Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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54:波乱の自己紹介

「アーチャー? 遠坂と一緒じゃなくてよかったのか」

 

「単独行動スキルの恩恵だよ。戦うべき敵も、ひとまずいなくなったからね」

 

 魔力温存のために、司令官代行の美丈夫には引っ込んでもらったが、アーチャーは遠坂邸から締め出しを食っていた。

 

 大した理由ではない。衛宮家で療養中だったアーチャーを、遠坂家に帰すことをみんな失念していた。凛の結界は霊体での侵入を拒み、実体になると鍵を貰っていないアーチャーにはどうしようもない。それを忘れて凛は登校してしまい、目を覚ました彼はここで困っていたのである。

 

「そ、そか……。じゃ、俺と一緒に学校に行こうか?」

 

「君は、ほんとうに真面目だねえ……。

 でも、今日はやめておいたほうがいいと思うよ。色々なことがあったしね」

 

 優しい口調だった。そういえば、士郎は彼と一対一で話をしたことはなかった。アーチャーの隣には、いつも凛がいたからだ。

 

「うん、そうだな……。慎二の爺さんのことは覚悟してたけど、やっぱちょっとさ。

 俺、なんにもできなかったから」

 

「でも士郎君、君がいたから救われた人がいるんだ。

 たとえば君とイリヤくんのおとうさん」

 

「……違う。俺が助けてもらったんだ」

 

「でも、彼は魔術以外にも君に色々なものを遺せたよ。

 思い出や君への言葉、藤村家の人たち、この家もね。どれも、とても貴重なものだ」

 

 黒い瞳が優しく細められた。  

 

「正直、羨ましく思うよ。私はむろん、五百年生きても遺せなかったものだ」

 

「アーチャー……」

 

 アーチャーは知っていた。それも当然だろう。彼のサーヴァントが一部始終を見ていたのだから。

 

「君の存在は、多くの人を繋いでいるんだ。

 君がいなくては、桜君や慎二君に手が届かなかっただろう。

 イリヤ君たちと協力することもできなかっただろう。

 どれも凛だけではできないことさ」

 

「そうかな……。俺にもっと力があったらいいのに」

 

 士郎は拳を握った。機械いじりをしたり、弓道や剣道をやった手は、やや小柄な身長に似合わず、大きくてしっかりしている。

 

「力ならあるよ。君の真面目さ、人の役に立ちたいと願う献身、それが培った人望」

 

「魔術じゃなくて?」

 

 アーチャーは魔術については何も言わなかった。黒い瞳が静かに微笑んだ。限りなく優しいが、底知れぬ悲しさを含んだ笑みだった。

 

「その魔術が君の友人たちに何をしたかい?」

 

 士郎の目が見開かれて揺らぎ、声もなく口が開閉した。

 

「そして、衛宮切嗣の娘にも苦しみを与えている」

 

「イリヤに?」

 

「亡くなった父を憎み、義理のきょうだいを憎む、その原因となったもの。

 当主が高みの見物をして、あんな少女を送り込んで羞じないもの。

 第三魔法に対する妄執だよ」

 

 それは聖杯戦争を始め、冬木を危険に晒し、多くの孤児を生んで、再び戦いに駆り立てようとしている。

 

「凛はきっと、自らの足で目標に至るだろう。

 間桐がなくなった今、御三家筆頭のアインツベルンから順当に目的を果たせばいい。

 うまくいかなかった場合のために、キャスターやライダーに協力してもらってね」

 

「うん。でもなんでさ?」

 

「イリヤ君が、どういう方法で願いを叶える気なのかはわからないからねえ。

 多分、そんな方法は取らないと思うが、歴史の改変によるものだと困る」

 

「へ?」

 

 アーチャーは珍しく眉間に皺を寄せ、独語するように呟いた。

 

「セイバーが、自分の国を救うというのは、歴史の改変にあたるんだよ。

 それが可能なら、アインツベルンも魔法を失伝していないことにできるんだ。

 千年前に遡り、第三魔法を保護する。冬木の聖杯戦争自体が起こらなくなる」

 

「そんなの無理だろ。今だって聖杯戦争やってるじゃないか!」

 

 黒髪が左右に振られた。

 

「成功するのは第六次でも七次でもいいんだ。

 歴史のターニングポイントの改変で第三魔法が存続し、

 聖杯戦争は行なわれず、今の我々はその時点で存在しなくなる。

 こいつがタイムパラドックス」

 

 穏やかな抑揚の声が告げたのは、一つの世界の滅びの形だった。

 

「は!? タ、タイムぱらどっくす!?」

 

「あるいは、そこで新たな世界が分岐する並行世界の誕生かな?

