「はあっ!?」
士郎とイリヤの口から、素っ頓狂な声が上がった。
「そういう約束だった! 聖杯を得ることを対価に、私は世界と契約したのだから!」
「世界と契約?」
なんじゃそりゃ? 士郎の胸中に萌した疑問であり、感想だが、口にはしなかった。というよりもできなかった。堰を切ったように、セイバーの言葉が続いたからだ。
「そうです。聖杯を手に入れ、王の選定のやり直しを願う。
ふさわしき王が生まれ、私は消え、世界の守護者の一人になる!
それが契約だったのだから!」
激情を吐き出して、セイバーは息を荒らげる。士郎とイリヤはしばし見つめ合い、縁を赤らめた緑の瞳へと向き直った。そしてふたりして口を開き、異口同音にセイバーに告げる。
「ものすっごく怪しい……。セイバー、それ、絶対に騙されてると思う」
「そうよ。ここで聖杯に願ったことがかなったかどうか、
どうやって確かめるの、セイバー?」
「わかるはずです! 選定の剣を抜くのは、私ではなくなるのだから」
士郎は赤毛を掻きむしり、姉貴分そっくりの唸りを上げた。
「うがーっ! でも、
ここでセイバーの時代が変わったのか、ちゃんとわかるのか?」
「……あ」
願望機が発動し、願いが叶えば、アルトリア・ペンドラゴンは王ではなくなる。アーサー王として召喚されたセイバーは、矛盾した存在となり、世界に修正されて消滅するかもしれない。本体が記録を知ることが叶うかどうかもわからない。聖杯入手を認識できるだろうか?
そして、歴史が上書きされるのではなく、新たな並行世界として分岐するのならば、
セイバーや士郎の世界からは観測できないのだ。これはアーチャーの説だが。それどころか、ここがセイバーが望みを叶えて、分岐した世界でないとも断言は不可能。
「考えてもいなかった……」
呆然とするセイバーに、偽りの女主人はとんでもないことを言い出した。
「タイガのうちのテレビでみたわ。
借金のカタに、オイランにされちゃうのとそっくりよ。
ネンキボウコウでは、ぜったいに返せないようになってるの」
「……雷画じい、イリヤになに見せてんだ」
士郎は眉間に皺を寄せて毒づいた。だが、かなり的確な喩えのような気がする。
「でも、たしかにそんな感じがするぞ。
全部の望みが叶うものが欲しいなら、全部を捧げろってことじゃないのか。
セイバーの存在も、セイバーの人生も、家族や友達も、
嬉しかったことも、悲しかったことも、みんな。
みんな、違うアーサー王のものになっちまうんだぞ」
魔術は等価交換。世界との契約も、似たようなものじゃないだろうか。しかも、これは奇蹟の前借りだ。とんでもない高利がつくように思えてならない。
「セイバーが頑張って、治めていた国の歴史だってそうだ。
セイバーはそれでもいいのか?」
「私は国を滅ぼしました。あの時、選定の剣を抜いたのは誤りだった。
もっとよき王が現れたかもしれないのに!
間違いは正さなければ……」
「俺は違うと思う……」
一週間前の士郎なら、きっとセイバーに共鳴していただろう。自分と引き換えに、あの災害の犠牲者が全部助かるというのなら、と。
でも、アーチャーと、みんなと触れ合ってわかった。それはとんでもない思い上がりではなかっただろうか。衛宮切嗣という、絶対のヒーローが助けてくれた自分の命を、あまりに高く見積もりすぎていたのかもしれない。
士郎一人の価値が、亡くなった五百人以上と釣り合うことはない。でも、士郎が死んでいても同じだ。五百人がどんなに力を尽くしても、蘇らせることはできない。
人間はみんなが唯一の存在。だから等しい価値を持ち、誰も引き替えにはならない。アーサー王の時代は、王様と庶民の価値は違う。でも命の数は、誰もが同じく一つだけ。セイバーはそれを失ってはいないという。彼女の本来の時間では。
「セイバーは生きてるんだろ。死んじまってないんだろ!
