入試までにライダーのカタを付ける。士郎には可能とは思えず、アーチャーに詰め寄った。
「どうすんのさ!」
「なんとか撃退に成功したライダーだが、
凛の虎の子のおかげで、氷漬けになっている。
令呪による転移で、取り逃がしてしまったが、令呪を使わせたから無駄ではない」
整然とした説明が再開された。作戦参謀としては、やる気がないくせに能力だけはやたらと高く、ゆえに煙たがれたヤンだ。その気になれば、このぐらいの説明はお手のものである。
「俺が大汗かいているときに、そんなことになっていたんだ」
「私よりもマスターのお陰だね」
凛は碧眼を眇めると、忌々しげにライダー戦の決算報告を行った。
「当然でしょう。元手が掛かってんのよ。ざっと三百万円と十年間分の魔力がね」
士郎の上体が揺らいだ。精神に食らったアッパーカットが、肉体にも効いたのだ。
「え、な、なんだってぇ!? さっ、さっ、さんびゃくまんえんーー!?」
イリヤの方はわずかに銀髪を傾げただけだ。
「そういえば、トオサカは宝石翁の弟子だったものね。でもリンすごいわ。
たったそれだけで、サーヴァントを凍らせる魔術ができるんだもの」
桁はずれの金満家の言葉に、凛は不機嫌になった。
「たったってね、一個百万はしたんだけど」
「え、遠坂の魔術って……」
「魔術のための触媒として、お高い宝石が必要なんだそうだよ、士郎君」
道理で、『月五万や十万でも十年溜まればそれなりでしょう』と言う金銭感覚のはずだ。それは高校生としておかしいから!
「早めに、上納金だか授業料を払ってあげてくれ。分割払いでいいから」
「わ、わかった。でも俺、遠坂に魔術習っても、そんなの用意できないんだけど!」
今後、どんな教材が必要になるのか。戦々恐々とする士郎に師匠は手を振った。
「ああ、士郎には当分必要ないから平気。
大量の魔力を生成して、制御して放出できるようにならないと無理よ」
「う、あう」
容赦のないごもっともな講評だった。
「それよりなにより、最初はセイバーへの魔力供給からよ。
もう、あの石だって結構高かったんだから」
昨夜飲まされた石の金額を聞いた士郎は卒倒しかけ、浄化槽の清掃をしなくてはならないのかと危ぶんだ。そして、助け舟を出してくれたアーチャーともども、メドゥーサにも勝る眼光に射竦められることになったが、まあご愛嬌と言えるだろう。
イリヤは『ジョウカソウってなにかしら?』と疑問を持ったが、賢明にも沈黙を守った。
凛は、セイバーを取られた憤懣を込めて、弟子のへっぽこぶりを腐したが、問題点を指摘することは怠らなかった。
「現物で返せとは言わないけど、士郎はきちんと授業を受けて、
上納金と授業料を払いなさいよね。
わたしが身銭を切ったのに、
ヘロヘロなラインしか繋がらないってどういうこと!?」
凛の剣幕に、士郎は正座して頭を下げた。
「遠坂、ごめん。ぶ、分割払いでお願いします。
できれば、その、六十回くらいで……」
「あんたね、それは聖杯戦争を生き延びないと無理でしょ」
「リンだってそうじゃない」
「それはそうよ。でも、わたしが死んだら、士郎だって遅かれ早かれ死ぬわよ」
断言する凛に、士郎は眼を剥いた。
「な、なんでさ!?」
「わたしの弟子でなくなったら、真っ先にあんたが襲われるわ。
わかってるだけでも、ランサーに、ライダーに、キャスター。
イリヤとあんたじゃ、当然弱い方が狙われるわよ。
セイバーが魔力切れで消滅するか、自己流の魔術で自爆するでしょうね。
そしたら、イリヤだって困るのよ。
お父さんのことを、調べられなくなっちゃうでしょ」
士郎とセイバーは、力のアインツベルンと知の遠坂、二人のサーヴァントのお陰で平穏を保っているようなものだ。そして、知の恩恵を受けているのは、アインツベルンも一緒だった。セラは、美しい所作で凛とアーチャーに一礼すると、主を諭した。
「遠坂様のおっしゃるとおりですわ、お嬢様。
こちらに移っていなくては、あの森で孤立し、絶好の的になっていたでしょう。
