最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第十二話

 目覚めた場所はログハウスの中だった。

 エヴァンジェリンの住んでいるそこに一時避難することにしたアーチャーは、俺とエヴァンジェリンと絡繰さんの残骸を運んできたらしい。

 よくもまぁそんな人数を抱えてこれたもんだ。筋力は言うに及ばず、体がデカいから意外と不可能でもないのか。

 フラフラしながら歩いているエヴァンジェリンも相当疲弊しているようで、ソファにどっかりと座って息を吐いた。

 

「……ここまではっきりやられたのは初めての経験だよ。ナギは正面から戦おうとしなかったからな」

 

 思い出したくもないとばかりにイライラしているエヴァンジェリン。彼女のことは放っておくとして、今対応すべきなのはこのログハウスを囲んでいる学園の魔法使いたちの方だった。

 俺がやられたと思って助けに来たのか。それとも共謀していると判断して一度に始末しようとしているのか。

 後者はまずないだろう。高畑さんもそうだが、学園長がことに気付かないはずもない。使い魔の一匹や二匹くらいは配置しておいて当然だろう。

 あの惨状で使い魔が生きていられるかどうかはさておき、俺とエヴァンジェリンの決闘だということはあちらも把握しているはず。世界樹前の広場を修復するので手一杯かもしれないが。

 今ここを囲んでいる魔法使いは監視だろうな。

 

「どうするんだ、これから」

「学園側に事情を説明するしかないでしょう」

「……その喋り方もやめろ。私は負けた。お前の軍門に下るんだ、せめて普通に話せ」

「ここでは生徒と教師……と言っても聞き入れてもらえなさそうだ。ああ、構わない」

 

 アーチャーがいなければ確実に負けていた勝負だが、この結果が全てだ。思い返せばアーチャー一人でも勝てたんじゃないかと思わなくもないけれど。

 エヴァンジェリンという魔法使いが味方になってくれたことは実に心強い。今後様々な点で有益となるだろう。

 元が犯罪者なので一部足を引っ張りかねないが、その辺は俺の英雄の息子としてのネームバリューをうまく使うしかない。政治的な理由なんて面倒だから考えたくないんだが。

 ともあれ、一度高畑さんや学園長に連絡を取らねばならないだろう。

 教えれば常識的に考えて止められるであろう決闘だった。故に通達はしていない。怒られることは重々承知の上だが、それでも互いの命とプライドを賭けて戦った決闘そのものを侮辱するような真似だけは絶対にさせない。男なら誰しもそうだと俺は思っている。

 ……しかし、あれだ。魔力が枯渇して頭が痛い。

 

「あんな馬鹿げた魔法を使うからだ。あんな使い方をする馬鹿は初めて見たぞ」

「ああでもしないと、格上相手にまともには戦えないからな。アーチャーがいれば何とかなるが、前衛は他人任せで自分は後ろで見ているだけなんてのはやりたくない」

 

 元々固定砲台として能力を伸ばしていたが、上位クラスになればどの道接近戦は避けられない。出来る才能があるなら伸ばすべきだと判断したが、あれもこれもでは器用貧乏にしかならないと思っていた。

 実際なんとかなっているものだから、俺としては万々歳だ。ほぼアーチャーの補佐のおかげだが。

 横になっていたソファから立ち上がり、体を軽く動かして調子を確かめる。魔力が枯渇している以外は左程怪我はないと思ったら、打撲がかなり多い。骨は折れていないが痣になっている。

 さて、学園長のところに向かわなければならないのだが──連絡手段が無い。

 携帯は壊れる可能性を考えて家においてきたし、それ以外に連絡出来る手段なんてないのだが。

 

「まっすぐジジイのところへ行けばいいだろう」

「俺はそれでも構わないけど、その場合、エヴァンジェリンが襲撃される恐れがある」

「……まぁ、私も疲弊しているから余り戦いたくはないが、どうにか出来ないという訳ではないぞ」

「それでも念には念を入れておくべきだろう。俺の軍門に下ったというなら尚更な」

 

