魔法青年リリカル恭也Joker   作:アルミ袴

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第20話 五年前の俺になら

「なあ、なのは。仕事は楽しいか?」

 夕食を済まし、いつもどおりリビングのソファに座ってくつろぐ恭也は、これまたいつも通り、そんな自分の隣にぴったりとくっついているなのはへそう問いかけた。

「管理局? うん、やり甲斐あるし」

 唐突だったそれに答える彼女の言葉には迷いがなく、力みもない。それは実力と実績、自信と自負を持つ者の口調だ。

「そうか。俺も入ろうかと思ってな」

「え!?」

 ぽんと放ったその言葉への反応は劇的だった。なのはは輝く瞳でずいっと恭也の顔を見やる。

「ほんと!? 入るの!? どこ、どこ狙い!?」

「一応、お前のところだ」

「教導隊!? うんうんうんうん! それがいいよ! ぴったりだよ!」

 満面の笑み、見ているこちらが照れくさいくらいの。

「おにいちゃんが教導官かぁ、おにいちゃんと教導隊かぁ。えへ、えへへへへへへ」

「お前が同じ隊にいて色々教えてくれるなら、俺も安心ではある」

「そ、そう? えへへへへ……頑張る!」

 こちらの腕をその胸に抱いて喜色満面の妹の顔は、兄馬鹿かもしれないがやはり比べるものがないほどに愛らしい。そんな自分の思考に苦笑しながら空いている手で頭を撫ででやると、惚けたようになのはは笑う。

 若手最優秀、空のエースオブエースと名高いらしい彼女だが、恭也にとっては可愛い妹だ。

「でもあれだね、てことはおにいちゃん、一旦訓練学校に通うことになるんだね」

 ひとしきり喜びの声を上げた後、なのははそんな事を言った。

 そうか、学校か。

「そういうのがあるのか」

「うん、私とフェイトちゃんも通ったよ。ただ、三ヶ月の短期コースだったけど。おにいちゃんも多分、それになると思う」

 普通は何年通うのかはしらないが、なるほど三ヶ月というのは確かに短期だ。

「ていうか、あっちからしたら三ヶ月もおにいちゃんに何教えるんだって話になっちゃうとは思うけどね」

「何って、それは魔導師として、局員としての基礎知識と常識だろう?」

「もちろんそういう科目もあるよ。だけどそれはメインじゃないの。二週間くらいで終わっちゃう。やっぱり訓練学校だから、実技が主なんだよ」

「そういうものか」

「うん。で、実技って、戦闘能力で空戦SSを取ってる人に何を教えるんだって話」

 苦笑するなのは。

「なのはとフェイトはどうだったんだ? お前たちだって相当のランクだったろう?」

「うん、AAA+だったよ。だから、技術とかより戦術を習ったの」

「だったら俺もそれを……」

「うーん……」

 しかし、なのはは難しい顔。

「いやさあ、任務を請け負う時のプロとしての考え方、攻め方、守り方、みたいな事を習ったんだけど、散々もうプロとしてやっていってるおにいちゃんには今更じゃない? 局員の任務よりも遥かにシビアなわけだし、おにいちゃんの護衛仕事って」

 観点にもよるが、まあ確かに銃弾一発で死がありえるこの世界での任務は、確かに魔導師のそれよりもシビアかもしれない。

「それをこなしている人に今更戦術を教えるのもねえ……もちろん魔法のあるなしって違いはすごく大きいだろうけど、ただ、じゃあおにいちゃんの戦闘スタイルが魔法を覚えたからといって大きく変わったかと言うと」

「……変わってないな」

「だよねえ。変わってないだろうし、変える必要もないだろうし。今のスタイルの強力さを考えると、変えるメリットなんてあってないようなものだよ。そういう意味でだから、つまり結局、おにいちゃんの戦い方って元々のものの延長線上にしかないわけじゃない? そうしたら扱う戦術だって大して変わるわけじゃない。だったら、少なくとも訓練校で教わるような事ってほとんどない気がするんだよねえ……」

「……訓練校に入れてもらえないとか、そういう事は」

「ないない、それは大丈夫だよ! ただ、校長先生がさ、色々お世話になった人でさ、困るだろうなーって思って。もちろんおにいちゃんが悪いわけじゃないんだけど」

 訓練学校には行かなきゃいけないって制度、考えものだよねとなのはは結んだ。

「訓練内容に関しては俺が考えても仕方のない事か。入校の手続きなんかはどうすればいい?」

「そこら辺は私がやっておくよ、必要な書類だけ後で渡すから書いておいて。推薦者も私が。親類だけだとちょっと格好がつかないから、フェイトちゃんとはやてちゃんにもお願いしよう。クロノ君とリンディさんにもなってもらえると非常にスムーズ」

「そうか、後で頼みに行こう」

 現役の教導官と執務官と捜査官に加え、艦隊の提督と元提督の名前があれば確かに話も早かろう。

「ただそうなると、多分もう一回やらなきゃいけないと思う、ランク測定」

「ん、そうなのか?」

「入局前一年、出来れば三ヶ月以内に測ったランクで届けなきゃいけないから。おにいちゃんが以前に測った記録は五年前のものになっちゃってて……」

「そうか、そうだよな」

 恭也の主観としては一月くらい前に測ったばかりだろうという感じだが、周りからすればそうではないのだ。

「しかし、そうなると……」

「うん、また相手をするよ――私とフェイトちゃんが」

 

 

 

 

 

「さあて、どっちが勝つかねえ」

 管理本局に設えられたかなりの広さと天井の高さを持つとある演習場、そこへ透明な特殊強化素材越しに隣り合う形で作られたモニタールームで、ヴィータは呟いた。

 個人的には世紀の一戦と、そう称しても良いくらいの好カードだ。

「どうだろうな、……恭也だという気がするがな」

 こちらの言葉にそう答えたシグナムは、しかし腕を組みながら難しい顔だ。どちらが勝つと簡単に言い切れるほど結果のわかる戦いではないのだ、当然と言えば当然だろう。

「シグナムは恭也派か。アタシはなのはとフェイトに賭けるぜ。そりゃあキョーヤはアホみたいに強いが、今のあの二人を同時に相手取って勝てるやつなんているもんかよ」

 演習中、常に大量の魔力を流し込まれる事で魔法と物理両面で高い強度を発揮する透明な強化素材の向こう、演習場のそれぞれ東の端に恭也、西の端になのはとフェイトが臨戦態勢で佇んでいるのが見える。また、部屋の中にある各種スクリーンには様々な角度から撮られている映像が映し出されている。

