空が、紅い。大地の奥底に眠る母なる生とは違う、この世のすべてのものを終わりへと誘うような終焉の真紅に満ちていた――なんて思考を自然に繰り広げてしまうような少女、博麗霊夢。彼女は俗に言う中二病というものを患っていた。
 そんなちょっとおかしなお話を、ほんの少し。

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※息抜き程度にささっと書いた代物なので、ところどころ雑な作りをしています。
 なお、サブタイトルに「東方紅魔郷(前篇)」とか書いてありますが、後篇の投稿はいつになるかわかりません。明日かもしれませんし半年後かもしれませんし、もしかしたらしないかもしれません。
 その辺りを了承していただけた場合のみ、どうぞご覧くださると幸いです


東方紅魔郷(前篇)

 "――空が、紅い。大地の奥底に眠る母なる(あか)とは違う、この世のすべてのものを終わりへと誘うような終焉の真紅に満ちていた。

 いや、どちらも本質的には同じものか。太陽がありとあらゆるものを照らし、そして最後にはそのすべてを滅ぼすために創られているように、因果の関係はいつも世界の裏にさりげなく潜んでいる。

 すべてが繋がっていて、すべてが別々のもの。それは明らかな矛盾だった。だが、世界とは得てしてそういうものである。数え切れないほど無数の矛盾が蔓延し、だからこそ世は魅力的に映るのだ。

 

「……ついに来たわね。終末の始まりが……」

 

 ずっと昔に聞いた神託からわかっていたことだ。今更恐れるつもりはない。

 心の中で静かに覚悟を決め、私、博麗の巫女である博麗霊夢は颯爽と神社を飛び立った。"

 

 

 

 ――――どこから突っ込めばいいのだろう。

 妖怪、妖精、神。現代では幻想とされてしまっている者たちが数多く棲まう小さな世界、幻想郷。その東の端にある博麗神社という場所から飛び立った博麗霊夢という少女は、明らかに頭のおかしなことを考えていた。

 どういうわけか赤い霧がそこら中に蔓延しているせいで、空が赤くなっているのは事実である。だから空が紅いというのは間違っていないのだが、母なる赤だとか終わりを誘うだとか、そんな大層な雰囲気は発していない。確かにこの霧は人間が長時間吸っていると気分が悪くなり、寝込んでしまうほどの害が宿っているが、しょせんはその程度である。終末なんて表現とは程遠い。というか、そもそも生は「あか」とは読めない。

 そして本質的に同じだとか因果関係がどうだとか、唐突に考え始めるのはいったいなんなのだろう。正直わけがわからない。

 加えて言えば、「ついに来たわね」と霊夢は口にしていたが、別に彼女はこれを予期していたわけではなかった。気づけば霧はそこらに漂っていて、逆に霊夢にはそれが予想外だったがゆえに調査に出かけようとしているのである。

 終末なんて始まらないし、神託なんて受けていないし、静かに覚悟を決めてもいない。単に面白そうだから出かけただけだし、生まれてこのかた神託を一つも受けたことはないし、覚悟とか考えている本人にもそれがどういう覚悟なのか見当がついていない。

 それでも不可思議な現状と、自分の繰り広げる思考とマッチする雰囲気の良さに酔いしれ、気分が向上した霊夢は、悠々と霧の原因を探って空を飛んでいた。

 

「風が気持ちいい……喜んでいる? そう、あなたも待ちわびていたのね。本来闇に包まれるばかりの世界が、さらなる深淵へと沈む時を……ふふっ、そうね……ここは、とても……静かね」

 

 一人でそんなことを呟く霊夢は、はたから見れば頭がおかしい人にしか見えない。いや、実際に頭がおかしいのだが。

 ちなみに今の文を意訳すると、「気持ちいいわね。毎回、昼間に出発して妖怪が少ないから、夜に出てみたんだけど……どこに行っていいかわからないわ、暗くて。でも……夜の境内裏はロマンティックね」。もはや原型がない。

 そんな怪しさ満天の霊夢へと近づいていく一人の無謀な妖怪がいた。綺麗な金髪を可愛らしい赤いリボンで留めた、闇と暗いところが好きな人食い妖怪――その名をルーミアと言う。

 

「確かに静かねー。お化けも出るし、たまんないわ」

 

 霊夢はルーミアの出現を確認し、一旦飛行を止める。そうしてルーミアの姿をじっくりと眺め、ふっ、と鼻で笑ってはびしっと指を差した。

 