 これは凛の研究テーマのようだが、観測できないから意味はないか」

 

 士郎の目が点になった。慎二がアーチャーの知識を不審に思ったわけである。発言が歴史からSFへと飛んだ。

 

「なあ、アーチャー、昨日慎二も言ってたけどさ、

 アーチャー、いや、ウェンリーはいつの時代の人間なのさ」

 

「私はE式姓だから、ウェンリーが名前だよ。名字ならヤンのほうだ」

 

「あ、うん。ってイーシキってなんだ!? いやいや、誤魔化されないぞ」

 

 反射的に頷いてから、士郎は意味不明な単語に引っ掛かりかけた。だが疑問符を赤毛から振り落とし、黒髪のサーヴァントを追及する。

 

「まあ、隠すほどでもないっていうか、言っても意味ないと思うんだ。

 正直に言うと、私は未来の異世界の異星人だから」

 

「な、なにふざけたことを言ってんのさ!」

 

「あー、やっぱり信じられないよなあ……。

 嘘じゃないんだが、かといって、この軍服じゃ証明にならないからなあ」

 

 そのつもりはないのに言葉を重ねると、さらに煙に巻く有様だ。この軍服が実在しないことを証明するには、膨大な資料を必要とする。

 

「大聖杯がサポートするのは、現代までの知識だからね。

 時の輪の外の我々を呼べる術なのに、そっちには限界があるんだ。

 ま、仕方ないけどね」

 

「はい?」

 

「現在から過去は知ることができる。でも、過去には戻れない」

 

 士郎はとりあえず首を縦に振った、

 

「現在から未来へは向かうことができる。しかし、未来は窺えない。

 これは宇宙を支配する法則だ」

 

「あ、ああ」

 

「だが、魔術の話を聞くと、根源というのは世界の外側にあるという。

 この宇宙の法則外の極ということかな。

 我々英霊は、この宇宙と、根源との間に位置する。

 だから時から切り離されている。そういうことでいいのかな?」

 

 士郎の首が動きを止めた。

 

「ご、ごめん、俺、魔術使いだからさ……。そういう勉強ってやってないんだ」

 

 アーチャーが首を傾げ、困ったような表情で黒髪をかき回ぜる。

 

「ああ、そんなことを言ってたね。ごめん、忘れてたよ。

 この理屈で正しいのかどうかもわからないけど、

 生まれてもいない私のコピーを、呼べるのはそういう理由じゃないかと思うのさ」

 

「生まれてもいないって、アーチャーは死んで……あぁ?」

 

 鸚鵡返しをするうちに、士郎の頭はこんがらがってきた。

 

「うん、確かに私の人生は終わってる。千六百年ほど先の話だが」

 

 そして、ついに凍結停止した。士郎にはお構いなしに、ヤンは学究的な呟きを発した。

 

「世界の内と外。

 外の我々は並行世界と時間を超えて存在し、内側には複数の並行世界がある。

 ここもその一つだから、私の世界とは歴史の経緯が異なるんだ」

 

 士郎の目と口がぽかりと開いた。

 

「この世界では、東西冷戦が終結している。二大大国は成立していない。

 西暦2029年に、そういう形での全面核戦争は起こらないだろう」

 

 今度は上体がふらりと揺れ、畳に手をついて支える。

 

「え、ええ、えええ。ちょっと待て、待ってくれ……」

 

「まあでも、北方連合国家(ノーザンコンドミニアム)三大陸合衆国(US.ユーラブリカ)の全面核戦争じゃなくて、

 民族や宗教のテロ戦争で核が使われたりするかもしれないから、

 世界の滅亡回避はまだ保留だけどね」

 

