最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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幕間一

 

 

 私が最初にその男に抱いた感情は「気味の悪さ」だった。

 人間味の薄い、まるで人間に精巧に似せられた人形を見ているような──およそ相手を人と認める類のものでなかったのは間違いない。

 何故かといえば理由は簡単で、余りにポーカーフェイスがうますぎて感情を一切感じ取ることが出来ないからだった。携えた微笑は子供らしからず、その奥を覗かせない。

 十歳だぞ。普通ならばそこらのガキと遊び回って、ポーカーフェイスが上手くなる要素などあるはずもない。

 だが、奴はある意味で特別だった。

 

 英雄の息子。

 

 そのレッテルがもたらしたせいかは知らんが、感情の発露という機能がマヒしているのではないかと疑ったものだ。

 歓喜。高揚。悲哀。憤怒。快楽。人間の感情など様々だが、私は奴と直接話すまで奴が本当に人間なのか確信が持てずにいたほどだ。そう取られてもおかしくないくらい、奴は淡白な表情で一切感情を表に出さなかった。

 ジジイもタカミチもそのあたりを気にしていたようだが、『桜通りの吸血鬼』の件で話した時、私は確信した。

 

 ──こいつは感情を隠しているだけだ、と。

 

 我も人、彼も人。ゆえ対等。

 青臭い理想論を語ったかと思えば、悪党である私の行動に一定の理解を示し、しかし己の義を通すが故にそれは認めないという。

 筋は通っているが常人とは思えない。麻帆良にいる魔法使いは私のことを疎んじているところがあるため、私の行動そのものに理解を示すなどまずありえないだろう。

 もっとも、六百年もの永い時を生きた吸血鬼だ。凍結されているとはいえ賞金首でもある以上、普通の感性で私のことを理解しようとしたり認めようとしたりはしない。

 型に嵌らないという意味ではナギも同じだが、底抜けの馬鹿だったあの男に対して息子はどうだ。感情を表に出さず、腹の内を読ませない政治家の狸のようだ。

 それにしたって、政治的なところに興味を示してはいないようだが。

 ともあれ、胸のうちに隠した激情を引っ張り出したいという私の想いは、ともすれば悪手だったのかもしれないと後に思うことになるのだが。

 

 

        ●

 

 

 あのぼーやの使い魔(サーヴァント)だという男をはっきりと見たのは家に来た時初めてだ。

 決闘が間近に控えているというのに呑気に決闘相手の家まで来てプリントを渡すなど、こいつの心臓には毛が生えているのだろうと感じたものだ。そのあたりは父親と似ているといえる。

 普段は霊体化させてどこかに居座らせているようで、屋上でサボった時に遠目で見かけたことはある。

 筋骨隆々とした肉体に物静かな佇まい、そして洗練された武人の気配。どこぞの筋肉バカ(ジャック・ラカン)が脳裏をよぎったが、あんな粗暴な奴とは根本的に異なる。

 弓兵(アーチャー)と呼ばれているからには遠距離が専門なのだろう。魔法使いとして前衛後衛どちらに置くかはぼーや次第だが、弓兵を前衛に置くような阿呆な真似はすまい。

 かと言って、ぼーや自身も近接格闘に自信があるのかと問われれば疑問だ。

 何せ、私が桜通りで一般生徒を襲っていた時、遠距離から邪魔をしてくるだけで決して近くには寄ろうとしなかった。

 私のことを認めぬというなら自身がさっさと出てきて武力でも何でも使って止めればよく、それが出来ないから邪魔をする。

 あの使い魔の力は本物だ。全力の私でも苦労するだろうことは想像に難くないほどの力を感じる。

 

 何が一番異常かといえば、それをあの年で使役しているぼーやのことなのだが。

 

 決闘の時が来るまで半信半疑だった彼のことも、決闘が始まってから程なくして理解できた。

 あんな存在は今まで生きてきて見たことがい。武勇に優れ、覇気に溢れ、穏やかな気質を持ち、いざ戦闘となれば堅実に相手を追い詰め主を補佐する。一人だけでもおそらく私と茶々丸の二人を同時に相手どれるはずだ。

