Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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9章 聖杯探求
53:文字どおりの人材活用


 桜を一度絶命させたことで、ライダーが制御できなくなるかもしれないというのは、

杞憂に終わった。寺の階段を下りているうちに、手の甲に一片の花びらが浮かんできたからだ。

 

「これが令呪の回収と、再配分のシステム……。ずいぶんと手回しがいいじゃない」

 

 凛は複雑な面持ちになった。契約の切断を機に、桜が聖杯戦争と縁を切れればいいと思っていたのに。

 

「令呪を作ったのはマキリなんだろ。やっぱ、特別扱いなんじゃないのか」

 

 そう言う士郎も、心に蟠るものがあった。桜の重みと体温を背負うと感じてしまう。凛が手を汚して、間桐の呪縛を断ち切っても、聖杯戦争からは逃げられないのかと。

 

「かもね。仕方がないわ。桜の魔力を横取りするものはいなくなった。

 ライダーが本来の力になるのは厄介だけど」

 

 でも、今はライダーをあてにするしかない。セラやリズの手を借りて、凛のパジャマに着替えさせると、心中で詫びながら桜にもガンドを打ち込む。間桐邸に到着すると、ライダーが飛び出してきた。

 

「あ、ありがとうございます! よかった……本当によかった……。サクラ……」

 

 涙声で礼を言う彼女は、やはり完全な悪とも言いがたい。メドゥーサの原型は地母神キュベレだと、イリヤはアーチャーに教えてもらったそうだ。

 

地母神は、わが子のためには他者を犠牲にするのも厭わない。ガイアしかり、鬼子母神しかり、唯一のために全てを切り捨てることができる、母性の残酷な一面を持つ女神。彼女らの基準は、善悪ではなく愛憎なのだ。だから彼女は慎二に従ったのかもしれない。

 

「……ところで臓硯は?」

 

 蟲の群体を一匹殺しても、残りが死ぬわけではない。本体を殺しても、肉体もどきは生きて動いているかもしれない。女王蜂を失った巣のように、蟲がばらばらになったりしたらどうしようか。危惧する凛に、ライダーは美しい唇を開いた。

 

「サクラが私を助けてくれてから、ほとんど動いてはいませんでしたが、

 先ほど、急に干からびたように固まりました……」

 

「そう……手間が省けてよかったわ」

 

 イリヤの変貌と無関係とは思えない。あの流麗な声は、イリヤであってイリヤでなかった。

 

「じゃあ朝になったら、士郎が桜たちの迎えに行ってくれない?」

 

 兄妹そろって体調不良で部活を休んでいる。親しい士郎が様子を見に行くのは、一般的に不自然ではない。

 

「え……?」

 

「慎二を無罪放免するのは癪だから、ガンドを打ち込んどいたの。

 今頃、強烈な風邪で唸ってるわ。今さっき、桜にもやっておいた。

 風邪で年寄りが死ぬのはありふれた話よ。あとは慎二がうまくやるでしょう」

 

 五百年生きるには、世間の目を欺く必要がある。臓硯が日本に移住してからでも二百年だ。なんとかする方法が間桐には伝わっているに違いない。淡々と続けた凛に、ライダーを加えた一同は引き攣った顔になった。

 

 アーチャーは主に似ていないが、凛が従者に似てきた。おそろしい……。

 

「ま、いざとなったら、キャスターにも手伝ってもらいましょう。

 今の間桐はがらあきよ。桜の師になってもらえば、双方に後ろ盾ができるじゃない。

 アインツベルン関係の外国人が増えるより、間桐の家庭教師だってことにすれば」

 

「それ、リンの考え?」

 

 イリヤの問い掛けは、質問というより確認の口ぶりだった。ちゃっかりと、しかも上手に人を使う。凛のというより、十代の人間の発想ではない。

 

「お察しのとおりアーチャーのよ。

 それでライダー、あなたにも協力してほしいの。罰則を兼ねるけど。

 もしも聖杯が使えない場合でも、アインツベルンの願いには

 近付けるかもしれないから」

 

「え?」

 

 ソプラノとメゾソプラノの疑問の声があがり、イリヤの目がまん丸になる。眼帯の下の、色を隠した目も丸くなっているのだろうか。

 

