Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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80:望みのかたち

 現代戦に精通し、鷹の目を持つエミヤシロウにとって、CDDカメラの受信機を探すのは難しくはなかった。アーチャーの推測どおり、街灯のてっぺんに取り付けられていたのだ。

 

 普通の人間にとっては死角であり、簡単に登れる場所ではないが、代行者やサーヴァントの身体能力をもってすれば容易い。

 

「そう言えばあのアーチャー、前回の初戦では街灯の上に現れましたから……」

 

 学校の帰路、間桐邸に立ち寄ったセイバーは、さもありなんと言わんばかりだった。

 

「それ、バカとなんとかは高い場所が好きっていうのでしょ?」 

 

「……イリヤ、伏せるのは煙の方じゃないぞ」

 

 士郎は乾いた笑いを浮かべた。戦いの準備の重要性は、アーチャーから嫌というほど学んだ。資金に機材、人的資源の配置と活用。言峰陣営はセオリーを実行しているわけだが、あの二人が高所作業をしているかと思うと……。

 

「世界最古の王様と、教会の神父がやることじゃないよなあ」

 

 ぼやく士郎に、アーチャーは言ったものだ。

 

「まあ、戦争っていうのは、時に滑稽になるものなんだよ」

 

 アーチャーの世界は、光を超えた速度で通信できる一方、通信妨害技術も現代の比ではないという。数万キロ先でも観測できる宇宙より、地形や気候に左右される地上数キロが厄介なことになるそうだ。

 

 最先端の通信機器も用をなさない場合、原始的な手段に頼るしかない。千六百年先でも、人間の伝令や、伝書鳩や軍用犬が使われているのだとか。

 

「つまり、彼らとさほどに違いはないのさ」

 

 だから相手の手の内を読めたというわけだ。

 

「これは、特に凛をターゲットにした準備のような気がするなあ。

 君の師なら、機械音痴は知っているだろうからね」

 

「うー……」

 

 凛は膨れっ面になったが、反論もできなかった。五属性所有という天賦の才に加えて、ミス・パーフェクトの猫をかぶりとおす頭脳と努力。魔術に関しては、手ほどきした言峰をとうに追い越したと自負している。使い魔だって、宝石魔術でもっと完璧なものを作れる。

 

 だが言峰に、凛と魔術で真っ向勝負する義理はないわけだ。

 

「凛が希望どおりにセイバーを引いていたら、確かに優勝候補だったろうからね。

 君を見張って、漁夫の利を狙ったほうが手っ取り早い」

 

「……ごめん」

 

 思えば、彼がアーチャーだったことに不満をぶつけたものだ。

 

「いや、別にそれはもういいよ。

 彼らの手口を推測するに、成功体験に拠って立つ比重が大きい。

 経験は貴重なものだが、それに固執するのは失敗の元だ」

 

 魔術師は現代技術に背を向ける。生粋の魔術師と呼ばれた父、時臣の教えを踏襲する凛は、特にその傾向が強い。そして、高名で強い英霊ほど、遠い過去の存在だ。いかに聖杯の加護があっても、現代の機器を完璧に理解するのは難しい。そうした弱点を衝く策だったはずだ。あるいは、衛宮切嗣に倣ったのかもしれないが。

 

「君がいてくれてよかったよ」

 

 ヤンの感謝の言葉と裏腹に、エミヤの表情は冴えない。

 

「しかし、たしかに見つけたが、あれは無線でデータを転送するタイプだった」

 

 場所は、幹線道路と冬木市街を通る主要道路の交点。やはり、電波の有効範囲は数百メートル。まずいことに、周囲に新興の住宅街が広がっていて、深山町よりもマンションやアパートの比率が高い。百戸以上が隠れ家の候補になりそうだった。

 

 ヤンは頬杖をつくと、逆の手で髪をかき回した。

 

「木を隠すには、か。やはり、敵さんも考えているなあ」

 

「どうするのよ!」

 

 声を荒らげた凛に、のんびりとした答えが返ってきた。

 

「うーん、手近なところから調べてみようかな」

 

「手近なところ!?」

 

「そう。凛、君のお父さんの財産目録と土地の権利書なんかを一式持っておいで」

 