 あれこそが本物の英雄だろう。ナギですら見劣りする──言うなれば、神代の英雄。

 ぼーやの未熟な戦術眼をその弓で補佐し、戦闘の流れを操る。一撃が必殺の威力を持つし、不死といえどあんなものを好き好んでくらいたいとは思わない。

 ぼーやもぼーやで類稀な才能を有している。

 時間遅延の結界なぞ、今まで多くの魔法使いがその人生を費やし挫折していった魔法だ。それをあの年で実践レベルにまで持って行くなど──言い方は悪いがイカレている。

 上級精霊を使った魔法の同時展開もそうだが、今後が楽しみになる逸材だといっていたタカミチの意見には私も同意せざるを得ない。

 ついには、私まで打ち破ったのだからな。

 

 

        ●

 

 

 目が覚めたのは私のログハウス、自室のベッドの上だった。

 結界が起動し、全ての力が抑えつけられたところまでは覚えている。急激に減衰する身体能力と魔力、そして強制的に抑えつけるためのシステムに無理矢理意識を落とされたのだろうとは思うが。

 だからと言ってここにいる理由がわからない。ジジイやタカミチがあの騒動に気付かないはずもなく、そうなれば如何にナギのお墨付きとはいえ麻帆良の魔法使いどもが私を擁護する理由は無くなる。

 自分のプライドと命を賭けて挑んだ結果だ。どうなろうとも覚悟の上だったが──。

 

「おや、気がつかれましたか」

「……貴様」

 

 アーチャーと呼ばれていた男が、二階に上がってくるなり私に向かって笑みを浮かべてきた。

 私の感覚ではつい先程まで殺し合っていた男のはずだが、何故このような笑顔を向けるのかが理解出来ない。

 

「マスターとの契約です。貴女が負けを認めた以上、その命はマスターの手の内にあるということ。であれば、あの場に残して害意の的にすることもありますまい」

「……なるほどな。ぼーやはもう目覚めているのか?」

「いえ、もうしばし眠っておられるでしょう。最後の魔法にすべての魔力を注ぎ込んでしまわれたようなので」

 

 それは仕方ないだろう。あんな馬鹿げた魔法を使ったのだ、むしろ最後まで魔力が残っていたことの方が驚きだ。

 だが、それはそれで疑問でもある。

 

「お前、ぼーやの意識が無くても行動できるのか」

「一応、この身にはそれなりの魔力を有しています。術師としては非才ながらも、マスターからの供給無しで動く程度にはあるのですよ」

 

 うちのチャチャゼロは私の魔力が解放されていれば動けるが、そうでなければ動くことさえ出来ない。魔力の制限がそれだけきついということもあるが、使い魔である以上は常に魔力の供給が不可欠であるはずなのだ。

 だというのに、魔力切れで倒れた後もこうして自由に動けているとなると、それだけ破格の存在であることがわかる。

 私とは違う意味で怪物だな。

 ──やはり、神代の英雄なのだろう。だとすれば、一体誰なのだろうか。

 術師としては非才、弓、槍に秀でている英雄など古今東西どこにでもいる。それだけで絞り込むのは無謀というほかない、が。

 

「射殺す百頭、か」

 

 奴が槍を振るった際に呟いた言葉。私を一息の間に九度殺すなどという絶技。あれほどの技量を持つ英雄となればそれこそ限られる。

 私とて、そこらの英雄如きに負けるつもりはない。

 故に、それを成せるほどの怪物的な英雄ならば、大方見当もつこうというもの。

 

「貴様、ギリシャの大英雄──ヘラクレスだな?」

「……何故、そうだと?」

「私を九度殺したあの技、ヒュドラ殺しだろう。逸話では弓矢による百の頭の殲滅となっているが、弓でなくてもあの技量だ。あんなことが出来る英雄などごく限られる」

 