「聖杯戦争の勝利に賭けたら、勝つか負けるかのゼロか百でしょ。

 バーサーカーは確かに強いけど、それでも戦いに絶対はないわ。

 そうでしょ、ランサー?」

 

 むくれた顔の槍兵は、無言でぷいと横を向いた。アーチャーを侮り、宝具使用を許可したら、千を越える軍勢を引っ張り出してきやがった。現在のマスターは、魔術師のくせに短剣を振り回し、槍兵に傷をつける女だ。

 

 一般論で語れるアーチャーやキャスターがいるのなら、出てきてください。お願いします。深紅の焦点を遥か彼方に結んで、ランサーは深々と溜息をついた。

 

「だったら、たとえ一割でも二割でも、目標に近づいたほうがいいんじゃない?」

 

 アインツベルンの悲願は、第三魔法『天の杯』『魂の固定化』を取り戻すこと。その魔法が、不老不死または死者の蘇生を意味するのならば、今回招かれたサーヴァントの能力で、可能なことがあるかもしれない。

 

 そう前置きして凛が伝えたのは、アーチャーの破天荒な人材活用術であった。 

 

***** 

閑話11 ヤン先生の課外授業 人材活用編 

 

 ライダーへの対応に、ランサーの力を借りようというのが、アーチャー ヤン・ウェンリーの考えだった。

 

「できれば、ライダーにも協力してほしいんだよね」

 

 意外な言葉に凛は驚いた。

 

「え、斃すんじゃないの? 吸血鬼といい、結界といい、やることが凶暴じゃない。

 さっさと始末して、聖杯の反応をみるのも一つの方法だと思うけど」

 

 アーチャーの黒い目がまじまじと凛を見つめた。

 

「な、なによ。まさか、生前の話を聞きたいってわけじゃないでしょ」

 

「君もなかなか言うなあ……。確かに一騎ぐらいなら平気かなとは思うし、

 化け物にされてしまった身の上を聞かされても困るのは確かだ」

 

 その遠因の海神ポセイドンにも興味はあるけど、恋人が絶世の美女から魔物になったら、あっさりと見捨てる男だ。伯父なら姪を諌め、元に戻せばいいだろうに。結局、神と人間は相容れないんだとヤンは思っている。 

 

「じゃあ服のことを聞くわけ?」

 

 ベレーを落っことしそうな勢いで首が振られる。

 

「いや、それも別にいいよ。私は女性のファッションには疎いからね。

 そうじゃなくて、意味があるような気がするんだよ」

 

「なんの? わたしも、ペルセウスの失敗説が正しいと思うけど」

 

「ペルセウスを呼ぼうとしたことの意味だよ」

 

「それは、ライダーとしては最高峰だからでしょ。おそらく英霊有数の宝具持ちだわ。

 天馬ペガサスにメドゥーサの首、アテナの盾と剣、

 ヘルメスのサンダル、ハデスの兜。

 とにかく、これだけあれば大抵の英霊に対処できるわよね」

 

「うん、そうだね。だが、それだけだろうか。

 間桐の当主は御三家の最長老。彼が選んだ触媒に何の意味もないんだろうか」

 

 その発想がなかった凛は、決まり悪げに目を逸らした。ろくな触媒が用意できなかった挙句、地下室にあった万暦赤絵とかいう壷で、この変わり者が来てしまったのに、うっかりしてた……。 

 

「そりゃ、勝つために決まってるじゃない」

 

「勝利するために兵力を増やすと、補給の苦労も増えるよ」

 

 たったの一言だったが、凛を考え込ませるには充分だった。ギリシャ神話において、ペルセウスはヘラクレスに迫る英雄だが、人生の幸福度においては(ヘラクレス)の追随を許さない。

 

 メドゥーサの討伐の成功した帰還の途中で、討ち取った首で化け物鯨を斃し、王女アンドロメダを救う。美しい妻を得て王位に就き、子宝に恵まれて幸せな生涯を送った。唯一の悲劇が、予言のとおりに祖父を殺してしまったことで、これは円盤競技の事故だ。

 

 聖杯に願うような、人生の悔いがあるだろうか。呼ぶとしたら相当な力量がいる。その後の維持だって大変だろう。戦いに勝つには、一に兵力、二に補給、三に指揮官。聖杯戦争では、全部マスターが兼任しなくてはならない。

