Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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本作の第四次聖杯戦争の時期は、オリジナルの設定となります。


38:第七のサーヴァント

 衛宮士郎は、柳洞寺に行く道を、こんなに長く感じたことはない。藤村大河も同様である。雪色の睫毛を伏せた妖精に、なんと言葉を掛けたらいいか。だが、大河は士郎より、対人スキルがずっと高かった。

 

「そ、そうだ、士郎とイリヤちゃん。お花買ってこ、お花!」

 

「お花?」

 

「そうそう、お墓に供えるの。士郎、お線香は持ってきた?」

 

「あっ……忘れてた」

 

「ダメねえ。ほら、あのお店なら両方売ってるから」

 

 大河が指差したのは柳洞寺の門前町の商店だった。参拝者用になんでも売っているところだ。花に線香、不祝儀袋にお供えの菓子、黒いストッキング。そして、おでんや団子、甘酒、お汁粉。夏だとラムネやかき氷が登場する。昔からの甘味処で、そちら目当ての客も多い。

 

 言われるがままに入ってみると先客がいた。

 

「あら、こんにちは、藤村先生。衛宮くんとイリヤさんも」

 

「あ、あれ、遠坂さん?」

 

 とっさにわからなかったのは、長い黒髪を普段と異なる形にしていたからだ。後頭部でシニヨンにまとめている。メイドのセイバーに似た髪形だ。名のとおりの凛とした美貌がさらに引き立っている。

 

 その隣に細身の青年が立っている。年齢は凛よりも一、二歳年上か。濃灰色のコートと黒いズボンに白のマフラー。彼はかすかに微笑むと、あいさつと一緒に会釈した。

 

 士郎とイリヤとその連れは、必死で声を飲み込んだ。思わず、誰!? と言ってしまいそうだったので。もちろん、周知の存在だ。遠坂凛のサーヴァントのアーチャーである。

 

 馬子にも衣装というべきか、遠坂時臣の上質な衣服は、彼を見違えるほどに引き立てていた。似合わない軍服コスプレをした、高校生から大学生といった外見だったのが、

完璧に大学生に見える。それも、かなり偏差値の高そうな学校の。

 

 おさまりの悪い髪を、整えているのも大きい。自分の親戚を名乗るなら、きちんとしなきゃただじゃおかない。そんな凛の厳命によるものだ。

 

「あの、そちらは……?」

 

「こちらは、わたしの大叔父の孫にあたる柳井さんです」

 

「はじめまして、僕は柳井と申します」

 

 彼はそう言うと、再び一礼した。

 

「は、はい、こちらこそはじめまして!」

 

 大河が慌ててお辞儀したので、士郎たちもそれに習う。動揺を表すまいと、みんな必死だった。アーチャーが実体化して同行するのも、柳井と名乗るのも聞いていた。しかし、服の試着もしてもらっておくべきだった。服装の効果は大したもので、茫洋は鷹揚に、貧弱で生っ白いが、細身の白皙と形容できるようになっている。

 

 凛の磨けば光る彼氏と下級生が噂するのも納得であり、本日は光っていた。大河の同行をアーチャーが求めた理由の一つを、士郎は理解した。凛に噂が立たないようにだ。大人としての責任というか、男としての配慮というか。

 

 自分の射は、魔術鍛錬の延長にある邪道だ。だから、弓道部と距離を置いたほうがいいと思っていたが、昨日の助言のように頑張ってみようか。

 

 そう思う傍らで、よそ行きの顔をした凛が、アーチャーに大河を紹介している。

 

「こちらの藤村先生は、わたしの学校の先生で、

 あちらの衛宮くんは同級生なんです」

 

「ああ、そうですか。よろしくお願いします。

 凛さん、あちらの方たちは……?」

 

「ええと、衛宮くんの関係の方なの」

 

「皆さんもお寺に行かれるんですか?」

 

 穏やかな問い掛けに、一斉に色とりどりの頭が上下動する。

 

「そうですか。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

「あ、ひょっとして、遠坂さんが言ってたご親戚の方ですか?」

 

 大河の質問に、黒い短髪が傾げられる。もう一人の黒髪の持ち主が代わって肯定した。

 

「はい。わたしの大叔父は、小さい頃に養子に行っていたんです。

 わたしも知らなかったんですけれど」

 

