Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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48:兄と姉

「遠坂がライダーを凍らせたときに、桜が令呪を使ったんだ。

 放っといて次を捜せばいいのに、判断が甘いんだよ。

 でも、僕はしめたと思ったね。だから、対魔力の底上げに反対した。

 令呪が残り一個になっちゃうってさ」

 

 間桐臓硯は深謀遠慮の人であって、臨機応変の人ではない。これは、アーチャーことヤン・ウェンリーと似ている。だが、ヤンには非常事態に対応してくれる有能な幕僚が何人もいた。

 

 臓硯には誰もいなかった。長く生き過ぎ、次世代育成を怠った報いだろう。酒浸りの息子、魔術師気取りと魔術師未満の孫は知識に乏しかった。特に魔力を搾取するため、虐待そのものの鍛錬を施していた桜のほうは。

 

「なにより、遠坂の術を甘く見てたんだな」

 

「相応に元手がかかってるんだよ」

 

「知ってるさ。あいつも馬鹿なんだよ。

 魔術なんかやめれば、左団扇で暮らせるんだぜ」

 

「エネルギー補給用のが、五十万もするんだもんなあ……。

 俺、知らなかったから、トイレに流しちまったけど」

 

 隣室の凛をやきもきさせながら、男三人の会話は脱線を交えて続く。 

 

「遠坂の魔術を解く方法は三つだ。

 一番簡単なのが、令呪による対魔力の底上げ。でもこれは僕が反対した」

 

「他にはなんだい?」

 

「二番目は正攻法さ」

 

 水と風の二重属性が、宝石の結晶のように精緻で堅牢に編まれた術に、魔術師として挑戦する。

 

「ジジイは、姉を貰えばよかったってほざいていたけどさ。

 遠坂を養女にしても意味ないぜ。おまえが言うように教育が悪いんだから」

 

「ははあ……確かに、研究者が実践者である必要もないからね。

 君は魔術という学問に向いているのかもね」

 

「へっ!?」

 

 間抜けな声をあげる士郎の隣で、慎二も唖然とした。

 

「E=mcの二乗を見つけたアインシュタインが、原爆を作ったわけじゃない」

 

「……おまえ、いつの時代の人間なんだよ」

 

 慎二はアーチャーを追及した。

 

「聖杯の加護は、かなり手広く深く現代知識をサポートするけど、

 ライダーはそんなこと考えつかないさ。

 生前の知識に左右されるんだぞ。

 しかもおまえ、光の矢を撃つそうじゃないか」

 

 士郎も頷いたが、アーチャーは気だるそうに首を振った。

 

「それは、後にさせてもらえないかな。そろそろ時間切れになりそうだし」

 

「く、じゃあ、簡単に続けるぞ。結局、ジジイには歯が立たなかった。

 ライダーの消滅までに、解呪の式を組み立てる時間はなかった。

 そんな術が使えるなら、桜にもっとましな魔術が教えられるさ」

 

 令呪を開発した頃の臓硯ならば、とっくに桜を間桐の色に染め替えていただろう。

 

「それではどうやって?」

 

「一、二が駄目なら、三番目の力押ししかない。

 それもライダーが消えず、遠坂の魔術が薄れるぎりぎりまで待ってだ。

 でもアイツに、遠坂の魔力に対抗できるパワーはない。

 桜にやらせるしかなかったのさ」

 

 士郎もアーチャーに続いて疑問をぶつけた。 

 

「慎二、ちょっと待ってくれ。じゃあ、桜も魔術師っていうことだよな。

 でも俺、桜から魔力を感じたことなんてないぞ」

 

 慎二は唇を歪めた。

 

「そうさ。蟲をたからせて、ジジイが横取りしてるからな」

 

 兄貴分と姉は息を呑み、アーチャーは溜息を吐いた。

 

「時臣氏の保護策が、裏目に出てしまったわけだ。

 彼としては、娘が君の結婚相手として乞われたと思っただろうからね。

 当然、無体はすまいと考えるよ」

 

「あの爺は、子孫なんかどうでもいいのさ。

 もう五百年も生きていて、まだまだ生きる気でいやがる。

 聖杯を手に入れて、不老不死になるんだとさ。

 はっ、笑っちまうね。ミイラみたいな姿でどんだけ生きる気さ。

 ……そうはさせるか」

 