お二人の助言に感謝しなくては」
「アーチャーが言ってた怖いことって、こういうことなのね。
ありがとう、リン。シロウも」
セラを真似て、小さな銀の頭も下げられた。慌てた士郎は手を振った。
「い、いや、俺何にもしてないしさ」
士郎の言葉に、白い五稜星が左右に揺れた。
「士郎君は大したことをしてるんだよ。
生死の危機を二回も生き延びて、切嗣氏のことをイリヤ君に教えてくれた。
凛とイリヤ君とセイバーを受け入れてくれたのもね」
士郎が、間桐慎二のような性格ならば、もっと紛糾していただろう。自己への執着が薄すぎるのは問題だが、この場合はプラスに作用した。しかしこれから、正しい意味での自尊心を身につけてもらわなくてはならない。それは凛やイリヤに任せるとしよう。家族を失った悲しみを癒すのは、新たな愛情なのだから。
幽霊にはできないことだし、してよいことでもない。
「いいこと、わたしがいいって言うまで、絶対に独断専行しちゃ駄目よ。
セイバーもお願いね。こいつが無茶しないように見張ってて」
「リンに感謝を。シロウをよろしくお願いします」
礼儀正しい美貌の騎士を、凛は魔術師の目で検分した。
「まあ、なんとかやってみましょうか。
それでも、セイバーの魔力は昨日より回復してるわね。
食事のおかげかしら?」
そして、相変わらず魔力が満タンにならないアーチャーにも首を捻る。先ほどの光線銃の消費は、拍子抜けするほどに少ないものだった。一方、霊体化していても魔力をそこそこに食うのだ。
「さて、夕食前に切りあげないとね。続けて、アーチャー」
「はいはい。ライダーの使役者は、やはり間桐慎二君だった。
で、君達には私がキャスターではないと言ってもらったが、
彼には私がアーチャーと断定できなかったようだ」
イリヤが真紅の瞳を瞬いた。
「マトウシンジは正式なマスターじゃないということね」
正式なマスターには、敵のサーヴァントの能力が透視できる。その情報は、マスター経由でサーヴァントに伝達されるとヤンは推定する。単独行のランサーが、ヤンのクラスを判じかねていたのが傍証だ。そして、消去法でセイバーとアーチャーを挙げてしまったのが、ランサーの不運の始まりでもあった。
「召喚者は別に存在すると考えて、注意を怠らないように。
こうなると、自分に似たサーヴァントを召喚するという点で、
もう確定と思ってもいいだろう」
表情を曇らせて、黒髪を掻きまわす。示唆された実姉にとっては、問い返すまでもなかった。ヤンは、桜が養女に行った理由を聞いていた。
桜は、魔道の家門の加護なくば、生きていけないほどの素質に恵まれていたのだ。五つの属性を持つ凛に劣らず希少な、架空属性『虚数』の所持者。
魔術回路が絶えた間桐家の、後継を生む者として乞われたことだろう。マキリの魔術は継承できないが、将来の家門の母として守られるためだ。知識は与えられずとも、桜には魔術回路がある。凛とほぼ等しい数の、強力なものが。
そして、ペルセウスとメドゥーサに共通する、固有性の低い触媒を使ったとすると、
召喚者に似たほうが召喚されるのだろう。魔物と化す前のメドゥーサは、豊かな髪と水晶のような灰色の瞳、曲線美に富む肢体に恵まれた、美貌の持ち主であった。そして『妹』である。
ライダーがメドゥーサならば、真の主は間桐桜だ。
「凛の魔術を解除するには、令呪を使うか誰かに頼むかの二者択一になる。
前者ならば、残る令呪は最大でも一個。
ライダーを殺し、他のサーヴァントと再契約する気があったら、
そもそも令呪を消費してまで避難はさせないだろう。
間桐家の他の魔術師に、凛の術が解けるのならば、そうするだろうが……」
「あの家の当主だろうと、そんなに簡単には解けないわ。
十年間蓄積した魔力による、Aランク相当の魔術だもの。
世界の修正があっても夜中までは保つわよ」
「じゃあ、明日には復活しちゃうじゃないか」
