最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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お好みでBGMを流すとより楽しめます。
推奨BGMは「魔法使いの夜」より「絢爛/finality」


第十一話

 アーチャーは俺を肩に担いで即座に攻撃範囲から離脱する。

 地面に着弾して引き起こす大規模な破壊など気にしていられる暇はない。

 追撃するように吹きすさぶ氷の槍の嵐に対して、俺はアーチャーの肩から降りてその背に隠れる。アーチャーは立ち止まって出来る限りすべての氷の槍を撃ち落し、隙間を縫ってエヴァンジェリンへと矢を放つ。

 しかしそれだけでは勝てない。

 仕込みの位置を再度確認して上位精霊を更に二体召喚しておく。

 ここから先は一瞬の判断が致命傷につながりかねない。経験値の差はアーチャーがなんとか埋めてくれるだろうが、そこにどれだけ俺が喰いついていけるかだ。

 立ち止まったままでいるのは拙いか。

 

「アーチャー」

「はい」

 

 極限状態にある今、俺たちは互いに呼ぶだけで意思の疎通が出来るまでになっている。手札は互いにわかっているから、最善の動きをしようとするとどの道思考が被るのだ。

 もっとも、俺程度がアーチャーと同じとは思えないが、その辺はアーチャーがカバーしてくれる。

 

「呆けている暇はないぞ、ぼーや!」

 

 やはり腐っても真祖。身体能力がずば抜けて高く、俺が目を離した一瞬のうちに接近を許してしまう。

 だが今は俺だけじゃない。アーチャーがいる。

 アーチャーはすぐさま俺とエヴァンジェリンの間に体をすべり込ませ、目にもとまらぬ体術の戦闘を見せつけられた。ヘラクレスとまともにやり合うか……ッ!

 化け物だと再認識しつつ、距離を取る。

 今のエヴァンジェリンはいわば『動く液体窒素』だ。魔力の質がそうさせるのか、『闇の魔法』の力か、意識した場所から高速で凍り付いていく。

 これ、多分ヘラクレス以外のサーヴァントだと対魔力なんかを持たない限りあっという間に凍り付かされるな。

 何かと踏み台扱いされたり雑魚扱いされるエヴァンジェリンだが、本気の彼女はかくも強い。

 

「魔法の射手、連弾・雷の百一矢」

 

 一瞬距離が開いた瞬間、すかさず魔法の射手を叩きこむ──が、無駄とばかりに腕を一振りされ生み出される氷の壁で防がれた。

 公式チートめ。実際相対するとここまで厄介だとはな。

 

「ふふ、何を狙ってるかは知らんが……私を失望させるなよ?」

 

 圧倒的な魔力にモノを言わせた数の暴力。

 巨大な氷の球体をアーチャーが素手で砕いた直後、俺の背後までエヴァンジェリンが回り込んできていた。

 だが、それはこちらとしても好都合。

 場所を確認しながら動いたのだ、アーチャーとしても誘導するのが大変だっただろうが、上手く嵌った。

 

「術式解凍──」

 

 浮かび上がる魔法陣は春休みのうちに研究していた『固有時制御』のそれであり。

 発動する魔法は結界内の時間を限りなく遅延させるという、うまく使えば確実な勝利を掴める絶対の檻。

 だが、現実時間単位で一分も持たないくらい脆い結界だ。

 十分すぎるその隙に、俺は上位精霊に詠唱させていた魔法を発動させる。

 

「三連・『雷の暴風』!!」

 

 ほぼ同時に放たれた三つの『雷の暴風』は相乗効果を生み出しながら結界ごとエヴァンジェリンを呑み込む。かなり魔力を使ったが、修練の甲斐あってまだ魔力は残っている。この程度で倒せるなら楽なんだが、そうは問屋が卸さねぇってか。

 着ていた服はかなりボロボロになってこそいるが、本体はその回復力を存分に生かして無傷のままだ。

 不死がここまで厄介とは……てか、不死の吸血鬼なんて物語の序盤で出てくるような敵じゃねぇだろう、普通。

 いくらヘラクレスが強力な英霊と言っても、それを使役する俺の魔力には限界がある。一番の弱点がマスターなんて笑えねぇな。

 

「く、くくく……まさか時間遅延を引き起こす魔法とはな、恐れ入ったよ。誰から習った? こんなものを作れるような魔法使いは限られているはずだがな」

「オリジナルですよ。幾つか下地にした魔法はありますがね」

「ほぅ! それはまた、殺すのが惜しくなるな」

 

 他の場所にも同じ仕掛けが施してあるが……それを見越して地面に氷のコーティングを施しやがった。俺の魔力に反応して術式を解凍するタイプだが、間にエヴァンジェリンの魔力で作られた氷を置くことで術式解凍を阻害されてしまう。

