突然だが、転生というものを信じる人はどれくらいいるのだろうか。
信心深ければ云々かんぬんというのも世の中にはあるが、正直そんなものは宗教心皆無の現代日本人からしてみればお笑い草だった。
そう、
なんの因果か、日本在住だった俺は転生……この場合は憑依になるのかもしれないが、そんな状況に陥っていた。
あり得ないなんてことはあり得ない。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、実際に転生したのか憑依したのかはそっちに置いておくとして、現実逃避したい気持ちでいっぱいいっぱいだった。
何故か、なんてそんなの決まり切ってる。
目の前で燃え盛る街並み。街中を闊歩する異形の怪物たち。口から吐き出すレーザーのようなものに当たった人たちは軒並み石に変えられていき、町一つが死にゆくさまを見せられていた。
正直、いろいろ起こり過ぎて頭がパニックになっている。それでも落ち着いているように見えるのは一周回って冷静になっているからではないだろうか。
最早心情的には「どうにでもなーれ」といいたいところだが、頬をつねっても起きる気配がない。というか痛い。
……やっぱり夢ではないのか。
「うーむ……」
目にかかる赤毛に、近くの民家のガラスで確認した限りだと整った顔立ち。小さい体にローブっぽい服装。
やっぱりこれ、ネギ・スプリングフィールドだよなぁ……。
頭からは微妙に血が流れていたり頭痛が意外と酷いのもあるんだが、やっぱり一度死にかけて俺が憑依したってパターンなのか。テンプレートだねぇ。
確か『魔法先生ネギま!』という漫画の主人公だったはずなのだが、そう考えるとネギは傷を負う前に現れた親父殿に助けられるはずである。
その後両足を石化され砕かれた従姉のネカネさんと共にどこぞへ連れられ、親父殿の形見として杖を渡される……はずなのだが、隣に倒れている金髪の女性(おそらく件のネカネさん)と石になっている爺さんを見る限り、タイミングがずれているというべきなのか。
あ、異形──おそらくは悪魔──と目があった。
「マダ、生キテイタカ」
ぱかりと口を開いた。
これは終わったな──どこまでも冷静な頭がそれを認識し、夢なら早く覚めてくれと切に願う。
だが無慈悲かな、この世界は現実だった。紛れもない、俺にとっての現実。
「つ──ッ!?」
親父殿が助けに来ないとなると、どこかで何かが狂ったか。そんなことを考えた瞬間、左手の手の甲に鋭い痛みが走る。
何かと思えば、それはどことなく見覚えのある紋様で──具体的に言えば、その紋様は『令呪』だった。
そして、令呪が現れたということが示す事実はただ一つ。
サーヴァント──人よりもずっと強大な英霊が、俺と契約しその力を現世で振るえるということである。
「サーヴァントアーチャー、ここに参上した。幼き少年よ、君が私のマスターか?」
威風堂々とした青年の声。かなり高い身長と民族衣装のような服装。左手に持った弓はその
ていうか誰だこのイケメン。俺の知ってるアーチャーと違う。すごい筋骨隆々としたマッチョだし。
あの浅黒い肌のアーチャーじゃないのか。いや、金ぴかとか出てこられても正直手綱取り切れないから好意的な相手なのはありがたいのだけど。
「あ、ああ。俺が、お前のマスターだ」
だがそのままでは話が進まない。左手の令呪を見せつつマスターであるというと、アーチャーは頷いて微笑む。
「委細承知した。これより私は君の剣となり盾となることを誓おう──まずは、かの者たちの殲滅でよろしいか、マスター?」
「……ああ、頼んだぞ、アーチャー」
そういった瞬間、体から少しずつ力が抜けていくような感覚を味わった。これが魔力か……まぁ、それはいい。サーヴァントってことは魔力供給が必要なはずだが、ネギの魔力量はこの世界においても有数のレベルだったはず。流石にFate本編におけるイリヤほどではないと思うが。
これ以上俺に出来ることはない。出来ることなら隣に倒れているネカネさんの治療をしたいのだが、悪魔の石化ってのは『呪い』だ。
それこそ第五次聖杯戦争のキャスター──メディアの宝具である『
……そうは思うのだが、実際あの宝具のランクはCだ。悪魔の永久石化って解けるのだろうか? 宝具のランクは対象の魔術(もとい魔法)のランクに関係ないのか?
