Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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注:七夕記念閑話。時間軸は『ステップファーザー・パラドックス』の後になります。


番外編 ヤン先生の課外授業 1時限目:歴史と天文学

「今日が誕生日ということは、凛は水瓶座か。

 じゃあ、ヘラクレスと縁がないこともないなあ」

 

 アーチャーの言葉に、遠坂凛は一瞬首を傾げたが、すぐに頷いた。

 

「ああ、言われてみるとそうかも。

 よく考えるとガニュメデスって気の毒よね」

 

 衛宮士郎はしおしおと頭を垂れた。

 

「え、えーと、日本語でお願いします……」

 

「わたしは喋ってるわよ?」

 

「が、ガニュなんとかって、なんなのさ。聞いたこともないぞ、俺」

 

 凛は溜息を吐いた。士郎の無知と、そのへっぽこにセイバーを取られた自分の不甲斐なさに。 

 

「……あんたね、十二星座の神話はギリシャ神話でも有名どころよ。

 聖杯戦争を続ける気なら、せめてそのぐらいは知っておきなさい」

 

 士郎の眉が寄る。運動やガラクタいじりは得意だが、調べ物は苦手だ。

 

「む……。じゃあ、アーチャー、わかりやすく頼むよ……」

 

 指名を外されてむっとする凛に、アーチャーは苦笑してみせた。内心で語りかける。

 

『そりゃね、凛。

 君のような美人の同級生に、男はなかなか教えてくれとは言えないよ』

 

 アーチャーにも覚えのある感情だった。 

 

「では、ヘラクレスと、水瓶座との関係を説明しようかな。

 ヘラクレスが死後に神として祀られ、星になったと言う話はしただろう?」

 

 士郎の顔色が冴えなくなった。ギリシャ最高の英雄ヘラクレスの死因。浮気から夫を取り戻そうとした妻が、媚薬と騙されて猛毒をパンツに塗り、皮膚や肉、臓器(!)がベロンベロンに腐れ落ち、苦痛のあまりに焼身自殺したなんて聞きたくなかった。

 

 ものすごく、リアルに痛みが想像できて、いろんなものが縮み上がってくる。怖い、浮気の報い怖い!

 

 ヘラクレスは、大神ゼウスの浮気相手の息子だ。二重の意味で、ゼウスの妻、貞淑の女神ヘラに憎まれていたからでもある。

 

 ネメアの獅子退治に始まる十二の試練だって、ヘラの差し金だ。ヘラクレスに数々の難題を与えた従兄は、ヘラによって早産させられて王になった。難題を克服した偉業でもって、『ヘラの栄光(ヘラクレス)』というのだから、何をかいわんやである。

 

 だがまあ、神の一員に招かれれば、いつまでもそんなことを言ってはいられない。ヘラとゼウスの子である、戦いの神アレスや争いの女神エリスは、出来が良いとは言えなかった。神の世界にも閨閥は重要だ。ヘラクレスの結婚相手として、ヘラは切り札を投入する。

 

「神の一員になって、ヘラも怒りを解いたんだよ。

 娘の青春の女神ヘベを、ヘラクレスに嫁入りさせたんだ。

 この女神は、青春の美そのものの姿でね。

 天上の神々の酒宴で、給仕役に就いていたんだ」

 

「それと、水瓶座に関係があるのか?」

 

「ヘベは結婚したから退職したのよ。

 で、新しい給仕役に目をつけられたのが、美少年のガニュメデス。

 彼は人間だけど、大鷲に変じたゼウスにさらわれちゃったわけね。それが水瓶座」

 

「え、びしょうねんって……」

 

 硬直する士郎に、美少女の手がひらひらと振られた。

 

「ギリシャの神々って、美しければ性別を気にしないのよね。

 アポロンなんか完全に両刀よ。

 美少年を西風の神と取り合って、死なせちゃったりね」

 

 円盤投げを西風が邪魔し、ヒアキントスの頭部を直撃。死因は額からの大量出血で、その血から生まれた花がヒアシンス。アポロンに関わって、木や花になってしまった悲劇の美男美女は他にもいる。彼のかぶっている月桂樹の冠も、求愛を拒んだダフネが変じたものだ。

 

「ストーカーに殺されて、体の一部を身につけられるようなものじゃない。ひくわ」

 

 凛の補足に士郎は遠い目になった。神話や伝説って詳しく知るとコワイ。神様や英雄なんかと、関わり合いになるもんじゃないのかも知れない。

 

「凛、何度も言うけど、もうちょっと歯に衣を着せてあげなさい。

 青少年の心は繊細なんだよ」

 

「あら、言っとくべきでしょ。

 ギリシャ系の英霊がサーヴァントになってたら、何をやるかわかんないわ。

 浮気に同性愛、近親相姦に異種婚。もうなんでもありじゃない。

 性的に寛容すぎる時代だもの」

 

「まあねえ、心理学用語の語源になるぐらい、そっちの幅は広いからなあ」

 

 アーチャーはちょっと困った顔をすると、黒髪をかき回した。士郎は会話から置いてけぼりを食った。だから、日本語でお願いしますと言ったのに。

 

 だが、これは遠坂主従の優しさだった。正直、このぐらい序の口である。例えば、エディプスコンプレックスとか。息子が女児型、娘が男児型と逆転しているが、ばっちりと該当する衛宮切嗣の子どもたちに、今は突きつけるべきではないだろう。

 

「そうでしょ。

 ヘラクレスがいるんだし、古いほど神秘は高く強くなるんだから」

 

「それもあって、東洋系は呼べなくしたんじゃないかなあ。

 古いが強いじゃ、お隣の中国には敵わない。

 日本の英雄だって、強さも古さも西洋に遜色ないのに。

 しかも知名度は圧倒的に勝り、触媒の入手も容易だろう」

 

