最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第十六話

 

 

 一先ず清水寺から宿泊することになっている旅館に移動することとなった俺たちは、騒がしいバスの中で思いを馳せる。

 アーチャーが戦闘したという四人組。

 剣士一人に武術家一人、術師二人らしいが術師のうち一人はかなりの武術の使い手でもあるという。

 女性と言ったのは武術家以外の三人。おそらくは天ヶ崎、月詠、アーウェルンクス。

 アーウェルンクスの転移魔法で逃げられたらしいが、戦力を図ることは十分できたらしい。武術家一人を戦闘不能寸前まで追い込んだとも言っていた。

 アーチャーの評価としては──現段階だと、俺一人では月詠とアーウェルンクスには勝てない。後者は当然として前者は前衛としての地力が違うらしい。剣士としての腕前は一級品だとか。

 アーチャーをしてそこまで言わせるとは、月詠はかなり強いとみていい。原作との比較になる情報がないのでどうとも言えないが、完全な前衛と前衛気味の後衛では地力が違って当然である。

 だがまぁ、少なくともアーチャーの力を見せられたということは下手にこちらに手出しするようなことはあるまい。

 

「今夜は騒がしくなりそうですな」

「修学旅行最初の夜ですからねぇ。皆多少は落ち着いてくれるといいんですが」

「他のクラスならともかく、3-Aですから……悪い意味でもいい意味でも元気に満ち溢れていますからね」

 

 旅館についた俺たちは各班に割り当てられた部屋へと移動させる。桜咲さんとレイニーデイさんは別の部屋に移動することになってしまったので布団を移動させる時間が必要だったが、問題といえばその程度だ。

 日も沈み、生徒たちはいくつかの班ごとに入浴時間となっている。

 俺はといえば、教師同士で軽く談笑しているところに入る。今はロビーの一角に集まっているが、教師は小部屋を一室ずつ与えられている。考え事はそっちでするとして、今は教師同士での交流を深めておくべきだと判断した。

 それはさておき、お茶のペットボトルを購入して教師の集まっている中に入ると、新田先生が笑いながら椅子を一脚用意してくれた。

 

「おお、ネギ先生。先生も修学旅行は初めてでしょうし、疲れてるでしょう? どうですか、引率してみて」

「そうですね……みなさん元気が有り余っていて、ついていくので精一杯ですよ」

「ははは。3-Aは麻帆良中等部でも屈指のバイタリティを誇りますからな」

「ネギ先生はまだ十歳ですからね。もっと私たちを頼っていただいていいんですよ?」

「はい。まだ若輩の身ですから、先輩である先生方を手本に頑張りますよ」

「いやいや、ネギ先生は十分しっかりしていますよ。まだ若いんです、これから学んでいけばいいでしょう」

 

 学生だったころはグチグチいう先生が嫌いだったが、新田先生はきちんと生徒の将来を想ってるからなぁ……愛の反対は無関心というのは誰の言葉だったか。

 生徒のためを思って言うことも多かろうが、世の中こんなに出来た先生ばかりじゃないのがな……彼女たちは幸運だったということだ。

 鬼の新田と恐れられているのは彼にとってどうなんだろうか。

 それはさておき、今後のことである。

 

「夜も騒ぐでしょうが、最低限節度を守らせるようにはしたいですね。ここの従業員の方に迷惑をかけるわけにもいかないですし」

「そうですね。と言っても夜通し見張り番など出来ませんからな……ある程度ローテーションを組んで、騒いでも対応できるようにしなければ」

 

 先生の夜は地獄である。

 なお俺は子供だから寝てていいと新田先生に言われた。明日の朝も早いので寝たいところではあるが、流石に九時に寝て六時に起きるような生活をしているわけではないのでローテーションの最初の方に入れてもらった。

 俺だって一応は教師だ。他の先生に負担が多くかかることになるかも知れないのならローテーションに組み込んでもらっても構わないのだが。

 まぁ、その辺は新田先生に「無理をする必要はありません。明日も朝早く大変な一日になりますから、しっかり英気を養ってください」と諭されてしまった。

 外敵に対しては睡眠が不要のアーチャーを配備する予定なので問題はない。

 唯一の疑念としてはアーウェルンクスが遠距離からいきなり内部に侵入してくる可能性だが、一応結界は張ってあるし、アサシンでもない以上は気配遮断のスキルもないのだからアーチャーが勘付く。

 

「生徒たちは入浴を済ませたようですし、我々も遅まきながら温泉を楽しみましょうか」

「日本の温泉は初めてなので楽しみです!」

「イギリスには日本ほど温泉の文化はないでしょうし、これも一つの文化交流と思って楽しむといいですよ」

 