だったら、だったらさ、できることがあるんじゃないか」
真摯な色を瞳に浮かべた士郎に、俯いていたセイバーの頭がのろのろと上がった。
「……なにができるというのです。私の時間は、死の寸前で止まっているのに」
「俺の怪我を治してくれたの、きっとセイバーの触媒だ」
「私の鞘が、ここにはあると……?」
「鞘? そっか、エクスカリバーの鞘が触媒だったのか。
そいつを探すんだ」
セイバーに秘されていた前回の召喚の触媒は、モルガンに盗まれ、アーサー王の破滅の原因となった、不死と癒やしを与える鞘だったようだ。
「セイバーの剣は、刀身が一メートルぐらいはあるよな」
「シロウ、どうしてわかったのですか?」
「俺と稽古したときに、竹刀の長さや戦法に慣れてるみたいだったからさ。
もっと長い両手剣とか、フェンシングのレイピアとは違うんだろ?」
セイバーは目を瞠り、士郎の観察眼を見直した。
「たしかにそうですが、なぜ……」
「その大きさの鞘なら、遺言状よりもずっと見つけやすいぞ。
多分、土蔵にあるんじゃないかと思うんだよな」
セイバーが召喚されたのも、士郎の怪我が癒えたのも土蔵の中だった。
「片っ端から調べても、そんなに時間はかからない。
この本を読む前に、ちょっと見てみないか?」
士郎は本の小山の高さを目で測った。七冊で三十センチ弱。三人寄れば文殊の知恵とは言うけど、同じ三人なら土蔵をひっくり返すほうがまだ早い。一メートルを超えるような長物はそんなに多くないのだ。
「シロウのいうとおりかも……。さむくなるまえに見ちゃいましょ」
イリヤもセイバーの袖を引く。セイバーは顔を覆った。
「ここで見つけても、どうにもなりはしない!」
士郎は勢いよく首を振った。
「いい刀は鞘に入ってるって、雷画じいの好きな映画だけどさ。
サーヴァントは概念の存在だってアーチャーも言ってたように、
元の時代に持ち帰れるかもしれないだろ。
怪我が治ったら、やり直せるかもしれないじゃないか!」
「そんなことが可能でしょうか……」
「わからない。失敗するかもしれない。
でも、やらなかったら可能性はゼロなんだ」
金の髪が、ゆっくりと上を向き、再び下を向いた。
****
柳洞寺から遠坂邸へ、キャスター一行を案内してきたランサーが見たのは、資料が積まれたテーブルと電話を行き来しているアーチャーの姿だった。
「何やってんだ、あいつ」
「ほら、セイバーにカンニングを勧めたじゃない。
でもね、自分ができるからといって、他の人もできるとは限らないわけ」
特に、歴史は暗記科目だと思っていて、それもあまり得意ではない衛宮士郎には。電話口のアーチャーが言うように、複数の資料を読み比べ、疑問を洗い出すのは、大変な思考力を要求されるのではなかろうか。
第三次、四次はそうやって推測したのだと、アーチャーは資料名を列挙する。だが、逆効果としか思えなかった。凛もランサーも、異次元の生物に遭遇した気分になった。
「……あの野郎はまた尋常じゃねえからな。正直、気味が悪いぐらいだぜ」
「それはわたしも同感だわ」
凛とランサーのやりとりに、アサシンは銀の片眉を上げた。
「自らのサーヴァントを腐すのは、あまり品の良いものではないと思うがね」
黒い柳眉が跳ね上がり、雪のような額に静脈のクレバスが発生する。
「こんな状況になって、黙っていられるもんですか!」
遠坂邸の豪奢な客間の椅子は、久々に客人を乗せていた。凛の対面には、黒紫の魔女が。その右隣には、皮肉な笑みを浮かべた赤い外套のアサシン。さらに、テーブルの左側面の席に、長い足を組んだランサーが。
「サーヴァントが三人もいるのに、わたしを放って電話に出るなんて。
まあ、アーチャーがここにいたって、
あなたがたに襲われたらひとたまりもないけど……」
フードの下の桜色が、ほのかな綻びを見せた。
「あら、妬いているのかしら? 可愛らしいこと」
「はぁ? 冗談じゃないわよ。
外見こそああだけど、中身は食えないおっさんよ。
言動なんて、完全に先生か父親だもの」
「それよ。夫を盗られるよりも、父を奪われるほうが耐え難いものですもの」