「僕は、それでも恭也さんに賭けよう。なのはとフェイトの努力も実力も承知の上で、だ」

 恭也の改めてのランク測定、そのための模擬戦。是が非でも見たいと、わざわざ仕事を徹夜に近い状態で終わらせて駆けつけてきたらしいクロノがそう言った。

「私はなのはちゃんとフェイトちゃんやなあ。リインフォースは?」

「……すみません、我が主。私は騎士恭也かと」

 はやてはなのは・フェイト組、リインフォースは恭也にそれぞれ票を入れる。

「俺も恭也だ」

「あら、ザフィーラは恭也さん? 私はなのはちゃん達ねえ」

 ザフィーラはどうやら恭也、シャマルはなのは・フェイト組らしい。

「ユーノ、お前は?」

「僕かい? 僕は……そうだな、なのはとフェイトに賭けよう」

「私は騎士恭也様ですー!」

 クロノに問われたユーノは少し悩んで、そしてリインの肩の上に座するリインフォースⅡは即答で返す。

「私は、なのはちゃんとフェイトちゃんかな。リンディ提督とアルフは?」

「私も二人かしらね。恭也さんの実力はわかっているけれど」

「アタシは恭也だね。恭也が負けるところが想像出来ない」

 エイミィ、リンディ、アルフがそれぞれ予想を立て、これで現在モニタールームにいる全ての人間が票を投じた事になる。

 ちょうど、結果は半々だ。

「そりゃあ、もし恭也が薙旋・千舞だったか? あれ使えばすぐに勝負は着くんだろうけど」

「まさか使われる事もないだろうけど、それは薙旋・舞とともにこの模擬戦では禁止技とさせてもらってるよ」

 ヴィータの言葉に答えたのは、ルールの設定をしたエイミィだ。

「自分の身体に無茶な負荷を掛けるような技は原則禁止。つまり恭也さんなら薙旋・舞と薙旋・千舞、なのはちゃんならブラスターモードとスターライトブラスター、フェイトちゃんは神速レベルの知覚は禁止してないけど、その中で動く事や魔法を使う事は駄目」

「まさか模擬戦で身体ぶっ壊してもらうわけにもいかねえしな」

「模擬戦でなくとも使ってもらいたくないんだけどねえ」

 シャマルがため息とともにそう溢した。医務官として、彼らの無茶は目に余るらしい。

「お互い自己犠牲系の反則技は封じられている。となればより地力での勝負って事だよな」

 さて、どうなるか。ヴィータは透明な強化素材に額をくっつけて、眼下の光景を見逃すまいと目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

『お強くなりましたね、お二人は』

「ああ、本当にな」

 視線の先に佇むなのはとフェイトの気迫を肌で感じながら、恭也は魅月の言葉に頷いた。

「なあ、魅月」

『はい、主』

「俺は、負けるつもりはない。戦えば勝つのが御神流だ」

『ええ、鋼の芯まで存じております』

「だが、……きっと、今日のこの試合、負けたとしても俺は納得してしまうだろう」

 それは、美由希のときと同じだ。

 会った時から自分より強い者に負ければ、それは後悔もしよう。口惜しく思うだろう。

 だが、最初は自分よりも弱かった者達が、ほんの少しとは言え自分の教えを受け、自分を追ってあそこまで成長したというのなら。

「俺は、あの娘達になら斬られてもいい」

『……主』

「幻滅したか?」

『するとお思いですか?』

「……いや」

 恭也は苦笑して首を振った。

 視界上方、カウントダウンの数字が現れる。値は10、開始の10秒前だ。

『ですが、主。一つ、どうか私にも言わせて下さい』

「なんだ?」

 順調に数字が減っていく中、魅月は彼女らしい控えめな声で、しかし確かにこう言った。

『貴方が名付けた貴方の魅月は、いついかなる時であれ、貴方の勝利を疑いません』

「……やはり君は、最高の相棒だな」

 カウントは、ゼロへ。

 そして試合が始まった。

(ほう……)

 静寂、それだけが場を支配している。なんの音も、ここにはない。

(前と同じく、前衛のフェイトが突っ込んでくるかと思ったが)

 彼女はバルディッシュの穂先をこちらに向けたまま、なのはよりもやや前方でこちらの様子を伺っている。

 いや、伺っていると言うには少々、その瞳は全力に過ぎるかもしれない。鋭い光を讃え、まっすぐにこちらを射抜き続けている。

「さて、どうするか」

『こちらから仕掛けますか?』

「……そうするとしよう」

 両の魅月を抜刀、刃を見せつけるように二人へ示しても、攻撃してくる様子はない。カウンター狙い、という事だろう。

『何か策があるのでしょうが、よろしいのですか?』

「ああ。受け止めてこそだろう」

『お付き合い致します』

「頼んだ」

 眩体を唱え、身体の全体を強化。

 地を蹴り、一気に間合いを詰める。フェイト達との距離が五メートルを切ったその時、恭也の視界はモノクロに染まった。

 

 御神流奥義 神速

 

 全力を尽くすのが礼儀、であればこれだ。

 動きの止まったフェイトを抜き去り、なのはへ二刀を振りかぶる。同時にカートリッジもロードした。

 狙うは雷徹・轟。

 分厚い防護を誇るなのはとて、これを喰らって無事では済むまい。

 神速が解け、恭也の世界に色が戻り。

「っ!?」

 ほぼほぼ間断なく、腕に脚に身体に、金色の輪が嵌められた。奥義の初動を抑えられ、技を中断せざるを得なくなる。加えて、身体には痺れ。

 電撃の効果が付与されたバインド魔法。

 発動主が誰かなんて考えるまでもない。

「ナイス、フェイトちゃん!」

 なのはがこちらの姿を捉える。同時、恭也の背筋にすさまじい悪寒が奔るがもう遅い。

『……レストリクトロック!? しまった!』

 魅月の悲鳴にも似た声が響く。

 恭也の四肢に桜色のリングが嵌まり、その動きを固定した。痺れは無いが、先ほどのバインドとは比べると強度は段違い。まともに身動きが出来ない。

 レストリクトロック。

 なのはが魔導師としてのキャリア、その最初期に会得したバインド魔法の一つで、発動から完成までの間に指定領域内を出なかった対象全ての動きを封じる。

 その強度は歴戦の魔導師であるクロノに言わせるところ、"自分の知る限り間違いなく最高"。

 おそらくは指定領域は極小、自身を中心とした至近距離に設定してあったのだろう。そこへ恭也がまんまと飛び込んで来て、フェイトの高速発動バインドで一瞬とは言え動きを止められた。

 そして満を持して発動されたそれは、見事に恭也をその場に縫い付けた。

 なのはがこちらへレイジングハートの穂先を向け、桜色の光を充填する。

『主!』

「ああ!」

 そもそもどうして神速の動きが読まれたのかはわからないが、今はそれは二の次だ。

 この距離でなのはの砲撃を磔状態で正面から喰らえば、それだけで勝負を決められかねない。恭也の体は魔法で強靭になってはいるが、なのはの砲撃はそれを呑み込む威力なのだ。

