Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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注:独自設定には間桐鶴野の生存を含みます。


8章 謀略のチェスゲーム
46:朝食時の来訪者


『その剣を抜いたら、もう戻ることはできないよ』

 

 魔術師の予言に、少女は微笑んで答えた。

 

『でも、みんなが笑っていました』

 

 岩に突き立てられた黄金の剣。王にふさわしい者を選定する剣。国中から集まった、数多の騎士に勇者、いずれの手にも納まらなかった剣を抜いたのは、まだ少年の騎士見習いだった。いや、正しくは男装した少女。

 

 彼女は男装のまま王位を継いだ。選定の剣は彼女に不老を与えた。輝かしく、美しい少年王としての統治が始まった。正義と公平を重んじ、武技に優れた王の下に、国中から騎士が集い、忠誠を誓った。

 

 これで国を守り、民が安んじて暮らせる日が来る。騎士らの王はそう思った――。

 

 

 衛宮士郎の朝は早い。魔術の鍛錬に始まり、朝食の準備をして、学校に行く。それが平日。日曜日も登校以外は一緒だが、今朝はいささか違っていた。

 

「あー、七時かぁ……。寝過ごしちまったな」

 

 目覚ましなど必要としないほど寝起きがいい士郎だが、鳴ったことにも気がつかなかった。彼を目覚めさせたのは、空腹を刺激する芳香だった。淹れたての珈琲と、焼きたてのパン。腹が鳴るのと同時に、士郎は跳ね起きた。

 

「し、しまった!」

 

 慌てて着替えて、台所へ走る。そこにいたのは、薄墨の髪と瞳の後輩ではなく、雪兎を思わせる配色の妙齢の女性。士郎の足音がうるさかったのか、見返す瞳にちょっぴり険がある。

 

「グーテン・モルゲン」

 

「あ、リ、リズさんか。お、おはよう……。そか、そうだよな」

 

 やっぱり、頭が回っていないようだ。嘘かまことかはともかく、昨日の部活を体調不良で休んだ桜が来るはずがない。洋食の匂いに、つい桜だと思ったけれど、マキリを知るアインツベルンのマスターもいるんだから。

 

「ゴハンできてる。食べて」

 

「え、いいのか? ありがとう」

 

 促されて居間に行くと、イリヤが優雅な手つきで珈琲をかき混ぜていた。

 

「シロウおはよう。先に食べちゃったけど、シロウもどうぞ。

 日本ってスゴイのね。パンを作って焼いてくれる機械があるんだもの。

 うちのパンのほうがおいしいけれど、これも悪くないわ」

 

 聞けば、携帯電話などを買いに行った際に、自動パン焼き機も買ったのだという。

 

「イリヤの家って、パンまで手作りしてるのか?」

 

 銀髪がこっくりと頷く。

 

「うわ、金持ちってすごいな……。あれ、セイバーは?」

 

「道場に行ってもらいましたわ。

 一応、お嬢様の護衛を名乗ってもらっていますしね。

 実のところ、台所にいても手伝いになりませんから」

 

 答えは、セイバーの仮の上司から戻ってきた。

 

「す、すみません……。俺、呼んで来ます」

 

 士郎は決まり悪げに赤毛をかいた。これも召喚の不備の影響だ。ラインが非常に細いらしく、心話や視界共有などがアーチャー主従のようにいかない。もっとも、彼らほどつながりがよいのも、それはそれで大変そうだ。

 

 士郎は玄関から出ると、道場に足を向けた。

 

「セイバー、いるのか? 入るぞ」

 

 冬の朝の森閑とした空気が、板の間に充満していた。その中に、正座して目を閉じる、金と青の少女。一幅の絵のような光景だった。士郎は呆けたように見惚れ、息を呑み、言葉を失くしてしまった。長い金の睫毛があがり、秘められたエメラルドが露わになる。

 

「おはようございます、シロウ」

 

「お、おはよう、セイバー。あ、朝メシだってさ!