 それに、ダメージがないだけで動きが阻害されないわけじゃない。対魔力に関してはそれほど高い訳ではない以上、アーチャーの動きが鈍るもやむなし、か。

 この短い戦闘でそこまで見抜いたのか、あの女。

 

「アーチャーとやらも、どれだけ強かろうがマスターがやられてしまえば木偶に過ぎんだろう?」

「さて、どうでしょうね」

 

 実際のところ、アーチャーには単独行動のスキルが備わっている。彼自身の魔力もそれなりの高ステータスを誇っているため、俺がいなくとも数日は現界し続けられる。

 とはいえ、それそのものにはさして意味が無い。何故なら、俺以外に令呪を持つ者がいないからだ。

 聖杯もないのに俺がアーチャーと契約している理由はわからんが、再契約をするにも令呪は必要であるはずだ。それを持つ者がいない以上、マスターになり得る存在はいない。

 

「『雷の斧』!」

「ふっ、氷圏内は私の支配域だぞ」

 

 上位古代語詠唱を容易く防ぎ、指を軽く動かすだけで致命の一撃を生み出して攻撃してくる。アーチャーが寸前で抱え上げて助けてくれなかったら串刺しだぞ、今の!

 手加減もクソもねぇな。あのレベルに届くにはまだ、何もかもが足りない──ッ!

 距離を置く俺たちに対し、エヴァンジェリンは笑いながら物量の暴力に訴える。アーチャーがことごとく薙ぎ払っているが、片手で俺を担ぎ上げているため弓が使えないのだ。

 と、思ったら弦を口で引いてエヴァンジェリンに矢を撃ちやがった。しかも寸分狂わず心臓を狙って。

 おっそろしい練武だな……味方で良かった。 

 仕込みは全滅、魔力も三割強、アーチャーは回避に専念せざるを得ない。役満だぞこれ、詰み掛けか。

 

「だがそれでこそ、超える敵としてはふさわしい」

 

 生温い手加減された試練なんぞ欠伸が出るわ。

 死に瀕するほどの闘争こそ、人間が最も進化する瞬間なのだ。俺は俺を信じているが故に、この艱難辛苦を乗り越えられる。

 気合を入れろ。限界を超えろ!

 

「アーチャー、攻勢に出るぞ」

「しかし、あれを潜り抜けて接近するにしても厄介です。マスターを守りぬけるとは……」

「珍しく弱気だな、アーチャー。案ずるなよ、お前のマスターはこの程度で死にはしない」

 

 覚悟を決めた俺の言葉を聞いてアーチャーも腹を括ったのだろう。ぎらついた目つきでエヴァンジェリンを睨みつけ、今まで以上の速度で接近する。

 だが素手では戦いづらいだろうと、俺は魔法を詠唱する。

 

「『雷の投擲』──アーチャー、使え!」

「感謝します」

「は、弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)の真似事か?」

 

 侮ったな、エヴァンジェリン。

 俺を振り落したアーチャーは俺が背後から投げた『雷の投擲』を掴みとり、エヴァンジェリンの真正面に立つ。

 瞬間、一切の手加減なしに『凍てつく氷柩』に閉じ込められるも、内側からただの腕力で氷を砕ききった。やっぱりアイツも大概化け物だな。

 生み出される氷のことごとくを薙ぎ払ない、エヴァンジェリンの命を刈り取るかのように高速でそれ(・・)が放たれた。

 

「──射殺す百頭(ナインライブズ)

「な、があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────ッッ!!?」

 

 目にもとまらぬ速度で繰り出される九連撃。これにはかのエヴァンジェリンとて無視は出来ない。

 一瞬で九度殺されるほどのダメージを受けたエヴァンジェリンは、血反吐を吐きながら距離をとって俺ごと巻き込む範囲で『氷神の戦鎚』を叩き落とす。

 同時に降り注ぐ『氷槍弾雨』も含めてアーチャーが壁となり、全ての攻撃から身を守ることに成功する。今の射殺す百頭(ナインライブズ)の反動で『雷の投擲』は砕けてしまっているが、十分なダメージは与えられただろう。

 だが、魔力が二割を切った。上位精霊に詠唱待機させているのが大分リソースを食っていやがるな。

 如何に不死でも痛みまでは消せない。それなりにダメージを負ったであろう今でも、エヴァンジェリンは不敵な笑みを消さないままだ。

 

「く、ははははは!! なるほど、今のも隠し玉か! 目にもとまらぬ九連撃とはな、私でも躱しきれないなど恐ろしいものだ。だが、今の技──そこらの英雄程度に出来るとも思えん」

「さぁ、どうだろうな。こいつがどんな存在であろうと、俺の従者に変わりはない」

「ふっ、化けの皮もいい感じに剥がれているじゃないか。私はそちらの方が好みだぞ」

 

 取り繕うのも面倒だ。見た目こそそれほどでもないが、精神的な疲労や肉体のダメージは大きい。エヴァンジェリンから喰らった蹴り一発が相当効いてるな。

 それよりも、俺が使役しているのが英雄だって気付きやがったのか?