 雷徹・轟を撃つつもりで得たカートリッジの膨大な魔力を使い、身体を強化する眩体の効果を増大させて右腕の膂力を跳ね上げた。

「おおおおおおッ!」

 全力で力任せにバインドを引きちぎる。右腕一本に絞った甲斐あり、なんとか金色と桜色のリングを破砕する事に成功。

 自由になった右腕で左腕に嵌まるリング達に斬りかかる。やはり桜色の方は異常に堅い感触だったが、渾身の斬撃の甲斐あり、裂く事が出来た。

 同じく両手で両足の捕獲輪を叩き斬って。

 しかし、そこまでだった。

「――ディバインバスターッ!」

 至近距離、真正面。神速に入るタイミングは、ぎりぎりで取れず。

 桜色の暴虐が恭也の身を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 砲撃に呑まれ、壁まで吹き飛んだ恭也へ追撃にトライデントスマッシャーを叩き込むべきか迷ったが、フェイトはその考えを却下した。

 なのはの砲撃をあの距離で受けて無傷であるとは思わないが、さすがに勝負は決められていないはずで、だとするなら迂闊な行動は避けるべきだ。

 ここでフェイトが砲撃を放てば、なのは・フェイトがほぼ同時に砲撃後の硬直状態に陥る事になる。時間としては極短いだろうが、それは何をどう間違っても、高町恭也を相手に見せていい隙ではない。

 そして、その判断は正しかった。

 黒い光があるのなら、これがまさにそうなのだろう。

 音を置き去りにして、漆黒の剣士はこちらへと飛び込んできた。軍服じみたバリアジャケットにはそれなりの大きさの損傷が見られるが、動きは衰えていない。

「なのはっ!」

「うん!」

 なのはが素早く後方へと距離を取る。フェイトは恭也を迎撃にかかった。バルディッシュは既にパースモード、小太刀二刀の体勢だ。

 振るわれた右の魅月の逆袈裟斬りを、右のバルディッシュで受ける。

(……くうっ!)

 激しい衝撃、突進の勢いで重さを跳ね上げられたその一撃には、本家本元の達人が放つ徹が籠められていた。たまらず、フェイトの意識が一瞬白くなる。

 極小時間のそれから回復、慌てて首を後ろへ引く。逆手にもたれた左の魅月の刃が危うい所を通過していった。

 反撃にこちらも右手のバルディッシュを胸元目掛けて突き入れる。身体を右に開いて躱した恭也は身体をそのまま回転、勢いを殺さずに二刀で斬りかかってくる。慌てて引いた左、まだ痺れの残る右でガードするも、跳ね上げられた。

 空いたところへ容赦のない二連撃、フェイトの身体に衝撃が奔る。喰らうタイミングで後方へ跳んだ事で多少威力は殺せたが、それでも重いダメージだ。

 歯を食いしばりながら、それでも恭也の動きを注視し。

 だからこそ、それを防ぐ事が出来た。

 背後からの一太刀。振り向いて、すんでの所で受け止めた。神速でもって背後へ回りこんでいた恭也が、感心したように「ほう……」と呟いたのが聞こえる。

「なるほど、こちらと同じタイミングで神速に入っているのか。だから動きが読める、と」

「……はい」

 看破された通り、である。

 種を明かせば、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは、高町恭也が神速に入るタイミングがわかるのだ。

 であれば、神速の領域で動くことが出来ない(実力的にも、そして今回の模擬戦のルール的にも)とは言え、同時に神速に入る事でその動きを知覚する事だけは出来る。神速内で攻撃を振るわれさえしなければ、神速から抜けた後に全速力で対処する事でなんとか勝負になるところまでもっていける。

 魔法発動も身のこなしも素早い身である事には、感謝するしかない。

「大したもの、だっ!」

 援護に放たれたなのはのアクセルシューターが斬り裂かれる。しかし光球は一発二発ではなく、大群である。その隙にフェイトは呼吸を整えた。

 脳に酸素を行き渡らせ、思考の鋭敏さを保つ。

 いつ恭也が神速に入っても対処出来るように、だ。

 "ストーカーじみたその執念にはほんと、乾杯って感じだね……いやさ、完敗かな"

 そんななのはの歯に衣着せない言葉は、フェイトと今回の模擬戦に向けた作戦を練っている時に放たれたものだ。恭也が神速に入ったタイミングがわかる事とその原理を説明されての台詞である。

 心外だという思いがないかと言えば嘘にはなるが、そう言われても仕方ないかもしれないかとも思う。

 神速は脳の知覚速度を大幅に引き上げる事で発動される。それは極度の集中状態に入るという事であり、取りも直さず交感神経も極度の興奮状態に陥るという事でもある。

 そうなると、生理的にどうしても隠せないのが瞳孔の拡大だ。つまり、その兆候は目を見ればわかるのである。

 とは言え、フェイトがそれに気づいたのは以上のような科学的な見地からでなく、ただ単に恭也の戦闘映像を隅から隅まで何度も見ていたせいである。普段は理論先行派だが、今回に限って言えば後付けだ。

 さらに言うなら、通常の状態と神速発動時に起こる特徴的な瞳孔拡大状態をフェイトが見分ける事が出来るのは、恭也のものだけである。美由希や美沙斗のものはわからない。

 これは恭也が他の二人に比べて客観的にわかりやすいのではなく、観察してきた数が多いためフェイトの主観的にわかりやすいというだけだ。

 以上を指して、なのははストーカーじみた執念と評したのである。

「最初の流れも、計算ずくだったか」

 感心したように言う恭也だが、斬撃は変わらず容赦がない。なのはの援護のアクセルシューターも着いた端から斬り落とされていく。

 恭也が言った通り、開始直後の一連の攻撃は彼が神速を使ってきた場合を想定し、前々から練っていた策である。

 こちらから仕掛けなければ恭也が狙いに来るのはなのはであろうし、その方法は神速を使った接近の後の魔法併用奥義だろう事は予想が付いた。攻撃出来る機会の多い前衛と少ない後衛、狙うならどちらかと言えばどう考えても後者であろう、そしてその場合、仕掛けてくるのはシグナムにも、そしてリインフォースにも放った実績のあるやり方であろうという考えからだ。

 後は、その対策である。

 まず、フェイトが恭也の神速発動を読み、同時に入る。その中での動きを知覚し続け、解けた時にすぐさま恭也へバインドをかける。

 なのはは試合開始からすぐに自分の周辺、恭也の斬撃範囲を領域に設定しレストリクトロックを準備、神速を解いて奥義を放たんとする恭也が自分の傍に現れた事をフェイトの魔法発動で感知、レストリクトロックの発動を完了させ、ライトニングバインドで一瞬だけとは言え動きの固まった彼を捕縛。

