Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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84:真なる望み

 聖杯戦争の終末が迫るなか、奇妙な凪が訪れていた。それは、第五次陣営と言峰主従が膠着状況に陥ったことに他ならなかった。

 

 六騎がかりでも英雄王には敵わず、しかし彼らも自分たちを斃せなかった。アーチャーは次なる手を打った。ライダーの術で、地脈の枯渇を試みたのだ。これは、大聖杯への魔力の供給を阻害し、ついでに英雄王を挑発しようというものであった。

 

 単なる挑発には留まらない。

 

 霊地の管理を司る遠坂が、間桐のサーヴァントの力を借り、大聖杯の設置者、アインツベルン名代の了解も得て、霊脈の供給を断ち切ろうとしているとも解釈できる。大聖杯に潜む『この世全ての悪』に、抜本的な対策に乗り出すのだと。

 

 袂を分かった始まりの御三家が再び結集すれば、聖杯戦争で戦う必要などない。元来、七体のサーヴァントを生贄に、魔力の釜を作り上げる儀式でしかないのだ。一回につき一個の願いしか叶わないせいで、闘争が発生したに過ぎないのだ。

 

 過去二百年で四回も開催し、争いを繰り返しても誰の願いも叶わない。御三家で協力して、順番に願いを叶えたほうが早くはないか?

 

「もっと言うなら、聖杯戦争のシステム自体を改善できないんだろうかとね。

 第三魔法を復活させたいなら、その使い手を呼んだ方が早い」

 

 間桐慎二はアーチャーの言葉に眉を寄せた。

 

「不老不死になっていて、サーヴァントとして呼べないのかもしれないがね。

 だが存命なら、世界中のメディアで呼びかければ、

 子孫のSOSに応えてくれそうなものじゃないか?」

 

「……即物的なこと言うなよな」

 

「いや、金で片が付くなら、こんなに安いものはないよ。

 人命に時間に感情、そうしたものは決して取り返しがつかない」

 

 すぐに思い浮かんだのが、義妹のことだった。魔術の修練という名目で、蟲に体を蹂躙されていた桜。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ……!」

 

「取り戻せないから、新たに作っていくしかないんだ。

 二つとないものだから、別のものになるがね。

 君たちにしか作れない、新しい唯一のものを」

 

 心の核に、染み入るような声だった。

 

「同じかそれ以上の時間が掛かるだろう。

 壊すのは一瞬だが、何かを作るのは大変だ。

 私がこの世界に望むのは、そのための時間なんだ」

 

 この時間は、嵐の前のほんのひと時の静けさ。

 

「私の世界では、あと四半世紀の後に全面核戦争によって、

 人間社会がほぼ壊滅する」

 

「な、なんだって!?」

 

「あれ、言っていなかったけ?

 私は千六百年後の人間なんだ。

 正確には、異世界の異星人だと思う」

 

「はぁっ!?」

 

 とぼけた口調で突拍子もないことを言われて、慎二は間抜けな声を上げてしまった。にわかに鋭くなった聴覚に、黒髪のアーチャーの言葉が突き刺さる。

 

「二つの超大国間の戦争によるものだったようだ。

 ようだ、というのは、資料らしい資料がなくてね。

 核戦争によって焼失するか、その後の百年の紛争で散逸してしまったのさ。

 その後、人類は宇宙に進出し、また戦争を繰り広げて……」

 

 アーチャーは肩を竦めた。

 

「私にも詳細に述べられるほどの知識はないが、

 この世界は私の世界と、現時点の情勢は大きく違っている」

 

 現在の南北アメリカ大陸諸国とヨーロッパ西側諸国、アフリカ大陸諸国からなる|ユナイテッド・ステーツ・オブ・ユーラブリカ《三大陸合衆国』。

 

 旧ソ連、ヨーロッパ東側諸国、中国、朝鮮半島の連合であるノーザンコンドミニアム(北方連合国家)

 

