Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話10:猛犬にご注意

「ところでよ、なんでホットドッグっていうんだ。

 おまえなら知ってるかもしれねえと坊主が言ってたぞ」

 

 セラの魔力の不正融資で、実体化できるほどに回復してきたアーチャーに、ランサーは声をかけてみた。布団の中から寝ぐせだらけになった黒い頭が覗く。

 

「ああ、それは広告を描いたイラストレーターの遊び心だそうですよ。

 パンに挟んだソーセージを、ダックスフントに見立てた絵を描いたら、

 店主が気に入って、ホットドッグという商品名にしたんだとか」

 

 なおも首を捻るランサーだった。

 

「はあ? この国は犬を食わないんだろうが。 

 なのに、なんで犬を食い物に見立てるんだよ」

 

「元々はアメリカの食べ物です。もっとも、アメリカ人も犬は食べませんがね。

 ダックスフントは変わった姿の犬なんです。

 極端に胴長短足で、毛は茶色。この街でも、飼っている人をよく見かけますよ」

 

「おい、あれ、犬だったのか? 

 やけに鼻面の長いイタチを連れてる連中が多いと思っちゃいたが……」

 

 最近人気があるのは、ホットドッグの看板に書かれたダックスフントよりも、さらに小柄で華奢なミニチュアダックスだ。毛が長いものも多いし、色も種類が増えてきた。

たしかに、もうソーセージに似ていないかもしれない。

 

「現代は、室内で飼えるような小さな犬が人気ですからね。

 プードルとか、チワワとか」

 

 聞きなれない単語に、即応する聖杯の加護。それはランサーが驚くことばかりだった。

 

「あの小羊の出来損ないみたいなのも、猫より細っこいのも犬だったのか!?」

 

 ヤンは感心した。さすがはゲリラ戦の名手、観察眼が鋭い。

 

「ええ、そうです。でも、ちゃんと犬らしい犬もいるでしょう」

 

「姿だけはな。だが、だらけきってやがる。

 あれじゃ狩りもできねえが、今の世ではその必要もねえ。

 無駄飯食いじゃねえか。なんで飼ってんだ」

 

「家族の一員として、可愛がるためですよ。

 今の時代、特に日本は人間の寿命が長い。

 子どもが巣立った後に、犬や猫を買うという人も多い。

 これも豊かで平和だからこそです」

 

 ランサーは髪を掻きむしった。

 

「そんなに呑気に飼うもんじゃねえぞ。獣を飼うには覚悟がいる。

 犬が狂ったら、命を賭しても始末しなきゃならねえ」

 

 狂犬病に感染して発症すると、致死率は百パーセントに限りなく近い。記録をひっくり返しても、助かった人間は片手の指よりも少ない。しかし……。 

 

「ん? そいつも今では助かるのか……」

 

 聖杯が告げるのは、狂犬病のワクチンがあるということだった。 

 

「科学の進歩はすごいでしょう?

 狂犬病のワクチンが発見されたのは、今から約百二十年前です」

 

 この日本では、死病が死病でなくなるどころか、姿さえ消した。

 

「それだけじゃありません。破傷風や壊疽も同じです。

 天然痘は撲滅され、ペストも根絶に向かっています。

 こういった事こそが、本物の魔法だと思いませんか?」

 

「……だな」

 

 人の意志で、力で、新たな法則を見つけ、世界を書き換えていく。

 

「たった七組の主従では、決してできないことです。

 だから私は、聖杯戦争に願うことはありません。私は知っていますから」

 

「何をだ?」

 

「人間の意志と可能性を。この国は敗戦国だった。

 出征した多くの若者が戦死し、首都や大都市が空襲で壊滅的な被害を受けた。

 その焼け跡から、こんなにも平和で豊かな国を築いていったのです。

 たったの六十年で」

 

 ランサーに、聖杯の知識が是と囁く。

 

「はぁ、それを言っちゃあ、おまえのマスターも立つ瀬がねえやな」

 

 黒い瞳が、微苦笑に細められた。

 

「私は軍人でしたから、数の信奉者なんですよ。

 やれ、魔術は秘匿とやっている間に、どれほど世界が変わったか」

 

「だな。馬も牛もいねえ。痩せ細り、襤褸をまとい、垢に汚れた者もいねえ」

 

「でも世界には、まだそういう国の方が多い。

 そんな人々の生を賭けた戦いに比べれば、これは金持ちの道楽ですね」

 

 熱のない口調で、一刀両断するアーチャーに、ランサーは肩を竦めた。穏やかに見えて、この男には空恐ろしいものが潜んでいる。

 

「……まあな」

 

「安全地帯に老人がふんぞり返っているのに、

 あの子たちが命を賭けるには値しませんよ。

 過去への逆行よりも、今を生きることが大事だと思うんです」

 

 そしてこの先も、どれほど変わっていくことか。ヤンの知っている歴史は訪れないかもしれない。しかし、人の持つ不屈の精神は、変わることがないだろう。

 

 例えば、核の焦土の中から立ち上がり、星空に飛び立った人々がいた。氷の船で出発し、五十年も新天地を探した人々は、ヤンの祖先だ。その一員に、圧倒的な帝国に、屈さぬことを選んだ自分たちを加えるのは、少々おこがましいだろうか。

 

「魔術をすべて否定するわけではありませんが、もっといい方法はないのか。

 過去を探すことが、未来への扉になることもある。

 知ったうえで、あの子たちにはよりよい選択をしてほしいんです」

 

 この世界の未来は、彼らのものだから。

 

 そう呟くと、アーチャーの瞼が落ちた。ランサーは手荒く髪をかき回した。

 

「よりよい選択ねえ……。おい、ちょっと待て。結局食ってもいいのかよ?」

 

 渋々という感じにアーチャーは薄目を開け、士郎の言葉を裏付けた。

 

「ホットドッグ自体は犬の肉は使ってません。ソーセージは豚肉が材料です。

 ……ああ、でも」

 

「でも、なんだ?」

 

「我々は概念の産物ですよね。毒は効きませんが、酒には酔う」

 

 ランサーは頷いた。

 

「あの命の水って酒はきつかったな」

 

「そしてねえ、物理攻撃は効かないそうですが、寝ぐせはつくんですよ……」

 

 その言葉に、ランサーは黒い頭を見つめて吹き出した。

 

「おい、どういう寝方をしたら、そんな頭になるんだよ」

 

 大半の時間は霊体化していたのに、どんな寝相だったのか、あちこちがはねている。特につむじの左右の髪がぴんと突っ立ち、まるで黒猫の耳のようだ。

 

「変でしょう? 霊体の私が、ただの枕に干渉されるなんて」

 

「そういやそうだな……」

 

「要するに、気の持ちようというか、生前の感覚が残っているじゃないでしょうか。

 寝たら寝ぐせがつくのが当たり前だったから、髪がはねる」

 

「犬ってのが引っかかるんなら、ゲッシュに障るってか……?」

 

「嫌な気分になるなら、やめておくのが無難じゃないですかねぇ」

 

 結局はランサーの気分次第ではなかろうか。そんなアーチャーの回答に、再び頭を悩ませるランサーだった。




狂犬病は海外ではまだまだ猛威を振るっています。渡航の際はご注意を。生還率は数十億分の一以下で、エボラウィルス(死亡率最大90%、ウィルス株によって異なる)が、呂布を見た後で関羽には勝てると思えるレベル。なお、正解はどっちにも負ける。

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