 そして、至近距離から砲撃魔法を叩き込む。

 見事に成功した策ではあったが、仕留めきれるものとも最初から思っていない。

 本命の詰めは別にある。

 問題はそこまで辿り着けるか、である。

 神速の発動が読めるという事は当然SCLもわかるという事であり、近接戦闘技術の向上もあって以前の模擬戦よりもましに戦えてはいるものの、斬り合いを続けていれば厳しい事は確か。

 詰めの準備は、一応終わりつつあるのだが。

『なのは、そっちはどう?』

『アクセルシューターを斬られまくってる事だし、なんとかいけそう!』

『了解、こっちもいけそう。あとはどうにか……』

 どうにか、とっさの神速が不可能なくらいに体勢を崩せたら。

 思う間にも、アクセルシューターは次々と斬り裂かれ、フェイトのバリアジャケットも損傷が激しくなっていく。

 恭也がフェイトの目の前、SCL。何かを放つつもりらしい、フェイトは慌てて対策にシールドを展開させようとして。

『フェイトちゃん! 硬直を狙って!』

 なのはがそんな指示と共にディバインバスターを放ってきた。

 以前の模擬戦でもあった展開だ、前と同じく虎切・盾でガードさせようと言うのだろう。当時は呆気にとられて眺めているだけに終始するという醜態を晒したが、今のフェイトなら違う対応が出来る。

『了解!』

 シールド魔法を中断、刃に魔力を入れて。

 しかし、それは無駄に終わった。

 なぜなら。

「……なのは!」

 思わず叫んでしまう。

 なぜなら、恭也はフェイトの目の前から足音だけ残して消え去ったからだ。向かう先は、自らに襲いかかる桜色の光。

 魔力満ち満ちる魅月を正面から突き刺し、なんと斬り裂いて行く。

 あれは、確か射抜・穿という技だ。斬撃強化である晃刃の効力をカートリッジで爆発的に引き上げ、突きの奥義、射抜の突破力を跳ね上げる。

 だがまさか、砲撃魔法を相手に使用するなんて。それも射手はなのはだ、並みの威力ではないはずなのに。

「ぐううぅっ!」

 フェイトの驚愕をよそに、刃は砲撃の射手たるなのはまで届く。彼女の堅いエクシードモードのバリアジャケットが損傷、さらに徹されたらしい衝撃で顔が苦痛に歪む。

 だが、それで怯むような精神を不屈と称される彼女は持っていなかった。

「つかまえ、たあ!」

 突き立てられた魅月の鍔を右手で掴み、恭也の動きを止める。膂力の差を思えば一瞬の効力しか持たないその行為は、しかし確かに威力を発揮した。

「――ブラストカラミティ」

「っなに!?」

世にも珍しいと言うべきかもしれない、恭也の驚愕の声が響いた。

 ブラストカラミティ、中距離を殲滅する高圧魔力による広範囲攻撃。それは、本来はフェイトと二人で行うコンビネーションのはずで。

 瞬間的に、かつ一人で無理矢理高められた魔力は当然、制御を易々と離れ。

(制御を離れた魔力……まさか!)

 フェイトの予想は的中した。

 なのはと恭也、二人の身体を呑み込むように爆発が巻き起こった。

「無茶をする……!」

 思わずそう零してしまうが、考えてみればあれはある意味なのはの得意技の一つだ。特異技と、そう言ったっていい代物だが。

 無理矢理魔力を高速で用意し、体裁だけ整えて暴発させるというやり口は、禁じ手のスターライトブラスターと非常に似通っている。

 禁止扱いされたスターライトブラスターではないとは言え、ルールギリギリの行為だし、何より自爆ダメージが大きい。

 吹き飛んだなのはのバリアジャケットは、より損傷の度合いを激しくしていて。

「フェイトちゃん!」

 しかし、吹き飛ばされたというならそれは恭也も同じだった。こちらもバリアジャケットの損傷を深くし、そして何より衝撃で後方まで大きく飛ばされている。

 その背が、壁に付いた。

 あれなら、今なら、神速はきっと使えない。つまり、回避されないという事。

 こちらの攻撃を当てられるという事。

(今だ!)

「ライトニングレイン!」

『Lightning Rain』

 斬り合いの中、練りに練っておいた魔法を放つ。

 恭也の頭上五メートルほどに金色の魔法陣が作られ、幾本もの雷光が下方に奔った。

「っぐうう!」

 大電流高電圧の雷撃がのべつ幕なし、間断なく降り注ぐ。魔力消費は尋常ではないが、その分威力も申し分ない。呻いて、さしもの恭也も膝を付いた。

 魔力はこの際、使いきっても構わない。

 勝負を決める覚悟で、フェイトは魔法を維持し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 予想もしない戦法と、そう言ってしまうのは甘えなんだろう。

『……なるほど、見事だ』

 あそこで自爆技を放ってくるとは思わなかった。だが、なのはの高い防御力を思えばわからないでもない。

 彼女自身もダメージは喰ったろうが致命的でなく、そして装甲自体は薄めの恭也はまんまとまともに受けたおかげで一瞬意識が飛びかけた。

 無様に吹き飛ばされ、壁に激突。

 体勢を立て直そうとするその間隙を、まさかフェイトが見逃すはずもなかった。

 今、恭也は激しい音を立てる光の中に囚われている。身体には上手く力が入らない。情けなく、膝は地面に付いている。

『斬り払うのは……少々、厳しいでしょうか』

『そのようだ』

 身体の状態を確認、腕を十全に振れるのは現状では一度や二度が限度と判断。それ以上は痺れに勝てない。

 これだけの雷撃をどうにかするなら、まとめて吹き飛ばす以外に手はなく、恭也の持つ技の中でそれが出来るのは影刃を放つ一刀の連撃"虎乱・散"と、同じく影刃を放つ二刀による連撃、"花菱・夜"だけ。

 とても、それらは出せそうにない。

 恭也が他に無指向性の範囲攻撃でも撃てれば話は違ったのだが、そんな持ち合わせもなく。

 痺れた脚では脱出も叶わないだろう。

 恭也を捕らえるに際しては、バインドやケージより遥かに効果的な手法と言える。よく考えられている。

『これだけの出力、そう保つものではありませんが』

『……しかし、相手はフェイト一人ではない』

『ええ』

 そう、相手がフェイト一人だったら極論、この攻撃が止むまで耐えていればいいだけの話だが、残念ながらそうではない。

『ああ、まあ、そうなるよな』

 苦笑しながら、雷撃の小さな隙間から見える光景に目を眇める。

 そこには大量の魔力を組み上げ、フィニッシュブローを準備している妹の姿が見えた。空間に舞っていた魔力が次々と彼女の下へと集っていく。

『……最上級集束砲、ですか』

『スターライトブレイカー、だったな。美しいものだ』

『主……』

『未熟ですまんな、魅月。思えば最初からしてやられてばかりだった』

 どうやら発動を気取れるらしいフェイトを基点に、彼らの組み立ててきた神速対策は見事だった。加えて個々の技量も五年前とは比べ物にならないもので、連携も同様。

 当人がどう思っているかはわからないが、フェイトとの斬り合いもなのはの援護もあり、劣勢だったとは言わないが恭也としてもかなり余裕のないものだった。

 そして上手く攻め切れない事に焦れ、無理をして突っ込んでみれば強烈なしっぺ返しを喰らったわけだ。

『未熟などと言うことはっ! ……私が、もっと』

『君のせいじゃない。俺が未熟で……そして、あの子達が見事だったんだ』

 震える膝に気合を入れて、恭也は立ち上がった。

『負けだな』

 相棒の二刀を腰に誂えられた鞘に仕舞い。

『……はい』

『負けだ、文句なしに負けだ』

『はい』

『なあ、魅月』

 ――恭也は左の魅月の鞘を左手で支え、柄を右手で握った。

『……主?』

 腰をやや落とし、目は瞑る。

「負け、だったな」

 