 今日はすごいぞ。パンまで作ってくれたんだ」

 

「素晴らしい……。朝餉に焼きたてのパンとは、最高の贅沢です。

 アーチャーではありませんが、今はなんと平和で豊かなのでしょう」

 

 立ち上がって、いそいそと居間に向かうセイバーは、美しく愛らしい少女にしか見えない。でも、彼女もまた、戦いに生き、剣で名を成した英雄のはずだった。こんな小さな背で、細い肩で、甲冑の重さに耐えるのも大変だっただろうに。明け方の夢のぼんやりとした記憶に、士郎は考え込んでしまうのだった。

 

 アインツベルン謹製の朝食は、一流シェフもかくやという味だった。いや、士郎は一流シェフのレストランに行ったことはないが。

 

「先日は、言葉の綾とはいえ、失礼を……。申し訳ありませんでした」

 

 と、セイバーはアインツベルンのメイドに詫びたものである。最初の朝に、桜が作ったサンドイッチはとてもおいしかったが、あれはいうなれば家庭の主婦の味。こちらはプロの料理人の味だ。昨夜のバイキングも多種多様で、常若の女神の食卓も及ばぬほどの彩りだったが、オムレツの火の入れ方や、珈琲の香りやコクの深さが歴然と違う。そして、焼きたてのパン。添えられたバターやジャムも、きっと高級品だろう。

 

「すごいよな。セラさんもリズさんも、料理上手だなあ」

 

 士郎がドイツの食に持つイメージは、ビールとソーセージとポテト程度のものだ。アーチャーはフリカッセはシチューだと教えてくれたし、ドイツ語も話せるから詳しいみたいだけど。士郎はフォークの手を止めて、ぽつりと呟いた。

 

「そうだ、アーチャー、大丈夫かなあ。……遠坂も」

 

「だからわたしがマスターになってあげるって言ったのに」

 

 イリヤは頬をふくらませたが、士郎はぎょっとした。

 

「それって、遠坂に死ねってことじゃないか!」

 

「ぜんぜんちがうわ。令呪は相手の同意があれば、かんたんな魔術で移せるの。

 力ずくでうばうこともできるけど。

 じゃないと、御三家のマスターはリタイヤができないでしょ?」

 

「知らなかった……」

 

「リンたら、うっかりさんね。でも」

 

 イリヤは言葉を切って、セイバーをちらりと見た。

 

「魔力喰いのアーチャーがいるから、リンにそんな余裕ないし、

 バーサーカーのいるわたしが、セイバーを欲しがるはずないし、

 シロウが他のサーヴァントまで持てるはずがないし。

 うん、やっぱり教える意味ないかも」

 

 無邪気な駄目出しに、赤い頭ががっくりと下がった。

 

「あう。遠坂が、アーチャーは燃費悪いってずっと言ってたはずだよな……」

 

 千人を優に超える騎士団が宝具の、射撃が下手なアーチャー。

 

「あれ、でも待てよ。あいつ、戦艦乗りだって言ってただろ」

 

「ええ、本来ならばライダーだっただろうとも言っていましたね」

 

「でもキャスター扱いされるかもしれないって言ってなかったかしら?」

 

 信号機の配色の視線が交錯して、三人の頭上を無数の疑問符が旋回する。

 

「で、名前がヤン・ウェンリーって。誰なのさ?」

 

「皆目見当がつきません」

 

 セイバーはかぶりを振った。真名を知れば、聖杯がその英雄の知識を与えてくれる。だから、聖杯戦争ではサーヴァントは名を秘し、クラスで呼ぶ。真名が知れると、弱点を晒すことに繋がりかねないのだから。

 

「しかし、今は彼のことよりも、ライダーとランサー、

 キャスターとアサシンへの対応を考えるべきでしょう」

 

「キャスターには、遠坂とアーチャーが話をつけたみたいだけど、

 このアサシンってさあ……」

 

 士郎は、リズが撮った心霊写真に眉を寄せた。セイバーの話によると、赤い外套に黒い軽鎧を身につけた長身の青年だったそうだ。なかば透き通った画像でも見て取れる、褐色の肌に銀髪、鋼色の瞳という、異彩を放つ組み合わせ。秀でた額に通った鼻筋の、なかなか端正な顔立ちである。

 

「……なんかムカつく顔だよなー。

 というよりさ、こんな派手な格好のアサシンがいていいのかよ」

 

 セイバーは口許に手をやると、小首を傾げた。

 

「前回のアサシンは、黒装束に髑髏の仮面でしたが」

 

「そっちのほうが、よっぽどそれっぽいじゃないか。

 で、コイツ、暗殺は専門じゃないって言ったんだろ?」

 

「はい。そも、暗殺者が姿を晒すのでは意味がない。

 まして、門番と名乗るからには、ずっとここにいるのでは?

