アーチャーの言に、慎二たちの表情が硬くなる。
「敵だって!? ふん、おまえらのことじゃないのか!?」
憎まれ口を叩く兄に、桜は真っ青になった。
「に、兄さん!」
そんな二人に苦笑すると、アーチャーはソファに腰を下ろした。まずは話し合おうと、態度で示したのである。決して怠け心ではない。多分。
「敵ではないさ、少なくともね。
聖杯戦争成就のために、君たちに協力して欲しいと考えているんだよ」
のんびりとした口調に、慎二は毒気を抜かれた。
「きょ、協力?」
「凛が言ったとおりに、魔術儀式としての聖杯戦争に戻るんだ。
だから、君に停戦を申し入れたんだよ。
アインツベルンのマスターも一応は賛同してくれてる」
慎二は眉を顰めたまま、アーチャーの対面のソファに座った。
「それで、この期に及んで協力を願うって?」
「むしろ、この機だからだね」
アーチャーは小首を傾げた。慎二と桜に視線を行き来させる。
「失礼なことを聞くけど、君も桜君も、子どもはまだいないだろう?」
慎二の細い顎が落ちた。何度か開閉を繰り返し、ようやく声を絞り出す。
「な、な、なに、馬鹿なこと……」
「真面目な話だよ。凛が直面している問題でもある。
この聖杯戦争で死ねば、遠坂家に次はないんだ。
君たちも同じじゃないか?」
突拍子もない問いは、息を呑ませるような答えを連れていた。間桐臓硯は死んだ。魔術師としての血脈も残せず、知識を伝達することもなく、慎二が望んだとおりに。
「開催周期の六十年は、後継ぎを設けるための時間でもあったと思うんだよ。
イレギュラーの今回は、御三家のマスターは皆若い。
ここで死んだら、アインツベルン以外は家系が断絶してしまう」
「信じられないね。
アインツベルンが独り勝ちするなら、余計に間桐や遠坂と組むとは思えない」
不信感を露わにする藍色の瞳に、黒い瞳は穏やかさを失わない。
「そのアインツベルンだが、今回確実に目的を果たせるとは限らないよ。
なにしろ、今まで一回も成功していない儀式なんだから。
だが、次回は確実に不利になる」
「不利?」
アーチャーは頷いた。
「御三家の枠のおかげで、これまでは外来の参加者は四組。
御三家はことさら協力せずとも、その存在で相手の戦力を分散化させていたんだ。
それが一極集中することになる。敵が六倍だ。まず勝てないよ」
慎二は言葉に詰まった。まさに、今の自分たちと同じではないか。これは未来予想の姿を借りた降伏勧告だった。
「う……」
「だが、未来の心配をするには、今を生き延びなくてはね。
我々は君の敵ではないが、君と我々の敵となる者が存在する可能性が極めて高い」
ライダーがはっと顔を上げた。
「まさか、それがサクラの父上の仇ですか?」
「ライダー?」
円らな瞳を零れそうなほど見開く桜に、ライダーは口を押えた。
「……すみません。サクラたちが眠っている間に、『センパイ』が教えてくれました」
「なるほど、士郎君らしいね。
ところでライダー、新都の吸血鬼事件、あの犯人はあなたですか?」
「あ、はい。……あっ!」
実にさりげない問い掛けに、反射的に頷いてしまい、ライダーは再び口を押えて蒼くなった。アーチャーは苦笑して手を振る。
「ああ、いや、ちょっとした答え合わせに必要でしてね。
そして深山町のガス漏れ事件は……」
剣呑に目を細めたのはキャスターである。
「あれは私よ。けれど貴方、止めれば不問にすると言ったではないの。
今さら蒸し返す気?」
アーチャーは両手を上げて首を振った。
「いやいや、私が話題にしたいのは、あなたがたが犯人でない犯行です。
もう一件、深山町の一家殺人があっただろう?