 

 

 

 

 

 

 落下した影は二つ。床へ衝突する前にそれぞれのデバイスが衝撃緩和魔法を発動して、その身体は柔らかく着地した。

 一つは、白い少女。一つは、黒い少女。

 彼らの前方、黒衣の男は振り抜いた姿勢で止めていた刀を静かに鞘へと収め、少女達の下へと歩いて行った。

「……――なんっ!?」

 ごん、と鈍い音。ヴィータがモニタールームの透明な強化素材に額を打ち付けた音だ。かなり痛そうだったが、当人は介さず眼下の光景を食い入るように見つめている。

(何が、起きた?)

 彼女ほどにわかりやすく面には出さないが、驚愕と困惑に囚われているのはシグナムも同じだった。

『た、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、戦闘続行不能……。試合終了、です』

 エイミィのそんなアナウンスが響く。

「何がどうなったんや!?」

 はやてはそう問うが、それに答えられたものはこの場にはいなかった。

「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってて! 今解析してるから……」

 目まぐるしい勢いでエイミィは入力装置のキーを叩いている。魔力反応やエナルギーの流れを洗い出しているらしい。

「恭也さんがフェイトの魔法に囚われて、それを狙ってなのはさんがスターライトブレイカーを放とうとしていた……ところまでは、認識していたんだけど」

「私、てっきりそれで終わりだと思いました……恭也さんとは言え、あそこから挽回出来る手はないんじゃないかって」

 リンディと、続いたシャマルの言葉がこの場にいる者の共通見解、だったはずだ。

「流石騎士恭也様です!」

「……リンツ、お前は恭也の勝利を疑っていなかったな」

「はい、当然です!」

 シグナムの問いに弾けるような笑顔を返したリインフォースⅡだけは、どうやら唯一の例外であったようだが、これは理屈云々によるものでない。彼女の中では恭也は最強にして無敵の絶対であり、負ける姿がまずないのだ。

「恭也は、最後に構えを作っていたが」

「……そうだな。そこから何かをしたのは間違いない、か」

 ザフィーラが冷静に言ったように、確かにシグナムの記憶でも恭也はなのはとフェイトが墜落する寸前、腰を落として仕舞った刀に手をかけていた。

「刀を振り抜いてたし、つまりせやから、斬撃を放ったって事? でええんかな……」

「影刃を撃った? でもおかしいだろ。見えなかったぜ、そんなもん」

「めちゃくちゃ速くて鋭いのを、とか?」

「テスタロッサの雷撃は強力です。カートリッジロードをしたとしても、あの中から我々が認識できない速度の遠距離斬撃を撃つのは不可能かと思われます」

 ヴィータ、シグナムそれぞれから反論を受けたはやては腕を組んで唸りを上げた後、顔を上げて問う。

「……せや、カートリッジロードはしてるん?」

「している、みたいだな」

 その問いにはエイミィとは別の端末を操作し、どうやら先程の映像を繰り返し見ていたらしいクロノが答えた。

「左右から二発ずつ、計四発の空薬莢が出ている。膨大な魔力を使って何かをしたのは間違いない。……ただ」

「ただ?」

 促すはやてに、難しい顔でクロノは続ける。

「影刃を撃った、というのはやはりおかしいんだ。ヴィータ、シグナムが言った事もあるし、これを見てくれ」

 雷の雨に打たれている恭也がクローズアップでモニターに映る。やがて立ち上がり、刀に手をかけ、そして文字通り目にも留まらない速度でそれを振るったらしい事がわかる。

「フェイトの魔法に注目してほしい。もし恭也さんが影刃を撃っていたなら」

「そか、前方の雷に何かしらの影響があるはず……ないな」

 はやての言うとおり、シグナムの目にもフェイトのライトニングレインには清々しいほどに何の変化も見て取れなかった。

「……解析結果! 出た!」

 誰もが黙り込んだ時、エイミィが言った。

「恭也さんとなのはちゃん、フェイトちゃんの間を奔った魔法はないね。カートリッジロードで得た魔力は……その場で消費されてる」

「その場で?」

「うん……その場で」

 エイミィに聞き返したクロノが、首をかしげた。

「それで、なのはとフェイトの方には何が起こった?」

「二人のバリアジャケット表面へ同時に魔力、それから……高密度のエネルギーが発生してるみたい」

「高密度のエネルギー? じゃあ、それが」

「そう、みたいだね。それを当てられた衝撃で二人は意識を失ったみたい。もともと結構ダメージあったし、場所が鳩尾辺りっていうのもあって」

 全員が、再度黙り込んだ。もたらされた情報がどういう意味を持つのか、それぞれが沈思黙考に入り。

「あのー、いいかな」

 声を上げたのはユーノだった。

「さっき、リインフォースとちょっと話してたんだけど、もしかしたらわかったかもしれない」

「一応、辻褄は合っていると思う」

 続いたのはリインフォース。珍しい組み合わせに見えるが、ロストロギア関連の頼まれ事が多いリインフォースと、その情報が数多く眠っている無限書庫の室長であるユーノは結構話す間柄だ。

「わかったん? ユーノ君」

「ああ、多分。恭也さんがカートリッジロードして発動した魔法、あれは転移だ」

「転移?」

 問い返すはやてに、ユーノは頷く。

「似たような記録を書庫の本で読んだ事があってね」

「主、私の記憶にも同じような技についての知識があります。古いベルカの騎士にあのような斬撃を放てる者がいたそうです。特殊な転移魔法を使っていたという話でした」

「特殊な転移魔法……ん、まさか」

「ええ、そうです。あれは斬撃そのものを跳ばしたのでしょう」

 

 

 

 

 

 

