Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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42:大義と正義

 だが、それではまだ足りないとアーチャーは語った。副部長という権力を振りかざす慎二、唯々諾々と従う士郎の双方に責任がある。容赦のない言葉だった。 

 

「これは私が軍の司令官だったからの言葉だと思ってくれ。

 士郎君は従うのではなく、不在の部長や顧問を呼び、告発すべきだった。

 それが同級生である君の義務だ。

 同格者としてたしなめ、下級生を守るのは正しいが、その後がよくない。 

 間桐慎二は、弓道部をマイナスの感情で支配してるんだ。 

 君に理があるのに、庇った者が悪い方につくのがまともかい?

 不正ときちんと戦わなくては、友人でなくて奴隷になってしまうよ」

 

 そして、いつの間にか管理職のリスクマネージメント講座になっていた。聖杯戦争はどこにいったのかしらと、凛は頭痛を覚えたものだ。 

 

「士郎君が下級生の肩代わりをすればよし、とはならないんだ。

 毎回ならまだしも、君は部活になかなか行けないんだろう。

 恐らく、下級生にはそれも不満なんだよ」

 

「俺が毎日行かないのがか?」

 

「半分はそうだね。

 毎日練習しなくても、一番上手だなんて、普通は嫉妬するものだ」

 

 士郎は目を見開いた。

 

「多くの凡人にとって、慎二君の気持ちのほうがよくわかる。

 弓の腕が立つから、副部長の彼より顧問と部長の評価が高い。

 慎二君が面白くないのも当然だし、庇ってくれても中途半端だ。

 たまにしか顔を出さず、結局は副部長にもいい顔をする。

 頼りにならない八方美人だとね」

 

「俺が八方美人!? そ、そんなこと……」

 

 士郎は自分のことを、口下手で不愛想だと思っていた。八方美人なんてものから程遠いと。

 

「それで、君に味方しなかったんじゃないかと思うのさ。

 下級生にとっては、副部長の圧政は毎日のことなんだよ。

 君に味方しても、君が来ない日はどうすればいいんだい?」

 

 普段の様子をよく知らない士郎は、慎二と下級生、両方の味方をしたつもりだった。しかし、これが本当の味方と言えるだろうか。アーチャーの表情が問いかけてくる。

 

「でもさ……」

 

 弓道部の問題点を鋭く抉る分析であった。凛と綾子のやりとりの後で、アーチャーは綾子にくっついて歩いた。霊体化万歳である。

 

 責任感の強い綾子は、さっそく数人の部員を問い詰めて、凛の話が事実であることを確認していた。それをアーチャーも聞き、心理的な解釈を加えて、士郎に突きつけた。口ごもる士郎を、彼は穏やかに諭した。

 

「凛ではないが、もっと自分を大切にするんだ。

 士郎君の行動は、すべてを助けているのではなく、

 切り捨てる一を自分に置き換えているだけだよ。

 そのうち周りも君を低く見て、切り捨てる側に回るかもしれない。

 彼が周囲を扇動して、君に暴行を加える可能性もゼロじゃないんだよ」

 

「そんな心配は不要です、アーチャー。シロウは私が守ります」

 

 セイバーの言葉に、黒髪が振られた。

 

「そういう問題では済まないんだよ、セイバー。

 士郎君を守っても、相手に怪我を負わせたら駄目なんだ」

 

「襲った者にとっては当然の報いでしょう」

 

「うん、一般社会はそれで済むんだが、学校ってのは厄介でね。

 生徒が悪さをすると、先生が責任を問われるんだ。つまり、藤村先生が」

 

 セイバーの瞳も見開かれた。

 

「それは本当ですか、シロウ!」

 

「お、俺、考えてもみなかった……」

 

 どっちが生徒かわからなくても、一応は顧問だ。

 

「でも、そうなっちまうかも。藤ねえが悪くなくても、部活も試合も無理だ」

 

「それを未然に防ぎ、いじめも解消できるのだからね。

 士郎君独りで、どんなにいいことをしても、手の届く範囲は短い。

 私は好きな話ではないが、しあわせの王子にも燕という協力者がいた」

 

