Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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79 女神の名の下に

 サーヴァントたちの活動を、彼らは冷笑交じりに眺めていた。六騎がかりで令呪を三つ費やした挙句、勝つこともできぬ烏合の衆だ。烏を指揮した道化師は、間を置かず蛇使いを始めた。

 

 騎乗兵のサーヴァントを、自転車で移動させている。彼女の姿を使い魔で捉えた言峰は、失笑を禁じえなかった。

 

「神代の神秘もなにもあったものではないな。

 さしずめ、あのアーチャーの仕業だろう」

 

 ギリシャ神話で最も高名な女妖に、現代の衣服と道具を与え、人間のように振舞わせる。衛宮切嗣によく似た手法だ。使うのは武器ではなく、ありふれた日用品だが、それは第五次陣営の限界を示すものでもあった。

 

「マスターらが高校生では、他に選択肢もないか」

 

 アインツベルンからの潤沢な資金で、複数の拠点や銃器、移動手段に助手まで用意できた衛宮切嗣のようにはいかない。バイクや自動車ではなく、自転車なのはそういうことだろう。

 

 しかし、子ども達の無力を見くびっていられたのは短い間のことだった。ライダーの行動に疑問を抱いた言峰が、使い魔で追跡したが失敗に終わった。すぐに気付いたライダーは、わずかに眼鏡の位置を直すだけで、使い魔を石にしてしまったからだ。

 

 自転車は、運転者が外気に身を晒しているので、ずっと視界が広い。バイクや自動車と違い、エンジンがないので周囲の音にも鋭敏だ。とんでもない速度の自転車に追随するには、使い魔は終始飛び続けねばならず、虫も鳥も少ない冬に、ずっと追ってくる使い魔は見破られてしまうというわけだ。

 

 どうしてどうして、貧者の苦し紛れではなく、思いのほか洗練された作戦行動ではないか。使い捨ての使い魔では、尾行に限界が生じる。より高性能で、隠密性に優れる使い魔は、アインツベルンの城の二の舞になるであろう。

 

 今回のキャスターは、恐ろしく有能な正統派だった。聖杯戦争のシステムを解析し、サーヴァントがサーヴァントを従える反則をやってのけている。あの女が、令呪の発動を探知したに違いない。

 

 キャスターの探索能力によって、彼らは迷わずアインツベルンの城に攻め寄せてきた。自軍には被害を出さず、城のインフラのみを破壊して、長期間の居住を不可能にした。そして、大聖杯への速攻。堅守しての勢力固めから一転し、鮮やかな波状攻勢だ。

 

 六騎と戦い、退けはしたが、言峰には決して楽観できなくなった。思い返してみれば、あの夜の連戦で、彼ら主従は一度たりとも勝ってはいない。

 

 最弱のアーチャーにおびき寄せられ、隠れ家を暴かれ、大聖杯への侵入を許した。大聖杯の毒で相手サーヴァントは精彩を欠き、ギルガメッシュは初手から王の財宝を使った。なのに、勝ちきれなかったのである。

 

 指揮をしていたアーチャーは、勝利よりも生存を優先し、それに皆が自然に従っていた。他のマスターは思い切りよく令呪を費消したが、セイバーは真の強さを取り戻し、アサシンは王の財宝と互角の勝負を見せ、バーサーカーは仲間を護って逃げおおせた。どれも単独では不可能だったろう。それがアーチャーの力だ。

 

 サイクリングするライダーの背後に、黒髪の下から出された思惑があるのは確実だ。それが言峰を考え込ませる。苦し紛れの陽動か、あてずっぽうの索敵かもしれない。そうではないかもしれない。

 

 前者ならば、過剰な反応は逆効果だし、後者ならば一層慎重に身を処すべきだ。

 

 結局のところ、凛たちの勝利の方程式はただ一つ。サーヴァントが現界している間に、英雄王を斃す以外にはない。多少の誤差はあろうが、期限は一週間弱。すでに二回失敗し、あの場で使われた令呪は三つ。実のところ、第五次陣営の方が後がないのである。

 

「さて、どうする、ギルガメッシュ。次を待つか?」

 

 その頃には言峰の寿命も尽きているだろう。聖杯によって受肉したギルガメッシュが、言峰と生死を共にするのか否かは不明だ。まあ、試すわけにはいかない。

 