「負けた負けた負けたぁぁぁ!」

「うん……」

 ベッドの上、身体を起こした姿勢でなのはは天井を仰いだ。隣に並んだベッドの上でフェイトもほぼ同じような姿勢、顔だけは少しだけうつむき加減。

「駄目、だったね」

「うん、……でも私、結構清々しい気分かも」

 それは、強がりではなかった。

「悔しいよ、本当にめちゃくちゃ悔しいけどさあ、あれだけやって負けたなら、やり切ったって思える」

「……うん、そうだね」

 フェイトは、なのはの言葉に穏やかに微笑んだ。

「負けたのなら、まだ届かないって事だよね」

「そうそう。ま、……どうやって負けたのかがわかんないんだけど」

「……そうだね」

 心当たりが、本当にない。勝利を確信してはいたが、油断していたつもりもない。なのに、いつの間にか気絶していて、気がついたら医務室だ。

「おにいちゃんに聞いて……」

「俺がどうかしたか?」

 丁度、タイミング良く。

 部屋に入ってきたのは恭也だった。バリアジャケットを解除したいつもの私服、その身体に外傷は見られない。

「おにいちゃん! 怪我はっ?」

「恭也さん、大丈夫なんですか?」

「ああ、大した事はなかった。非殺傷設定というのは便利なものだな。とは言え、なのは」

 恭也はつかつかとこちらに歩み寄り、

「……っぁだ!?」

「あんな自爆技を無闇に使うんじゃない。自分をもっと大事に扱え」

「無闇に使ったつもりはないけど……はい」

 拳骨を脳天に落とされて、なのはは素直に頷いた。兄が想ってくれた事が伝わってきたからだ。

「……でも、うう、痛ぁい」

「それくらいは罰だと思っておけ」

 一瞬目の前が白くなるほど、本当に痛い拳だった。事ある事にこれを喰らっている姉の美由希への尊敬が深まる。

 ところで、

『……あの、フェイトちゃん』

『……え、あ』

 こちらをじっと見つめている瞳が羨ましそうな色を湛えているのは、勘違いだと思いたい。念話で確認を取る。

『まさかとは思うけど、本当にまさかとは思うんだけど……羨ましいの?』

『え、いや、その』

『痛いんだよ、これ』

『う、うん、……痛いんだよね、……うん』

『フェイトちゃん……!』

 お宅の妹さん大丈夫なのかとクロノ辺りに相談したい気持ちになったが、まさかドMの癖をどうにかして下さいとは流石に言えない。

「あ、あー、そうだおにいちゃん!」

 危ない方向に行きかねないため、別の話を恭也へ向ける。

「なんだ?」

「あのね、私達、何をされて負けたのかわからなくって。私はスターライトブレイカー撃とうとしてたはずが、気がついたらここだったんだけども」

「私も、何をされたのか認識出来ていなくて……あの、恭也さんは何を?」

「……何を、か」

 こちらの疑問に、しかし恭也は難しい顔で腕を組んだ。

「なんというべきかな。やっておいて何だが、自分が何をしたのかよくわかってないんだ」

「……どういうこと?」

「出来ると思って、やったら出来た。だから説明というと、少し難しい」

「ええ……そんなめちゃくちゃな」

「いやいや、なのはも魔法に関しては同じようなところあるからね? 恭也さんのことは言えないからね?」

「え、そう?」

 どうやら、傍から見れば似たもの兄妹という事らしい。

「……本当に、どう説明したものかな」

『主、では僭越ながら私が。あれは古いベルカで言うところの"自在斬り"に相当する技です』

 困っている様子の恭也を助けたのは流石の忠臣、魅月だった。

「ほう、ベルカにも同じ技があったんだな」

『ええ。長いベルカの歴史の中でも使えた騎士は極々少数ですが。剣を極めた者のみが到達する事の出来る一つの極地だと聞いております』

 語る魅月の声は、どこか誇らしげだ。敬愛する主が至高へと達した事が嬉しいのだろう。

 彼女は流れるように語った。

『あれは、剣を振るう事でその場に発生するエネルギーを、転移魔法で遠く離れた物体に送りつけるのです。平たく言えば、刃ではなく斬撃そのものを転移させる技と言えるでしょう。認識出来る場所であればどこであろうと自由自在に斬り裂ける、ゆえに"自在斬り"です』

「…………んんと」

 こめかみに指をさし、なのはは言われた事を飲み込もうとする。

 さらっと説明した魅月だが、何かとんでもない事を言っている気がする。

「剣を振るっていうのは刃に運動エネルギーを付与するって事で、それを転移させたら……転移先の物体の一部、刃の幅と同じだけの面積が付与されたエネルギー分だけ動く? そうしたら結果的に言えば斬り裂かれる形になる、かな?」

 フェイトが自分なりに噛み砕いたらしい説明を口にした。

「そう言われればそうなるような気もするけど……。ていうか、エネルギーを転移って出来るの? ……いや、そっか、物体もエネルギーも理論的には相互変換可能だし、物体が転移させられるならエネルギーも転移させられておかしくないか」

「うん、でももし一般の物体転移みたくエネルギー転移が出来るのなら相当強力だけど、話に聞いた事ってないよね」

「ないね。古代ベルカ独自の特殊な技術って事?」

『いえ、古代ベルカでもエネルギー転移魔法は決して一般的なものではありませんでしたよ。と言いますか、エネルギー転移という魔法はありませんでした。あくまで、自在斬りの一部にそういったプロセスがあるというだけです』

「そうなの?」

『はい。自在斬りが剣を極めた者だけにしか放てない理由がそこにあるのです。自分の斬撃を完全に把握し切った剣士だけが、それをまるで物体かのように認識し跳ばす事が出来るという話です。物体が跳ばせてエネルギーが跳ばせないのは、そこに在るという認識が明確に出来るか出来ないかの問題だという説がありまして』

「……物体と同じように認識出来るほど、斬撃を深く把握する。確かに、簡単なようでとてつもなく難しいっていうか、それこそ深奥に触れてるような人でないと無理な領域だ」

 呟きながら頷くフェイト。なのはにはあまりピンと来なかったが、得物を振るう近接戦闘者にはわかる話らしかった。

「なるほど、そうなのか」

「いやいや、おにいちゃんがやったんだよ? 他人事のように言っているけれども」

「まあ、そうなんだが。俺はただ、御神の極みを魔法を得た今の俺が放つならこうなるだろうと思ってやっただけだからな」

「御神の極み、ですか?」

 フェイトの問いに、恭也は頷いた。

「ああ。斬式奥義の極みで、閃という。神速とその中での一太刀を極限まで高め上げ、距離も間合いも武器の差も全て無視して相手を斬り伏せる技だ」

「……シンプル、だからこそ極みなんですね」

「その通りだ。小手先の技術ではどうにもならん域だからな。その代わり、強力無比でもある。俺の父は、これを極めた剣士の前では全てが零になると、そんな風に言っていたよ」