 俺自身、人の上に立つ器じゃあないと思っているのだがな。

 どの道他人を使うことは覚えなければならないだろう。集団で動く場合、適材適所で人材を割り振るというのは難しい。早いうちに慣れてしまえば後々楽になる。

 それはさておき、俺が動かずに高畑さんや学園長に連絡を取るための手段というと……。

 自然と俺の視線はアーチャーの方へ向いた。

 

「アーチャー、今は魔力供給がされていないが、どれくらい残っている?」

「余裕はあります。多少の戦闘には持ちこたえられるでしょう」

「……いや、アーチャーには学園長への伝言を頼む。霊体化すれば見つかることもないはずだ」

 

 スムーズに話しを進めるには学園長と話を進めておく必要があり、その場合連絡を取る手段としてアーチャーを介すれば良いのだと判断した。

 アーチャーとなら多少は慣れていても念話で情報伝達が出来るし、そうすれば学園長と間接的に情報交換が出来る。

 ……あと、しばらくは魔力が枯渇することを承知でアーチャーに魔力を供給しておかないとな。総量でいえば俺よりも遥かに多いはずだから、いざというときのために貯蓄しておく必要がある。

 ふと思ったことを心の中でメモして、アーチャーを学園長室へと向かわせる。

 その間俺とエヴァンジェリンは暇だ。疲労困憊なのは変わらないので休むのが正解だと思うが、彼女はじっと俺を見続けていた。

 

「……ナギに似ているようで似ていない。同じ顔の別人を見ているような気分だ」

「親子なんですから似ていて当然。あと、うちの父親は一応結婚しているので貴女の片思いは届きません」

「な、何を突然ッ!?」

 

 こちらがびっくりするような狼狽えぶりに思わず悪戯心がむくむくと。

 というか、わかりやすいなこの幼女。俺を見続けてナギとの相違点なんかを洗い出してるところを見ると、やっぱり未練たらたららしい。

 

「人間、父親と母親がいて初めて子供がいるわけだし。まさかうちの父親に限ってそこらの娼婦に産ませたわけもあるまいよ」

 

 というか、そうなると多分いろんなところから命を狙われかねない。母親の胎の中にいる時点で死亡確定と言っていいほどだ。

 ナギはいろんなところで馬鹿だ阿呆だと聞くが、女性関係にだらしなかったという話は聞かない。仮にも英雄なら女の方から勝手に「抱いて!」と寄ってくることも多かろうに、軽く調べた限りではナギは全て断っている。

 祖父も俺の母に関しては口を閉ざしているが、しつこく聞き続けた結果、ナギの女性関係については簡潔に教えてくれた。

 「あいつは一人だけを想い続けた」と。

 

「……そうか、子供がいる以上は母もいて当然か。私と会った時点ではまだわからんが、少なくとも十年前にはすでに結婚していたと」

「俺の年齢から逆算しても、まぁそうなるな」

 

 なんとも言い難い表情をしているエヴァンジェリンを尻目に、疲労から眠ってしまいそうな頭を必死に動かす。

 よくよく考えなくても今はまだ夜中。朝まで倒れていてもおかしくはなかったはずだが、外からビンビン向けられている敵意に落ち着いて寝ていることなど俺には出来なかったわけで。

 軽くストレッチでもしながら待つこと三分。カップ麺でも出来そうな時間で、アーチャーは学園長を見つけ出した。

 ちょうど高畑さんもそこに居合わせているようで、アーチャーと念話で会話しつつ間接的に話しを進めることにした。

 

 

        ●

 

 

 アーチャーが事情を話すこと五分ほど。

 最終的にエヴァンジェリンが俺に負けて軍門に下るということでこっちは纏まったと話すと、それはそれは驚いたらしい。実際に見てみたかったものだ。

 まぁ、信じられない気持ちもわかる。

 魔法世界におけるなまはげ的存在である『闇の福音』が、英雄の遺児とはいえ十歳の子供に敗北し軍門に下るなど到底信じられる出来事ではない。

 信じられる出来事ではないが、信じざるを得ない確たる証拠が──証拠というか、証言する当人がここにいる。

 それに、学園長と高畑さんにしか教えてないがアーチャーの存在だってあるのだ。彼がいれば必ずしも不可能ではないと悟ったのか、驚きながらも事実と認めてはくれたらしい。

 