 思いもかけない品名を並べ立てられて、凛は面食らった。

 

「なんでそんな物を……、警察と同じことを言ってるじゃない」 

 

「この範囲内に遠坂家所有の不動産がないだろうか。

 過去に所有していたものを含めて」

 

 ヤン・ウェンリーは、十六歳になるやならずで、事故死した父の負債の清算を行なった経験がある。そして、捕虜収容所の汚職の解明に立ち会ったこともあった。

 

「遺産の管財人なら、空き家にさせておくこともできないかな。

 ダミーを立てて買うという方法もあるがね」

 

「警察が聞いていたのはそういうことなのね!」

 

 事情聴取のあとで、色々な書類の提出を求められていた。

 

「うん。でも、彼らは英雄王という共犯者を知らない。受信機の存在もね。

 他にも厄介な事件を抱えているし、遠坂家の不動産を全部調べるには時間もかかる」

 

 凛は長い睫毛を瞬いた。

 

「厄介な事件?」

 

「児童集団監禁以外に三つもあるじゃないか。一家殺人に集団昏倒に連続通り魔」

 

 美しき二人のサーヴァントが身を縮めた。口ごもりながら謝罪し、頭を下げる。アーチャーは軽く両手を挙げた。

 

「いや、謝罪すべきは被害者にですが、我々は幽霊ですからね。

 自首するわけにもいきませんし、謝罪されても相手は困惑するでしょう。

 おまけに、厄介事を処理する監視役がいなくなったわけですから、

 警察もあちらの捜査を続けざるを得ない」

 

 いなくなったというか、アーチャーが排除した。監禁された子どもが、英雄王の魔力の源だと聞かされれば、人倫的、戦術的に最優先で潰すのは当然だ。

 

 だが、その結果、隠蔽工作がおざなりになり、警察が言峰の事件に注ぐべきリソースが削がれている。痛し痒しであった。

 

「この国の警察はかなり有能ですから、

 言峰神父だけなら早晩発見できるとは思いますよ」

 

「だけ、ではないですからね」

 

 ライダーが眉根を寄せた。

 

「今日も使い魔を見かけました。幸い、妨害はありませんでしたが……」

 

 アーチャーは頬杖を突き、テーブルの地図に目を落とした。

 

「それはそれでありがたいんですが、

 ここまでで行った術が、彼らの打撃になっていない可能性があります」

 

「私がしたことは無駄だったのでしょうか?」

 

 消沈したライダーに、穏やかな声が掛けられた。

 

「いいえ、逆です。捜索範囲が絞り込めているということですから。 

 むしろ、これから一層危険になるでしょう。

 だが、警察ではサーヴァントに対抗できません。

 英雄王だけは、我々がどうにかしなくてはいけない。

 聖杯戦争が終わった後に、マスターたち、いや冬木の街に危機が訪れる。

 それを防ぎ、謝罪に替えませんか?」

 

 ライダーのみならず、キャスターも表情を引きしめ、色合いの似た髪を上下動させた。マスター想いの彼女たちに、アーチャーは司法取引の機会を与えたのである。電波の届く範囲内の、過去も含めた遠坂家の不動産。手分けをして書面を調査すれば、それほど時間はかからなかった。

 

「アパート一棟と一戸建てが三軒か」

 

 ここにいればよし、いなくても候補はぐっと減る。百戸のうち、このアパートが三分の一弱を占めているのからだ。本来は地道な捜索が必要であり、多くの時間と人数を費やすものだった。

 

「その点、聖杯戦争という知識のある我々は、あっさりとズルができるわけだ」

 

 アーチャーは候補地と霊脈の位置と照らし合わせ、アパートを除外した。これも戦争である以上、補給を重視するのは当然のことだ。孤児たちの監禁と虐待も、英雄王への補給だろう。霊地の教会というアドバンテージがあっても、それだけでは不十分だったのではないか。

 

 黒髪の従者の言葉に、黒髪の主人は考え込んだ。残る候補は三軒。

 

「たしかに一理あるわ。綺礼の魔術の腕は、まあ普通ってぐらいなのよ。

 魔力の量もね」

 

 へっぽこ魔術使いの士郎と、魔術師未満の桜は顔を見合わせた。

 