「やっぱ遠坂のご先祖様、絶対に騙されてるよなぁ……」

 

 凛も虚ろな目になった。術者が西洋人だったから東洋系は呼べないと伝えられていたが、他の二家の願いが叶うまで、遠坂には勝たれては困るという視点で見れば、答えは実にシンプルであった。

 

 日本武尊のセイバーに、菅原道真や安倍晴明のキャスター。関羽はランサーかライダー、アーチャーは徳川家康か。死後に神となった半神のヘラクレスが召喚できるなら、彼らを召喚できる可能性は高い。いずれも凄まじく強力だろう。

 

 神道には分霊という概念があり、どの神社や神棚にも等しく神が降りるという。だから触媒は、神社の朱印やお札でも大丈夫かもしれない。これらの英霊に縁の神社などは、すべて冬木周辺にある。関羽以外ならば、一日あれば総本社に行くことも可能。墓石を削る事だって不可能ではない。この是正が可能ならばいいのに。

 

「そういや、アーチャーは東洋系っぽいな」

 

「私は中国系とフランス系のハーフなんだ。

 だが、国の成り立ちはフランスの方が近いんだよ」

 

「あ、そっか」

 

 士郎は疑問も持たずに頷いた。アーチャーの言葉は嘘ではない。年代を言っていないだけで。

 

「父のルーツの古代中国でも、星を天の神々に見立てたんだ。

 北極星が一番偉い天帝で、北斗七星は天帝に仕える重臣や武将たちなんだ。

 ゼウスの変じた鷲座のα星がアルタイルで七夕の牽牛。

 織女は琴座のベガだよ」

 

 士郎はようやく表情を緩めた。

 

「冬木では旧暦の八月に七夕祭りがあるんだ。

 そういうのを知ってると、七夕も面白いよなあ。

 他にはどんなことがあるのさ?」

 

「じゃあ、こいつは知ってるかい?

 織女は天帝の娘で、嫁さんの方が身分が高い格差婚だってこと」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「ふーん、私も初めて聞いたわ」

 

「天の帝が、真面目な働き者だから愛娘を嫁入りさせたんだ。

 それが、結婚したとたんに、新婚生活にうつつを抜かして怠けたら、

 お舅さんも怒るに決まってるよなあ。

 別居して頭を冷やしなさい、とこうなる。婿に拒否権はないんだ」

 

 あまり知られていない七夕の背景だった。神様にも婿と舅の軋轢があるのだ。ギリシャのように奔放じゃないが、さらに切なく身につまされる。

 

 じいさんは、アインツベルンの婿だった。どうだったのだろうかと士郎は思いを馳せる。イリヤを放置したというより、養育権を取りあげられたという方が正しい気がしてきた。

 

「俺、イリヤにも七夕のことを教えてみる。

 じいさんもそうかもしれないって。

 半年先まで日本にいるか、わからないからさ。

 プラネタリウムにでも連れて行けばいいのかな」

 

「それはいいね。星を見ればよくわかるよ。

 ベガのほうが明るくて北極星に近いんだ。純白の美しい星だ。

 イリヤくんはお母さん似だそうだから、察するんじゃないかな」

 

 宇宙時代の船乗りは星に詳しい。少年少女は思わず感嘆の声をあげた。

 

「ベガは一万三千年前の北極星で、一万一千年後には北極星に戻るんだよ。

 地球の地軸は傾いているから、長い時間をかけて、

 コマの首振り運動のように、天の北極が動いていくんだ」

 

「え……北極星も変わるんだ」

 

 琥珀と翡翠が瞬いた。

 

「そうだよ。さっきの天帝の星は、今の北極星の隣なんだ。

 時代的に、ヘラクレスの北極星もきっとそうだったと思うんだよ。

 バーサーカーでさえなければ、そういう話も聞くチャンスだったのに……」

 

「確かにもったいないわ。

 セイバーも士郎のお父さんと、三回しか口をきいていないっていってたし。

 で、今度はバーサーカーでしょ。

 あの子はすごい魔術師だけど、箱入り娘じゃない。

 強いだけじゃなくて、いい助言者が必要なのに。ヘラクレスならうってつけよ。

 どうして、アーチャーかセイバーで呼ばなかったのかしら」

 

 三人は顔を合わせた。

 

「聖杯戦争に注力するあまり、いろいろなことを切り捨てているのかも知れない。

 士郎君、イリヤ君を大事にしてあげるんだよ」

 

「ああ、じいさんも言ってた。女の子には優しくしないと損をするって」

 

「そいつが北極星よりも変わらぬ真理さ。

 おとうさんの正義の根幹も、その辺にあるのかも知れないね」

 

 正義の対義語は、また別の正義。そう思うヤンが衛宮切嗣に初めて共感できた言葉であった。

 

「士郎君もセイバーの見た星を教えてもらったらどうだろう。

 あとは、何を食べていたか、どんな物が好物だったとか、服の話でもいい。

 パートナーには相互理解が必要だからね」

 

「うん、頑張るよ……」

 

 物凄い美少女で、いかにも高貴で生真面目そうなセイバーは、気軽な会話をしにくい。でも食べ物の好みなら聞けそうだ。朝のおにぎりとサンドイッチ、昼の焼きそば、夕飯のカレーもみんな平らげたから、あんまり好き嫌いはなさそうだけど。

 

 迫り来るエンゲル係数の危機を、衛宮士郎はまだ知らない。




※豆知識※

 ちょっと昔のセキ○イハイムのCMの神様はアポロンである。月桂冠をかぶり竪琴を持っていて、パパがゼウス。アポロンは予知の神でもあるが、彼にも地震は予知できないということも意味しているという……。ほんと、秀逸なCMでした……。



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