 暢気な顔をして、恐るべきことを告げる、自称未来の異世界の異星人。士郎は目と口を全開にして、アーチャーの大人しげな顔を凝視した。

 

「信じる信じないは君の自由だが、私の名はヤン・ウェンリー。

 いまから千四百年後に建国し、その二百年後に滅びた旧自由惑星同盟の退役元帥で、

 エル・ファシル独立政府革命予備軍の司令官だ。

 住所はここから七千光年ほど離れた、オリオン腕とサジタリウス腕をつなぐ、

 イゼルローン回廊中央部のイゼルローン要塞」

 

 士郎の脳細胞が、ついに限界を迎えた。理解不能、切断、暗転。慌てふためく名を呼ぶ声を遠くに聞いて、士郎の意識は黒く塗りつぶされていった。

 

*****

 

 士郎の名を呼ぶ声に駆けつけたセイバーに、ヤンは絞られそうになった。

 

「何をした!」

 

「ええと、自己紹介を少々」

 

「馬鹿な! 己を明かすとは、私を侮っているのか?

 私は停戦には応じたが、聖杯を諦めるつもりはない」

 

 金髪を逆立てんばかりの剣幕に、ヤンはそろそろと片手を挙げた。

 

「あの、私は聖杯はいらないし、君を侮ってもいないよ。

 侮るまでもなく、私は君には勝てないし」

 

「違いねえや」

 

 野次馬のランサーが頷いた。

 

「令呪もなく宝具を出せば、セイバーが手を下すまでもなく消えるぜ。

 出さなきゃ、一撃で死ぬだろうがな」

 

「後者のほうが明らかに楽だなあ。主にマスターが。

 あんまり痛い死に方はしたくないから、時が来たらあなたがたにお願いしますよ」

 

 志の低いことを言い始めるヤンに、ランサーは呆れ顔になった。

 

「おまえなあ……。俺たちは確かに亡霊だが、誇りのないことを言うなよ。

 あの騎士が嘆くぜ」

 

「いや、私はあなたのように、誇れる生き方をしてませんからねえ」

 

「そいつを聖杯でどうにかしようとは思わねえのかよ」

 

 セイバーも険しい顔で頷く。ヤンは顔の前で手を振った。

 

「いやいや、いくら聖杯が、世界の内側で万能といってもねえ。

 物理的に無理なんですよ」

 

「どういう意味だ」

 

 エメラルドが黒曜石にぶつけられたが、堅牢さで勝るほうは小揺るぎもしなかった。

 

「世界の内側というのが、なにを指すのかが問題でしてね。

 いまのところは、人的領域イコール地球だからいいんです。

 しかし、私の生きていた時代ですと、人間の住む領域は一万光年に広がってます」

 

 二人の騎士の目と口で、計六個のOの字が書かれた。

 

「で、私が死んだのは、この地球から光の速さで、七千年余り離れた場所です。

 そこに願いを届けるのに、千六百年の時間しかない」

 

「は、はあ? ちょっと待てよ! じゃあ、てめえは……」

 

「……まさか、未来から来たと!?」

 

 ヤンは頷いた。

 

「私の宝具が一応の証明です。ランサーが刃を交えたのは、炭素クリスタルの斧。

 今の技術では作れないはずですよ」

 

 蒼い髪の騎士の顎が再び落ちた。

 

「そして、この世界は、私の世界とは歩んだ歴史が明らかに違う」

 

「……どうしてそんなことが言える!」

 

「私の世界だと、あと二十年ほどで全面核戦争が起きるんだ。

 北方連合国家と三大陸合衆国という、二つの大きな国の間でね。

 でも、そんな国はどこにもなく、これから二十年で建国するとも考えにくい」

 

 セイバーが息を吸い込み、ランサーの喉仏がゆっくりと上下する。ヤンはひょいと肩を竦めた。

 

「七千光年の距離と千六百年の時間、そして世界の壁。

 これをクリアして、願いを叶えるには、聖杯が何個必要になることやら。

 叶えられる願いを増やしてくれ、という願いはだいたい却下されますがね」

 

 そして、伸びた士郎に黒い視線を送る。

 

