Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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57:戦場の心理学者ふたたび

 居合わせた者たちと、電話の向こう側のキャスターが一斉に息を呑んだ。今回の聖杯戦争でも起こっていることだ。キャスターによるランサーの奪取。やや変則的だが、ライダーの代理使役もあった。前回に起こっていてもなんの不思議もない。

 

「ほかにもおかしなことがある。

 さっき、第一次から第三次までの状況をイリヤ君が教えてくれたが、

 ろくな戦闘がないように思えるんだよ。

 どこに、サーヴァントの影響で擬似的な不死を得たマスターが登場するんだ?」

 

「あ!」

 

「凛はそれを知っている。イリヤ君は知っていたかい?」

 

 イリヤは首を横に振った。

 

「そんなの、聞いたことない」

 

「さて、今回はそういうマスターがいる。

 バーサーカーから受けた傷が、跡形もなく治った士郎君だ」

 

 士郎の視界に、色調を異にする赤と緑の瞳が一斉に飛び込んできた。

 

「彼の手当をした私が断言するが、あれは間違いなく致命傷だよ。

 そういう怪我が治癒したのでなければ、不死とは言えない。

 しかし、なぜそれがわかったのか。こちらも答えは二つかな?」

 

 ランサーが口を開いた。

 

「殺るか、殺られたからだ。確実に急所を捉えてな」

 

「ご名答です。

 同じサーヴァントのマスターが、

 同じ治癒能力を持っていると考えたほうが無理がない。

 同じサーヴァントを呼ぶことは可能だからだ」

 

 呆然とする士郎の前で、凛とイリヤが同一の単語を口にした。

 

「触媒……!」

 

「それが士郎君と『彼』に、不死に近い再生能力を与えたのではないか。

 ただし、サーヴァントが現界している期間だけね」

 

 士郎も凛に倣うかのように、右の肩を握り締めた。弓道部から足が遠ざかった原因の怪我。治るまでに一か月、痕が薄くなるには三か月以上かかった。でも、炎に巻かれたはずの十年前の痕跡はない。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「凛にそれを語った者こそが、士郎君たちの父と戦ったと考えられる。

 まあ、最初からおかしいと言えばおかしかった。

 すぐに敗退した者が、どうして衛宮切嗣の行為を語れるんだ?」

 

 第四次聖杯戦争参加者の遺児たちの瞳が、零れんばかりに瞠られた。セイバーが歯の間から声を絞り出した。

 

「……そうだ。ランサー主従には語れない。ライダーたちも知らないはず……」

 

「マスターは自分に似たサーヴァントを召喚する。

 そういうことではないのかと私は疑っているわけだ」

 

「アーチャー……あんた、何を言ってるか判ってんの!?」

 

 顔を磁器の白さにした凛の問いに、アーチャーは静かに答えた。

 

「私も教会にいたんだよ。君の後見人が、衛宮切嗣を語るのを見ていた」

 

 押し殺しきれない、歪んだ歓喜に満ちた表情だった。

 

「あんなに詳しく語れるということが答えだ」

 

 マスターの一人を斃すため、ホテルを爆破し、彼の婚約者を攫い、騙まし討ち同然に殺したと。

 

「それをどうやって知ったんだ? 語れそうな者はこの世にいないのに」

 

「あっ……」

 

「一方で、教会が呼びかけたキャスターの討伐。

 子どもを攫い、止める家人を皆殺しにしたのが、

 キャスター主従だとどうして断言できるんだ」

 

「し、しかし、彼奴らは、私の目の前で、子どもを魔物の生贄に……!」

 

「違うよ、セイバー。それは犯行の結果であって、犯行そのものではない。

 子どもを攫うのと、家人を殺すのは同じことではないんだ」

 

 士郎は唾を飲み込んでから、セイバーに告げた。

 

「そうだ、アーチャーの言うとおりだ。

 子どもを誘拐すんなら、学校の帰りなんかを狙えばいい。

 普通なら親は迎えにこないから、親を殺さなくても誘拐はできるんだ」

 

 アーチャーは頷いた。

 

「それは家に押し入ったときに発生する犯罪のかたちだ。

 しかし、大人が殺され、子どもがさらわれていては発見が遅れるよ。

 警察に通報され、報道されるまでに、またタイムラグが発生する。

 教会からの通達はあまりに早い。まるで犯行を目撃したかのようだ」

 

 セイバーは息を飲んだ。アインツベルンの森での残虐な血の供犠。それを目の当たりにしていた彼女は、教会からの伝達を疑いはしなかった。

 

「それには、今回のキャスターのような探査能力が必要だ。

 だが、肝心のキャスターがその犯人だと言う。

 では誰がそれを見た?」

 

 黒い瞳の焦点が、時空を超えた場所へと結ばれる。

 

「いや、見ただけではいけない。伝えなくては意味がない。

 そう考えると、可能なものがただ一騎だけ存在する」

 

 アーチャーは、自分にとっても苦い単語を口にした。

 