「先日祖父が亡くなりまして、色々な手続きを始めたところなんですが、

 僕の母も祖父の戸籍を取るまで知らなかったそうです。

 たまたま、僕は京都の大学に在学していまして、母の代わりです。

 家系図を作るから、お寺にも伺うようにと言われまして」

 

 娘の子なら、凛の大叔父の養子先の姓と違っていても不思議ではない。ヤンは自分のぼんやり加減を自覚していたから、実名に近い音の偽名にした。呼ばれたら返事ができるようにだ。

 

 そんなことは露知らない大河は、アーチャーの態度に気後れしたようだ。

 

「す、すみません、お悔やみも申し上げずに、失礼なこと言っちゃって」

 

「いいえ、とんでもないことです。あの、失礼ですが……」

 

「え、あ、ああ、こっちはまあ、お墓参りですから。

 そうだ、お花とお線香買わないと! 

 イリヤちゃん、切嗣さんにお花を選んであげて」

 

「う、うん」

 

 イリヤは熱心に花を選ぶふりをした。キリツグと同じ一人称も反則だ。学生の一人称が『私』なのは不自然だという、凛の指導のせいだった。

 

「では、お先に」

 

 会釈する凛に大河が声を掛ける。

 

「遠坂さんと柳井さん、よかったら一緒に行かない?

 ここの若住職とわたし、同級生なんだ。本堂に行くんなら紹介してあげる」

 

「本当ですか。ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 外見上の年少者が、折り目正しく謝礼し、年長者は慌てて両手を振った。

 

「い、いえ、そんな、大したことじゃありませんから……」

 

 大河はたじたじと後ずさった。イリヤに、こそこそと呟く。

 

「ねえ、イリヤちゃん、遠坂さんと知り合いなんだよね?」

 

「わたしより、お爺さまとよ。リンは若いけどトーシュだから」

 

「じゃあ、あの柳井くんは知ってる?」

 

 イリヤはとりあえず首を横に振った。

 

「そっか、そうよね。くう、親戚までハイレベルなんだぁ。

 士郎とそんなに変わんなさそうな歳なのに、しっかりしてるわねぇ。

 どこの大学かしら。……やっぱ、国立かな」

 

 そりゃまあ、本当はじいさんよりちょっとだけ若いぐらいだし……。

 

 口に出せない士郎は、遠い目をして花と線香の支払いを済ませた。実は、大河の予想はあたらずしも遠からずで、ヤン・ウェンリーの母校、自由惑星同盟軍士官学校は難関の国立校なのだが、士郎には知る由もない。

 

 そしてみんなで連れ立って、柳洞寺の参道を登っていく。メイド達は山門のところで主人に一礼して、ここで待つと告げた。見えざる巨大な従者も、イリヤの指示で離れる。

 

「……なんでさ」

 

*****

 

 そこは運命の夜、青銀の騎士と共に、朝日を目指して登った道。理想に溺れ死ねと赤き騎士に宣告され、転がり落ちた長い長い階段。愛する者たちを救うために、幾多の分かれ道の果てにつながる場所。

 

 寄り代は、その時『彼女』の手から離れていた。ゆえにこの地で召喚を行うものがあれば、『彼』が呼ばれるのもひとつの道理。

 

 そして『彼』は知っていた。あらゆる時間軸に、人間の滅びの原因を滅ぼすために、

舞い降りる守護者である『彼』だけが。

 

 その生と死、行動により人類の存亡を左右する、黄金の有翼獅子と黒い梟。梟が卵のうちに死なないように、あるいは有翼獅子を引き裂くことがないように、滅ぼした数多の世界を。

 

 真紅の少女ではなく、黒紫の魔女に召喚された時点で、ここは異なる並行世界だとは気づいていた。しかし……。

 

『一体何が起こっているんだ!?』

 

『うるさいわね。おだまりなさい』

 

 主からの叱責に、彼は我に返った。

 

『……マスター、今、客人がそちらに向かったのだがね』

 

『坊やと銀のお嬢ちゃんのサーヴァントは?』

 

『約束のとおり、門の前にいる。

 マスターの客人らには手を出さんようにしてもらいたいものだな』

 

『あら、仮初めの命でも惜しくなったのかしら?』

 

『そうとばかりも言い切れんが、確かに否定はせんよ』

 