凛は人の悪い笑みを浮かべて、先ほどアーチャーに言ったことを繰り返した。セイバーの主人は納得した。やっぱり、似たサーヴァントを召喚するって本当だと。アーチャーも、ライダーのマスターには、選択肢が少なくとも四つあり、それが行動を迷わせることになると補足する。
「せいぜい迷ってもらおうと思っていたが方針を変えよう。
今夜の吸血行為は不可能と考えていいが、またぞろ蠢動されては堪らない」
「やっぱり、ライダーが吸血鬼なのか……」
「これは仮定だが、ちょっとした変装をすれば、
皆が声をかけて、心配するような存在だと思わないか?」
アーチャーは再び、携帯電話の画像を見せた。
「さんざん通り魔への注意がされているんだ。
最もそう思われない姿をしているんじゃないだろうか」
際どい部分を衣服で隠せば、皮の手袋もブーツも冬の装いとしては普通だ。最も目立つ眼帯も、包帯などで隠して、白杖を持てば不審に思われない。
「そっか、セイバーをメイドにしたのと同じなんだな」
「アーチャーがリンの彼氏になったのもね」
「だーかーらー、違うって言ってるでしょ!」
本気で嫌がる凛に、アーチャーは苦笑いをしながら『遠坂凛の親戚』のプロフィール
を士郎とイリヤに伝達する。
「そうそう、私は凛の亡くなった大叔父の孫で、大学二年の『柳井』二十歳。
出身は関東、現在は京都に在住。
そういう設定にするつもりだから、心に留めておいてくれ」
「なんでさ。なんでまた、そんなに細かいんだよ」
「明日のランサーとの会食を、誰かに見られたらそれで通すからさ。
ランサーは、大学の留学生ということにでもしようと思って。
そうだ、凛。明日の会食の飲食店、どこか予約しておいてもらえないだろうか」
凛は反射的に尋ねた。
「あんた、本気? こんな時に!」
「こんな時だから、彼に助力してもらいたいんだよ。
敏捷性でライダーと同格であり、ライダーに勝る白兵戦技能の持ち主だ。
ランサーでありながら、マスターと離れて行動できる。
持久力がセイバーやバーサーカーに勝るということだ。そのうえ、霊体化が可能。
一定の広さの屋内を戦場にするなら、対ライダー戦は彼以上の適任はいない」
つらつらと列挙されるのは、ランサーがいかに強敵であるかということの裏返しだった。今のところ、アーチャーの奸智に丸め込まれてしまっているが、逆にアーチャーとランサーが組めば、このうえなく手強いだろう。セイバーは密かに危惧した。
「どうやって協力させるのよ。あんた、あれは嫌われたわよ。
色々とひどすぎるわ」
凛の非難に、アーチャーは人畜無害そうな笑みを浮かべた。
「とんでもない、私は彼の命の恩人になるんだよ。
さらに美味と美酒を振る舞い、彼の願いを叶えるように持ちかける。
強敵と武を競うチャンスだよとね。魅力的な提案だと思うんだが、どうかな」
「よ、よくもまあ、そんなことを言えるわね……」
従者の悪どさに、うら若き女主人は呆れかえった。発想が完全に悪徳商人だ。事故死したという彼の父は、さぞやり手だったに違いあるまい。
「だから、ランサーとの約束を破るわけにはいかないよ。
彼も誓約に縛られるうちは、全力を発揮できないからね。
ご馳走を食べて、後顧の憂いをなくし、管理者に協力してもらうのさ。
おまけに私の願いも叶うし、いいことずくめだろう?」
「なんと不謹慎な! 何より、サーヴァントならば私がいる。
なぜだ、アーチャー」
一転、険しい顔になったセイバーに、アーチャーは髪をかき混ぜて眉を下げる。
「申し訳ないんだが、今の君は表面上、
イリヤ君のサーヴァントに見えるようにさせてもらってるんだ。
一方、イリヤ君の真のサーヴァントを知っているのがランサーだ。
バーサーカーは切り札だ。直前まで伏せておくべき類いのね。
ランサーとライダーのマスターが、手を組むことを阻止する目的もある」
「どうしてなの? バーサーカーは最強よ。
ランサーなんかじゃ傷も付けられないんだから」
「イリヤ君は、バーサーカーはおしゃべりができないって言っただろう?