「といったようなことを言ったら、士郎君はオーバーヒートしてしまったようでして。

 未来云々だけでも、誇大妄想狂の発言にしか聞こえないでしょうからね」

 

 眉を下げるヤンに、ランサーも鼻に皺を寄せた。

 

「俺にもそう思えるぜ」

 

「このうえ、私の国と敵国は、

 百五十年も星空で艦隊戦を繰り広げていると言ったら?」

 

「アホぬかせ!」

 

「でも、本当なんですよ。残念なことに」

 

 黒髪の青年が浮かべたのはほろ苦い微笑だった。漆黒が聖緑に向けられる。

 

「一瞬で一万光年先に言葉を届け、宇宙船は一日で百五十光年の距離を飛び越える。

 しかし、不老不死どころか不老長寿、

 死後十分以上の死者蘇生も実現していないんだ。

 できたら私はここにいないだろうね。

 人である以上、生物としての限界は超えられないんだよ、きっと」

 

 セイバーには答えられなかった。人の限界を超えたものの末路は、この深更に見たばかりだった。しかし、あの鞘は違うはずだ。

 

「私としては、伝説の英雄と語らい、この平和な世界に触れるのが夢なんです。

 私は、平和な世界で歴史学者になりたかったんですから」

 

 やや特殊だが、聖杯戦争も戦争だ。戦史研究はヤンの一番の得意教科だった。研究期間が短いのは難点だが、特殊な文化を調べるのは文句なしに面白い。

 

「ケルトの大英雄と酒を酌み交わし、

 ギリシャ神話の大英雄には肩車をしてもらいました。

 神話の美女とも、一応の面識ができましたしね」

 

 正直言うと、ギリシャの魔性の美女二人には、あんまり関わりたくないが。

 

「そして、セイバーは私が理想に描いた女騎士です。

 アサシンとは話をしていませんが、会話に困る種類の相手ですから、

 これは仕方がないかな。だから、よりよい方法を見つけたら、

 自分で退場してもかまわない。マスターたちが、幸福になれる方法を」

 

 黒い瞳がセイバーを見つめた。澄み切っているのに、底の覗けぬような深淵だった。

 

「だから私は、アインツベルンに助力し、

 さっさと聖杯戦争を成功させてもらうのが一番だと考えている。

 君の願いを叶えるには、イリヤ君を助けるのが早道ではないかな」

 

「なぜですか」

 

「バーサーカー、いやヘラクレスは神の一柱だ。

 なのに、ここに来ているということは、

 人として果たせなかったことが目的ではないかと思う」

 

「それは……」

 

 アーチャーはセイバーの素性を知らない。彼が知るのはヘラクレスの悲劇。

 

「彼は、女神ヘラの差し向けた狂気によって、妻子を手にかけている。

 その贖罪が、彼を十二の冒険に向かわせたんだけれどね。

 狂気に身を落としても、子どもを守ることができるなら、

 最大級の神への意趣返しにならないだろうか。

 その点では、彼はライダーと似ているかもしれない」

 

 セイバーの背筋に霜が生じた。バーサーカーの目的など考えてもいなかった。子殺しの贖罪は生前でも足りず、神への反旗を掲げたのだろうか。

 

「イリヤ君の勝利が彼の願いなら、協力すれば君に譲ってくれるかもしれないよ。

 君にとっても、第四次の挽回とならないだろうか。

 衛宮切嗣の、アイリスフィール・フォン・アインツベルンの願いに、

 娘の幸福が含まれていなかったとは思えない」

 

「ならば、なぜ、私に何も言わなかったのだ!」

 

「それは私にはわからないよ。故人にしかわからないことだ」

 

 ヤンは不毛な論争に突入する気はなかった。

 

「大事なのはこれからじゃないか。

 アインツベルンが勝てば、あの子たちは姉弟として暮らせるかもしれない。

 聖杯戦争の必要がなくなれば、凛は桜君を助け、それが慎二君をも救うだろう。 

 第四次の孤児たちが更なる輪を作り、傷を癒していくんだ」

 

 それは、いま一人の死者、遠坂時臣の願いでもあるはずだ。

 