 慎二は、目をぎらつかせた。

 

「ライダーなんか放っとけと言っても、桜は聞きやしない。

 じゃあ、僕はおまえがやれって言ってやった。

 他にできるヤツはいないしね。爺も仕方なく、蟲を体から出した。

 一番の大物は残ってるけど」 

 

 士郎とアーチャーは異口同音に疑問を口にした。

 

「大物?」

 

「桜の心臓にいる、爺の本体だ。あいつはとっくに人間辞めてる」

 

 隣室の凛は必死で悲鳴を堪えた。でも、そんな日常を妹は十年も続けていたのだ。

 

「じゃあ、今、その……」

 

 口ごもる士郎に、慎二は肩を竦めた。

 

「まだいるさ。でも、遠坂の魔術を押し流すために、

 桜はフルスロットルで魔力を流した。

 で、中途半端に成功したけど、全体としては失敗だったというわけさ」

 

 凍結を解除することに成功したが、魔力を失って消えかけのライダー。桜にはもう魔力を供給する余裕はない。

 

「遠坂の魔術を押し流した余波に焼かれてジジイは半死半生。

 僕も、桜とライダーに血を抜かれたけどね」

 

「まてよ、慎二の親父さんは!?」

 

 慎二の父には、少ないながらも魔術回路がある。

 

「桜のヤツ、衛宮に言ってなかったのか?

 親父はライダーにびびって、家から逃げ出したんだ。

 酒飲んでたから、道でこけて、下まで転げた」

 

 事もなげな口調だが、それは一大事ではないだろうか。

 

「大丈夫なのかよ。慎二んちの前、急な坂じゃないか。

 あれ、下まで百メートルはあるだろ……」

 

 心配そうな士郎に、慎二は肩を竦めた。彼は酒びたりの父を軽蔑していた。なのに魔術回路があるから、自分より優れているというのだ。ではなぜ、修行もせず、養女に屈辱ごと押し付けるのか。同情する気も起きなかった。

 

「あっちこっちの骨を折って入院中だよ。頭の骨も。

 肝臓とすい臓も壊れかけ。はっきり言うと、意識不明の重体さ」

 

「え、ええーっ!?」

 

「当然、魔力だの体液だの供給するどころじゃない」

 

 魔術回路のない慎二の体液は、ぐっと魔力が落ちる。となれば、質より量。かなりの血を抜かれて、ふらふらになっていたが、なんとか動けるのは彼だけだった。今朝もどうにか食事の出前の連絡をして、到着を待っているところに、士郎たちが来襲したのだった。

 

 出前だと思って玄関を開けたところ、蒼い影が鳩尾に拳を埋めた。そこからの記憶は慎二にはない。そう言われて士郎は目を泳がせた。視線の先には、黒い瞳が困ったような表情を浮かべている。

 

「ランサーをどうにかしなくちゃと思ってさ……」

 

「うん、いや、あれは私のミスだ。

 キャスターが尾行してくれたらいいなと思ってたんだけど、

 考えてみれば彼女、積極的で情熱的、かつ果断な性格だったよなあ……」

 

 惚れた男のために、国宝を守る竜を眠らせ、追手の足どめに異母弟を切り刻み、海に撒き散らすほどに。生前そこまでしたのに、得られなかった誠実な伴侶と安住の地。手に入るなら、もたもた待ってはいない。おとぎ話で先手を打つのは、いつだって魔女ではないか。しかも、お姫様として幸せになるチャンスなのだから。

 

「もっと、時間はかかっても穏健な方法を考えていたんだよ。

 君たちにはすまないことをした」

 

 黒い頭が下げられる。

 

「しかし、手早く済むならそれに越したことはない。ではその後はどうなったのかな」

 

 促され、士郎は口を開いた。

 

*****

 

 慎二を確保したランサーは、ライダーを呼び付けたのだ。

 

「なんだ、このガキ。死にかけじゃねえか。

 出てこいよ、ライダー。マスターを見捨てる気か?」

 

 空気が揺らぎ、紫と黒と白に彩られた。しかし、いかにも存在感が薄い。短剣を構えたところで、剣と槍の騎士と、バーサーカーの敵ではなかった。ランサーは舌打ちした。

 

