Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話6:衛宮家の食卓――ヘラクレスとかに玉と――

 バーサーカーの正体がヘラクレスと知ったアーチャーは目に見えて落ち込んだ。

 

「ひどい。あんまりだ。彼の武勲を一番うかがいたかったのに。

 なんで、アーチャーとして召喚しなかったんだ。

 それこそ、最強だっただろうに」

 

 そんなことを、部屋の隅で膝を抱えて呟いている。凛の翡翠の瞳の半ばを、長い睫毛が覆う。

 

「馬っ鹿じゃないの。

 ヘラクレスがアーチャーだったら、あんたはどうなるのよ。

 あんたがバーサーカーだったら、どっちみち話なんてできないでしょ。

 じゃなかったら、他に空きがあったのはセイバー。

 あんたに剣術なんてできるの!?」

 

「あんまり関係ないんじゃないかい? 

 私が生前できなかった戦略上の最高の結果を出してるんだし」

 

 言われて凛は眉を寄せた。

 

「最高の結果って、何?」

 

 黒髪のサーヴァントはのほほんと笑った。

 

「読んで字のごとくさ。戦いを略すことがすなわち戦略上の大勝利ってね」

 

 凛は、人差し指を立てたアーチャーの胸倉を掴み、ゆっさゆっさと揺さぶりながら説教した。

 

「言われてみると、あんた、ろくすっぽ戦ってないじゃない!

 この無駄飯ぐらい!」

 

 凛の腕力か、はたまたアーチャーが軽量級なのか。衛宮士郎は後者であってほしいと切に願う。遠坂凛は今日から魔術の師匠となった。もしも前者で、あの調子で締めあげられたら……、俺は、死ぬかもしれない。

 

 もっとも後者であっても、士郎の危機は何ら変わらないのだが。アーチャーは士郎より十センチ近く背が高く、体格は似たようなものだ。士郎のほうが小柄な分だけ体重も軽い。より激しくシェイクされるだろう。

 

 戦わなくちゃ、現実と。でも幻想の崩壊を見るのも辛い。ミス・パーフェクトがどうしてこうなった。あかいあくまの下僕の前途は多難だ。

 

 締めあげられている黒い悪魔は呑気な声を上げた。通常物理攻撃無効のおかげだ。

 

「いやー、懐かしいなあ。昔はそうも呼ばれてたんだ」

 

「何ですって!? 不敗だのマジシャンだの、大層な二つ名は嘘だったの?」

 

 凛は知らないが、実はまだある。奇蹟だとか、ペテン師だとか、戦場の心理学者に戦争の芸術家。戦術なんて、戦略を整えられなかったことの苦しまぎれの悪あがきだったから、ヤンとしても不本意な異称の数々だ。

 

「ほら、私なんかが元帥になったのは、

 有能な年長者がみんな戦死してしまったからで、

 その前は指揮官じゃなくって参謀だったんだ。

 参謀だって何人かいたから、作戦案を採用されないとどうもこうもない。

 私はろくでもない結末ばかり考えつくんで、上官に好かれなくってさ」

 

「そればっかりじゃないわよ。あんたの上司の気持ちがわかるわ。

 あんた、大人しい顔して、しれっと真っ黒いこと言うんだもの。

 不真面目だし、すぐさぼろうとするし! 

 実際問題できるの? セイバーなんて」

 

 マスターの無理難題に、アーチャーは胸の前で手を左右に振った。

 

「そんなの、無理に決まっているだろう。

 武芸百般に傑出し、最高レベルの頭脳を誇り、

 男性美の極致で数多の女性を魅了した、ヘラクレスとはわけが違うんだよ」

 

 死を具現化したような鉛色の巨人とは、結びつかないようなアーチャーの評だった。

 

「男性美ぃ? たしかに筋肉隆々で、すごく大きかったけど、

 美形かっていうと違わない?」

 

 これは凛の評だ。バーサーカーに吹っ飛ばされて死にかけた士郎は、当然観察している余裕などない。 

 

「彼は大神ゼウスの子だよ。オリンポスの神々は巨人の神だ。

 人間とのハーフだから、逆にあんなもので済んでいるんじゃないのかな。

 だって、女神ヘラの乳をヘラクレスにこっそり与える際に、

 飛び散った乳が天の川になったわけだから」

 

「ミルキーウェイね。確かに体が大きくなきゃ、そこまで飛び散らないか」

 