「――暗殺者(アサシン)。一騎のはずなのに、数十が出現したというアサシンだ。

 気配遮断スキルを持つ彼らなら、見ているだけなら気づかれない。

 マスターと感覚共有することだってできる。

 情報を握る教会に、アサシンのマスターは潜んでいた。

 これが最も辻褄の合う推論だ」

 

 衝撃を受ける緑の瞳のふたり。

 

「そ、そんな……綺礼が……」

 

「馬鹿な! ならばなぜ、あの凶行を止めなかったというのか!」

 

 呻くようなセイバーに、アーチャーはそっけないほどの口調で答えた。

 

「教会にとっては、遠坂時臣を勝たせる出来レースだからさ」

 

 凛は思わず彼に掴みかかった。その手は空を切らず、温かな手に受け止められた。

 

「凛、凛。君にとってショックなのはよくわかる。

 しかし、遠坂の望みを考えた時にわかったんだ」

 

「何がよ!」

 

 どこまでも深い黒い瞳が、凛を通して遠坂の願いに向けられていた。

 

「君の父の望みが根源への到達ならば、教会にとって最もありがたいんだ。

 神の権威を穢す、不老不死の復活なんてとんでもないことだ。

 だって、この世界には吸血鬼やゾンビが存在して、

 聖堂教会は彼らを狩っているんだろう?」

 

「あ……」

 

 神の名において、人外を狩る代行者。まさに言峰綺礼の前歴である。息子が危険な任務に就くことに反対しなかったことからして、彼の父璃正の信仰も同様だったのではないか。

 

「その点、時臣氏の願いは、世界の外へ片道切符で行くようなものだ。

 第三魔法復活を願うアインツベルン、不老不死が願いだったマキリ。

 この両者が勝者になったら困るんだよ」

 

 ランサーが鼻を鳴らした。

 

「はん、御三家以外だって、強いサーヴァントがいたんだろうが」

 

 アーチャーは首を振った。

 

「いいえ、この二家は聖杯の器と令呪を抑えている。

 単に勝つのは可能でも、魔術儀式の勝者となるのは難しい」

 

 ランサーの携帯から、得心したような呟きが漏れてきた。

 

『なるほどね。遠坂はいずれも持たぬ魔道の若輩。

 教会が味方しても勝つのは容易ではないでしょうけれど、

 失敗しても懐は痛まない』 

 

「恐らくは」

 

 アーチャーの手の中で、凛の拳が解け、指先が冷たくなっていく。項垂れるマスターを、彼は沈痛な面持ちで見つめた。

 

「言っただろう、戦いは数と情報に左右されると。

 その点では、君の父は正攻法に徹している」

 

「……連続殺人犯を見逃しても!?」

 

「勝つために必要ならと考えたんじゃないかな。あまり賢いやり方ではないね。

 一番信じてはいけない相手を、同盟者にしたのを含めて」

 

 アーチャーが誰を疑っているかは、もはや明白だった。漆黒の瞳が、凛からランサーへと向きを変える。

 

「そこでランサー、あなたに伺いたい。

 なぜ、あなたの前のマスターの保護を教会に伝達しなかったのか」

 

「……てめえ、実は性格極悪だろ」

 

 ランサーの切り返しに、アーチャーことヤン・ウェンリーはうっすらと微笑んだ。

 

「善人が、金と引き替えに人を殺す職業に就くと思いますか?」

 

 彼の故郷であり、戦場でもあった、宇宙空間そのものの温度の笑いであった。

 

 ランサーは失態を悟った。彼が踏んだのは、とんでもない化け物の尻尾だった。一千万人を呑みこむ漆黒の龍。それがこの男の本性だ。

 

「私は人を疑い、策に嵌めて殺すのが仕事だった。だから疑うわけですよ。

 我々が教会にいたときに、あなたが墓地に現れた理由を。

 あなたのような好漢を、心に蕁麻疹ができそうな野郎が従えていた理由をね」

 

「くっそ……わかってやがるくせに」

 

「現段階では、あくまで私の憶測ですよ。

 でも、それが的中していたら、この子たちの命も危うい。

 ……あなたの本当の主のように」

 

 ランサーの目が見開かれ、険しく細められた。

 

「貴様……!」

 

 殴りかからんばかりの形相に、凛は制止の声を上げた。

 

「待ってランサー。アーチャー、どういうこと?」

 

「彼女とキャスターの間に、ランサーの主であった人間がいるということだよ」

 

「彼女!? 彼女って、じゃあ、時計塔の斡旋した……」

 

「そうだ。ランサーが召喚に応じた理由から考えるに、

 彼を全力で戦わせることができるマスターは彼女しかいない。

 男性の方では無理だ」

 

 二対の瞳が石と化し、呆然と黒髪のサーヴァントを見つめた。これは魔術でも千里眼でもない。わずかな情報の欠片を、丹念につぎはぎした結果だ。

 