親子三人を、刀か槍で殺害しているという事件だ」
「ああ、あれね。それがなんだよ」
これが平和な国の子の、当たり前の反応というものだ。もう何度目だろうか。繰り返すのも嫌になるが、アーチャーは、その殺害方法の異様さを説明した。
「片刃の刀、両刃の槍。切り傷だけではどちらか分からないだろう?
それがわかるというのは、刺し傷なんだ。
包丁よりもずっと傷が深いから、刀槍と表現されたんだよ」
慎二と桜の喉が鳴った。
「三人を複数の武器を使いわけて、ほぼ同時に滅多刺しして殺す。
どうすれば、そんなことが可能だろうか?」
たとえ両手に違う武器を握っていても、一人は残る。
「むろん、加害者が複数なら可能だよ。
だが、この日本で、そんな殺し方ができる人間を集める方が難しいと思うのさ」
凛は己のサーヴァントの言葉を補足した。
「ええ。不動産屋からの情報だけど、
被害者の家族は、ごく普通の評判のいい人達だったそうよ。
殺されるような恨みを買うようには思えないって」
サラリーマンの夫、兼業主婦の妻、もうすぐ小学校卒業だった長男。生き残った長女は中学一年生。
「言峰が指名手配になって、ひょっとしたらって言ってきたのよ。
でも、わたしもあいつだとは思わないわ。
三人をほぼ同時に殺すのは不可能じゃない。あいつ、元代行者だからね。
でも、何種類もの武器は使わないでしょうね」
言峰綺礼は、身長二メートル弱、体重も百キロ弱。凛の八極拳の師でもある。あの男の実力なら、武器を持ち出すまでもない。
「だが、第四次アーチャーならばできる。逆に言うと、彼にしかできない。
教会から救助された子たちは、彼の贄だったのではないだろうか」
キャスターが魔力を搾取したように、ライダーが吸血をしたように。
「……それは」
「だから、孤立勢力を作ってはいい的になってしまう。
ライダーは宝具にもよるが、一番の武器は機動力だ。
戦い方の性質上、主従の間の距離が問題になる」
宝具にライダーが騎乗したら、マスターらはどうするのか。
「四次ライダーの宝具は、戦車だったそうだ。
彼のマスターは、ライダーと一緒に御者台に座ったという。
ライダー、あなたの宝具は、三人乗りが可能ですか?」
ヤンの問いに、ライダーは唇を開いた。
「鞍に跨るのと、乗りこなすのは別です。
乗馬の名手でないかぎり難しいと思います」
慎二と桜は顔を見合わせた。乗馬の経験なんてない。
「それに、私が死んだら宝具のペガサスも消えます。
マスターたちが、落ちてしまったら……」
凛は溜め息を吐いた。
「一応、念のために聞くけど、慎二に桜、空中浮遊の魔術、使える?」
兄が代表して答えた。
「できるか、馬鹿!」
「じゃ、重力制御は? 落ちるスピードを減らして……」
「それも無理だよ!」
妹も頷く。
「……というより、遠坂先輩はそんな魔術ができるんですか?」
「空中浮遊は準備しないと無理だけど、まあ重力制御ぐらいなら」
あっさりした答えに逆に凄みを感じる。
「凄いなあ、魔術でもそれはできるんだね」
「ちょっと待てよ。魔術でもって、どういう意味だよ?」
黒髪のサーヴァントの変てこりんな相槌に、慎二はすかさず突っ込んだ。
「じゃあ、いい機会だから自己紹介を。
私はヤン・ウェンリー。今から千六百年ほど未来の人間なんだ」
「はぁぁ!?」
慎二にとって、アーチャーは謎だらけのサーヴァントだった。東洋系の容貌で、光の矢を撃ち、原子爆弾の原理を知っている。本人が明かした理由は、信じがたいものであった。遥か未来の英雄。
「もっとも、この世界は私の世界と違う歴史を辿りそうだから、
異世界の異星人というのが正しいかな」
「い、異星人って……」
「あと三百年ほどで、人類は宇宙進出を開始するんだ。
千六百年後には、地球から一万一千光年離れたところまで、
人類領域は広がる。私はそこの出身だ」
慎二と桜とライダーの顔面に、計七つのOの字が並んだ。
「う、嘘だろ!?」
「君がそう思うならそれでもいいよ。証明する手立てはないからね。
ところでライダー、やはりあなたの宝具は天馬ペガサスでしたか。
現代でいうなら、戦闘ヘリ対スティンガーミサイルみたいなものか。
……正面からの対峙は、上策とは言えないなあ」
ヘリの場合は先に相手を捕捉し、撃たれる前に撃破するが、それには飛び道具が必要だ。
「そういう宝具はお持ちですか?
