Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話12:武器よ、さらば

「私の血、ですか?」

 

 凛の申し出に、ライダーはほっそりとした首を傾げた。そんな小さな動きにも、さやさやと音を立て、流れるアメジストの滝。

 

 凛も、衛宮士郎も、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンも一様に見惚れた。ランサーとセイバーも例外ではなかった。

 

 無骨な眼帯に隠されてなお、溜め息が出るような佳人なのだ。そして、アーチャーが嘆くのも無理はない。邪眼を持たず、古代ギリシャの衣装を着ていてくれたら、さらに美しかったことだろうに……。

 

「ええ、桜が助かったのは、半分はキャスターのおかげなの。

 それには対価が必要で、アインツベルンに準備してもらうのが一番いい。

 ライダーには申し訳ないんだけど、その材料として提供して欲しいのよ」

 

 それが、ライダーことメドゥーサの血を原料にした、医神アスクレピオスの死者蘇生の薬の再現だ。

 

 凛の言葉にライダーは口元に手をやった。

 

「それはかまいません。私のマスターを助けてくださったのですから。

 ですが……」

 

 眼帯の上に覗いた柳眉が寄せられた。

 

「私が首を傷つけると、宝具が出てきてしまうのではないかと」

 

「ほ、宝具!? ま、まさか、ペガサス?

 ペガサスが出てきちゃうの?」

 

「はい、そうです」

 

 コクリと頷くライダーを前に、マスターとサーヴァントたちは顔を引き攣らせた。

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。

 ってことはさ、宝具出すために、首を切っちまうのか……?」

 

「はい」

 

 再び頷く貝紫。聞かなくてもいいことを聞いた赤毛の少年に、緑と赤の非難の視線が降り注ぐ。

 

「もう、シロウったら! デリカシーがないんだから!」

 

 イリヤに教育的指導をされて、士郎は頭を下げた。

 

「う、その、ゴメンなライダー。ヘンなこと聞いちまって」

 

「いいえ、お気になさらないでください」

 

 本当に、そんなの聞きたくなかったし、知りたくもなかった。これほどの美女が、白鳥のような首を掻っ切って、血潮とともに天馬を出すだなんて、あんまりにも酸鼻な光景すぎる。

 

 というよりも、宝具を出す対価としては過大ではなかろうか。セイバーやランサーは言うに及ばす、薔薇の騎士召喚に令呪を費消するアーチャーも、光線銃は簡単に取り出せる。

 

 間桐慎二が、はずれ呼ばわりするのもゆえのないことではなかったのだ。宝具に強さを依存するのが騎乗兵のクラス。彼女の場合、宝具を出せば出すほど、勝ち抜くほどにダメージが蓄積されていかないか。

 

 だが、マスターが慎二では、魔力の回復が追いつかないだろう。人を襲いつつ、抜本的な魔力の蓄積のために、結界を仕掛けたのはその欠陥のせいだ。

 

 力不足のマスターが、強力なサーヴァントを使役する悪い見本だった。士郎も決して他人事ではない。何とかなっているのは、凛とイリヤのおかげ。二人の少女と士郎を結びつけてくれた、アーチャーさまさまだ。

 

 正義の味方が戦隊を組むのって、ちゃんと理由があったんだなあ。大勢で怪人一匹をやっつけるのが卑怯な気がして、戦隊派ではなかった士郎だが、自分が当事者だと納得せざるを得ない。

 

 しかし、今の問題はそこではなく。

 

「じゃあさ、セイバーかランサーに頼んだらどうだろ? なあ、遠坂」

 

 凛は難しい顔で首を振った。

 

「単に血を出すだけじゃ駄目よ。

 アーチャーが彼女と戦った時、血は出たけどすぐに掻き消えたわ。

 サーヴァントという殻から出た魔力は、すぐに世界に修正されるから」

 

「あ! アーチャーの首もそうだったもんな……」

 

 士郎も難しい顔になり、セイバーはこっそりと目を逸らした。

 

「ところで、遠坂は宝石に魔力をどうやって籠めているんだ?」

 

「ああ、注射器で血を抜いて、それでね」

 

 ……こっちも大差なかった。穂群原一のミス・パーフェクトが、夜な夜な自己採血してるのか。それもかなり怖いじゃないか。漂白された顔の士郎に、凛は言った。

 

「仕方ないでしょ。魔術には対価がいるのよ。だから、士郎のは掟破りなのよ」

 

「……じいさんからそんなの教わらなかったぞ」

 

「それはキリツグのタイマンよ」

 

 炎と雪の美少女たちにやり込められて、士郎は反論を諦めた。

 

「じゃ、じゃあ、遠坂みたいに注射器でやれば……」

 

「それも無理よ。言ったでしょ?

 サーヴァントは神秘のない物では傷をつけられないって」

 

 士郎は赤毛を掻きむしった。

 

「うがー! どうすりゃいいのさ!?」

 

「なあ坊主」

 

 士郎の百面相を見物していたランサーが、ひょいと手を上げた。

 

「おまえ、色んなガラクタを魔術で作ってただろ。

 チューシャキってのは作れねえか?」

 

「あ!」

 

 魔術師の師匠と弟子は、口々に声を上げた。

 

「そうだわ、その手があるじゃない!」

 

「たしかに、注射器ならがらんどうでもいいもんな!」

 

 針には刃の要素があるし、これならいけそうな気もする。しかし……。

 

「それにしてもなあ、投影魔術で注射器かあ……」

 

 実用的すぎて、まったく浪漫がない。魔術って幻想じゃなかったのか。ぼやく士郎に、魔術を日常に使用していたランサーは頓着しなかった。

 

「いいじゃねえか。ただし、うんと修行しろよ。

 おまえが作ったガラクタ、俺が持ったら壊れたからな」

 

 神秘は時によって蓄積され、より高い神秘に打ち消される。紀元一世紀のクー・フーリンよりも、さらに数百年昔のメドゥーサに通用する注射器。それは幻想に幻想を重ね、固く結んで創り上げるほかはない。

 

「ものすっごく大変そうだぞ……」

 

「だがその価値はある。刃を作るよりずっと尊いと思うがな」

 

 冴えない顔になった士郎に、ランサーは莞爾と笑いかけた。

 

「アーチャーが言うには、この世界から病が減ったのはそいつのおかげなんだろ。

 最もよき魔術は、人を癒やすものなんだぜ」

 

 それはまもなく昇る、曙光のごとき笑みであった。


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