 

「たしかに慎二じゃ無理ね。ライダーだって、かなり弱体化してたもの」

 

「では、ペルセウスとメドゥーサの共通点は?」

 

「ペガサスでしょう」

 

「いや、メドゥーサもだ。メドゥーサにこそ意味があるとしたら?」

 

 アーチャーは、また小難しいことを考えていたらしい。

 

「じゃあ石化の能力かしら」

 

「ないとは言えないが、メドゥーサの血が生んだものは、ペガサスだけじゃないんだ」

 

「はあ?」

 

「私は、この聖杯戦争の本命はキャスターだと思うんだ。

 一番いいのは、アインツベルンの魔法使いを呼ぶこと」

 

 そう言って、彼は人差し指を立てた。

 

「ああ、言ってたわよね」

 

「でも無理なら、私だったら次善の人物を呼ぶ」

 

「次善って、誰よ?」

 

 不老不死は神の業。しかし、この聖杯は神霊は召喚できない。

 

「死者の蘇生に成功した、医神アスクレピオスさ。

 彼も半神で、死して蛇使い座になっているが、

 ヘラクレスが呼べるなら可能だと思うよ。知名度だって高いだろう」

 

 太陽神アポロンの息子で、ケンタウルスの賢者ケイローンの弟子。特に医業では師に優り、ついには死者を蘇生させるまでになった。一匹の蛇が巻きついた彼の杖は、今日でも医療の象徴である。

 

 しかし、これは冥府の神ハデスから、世界の秩序を破るものだとの声が上がる。抗議を受けたゼウスは、雷でアスクレピオスを射ち殺し、天に迎えて星座となした。

 

 とかく神は極端である。孫に対する仕打ちとしてあんまりだろう。なにも殺さなくても、やめろと警告すればいいではないか。

 

「ちょっとねえ……。知名度は高いけど、戦闘能力はないわよ」

 

「いいや、彼を呼べたなら、無理に勝つ必要はないよ。

 死者蘇生の方法を教えてもらえればいいんだから」

 

「は?」

 

 アーチャーは立てた指を二本、三本と増やす。

 

「私は一番の方法が無理なら、次善、三善の方法を考える。

 別の道筋でも、最終的にゴールにつけばいいわけだ。

 まあ、千六百年後の医学でも、不老不死は実現はしてないけどね」

 

「蘇生って、それじゃ救命救急講習じゃない……」

 

「いいや、全然違うよ。蘇生のボーダーは死後五分以内。

 アスクレピオスは、もっと時間の経過した死人を完全に蘇生させている。

 脳細胞の死の壁を飛び越えるんだ。ものすごいことなんだよ。

 これだって、私の時代でも解決していないんだから」

 

「ふーん」

 

 アーチャーの力説に、凛は曖昧に頷いた。だが、次の言葉に目を剥くことになる。

 

「彼が使った死者蘇生の薬は、メドゥーサの首の血が原料なんだ」

 

「なんですって!?」

 

「その考えがどこかにあっての選択かもしれない」

 

 黒い髪と瞳のヤン・ウェンリーは、腹の中も真っ黒い。

 

「サーヴァントは簡単には死なない。右の頚動脈から献血してもらおう。

 吸血鬼事件への罰として適当じゃないか」

 

「け、献血ってどうすんのよ、それ!?」

 

「君の宝石魔術は、血を使って魔力を込めるんだろう?

 メドゥーサの血を封じた宝石を作っておいたらいいさ。

 次回への担保になる」

 

 穏やかに微笑まれて、凛は引き攣った。

 

「アーチャー、あんたも悪よのう……。ところで、三番目もあてがあるの?」

 

「コルキスの王女メディアは、若返りの術を使えるんじゃないかな」

 

「うわぁ……。すっごい難しい人物じゃない……。わたしだったら呼ぶのはパス」

 

 王女メディアは、アルゴー号の冒険の事実上のMVPなのだが……。情熱と理知、狡知を併せ持つ、愛憎がオールオアナッシングな魔女だ。惚れた男のために父と国を裏切り、逃れるために異母弟を手にかけ、夫イアソンの継ぐべき王位を奪うために、誤った若返りの術を王女たちに吹き込み、王を刻んで煮殺してしまう。その仕打ちに国民は怒り、彼らは隣国コリントスへと逃げる。