あなたの場合は、見るだけで有効な気もしますが」
「サクラが元気になったので、確かにできなくはありません。
ですが、私の視界に捉えるには、あまり遠くなると……」
相手が判別できる距離まで近づかないと、魔眼の効果は薄い。残念ながら、彼女は千里眼の持ち主というわけではなかった。
「欠点だらけじゃないか……」
歯噛みをする慎二に、ヤンは首を振った。
「いや、黄金のアーチャーがそれだけ規格外だということだよ。
それに、野放図に石化してしまうよりはよほどいいじゃないか。
特に、接近戦を得意とするサーヴァントには脅威だよ」
「それ、この状況で意味あるのか!?
おまえたちを石にしても、僕らも巻き添えだろ!」
だから交渉のテーブルについたのだが。
「でも、石化が効かない相手となるとどうでしょうか。
無数の宝具を持っていると聞くと、
やはりペルセウスを連想しますからね」
「その場合は、あの仔の力を開放して、体当たりします」
淡々と語るライダーに、慎二は顔を覆った。
「おい……、ますます後ろに乗れやしないじゃないか」
「……あ、そうなりますね」
ライダーは、怜悧な美貌に似合わず天然だった。彼女も自衛のために戦ったが、それは魔物に変じてからのこと。家族の愛を一身に受けた末娘として、
ランサーが後頭部を掻きながら、舌打ちをした。
「チッ、調子が狂うぜ。
ギリギリの戦いができる相手が、こんなに少ねえとは思わなかった」
肉弾戦においては、ライダーはランサーの敵ではなく、逆に遠距離戦は殺るか石にされるかの早い者勝ちだ。技の応酬もへったくれもない。
「少ないけれど、そのぶん強敵でしょう。
慎二君、そして桜君。君たちだけでは、四次アーチャーには勝てない。
言峰綺礼がいるだろうからね。
しかし、我々に協力してくれれば、負けはしないと思う。
間桐には、キャスターという庇護者も手に入る」
再び、二人の目が丸くなった。眼帯のせいで、ライダーは不明だが。
「私の望みは、この世に残ることなのよ。
ひとまず身を寄せるには、ここはそう悪くないわ。少々、埃っぽいけれど」
菫の瞳が、藍色と灰紫を捕らえた。
「巻き毛の坊やに、ライダーのマスター。
蟲を始末したのは私と、我が下僕のランサーよ。
あなたがたも私に対価をお寄越しなさいな」
「な、なにをだよ」
「私たちが勝って生き残るために」
桜貝の指先が、二人を指さした。
「この家の魔術を。令呪のシステムをね」
*****
いかに強大であっても、サーヴァントはサーヴァント。令呪の制約を受けているであろう。そうでなければ、あの数の生贄では維持できまい。
キャスターはそう言うと、右の袖を捲った。
「これは、私が見様見真似でこしらえた擬似令呪。
このエーテル体だから、こんな無茶ができるのだけれど」
「つまり、そのアーチャーも擬似令呪で制圧ができると?」
ヤンの問いに、キャスターは首を振った。
「擬似令呪ではおそらくは無理よ。でも、本来の令呪があるはずだわ」
「でも、たぶん、綺礼が持ってる」
凛ははっとした。
「やっぱり、あいつがお父様を殺したんだわ!」
桜の顔色も変わった。
「……えっ!?」
「お父様は根源に行くつもりだった。綺礼に令呪を渡すはずがないわ。
もしも黄金のアーチャーが殺したなら、きっと滅多刺しだった。
この刻印だって、無事では済まなかったはずなのよ!」
凛は制服の左袖を捲り上げ、刻印に魔力を流す。五代が紡ぎ、織り上げた生きる魔導書が、細い腕を青白く飾る。
「でも、刻印は無事。傷ひとつない。傷つけないように即死させたからだわ……。