まぁ、持ってない以上は捕らぬ狸の皮算用なのだが。
「……しかしスゲーな」
アーチャーに任せて五分ほど。あっという間に悪魔を片付けたアーチャーは疲れた様子など微塵も見せずに微笑んでいる。
途中離れた場所から轟音やら雷鳴やら聞こえていたのだが、もしかすると親父殿が到着したのかもしれない。そうなるとアーチャーの説明が実に面倒だ。いや、襲い掛かってくる悪魔をどうやって撃退したのかと聞かれるのも大概面倒なのだが、それは隠れてやり過ごしたとでも言えばなんとかなるだろう。
実際、証人になり得る爺さんは石になり、ネカネさんは気絶していてこの状況を見ていない。俺が気付く以前の記憶がないのがヤバいのだが、もうここまで来たら記憶喪失になりましたとでも言って誤魔化すしかあるまい。頭の中を覗かれたらアウトだが。
なんだこの状況。割と詰んでるぞ。
「マスター、すぐ近くに何者かがいるようだ。相当な手練れかと」
親父殿だろ、多分。振り返ってみるとローブ姿の怪しい赤毛がいて、やっぱりかと思う。
彼はどちらかといえばアーチャーを警戒しているようで、アーチャーは俺を守るために親父殿を警戒している。原因は俺かよ。
アーチャーのことは一旦置いておくことにしよう。確か、親父殿──ナギは今この場でしか会うことが出来ない。
俺の意図を読み取ったのか、アーチャーは霊体化して少し離れる。ナギはそれで警戒を薄めたのか、俺に近づいてきた。
「父さん……?」
幼い子供っぽく演技してみるが、見抜かれている可能性は否めない。大根役者だとよく言われていたので、演技に自信はないのだ。それ以前に演技など中学の文化祭以来だ、まったく。
そんな様子を知ってか知らずか、ナギは警戒心もほとんどなく近づいて俺の頭をなでる。フードを目深に被っているが、これだけ近くで見れば顔立ちぐらいわかる。
笑みを見せているナギは、ふと手に持った杖を俺に渡す。
「すまないな、ネギ。コイツは俺の形見とでも思ってくれ」
「でも──」
「時間が無い。手短に話すからよく聞くんだ」
……どういうことだ?
原作にこんな話はなかったはず──いや、既に俺っていうイレギュラー、アーチャーっていうイレギュラーがいる以上は変な話でもないか。
何らかの原因があって、おそらくは過去の時点で改変を受けている世界。
アーチャーが現れたのも「それ」絡みである可能性が高い。
「これから先、お前には俺のせいで迷惑をかけるかもしれない。親として不甲斐ないが、俺は何もしてやれない……済まねぇな、ネギ」
そういうナギの表情は、苦虫を噛み潰したような苦渋に満ちたものだった。
彼だって好きでこんなことをやっているわけじゃないのだろう。誰かがやらなければ、誰もがやりたくないことをやらなければ当たり前の平和さえ迎えられなかったのだろう。
ほかの誰もが知らないことだとしても、俺は原作という存在を知っている。
彼の行動を、知っている。
「困ったときは日本の麻帆良ってところにいるアルビレオ・イマってやつを頼れ。性格は悪いと思うだろうが、話してみると悪いやつじゃない」
「……アルビレオ、さん?」
「ああ、今俺がこうしていられるのもそいつの協力のおかげだ」
もう原作知識が云々というのは無駄かも知れないな。状況が違い過ぎる。
それでも有用だと思う知識は使わなければならないかもしれないが、一応は親から頼まれたのだ、無下になど出来ない。
「メガロも帝国もきな臭い。幼いお前に誰も信用するななんて言えないが……麻帆良の爺さんやエヴァ、それに
何もしてやれねぇ親で悪いと思ってる。それでも、お前は、お前だけは幸せになってくれ」
「……うん。分かった」
……幸せになってくれ、か。
英雄として生きたはずのナギだが、やっぱり血の通った人間なのだろう。
原作において、ナギの妻でありネギの母親であるアリカは最後まで出てこなかった。とすると、彼女はどこかの段階で死亡している可能性が高い。
過去を変えられるのなら、変えてやりたい。世界を救った英雄が最も不幸になる話など俺は好まない。
なら、俺がそれを成そう。
不思議とそう思った。あまりにも自然に思い浮かぶものだから、自分でも驚くくらいに。
俺の返答を聞いたあと、最後に笑ってナギは空へ飛び立って行った。
魔法媒体を他に用意していたということなのだろうが、最高品質である杖の他に持つ必要があるのかとも思ってしまう。不測の事態というのはどんなものにも起こりうる以上、対策としても予備を持っておくのはいいのだが。
さて、それじゃあ次の問題に行こう。
「アーチャー、魔力供給は大丈夫?」
「問題なく。先程の方は──」
「父さんだよ」
そうですか、とだけ言って何も聞いてこない。もっとも、訊かれたところで答えられる情報などそれほど持ってもいない。
彼が現れた意味。アーチャーと俺が契約した意味。変わるであろう未来。
最善の未来を目指すために──たった一つの冴えたやり方を模索するために、俺は第一歩を踏み出した。
勢いで始めてしまった作品です。
不定期更新。完結するかどうかそもそも怪しい。などなど地雷要素てんこ盛りになっておりますが、よろしくお願いします。