 浴衣に着替えて温泉へと向かい、新田先生や瀬流彦先生と共に体を洗って入浴を楽しむ。

 やや熱めのお湯だが、冷えた外気と相まって心地良い。

 湯気の合間から見える星空もあって、修学旅行で一番楽しい瞬間は今かもしれないと思ってしまう。一応憑依前には京都に行ったことがあるうえ、引率としての仕事があるので街を見るより温泉に入る方が楽しいというのはやはり老けているのだろうか。

 夢見心地で風呂から上がり、誰もいないロビーで晩酌代わりに自販機のコーヒー牛乳を飲む。

 

「……兄貴、なんだかんだでかなり満喫してないか?」

「来たからには楽しまないと損だからね。それに、今日は大丈夫だと思うけど」

 

 あちらも戦力の再確認をしなくてはならないだろう。少なくとも、俺なら下手に攻め込んでアーチャーの相手をしようとは思わないが。

 アーチャーが言うには少年一人──おそらくは犬上小太郎──を戦闘不能寸前まで追い込んだようだし、危機意識があるなら今日はまず行動しない。

 飲み終えたコーヒー牛乳の瓶を専用のケースに戻していると、桜咲さんが外から帰ってきた。

 

「あ、ネギ先生」

「外の見張りですか? 先生としては、夜中に出歩くのは感心できないんですけどね」

 

 苦笑すると、桜咲さんも同じように苦笑する。

 ここは言うなれば敵陣のど真ん中。警戒するなという方が無理な話ではある。桜咲さんにとっては故郷でもあり、裏切り者としての扱いを受けてもおかしくはない場所だ。

 関西とは表向き敵対している組織である関東の本拠地、麻帆良にいるんだからな。

 

「何時襲ってくるかわかりませんから」

「今夜は大丈夫だと思いますけどね。体調を崩さないように注意してくださいよ」

「はい。修学旅行の途中で倒れるわけにはいきませんから」

 

 ……しかし、彼女には親書が偽物だとは話していないはずだが、不自然なほど気にしていないな。優先順位が違うからなのか、別の理由があるのか。

 敵だとは思いたくないが、近衛さんを守ろうとする姿勢は本物だと思いたい。

 

 

        ●

 

 

 修学旅行二日目。

 京都の料理は何だろうかと思ったら普通の朝食だった。まぁ、日本なら大体朝ご飯は何処も一緒だよなぁ。

 朝食を終えた後は奈良での班別行動の準備となる。教師陣は見回りになるが、ほぼ自由行動と言っても差し支えない。

 なので、一部生徒から「一緒に回ろー!」と熱烈なラブコールを受け取ることになった。

 俺自身そんなに言われるような行動をした覚えはないのだが、十歳の子供ということで可愛がられているのだろうか。うーむ、女心はよくわからんな。

 喧嘩になりそうな勢いだったので「じゃあじゃんけんで決めましょう」というと、凄まじい気迫で勝負が始まった。

 雪広さん、鳴滝さん、佐々木さん、宮崎さんの四つ巴である。

 勝負直前に桜咲さんが宮崎さんに何事か囁いていたが、あれは何だったのだろうか──と思っている間に勝負がついた。一瞬の出来事である。

 

「ほ、本屋が勝った!」

「のどかが勝った!」

「本屋ちゃんが動いた!」

 

 ざわめきと共に勝者である宮崎さんが称えられ、負けた三人は這いつくばって屈辱に耐える……このシーンだけを見ると演劇っぽいな。

 ハッとした様子の宮崎さんは、部屋に戻ろうとしていた桜咲さんを追いかけ、何か告げてこちらに戻ってくる。

 

「よ、よろしくお願いしますー!」

「はい。そんな固くならなくても大丈夫ですよ」

 

 ガチガチに固まったまま話す宮崎さんに苦笑しながら告げる。それよりも、俺は少しだけ気になったことを聞いた。

 

「桜咲さんから何か聞いていたようですが、何を話していたんですか?」

「あ……えっと、パーを出せば勝てますよ、って……」

 

 ……宮崎さんの班には近衛さんがいる。関西呪術協会の最優先事項がおそらくは近衛さんの誘拐であると仮定すると、一番狙われる可能性の高い班であるといえる。

 確かに桜咲さんだけでは対応できない可能性は高いが、だからと言ってじゃんけんでどうやれば勝てるかなんてのはわかるものじゃないだろう。

 確率として考えるのなら三分の一。

 決して低い確率ではないが、かと言って高い確率でもない。……ただの偶然か?

