Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話7:英雄のいない場所

「わたしの親戚を名乗る以上、みっともない格好は許さないから」

 

 マスターに突きつけられた品々は、アーチャー ヤン・ウェンリーを困惑させた。

 

「え、何だい、これは……」

 

 ヘアクリームにヘアスプレー、ヘアブラシ。整髪用品の数々だ。

 

「ああ、クリームとかはわたしのだけど、ブラシは新品よ」

 

「いやいや、そういう問題じゃなくて、なんでこんな必要があるのかな」

 

 遠坂凛は、ヘアブラシをアーチャーの顔に突きつけた。

 

「そのもっさりとした頭は絶対に却下よ」

 

 アーチャーは眉を下げると、マスターの不興の素であるおさまりの悪い黒髪をかきまわした。

 

「凛、ちょっと疑問なんだが……」

 

「なによ」

 

「サーヴァントって、物理的に干渉できないんだろう?」

 

 なにしろ元が幽霊だ。毒を飲んでも、銃で撃たれても、常世の物では傷つかない。もう死んでるんだから当然と言えば当然だが。

 

「このヘアクリームとやらで、私の髪が整うのかなあ……」

 

「ああーっ、もう、いちいち理屈っぽいのよ、あんたは!」

 

 凛は、アーチャーの腕を引っ掴むと、ドレッサーの前に連行した。今日のアーチャーは、父の若いころの服に着替えている。軍服は、肩や胸板の薄さが災いし、さっぱり似合わずコスプレになり果てているが、上等なシャツにカーディガンという服装は悪くない。これなら二十歳と言っても大丈夫だろう。

 

「要するに、あんたは魔力でできてるわけよ」

 

「はあ」

 

「それを支えてるのが、わたしが供給している魔力」

 

「ははあ」

 

「そこに座んなさい」

 

 指し示されたのは、ドレッサーの椅子。真っ赤に燃える迫力に、アーチャーは無言で従った。こういう状態の女性に逆らってはいけない。後輩の姉上らと、同種のオーラを放っている。

 

「つまり、マスターであるわたしの魔力を通せば、

 あんたの肉体にも干渉できるってわけよ」

 

 単にヘアセットで済むんだろうかとヤンは危惧した。

 

「ちょっと待ってくれないか。そりゃ、私の対魔力を越える力ってことだよね」 

 

 ヤンにはアーチャーのクラススキルの対魔力がある。お粗末なものだが、それでも常人にはとっては銃撃並みの、凛のガンドをキャンセルできる。と、いうことはだ……。

 

「そんなの、髪に注ぎ込んで平気なのかい……?

 サーヴァントは頭部が急所だって、君も言ったじゃないか!」

 

 アーチャーの髪をブラッシングしかけた手が止まる。

 

「大丈夫よ。……多分、ね」

 

「た、多分って、そんな曖昧な……」

 

「わたしの魔力をあんたに使うんだから。

 毒蛇だって、自分の毒じゃ死なないじゃない」

 

 鏡の中のアーチャーの顔から血の気が引いた。

 

「いやいや、死ぬよ! コブラは自分の毒で死ぬんだよ! 

 頼む、凛、やめてくれ!」

 

 自らのマスターを猛毒呼ばわりするアーチャーに、凛はむっとして言いかえした。

 

「駄目」

 

 そして、眼つぶしも兼ねて、ミストを一吹き。

 

「うわっ! これ、沁みるじゃないか。ひどいなあ、もう……」

 

 目をこすっているアーチャーに構わず、凛は彼の髪をブラシで梳き始めた。豊かな長めの髪は、少し癖があるが、存外に柔らかく艶があった。青みがかった見事な漆黒で、無造作にかきまわすのがもったいない。

 

 彼の世界では、マッチョなタフガイが美男なのかもしれないが、ここは平和な日本。細身の優男のほうが人気がある。身だしなみを整えれば、アーチャーもいい線行くと思うのだ。

 

 ちょっと潤んだ漆黒が、鏡の中から凛を恨めし気に見ていた。

 

「そんな顔しないでよ。

 対魔力は攻撃を意図した魔術を弾くけど、治癒魔術とかは平気だから」

 

 安心させようと思って言ったのに、青年の顔色がますます悪くなった。

 

「ちょっとぉ、わたしの言うこと信じなさい」

 

「……信じるから怖ろしいんだよ」

 

「どうして」

 

「世の中には、医療過誤というものがあってだね……」

 

 英雄とは、酒場にはいるが、歯科医の診察台にはいないもの。魔女の鏡の前も、英雄のいない場所だった。


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