「どちらの国もないし、これから四半世紀後に成立しているとは考えにくい。

 とはいえ、この先がどうなるかは誰にもわからない。

 多極化した世界で、環境問題や貧富の差、宗教紛争によって、

 私が知るよりひどい未来が訪れる可能性は否定できない」

 

 慎二は唾を呑み込んだ。信じがたい告白だが、彼に抱いていた疑問の辻褄は合うのだ。光弾を撃ち、特殊相対性理論を解する不可思議なサーヴァント。その正体は、遥か未来の人間だという。

 

「未来をよりよくできるのは、君たちしかいないんだ。

 核戦争によって地球は荒廃し、我々の祖先は宇宙へと進出した。

 その過程で、多様な思想や歴史遺産も失われたことだろう。

 そうした多様性が片鱗でも残っていたら、

 我々の世界も違った道を歩んだかもしれない」

 

 慎二は目を見開いた。

 

――マスターは、自らに似たサーヴァントを召喚する――

 

 遠坂家の大師父、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。第二魔法、『並行世界の運営』に至った魔法使い。

 

 アーチャーの望みは、魔法とは全く異なる方法で、極めて近しい結果を齎すことではないか? 凛や士郎、慎二たちに、自らの世界の過去を伝え、この世界により良い未来を招来する。

 

 いや、これは『並行世界の運営』とも呼べまい。『並行世界創成』に至るかもしれない、叶わないかもしれない。賭け金はささやかすぎるが、当たったら莫大な配当となるだろう。

 

 英霊となったアーチャー自身は、決して享受することのない配当だったが。

 

「君たちの持つ可能性には、英雄王も聖杯も遠く及ばないよ」

 

 怪訝な顔をする慎二に、アーチャーは不器用に片目をつぶった。

 

「どっちにも参政権がないからね」

 

「……なるほどね。

 核戦争なんて信じられないけど、おまえが聖杯を欲しがってないのはわかった。

 で? 僕になにをさせる気だ?」

 

「それはだね……、お父さんの代わりに、臓硯翁の葬儀の手配を進めてほしいんだ。

 キャスターにも同行してもらってね」

 

*****

 

「……聖杯戦争はどうなったんだよ」

 

 慎二はごくごく小さな声で毒づいた。右隣りに、神妙な顔付きの黒衣の美女。左側には当惑した表情の桜。慎二たちの前には、間桐家の弁護士が正座し、柳洞寺の住職と相対している。

 

 アーチャーの提言そのものは、過ぎるぐらいに常識的だった。父が入院中で、ろくに身動きできない状態では、たしかに慎二たちがやるしかないだろう。だが普通の高校生には、葬式や墓の手配なんて見当も付かなかった。

 

「私に言われても困るわよ」

 

 キャスターも及び腰になった。間桐家の葬式は、大聖杯によるサポートの適応外だ。

 

「僕らだって同じだよ! なあ、桜」

 

 桜にも名案はなく、兄の不平に頷くのみだ。事情が呑み込めないライダーは、視線を左右に彷徨わせた。 

 

 困惑する一同に、アーチャーは苦笑した。

 

「いきなり葬式だなんて困るだろう? それが普通さ。

 弁護士とかお寺とか、専門家に相談しても全然不自然じゃない。

 未成年の君たちが、親戚の大人に付き添ってもらうのもね」

 

 キャスターは目を細めた。

 

「つまり、私に陣地に戻れというわけかしら?」

 

「戻るというか、通ってほしいんですよね。

 救援が見込めない状況で籠城するのは下策ですが、

 予備兵力がある場合は、拠点を増やしたほうがいい。

 敵の椅子を奪うんです」

 

 思い出して、慎二は頭が痛くなってきた。アーチャーは、千六百年後に未来人で、異世界の異星人だと自称する。だが、そんな肩書よりも何よりも、頭の中身が異質すぎる。複数の策を考え、状況に応じて柔軟に切り替え、戦い抜こうとしている。

 

「一体、あいつは何者なんだ……」

 

 知っている素振りのエミヤに聞いてみようか。

 