「どんな魔術師も、貴様との契約は拒むまい。御三家の娘たち以外はな。

 今回のサーヴァントどもが消えれば、例外を除くのは容易いことだろう」

 

「綺礼よ、我を見くびるでない。

 サーヴァントもマスターも、悉く斃せばいいだけのことだ」

 

 豪語するギルガメッシュに、言峰は頷いた。 

 

「ふむ。だが、アインツベルンの小娘は殺すなよ。

 母同様、あれが今回の聖杯の器だろうからな。

 そうとなれば、バーサーカーが厄介か」

 

 図抜けた力を漂わせる鉛色の巨人は、さぞや名のある英雄に違いない。前回のアインツベルンは、アーサー王を召喚し、それでも勝利を掴めなかった。必勝を期すならば、彼女以上の存在を選ぶだろう。

 

 アーサー王よりも古く、知名度も高く、抜群の武勇と神秘を誇る者。そして、狂戦士となる素質を持つ、人を超えた巨体の持ち主。そのすべてを満たす英雄は、さほどに多くはなかった。正体はヘラクレスと見てよかろう。

 

「アインツベルンの横紙破りも、こうなると感心するしかない。

 あれはオリンポス十二神の一柱だろう」

 

 ヘラクレスは生まれながらに半分は神だった。生前の功績により、死してから神の座に迎えられた。ゼウスの娘を娶り、オリンポスの主要な神となっている。

 

 神の血を三分の二引く黄金の美青年は鼻を鳴らした。彼は、神の試練に唯々諾々と従ったりはしなかった。神の理不尽に武を以って対した彼からすると、ヘラクレスは神の飼い犬も同然だ。

 

「だからこそ、あえて狂化させたのだろうよ。

 神とは完璧なもの、狂ったあれは不完全。不完全だから人間というわけだ」

 

「そして、人間だからサーヴァントにできる、か。

 ずいぶんと幼稚な三段論法だ」

 

 言峰は分厚い肩を竦めた。

 

「聖杯が穢れた原因に、まったく懲りていないのか?

 もっとも、そうでなければ千年も失った魔法を追い続けられんだろうが」

 

 ギルガメッシュの脳裏に、黒髪の青年の言葉がよぎった。一度は手にして蛇に盗まれた、永遠の若さをもたらす秘薬。それは、アインツベルンの悲願の魔法と酷似している。彼の宝物庫から盗まれ、人界において変容したのかもしれないと。召喚の目的を果たすなら、アインツベルンの願いを叶えることになるのか。

 

「……不老不死など馬鹿げたことだ。

 愚か者どもが、知恵なき野獣を呼んだに過ぎぬ。

 獣は鎖に繋ぐまでだ」

 

 ギルガメッシュはそうして、女神の遣わした牡牛を屠った。英霊の劣化品ごとき、どうして恐れる必要があろうか。たとえ、彼と肩を並べた友がいなくとも。

 

 ――あなたが地の果て、海の底まで追い求め、一度は手にし、失ったものではないのですか? ――

 

 どこかから、穏やかな声が聞こえた気がした。ここにいるのは彼らだけだったが。

 

 あれを手に入れんと欲したのは、最も大切な者を喪ったからだ。神に翻した叛旗の代償は、唯一無二の友の命だった。冥界まで追っても連れ戻すことは叶わず、彼は自らの死を恐れるようになった。

 

 世界中を旅して手に入れた不死の薬は蛇に食われ、彼は悟った。

 

 人の命の儚さを。死の不可逆性を。人が唯一であることを。

 

 だが、アインツベルンの『魔法』は、死さえも覆すものなのだろうか? 彼の蔵にはない『聖杯』。遠坂時臣の召喚に応じたのは、聖杯を取り戻すためだった。十年の歳月で、いや、生前の半生で薄れかけていた、不死への執着。 

 

 アーチャーの問いは、ギルガメッシュの心を微かに揺らしていた。それが、ライダーの霊脈枯渇の施術の効果であることを彼らはまだ知らない。干上がった池に細波は立たぬ。彼の心は人間性を取り戻しつつあった。

 

***

 

