最善の未来を掴むたった一つのさえたやり方   作:泰邦

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第九話

 

「良かったのですか?」

「彼女のことなら問題はないだろう。本気で殺しに来ることはないだろうし、俺も本気で殺しに行こうとは思っていない」

 

 マクダウェルさんは俺の血を欲しているため、流石に爆散させるようなことはしないだろう。肝心の血を手に入れられない可能性を考えれば、出来るだけ無傷で倒したいところと思っているはず。

 とはいえ、それで油断していい理由にはならない。必要な量はわからないが、手足の二三本飛ぶような攻撃がないというだけの話だ。

 本気にさせればその限りではないかもしれないが。

 いざとなればアーチャーを盾にすればいいのだ。『十二の試練』を持つヘラクレスに対してはほとんどの魔法が通用しない。メイン盾として使うには過ぎた性能だが。

 何はともあれ、準備を入念にしなければならない。一月近くあるのだから時間は十分だ。

 

「さて、まずは──麻帆良に不法侵入してきたカモ君だよね」

 

 どこから侵入してきたのか、由緒あるオコジョ妖精(自称)のアルベール・カモミールが高畑さんと一緒に煙草を吸っていた。

 何を言っているかわからないと思うが、俺も意味が分からない。

 てか高畑さん、そこのオコジョ不法侵入ですけどいいんですかね。

 

「不法侵入とは言うけれど、そもそも日本の法律は人間にしか当てはめられないからね」

 

 そりゃそうだが……いや駄目だろう。と、思ったらちゃんとした理由もあるとのこと。

 一応彼らも知性はあるのできちんとした法律もあるにはあるのだが、俺の使い魔だと言い張って聞かないから俺の帰りを待っていたらしい。

 勝手に俺の使い魔になってるし。俺が使い魔だと認識してるのはアーチャー一人なんだが。

 あと、こういうとカモ君すごくへこむのであまり言わないが──俺は猫の妖精(ケット・シー)派だ。

 

「兄貴! ウェールズから恩を返しにきやしたぜ!」

「高畑さん、彼、僕の使い魔じゃないので早々に追い出した方がいいですよ」

「兄貴!?」

 

 二の句も告げずに裏切られた!? と叫んでいるカモ君。

 いや、だって君エロいじゃん。推測だけど、半分くらいの理由は俺がいる場所が女子高だからだろう。

 一応俺がここにいるのは教師としての仕事をするためなので、猥褻行為やら下着泥棒をやるつもりなら迷わず今日の夕飯はオコジョ鍋になる。

 

「そ、そんな……俺を助けてくれた純真な兄貴は一体どこに行ったんだ……」

「あれはそもそも気紛れだから」

 

 覚えたての回復魔法を使ってみようと罠から助けたはいいが、アーチャーに物凄い怒られた。

 一応彼の時代とは違って狩猟は必ずしも必須では無いものの、害獣を捕らえるための罠であったりその日の食卓を充実させるためのものであったり、そもそも他人の仕掛けた罠なのだから勝手に逃がすのはマナー違反だと言われた。

 ……狩猟とは縁遠い暮らしをしてたせいか、その辺の感覚は曖昧だったからな、俺。

 また一つ勉強になったと前向きに考えることにした。

 そんなわけで二度目はない。

 

「というか、どうしてここに来たの?」

「兄貴のパートナー探しを手伝うためっすよ! 兄貴の姉さんに頼まれて助っ人に来たんス!」

「ああ、そういえばネカネちゃんからエアメールが届いてたよ」

 

 高畑さんがそういうと露骨にぎくりとするカモ君。正直何が書いてあるかわかっているので見るのも憂鬱なのだが、見ないわけにもいかない。

 封筒のふちを切って中の手紙を取り出す。すると映像が投射されるが、個人的に一般の学校の教師になったんだからこういうのは止めてほしいと切に願う。こんなもん最新式の科学じゃ説明つかないぞ。

 魔法ばれを推奨してるのかと邪推したくなる気持ちを抑え、手紙を読んで内容を確認する。映像と音声もあるので当然高畑さんにも筒抜けだ。

 その間に逃げようとしたカモ君をアーチャーに言って捕まえておき、裁判を開始する。

 

「被告人、カモミール・アルベール。言い残すことはあるかね?」

「死刑確定!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ兄貴! こんなの横暴だ! 異議あり! 異議ありィ!」

「……仲良いね、君たち」

 

 俺たちを見て苦笑している高畑さん。

 意外と楽しかったのは認める。だけどかくまう理由がないのも事実なんだよなぁ。

 

「実際問題、どうなんですかねこれ。マギステル・マギ候補生の使い魔になれば追手はないと踏んでるみたいですけど……メガロの連中が僕を祀り上げる対象として見てると考えると、どうしても認めるとは思えないんですが」

 

 英雄の息子というレッテルはいろんなところで役に立つが、その分面倒も多い。レッテルに傷をつけかねない前科ありの使い魔ってのを認めるとはどうしても思えないのだが。

 メガロと麻帆良は関係ないといえばそれで済む話……いやいやいや、そもそも前科持ちを使い魔にするなって話だよな。

 