 自らを飾る宝石や金を、貧しい人に分け与えた彫像と燕の物語。アーチャーは時折、とても柔らかな喩えを使う。

 

「でも、私は死んだら元も子もないと思う口でね。もう死んでるけど」

 

「あんたって一言多いのよ」

 

「私は、もっと王子と燕が沢山いたらいいのにと思ったものだが、

 士郎君にはそれができるんだ。王子や燕と違う人間なんだから」

 

 思わぬ言葉に夕日色が傾げられた。金銀と黒絹もそれに倣う。

 

「自由に動けて、言葉が話せるじゃないか。その力で賛同者を作るべきだ。

 民主主義では多数派が正義となるんだよ」

 

 琥珀の目が真ん丸になった。

 

「へっ!?」

 

 アーチャーはにっこりと微笑んだ。

 

「言っただろう、半数が味方してくれれば大したものだと。

 君に半数がつけば、反対派は一人の差で負ける。

 そうなったらしめたものだ。

 慎二君がいちゃもんをつけようとも、部員みんなで決めたという後ろ盾ができる」

 

「それもじいさんの言ってたのと同じだ……」

 

「多数決の原理は、ある意味仕方がないんだよ。

 人間は一人一人違う事を考えるから、全員に賛同されるのは不可能だ。

 ならば、一人でも賛同者が多い方を選ぶしかない。

 そういった諦念から生まれた方法なんだ。

 でもこれは、人間の価値が平等だからこそのものだ」

 

 聖杯の囁きに、エメラルドが凍結した。民主主義とは多数決だ。地位ある者でも多数決に従わなければ、おまえが悪いと追い出される。たとえ、ただ一票の差でも。票を投じる人間が、平等であるからこそのシステム。一人の王が国を背負うのと、なんと違うことなのだろう。

 

 前回の召喚で、セイバーはひたすら勝利のみを追っていた。祖国のことだけを見ていた。自分にとっては現在でも、今から見れば遠い過去。そこから今はつながっている。

 

 祖国が滅びても、この時代へと到るのか。どうしてだろう。どうすればそうなるのだろう……。

 

「そ、そこまでしなくてもいいだろ!」

 

「違うよ。君はあくまで部員に武具の管理方法を指導するだけさ」

 

「ごめん、もっと訳がわかんないんだけどさ……」

 

「物は言いようで、こういう風にすれば角は立たないんじゃないかな」

 

 示されたのは、イリヤとセイバーを紹介し、弓道場の家捜し兼整理をするという、先ほどの演説内容の案。それまでの腹黒さとは一転、超が付くような正論だった。

 

「士郎君は弓道部一の腕前なんだろ? その人の道具の手入れ法の伝授だ。

 むしろ、ありがたがって参加すると思うねえ。

 51対49が最低ラインとして、その比率をいかに傾けるのかが問われることだ。

 君が貢献できることを武器にすればいい。

 そうすれば、君を頼りにしたい人にイエスを、

 利用しようとする人にノーを見せる機会にもなる」

 

 一人でできることはたかが知れている。だが、味方が大勢いたらどうだろう。自分の手が届かない人に、別の味方の手が届くかもしれない。

 

「なんでも一人でやるのは大変だ。

 大変な事は我慢せずに、助けてもらうほうがいい。

 君も楽をできるし、相手も引け目を感じなくなる。

 もっとみんなを頼り、甘えていいんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「そうだとも。士郎君だけじゃなくて、凛もイリヤ君もね。

 あ、セラさんとリズさんもですよ。人間にはその権利がある」

 

 幽霊であるサーヴァントにはないということか。セイバーは考え込んだ。よき王たろうとした。しかし、国は割れた。ならば、全ての民を導ける、自分よりもよき王が選ばれることを願っていた。

 

 でも、今の世は全てを従えなくても動く。どうして、そうなっていったのだろう。アーチャーの好む歴史を紐解けば、わかるのだろうか……。

 

 ともあれ、士郎の提案は了承され、武具庫の掃除が始まった。一時間でできる範囲から。小さな白銀の少女も覗きこみ、もの珍しげに弓道具を見まわした。その視線が一点で止まる。

 

「ふうん、ほんとうにあった」

 