 さらに頭が痛いことに、この提案にキャスターが乗り気になったのだ。現世に残留したい彼女は、臓硯の親戚という立場を維持するつもりのようだ。当主を欠き、まともに魔術を使える者のいない間桐家にとっても、悪い取引ではなかった。

 

 鶴野は退院の見通しが立たず、間桐家代々の墓を誰も知らない。一から用意するとなると、墓地を買い、墓石を立てているうちに、四十九日が過ぎてしまう。キャスターは短期の手伝いで、近々一旦帰宅する予定である。今のうちに、葬儀や墓の手配をしておきたいと。 

 

 妙齢の美女が困り果てた様子で頼めば、顧問弁護士は首を縦に振り、柳洞寺の住職夫妻も身を乗り出した。実際、相談に乗ってくれる普通の人々がキャスターには必要だった。

 

 荼毘に付した遺骨(蟲の外殻?)は、見えないところへやってしまいたいし、肩書を装うなら、慎二や桜、身を寄せている凛のことも放ってはおけない。身を寄せるなら快適な場所がいいし、安楽で平穏な未来のためには、周囲の評判は上々であるほどよい。

 

 そのためには、寺の人々の記憶を挿げ替えておく必要があった。ついでに、作りかけの神殿に手を入れておこう。

 

 アーチャーは複数の拠点、複数の手段を用意し、リスクの分散化を図ろうとしていた。誰かは生き延びて、英雄王を斃せるように。あるいは長期の防衛が可能となるように。

 

 籠城戦を前提とするキャスター以上の適役がいるであろうか。王女メディアは願いのために戦い抜いた女性だ。彼女の望みに凛たちが寄与し、言峰主従が反するならば、きっと前者に味方する。ヤン・ウェンリーの反省からの防衛策だった。

 

 同時に、言峰たちの椅子を奪う。聖杯降臨に必要なものは三つ。聖杯の器とサーヴァントの魂、そして霊地。その二つまでを押さえたなら、敵がどう動くかは明らかだ。

 

「まったく、ろくでもない」

 

 アーチャーは自嘲した。あれだけ人を殺して、きっと自分は地獄に落ちるだろうと思っていた。死んでからまで、戦い、陰謀を巡らすだなんて、地獄で償ったほうがましかもしれない。

 

「でも、英雄王を倒したって、根本的な解決にはならないんだよなぁ。

 『この世すべての悪』をどうにかしないと……」

 

 慎二たちが出掛けてから、アーチャーは衛宮家に赴き、イリヤと話し合いをした。バーサーカーの宝具のこと。これから相手が取り得る手段と、その対処法。話し合いは長引き、日付が変わっていた。

 

 イリヤが欠伸を漏らしたのを契機に、アーチャーは辞去することにした。外に出て、霊体化する前に伸びを一つ。

 

 ふと夜空を見上げて気付く。夜は暗いものだが、今日はなおのこと暗い。

 

「あ、そうか。月がまだ出ていないんだ……」

 

 ランサーと最初に対峙した夜から、二週間近くが経っている。月の出は遅くなり、星座も位置を変えていた。瞬く星は、大気の仕業だ。アーチャーが行き来した、瞬かない星の海とは違う。

 

 その時だった。鋼の打ち合う音が微かに聞こえてきた。夜空を見上げる、宇宙と同じ色の瞳が大きさを増す。形のない思惟が立ち上り、少しずつ形を成していく。

槌音と共に刃が鍛えられていくように。

 

 アーチャーは音のする方に振り返った。白壁の土蔵は、衛宮士郎の魔術工房。

 

「……世界の内側と、外側」

 

 サーヴァントは大聖杯の寄るべに従い、世界の外側から内側へと降り立つ。死して聖杯の器に集い、七騎の魂魄によって小聖杯が顕現する。そして、根源への道を開く。 

 

 アーチャーは霊体化することも忘れ、刃鳴りに耳を傾けていた。魔法に最も近い、魔術使い達の鍛錬を。


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