕方なく護衛をやっているのか。あるいは近衛さんのためか、護衛をするよう命じた誰かのためか。

 アーウェルンクスもナギやラカンと同レベルの怪物だ。年老いた詠春さんではおそらく出来て時間稼ぎ程度。

 そちらにアーチャーと言う戦力を割くにしても、桜咲さんが裏切っていれば俺一人で四人を相手取らなければならなくなる。

 無論、近衛さんを諦めればアーチャーに絨毯爆撃でもさせることで倒せるかもしれない。神鳴流に飛び道具は通じないとはいえ、絶対ではあるまい。

 

「なので、最悪の場合はエヴァンジェリンの封印を解く許可を」

『……まさか、解けるのかの?』

「いえ、まだ研究段階ですから解くのは不可能です。ですが、学園長なら『登校地獄』を誤魔化すことは可能でしょう」

『む……確かに不可能ではないが』

「今すぐやれと言っているわけではありません。最悪の事態になったと判断したらすぐに連絡を取るので、エヴァがこちらに来れるようにして欲しいんです」

『むむむ……じゃが、彼女がやるというかどうかは別の話で──』

「僕がやれと言った──それだけで十分ですよ」

 

 エヴァは既に俺の軍門に下っている。つまり彼女は今俺の部下という訳だ。

 一応褒賞としてナギの情報、もしくは登校地獄の軽減を考えてはいるが。時間が無かったとはいえエヴァがナギの登校地獄に苦しめられていたことは知っていたのだから、基礎的な情報として登校地獄の呪いは俺も使えるようになっている。

 さて、学園長はどう出るかと思えば、聞き慣れた笑い声が聞こえてきた。

 

『ククク……この私をまさか顎で使うやつが出てくるとはな、少し感心したよ、ぼーや』

「あくまで最悪の事態に備えて──です。上手いこと役に立ってくれれば、登校地獄の呪いを何とかしましょう」

『ほう、吹かすじゃないか。ならばよし、準備だけはしておいてやる。京都全土を永久凍土に変えるつもりでな』

「やり過ぎた場合は呪いを更に強化しますので」

『むっ。いや、言い過ぎた。敵を永久に凍結する程度にとどめておこう』

 

 意外と扱いやすいな、この幼女。

 その後学園長に変わって二、三話し、準備だけはしておいてもらうように念を押しておく。

 願わくば、杞憂であってほしいものだが。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。