「戦いには為人(ひととなり)が現れる。

 戦いは、人間の感情のぶつけ合いだから当然だがね。

 ポイントは、ランサーほどの戦士に諜報をやらせたこと。

 さて、四次で似た戦い方をしたサーヴァントがいなかっただろうか?」

 

 金沙の髪の少女騎士も、聖緑を零れんばかりに見開いた。

 

「まさか、そんな!」

 

「そして二人のマスターに対しても、似たようなことをしたのではないだろうか」

 

「なんだと!?」

 

 ランサーがアーチャーに詰め寄る。士郎は震える口を開いた。

 

「ふたり、ふたりって……」

 

「第四次アーチャーのマスター、遠坂時臣。

 第五次ランサーのマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 両者のサーヴァントを強奪したのは同一人物だということさ」

 

 場が静まり返った。

 

「ほかにもある。サーヴァントの願いについてだ。

 人生のやりなおしを求めるもよし、受肉して生きるもよしと、彼はそう言った。

 前者の願いはともかく、後者が出てきたのはなぜだろう」

 

 その場に居合わせなかったセイバーは、はっとなって口を開いた。

 

「それは四次ライダーの望みだったはず……」

 

「ではセイバー、それを知りえる者は?」

 

「……私とアイリスフィール、ライダーの主従、そしてアーチャーと……」

 

 凛とした声が少しずつ張りを失い、最後は囁くような小声になった。

 

「あの男のマスター。アサシンが潜んでいたなら、そのマスターも聞いていた……?」

 

「彼がライダーの望みを知っていたのなら、

 アーチャーと同盟していたか、アサシンの主ということになり、

 先ほどの推論と矛盾しなくなる」

 

「し、しかし、単なる偶然かも知れないでしょう」

 

「そうかもしれないが、人間は往々にして身近なものを例にするんだ。

 だとしたら厄介だよ。前回のアーチャーならば、深山町の一家殺人が可能だからね」

 

「よもや、あのアーチャーがいると!?」

 

「そう思ったほうがいいだろう。

 隠しているようで、隠しきれていない。

 君や私のマスターに自慢でもしたいんだろう」

 

「じ、自慢ってなんなのさ!?」

 

「君たちの父は亡くなり、自分は生きている。

 君たちは何も知らず、不幸の元凶を再演しようとしていると。

 ま、これは私の言いがかりだ。確たる証拠は何もない」

 

 アーチャーの視線が刃と化し、蒼い前髪を断ち切る鋭さで一閃した。ランサーはそっぽを向いて右手を挙げた。

 

「ひとつ、証言はあるぜ。おまえに言わせりゃ幽霊の言葉だがな。

 

 俺を呼んだ女をやったのは、おまえが疑っている男だ」

 

「そいつはどうも。

 あなたの二番目の主は、言峰神父ということで間違いないですか?」

 

 ランサーはアーチャーに向き直り、無言で頷いた。

 

「では、今後の課題は第八の勢力の排除になります。

 となれば、一番危険なのはキャスター、あなたがただ」

 

『なんですって!?』

 

「サーヴァントの所在がはっきり知れているからです。

 危険ですよ。寺の住人をことごとく殺すかもしれない。

 可能ならアサシンも連れて、間桐家に移ってください。

 ライダーはあなたに恩があるし、桜君たちの保護者も必要です」

 

『マスターと離れろと言うのね』

 

 察しのよい相手にヤンは頷いた。もっとも、電話の向こうのキャスターには見えないだろうが。

 

「ええ、あなたがサーヴァントとして籠城するから、敵が攻めてくるわけです。

 人間を装って、街中で暮らせばおいそれと手は出せない。

 いざというときは、我々と相補的に戦えばいいでしょう」

 

『けれど、大聖杯はあの山のどこかにあるのよ』

 

「脱落者がいない以上、まだ意味がありません。

 小聖杯の器は、イリヤ君が握っている。

 使う時に、こちらの陣地になっていればいいんですから」

 

 必要な場所を、必要な時だけ使う。ヤンが生前構想していた宙域管理(スペースコントロール)の応用である。わざと椅子を空けておくことによって、座ろうとする者をコントロールするのだ。

 

『……わかったわ』

 

「そして、ここからが士郎君とセイバーの正念場だ。

 イリヤ君もね。因縁の相手として狙われる可能性が高い」

 

 名を挙げられた面々は一斉に頷いたが、イリヤが心配そうな表情になる。

 

「ねえ、リンとアーチャーは?」

 

 セイバー主従は顔を見合わせ、イリヤと同様に眉を寄せた。頭脳は最高、しかし戦士としては最底辺。宝具は強力だが、本人にとっても両刃の刃。襲われたらひとたまりもないだろう。

 

 アーチャーはゆっくりを瞬きをして微笑んだ。いつもの温かみのある表情に、凛は詰めていた息を吐いた。

 

「心配してくれてありがとう。ここは家族同士で乗り切ろうと思うのさ。

 我々は間桐主従と組むよ」


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