「学園長だってメガロとの関係は大事にしてるけど、それだけさ。ネギ君のお祖父さんが修行場所としてここを選んだのも、メガロからの圧力が一番小さいからだしね」

 

 極東の島国だからそれほど重要視はされていない。それでも立場はそれなりのものである学園長の庇護下だからここに預けたと、そういうことか。

 でもここ、世界的に考えても人外魔境なんだよな。

 六百万ドルの元賞金首とか、かつての英雄とか、封印されてる『造物主』とか。

 知ってる奴から見るとここほど重要な場所もないというか、なんというか……。

 まぁ、高畑さんがいいというならいいのだろう。使い魔としてはアーチャーがいるので必要ないのだが、ペットとしてならまだ需要はある。

 

「本当に、本当にお願いしやす、兄貴!」

「……じゃあ、高畑さん、強制制約書(ギアス・スクロール)あります?」

「手に入らないこともないけど……そこまでやるのかい?」

「それでも教師としての務めを果たすにはあれくらいきちんとしたものを使わない限り安心は出来ないでしょう」

 

 今の俺は魔法使いの前に教師だ。大人だとか子供だとかは関係なく、教師の義務として生徒を守らなければならない。

 年頃の女生徒の下着を盗むオコジョなんて飼っていたらいろんなところから苦情も来るしな。世話になっている高畑さんや学園長に対しても、俺がきちんとした対応をしなければ不義理を働いていることになる。

 高畑さんは「ネギ君は真面目だなぁ」と笑っているが、教育実習生ではなく一教師としてここにいる以上は当然のことだ。

 カモ君もかなり渋っていたが、「ムショに入るのとどっちがいい?」とニッコリ笑うと迷わず署名してくれた。わかってくれたようでうれしいね、俺は。

 まぁ、内容は「今後一切女性の下着を盗まない」だから大人しく刑務所行きになった方が彼にとっては良かったかもしれないが。

 そんなこんなでまた一人(一匹)使い魔が増えました。

 

 

        ●

 

 

 マクダウェルさんが風邪をひいたらしい。吸血鬼じゃなかったんかお前、とは思ったが結界の力で今はほぼ普通の女の子と変わらないんだったな。

 授業を終わらせ、いつも通りに放課後まで過ごすと今日の分のプリントやら連絡事項をまとめたものを持って家庭訪問である。敵情視察ともいう。

 新しめのログハウスの呼び鈴を鳴らすと中から絡繰さんが出てきた。君は風邪じゃないよね。風邪ひかないよね。とは思うも二人暮らしでほかに看病する相手がいないのだからこれは仕方がない。

 ファンシーなぬいぐるみで埋め尽くされた部屋の中に案内されると、マスクをつけたマクダウェルさんがふらふらと歩いてきてソファにドカッと座る。

 

「何の用だ。決闘の日取りは言っておいたはずだが」

「別件ですよ。今日の分のプリントです」

 

 カバンから取り出したそれを見ると、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。十五年前から嫌というほど見てきたプリントの束を受け取ると、用件はそれだけか、と目で訴えてくる。

 それだけですよ、というと舌打ちされた。まぁこんな弱みを見せたくはないよな、六百年物の真祖的には。

 メイド服の絡繰さんが紅茶を淹れてくれたので香りを楽しみつつ毒の有無を判別する。魔法って便利だね。

 

「美味しいですね、この紅茶」

「ありがとうございます、ネギ先生」

「……お前、ナチュラルに毒の有無を判別したな」

「一応今は敵対してますからね。僕個人としてはそれほど気にしていないんですが、毒の有無くらいは調べておいたほうがいいかと思いまして」

 

 プライドを賭けて戦うという真祖の吸血鬼相手ならこんな心配は基本無用だと思うのだが、万が一ということもあるしな。世の中用心には用心を重ねておくのがいいんだよ。

 病気の方はどうかと聞くと、熱は下がったらしく明日には登校できるらしい。花粉症も患っているらしいが、本当に吸血鬼か疑わしくなるな。

 

「兄貴、兄貴。何なんすか、この女。契約の力を感じますが……」

「二人はパートナーだからね。人形と人形遣いなら契約関係にあってもおかしくはないでしょ」

「……なんだそのオコジョは。オコジョ妖精か?」

「ええ。ウェールズで下着ドロしてここまで逃げてきたオコジョ妖精のカモ君です」

「兄貴!? もうちょいマシな説明してくれよ!」

 

 心配するな。基本君の扱いはこんなものだ。

 下着ドロと聞いてマクダウェルさんの目がゴミを見るようなものになった。そっち系の趣味はないので別にどうとも思わないが、実際に向けられているカモ君は猫ににらまれた鼠のように震えている。

 自業自得なので助けようとは思わないが。

 

「あ、兄貴! なんなんすか、あの女! めちゃ怖いんですけど!」

「まぁ腐っても真祖の吸血鬼だしね。そこらの犯罪者より余程怖いのは確かだよ」

「腐ってもは余計だ!」

「し、真祖!? 真祖の吸血鬼!?」

 