 魔術師の目に映るのは、武具庫の壁の複雑な呪刻。これほどの魔術の起点なら、本来は強烈な魔力を感じただろうが、遠坂主従がせっせと他の呪刻を妨害し、施術者に一撃を食らわせたせいで力を大幅に減じていた。

 

 でも、ライダーはまだ死んでいない。聖杯の少女にはわかる。

 

 衛宮家から譲られた木箱は運び出され、部員の姿が途切れる。イリヤは呪刻に歩み寄り、手をかざす。

 

「えいっ」

 

 一瞬で施術は完了した。これで霊脈からの取水口に、大岩が置かれたも同然の状況になった。完全には閉鎖できないが、水流が減れば術式は正常に動かなくなる。

 

【これでいいかな? 

 アーチャーは子ども扱いするけど、わたしだってすごいんだから】

 

 イリヤは満足げに微笑んだ。

 

【わたしもシロウのブカツのお掃除を手伝ったって、言えるわよね】

 

 脳裏に、姿なき従者が賛同の唸りを伝えてくる。

 

【口実だったけど、キリツグの遺言、ホントに出てくるといいね、バーサーカー】

 

 母国語で呟くと、イリヤは弓道場へと戻っていった。この戦争が成功すれば自分はいなくなり、成功しなくても長くは生きられないけど。遺言が見つかれば、アインツベルンのホムンクルスではなく、キリツグの娘として、シロウの姉として死ねる。

 

 でも、本当は……。

 

 ちょこちょこと動き回って、部員の掃除を覗く銀髪と、その後ろを躊躇いがちに歩む金髪。並外れた美少女だけに、部員の反応はいい。そして、一層士郎への同情の声が大きくなった。こんな可愛い子たちに親の問題で責められるなんて、可哀想だというものだった。

 

 顧問の初恋の顛末にも、生温かい視線が送られたが。初恋の相手が若死にするのは悲劇だ。だが、隠し子が現れるのはアウトだ。恋が実らずに終わって、よかったよねとなってしまう。これで大河との実子までいたら、昭和の昼ドラではなく、夜の二時間サスペンス展開だったろう。 

 

「う、やっぱりないかあ……」

 

 大河はショートカットの髪を両手でもみくちゃにした。箱は十数個あったが、部員全員でかかれば、すぐさま捜索は終了する。

 

「衛宮家からの物にないことは確認できました。

 顧問のフジムラさまと、部員の方々のご協力に感謝を」

 

 結いあげられた金髪が、背筋の通った一礼をする。

 

「しかし他の場所に、シロウ様が隠していないとは断言できません。

 申し訳ありませんが、ここにないと確信できるまで、

 私の監視は続けさせてもらいます」

 

 潔癖そうなセイバーには、大河も綾子もつけいる隙がない。隠していないという士郎の言葉は正しいと思うが、イリヤ側が信じなくては意味がない。十年分の怒りは根深いのだと、納得するしかなかった。

 

「う、みんな、ごめんな。そんなに簡単には出てこないか……。

 家のガラクタ探すより、楽な方からやろうと思ってさ。

 じゃ、的の張り直しから説明するぞ」

 

 そこからは衛宮士郎の独壇場。彼の本質は作る者なのだから。金銀の少女は、少年の特技に目を輝かせた。家事や料理が上手で、手先が器用で、ぶっきらぼうだが誠実だ。ちょうどアーチャーと逆に。

 

 士郎の美点を、イリヤやセイバーに見せることが大事だ。それは、戦いの能力には全く関係ないところにある。

 

 聖杯戦争とご大層に銘打っても、蓋を開けてみれば、主な参加者がみな関係者という有様だ。こじれた関係を修正し、生きている人間を尊重するようにすれば、何を切るべきか明白だろう。自分も頭数に入れた、辛辣なアーチャーの策だった。令呪を温存するのもそのためだ。

 

 用兵家とは、いかに部下に効率よく死んでもらうかを計算する。そんな命令に従ってもらうには、部下に理解され、支持されなくてはならない。士郎にはそれが必要なのだ。いざというときに、セイバーを死地に赴かせることができる判断と、彼女に納得してもらうための理解。

 