「立ち去りなさい……今の私は気分はいいが、急いでいる。あなたのような子どもを相手にしている暇はないの」

「失礼ねぇ。私も妖怪よ? ほら、あなたも人間なら私に食べられてよ」

「人間も妖怪も、本質的には同じなのよ。そう……だから私は……いえ、なんでもないわ。とにかく私はあなたを差別するつもりはない」

「そーなのかー」

「わかったら立ち退きなさい。私はこれから終焉の――っと」

 

 ルーミアから不意打ち気味に放たれた妖力の弾での攻撃を、霊夢は咄嗟に避けた。なぜルーミアが話を遮って突然襲いかかったのかと言えば、なんとなく「こいつ話が通じなさそう」と直感したからである。当たりだった。

 ちなみに、人間と妖怪は本質的に異なる。妖怪は人間から実在を信じられていなければ存在できず、人間は別にそんなことはない。霊夢の言うことは完全に出鱈目であった。

 

「あなた……この終末の運命に操られているのね。くっ、あの魔女……こんな子どもまで利用して……!」

 

 虚空を睨みつけ、歯噛みする霊夢。当然のことながら、終末の運命なんてあるはずもないし、霊夢は魔女と呼ぶ存在に心当たりなど一つもない。

 ルーミアは、言葉が通じないことはわかっていたが、それ以上に明らかにやばい雰囲気を放つ霊夢を見て、「うわぁ」と若干引いていた。当たり前である。しかししばらくして食べてしまえば普通の人間と変わらないと考えたようで、残りの口上をすっ飛ばしてバッと霊夢に襲いかかった。

 けれどそれは悪手であった。霊夢は可哀想なものを見るような目で自分に迫ってくるルーミアを見据え――可哀想な目で見られるのは本来なら霊夢であるべきなのだが――、ルーミアが自分を捉える直後、自らの身に宿る能力を発動させたのだ。

 霊夢の姿が、まるで最初からいなかったかのごとく掻き消える。

 あと一歩で捕まえられるというところで空ぶったルーミアが、いなくなった霊夢を探すようにきょろきょろと辺りを見渡した。

 

「え? あれ? どこに」

「残像だ」

 

 いつの間にかルーミアの後ろに移動していた霊夢が、ルーミアの首の後ろに手刀を食らわせた。普通ならなんの技術も習っていない霊夢がそれで気絶させられるはずもないのだが、霊力を強引に流し込んで無理矢理に気絶させたようだった。

 博麗霊夢。彼女は妄想癖があるくせして、実戦が無駄に強かった。

 眼下の林の中に落ちていくルーミアを眺め、霊夢は「くっ、許して……あなたの仇は私が取るから」と、まるで重い罪を犯してしまったかのような声音で呟く。胸が痛むかのように左胸の前で右の拳を握り、落ちていくルーミアをとにかく見送る。そんなポーズをしている暇があるならルーミアのもとまで飛んでいき、体を支えてゆっくり降ろしてあげろという話である。ついでに言えば仇は霊夢なので自分を倒せば万々歳だ。

 

「許さないわっ! 終末の魔女!」

 

 誰とも知らぬ相手に怒りを抱きながら、霊夢が再度どこかへ向かって飛び始めた。どこへ行くかは霊夢ですらわかっておらず、行き当たりばったりである。勘である。

 飛び続けていると、ふいと眼下が林から湖へと変わった。霧の湖と呼ばれている場所についたのだった。霧で視界が遮られ、前も後ろも窺えない中を数分ほど何事もなく飛び続け、しかし唐突に静止する。

 霊夢は不思議そうな顔をして首を傾げた。

 

「この湖……こんなに広かったかしら。霧で見通しも悪い……ハッ、そうかっ!」

 

 なにかに気づいたらしい霊夢は袖の中からお祓い棒――なぜか黒くて禍々しい――を取り出すと、最大限の警戒をもって周囲を観察し始める。

 

「魔女が私を目的地にたどりつかないよう細工してるのね! おそらくこれはループの類……時空間に干渉する闇の力! くっ、まさかそんな禁忌の能力を備えてるなんて……」

 

 そんなわけがない。ただ単に霧のせいでまっすぐに進めず、うろちょろとしているだけである。

 ふと、そうやって憤慨している霊夢の前に一匹の妖精が姿を現した。三対の氷の羽を持つ水色の髪の、チルノという少女であった。言ってしまえば次の哀れな犠牲者である。

 終末の魔女か! とお祓い棒を構える霊夢であったが、チルノの姿を認めると、ルーミアを見かけた時以上に、それこそあからさまにバカにしたような表情に変わった。もはや見る価値すらないとばかりに視線を上げ、月があるだろう辺りを見据えながら「もしかして満月を通して闇の力を私の中に……」などと呟き始める。