 というよりも、私と張り合えるのだからそのくらいのレベルの相手でなければ私の矜持が許さん。

 肯定も否定もしないその男は、困ったように笑みを浮かべるだけだ。ぼーやに自身の正体を明かさないよう口止めをされているのか? それならば仕方あるまい。

 あとで当人に問い質すまでだ。

 今はひとまず喉が渇いた。

 そう思ってベッドから出たはいいが、足に力が入らず転びそうになる。

 

「む……」

「おっと、無茶はしないでいただきたい。貴女は先程の戦闘で多大なダメージを受けている。如何に不死とはいえ、その魔力が封じられた今は動くのもつらいはずです」

「……随分と詳しいな」

「マスターが情報を集める段階で私にも情報の共有がなされましたから」

 

 使い魔とはいえ歴戦の英雄。それもヘラクレスとなれば戦術眼は随一だろう。ぼーやの行動も理解できる。

 仕方がないのでアーチャーに頼んで下に連れて行ってもらうことにした。トイレに行くなら私自身が行かねば意味があるまい。

 何故かお姫様抱っこをされながら一階に降り、トイレを済ませてキッチンの方へ向かう途中、何かの残骸が私の視界に入る。

 いや、これは──

 

「──茶々丸!」

 

 下半身が砕け、傷だらけになった上に半ば凍り付いている茶々丸。凍り付いているのはほぼ私のせいだが、下半身を砕いたのはぼーやだったな。

 というか、この状態の茶々丸まで連れてきたのか、アーチャーは。確かに私の従者である以上はぼーやの陣営に属することになるが。

 機械のことはよくわからんが、葉加瀬と超に連絡を入れておけば明日あたり修理のためにここへ来るだろう。

 決闘の最中は防壁を作って被害を出さないようにしていたが、機械は水に弱い。凍らせた段階でデータが消える可能性もあったが、粉々に砕けるよりはマシだろう。

 学園側に回収されずに済んでよかったというべきか。どこまでバラされるかわかったものではないからな。

 

「貴様が連れてきたのだろう?」

「ええ。貴女の従者ですし、私は科学に疎いのですが、それでもまだ助かるならばと」

「感謝する。おそらく、まだ完全に壊れてはいないはずだ」

 

 おそらく今夜は世界樹前の広場の修復にかかりきりになる。明日、タカミチやジジイに対しての説明を求められることになるだろう。

 癪ではあるが、ぼーやの傘下に入ることで処罰を免れるしかあるまい。奴が呪いを解いてくれるのが一番良いのだが、どれだけ待たされるのやら。

 ともあれ、一番可能性の高い選択肢であることも確か。ぼーやの創造性は今までの魔法使いの常識を真正面から打ち破る。そこに賭けてみるのも一興。

 どのみち傘下に入ることになる契約だ。それくらいは求めてもよかろう。

 

「……んぁ」

 

 間抜けな声が背後から聞こえた。寝ぼけ眼でこちらを見るその貌は、十歳児としてみれば当然のものだ。

 だが、先の決闘を乗り越えた私としては違和感を感じざるを得なかった。コイツも確かに人の子なのだという安堵もあれば、決闘の際に見せた戦闘を望むような笑みが幻想だったのではないかという気さえもしてくる。

 どうにも、ナギと同じバトルジャンキーなところがあるらしい、というのはわかったが。おそらくはそれだけではあるまい。

 ネギ・スプリングフィールドは奇妙な子供だ。

 

「お目覚めか、ぼーや」

 

 まずは、このぼーやを知ることから始めよう。

 父親とは違う意味で興味の出てきた、この男を。

 

 

 




無意識にナギとネギを比較するえヴぁんぜりんさん。

最近眠くてずっと寝てます。起きたと思ったらヘブンズフィールをやり直して感動してるっていう状況です(故に遅々として進まない)
完結はすると思うので気長に待っててください。

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