メディアがコリントスの王と王女を殺したのは、自分ひとりだけのためではない。彼女を捨てようとした夫は、七人の子の父であったのだから。
「そういう意味で、アーチャーは狙われているわよ。あの銀の妖精に」
「ああ、あの子なら、最初からあいつをスカウトしたわよ」
黒髪黒目で、父に少し似ている。賢くて、声がすてきで、お話が面白いと。
「あらあら」
「でも、パスポートの写真を見ると、そんなに似てないと思うけどね。
あ、そうだった。キャスターのパスポートの写真も欲しいのよ。
ちょっと着替えてくれる? お母様の服があるから。
間桐の家にいくなら、着替えも準備しなくちゃね」
凛は立ち上がると、キャスターを伴って母の部屋へと向かった。後に残されたのは、ランサーとアサシンだった。
「おいおい、俺たちもほっぽり出したじゃねえか」
「ふむ、こうなると女性は長い」
「だろうな。これだけ色とりどりの衣が溢れてんだ。
その中から選ぶのは難儀なこった」
ランサーの生前、植物や羊毛から糸を紡ぎ、機を織り、布から一着の服を作るのは大変な作業だった。ケルト美女の条件には、裁縫上手が含まれるぐらいだ。なお、料理上手は含まれない。二千年を閲した現代も、その点は変わっていないそうな。
アーチャーの話では、どうやら千六百年後も。……なんだか切ない話だ。
「それにしても、茶の一杯も出ねえし、茶菓子も置いてねえ。
これなら、セイバーのマスターの家のほうがよかったぜ」
アサシンは渋面になった。
「……それでは餌付けだ。君の死の遠因もそれだったように思うが、懲りないのかね?」
苦労性の同僚にランサーは手を振った。
「そいつを知っているアーチャーが、卑怯な真似をしなかったからな。
もっとも、嬢ちゃんやあの坊主が、犬をとっ捕まえて、
殺して捌いて料理するとも思えんが」
「そういう問題ではない。そもそも、客がせびるのがさもしいのだよ」
「いいじゃねえか。セイバーはよく食うし、あいつは大酒飲みだ」
ランサーが行儀悪く指した指の先、髪をかき回しながら電話で話しているのは、どう見ても大学生のアルバイト家庭教師だった。アサシンの端正で精悍な口元に、一ダースの苦虫が乱入した。
遠坂凛も衛宮士郎も、ヤン・ウェンリーに何をやらせているのだ。彼が過去となった遥かな未来では、共和民主制の象徴、軍神や知神に近い尊崇を受ける存在なのに。
銀灰色の視線の中、ヤンは受話器を置いた。黒髪をかき回し、肩も回しながら客間へと戻ってくる。
「やれやれ」
「どうしたよ」
「私の予想は大ハズレだったらしい。だから苦労しているようです。
頼んだ本も借りてきてくれたそうだし、後で様子を見に行くとしますよ。
なんだか喉が渇いてしまったな。あれ、凛は?」
「君のマスターならば、キャスターの服を見繕っているようだが」
短い言葉だが、平静を取り繕うのに費やした努力は少なくないものだった。まさか、あの遠坂凛に茶を淹れさせる気なのか。その一点をもってしても、ヤン・ウェンリーは只者ではない。
「そうですか。お客さんにお茶も出さずに申し訳ない。
すみませんが、私がやると、茶器までひどいことになると思うので」
「……茶器まで?」
「はあ。自慢にもなりませんが、私の淹れた紅茶はおいしくなくて」
限界だ。宇宙規模の大英雄に、茶を淹れさせるわけにはいかない。アサシンは立ち上がった。鍛え抜かれた長身を、黒い瞳がきょとんと見上げる。
「私がやろう。申し訳ないが、厨房に案内していただけないかね」
*****
残っている凛の母の服は、十年前のものだ。しかし、良家の夫人にふさわしい、流行に左右されない、上品で上質な服が揃っていた。幸い、母とキャスターは体格も近かった。どれもよく似合ったが、銀青の髪と菫の瞳に映える、水色のジャケットに白いカットソー、紺のスカートを選び、髪型も耳が隠れるように変えてもらう。
いかにも家庭教師らしい、知的で清楚な美女が誕生した。他にも着替えを一式、スーツケースに詰めていく。
「住み込みが手ぶらでも変だし、一週間分ぐらいあればいいでしょう?