「ひとまずこれで学園の魔法使いの方は何とかなった。茶々丸の方は?」

「明日、朝一番で葉加瀬に連絡する。数日あれば元通りだろうよ」

 

 間接的にお前の従者なのだから呼び捨てで呼べ、というエヴァ(と呼ぶよう命令口調で言われた)の言により、呼ぶときは呼び捨てである。正直公私混同しかねないのでこういうのはあまりしたくはないのだが。

 まぁ、橙子さんよろしく眼鏡で人格のスイッチでも切り替えるようにしてみるか。俺は眼鏡してないけど。

 しかし、上半身と下半身を泣き別れにさせた側の俺が言うのもなんだが、数日で直るのかあれ。治るといえばいいのか直るといえばいいのか迷うところではあるけれど。

 機械である以上は記憶の根幹である頭部が破壊されない限り修復可能ということなのだろう。

 機械が専門というところが惜しいが、もしも人体を工業製品で置き換えられるようになれば──葉加瀬聡美は疑似的な不死を創り出せるようになるのかもしれない。

 戯言だがね。

 

「それよりも、貴様の母は誰だ? ナギはまごう事なき現代の英雄だ。その伴侶ともなれば情報が出回っていてもおかしくはないはずだが──」

「現代の英雄だからこそ晒せない情報なんだろ。先に言ったいきずりの娼婦じゃないが、誰が母親かっていうのは結構頭の痛い問題だ」

 

 実際問題、これがそこらにいるような普通の女性なら情報が錯綜しまくってわからなくなっているんだろうが、ナギの場合はそうじゃない。

 根本的に、彼と関係があった可能性のある女性が存在していない。どこを探しても情報が出てこない。

 かろうじて可能性があるのは一時期『紅き翼』にいた女性である、とある王国の女王アリカ・アナルキア・エンテオフォシア。あるいは帝国第三皇女のテオドラ。

 まぁ、俺は原作読んだから誰が母親か知ってるけど。

 それ以外でナギと男女の関係にあった可能性のある女性というのがそもそも見つからない。

 ナギが一途であったというだけの話かもしれないが、それでもおかしいといえばおかしい。ナギの影響力は果てしなく大きいのだから、一晩二人きりで酒を飲むだけでも「想像妊娠」する輩だっていてもおかしくはない。

 それをするだけの価値が、ナギにはある。

 

「仮に俺の母親がどっかのスラム出身の女だった──その場合、女の方は玉の輿で喜べるかもしれないが周りは頭の痛い問題になる」

 

 亜人だったらさらに問題だ。

 一時期は指名手配をしていたくせに、今は掌を返して英雄扱い。亜人の国である帝国と仲の悪いメガロは確実に子供と母親を殺しにかかる。

 そして、その事情は亡国の女王であった俺の母──つまりはアリカにも当てはまる。

 彼女は世界を守るために己の国を犠牲にした。犠牲にされた方はたまったものではないにしろ、それで世界が守られたのは事実。ある程度擁護されても何らおかしくはない──が、メガロメセンブリアは彼女を「完全なる世界」の黒幕として公表し、処刑した。

 実際のところがどうだったのかは関係ない。彼らにとってそちらの方が都合がいいから(・・・・・・・)そうなっただけだ。

 

「母親が誰であっても、俺は一度殺されかけてる。殺しにかかった相手もわかってる。──いずれは思い知らせるさ」

 

 母の名誉は今になってもなお貶められ続けている。

 想い知らせる、というのは単なる方便にすぎない。

 他人に自分の罪をかぶせ、悠々と今も過ごしている──それがどうしても我慢できない。

 大人なら自分の行動に責任を持つべきだろう。自分がやったことには責任を持ち、結果としてどうなろうが悪事をおこなったのが真実ならば大人しく裁かれるべきだ。

 正義の味方を気取るつもりはないが、こういった連中には大多数の人間が嫌悪感を抱いて当然だと俺は考える。

 自浄作用が働かないというのなら、俺がやろう。他者がやることを期待するのではなく、俺が俺自身の手で奴らに責任を追及する。

 何故なら、それが正しいことだと──俺の義に即した行動であると信じているのだから。

 




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