 アサシンことエミヤシロウ=シェロ・アインツベルンの日常は多忙である。家主の士郎よりも早起きをして、過去の自分を歯軋りさせるほどの朝食と弁当を準備し、掃除洗濯を済ませ、霊体化してライダーのサイクリングに同行する。周囲に鷹の目を向けながら、悲鳴を上げる自転車も強化してやらねばならぬ。 増えた施術を終えて間桐家に帰着すると、指揮官に報告だ。もちろん、紅茶付きで。

 

「こんなに聖杯戦争は過酷だっただろうか……」

 

 湯が沸くのを待ちながら、鋼の色を鈍らせたエミヤは独語した。自分殺しのチャンスだとばかりに、召喚に飛びついた本体をぶん殴ってやりたい。武器による戦いは少ないが、自らの過去の『もしも』が無限の剣製のごとく突き刺さる。

 

 イリヤの父への怒りを解こうと努めたら、慎二の非道の裏側を推し量っていたら。彼はセイバーを愛したが、彼女のことを理解しようとしただろうか。人々から魔力を搾取したキャスターも、心ないマスターの虐待や陵辱に反撃し、必死に幸せを掴もうとしていた。

 

 知らずにいたから戦えたのかもしれない。知っていたら、戦わずに済む方法を模索しただろうか。自問したエミヤは、自嘲の笑みを浮かべた。

 

「……いや、それ以前の問題か。敵を理解しようとも思わなかった」

 

 だが、理解しても、争いはなくならないのだろう。溜息を吐きながら、彼はふりむきざまに、茶菓子を掠め取ろうとした不届き者の手を叩いた。

 

「いて!」

 

「つまみ食いとは情けない。準備ができるまで待てんのかね」

 

 だが、ランサーにはランサーの言い分がある。

 

「そこまで待ってたら、敵が大勢になるじゃねえか」

 

「充分な数を用意してあるが」

 

「じゃあ、なんでいっつも最後が奪い合いになるんだよ。

 で、だいたい、俺の口には入らないじゃねえか!」

 

「それは君がジャンケンに弱いからだ」

 

 これだ。争いは減るかもしれないが、ゼロにはならないのだろう。たぶん。

 

「まあ、それは善処しよう。大皿に盛ると、一番の魔力不足が遠慮するからな」

 

「……アーチャーか」

 

 ランサーとの一戦の後は、実体化できなくなるほど消耗していたが、今の状態もあまりよくない。ライダーやエミヤに施術を任せ、間桐家でごろごろしながら文献を読んでいるのはそのせいだ。忌引中の間桐兄妹は、彼の助手を務めている。二人は、キャスターの弟子にもなった。彼女の魔術には薬学も含まれている。

 

「せっかく、赤毛の坊やがライダーの血を採ってくれたのだから、

 有効に使わないとね。

 貴方たち、父親に治ってほしくはないの?

 完璧には無理だけれど、そうね、書きものができるぐらいには」

 

 要するに、各種書類に署名捺印ができる程度には。兄も妹も頷いた。期待できない父だが、死んでしまうより、生きて責任を果たしてもらいたい。

 

 なお、桜はキャスターの家事の師になった。立派な等価交換である。お姫様がお嫁さんになるには、魔術以上に修行が大変そうだった。

 

 士郎と凛は高校に通っている。相変わらずセイバーが監視役を務め、夕方はイリヤが迎えに来る。もちろん、バーサーカーも一緒だ。

 

 ランサーは遊撃を担当し、街で情報収集にあたったり、学校周辺を監視している。

 

「あいつらもあれからダンマリを決め込んでやがる。

 俺たちと違って、猶予があるからな」

 

 エミヤは頷いた。

 

「そうだ。それを利用して、ぎりぎりまで時間を稼ぎたいところだな。

 アーチャー主従もそうだが、セイバーもバーサーカーも、

 我々のマスターも魔力が乏しくなっているのは同じだ」

 

 そうこうしているうちに、ケトルが口笛を吹く。蓋を開け、泡の状態を見切って、温めて茶葉を入れたティーポットに勢い良く注ぐ。ポットの蓋を閉じ、注ぐまでの時間を計算しながらランサーに指示を出す。

 

「茶菓子を取り分けるから、先にこちらを運んでくれ」

 

「へえへえ」

 

 そして、お茶会を兼ねた報告と、作戦会議が開かれるのだった。

 

「使い魔を見かけました」

 

 口火を切ったのはライダーだった。

 