「そりゃ、遠坂を基準にしたら、なぁ……」

 

「そうですよ」

 

 凛は苦笑した。

 

「ちょっと言い方が悪かったわね。

 要するに、あんなに魔力を食いそうな金ぴかのマスターには不足なの。

 ちょっとでも霊脈が活発な場所を選ぶと思う」

 

 凛が指差したのは、深山町に近いほうの家だった。

 

「わたしならこっちにするわ。ここ、あいつが売り払った家なのよ」

 

 複数の情報を多角的に分析し、より高い可能性を求める。ヤン・ウェンリーの手法は、すっかり凛に沁み込んでいた。末恐ろしい。エミヤは、この世界の士郎にはじめて同情を覚えた。

 

「なるほど。だが、凛の裏を掻くかもしれないよ」

 

「あの」

 

 桜がおずおずと携帯電話を差し出した。

 

「こっちの一軒は、わたしの同級生の家なんです。

 昨日、メールをくれました。これです」

 

 アーチャーは小首を傾げ、口にしたのは物騒な内容だった。

 

「こういうのはなりすましが不可能じゃないからなあ。凛はどう思う?」

 

 友人の桜ではなく、弟子の凛に聞くのは、最悪を想定しているからだと桜は悟った。桜の顔色がさっと青褪めたので、凛はアーチャーを睨みつけてから、妹に優しい口調で頼んだ。

 

「ごめんね、桜。こいつ、超悲観的なヤツなのよ。

 一応、メールを見せてくれる?」

 

 いかにも女子高生らしい、絵文字に顔文字を多用した文面だった。凛には不可解かつ不可能な高等技術のオンパレードだが、それはひとまずおいておこう。

 

 最初に悔やみの言葉が、次に学校のことなどが、流行りの略語混じりに綴られている。凛は引き攣った笑いで請け負った。

 

「う……大丈夫。絶対に綺礼には無理だから」

 

「この子の家、そのアパートのそばなんです。

 そんなに綺麗な男の人を見かけたら、絶対に大騒ぎすると思います。

 この前も、遠坂先輩がイケメンな彼氏と歩いてるって、とっても興奮してて……」

 

 ランサーがにやりと笑うと顎を撫でた。

 

「お、嬢ちゃんも隅に置けねえなあ」

 

「ああ、間違いよ、間違い。アーチャーのことだもの。

 ――ところで、その子だったのね」

 

 アーチャーを彼氏と間違えて、それを言い触らしやがったのは。凛は完璧な笑みを浮かべた。英雄王にも負けない威圧感を漂わせながら、あくまでにこやかに妹と弟子を問い質す。

 

「ねえ、誰かしら? 弓道部の子でしょ。

 士郎に聞けば安否がわかるんじゃないかしら」

 

 友人の現在より、未来が心配になる桜だった。

 

「え、ええと」

 

 同じ危機感を抱いた士郎が、間髪を入れずに答えた。

 

「だ、大丈夫だ! ちゃんと部活に出てきたし!」

 

 脱線しつつある状況に、アーチャーは咳払いをした。

 

「私がイケメンとは光栄な話だが、その子の目は信用できるのかい?」

 

 桜は頷いた。

 

「はい。視力が2.0もあるんですよ」

 

「いや、そういう問題じゃなくね……」

 

 確かめたいのは審美眼のほうだが、桜の天然な返答にそれ以上の追及を諦めた。一応の傍証として採用してもよかろう。自分でも彼女の琴線に触れるなら、英雄王の美貌なら、さぞや大きな音を立てるだろうから。

 

「あとですね、こっちのお家はお菓子屋さんなんです」

 

 凛が目を丸くした。

 

「え、こんなところにお菓子屋さん? 住宅街じゃないの?」

 

「ちょっと、隠れ家みたいな感じなんですよ。

 焼き菓子が美味しいんですけど、喫茶室も素敵なんです。

 一段落したらまた行こうねって、このメールで」

 

 つまり、昨日の時点では、店も平常どおり営業しているということだ。黒い瞳が瞬き、ややあってからアーチャーは口を開いた。

 

「ありがとう桜君。とても貴重な生きた情報だよ。

 では、ここを最重要候補として考えよう。

 ライダー、この霊脈に施術してください」

 