 最高位のゴーストライナーから連想したにしても勘が良すぎるだろう。

 

「そろそろ時間だ。終わりにしようじゃないか」

「同感だな」

「ふふ……契約に従い、我に従え、氷の女王。来れとこしえの闇、えいえんのひょうが!」

 

 あれはまずい。俺をアーチャーごと周辺一帯を全て凍り付かせる気か!

 なるほど、アーチャー自身にダメージが通らないなら俺事巻き込む範囲で全て凍り付かせてしまえばいいとは、随分脳筋な考えだな。

 だが無駄だ、遠距離広範囲攻撃なんて一番最初に対策を立てている。

 

「アーチャー!」

「わかりました!」

 

 地面を思い切り踏みつけて石畳を覆う氷を叩き砕く。表出した石畳には事前に俺が張っておいた妨害用の術式が混在しているんだ、発動するのが遅れればアーチャーの速度で逃れられない魔法ではない!

 舌打ちしてこちらを睨みつけているエヴァンジェリンだが、次の攻撃は既に予見済みだ。

 集中された魔力は即座に形となり、エヴァンジェリンの手によって魔法を形作る。

 

「『闇の吹雪』×二十!!」

 

 最早『千の雷』などと同レベルの一撃にまで達しているのではないかと思えるような圧倒的な一撃。

 相乗効果に相乗効果が重なって恐ろしい魔法となったそれが、俺とアーチャーを呑み込まんとする。

 これならばアーチャーとて耐え切れないと踏んだのだろう。だからこそのこの攻撃。

 

「あめぇんだよ!! 五連・『雷の暴風』ッッ!!!」

 

 攻撃を真正面から受け止め防いでいるアーチャーの肩に乗り、背中の杖を引き抜いてそれに飛び乗った直後に魔法を放つ。

 『十二の試練(ゴッドハンド)』は絶対だ。神秘性の低い攻撃を幾ら重ねようとヘラクレスに通る道理はない!

 死に晒せとばかりに吹き荒ぶ魔力の暴風。

 残りの魔力全てを注ぎ込んだ、正真正銘最後の一撃だ。

 数年かけて魔力の練り方から消費まで全てを低く抑えた、俺の力だ。数年前までは魔力全開から全て持って行かれていたが、今至り得る限界ギリギリまで魔力の消費を抑えている。これ以上をやれと言われてもまだ(・・)不可能だろう。

 だが、その分威力には自信がある。

 あの状態のエヴァンジェリンには技後硬直など存在しないが、それでもアーチャーへ魔法を使いながら別の魔法を生み出すなんて真似は流石に出来ないだろう。

 先程までの物量はとにかく素早く全ての作業を終わらせたことでほぼ同時に見えていただけ。実質的には止まることのない連撃があの物量の正体だ。

 だから、アーチャーを打ち破ろうとそちらに意識を割いていれば直撃は免れない。

 そして、それに気付かない(・・・・・・・・)彼女ではない(・・・・・・)

 

「ぐ──『闇の吹雪』ッ!!」

 

 おせぇよ。

 発動させるのが遅れ、威力の減退が精々だったエヴァンジェリンの魔法を打ち破り、俺の『雷の暴風』がエヴァンジェリンを呑み込んだ。

 今出せる全力だ。これ以上をやれというなら出してやるが、気合で何とかなるレベルじゃあないな。

 一応、まだアーチャーに弓を構えさせている。これでダメなら対幻想種用の『射殺す百頭(ナインライブズ)』をぶちかますしかないだろう。

 瓦礫の山となった広場の中央。そこに叩き付けたエヴァンジェリンは、俺が与えたダメージを徐々に回復させていた。不死を打ち破るまでには至らない、か……。

 彼女は目を瞑り、口元の血を拭う。

 フラフラとした様子で立ち上がってこちらを見据えると、おもむろに口を開いた。

 

「──この勝負、私の負けだ」

 

 勝利条件はエヴァンジェリンを倒すこと。だが、実質的にはもう一つ──時間切れだ。

 直後に麻帆良の夜に電気という科学の力が戻り、勝利を確信した瞬間、俺は崩れるように意識を失った。




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