「少々可哀想ですが、石にしてしまいました。これです」

 

 テーブルに置かれたのは、非常にリアルな烏の石像だった。いや、石と化した本物の烏だ。

 

「こ、こんなの持ってくるなよ!」

 

 身を引く慎二。口を押さえた桜には言葉もない。

 

「いや、私がそうするように言ったんだ」

 

 とりなしたのは同行したエミヤだった。

 

「こんな石像が転がっていたら目立つからな」

 

「……だねえ」

 

 アーチャーは、烏をつついてみた。硬い。完全に石になっている。

 

「なにか、痕跡を辿れないかと思いまして」

 

 ライダーはキャスターに眼鏡越しに視線を向けたが、キャスターは両手を上げた。

 

「さすがに無理よ。神秘はより強い神秘で上書きされるから。

 視界共有型の使い魔では、術者も無事では済まないと思うのだけれど。

 都合よく、石になってくれないかしらね」

 

 エミヤは首を振った。

 

「伊達に前回のアサシンのマスターではないな。残念ながら、そう甘くはないようだ」

 

 次にテーブルに置かれたのは、小型のCDDカメラだった。

 

「烏の足に付いていた。魔術師に対しては有効な方法だ。

 アインツベルンの森で、ペガサスを出した以上、

 ライダーの正体は知られているからな。当然、対策も練るだろうよ」

 

 イリヤにカメラマンを仰せつかったことのあるランサーが、顎をさすった。

 

「なあ、こいつもカメラなんだろ? 写したものを見られるんじゃねえか?」

 

 慎二は眉間に皺を寄せると、カメラをつまみ上げた。

 

「どうかな? 

 こういうカメラって、撮った画像を本体に送信するタイプだろ。

 本体がなきゃダメなんじゃないかな」

 

 ランサーは髪をかきむしって嘆息した。

 

「やっぱり、そううまくはいかねえなあ」

 

 一方、エミヤは鋼色を鋭くした。

 

「だから私も望み薄だと思っていたが、慎二、もう一度見せてくれ」

 

「ああ、ほら」

 

 褐色の手に落とされたカメラに、エミヤは解析の魔術をかけた。メーカーや機種の文字が削り落とされていても、彼の魔術なら機能を知ることができる。

 

「……軍用品ではないな。受送信の有効範囲は、ふむ、数百メートルか」

 

「たったそれっぽっちか。大して役に立たたんように思えるがな」

 

 そう言うランサーに、エミヤとアーチャーが同時に首を振った。

 

「いや、大いに役立つぞ。機械の利点は、簡単に数を揃えられることだ」

 

「そういうことだよ。受信機を複数用意すればいい」

 

 ヤンは、書き込みの増えた地図を広げた。

 

「ライダー、この烏を見かけたのはどこです?」

 

 ほっそりと美しい指が、地図の一点を指した。

 

「ここから、数百メートルの範囲内か……」

 

 アーチャーは地図を凝視した。言峰の資金能力は不明だが、今回の聖杯戦争がイレギュラーなのは、彼らにとっても同様だろう。第四次聖杯戦争並みの隠蔽工作が可能なら、もっと高性能なカメラを用意できそうなものだ。

 

 凛からの又聞きだが、ウェイバーの話では、自衛隊の戦闘機二機が海魔に撃墜されている。十年前の新聞にそんな大事件は掲載されていない。つまり、ロストした戦闘機の帳尻を合わせたということではなかろうか。

 

 アーチャーは開いた口が塞がらなかったものである。戦闘機二体、いくらすると思っているんだ!? それ以上に難しいのが、搭乗していたパイロットの死の糊塗だ。国家機関と、パイロットの関係者や遺族の口封じに、どれだけの金を積んだものやら。

 

 それに比べると、今回の隠蔽工作はどうにも小粒な感が否めない。

 

「まあ、前回からの予算不足に、足を引っ張られている可能性はあるでしょうね。

 それにランサー、言峰神父には面倒くさがりなところがありませんか?」

 

「なんだよ、急に」

 

「校舎の修理をあなたに押し付けたでしょう。

 あなたの横取りにしたって、能動的に動いた結果ではありませんしね」

 

「たしかに、俺のマスターが訪ねて行ったところを騙し討ちしたからだが」

 

 言いながらランサーは渋面になった。遊撃役にお鉢が回ってくると直感したのだ。

 

「で、その仇をこういう形で取れってか?