お古で悪いけど」
「とんでもない。これは、貴女の母の形見でしょうに。
お礼を申し上げるわ、アーチャーのマスター。……ありがとう」
「いいのよ。着てもらえたほうが、服も幸せだもの」
そんな会話をしながら、スーツケースを転がして玄関に運ぶ。
「それにしても、あの蟲の棲家にメドゥーサね。少々、ぞっとしないわ」
メディアもメドゥーサも共にギリシャ神話の人物だが、前者の方が年代は半世紀ほど後になる。メディアが物心ついた頃には、既に伝説の魔物であった。
幼い頃、悪いことをすると、女神アテナの盾で石にされると叱られたものだ。大人になって知ったのは、真に悪辣なのは神々だということだったが、本能的な恐怖がなくはない。
「でも、あなたやランサーは桜にとって恩人よ。
ライダーの願いを叶えたわけでもあるし、協力はしてくれると思うわ」
「だといいのだけれど」
キャスターは肩を竦めた。そんな二人が客間に戻ると、思いもよらぬ光景が広がっていた。漂うのは紅茶の芳香。なんとも幸せそうな表情で、ティーカップを傾けるアーチャーと、鼻に皺を寄せて匂いを嗅ぎ、恐る恐る口をつけようとするランサー。見事な手さばきで給仕をしているのは、なんとアサシンである。
「……あんたたち、なにやってるの」
「ああ、凛、彼が淹れてくれたんだよ。
お客さんにやらせるのは、本当は失礼だけどね」
満面の笑みで答えるアーチャーに、凛は眩暈と頭痛を堪えながら、椅子に腰を落とした。
「アーチャー……」
肘掛けに食い込む爪と、黒髪の間から覗く眼光と、地を這うような声にも、彼は平然としたものだった。
「だって、私が淹れるより百倍も上手だったんだ。
素晴らしい腕前だよ。私の被保護者に負けないぐらい美味しい」
「それは光栄だな。さて、キャスターとアーチャーのマスター。
諸君らもいかがかね」
すいと差し出されたのは、凛のとっときのブルーオニオンのカップアンドソーサー。底に黄金を沈めた琥珀がたゆたい、立ち上るのは馥郁たるマスカットフレーバー。ダージリン・セカンドフラッシュティーの理想形がそこにあった。
凛の視線は、琥珀の水面と褐色の面を行き来した。ええい、ままよ。魔術師最後の砦、魔術工房に他のサーヴァントを三人も招き入れ、今さら毒殺を疑うのも馬鹿馬鹿しい。
「……ありがとう。いただくわ」
凛は姿勢を正すと、カップを取り上げた。薫りを堪能してから、口をつける。そして、味覚と嗅覚に最大級の祝福が訪れた。まろやかな甘味を引き立てる苦味。マスカットの香りが、更に濃厚に口から鼻に抜ける。
「お、おいしい……!」
「そうだろう?」
悔しいが、凛が入れたものよりもおいしい。そのうえ、実に凛好みの味でもあった。紅茶好きのアーチャーが籠絡されるのも無理はない。キャスターも凛に倣い、気品ある所作で口をつけ、首を傾げた。
「これが今の飲み物? 私の時代の薬湯とあまり変わらないのね」
「実は、千六百年後もそれほど変わっていないんですよ」
「な、なに!?」
アサシンは思わず目を剥いた。いままで、会話に加わらなかった彼は、アーチャーことヤン・ウェンリーが、ここまで自らの素性を明かしていると知らなかったのだ。しかし、誰の注意も引かなかった。千六百年後うんぬんというトンデモ発言に対して、むしろ当然の反応であったからだ。
「ああ、あなたには言っていなかったが、私は千六百年後の人間なんです。
人間は宇宙に進出し、一万光年の範囲に活動を広げている。
しかし、たかだか一万光年の範囲では、高等生命体は見つからなかったのでね」
ランサーが投げやりに手を振った。
「さっぱりわからん。要するにどういうこった」
「つまり、私たちの時代でも、農作物や家畜は地球発祥のものだということです。
食べ物や飲み物、服装だって現代とそんなには変わりません」
「そうだな。おまえの格好もそうだし、この前の晩飯や酒も知っていただろう。
天の星から星へ、船で飛んでいるのに不思議なもんだ」
「別に不思議はありませんよ。
人間が人間である以上、おいしいものや綺麗なものには目がない」
ランサーはにやりと笑った。
「違いねえや」
「ええ、人間の大元は変わらないんです」
キャスターはカップを置くと、足を組み、椅子の背もたれに優美な肢体を預けた。
「そうね。人間の限界も変わらない。今でも人は老いや死から逃れられない」
寺を本拠地にしていた彼女ならではの言葉だった。深い紫が漆黒に注がれた。時に菫に、時にトリカブトになる美しい瞳だった。
「貴方の時代もそうなのでしょう。
アインツベルンの願いが叶えられると思って?