「そういうこと。ちなみにヘラは絶世の美女でもある。

 ヘラクレスの母親は、そんな妻を持つ大神ゼウスが

 目をつけたほどの美女。ゼウスだって、男性の理想美の持ち主だ。

 二人の息子のヘラクレスが美男子でないわけがない。

 アマゾネスの族長の腰帯を借りてこいという、

 十二の試練の一つだって、それで難なく解決してるだろう」

 

「あ、そういえば」

 

 凛は頷き、士郎は会話からおいてけぼりを食った。魔術の自己鍛錬はしていたが、こういう神秘学的な勉強はさっぱりだ。過去へと向かう学問と、凛は魔術のことを語っていたが、歴史マニアのアーチャーはさらにその上を行く。

 

 普通の男は、ギリシャ神話の詳細なんて知らないから! 女子高生だって、星占いの星座ぐらいじゃないのか。

 

 ――この人たち、色々とおかしい。ヘンだ。

 

 とある平行世界では、行き過ぎた無私を散々に貶された士郎だが、ここでは師匠らが他山の石となった。

 

 突き抜けすぎて賢いって、気味が悪いよな……。

 

 弟子の内心は師匠には伝わらず、豊かな黒髪を胸元から背中に梳き流すと、腕組みをする。

 

「そうよね。たしかにもったいないわよね。

 十二の試練を考えてみると、ヘラクレスはキャスター以外の

 すべてのクラス特性を持つんじゃないかしら」

 

「あれかな、アーチャーだと宝具になりそうなヒドラの毒矢が、

 自分の弱点になるからかな」

 

 きょとんとする士郎に、アーチャーはヒドラの毒矢は、試練のひとつで退治した、多頭の巨竜の血の毒だと説明した。

 

「この怪物は海蛇座として天にあるんだ。

 ヘラクレスの邪魔をするために、ヘラが送り込んだ大ガニはかに座。

 だが、こいつはあっけなく踏みつぶされてしまった」

 

「わかるぞ。あのバーサーカーの元だろ。カニのハサミなんか効かないと思う。

 それにしても、星占いのかに座って、そういう伝説があったのか。

 バーサーカーを邪魔するぐらい、大きなカニかぁ……。

 食ってみたいなあ」

 

「ははぁ、確かに食いでがあるだろうね」

 

 でもそれ、お高いんでしょう? 自問した士郎は、次に財布と相談した。答えはノー。いや待て、藤ねえからお裾分けのカニ缶があった。そして一昨日買った特売の卵2パック。うし、明日の晩はカニ玉にしよう。  

 

 献立が一つ決まって晴れ晴れとした士郎に、本題が説明された。自らの武器が、ヘラクレスの弱点となりうる理由が。

 

 ヘラクレスの妻はケンタウルスに攫われそうになったことがある。犯人のケンタウルスは、夫にその矢で射られ、彼女にこう言い残して息絶えた。

 

『私の血には、愛を取り戻す力がある。

 夫の愛が薄れた時に、私の血を彼の服に沁み込ませれば、

 彼は貴女の元に戻るだろう』

 

 ケンタウルスにとって、彼女は自分の仇の妻。ヘラクレスの妻にとっては、彼は夫に処断された誘拐犯。その言葉を信じるなんてどうにかしている、と思わざるをえないが、彼女は信じてしまったわけだ。

 

 蛙の子は蛙の子というべきか、数年後にヘラクレスは別の女性を寵愛するようになり、妻は取っておいたケンタウルスの血を下着に沁み込ませる。それにはたっぷりとヒドラの毒が含まれていた。

 

「もてるのは羨ましいけれど、男としては避けたい死に方だよなあ」

 

「言えてるわね……」

 

「……ど、どんな死に方だったのさ?」

 

 ヒドラの毒は、激烈な苦痛をもたらす。不老不死の者でさえ癒えることはなく、神に不死の返上を願い出るほどのものだ。被害者のひとりは、ヘラクレスの師、ケンタウルスの賢者ケイロン。誤射によるものだ。ギリシャ最高峰の頭脳の持ち主で、死を惜しまれて星座に迎えられた。それが南斗六星をもつ射手座である。

 

 そんなものを下着、いや正直に言おう。パンツに塗られたら。

 

「皮膚、肉、臓器に至るまで、毒に焼けて腐れ落ちるんだよ。

 自ら焼死した方がましという痛みだっただろうし、

 ヘラクレスは実際にそうしているんだ」

 