 霊体のまま、彼は深く深く溜息を吐いた。一体、何が起こっているのか。衛宮士郎と遠坂凛が連れ立って、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと共にここを訪れるなどとは。

 

 そして、この門前にセイバーが待機している。なぜか、メイド服を着て。バーサーカーも姿を一瞬姿を現した。外で待つとの約束に応じるということだろうが。

 

 なんという勝ち目のなさだ。キャスターの魔術の加護があるにせよ、セイバーとバーサーカー、単独でも勝ちを拾えぬ相手が同盟している。土曜日の昼前の訪問は、戦う気がないというあちらの意思表明だろう。だが、戦略的には容赦なく詰みの状態。そして……カオスだ。

 

 こんなイレギュラーを起こしているのは、あの黒髪の青年に違いあるまい。

 

『遠坂の主従はそのまま通したが、よかったのかね、マスター』

 

『彼らは主賓よ。それに、礼を尽くした賢者を遇さぬのは破滅の道。

 おまえも口を閉じなさい。セイバーとバーサーカーを監視するがいいわ』

 

『……撃退せよと言われんことを、感謝すべきなのかね』

 

 彼は鉄灰色の目に自嘲を浮かべた。こればかりは、令呪をもって命じられても無理だが。鷹の目で様子を窺い、来訪者がいないことを確認して実体化する。

二騎のサーヴァントのうち、実体と理性を持つ者が、弾かれたように飛び離れる。

 

「――貴様は!?」

 

「ここの門番だ。ああ、私には君達と戦闘に及ぶつもりはない」

 

 紅い外套に黒い軽鎧を身につけた、鍛え抜かれた長身の青年だった。銀髪に鉄灰色の瞳に、褐色の肌。年齢は二十代半ばほど。人種を特定しかねる容貌の主だ。その身から感じ取れる魔力は、明らかにサーヴァントのもの。もっとも、虚空から出現できる人間もいないが。

 

「っ……アサシンか!」

 

 武装しようとしたセイバーに、二対の真紅の矢が突き刺さる。

 

「そちらのおっしゃるように、白昼の戦闘はいけませんよ」

 

「服、また破いたらダメ」

 

 鉛色の巨人も姿を現す。紅い騎士はシニカルに苦笑して首を振った。

 

「だから、争う気はないと言っているのだが。

 君たちが奮闘するには、いささか時と場所が悪いとは思わんかね?

 そら、あと五分もすれば参拝者が来るぞ」

 

「くっ……」

 

「私が姿を見せたのは、そちらが約定を守った対価だ。

 無理に押し通るならば、相応の代償を覚悟してもらうがね」

 

 二騎のマスターは、キャスターの元に。ここでアサシンを斃しても意味がない。半面、三人のマスターの令呪は、すべてが揃っている。

 

「とはいえ、キャスターも等価の危険を冒している。

 君達のマスターは、いつでも令呪を使うことができる。

 管理者の顔を立てて、おとなしく待っていてもらいたいものだな」

 

 深みのある声で理路整然と説明され、緑柱石の瞳に険が奔った。

 

「……暗殺者にしては、随分と口が回るものだ」

 

「なに、私は門番に過ぎんよ。

 やってできんこともないが、暗殺は本業ではないしな」

 

「何!?」

 

 アサシンは特異なサーヴァントである。その座に招かれる英雄は、山の翁ハサン・サッバーハと固定されている。歴代のハサンの中から、もっとも召喚者に似たサーヴァントが招かれるというのだ。しかし、このアサシンの容貌はアラブ系とは言えない。銀髪に灰色の目もそうだが、顔立ちも服装も異なる。

 

「さて、この辺にしておこうか。参拝客がそろそろ山門の麓に差し掛かるからな」

 

 消えかける青年に向かって、白光が瞬いた。無表情なメイドが携帯で撮影したのである。面食らったアサシンの顔は意外に若く、だが言葉を発する間もなく姿を消した。年配の婦人が二人、おしゃべりしながら近づいてきたからだ。

 

「……うん、撮れてる」

 

 偽の後輩は、呆気に取られた。

 

「あ、あなたまで何をやっているのですか!?」

 

「アーチャーに見せる」

 

 二人に向けられた画像は、半分透けていたが、顔立ちや服装は充分に見てとれる。こっちは正真正銘の心霊写真だ。セラがこめかみをもんだ。

 