 

 コリントスの王は、イアソンを気に入り、娘と結婚させようとした。メディアを恐れたイアソンは、彼女と別れ、新たな妻を迎えようとする。するとメディアは花嫁衣裳を贈るのだが、その衣装には魔術がかけられていた。結婚式で花嫁から業火が上がり、助けようとした父王ごと焼き殺す。

 

 イアソン夫妻の子どもは報復で殺されてしまったが、彼女は無傷で逃げおおせている。再び逃れた先は、ヘラクレスの領地。さすがの彼も庇いきれず、メディアは放浪を続けるのだ。最終的には、死後の沃野、エリシュオンの支配者になったと伝えられる。悪の勝ち逃げ人生の頂点といえよう。

 

 ちなみに、イアソンは野垂れ死に。アルゴー号の残骸の下敷きとなったそうな。アルゴー号は主を差し置き、とても大きな星座になった。あまりに大きいため、現在では、帆、(とも)、羅針盤、竜骨の四つに分割されている。神にスルーされたイアソンは、ライダーの最底辺だろうか、やっぱり。特に運が……。

 

「いくらなんでも、やることが激しすぎると思わない?

 とてもじゃないけど、うまくやれる自信がないわ」

 

 眉間に皺を寄せて首を振る凛に、彼は目をぱちくりとさせた。

 

「こういう神話は、大げさな脚色がつきものだからね。

 話してみると、根っからの悪人ではないように思える。

 まあ、殺した人間の数で言うなら、彼女なんて可愛いものだ」

 

「……ま、まさか……キャスターって……」

 

 アーチャーは凛の問いには直接答えなかった。

 

「メディアはヘラクレスの同時代人だ。当然、メドゥーサはいない。

 彼女がメドゥーサの血を手に入れたら、

 もっとすごい術を編み出せたかもしれないよ」

 

 はっとする凛に、彼は不器用に片目をつぶってみせた。

 

「時と場所を越えて英雄を結集できるなら、それを活用しなきゃもったいない。

 聖杯が駄目だった時に、一番厄介な陣営に嗅がせる鼻薬も準備するのさ」

 

 ヤンの目的は、マスターの子どもたちが欠けることなく、大人になって幸せに長生きをすることだった。そのために彼は新たな布石を打ち始める。

 

*****

 

「その発想はありませんでした……」

 

 呆然と呟いたのは、運転手のセラだった。ライダーの真名がメドゥーサと悟った時から、アーチャーは考えていたのだろう。せっかく、時間と空間を飛び越えて神話や伝説の英雄を呼ぶのだ。遮二無二殺し合いをさせるより、個々の技能を提供してもらえばどうか。

 

「今回がダメなら、次回の準備もしておけばいい。

 やってみなければわからないけど、宝石魔術は血を媒介して石に魔力を篭める。

 ライダーの血の魔力をストックしておいて、次はアスクレピオスを呼ぶの。

 第三魔法の使い手が見つからなくても、そういう手段もあるんじゃないかですって」

 

 一応の停戦をみたからこそ、可能になったことだ。

 

「聖杯戦争は元々、第三魔法を求める魔術儀式だったわけよね。

 招くサーヴァントにも、影響するんじゃないのかしら。

 ライダーやバーサーカーの触媒は、当主が選んだんでしょう?」

 

 死者蘇生の薬の原料となる、メドゥーサの首の血。たまたま本人が来てしまったが、ペルセウスが来ても宝具として所持しているはずだ。ゼウスの血を引き、ヘラの乳を飲んだヘラクレスは、人間を超えた強靭な肉体を誇った。ついでに言うなら、仔細ありげなセイバーも。今、口に出す必要はないから言わないけれど。

 

「とにかく、これで聖杯、いえ大聖杯の調査に入れるわね」

 

 情報にはまだまだ取りこぼしも多い。第四次の生存者ウェイバー・ベルベットと連絡はつかず、外来の魔術師二人も行方知れずだ。桜のために魔力を温存していたので、

アーチャーもほとんど回復ができなかった。おまけに、数時間後には学校が始まる。

 