でなきゃ、魔術師は死なない。この刻印が守ってくれる」
ランサーが忌々しげに吐き捨てた。
「あの野郎ならできるぜ。俺が証人だ」
「……わたしとは関係が……」
養女に出されたのは、自分がいらない子だから。そう思っていた桜に、穏やかな声が掛けられた。
「あるんだよ、桜君。養子縁組は解消することができるんだ。
君の本当のご両親が健在だったならば、今の君は遠坂桜だったかもしれない」
「……え」
「むしろ、聖杯戦争の一時的な避難だったのかと思うんだ。
この間桐家からの参加者ははっきりしていない。
でも、慎二君の祖父と父は健在だった。
お父さんが亡くなったら、魔術師のいなくなる遠坂家より、
まだ安全に見えたのではないだろうか」
その言葉に、桜は眦が裂けんばかりに目を瞠った。
「だって、わたしがいらないからじゃ……」
「君と凛は一学年違いだね。
凛が二月生まれなら、君は三月生まれ。違うかい?」
「そうですけど……遠坂先輩に聞いたんですか」
「まあ、そうとも言えるかな。
イリヤ君がやってきた翌朝、君と二歳違いになったと考えていたんだよ」
凛は呆気にとられた。
「よく覚えてたわね、そんなこと」
ヤンは懐かしげに微笑んだ。
「私が預っていた子は、私より誕生日が十日早かった。
その時だけ、十四歳違いになったんだ。君たち姉妹と逆にね」
一学年違いで二歳下、冬生まれなら桜と名付けないだろう。消去法で三月生まれだ。
「冬生まれの凛は水にちなみ、春生まれの桜君は木にちなむ。
陰陽五行に基づいてるのかな? 姉妹らしい、いい名前だと思ってね」
凛と桜は顔を見合わせた。
「全然、共通点がないと思ってたわ……」
「遠坂先輩は格好いいのに、わたしは普通だなあって思ってました」
「そう? 桜って可愛いくていいじゃない。
わたしの名前、字を説明するのがちょっと困るのよね」
陰陽五行説は、ヤンのルーツ、中国から伝わったものだ。北は冬、色は黒、五行は水。東は春、色は青、五行は木。
ちなみに、南は夏で赤で火、西は秋で白で金、中央が土用で黄色で土となる。青春や白秋も、これから生まれた言葉だ。
平安貴族の流れを組む遠坂時臣には、当然の知識だったと思われる。ヤンは、顔を疑問符だらけにしている面々にそう説明した。
「十年前の二月、凛は七歳、君は五歳。小さな子の二歳の差は、本当に大きいんだ。
まだまだ物心つかない君を、少しでも安全な方に。
お父さんはそう考えたのではないかと、私は思うんだよ」
ヤンは、間桐兄妹に微笑みかけた。
「これだって証明しようもないことかもしれないが、
そういう考えもできると、心に留めておいてほしい。
その可能性を潰したのが、言峰綺礼なのかもしれない。
彼を確保し、過去を明らかにし、罪があるなら償わせる」
桜はおずおずと頷いた。
「でも、これはあくまで前回の精算だ。
今回の聖杯戦争の邪魔者は、黄金のアーチャーのみ。
彼を排除し、聖杯を調査し、使用に耐えるか確かめなくてはならない。
ということで、キャスター。専門家から続きをお願いします」
「では、話を戻しましょうか。その黄金のアーチャーが何者かはわからない。
でも、真名がなんであれ、サーヴァントはマスターに令呪を握られた存在」
サーヴァントが手強いなら、使役者を狙う。聖杯戦争の定石の一つだ。
「マスターからアーチャーの令呪を奪う方法もあるけれど、
その主従が行動を共にしている時に、マスターに迫るのは難しそうね。
強いマスターのようだし」
凛は渋い顔で頷いた。
「ええ。あいつは代行者だったから、霊体に攻撃する武器がある。