 

「こらー! 私を無視するなー!」

「……騒がしい。私は今、魔女の謀略を出し抜くために考えることで忙しいの。たかが妖精が私の前に立ちふさがるんじゃない」

「ふざけやがってー! あんたなんか英吉利牛と一緒に冷凍保存してやるわ!」

 

 妖精とは最弱の種族とされている存在だった。事実、並みの妖精一人は並みの人間の大人一人で軽く勝てる程度の実力だ。

 ルーミアと同様に襲いかかってきたチルノをチラリと横目で見て、これみよがしに霊夢はため息を吐いた。しかたない、相手してやるか、という雰囲気をいかにも醸し出すように意識して。

 チルノは手の中に氷の剣を作り、霊夢へと振り下ろす。しかしその直後、霊夢の姿が掻き消えた。ルーミアとの時にも見せた零時間移動である。

 

「あれ? どこに」

「あなたのような子どもと遊戯に興じている時間はないのよ。眠りなさい」

 

 霊夢はチルノの頭のてっぺんにお祓い棒の先端をぶつけ、気絶させた。例のごとく霊力を流し込んでの無理矢理の方法である。

 湖にぽちゃんと沈んでいくチルノを、しかしルーミアの時と違って霊夢は一瞥すらしない。

 さて、いくら考えていようともいもしない終末の魔女への対策が思いつくはずもなく、霊夢はしばらくしてから移動を再開することにしたようだった。速く飛んでみたり遅く飛んでみたりといろいろとやって、割とすぐに湖上を抜け出すことに成功する。「ふっ、私の力が魔女を上回ったのね」とか言っていたが、単に運よく抜けられただけである。

 そんな霊夢の目の前には洋風の紅い館が建っていた。辺りの風景とまるでマッチしておらず、まるでどこかからそのまま転移してきたようなお屋敷だった。

 地面に降り立ち、その館の門に悠々と近づいていく霊夢は、中国風の服を纏った門番たる女性、紅美鈴という妖怪と対峙する。

 

「あら、ここにはなにもなくてよ」

「そう、見えないようになる術式が巡らされてるのね。でも無意味よ。私の目はすべてを見抜く。現に私には、あなたの後ろにある紅い館が見えている……」

「……えっと」

 

 そりゃあ見えていて当然である。美鈴は冗談を言っただけなのだから、そんなドヤ顔で胸を張られても戸惑う以外の反応はできるはずがない。

 

「と、とりあえず倒させていただきます!」

「この私を倒す? ふっ、番犬風情が……私を相手にしたいと言うのなら、せめてケルベロスに届くくらいの力を備えてからにしてもらいたいものね……」

 

 もちろん霊夢はケルベロスと戦ったことなんてない。むしろ存在を信じてすらいない。

 美鈴は地面を蹴ると、一瞬にして霊夢との距離を詰めた。縮地、と呼ばれる移動法である。拳を振りかぶり、素早く霊夢へとそれを突き出した。

 しかし空振りをする。ルーミアの時にもチルノの時にも見せた瞬間移動で、霊夢は美鈴の背後に移動したのだ。そして流れるように莫大な霊力がこもったお祓い棒を振り下ろし、

 

「甘いわっ!」

「へえ……」

 

 しかし美鈴は門を守る番人だけあって一筋縄ではいかない。お祓い棒はギリギリのところで避けられ、それどころか回避の勢いを乗せた後ろ回し蹴りが霊夢へと迫った。見切っていた霊夢はそれに自分の蹴りも合わせ、その押し合いであえて押し負けて吹き飛ばされることで距離を取る。

 

「私の一撃を躱した者は、これまで一人もいなかった……あなた、どうやらそこらの野良犬どもとは格が違うようね」

「褒められてる……のかしら。いえ、野良犬と比較されてる辺り、バカにされてると判断した方がいいわね」

「ふむ……そうか、もしかしてあなた…………魔女の眷属ね。それなら納得だわ。ただの番犬が私の『黒いお祓い棒(ダークブレイクエナジー)』の『黒き故に世を犯す重圧(ディスタントエクスパレード)』をしのげるはずがないもの」

「え、魔女? いや、まぁ、確かにうちには魔女に当たる人がが一人いますけど、別に眷属なんかじゃ」

「えっ」

「え?」

 

 ことあるごとに終末の魔女だとか口にしていた霊夢も、本気でそんな存在がいると信じていたわけではない。目をぱちぱちと瞬かせる霊夢と、ただただ困惑するばかりの美鈴の間に、名状しがたい微妙な空白の時が流れた。

 