 臓器、それはパンツに縁のあるアレというかナニ……! アーチャーの遠まわしな解説に、逆に蒼褪める赤毛の少年。

 

 『女の子には優しくしないと損をする』とは真理の一端であった。しかし、『女の子()に優しくするのは死を招く』ということでもあるようだ。

 

「ちなみに、死んだあとでヘラクレスも星座になってる。

 そんなことより、生きている間に優しくしてあげればいいのに。

 神様なんてのは理不尽なものだが、彼の名前は、『ヘラの栄光』って意味だ。

 十二の偉業は、ヘラの差し金によって行われたからだよ。

 怖いだろう?」

 

 アーチャーの警告の矢も、ヒドラの毒に匹敵するぐらいに強力だった。

 

 ※ヘラは貞節と信義の守護神です。彼女の半分は嫉妬の怒りでできています。フラグの建築は、用法用量を守り、あなたの健康と生命に留意して行いましょう。

 

***

 遠坂主従が帰宅して、士郎は夕食の準備を始めた。昨日計画したとおり、メインはカニ玉、付け合わせは春雨と肉団子のスープ、レタスとコーンの中華風サラダ。貰い物の缶詰に、買い置きの乾物、特売の卵とひき肉にレタスを使い、緊縮財政でもうまいものを。士郎の努力と工夫の結果である。師匠の従者がこれを見たら、拍手喝采したことだろう。

 

「あ、あの、リズさん。コレ、できたから運んでください」

 

「……ハイ」

 

 今日も、虎も桜も来ていない。その代わりに、メイドのリズが助手を務めていた。美人だしスタイルも抜群だけど、無口で無表情で、士郎も対応に困る人だ。いま一つ、何を考えているのか読めない。その点では、士郎に手厳しいセラの方が理解できる。

 

「でもリズさんはセイバーにあたりがきついんだよなぁ」

 

 士郎はスープをかき回しながら、溜息もひとつ。

 

「うう……。やっぱり、皿かなあ。

 セイバーの割ったヤツ、リズさんの給料から弁償だったり……」

 

 セイバーを新しいメイドと紹介したせいで、リズは後輩ができたと思ったらしい。さて、仕込んでくれようと皿洗いをやらせたところ、朝食に使った皿は半減の憂き目にあった。

 

 だが、それを責めることはできない。セイバーの腕力は常人の四十倍だ。アーチャーが警告したように、陶磁器はポテトチップス同然の脆さだったに違いない。

 

 イリヤも悪いと思ったらしく、今日学校に談判に来る前に、皿やカップを買ってきてくれた。

 

「うぅむ、余計に使えないじゃないか」

 

 士郎は、台所のテーブルに鎮座ましましている、ロイヤルブルーの箱に視線を送った。アインツベルンは並外れた資産家だ。藤村家から貰った皿の代わりに、新都のデパートの最上階のブランド食器の店で買ってきたのだ。

 

「だって、このお店しかセラも知らないんだもの」 

 

 そう言ったのは幼い女主人のイリヤである。

 

「申し訳ありません、士郎様。リズについては、わたくしの責任です。

 セイバーのサーヴァントをメイドにするのは、

 あくまでふりという説明が充分ではありませんでした。

 出来あいの安物で申し訳ありませんが、お納めくださいませ」

 

 謝罪と共に深々と一礼したのは、その家庭教師のセラだった。

 

「くれるというならもらっておきなさいよ。

 洋食器だから、イリヤたちの食器にすればいいじゃない」

 

 遠坂家の令嬢もあっさりとしたものだった。日常的にアンティークの名品を使っている凛にとって、結局は現代の大量生産品である。

 

「ちょっと待ってくれよ! これ、ものすごい値段がくっついてるんだけど!」

 

 士郎の言葉に、黒い頭がひょいと覗きこんだ。

 

「どれどれ。……おお、こりゃすごい」

 

「あら、イリヤ。自宅用って言ったの?」

 

「え、だって、この家で使うでしょ」

 

 凛は髪を掻き上げた。

 

「んー、間違いじゃないけどね。贈り物用って言っておいた方が無難よ」

 

「値段がわかったらよくないの?」

 

「イリヤ君、金貨一枚の価値は、人それぞれに違うんだよね。

 これは普通の人にとって、お皿一枚の値段としては高いってことさ」

 

「そうなの?」

 

 アーチャーの説明に、イリヤはセラに訊いてみた。

 

「ですが、あのお皿も日本の物として、我が国のこの社と同等の格式のものですが」

 