 恭也が、嬉しそうに父の事を語った。気づいているのかわからないが、彼は父である士郎の事を話すとき、いつもどこか誇らしげだった。

「状況も条件も全て無視して斬り伏せる、それがあの技の本質だという事を言いたかった

んだと思う。それを魔法を絡めて示すなら、俺はああいう形になると思った」

 太刀を振るう、ただそれだけで離れた相手に直接斬撃を届ける。飛ぶ斬撃とも違い、振った時には既に当たっている。

 絶対に避けられない、それはまさに至高と言うべき一太刀だろう。

「私とフェイトちゃん、二人を同時に斬ったって事?」

「ああ、力を分散させたんだ。幾つまで同時に対象と出来るかはわからないが」

『今のところ、おそらくは十六程度でしょうか。主があの技にもっと慣れれば増えるでしょう』

「十六でも十分だよ……」

 分散されていようが、眩体で強化された身体で振るわれる達人の斬撃だ。並みの魔術師と言わず、エース級だろうが十六人同時に仕留められかねない。

「距離を無視というのは、視認していればという事ですか?」

「いや、視認というか気配だな。心で捉えられているかどうかが重要だ。だから、今回は目をつむって斬った」

「……という事は視認範囲はもちろん、三百六十度逃げ場なしですね」

 強いとか、そういう次元じゃない。

 どうやら、どうやって攻略すればいいのか全くわからない技らしかった。

「それは負けるわけだよ……」

「うん……」

 脱力し、がっくりと首を落としたなのはとフェイトに、

「負け、か」

 しかし恭也は微笑みを見せた。

「おにいちゃん?」

「二人とも、五年前の模擬戦は覚えているか? 俺はついこの間の感覚だから記憶も鮮明なんだが」

「もちろん、細部まで記憶しています」

 フェイトが答えたように、二人は何度も繰り返しあの映像を見てきたし、そうでなくとも強烈な記憶だ。忘れるわけもない。

「当たり前だよ。私達はあの時戦ったおにいちゃんを超えるためにはどうしたらいいか、どう力をつけたらいいのか、ずっと考えて今までやってきたんだから」

 それは、隣に立って彼の力になれる自分達となるために。

 彼を護れる自分達であるために。

「そうか、なら、その目標はもうクリアしているぞ」

 柔らかい微笑み。

 そんな、彼には珍しい表情を浮かべながら、恭也はさらりとそう言った。

「え?」

「でも……」

 疑問顔のなのはとフェイトに、彼は続ける。

「最後に放った閃、あれはな、正直に言えば自由に出来るようになったのは、ついさっきなんだ」

「つい、さっき?」

 聞き返したなのはに、恭也は頷く。

「ああ。ついさっき、つまり、フェイトの雷に囚えられて、なのはのとどめを喰らいそうになった、あの状況だ。あそこまで追い詰められて、ようやく掴んだ境地と言える」

 だから、俺は負けていた。

 恭也はそう言った。

「五年前の俺だったら、負けていた。お前達の目標とした五年前の俺になら、お前達は勝っていたんだ」

「……」

「……」

 無言、なのはとフェイトは顔を見合わせる。

 もちろん、とは言うものの負けは負けなのだが。

 負けは負け、であるのだが。

「……どうしよう、フェイトちゃん。私結構、ううん、かなり嬉しい」

「……うん!」

 あの日の悲願のうちの一つは、どうやら叶っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、暖かいものだな」

 陽光降り注ぐ縁側で、恭也は茶をすすっている。冬を越えて芽吹いた花達の香りが、時折風に乗って鼻先で踊る。

 季節は巡り、もう春だ。

 穏やかな庭先に魔法陣が浮かび上がったのは、湯のみの中が半分を切った頃だった。現れたのは長身の男性。

「お邪魔します、恭也さん!」

「クロノ、よく来てくれたな。わざわざすまない」

 提督として忙しい毎日を過ごしている彼の訪問をそう言って迎えると、クロノは笑って首を振った。

「いえ、こんな大事な話ですから万難を排して来ますよ」

「そうか? ま、座ってくれ」

 隣に腰掛けたクロノへ、傍らに置いておいた急須から注いだ茶と用意しておいた菓子を出す。

「ありがとうございます。……そうだ、恭也さん、訓練学校の全過程修了、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 なのはとフェイトとの模擬戦、すなわちランク測定の後。

 恭也は無事、二人と同じように訓練学校へと入校した。

 そして三ヶ月という短期コースをつい先日、終えたばかりなのだ。

「とは言え、恭也さんにお教えする事が新米用の訓練校にどれだけあったのかという話ですが。と言うか、中で教官のように指導に当たっていたと聞きましたよ」

「……なんだろうな、なぜかそういう流れになってな。ちょっとした事があって、それをきっかけにというか」

 少し教官達と揉め事になり、その結果周りの訓練生達に慕われてしまったのだ。

「教官の中に、何か恭也さんへ分を弁えない振る舞いをした輩がいたそうで」

「あれは俺が短気に過ぎたというのもある。反省しなければ」

「そんな。聞いていますよ、魅月を悪く言われたのでしょう?」

「……まあな。俺の事をインチキランク保有者だなんだと言うのは別に良かったんだが」

 骨董品。ポンコツ。化石。

 恭也への言いがかりは相棒である彼女にまで及び、そんな言葉が向けられた。

 そしてそれはまさか、恭也にとって看過できるものではない。

『よくありません。私への言など、そちらこそ放っておいて下さればよかったのです、主よ』

「いいわけがあるか。……さっきは短気に過ぎたなどと言ったが、正直また同じように言われたら、懲りずに食ってかかってしまうだろう」

「相変わらずいいコンビですね」

 クロノが朗らかにそう二人のやり取りを称した。

「しかし、インチキランク保有者などという暴言を口にする愚か者を擁護するわけでは決してありませんが、訓練校としてもなかなか信じがたかったんでしょうね。まさかSS+が入校してきたなんて」

「なぜそんなに高いランクが俺に与えられているのか、正直未だにわからんがな」

 SS+、それが管理局が恭也に認定した魔導師ランクである。

 一握りも一握り。クロノやリンディでさえ、初めて目にするランクだと言っていた。

「閃があまりに規格外の技でしたからね。離れた相手へ決して避ける事の出来ない一撃を叩き込める。しかも複数人へ同時に可能ながら、砲撃や爆撃のように味方を巻き込む危険もなし。威力はエース級の魔導師でさえ十二分に落としうる代物。一撃必殺級の威力で選択的な必中の範囲攻撃ですよ?」