「リズ、本来なら大変な無作法ですよ。

 場合が場合ですから、お手柄ではありますが。

 さ、あの奥様たちが門を潜る前に、あなたはさっきのお店に行きなさい。

 携帯を壊されてはいけませんからね」

 

「一応、イリヤにもメールするから」

 

「それがいいでしょう」

 

 リズは無言で頷く。

 

「念のため、セイバーもリズに同行してもらえませんか。

 あの子がアサシンに襲われては、元も子もありません」

 

 後輩扱いに抗議しようとしたセイバーに、千円札が二枚差し出された。

 

「ただで待たせていただくわけにもいかないでしょう。

 二人でなにか食べていらっしゃい。昼食に響かない程度に」

 

 セイバーは、ドイツの美女と日本の偉人の顔に視線を交互に送った。そして金の頭が下げられる。

 

「……あなたに感謝を。しかし、一人で大丈夫ですか」

 

「バーサーカーがいますからね。私はお嬢様をお待ちします」

 

 視線で促されて、セイバーはリズの後を追った。しっかりとお金を握り締めて。セラは首を振り、溜息混じりにぼやいた。

 

「本当に新入りなら、仕込むのは骨でしたよ、アーチャー様」

 

 衛宮切嗣に関わる者は仲良くしなさい。そうすれば勝機も出てくるし、願いが叶う公算も高くなるから。それが遠坂のサーヴァントの言葉だった。

 

 彼は、セイバーをアインツベルンのメイドにすることによって、士郎の警護を可能にした。藤村家に同行することで、イリヤとの交流も促されている。そして、セラにはそっと電話で告げた。

 

【今回の聖杯戦争は、凶兆ともいえるイレギュラーです。

 私はマスターを若死にさせたくはありませんし、私の願いは大体は叶っています。

 そして遠坂凛の目的は、聖杯戦争の優勝でした。

 ま、私じゃ勝てませんから、凛ももう諦めてますよ。命あっての物種ですし】

 

 苦笑の気配が伝わってきた。きっと、黒髪をかき回しているのだろう。

 

【それより何より、何とか生き延びませんとね。

 たった六十年の先延ばしですが、人間にとって実に大きい。

 凛が大人になり、子どもや孫に恵まれる時間が一番欲しいのです。

 それが遠坂の本当の勝利です。聖杯戦争より大事な】

 

 わずかに間を置いて、続きが語られる。

 

【私は子どもに恵まれませんでしたから。

 ああ、お気になさらず、もてない甲斐性なしだったんですよ。

 人生で叶わなかった事を叶えるのも、サーヴァントの目的なんでしょう。

 子どもに戦いをさせたくない、幸せになってほしいというのも】

 

 セラは息を飲み込んだ。それはあるいは衛宮切嗣の願いかも知れなかった。

 

【ですから、そちらの聖杯入手に助力したいと思っています。

 しかし、さらに重要なのはイリヤ君と士郎君の幸福ではありませんか?

 親を失った子に殺し合いをさせるだなんて、大人として許容できるものではない。

 なんとか回避したいと私は思うのです】

 

【承りました。わたくしもお嬢様が義理の弟の血に塗れるのは……。

 わたくしが目を離した隙に、衛宮様のお宅に行ってしまわれたのです】

 

【やはりねえ。

 顔も見ず、何も知らない相手だから、殺意に歯止めがかからない。

 でも、お互いを知ってみれば、なかなかそうはいかなくなる。

 どちらもとてもいい子たちだ。生活環境なりの偏りはあるようですが】

 

 ぐうの音も出てこない指摘だった。

 

【そしてね、それ以上に偏っていると感じるのは、

 二人の父である衛宮切嗣です。  

 私の知る英雄に似ている部分があるように思うんですよ】

 

【どのような部分が似ているとおっしゃるのですか?】

 

 深い知性を感じさせる声が、イリヤの家庭教師の耳朶を打った。

 

【心の一部が子どものままだ。

 その夢に疾走し、届いたのが私の敵だった人で、挫折し、届かなかったのが彼。

 そう感じます】

 

【あ、あなたは……なにを……】

 