 探すったって、俺のルーンは機械にゃ反応しねえからなあ。

 手当たり次第に使うのも、ちょいと骨が折れるな」

 

「いや、面倒くさがりは、有用性の高い場所に仕掛けるものです。

 それも、できるだけ設置が簡単なところに」

 

 アーチャーの指が、数百メートル圏内にある幹線道路に向かう。

 

「この道路上の街灯が怪しいと思うんですよ」

 

 ライダーの行動は、この道を通ることが多い。受信機は、障害物が少ない場所の方が設置に適している。少々細工すれば、街灯の電気を拝借することもできないか。

 

「……ほう、ここを探すのか。で、潰すのか?」

 

「いえ、気づいていないふりをしましょう。

 受信機を探したうえで、ライダーの陽動を効果的に見せつけるんです」

 

 全員がアーチャーを凝視し、視線に串刺しされたほうは瞬きをした。

 

「……意味がわかんない」

 

 沈黙の天使の飛翔をぶった切ったのは慎二である。アーチャーは小首を傾げた。

 

「うーん、何と言えばいいのかな。

 ギルガメッシュ叙事詩になぞらえて、喧嘩を売るといったところか」

 

 アーチャーことヤン・ウェンリーは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「ギルガメッシュ王が入手した不死の薬を盗み食いしたのは蛇なんだけど、

 蛇は地母神イシュタルの化身なんだ。

 神話学的には、ライダーはイシュタルの末裔だからね。

 ギルガメッシュ王が挑発に乗ってくれるんじゃないかと思ってさ」

 

 桜が目を見開き、エプロンを握り締める。

 

「そんな、ライダーを囮にするなんて……」

 

「もちろん、我々で彼女をバックアップする。

 ただね、桜君。

 一番恐ろしいのは、時間切れで我々が消えた後、

 彼らが君たちを抹殺することだ。

 このまま、引きこもらせるわけにはいかないんだ」

 

 桜はアーチャーを再び見つめた。慎二や士郎とさして変わらぬ外見の、どこにでもいそうな青年を。その中には、冷静な学者と不屈の戦士が同居していた。

 

「我ながらひどい手段だと思う。

 だが、我々に残されている時間と手段はあまりに少ない。

 その中では、ギルガメッシュ王のプライドを逆撫でし、

 聖杯入手へ誘導するぐらいしか思いつかない」

 

「そ、そうですか……」

 

「今回の面々で、時代の古さで彼に勝てるサーヴァントはいないからね。

 だが、ライダーならば概念で優位に立てるかもしれない」

 

 首を傾げる桜にアーチャーは語った。

 

「バビロニア神話は周辺地域に拡散され、

 時代を経て、それぞれの地域の神話になっていくんだ。

 大地を支配し、金星に象徴される豊穣と美の女神。

 海や水と深い関わりを持ち、多くは蛇や龍、魚をトーテムに持っている。

 バビロニアのイシュタルが、アナトリア半島ではキュベレーとなり、

 ギリシャのアフロディーテになった。

 そのキュベレーが、ライダーと同根の女神だという説があるんだよ」

 

「だからですか」

 

 桜に頷いて見せると、アーチャーは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「一応、私もイシュタルに関わりがあるんだ」

 

「え?」

 

 バビロニアとギリシャの中間点、フェニキアではアスターテと呼ばれる。ヤン・ウェンリーの異称のひとつは、『アスターテの英雄』であった。




※一口メモ※
イシュタル≠アスターテ≠アフロディーテ。音もよく似ています。考えてみれば、近接し、古くから交易が盛んだった地中海~中東地方で、それぞれが全く無縁だというほうが不自然です。人間の考えなんて似たようなもので、前例に深く影響されますから。
メドゥーサの魔眼は、邪視からの魔除けとして、紀元前五世紀ころには広く地中海地方に広がりました。魔除けとしてメドゥーサの顔を屋根に飾った神殿もあります。
魔除けとしてメドゥーサの顔を飾る風習は、シルクロードを経て、中国から日本にも伝わっています。ずばり、『鬼瓦』のルーツです。日本で一番普遍的に取り入れられている英霊は、実はメドゥーサかも知れません。

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