 目の前で額に青筋浮かべてるが、アーチャーがすぐ背後に控えているので奇襲なんぞ無駄だし、そもそも今は魔力が封印されていて肉体年齢と変わらない身体能力しかない。

 つまりわかっててやっている。他人が驚くさまを見るのは意外と面白いものだ。

 マクダウェルさんは病人なので興奮しないでほしいが、この場合は俺が悪いか。腐ってもは比喩表現だと思っていたのだが。

 

「本物なんですかい、兄貴!?」

「本物だよ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。十五年前まで六百万ドルの賞金首だった、最強格の魔法使いだからね」

「それと喧嘩をしようというのだから、貴様の度胸も大概だな」

「使い魔の力を信用しているだけですよ」

「……前々から思っていたのだが、その使い魔は一体何なんだ? まともな使い魔とは到底と思えんが」

「まともな使い魔っていうのがカモ君たちを指すのならそうでしょうね。アーチャーは最高峰のゴーストライナーですから」

 

 本来人間に御せるような存在じゃないからな、サーヴァントってのは。基本的に普通の使い魔とは一線を画している存在だし。

 それだ、とマクダウェルさんは俺を指さす。

 

「アーチャーという名も気になっていた。まさか本名ということはないだろうが、そこまでして隠したいのか?」

「真名を教えるのは信頼の証でもありますからね」

 

 能力が予測されかねないとはいうものの、実際にそれで不意を突かれたり不利になったりしたサーヴァントっていないんだよなぁ。

 メタ的に考えて敵の名前を引っ張ろうとしているだけだと思うんだが、ヘラクレスの場合は有名すぎて宝具が予測されてもおかしくはない。……そもそも宝具の概念はあるのか?

 英霊の伝説などがもとになった形のある奇跡──その概念自体、英霊の召喚なんてことをやろうとしない以上あるとは思えないが。有名だからああいうことが出来てもおかしくはない、みたいな考えはあるかもしれないな。

 

「それでは、そろそろお暇します。余り長居するのもマクダウェルさんの体調を考えると良くないでしょうしね」

「ぼーやに心配されるほどやわではない。──それと、決闘の件だがな。場所は世界樹前の広場だ。時刻は八時ジャスト。精々逃げるなよ」

「わかりました。準備するも遅れてくるも自由ってことですね。絡繰さん、紅茶美味しかったです」

「またいらしてください、ネギ先生。マスターも楽しそうですし」

 

 にやりと笑うマクダウェルさん。この辺は共通認識というか、俺の方が若いからこれくらいのアドバンテージくらいはやろうと考えているのか。

 舐めてくれているならそれでいい。入念に準備して戦うだけだ。

 絡繰さんの言葉にブチ切れたような音が聞こえたが、それほど深刻に考えなくてもいいだろう。「ええいこのボケロボ! 巻いてやる!」とか聞こえてきてるくらいだし。

 

「あ、兄貴……決闘って、本気ですか……?」

「うん? ああ、まぁね。高畑さんとか学園長とかにも言ってないよ」

「真祖の吸血鬼ですぜ!? 世界でも数えるほどしかいない化け物みたいなやつを相手にするっていうのに、どうしてそんなにのんびりしていられるんすか!?」

「そりゃ……アーチャーがいるし」

 

 ぶっちゃけ俺を守りながら戦うという条件自体不利なのだが、それでも不可能ではないと言い切ったからな、アーチャーは。

 普段は寡黙だが、その背中は誰よりも安心してみていられる。

 カモ君はほとんど話したことはないはずだからわからないかもしれないがね。

 

「それに、決闘の時は君を連れて行く気は無いよ。危ないし、そもそも君のことまで意識を割けないからね」

「そりゃあそうでしょうが……俺っちは心配なんすよ」

「気持ちはわかるけど、秘策はあるから大丈夫だよ」

 

 ぶっちゃけ「ヒュドラの毒矢」を使えば不死の吸血鬼だろうと発狂してしまうだろうが、殺す気もない以上アーチャーには使わせない。

 これはプライドをかけた決闘だ。泥臭く勝利にかじりつくことが悪いとは言わんが、今回の勝利条件をそこに置かないというだけの話。

 互いの主張を押し通すために、互いの命とプライドを賭けて戦うのだ。現代の戦争とは違う、昔の騎士の決闘に近い形式になる。

 相手の土俵で戦う必要はない? 封印されている今倒しておくべき?

 ああ、そういう意見も確かにあるだろう。勝利だけを貪欲に求めるなら、そういった意見も確かに一考する価値はある。

 だが違うのだ。俺からしてみれば、そんなものでは根本的に意味が無い(・・・・・)

 正面から対峙せずしてどうする。男として、真正面から大いなる試練に立ち向かわずしてどうするというのだ。

 力を振り絞り、知恵を振り絞り、絶対的な差を埋め、覆してこそ不死の吸血鬼たる彼女に俺の「勝利」を認めさせることが出来る。そうでなければ男として生まれた意味があるまいよ。

 

 ──そして、時は来る。静謐な夜の世界に電気という光は消え去り、二人の魔法使いと二人の従者が対峙する、神聖なる決闘が始まるのだ。

 

 


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