「それはそうかもしれんが」

「元々SSの実力がある上にそれです、SS+は適切ですよ。武装大隊の援軍と恭也さんお一人の助力でしたら、僕は迷わず後者をお願いしますね……と言いますか」

 そこでクロノは一枚の書類を縁側へ置き、恭也が読めるように向きを整えた上ですっと差し出す。

「管理局自体が、恭也さんへはどうもそういう認識をしているみたいで、それが今日のお話なんです」

「……どういうことだ? 俺へ辞令が下りたから伝えに来てくれたのではなかったのか?」

「そうなんです、そうなんですが、その辞令というのがですね……」

 少し、クロノは困った顔だった。その表情のまま、書類の中ほどを指さした。とりあえず、読んでみる。

「所属は本局、部隊は……ん、載っていないな」

「はい、恭也さんは部隊の所属ではありません。その代わり……」

「……なんだ、これは」

 本局所属という記載の後に乗っていた肩書きは、恭也が耳にした事のないものだった。

「――特別武力制圧官?」

 一応は、訓練校で受けた学科の授業で管理局の役職については粗方さらったはずだが、記憶にない。

「はい、略称は特武官……恭也さんの着任に際して設けられた新たな役職です」

「何? 俺のため、という事か?」

「はい。なので僕も詳しい事はわからず……というか、まだ本局の方も決めきれていないのだと思います。探り探り、これから任務の難度や頻度は調整されていくかと」

「そもそも、俺は一応、教導隊に志願したはずなんだが……。第二希望で古代遺物管理部、第三希望で航空武装隊、と。希望がそのまま通るわけではないという事くらい弁えてはいるが……」

 しかしどれにもかすりもしないというのは、少々意外だった。

 恭也の言葉を受けて、クロノはとびきり渋い顔をしている。

「……すみません、恭也さん。はっきり言ってこれは、管理局が恭也さんを現状、扱いあぐねているという事の証左のようなものです」

「クロノに謝ってもらう事ではないが、そうなのか?」

「はい。ご希望のあった教導隊、古代遺物管理部、航空武装隊含め、様々な部署が恭也さんを欲しがったらしいのですが、結局、恭也さんの単体での戦闘力があまりに高すぎるためどこに入れても大きくバランスが崩れる事になりかねないと」

『それで新しい役職……ということは、もしや特別武力制圧官とは"何処の部署も応援に呼べる使い勝手の良い戦力"という事ですか?』

「察しが良い、その通りだ……」

 魅月の言葉に頷き、深い溜息をクロノは溢す。

「これから海は荒れる時期です。そういう事情も鑑みれば確かにわからないでもない辞令なんです。転送ポートは送る人数が多ければ多いほど時間も手間もかかり、長距離移動も困難になる。逆に言えば、人数が少なければ少ないほど、短時間で長距離を跳ばす事が出来る。だから、飛び抜けた単体戦闘能力保持者の運用として、それを利用してフットワーク軽く援軍としてあちこちを飛び回ってもらうというのは理に適っていると言えるでしょう」

「確かに、それはそうだな……」

「ですが……ですが、です。新任の局員をこんな明らかに危険な役職に就けるなんて、間違っても誠実な対応じゃない。はっきり言って怯えているとしか思えません」

「怯えている?」

「はい。管理局上層部の一部が、恭也さんに、です。……ここからの話は他言無用でお願いします」

 頷くと、神妙な顔でクロノは続ける。

「こういった人事についてはレティ提督、母の知己が取り仕切っているのですが、彼女はこんな判断を下す人ではありません。それとなく聞いてみたら、今回は特殊だからという事でどうも上から横槍が入ったらしく……」

「……そうなのか」

 なんだか多少、きな臭い匂いがしないでもない話だ。

「はい。……ネガティブな見方をすれば、管理外世界から突然現れた、どんな思想を持っているともわからない強力無比な単体戦闘能力保持者……そんな存在をよく思わない者が管理局には居る、という事です。彼らは牙を剥かれるのが怖いんでしょう、だから、……あわよくば危険な現場で使い潰そうとしている」

「……さすがに考え過ぎというか、穿ち過ぎじゃないか?」

「あ、す、すみません、不安にさせるような事を言って」

「いや……」

 思うに、クロノがこうして心配してくれるのはやはり五年前の事があるからだろう。

「クロノの心配は嬉しいよ、言ってくれた事は心に留めておく。何かあったら頼ってもいいか?」

「それはもちろん!」

「なら、安心だ」

 クロノも、なのはもフェイトもはやても、リンディもエイミィもユーノも八神家皆もいる。

 新しい環境とは言え、相談できる人数の多さと質にはとてつもなく恵まれていると言っていいだろうと思う。ゆえに、恭也にあまり不安はなかった。

 自分の付く役職が、特別武力制圧官などという物騒な響きをしていても、だ。

「それに、どんな戦場に放り込まれようが、俺には世界で一番頼りになる刃がいる」

『もったいないお言葉です。しかし、私の全てを持ってお応えします、愛しき我が主よ』

「ああ、頼む」

 ほうじ茶で喉を湿し、一息吐いて、思う。

 

(管理局、か)

 

 なんだか、随分と遠くへ来てしまったものだ。

 

 とは言え、HGSやら自動人形やら伝説の妖怪やら、そういうもの達とすったもんだもやってきたのだ。何を今更という気も、まあしないでもない。

 

 そして結局、どんな状況だって環境だって、自分の出来る事というのは大して多くない。

 

 剣を振るって。

 

 護りたい人を、護りたいものを、護るだけである。

 

 自分の根底を静かに再確認した恭也の小指、穏やかな陽光を反射して、銀の指輪が控えめに、しかし確かに輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 高町恭也。

 

 

 

 管理局入局時、登録主観年齢二十歳。

 

 

 

 新暦71年4月、管理局本局所属の特別武力制圧官に就任。

 

 

 

 それから三年と十ヶ月後の新暦75年2月、その実力と功績から管理局本局と聖王協会よりそれぞれ二つ、合わせて四つの勲章を同時に授与され、「四連勲章」「新暦の奇蹟」「黒衣の剣神」等々と讃えられながら、惜しまれつつもその任を降りる。




 リリカル恭也シリーズはまだ続きますが、とりあえずリリカル恭也Triangleは、これにて終了でございます。

 ご読了、心から感謝です!

 頂いている感想たちは、にやにやしながら何度も読み返しています。熱く長いメッセージはもちろん、一言二言だけでもびっくりするくらい嬉しいです。


 JokerはまだA'sの再構成という事でストーリーのレールはあったんですが、Triangleはそれがないので本当にやりたい放題。剥き出しの感情を描く機会が多かったように思います。

 一見区切りがいいのでこれで終わりでもいいんじゃないの感はあるんですが、しかし実際は全然決着の着いていない事だらけ。


 次はリリカル恭也Heartというタイトルで、二話か三話ですぱっと終わる、死ぬほど重い話をやります。

 死ぬほど重いけど、一番書きたい話の一つでもあるので書きます。

 その後に、リリカル恭也StingerSというタイトルでStrikerSの再構成をやって、それでリリカル恭也シリーズは終了の予定です。

 これからも、お付き合い頂けたら嬉しいです。ご意見ご感想等ございましたら、お気軽にお送り下さい。めっちゃ喜びます。

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