【士郎君に告げておかなかったこと。

 イリヤ君を取り戻すのに、一つの手段しか取っていないこと。

 第三者の力を借りることを知らないのではないでしょうか。

 いじめを誰にも相談できない子どものように。

 まあ、これは今はどうでもいい。

 亡くなった人のことであって、それを掘り起こすのは彼の子どもの仕事だから】

 

 衛宮切嗣の世間知の欠落への指摘。それがイリヤの孤独の原因ではないかと青年は言う。

  

【問題は生きている子どもの方です。

 士郎君にとって養父はヒーローで正義の味方だった。

 それを追おうとしている。最後の約束が遺言となってしまったからだ。

 ですが、子どもにヒーローになれだなんて、

 善良な人間に異常者になれというも同然です。

 そこへ持ってきて、英雄だったサーヴァントという

 二重に異常な存在が輝かしい活躍を見せたら、

 余計に魅了されてしまいますよ。碌なことになりやしない】

 

 大人しい童顔に似合わぬ、何とも苦々しい口調だった。

 

【私は、彼の前であの美しく凛々しいセイバーに戦って欲しくありません。

 敵国の皇帝は、輝くほどに美しい、生ける軍神そのものの存在でした。

 私が殺した敵軍の中には、彼を崇拝し、忠誠を捧げ、

 皇帝陛下万歳と叫んだ若者が何万人もいるのです。ですから――】

 

 セイバーをなるべく戦闘させない。表面上はアインツベルンの使用人であり、イリヤへの罪悪感を持っているセイバーならば、セラたちの制御もある程度は可能。遠坂陣営は、士郎とイリヤが危険な目に遭う局面を作らないよう努力する。

 

【実際に必要なことでもあります。

 魔力供給はまだまだ不充分だそうですので。

 もしも、別行動の際にセイバーが戦闘に及びそうになったら、

 なんとか彼女の気を逸らしてください。

 バーサーカーで脅しても、美味で懐柔しても、何でも構いませんから】

 

 今回はその併用である。アーチャーの慧眼を讃えるべきか。その洞察の凄まじさに慄くべきか。まあ、戦闘が避けられるなら一番だ。ここは死者の眠る場所への道、バーサーカーに壊させていいものではない。

 

 そして先ほどアサシンが指摘したのは、登ってくる参拝客だった。そろそろ昼食の支度の時間である。三々五々、墓参りを終えた人々が降りてくる。

 

 それにしても、ずいぶん人数が多い。墓参りは春、夏、秋にシーズンがあると聞いていたのだが、二月にも行事があったのだろうか。

 

 そこまで考えたセラははっとした。冬木の災害から十年。まもなく命日を迎える犠牲者へ、追悼と慰霊に訪れた人たちなのだ。黒っぽい服装の老若男女。いずれも顔を曇らせ、ハンカチで涙を拭う人もいる。

 

「冬木の大災害の原因が、第四次聖杯戦争だとしたら……」

 

 そして、アーチャーが危惧していたイレギュラーの今回。これ以上の数の遺族が生まれないと、どうして断言できるだろう。母の死に泣き、父の失踪に怒ったイリヤが、自分や士郎と同じ存在を作るのか?

 

 セラは手を固く握り締めた。

 

 これはアーチャーの作為ではないが、想定していた必然だった。彼の世界では一回の会戦につき、数万単位の戦死者が出ていた。その日には、墓地が参拝者で埋め尽くされる。

 

 ヤンは、災害の五百人超の死者のうち、柳洞寺に相当数が埋葬されていると睨んだ。

地図によれば新都に墓地はなく、最も近くて大きいのがここだ。

 

 しかし、彼が考えていた以上の効果を生んだ。子どもを守るのは大人の義務、そう考えるのは一人ではなかったからだ。組織の中で、しがらみの多かったヤン・ウェンリーは、他者に頼ることを知っていた。その相手の適性と力量を見抜き、任せられることは任せてしまう。

 

 ヤンは、生真面目で冷静で、教師らしい威厳を持つセラに参謀長役を任せることにしたのだ。本質を突いた、端的な発言をするリズは副参謀長役。そして、危ういバランスの士郎とイリヤ、セイバーの安全網を担ってもらおう。そういう目論見であった。連日連夜、遠坂主従が衛宮家に出入りするわけにもいかないからだ。

 

「たしかにこれでは危険ですね。皆様、どうかご無事で……」


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