 キャスターとアサシンのマスターが共闘しているとしても、

 アサシンの側に全く利がない。不自然です」

 

 またまた唸り声の混声合唱。士郎は赤毛をかきむしった。

 

「ランサーがどうするか、結局答えをもらっていないんだよなあ」

 

「でも、アーチャーはランサーとの約束をまもったわ。

 これは大きいと思うの。リンのお願いを聞いてくれるかもしれない」

 

 令呪を費消したうえで、自らの消滅覚悟で守られた誓約である。古代ケルト人のクー・フーリンこそが、その価値を認めるだろう。

 

「うー、結局、俺達がライダーとの決着をつけるしかないのかな」

 

 昨日、イリヤにも言われたが、慎二や桜をセイバーに殺せと命ずることはできない。そしてこの手で殺すことなどできやしない。士郎はそれを伝え、言い添えた。

 

「でも、俺、思うんだ。

 慎二はちょっと捻くれてるけど、根はいいヤツなんだ。

 桜だって、本当に優しい、いい子なんだ。

 こんなことする理由が何かあるんだよ。

 それを教えてもらえば、ほかに何か方法があるかもしれない」

 

「なにか他の方法ですか……。ライダーを斃せば……?」

 

 セイバーの言葉に、士郎は勢いよく頭を振った。

 

「慎二は魔術回路がないから、魔術師になれない。なのにマスターだ。

 じゃあ、ライダーは誰が呼んだのかってことになる」

 

 認めたくはなかった。慎二には呼べない。魔術師としての知識がある彼の父や祖父なら、ペルセウスを呼ぶんじゃないか。そうした情報を元に、疑問から導かれる答えは。アーチャーが何度も見せた思考法を、士郎もいつしかなぞっていた。

 

「サーヴァントがマスターに似るんなら、……桜しかいないじゃないか。

 ほかに女の人はいないんだから」

 

 俯き、拳を握り締めて、士郎は呟いた。

 

「そんなのおかしいだろ。魔術と関わらないために養子に行くんだろ。 

 遠坂だって、桜を守るために関わらないようにしてたんだよな。

 じゃあ、なんで桜にサーヴァントを呼ばせたんだよ。

 約束を破ってるってことじゃないか!」

 

 魔術刻印は、血縁者でなくては継承できない。養子である士郎も、衛宮の魔術刻印を継いでいない。養女の桜にも同じことが言える。他家の魔術を学んでも、ろくに使うことができないだろう。

 

「そうとも言い切れないわ。マキリの血を残すために引き取ったのなら」

 

 顔を強張らせた士郎に、白銀の妖精は淡々と告げた。

 

「そんなにめずらしいことじゃないの。

 マトウシンジがだめでも、子どもには魔術回路があるかもしれないわ。

 マトウが引き取るようなリンの妹なら、きっとたくさん回路を持ってる。

 半分になったとしても、ゼロよりずっといいでしょ?」

 

「そ、それって……」

 

「はっきり言いましょうか。

 サクラはマキリの子どもを生むために引き取られたのよ」

 

「そ、そんな!」

 

 顔色を変えるマスターに、金沙の髪が左右に振られた。

 

「いいえ、シロウ。私の国でも珍しくはありませんでした。

 マキリの当主は、五百年前の人間だというではありませんか。

 彼の常識では、むしろ当然のことでは?