わたしのアーチャーじゃ無理よ。つまり、今回のマスターたちじゃ無理ってこと」
「私の幻影も、宝具の矢の雨ではどうしようもないわ」
必殺の槍一本は欺けても、数撃ちゃ当たるには弱い。
「理想としては、令呪に遠隔から干渉できると一番いいのだけれど。
この術を編んだ者なら、それぐらいは考えたはずだもの。
それが無理でも、所持者を探知できないかしら」
凛は頷いた。
「逆はできるものね。桜の令呪の気配を消して、本にも移せたんだから」
翡翠が藍を睨みつけ、鞄から本を取り出した。今は白紙となったが、ライダーの令呪が記されていた本だ。
「これだって、とんでもない術よ。
他者に移植はできるけど、相手にも魔術回路が必要なの。
この本に、魔術回路があるとでもいうわけ?」
凛の詰問に、キャスターは心底嫌そうな顔をした。
「……あるかもしれなくてよ。その材料が、蟲だったら……」
「い、嫌ぁ! やめてよキャスター!」
凛は悲鳴を上げて本を取り落とした。慎二の膝の上に。
「うわっ、こっちに寄越すなよ!」
慎二は本を払い落とし、部屋の隅へと蹴りやった。
彼の態度に凛は鼻を鳴らした。
「今さら何よ。後生大事に懐に抱えてたくせに」
真っ青になった慎二は、せわしなくズボンの膝を払いながら反論した。
「本の材料なんて考えたこともなかったさ!
……でも、あのジジイならやりかねない……」
桜がすっくと立ち上がった。客間から出て行く。
「さ、桜……?」
凛と慎二の呼びかけにも、小さな背は答えなかった。赤い外套の偉丈夫が、気遣わしげな視線を送った。
「大丈夫なのかね、君たちの妹は……」
あまり大丈夫ではなかった。戻ってきた桜は、マスクにゴム手袋、右手に火バサミ、左手に三重にしたゴミ袋の完全武装だった。マスクの上から覗く目が、完全に座っている。無言のまま、火バサミで床に落ちた本を挟むと、ゴミ袋に突っ込んだ。
「キャスターさん、これ、研究しますか?」
「え、いいえ、結構よ」
異様な迫力に、さしもの王女メディアも首を横にしか触れなかった。
「じゃ、ゴミに出しちゃってもいいですよね?
ちょうど明日が収集日ですから」
言いながら、一緒に持ってきていた殺虫剤を吹き込み、漂白剤も注いで袋の口をきつく縛りあげる。
「……うん、これでよし」
やり遂げた顔になった妹に、かろうじて兄のみが反論できた。
「いや、よしじゃないよ! ゴキブリじゃないんだからさ……」
「……ゴキブリが死ぬ方法で、殺せない虫なんていません。
それにいいんです。明日になれば燃えるんですから。
あ、兄さんも遠坂先輩も、手を洗ってきてください。
あと、ここ、今から掃除しますから」
「そ、掃除って、そんな場合じゃないだろ!」
「そ、う、じ、しますから!」
円らな瞳が吊り上がり、姉妹の相似が明らかとなった。しかし、普段が大人しいぶん、迫力は姉の倍だ。桜の剣幕に、凛は妥協案を持ち出した。
「じゃあ、わたしも手伝うわ。慎二も手伝いなさいよ。
みんなでやって、さっさと終わらせましょ?」
「そうだね、その方が早そうだ」
桜君を説得するよりも。ヤンの心話に、凛も心中で同意を返す。まったくだわ。
「サクラ、私も手伝います」
兄妹のやりとりにおろおろしていたライダーが、救われたような表情で立ち上がった。
「私たちまで?」
不服そうなキャスターに、凛は必勝の言葉を持ち出した。
「現代の掃除方法を学ぶチャンスじゃないの。これも花嫁修業よ」
「やりましょう」
マスターがそう決めた以上、哀れな下僕たちは従うほかなかった。