「いいのかよ? 敵の本拠地候補のそばで、周りは家だらけだぜ」

 

「私は反対です。

 術が終わる前に、英雄王が出てくるかも知れません。

 私たちが守るにも、街中では限界があります」

 

「そうなんだよな。あの野郎、普通の服でも宝具を使えるようだが、

 俺たちはそうはいかんだろうが」

 

「私ならその点は大丈夫だ。私がバックアップすればよかろうよ」

 

「奴がいきなり現れたらどうすんだ。ちんたら呪文を唱えられるのか?」

 

「あの男は、格下を甘く見る悪癖があります。

 洞窟の戦いは我々を見くびった隙につけ込みましたが、

 次はそうはいかないでしょう。アサシン、いえシロウが互角だからです」

 

 セイバーとランサーが口々に反対意見を述べた。二騎士たちは、エミヤの宝具の弱点に気づいていた。

 

 キャスターの令呪で転移してからも、呪文に二節を要した。固有結界という大魔術は発動に時間がかかる。即時性に優れた、投影魔術による刀剣の射出もできるとのエミヤの弁だが、ランサーが叩き落とした十七本ぐらいが限界だろう。それでは数の優位が確保できない。

 

 数に絶対の一で対抗できるのは、剣と槍の騎士だけなのだ。

 

「シロウの魔術で対抗できたとしても、

 街中で英雄王を相手にしたら、どれほど被害が出るでしょうか。

 私の剣もそうですが、ライダーの宝具は一層使いにくくはありませんか?」

 

 紫水晶の髪が遠慮がちに頷く。アーチャーはひらひらと手を振った。 

 

「ああ、別に戦って勝つ必要はありません。

 あちらさんが出てきてくれるのかも不明ですしね。

 だが、出てきたくなる、いや、隠れていられないように仕向ける必要はある。

 いくつか、準備するものがありますが」

 

 アーチャーは桜に顔を向けた。 

 

「ところで桜君、その菓子屋は何時までやってるのかな?」

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 桜は自室に戻ると、財布を持ってきた。中から取り出したのは、菓子屋のポイントカードだ。

 

「……今日はちょうど定休日ですね。夜は七時までです」

 

 アーチャーは肩を竦めた。 

 

「なるほどね。都合がいいんだか、悪いんだか。

 では、今夜は準備と休息に充てるとしましょうか。

 明日の午前中に必要な買い物を済ませ、昼食後にこの反対側を施術。

 こちらの霊脈の施術は、夕方六時過ぎに決行します」

 

 夕飯のメニューを決めるような、あっさりとした口調だった。 

 

「で、イリヤ君とエミヤ君にお願いしたいものがあるんだよ。

 それはね……」

 

 アーチャーが要求したのは、本物と偽物。意外な取り合わせに色とりどりの瞳が丸くなった。そして、次の言葉で一同の頭上を大量の疑問符が旋回した。

 

「で、明日の午後、ライダーとキャスターは、

 桜君おすすめのお菓子屋さんで、お茶をしてもらいましょう。

 時間が来たら、作戦決行ということで」

 

「え、ええと、私とキャスターで、ですか?」

 

 戸惑うライダーに、ヤンはおっとりと微笑んだ。

 

「私の時代の格言に『美は力なり、可愛いは正義』というのがありましてね。

 あなたがたお二人はその点において、英雄王に勝ります」

 

 突拍子もないことを言い出すアーチャーに、凛は呆気に取られた。

 

「それには同意するけど、あいつも物凄い美形じゃないの?」

 

「男女で腕力が異なるように、美の力も異なるのさ。

 世間は、美男子よりも美女に味方をする」

 

*****

 かくして翌日、偽りの従姉妹たちは、優雅な喫茶室でティータイムと相成った。

 

「説明をされれば、なるほどと思わされるのだけれどね……」

 

「大人しそうで、とても優しい人ですよね。……普段は」

 

「ええ、普段はね。戦いとなったら、あんなに敵に回したくない男はいないわ」

 

 彼女たちは母国語でぼやきあっていた。

 

「よくもまあ、こんな手を思いつくこと」

 

「オデュッセウスも顔負けでは?」

 

 ライダーは、知恵者と名高いギリシャの英雄の名を挙げた。キャスターは苦笑した。

 

「それこそ、その名の船に乗っていたそうよ。ユリシーズだったかしら。

 オデュッセウスはちゃんと奥方の元に帰ったのにね。

 ……同じ船乗りなのに、どうしてこうも違ったのかしら」

 

 かつての夫を思い返し、彼女は上品に口元を抑えて嘆息した。

 

「悔しいですが、アテナの加護があったからでは?