彼の宝具は真名解放型のものではない。違うかな?」
穏やかに問いかけられて、イリヤは息を飲み込んだ。
「バーサーカーは、極めて高い能力を持っている。
肉弾戦では彼に勝てるサーヴァントはいないと思うよ。
しかし、サーヴァントの強さは宝具に依るところが大きいと、
セイバーもさっき言ったね」
不承不承という表情で、上下動する金銀の髪。
「バーサーカーの宝具は、常時発動型ではないかと私は推測するんだが」
「う……」
言葉に詰まるイリヤに、アーチャーは手を振った。
「ああ、無理に話さなくてもいいよ。私だって秘密にしてるからね。
バーサーカーの白兵戦能力は比類ないものだろう。
だが、真名解放型宝具ではないとなると、爆発力に欠ける。
機動力に富み、宝具に依存するライダーとの相性は、あまりよくなさそうだよ。
彼女は肉弾戦の専門家ではなさそうだから、
正面から身一つで組み合うとは思えない」
バーサーカーは、肉弾戦に優れたサーヴァントに、無類の強さを発揮する。しかし、欠点も存在するとのアーチャーの言だった。バーサーカーの攻撃範囲の外から、イリヤを巻き込むような一撃を放ってくるかもしれない。
「ライダーがメドゥーサならば、一番厄介なのは石化の邪眼だろうね」
イリヤは怪訝な顔になった。セイバーの主従も同様だ。
「きっと宝具のペガサスじゃなくて?」
「馬って大きいんだよ、イリヤ君。バーサーカーと同じぐらい背も高いんだ。
そのうえ、翼がついているなら余計に場所をとるのさ」
騎士だったセイバーが真っ先に気付き、はたと膝を打った。
「ええ、あの廊下で騎乗するにはいかにも狭い。
騎乗して走るなら、バーサーカーより高さが必要になります。
なるほど、見事な計略です」
「私が生き残るには、それしか方法がないからね」
幅二メートル半、高さ三メートルの学校の廊下では、翼をたたんでも身動きがままならないだろう。こと戦闘になると、ヤン・ウェンリーはどこまでも根性悪になれるのだ。
「私の宝具は、威力は低いが数撃ちゃ当たる。遠くからね。
だが、接近戦主体のセイバーやバーサーカーはそうはいかないだろう。
どちらも単独行動ができないから、
士郎君やイリヤ君がそばに付かなくてはならない。
彼女の一瞥で石になるんじゃ、天馬よりおっかないよ」
衛宮とアインツベルンの陣営は顔を見合わせた。代表してイリヤが異議を述べる。
「でも、マキリの跡取りが、わたしを殺そうとするかしら?
聖杯の器が手に入らなくなるのよ」
それにヤンは首を振る。
「彼が魔術師として、ちゃんと教育されているかどうか。
聖杯の担い手の意味も、知っているか怪しいものだ。
でも、マスターとサーヴァントが七組というのは知っているだろう」
そう言うと、ヤンは士郎の状況を説明した。セイバーは、イリヤの命で士郎の監視役についている。前回もアインツベルンのサーヴァントとして、アイリスフィールを守っていた。そして、前回は最後まで勝ち残っている。
「それほどに有能なセイバーを、再び召喚するのはむしろ当然だろう。
イリヤ君のお母さんは、セイバーを公然と同行させていたようだし」
セイバーは目を伏せた。
「ええ……とても楽しそうに、この街を見ていました」
「娘が母の真似をしても不自然ではないよね。
イリヤ君が前回のことを知らないということは、
我々以外は知りえないんだから」
決勝まで残った切嗣主従の戦果は大したものだ。せっかくの情報を無視することなど、常識では考えられない。
「なるほど……、たしかに、イリヤスフィール……様のサーヴァントとして、
私がシロウを監視しているように見えるでしょう」
「だから、士郎君のサーヴァントは、慎二君にとっては謎のままだ。
イリヤ君のセイバーがついているのに、
士郎君を無防備にすることはありえない。
よって、姿を見せず霊体化しているとね」
その先入観を利用した、ちょっとした詐術だ。
「じゃあ、シロウには、サーヴァントが二人ついてるって、そう思わせてるの?」
イリヤの質問にアーチャーは頷いた。
「そして、士郎君は凛の弟子で、イリヤ君の義理のきょうだいだと言い渡してある。
私とセイバーと謎の一騎を、敵に回そうとは思わないだろう。
イリヤ君に手を出すならば、ここに攻め入ることになるが、
隙だと思わせることで、襲撃を日中に誘導できるのさ」
夕方には、セイバーと架空の一騎が帰ってくるからだ。
「となると、ペガサスで飛ぶわけにはいかなくなる。
邪眼にさえ注意すれば、バーサーカーの有利は動かない」
「だから、私をアインツベルンに?」
前回のマスターと酷似した手法に、反感を覚えていたが、そちらが目的だったのか。なんという神算鬼謀だろう。慄然としかけたセイバーに、アーチャーは手を振る。
「いやいや、いくらなんでも、そんな先読みはできないよ。
君にメイドのふりをしてもらったのは、
主に士郎君の今後の生活を守るためだからね」
「あ、ありがとうございました、アーチャーさん!