「……ふ、ふっ。やはりここにいるようね、終末の魔女。私の勘はよく当たる……いえ、それもアカシックレコードと通信をしているのだから当然ね。さぁ、魔女の眷属、その道を開けてもらうわよ。私は終末の魔女が引き起こす悲劇を止めなければならない……そう! そういう役目を背負って生まれてきたのよ……!」

「いや、だから眷属じゃないし、いったいなに言って」

「問答無用っ!」

 

 美鈴の返答を聞くつもりはないらしく、今度は霊夢の方から飛び出した。問答無用というか、最初から問答が成り立っていないのだが。

 霊夢の黒いお祓い棒の連撃を軽々と避けていく美鈴を見据え、霊夢は小さく笑った。

 

「もしかしてあなた、『理想の体現者(フール・ディザスター)』だったりするの?」

「はい?」

「ふっ、とぼけなくてもいいわよ。頭の中で思い描いた動きができる力……さすがね」

 

 とぼける以外になにをしろと言うのだろう。美鈴が持っているのは気力を操る能力であり、断じて霊夢の言うような力ではなかった。というかさっきからルビがおかしい。

 美鈴は武術を嗜んでいる。その面は素人である霊夢の動きを読み取ることは造作もなく、隙を突いて一撃を――と言ったところで霊夢の姿が消失した。いつもの瞬間移動である。

 

「あなたは次に、『芸がないわね』と言う……」

「芸が……って、いや、確かに言おうと思ってましたけど。『と言う』なんて指差されたら言いませんよ」

 

 霊夢が移動先に指定したのは、いつも通り美鈴の背後……ではなく、単に数メートル後ろだった。通常ならば美鈴の追撃を警戒して然るべきなのだが、霊夢はそれを一切せずいかにも余裕そうに片手で片目を隠し、かっこいい(と自分で思っているらしい)ポーズを取っている。美鈴はそれを見て、逆に追撃の意志をなくしてしまったようだった。

 

「そう、あくまで運命に逆らうと言うのね」

「え? いやだから」

「紅蓮の彼方より舞い降りし悠久よ! 天を裂き、魔を衝き、すべてを滅せよ! 『絶域封断(トール・オブ・ダークネス)』!」

 

 霊夢が唐突に頭がおかしい言葉を叫び始め、終わった瞬間に美鈴の四方を囲んで霊力で作られた半透明の壁が発生した。よく見れば美鈴の足元には幾枚ものお札が撒かれており、どうやらそれを起点に結界を作り上げたらしい。

 仮にも戦闘中に余裕綽々なポーズを取ることができた理由の一つがこれだった。近接戦の最中に気づかれないようにお札を散らし、結界の準備を整える――普通にうまい。ただ補足すると、詠唱も技名も口にしなくても普通に発動する。むしろそもそもそんなものは最初からいらない。

 結界の内部にあり、結界に使われてなかったお札が急激に光を放ち始めた。結界は封印することができるだけで、中にいては霊夢の方からも危害を加えることができない。だからこそあらかじめ攻撃を中に忍ばせていたのだった。無駄にセンスがいい。

 お札が爆発し、同時に結界も砕け散る。後に残ったのは無残にも倒れ伏す美鈴だけで、霊夢は彼女の意識がないことを確認すると、ふっと笑みを浮かべた。ついでに、背中を見せ、首だけで振り返るというわけのわからない態勢を取る。

 

「荒れ狂う番犬は下した。さぁ、終末の魔女……覚悟しなさい」

 

 どうやら決め台詞にふさわしい体勢になりたかっただけのようだ。バカである。

 紅い館に入るために門に近づいた霊夢は、それを開けようと片手をかけた。しかしピクリともしない。霊夢程度の華奢な女の子、それも片手の腕力で開く程度の門ではないのだ。

 普通に両手を使ったり、体重をうまく込めて開ければいいのだが、霊夢はどうやらそれが嫌であるようだった。理由はもちろん「かっこ悪いから」。

 結局霊夢は、大量の霊力がこもった一撃を片手から放ち、館の門を破壊した。弁償する気は最初からない。

 

「ふっ、この程度の暗黒結界で私を阻めると思って?」

 

 そして結界も最初から張られていない。暗黒でもない。そして門とは阻むためにあるのではなく、人を入れるためにあるものである。

 霊夢は意気揚々と館へ足を踏み入れていく。そのしばらく後、館内部からは住み込みで働いているたくさんの妖精メイドたちの悲鳴が聞こえてきたそうな。

 

 

 

 博麗の巫女兼異変解決屋、博麗霊夢――そんな彼女に一言。

 紅い霧の異変よりも、彼女自身が一番の異変である。



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