セイバーの願いも同じ。聖杯の分を超えることよ。
神を呼ぶことすらできぬのに、どうして時を変えられるかしら。
大神ゼウスとて、父の
アーチャーは空になったカップを、手の中で回した。
「死なない人間がいないように、滅びない国もまたありません。
そりゃあ、当事者にとっては堪ったものではないし、紛れもない悲劇ですよ。
しかし、歴史の中ではありふれた出来事なんです。
国が滅んでも、また新たな国が生まれ、人間の歴史は続いていく」
「ずいぶんとあっさりしたものね」
キャスターの言葉に彼は肩を竦めた。
「私は前者は書物で知っていました。
後者については、身をもって体験しましたが、結論は変わりません。
国が滅びても、そこで暮らす者すべてが死に絶えるわけではない。
人が集まって国が生まれるのであって、国が人を生むのではないのだから。
人がいる限り、また新たな国が生まれるのです。時には、滅びを苗床にして」
もしもあの時、自分が同盟政府の陰謀のままに死んでいたら。国の形は残っていても、建国の理念を失った生ける屍でしかない。不自由惑星同盟とでもいうべきであり、それはヤンたちが守ろうとした国ではない。そんなことを考えながらの言葉だった。
凛は、アーチャーの横顔を凝視した。よく見るとハンサムと言えなくもないけれど、線の細い平凡な顔を。彼を英雄たらしめるものは、その内側にあった。
歴史を愛し、平和を希求し、人の可能性を信じる心と、一千万人を殺せる戦いの才能。その矛盾を抱えてなお、優しさと豊かな人間性を持ち続け、戦い抜いた激しさと厳しさだ。彼は、母国を深く愛していたのだろう。腐って生き長らえるなら、死んで新たな種の肥やしとなったほうがいいと思うほどに。
「セイバーに、自分の国を調べさせたのはそれでなの?」
凛の問いに、アーチャーは悪戯がばれた子どもの表情になった。
「まあね。国が滅びるのは、誰か一人の責任ではないのさ。
一人でどうにかできるのなら、そもそも滅びはしないわけだし。
今の状況を知れば、少しは気が晴れるかと思って」
ランサーことクー・フーリンは頷いた。
「なるほどな」
「その点、あなたは凄い。ただお独りで国を守り抜いたわけですから」
ランサーは背もたれに身を沈め、嘆息した。
「俺の時はな。しかし、アルスターはこの世のどこにもねえ」
「しかし、あなたの伝説は、今も千六百年後も語り継がれている。
こういったことこそが、真の不死ではありませんか?」
「小さい嬢ちゃんちのは贋物ってか?」
アーチャーはにっこりと微笑んだ。
「千年前に失った魔法が本物かどうか、誰がどうやって証明するんです?」
それは悪魔の証明だと、黒い悪魔が指摘する。
「あっ! てめえ、またえげつねぇことを考えてやがるな?」
アサシンは遠い目をした。歴史に冠たる大英雄二人が、なんたる会話をしているのか。
「千年も前に失っても、アインツベルン家は今も存続しています。
実のところ、魔法がなくてもまったく問題がないということではありませんか。
もっとも、今回も失敗では、また暴発される恐れがある。
キャスターとライダーにご協力いただきたいのは、宥めるための鼻薬ですよ」
まだ未成年のマスターたちに、六十年の時間を。第六次までの遅延作戦、これこそがヤン・ウェンリーの本当の狙いだった。