 士郎はあんぐり口を開け、我に返るとせわしなく両手を振って否定した。

 

「へ? ないないない、それはない! あれ、貰いもんだから!」

 

「ですが、歴史ある有名な窯のものでしたわ。この社の手本となった物ですのに」

 

「えっ!?」

 

「ああ、そういえば、私の父もそんなことを言ってたなあ。

 ドイツの磁器は、中国や日本の物を手本に絵を模写したけど、

 ドイツに柘榴の木がなかったから、タマネギになっちゃったって」

 

 言いながらも、アーチャーの表情は疑わしげだ。

 

「ザクロがタマネギ? へんなの」

 

 首を傾げるイリヤに、士郎も倣った。

 

「ああ、でもよく見ると、タマネギから枝が生えてる。変だよな」

 

 真紅と琥珀が見つめあった。

 

「あ、ホントね、シロウの言うとおりよ!」 

 

 頃あいと見た凛は、可愛らしく咳払いした。紅茶好きの彼女は、茶器にも一家言あった。これはヤンと違うところだ。

 

「アーチャーの雑学と、歴史好きの源がわかった。お父さんの影響だったのね。

 その疑問は、アーチャーのお父さんが正しいわよ」

 

「本当だったのかい?」

 

「ええ、ブルーオニオンは、本当に柘榴の実だったのよ。

 それにしてもあんたのお父さん、相当な骨董マニアだったのね」

 

 眉を寄せて、こめかみを掻く凛に、アーチャーは眉を下げて髪をかき回した。

 

「いや、私もてっきり与太話だと思ってたんだよ。

 形見のコレクションが、一個除いてみんな贋物だったからね。

 だが凛もそう言うなら、親父に謝らないといけないな」

 

 当事者二人は買い出しに行き、席を外していた。セラの大人の配慮である。それは素晴らしいと思う。でも、でも!

 

「だ、だからって、いきすぎだろ。一枚五桁の皿なんて!

 やっぱこれ、イリヤ達が使ってくれ。

 貰い物が土蔵にまだ沢山あるからさ、な!」

 

 そうして蔵出しされたのが、いかにも結婚式の引き出物っぽい白い皿だ。

 

「なーんか、カニ玉乗っけるだけじゃ殺風景だな。

 でもなんでこう、家で作るとふんわりといかないんだろ」

 

 やや不満の残る出来上がりだ。あんをかけて、これも運んでもらう。

 

「炒飯も、こう、パラパラッといかないんだよな。

 作れない事はないけど、中華って微妙だ……」

 

 最後に冷やご飯を活用した、山盛りの炒飯を二皿。お好みで取り分けてもらおう。白いご飯も炊飯器にスタンバイ。急に増えた人数に、士郎も試行錯誤の最中である。

 

「じゃあ、みんな、手を合わせてください。いただきます!」

 

 挨拶して、士郎は料理を口に運んだ。

 

「うーん、七十、いや六十七点ぐらいかなあ……」

 

「とんでもない、シロウ。今日も素晴らしいです!」

 

「うん、シロウ。このピラフしっとりしてておいしい。

 初めて食べるわ」

 

「あー、うん、ありがとな、イリヤ。

 しっとりしてたら炒飯として駄目なんだけどさ……」

 

「このオムレツは、重厚で食べ応えがありますね。

 具はカニと……マッシュルーム? この歯ごたえのあるものは何でしょう」

 

「セラさん、それはマッシュルームじゃなくて、シイタケなんだ。

 あとタケノコ。でも、ふんわりトロリがカニ玉の理想だよなあ。

 やっぱし、中華は難しいな。どっか習いに行こうかな……」

 

 ちょっと不出来な料理でも、大勢で囲む食卓は楽しい。アインツベルンの面々の、鋭い批評交じりの褒め言葉にはグサリとくるけど。

 

「リ、リズさんはどうだろ?」

 

 無言でスープをかき混ぜるリズに、士郎はおずおずとお伺いを立ててみた。

 

「これ、みんな逃げてく。……生きてる?」

 

 女性陣が顔色を変え、一斉にスープから身を引いた。

 

「違う違う! それ春雨! ごめん、フォーク持ってくるから!」

 

 慣れないレンゲに悪戦苦闘し、春雨をすくえないリズ。中華は、世界三大料理って言うじゃないか! なのに、どうしてこうなったんだ!? 

 

 自己流による、『もどき』が呼んだ大誤算であった。


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