 アフロディーテに負けた仇を取ってもらったようなものですし」

 

「ああ、私の夫に加護を与えていたのは、……そのアフロディーテだったわ。

 美も愛も移ろいやすいものなのよね……」

 

 自らの言葉でダメージを受け、双方の面持ちが暗くなった。キャスターが首を振る。

 

「……やめましょう、こんな昔の話は」

 

「……ですね」

 

 注文の品が運ばれてきたので、二人の美女はそちらに集中することにした。どちらも桜おすすめの一品だ。キャスターが頼んだのは、ドライフルーツたっぷりのパウンドケーキとミルクティー、ライダーはベイクドチーズケーキとレモンティー。

 

「とても美味しいわね。でも、見てごらんなさい。

 私たちが食べていた物が今も変わっていないわ」

 

「本当に。ずっと美味しくなっていますけれど」

 

 パウンドケーキには、干しいちじくに干しぶどう、胡桃がぎっしりと入れられ、シナモンと蜂蜜の風味が調和している。チーズは最古の加工食品の一つで、ライダーたちの食卓にもあった。こんなに濃厚な甘味は、一国の王女でも味わうのが難しいことだったが。レモンの薄切りは、ライダーが知る物よりも色も香りも濃い。

 

 二人は美味に顔を綻ばせた。あまりの麗しさに、店内の人々の視線は釘付けである。

 

「セイバーとランサーが虜になるはずね」

 

「あちらの地は、私たちの国よりもずっと寒かったそうですからね」

 

 古代地中海地方出身の彼女たちのほうが、古代ケルトや中世ブリテン出身者よりも、ずっと都会的な文明人である。特に食生活の面で。

 

「こんなに豊かな世界で、戦うのは馬鹿らしくなってきたわ。

 私が勝つには、英雄王を下して、あの男も出し抜かなくてはならないのよ」

 

「……それは、不可能と同義ではないでしょうか?」

 

「貴女もそう思う? それで手に入るのは欠陥品。

 どう考えてもわりに合わないでしょう。

 御三家を後ろ盾にして、サーヴァントのまま現界したほうがましよ。貴女は?」

 

 ライダーは、カップをソーサーに戻して答えた。

 

「私は、サクラが幸せになってくれるのが望みです。

 ……ついでにシンジも。リンやシロウたちもです。

 サクラは優しい子ですから、周囲が不幸では、きっと幸せになれないでしょう」

 

「私にも幸せにしてあげたい人がいるの。

 そして、私も幸せになりたいわ。

 悪名を轟かせる英雄としての生はもう充分よ。

 静かに、平凡に暮らしたいの。あの人と」

 

 美味しいお茶とお菓子、共通の話題があれば女同士のお喋りは弾むものだ。三時間近くも席を占拠したが、お代わりを頼み、ライダーはお土産だとクッキーを沢山買い込んだからよしとしてもらおう。

 

 そして、決行の時間を迎えた。旅装に手荷物、菓子の紙袋をぶら下げて、ライダーは目的地へと歩を進める。アーチャーが提示した場所は、あの家に繋がる霊脈の上、住宅街のバス停のそばにある。一時間に三本のバスが出発したばかりで、路上に人の姿はない。

 

 ライダーはベンチに荷物を置くと、簡単な人払いの術を施した。路上に屈み、手早く呪刻を刻む。有効範囲は約五メートル。数分で完了するはずだ。

 

 彼女の視線の先に、人影が落ちた。弾かれたように顔を上げる。夕闇になおも輝く黄金の髪、落日の色の瞳。

 

「まずは、蛇、貴様からだ」

 

 しなやかな長身の背後には、曲がりくねった鎌のような刃が顔を覗かせていた。


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