「チッ、こっちも消えかけか。あいつら、殺る気でやってやがったな……。

 よう、ライダー。おまえの本当のマスターを連れてきな」

 

 ライダーは切れ切れに反論した。

 

「私の、マスターは、貴方が捕らえていますが」

 

「ふん、大した忠義だが、ただのガキに貴様ほどの英雄が呼べるものかよ。

 いいから連れてきな。悪いようにはしねえよ。俺のマスターのお達しだからな」

 

 ライダーがびくりと肩を揺らした。

 

「さっさとしねえと、死んじまうぜ」

 

 紫の髪の美女は無言で踵を返すと、優美な肢体を宙に躍らせ、二階の窓に溶け込んだ。士郎は、セーターにジーンズの英霊に詰め寄った。

 

「ランサー、どういうことなのさ!」

 

「ま、見てろ」

 

 ランサーは顎をしゃくった。二階の窓が開き、貝紫の影が飛び出す。両腕に、毛布で包んだ少女を抱いて。

 

「さ、桜……。桜、おい、しっかりしろ!」

 

 彫像のように血の気をなくし、長い睫毛は硬く閉じられている。士郎の声にも反応がない。イリヤが小さな手をかざす。

 

「やっぱり、サクラがライダーのマスターだったのね。

 きっとこれ、リンの攻撃のせいよ。

 なんとかするにも、マトウの工房じゃできないわ。

 シロウの家まで戻りましょ」

 

「げっ、この状態で!? イリヤ、ちょ、ちょっと待ってくれ。

 完全に人攫いじゃないか!」

 

 まだ朝の九時を回ったばかりだ。通行人が多すぎる。

 

「もう、シロウのヘッポコ。

 秘匿する魔術って、こういうときのためにあるのに。

 でも悪いのはキリツグなんだから、わたしがやってあげる」

 

 イリヤは、長身の美男美女サーヴァントに手をかざした。全身に及ぶ巨大な刻印が光を放つ。バーサーカーを除く全員が目を瞠った。

 

「えいっ!」

 

 それぞれが対魔力を持ち、人間まで抱えているのに、イリヤの術は完璧に作用した。姿を消さぬまま、見えているのに何も不審を感じなくなる。

 

「さすが、バーサーカーのマスターだな、こりゃ」

 

「いいから、いそいで。ライダーは別にいいけど、リンの妹が死んじゃう」

 

 蒼い槍兵がぽかんと口を開けた。

 

「おいおい……。マスター四人がガキで身内かよ。あの野郎が戦う気をなくすわけだ」

 

 そして、人攫いの一団は憚ることなく道路を往来し、衛宮家へと帰りついたのだった。士郎の説明を聞いたアーチャーは、まずは疑問を口にした。

 

「……その術、セイバーには使えなかったのかな」

 

「へ?」

 

「ほら、教会から帰る時に」

 

「あっ!? ああぁーっ! その手があったのか?

 で、でも、セイバーの対魔力じゃ駄目じゃないのかなあ」

 

 慎二は、波打つ髪をかき上げた。

 

「衛宮はつくづくヘッポコだな。治癒魔術の類いは弾かないぞ」

 

「へ?」

 

「冷静に考えろよ。対魔力が邪魔して、マスターがサポートできなきゃ不利だろ。

 サーヴァントが大怪我した時に、敵の目の前で悠長に大魔術ができるか?

 というより、衛宮、試してもいないのかよ」

 

 夕日色が左右に振られる。間桐慎二は皮肉屋だが、それだけに思考能力に優れていた。

 

「そういうもんなんだ……」

 

「さもなきゃ、三騎士なんて持て囃されずに、はずれ扱いになるじゃないか」

 

 琥珀と漆黒が互いを映す。

 

「イリヤ君も、けっこう人が悪いなあ……」

 

「うう、教会の時は仕方がないけどさあ」

 

 イリヤにとっては、セイバーを信用する時間が必要だったのだから。

 