「これは聖杯がなくてもできることだと思うよ。

 マスターが全員、生存していることが条件だがね。

 これこそが、私のみっつめの願いだ」

 

 青の騎士ふたりの、心を射抜く一撃だった。彼らとヘラクレスの共通点も子殺しだ。槍の騎士は我が子と知らず、剣の騎士は我が子と認めず、その手に掛けた。

 

「……なるほどな。そいつは上出来な願いだ。

 俺も聖杯に用はねえが、一口乗せてもらおうか」  

 

 ランサーにラインを繋いでいるキャスターからも、賛意が伝わってくる。彼女もまた、子を失った母だった。

 

 ヤンは顔を綻ばせ、彼に右手を差し伸べた。

 

「ありがとうございます」

 

 目を瞠ったランサーも、右手を差し出し握手を交わす。

 

「だが、またおまえの部下とは戦ってみたいもんだがな」

 

「努力はしましょう」

 

「おまえに期待しても無理そうだからな。これは武人の手じゃねえ」

 

 剣を取り、弓を射る者の手ではなかった。男性としても指が細く、掌が薄い。

 

「で、セイバーはどうする?」

 

「いえいえ、これは強制ではありませんからね。

 彼女はあくまで士郎君の騎士です。

 セイバー、君は自分の考えで行動してくれてかまわないよ」

 

 無言のセイバーに、穏和な声がかけられた。

 

「ただ、ひとつだけお願いしたいのは、

 生きている人間を優先してほしいということなんだ」

 

「ならば、私は……!」

 

 いや、私も生きている! セイバーの口を衝きそうになった叫びだった。それを飲み込み、彼女は理解した。アーチャーが聖杯に目もくれない理由を。彼が考えているのは、マスターである少年少女らのことだった。凛たちに、遺してきた妻や養子、部下と友人、そして恵まれなかった我が子を見ている。

 

 少年少女らの幸せはなんだろう。それに聖杯は必要なのか? 魔術師としてではなく、人生に必要なものは? アーチャーが出した答えは愛情と知識だった。

 

 彼の目標にとっては、聖杯戦争など手段にすぎない。クー・フーリン、ヘラクレス、メドゥーサ、そしてヤン・ウェンリー。聖杯が教え、自身が語った彼らの共通点は、『家族の喪失』。これを軸に、今度はサーヴァントの同盟を作ろうとしている。タイムリミットまでに、聖杯を欲しない者は退場すればいいのだからと。大胆なまでの発想の転換だった。

 

「私は……」

 

「君の願いは国を救うことだったね。

 とはいえ、ここでは既に過去のことになっているんじゃないかな?」

 

 ヤンの言葉に、美少女がみるみる険相になった。右手に力が篭る。見えざる剣は厄介だ。ヤンは胸の前に手を上げ、セイバーの説得を試みる。

 

「ああ、その、すまないね。言い方が悪かった。

 一種のカンニングだが、君の国のことを調べてみたらどうだろう。

 現在がどうなのかも」

 

「なぜだ!」

 

「ここは私の知る、自分の世界の過去じゃないんだ。

 君の時代から続く未来でもないかもしれない」

 

 セイバーの口がぽっかりと開く。

 

「凛の研究テーマは、第二魔法『並行世界の運用』。

 その魔法使いが聖杯戦争のシステム構築に関わっているそうだ。

 世界の外側の英霊へ呼びかけ、コピーであるサーヴァントが内側に降り立つ。

 しかし、その世界が、自らの世界と同一とは限らないんじゃないか?」

 

 おっとりとした微笑みさえ浮かべて、黒髪の魔術師(マジシャン)は不吉な言葉を吐いた。理論の飛躍に、セイバーの脳細胞もマスターのそれと運命を同じくしようとしていた。

 

「つまり、ここは君が英雄となった世界とは限らないわけさ。

 たしかにそのほうが理にかなっているんだよね。

 タイムパラドックスの危険を減らせるから」

 

 ずらずらと述べ立てられる、訳のわからない言葉たち。セイバーにはほとんど意味不明だったが、結びの一言ははっきりとわかった。

 

「だとすると、ここで勝って願っても、骨折り損になるかもしれないよ」  


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