「いっそ休んじゃいたいけど、そうも言っていられないわ。

 じゃあ、一旦休憩。あとは手筈どおりにやりましょう」

 

 その後、士郎は打ち合わせどおりに行動し、救急車と警察を呼ぶことになる。部屋のベッドで唸っている兄妹と、無言の臓硯を発見したと。魔術工房の結界は、ライダーが解除してくれていた。間桐の暗部、蟲倉もおぞましい中身を石へと変えた。

 

 ライダーのおかげで、士郎が割った窓ガラス以外の戸締りは完璧、病人は高熱にうかされている。遺体に外傷はなく、病死以外を疑わせるものはなにもない。士郎は不法侵入ということになるが、この事態では逆に感謝された。放置しておけば、最悪三人の不審死ということになってしまっただろう。取調べの警官はそう言った。

 

「学校への迎えがとんだことになったね。

 学校には連絡させてもらったよ。悪いけど、ちょっと話を聞かせてくれないかな」

 

 事情聴取は、とおりいっぺんのものだった。実際、それ以上答えられない。士郎は、間桐臓硯と会ったことはないのだ。

 

「あの、ここの桜……さんは、朝に家事の手伝いに来てくれるんです。

 うち今ごたごたしてて、最近来ないのはそれかと思ってたんだけど……」

 

 士郎は警察官の質問に、ぽつりぽつりと答えた。今日来たのは、彼ら兄妹が土日の部活動を休んだからだ。土曜日は体調不良という連絡があったが、日曜日は連絡もなかった。

 

「俺、ちょっと心配になって。こんなことなら、昨日様子を見に行けばよかった……」

 

「いや、君のせいじゃないよ。おじいさんは昨日の午後では間に合わなかったろう」

 

 中年の警官が優しく言ってくれたので、士郎の罪悪感はいや増した。しかし、隠し通さねば。項垂れて表情を暗くする士郎の肩を、警官が力づけるように軽く叩く。

 

「亡くなってから、二日は経過しているようだ。悪いことが重なったんだな。

 ここの息子、いや君の友達の父さんも入院中なんだ。

 病院に詰めたりして、一家で風邪をもらったんだろうね」 

 

 高校生と老人の体力の差が生死を分けたのだ。警官はそうも言った。

 

「運が悪いとはいえ、これは寿命だろうなあ」

 

 事情聴取が終わった士郎は、あっさりと帰宅を許され、間桐臓硯の死は、世間的には片がついてしまった。

 

 士郎は複雑な気分だった。慎二や桜、喰われてしまった人たちにとっては正義。しかし、手を下したのはランサーだが、凛が桜を一度は死なせ、イリヤが臓硯の本体を潰した。悪を断つために、少女たちが白い手を汚した。自分は見ていることしかできなかった。

 

「正義の味方どころか、女の子に優しくもできてない……。

 ごめんな、じいさん……」

 

 士郎は呟いた。魔術を人に役立てる魔術使いだという自負も木っ端微塵だ。二百年蓄積した魔力による、心臓の再生という桁外れの大魔術を目の当たりにした。凛は士郎と同い年だ。素質の差はあれ、正しい方向に進んだ者と、勘違いの自己流で迷っていた者では、途方もない距離が開いていた。

 

 高校野球優勝校のドラフト一位選手と、弱小校の補欠どころではない。打撃練習のつもりが、素人ちゃんばらの素振りになっていたようなものだ。凛がルールを教え、フォームの矯正に乗り出したが、ちゃんとした魔術になるのはいつのことやら。

 

 だが、こんな当然の劣等感さえ、一人きりでやっていたから持たなかった。特別な力に溺れた、井の中の蛙だった。劣等感まみれの慎二のほうがずっとまともだ。慎二は自分の力のなさを思い知り、才能ある妹に嫉妬したのだから。兄として、ひょっとしたら許婚としての愛情との間で、どれだけ苦しんだことだろう。

 

「友達のことだって、ちゃんと見てなかった。

 なんでもやってるつもりで、なんにもできてなかったんだ。

 俺、なんの力もないのか……」

 

「自分の大きさを知ることが、成長の第一歩さ」

 

 ふわりと気配が集い、柔らかな声が掛けられた。


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