「そうだね。アインツベルンも、遠坂も、間桐も、家族問題が根幹にあるんだ。

 歴史上、非常にありふれた戦いの理由ではあるけどね。

 史上最高の覇者でさえ、家族を幸せにすることができたかどうか。

 いや、違うかな。家族と幸せに生きるのは、世界征服に匹敵する難事業なんだろう。

 いっそう聖杯戦争と切り離して考えるべきだよ。

 では私はそろそろ失礼するが、君たちはランサーに話を聞くことだ」

 

「ランサーに? なんでさ」

 

「彼は、自分のマスターの命令だと言ったそうじゃないか」

 

 今のランサーの主は……。

 

「キャスターが?」

 

「なんだよ、それ! あの青い奴は、衛宮のサーヴァントじゃなかったのか!?」

 

 目を見開く少年たちに、薄れながらの言葉が続いた。

 

「悪いようにしないともね……」

 

「おい、ちょと待て! 汚いぞ、最後まで説明してけ!」

 

 叫んだ慎二の背後の襖が開いた。

 

「うっさいわね。桜が起きちゃうじゃない」

 

「と、遠坂ぁ!?」

 

 仁王立ちしていたのは、あかいあくま、いや真紅の魔女であった。後ろ手で襖を閉めて、慎二につかつかと歩み寄り、襟元を掴んで締め上げる。

 

「冬木の管理者として、あんたの所業を赦すわけにはいかないわよ。

 学校の結界は、被害を出さないうちになんとかできたけど、

 吸血鬼事件もライダーの仕業でしょう」

 

「ぼ、僕を殺す気か!?」

 

 蒼褪めた慎二に、翡翠が凄絶な輝きを放った。

 

「簡単に楽にしてやるもんですか。あんたには償いをしてもらうわよ。

 あのじじいを排除し、桜が間桐を継ぐ。そして、間桐を立てなおしてもらう。 

 遠坂の魔術の分家としてね!」

 

「ん、な――」

 

「でも、それは後のことよ」

 

 凛が脱がずにいたコートから、一冊の本を取りだした。

 

「か、返せ!」

 

 返答は、胸の中央に叩きこまれた肘打ちだった。悶絶して倒れ伏す友人に士郎は目を白黒させた。師匠の鮮やかな手並みにも今のはなんだか、非常に洗練された動きだ。セイバーには一蹴されたが、必ず殺す技というのは、こういうものなのであろう。

 

「し、慎二! 遠坂も何を……」

 

 冷や汗まじりの士郎の問いに、凛は鼻を鳴らしたのみだ。

 

「やっぱりね。令呪の開発者ならではの裏技ってことね」

 

 ページを開くと、桜の花弁を思わせる図形が載っている。

 

「令呪の委譲。魔術師じゃない慎二が、ライダーを従わせるんだもの。

 なにかズルやってるとは思ってたけど、まさか無機物に移すだなんて。

 とんでもない術ね」

 

 しかし、それが弱点だ。凛の手が、ページの花びらをなぞる。

 

「――令呪に告げる。

 ライダーよ、三騎士及び狂戦士のマスターを害することを禁ずる!」

 

 ページが光を発し、図形が消失する。

 

「これで、残りは一個」

 

 うずくまったままの慎二に、凛は屈みこんだ。美しい顔に、底冷えのする笑みを浮かべて。

 

「ライダーがあんたに牙を剥かない理由はなくなったわ。

 桜の慈悲に縋る? まあ、あと一日は起きないでしょうけど」

 

 凛は再び慎二の襟元を締めあげた。

 

「それとも、遠坂とアインツベルン、衛宮に下る?

 ライダーはセイバーたちに見張ってもらってるけど、

 隙の一瞬でもあれば、あんたぐらい殺せるものねえ?」

 

 慎二の顔色が、赤黒く変色していく。士郎は必死に凛の手を押しとどめた。

 

「と、遠坂! 締めすぎだ!」

 

「ああ、ごめんなさい、間桐くん。これじゃ返事ができないものね。

 で、どうするの?」

 

 凛は花が綻ぶような笑顔を見せた。水仙も鈴蘭もトリカブトも、みな美しい花を咲かせる。致死の猛毒を根に蓄えながら。

 

「はいかイエスで答えなさい。それ以外は必要ない。あんたの命と同様にね」

 

 慎二はがっくりと頭を下げるしかなかった。


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