 へっぽこマスターとして、不満を抱かれているうちは駄目だ。得意分野で認められ、尊敬を受けなくてはならない。ならば、美点をみせつけよう。部活動はうってつけだ。

 

 ヤンが敷いた安全網の一つだった。今夜、ランサーに殺されてもいいように。

 

 冬の短い午後は、あっという間に日が傾き、弓道部もお開きになった。遠坂主従やランサーとは、学校の正門で待ち合わせだ。約束の六時まで、あと二十分もない。帰るほどの時間もなし、士郎らは校門の前で時間を潰すことにした。

 

「すごかったわ、シロウ! かっこよかった!」

 

 イリヤは士郎の射に魅せられた。まるで糸に引かれたように、的の真ん中に吸い込まれる矢。

 

「アーチャーってほんとうは、シロウみたいな人の英霊なのよね……」

 

 ちっとも弓の英霊らしくない、凛のアーチャー。あの宝具で付けた跡の多さは、外れが多かったということでもあった。

 

「リン、まちがいで呼んじゃったっていってたの、本当ね」

 

「あはは……」

 

 軍の司令官だと言っていたから、本人が戦闘員として優れている必要は確かにないけど、今日の私服姿では軍人らしいとは到底言えなかった。

 

「そんで、ランサーと食事なんて、大丈夫かな……。アイツ」

 

 イリヤは目を瞬いた。長い睫毛の羽ばたきが、純白の小鳥のようだ。

 

「あら、シロウとセイバーはランサーのこと知らないの?」

 

「えっ!?」

 

 士郎とセイバーは、真紅の瞳を凝視する。

 

「アーチャーは知ってるから夕食に誘ったのに」

  

「なんでアイツ、黙ってるんだ!」

 

 金沙の髪は、大きく上下動する。聖緑に金の炎が燃え立った。イリヤは首を傾げた。白銀の紗の間から、大人びた視線が衛宮主従に送られる。

 

「だって、それはルール違反だもの。ランサーはお食事に招いたお客様でしょ。

 サーヴァントの真名は自分で探すものよ。

 ヒントはたくさんあるのに、調べないのはシロウが悪いわ」

 

 アインツベルンのマスターにふさわしい言葉だ。

 

「待ってくれよ、じゃあライダーはどうなのさ!」

 

「ライダーは、わたしたちが停戦を持ちかけたのに襲ってきた敵。

 真名がわかったのなら、仲間に教えるのがルール。

 キャスターは停戦を受け入れたから、わかってても口に出さないのがルールよ」

 

 イリヤはセイバーに近付くと、背伸びをして指を突きつけた。

 

【ねえ、セイバー。わたしも、あなたに同じことをしてあげてる。わかるわよね?】

 

 セイバーの正体に首を捻っているアーチャーだが、正解を知る者はここにいる。だが彼はイリヤに聞いてこない。彼がルールを守る以上、イリヤもルールを守っている。

 

【シロウを守れなかったなら、わたし絶対にゆるさないわよ。

 ランサーのヒントは沢山あるんだから、よく考えるのね。

 サーヴァントが気付いたことを、マスターに伝えるのはいいの】

 

「っ……はい」

 

「それから、これでアーチャーを責めるのもダメよ。セイバーの命の恩人なんだから」

 

「あの時、私が負けたというのですか!」

 

「サーヴァントは心臓か頭に攻撃を当てないと死なないから、

 アーチャーはライダーを倒せなかったわ。

 じゃあ、必ず当たる宝具を持ってたらどう?」

 

 夕食の誘い、赤い槍、必ず急所に当たる。イリヤのヒントが、セイバーの脳裏で形を成した。

 

「……アイルランドの光の御子か!」

 

「そいつは誰なのさ?」

 

「クランの猛犬、アルスターの赤枝の騎士だよ」

 

 落ち着いた声が士郎の背後から聞こえてきた。遠坂主従が到着したのだ。

 

「わかりやすく言うと、ケルト版ヘラクレス。そのぐらいの大英雄。

 ギリシャ=ローマ文化圏発祥の本家より、知名度は低いけどね」

 

 語尾に、険悪な美声が被さった。

 

「人の正体をバラした挙句、難癖付けるたぁ、いい度胸じゃねえか」


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