 年齢と性別を違えれば、あなたたちの父になる」

 

 遠坂も古い家系だという。伝統を重んじ、貴族的だったという凛の父は、それほど抵抗を覚えないのではないか。セイバーはそう続けた。イリヤも言い添える。

 

「マキリの魔術を学び、子どもに伝える準備をしながら、

 他の魔術師の手から守られるの。でないと、子どもに伝えられないじゃない」

 

 士郎は不承不承に頷いた。そう説明されれば、わからなくはない。きちんと機能していたら、一理はあると思える方法だ。

 

「でもね」

 

「でも、なにさ?」

 

「魔術は、家というか血による違いが大きいの。

 シロウもキリツグが教えてくれた魔術、ちょっとしか使えないんでしょ」

 

「う、うう、うん」

 

 実は、師匠の凛の教えも、初歩の初歩の『し』の状態である。

 

「トオサカの魔術は、宝石魔術。つまり、魔力を出すのが得意なの。

 サクラも元々はそうだと思うわ」

 

 幼いイリヤがこんな解説をするなんて、思ってもみなかった。琥珀と緑柱石が動きを止める。

 

「でも、令呪を作ったのはマキリ。そういう魔術だと思うの。

 ほんとうは霊体のサーヴァントを縛ることができるような」

 

「遠坂がライダーを凍らせたみたいなやつか?」

 

「ううん、かなり違うと思う。

 令呪はサーヴァントが現界している間、使わないとずっと残ってるもの。

 世界の修正に、二週間も耐えられるってことよ。

 アハトお爺さまも言ってたわ。一種のフィジカルエンチャントだって」

 

 なんだか、ものすごく難しいことになってきた。

 

「よ、よくわかんないけどさ、すごい魔術ってことでいいのか」

 

「うん、そうよ。マキリとトオサカは、かなり魔術が違う。

 それはわかるでしょ、シロウ」

 

 これには頷かざるをえない。十年分の魔力を使って、数時間の氷結を可能とする凛も大変なものだが、攻撃と瞬発力、束縛と持続力という差が見て取れる。

 

「じゃあ、どうやったらサクラがマキリの魔術ができるようになると思う?」

 

「えっ……?」

 

 長い銀の睫毛から、大人びた視線が覗く。

 

「魔術は、血を浴び、死を許容するもの。

 シロウの間違った鍛錬よりも、辛いことかもしれないのよ」

 

 むしろ、魔術などと関わらないほうが幸いなのかもしれない。

 

「でも、遠坂とアーチャーは、慎二が間桐の魔術師だって言ったって」

 

 士郎は考え込んだ。怪我が治るまで休めと言えばいいのに、目障りという言葉を付け加えてしまう友人のことを。そう言ったのもアーチャーだった。ツンデレと表現したのはイリヤだが。

 

「もしかしたら、それもあいつなりのサインかもしれない……。

 なあ、イリヤ。イリヤがアインツベルンのマスターとして、

 間桐に連絡するのはありなんだよな?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「俺が、マスターとして接触するのもいいんだよな?」

 

 小さな銀の頭が、上下に動く。

 

「それも構わないけど、どうするの? セイバーがシロウのサーヴァントだってわかったら」

 

 その時だった。イリヤの声をかき消すほどに、玄関の呼び鈴が連打されたのは。三人は顔を見合わせ、家主が立ち上がり、返事をしながら玄関に向かう。セイバーとイリヤの順でその後に続く。すりガラスの引き戸が、ぼんやりと透かす赤い影。

 

「おー、遠坂か? おはよう、戸開いてるぞ」

 

 言わせも果てず、勢いよく戸が開いた。大荷物を抱え、髪を乱し、肩で息をした凛が立っていた。

 

「し、士郎。お願い、しばらく泊めて。わたしもう限界だわ!」

 

「えぇーっ! どうしたんだよ遠坂ぁ!?

 や、やっぱ、アーチャーの部下が……!?」

 

「アイツだけなら我慢したわよ!」

 

 凛は玄関に足を踏み入れると、どさりと荷物を置いた。

 

「じょ、冗談じゃないわ!」

 

「おう、俺も邪魔するぜ」 

 

 聞き覚えのある声に、士郎の動きが止まる。

 

「貴様っ!」

 

 セイバーが蒼い光を纏い、銀青の装束に姿を変えた。凛の背後で、ひらひらと手を振っているのは、昨晩と同じ服装をしたランサーだった。 

 

「あ、あの魔女、仕事が早すぎなのよ!」


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