 

「そうですか。まぁ、とにかく今日はよろしくお願いしますね」

「は、はいっ!」

 

 まぁ、気にする必要はないだろう。今の時点で十分対応できているのだから、もし何かを隠していてもそれに頼ることはない。

 敵である、という可能性が潰えたわけではないのだし、警戒だけはすべきかもしれないが。

 

 

        ●

 

 

 奈良公園である。鹿である。

 着いた瞬間に鹿煎餅を買って食わせていたら、何時の間にか群がられて全部ぱっくり食べられてしまった。始めからやるつもりだったとはいえ、あっという間に全部なくなるとは、強欲な鹿である。

 ちょっとはしゃいでいたら生暖かい目で見られてしまった。反省。

 

『マスターも子供らしいところがあるんですね』

 

 アーチャーにまで笑われた。肉体的には子供でも精神はそれなりに成熟した大人のそれだと自負していたのだが、こういうときは童心に帰ってしまう。

 悪いことではないかもしれないが、他人に迷惑をかけないようにすることだけは徹底したい。

 それはさておき、アーチャーの配置だ。

 この辺で一番高い場所に陣取り、辺りを警戒して貰っている。桜咲さんが式を放って他の班を監視しているようだが、これだけ人の多いところで仕掛けては来ないだろう。

 関係者だけならともかく、一般人が多すぎる。人払いも認識阻害もこの状況では効果が薄いだろうし、何より奈良公園には重要文化財も多い。滅多な理由では仕掛けてこないはずだ。

 そして桜咲さんはというと、近衛さんから逃げ回っていた。

 

「……何してるんでしょうね、あれ」

「桜咲さんとは幼馴染らしいんですけど、中学に入って一緒の学校になってあまり話さなくなったから、これを機にまた仲良くなりたいそうですよ」

「へぇ、出身が同じ京都だったので可能性はありましたが、幼馴染ですか」

 

 何かを飲みながら隣に立つ綾瀬さんが疑問に答えた。幼馴染ってことは知ってたが、近衛さんはあそこまでアグレッシブだったかな……。まぁ、幼馴染っていうのは得てして思い入れが深いもんだ。かくいう俺には幼馴染なんて──アーニャがいたか。あれはあれで忘れようもない女ではある。

 二人を除いた班四人としばらく歩いていると、あっちこっちに引き寄せられてあっという間に三人とはぐれた。神楽坂さんはなんとなくよくわかっていない感じだったが、綾瀬さんたちの押しに負けていろんな店に入っているようだ。

 仕方がないか。

 

「みんなどこか行っちゃったようなので、二人で回りましょうか」

「え、あっ、はい! 喜んで──……」

 

 やや顔を赤くしながら隣に並んで歩き始める宮崎さん。

 うーむ……この反応というか、展開を考えるとどうしても思うのだが。

 彼女は、俺に惚れているのだろうか?

 普通なら勘違い野郎の恥ずかしい妄想で片がつくところだが、生憎と全く同じ状況を俺は知っているわけで。

 こういう言い方をしたくはないが、彼女は俺のうわべを見て判断しているのかもしれない。状況だけを思い返すなら基本的に原作と同じように対応していたし、結果として彼女が惚れてしまうのも可能性としてはある。無論、この(・・)俺に惚れた可能性だってあるが、俺は彼女のような子に惚れられるような男ではないのだがな。

 人間は中身だというが、実際は見た目が九割だ。辛辣な言い方だが、俺は彼女に生徒以上の感情を持っていない。未来はどうなるかわからないが、少なくとも今はそうだ。

 だが──もし、俺に告白できたのなら、俺は彼女を尊敬しよう。

 生徒と教師であるという前提すら彼女にとっては阻む壁にならず、愛のためには積極的な行動を見せる。

 なるほど、それは並大抵の覚悟で出来ることではない。俺の方が年下だからとて、生半(なまなか)な思慕で出来ることではあるまいよ。

 普段から大人しく、他人に積極的に発言することが無い彼女だからこそ、その壁は高く厚い。初恋は実らぬとよく言われるが、俗説に惑わされるようならそれまで。

 一度恥ずかしくなったのか姿を消したが、戻ってきたときは覚悟を決めた顔だった。

 

「あ、あの……私、先生……」

 

 一度深呼吸をして落ち着いたと感じた後、宮崎さんははっきりとした意思を持って告げた。

 

「私、ネギ先生のこと出会った日からずっと好きでした! 私……私、ネギ先生のこと大好きです!!」

 




幕間とどっちを先に投稿しようか散々悩んでこっちを先に投稿することにしました。

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