学校の付き添い、ほんとに何とかなったんだ。
あ、そうだ。セラさんもありがとうございました……」
士郎は、アーチャーとセラを伏し拝んだ。今日の学校への説明は、イリヤ側の使用人ということでセラに押し切ってもらい、見事にセイバーの付き添いを了承させてしまった。しかるべき理由できちんと手順を踏めば、おおよそのことは通るというアーチャーの言葉のとおりに。
――養子と隠し子の骨肉の争いなんて、学校だって巻き込まれたくはない。特に、穂群原高校は私立で、公立とは違って自治体の後ろ盾がない。
しかし、簡単に退学とも言えない。生徒は金蔓だからだ。だからこそ、管理職は当事者同士でなんとかしてくれと考えるものだ。きちんと許可を求めての付き添いだし、藤村先生の証言もある――。
そして、この騒動は、全校生徒の耳目を惹いた。部活動どころではなく、みんなが応接室を遠巻きにする状況になったのだ。四階の特別教室周辺から、生徒を遠ざけるのにも一役買ったのである。
ヤン・ウェンリーの魔術は、彼が望むカードを相手に選ばせて引かせる。破滅を迎えるまで、相手はそれに気付かない。
「そして、士郎君と同じくらい、間桐慎二君の今後のことも配慮すべきだ。
彼を殺すのは論外。私たちのマスターに犠牲者を出すのと同様にね」
「なぜですか。大勢の人間を害しようとしたマスターでしょう」
「たしかにね。しかし、そいつはサーヴァントの仕業だ。
マスターの指示によるものだとしても、教唆犯と実行犯では後者の方が重罪だ」
セイバーの白い頬に朱が上った。
「なんと卑劣な!」
「私もそう思うよ。
しかし、ライダーが嫌だと言っても、令呪で命令されたら拒めない。
そんな犯行を抑止するのが教会だろうに、ろくに働きかけもしてないじゃないか」
前回の教会の対応を知るセイバーは考え込んだ。深い緑に金の睫毛が影を作る。
「……前回のキャスターは、一般人に無用の殺戮を行う輩でした。
教会からの要請で、他の陣営と協力のうえで、キャスターの討伐に当たった。
たしかにおかしい。アーチャーの言うとおりです」
「あちらがやらないなら、管理者が抑えなくてはいけないのは、
君も騎士なら分かってくれると思うけどね」
金沙の髪が頷き、決然とした眼差しを漆黒の瞳に注ぐ。
「国を守るのが騎士たる者の務めですから」
「それでも、同格の存在である間桐を蔑ろにできないだろう?」
形のよい金の眉が寄った。同盟者の討伐は、政略で最も難しいことだ。多くの味方を作らなくては、苦戦と戦後の汚名は必至である。
「……わかってきました。
間桐への対応は、前回のキャスターの討伐の逆だというわけですね。
同盟者である遠坂、アインツベルンでは難しい。
かといって、友人であるシロウが行っては禍根を残すと」
アーチャーが穏やかに微笑んだ。
「これ以上、間桐主従を追い詰めて、決定的に敵対させてはいけない。
遠坂陣営は、同盟者を増やし、ライダーが勝てない状況を作る。
そして、士郎君は慎二君の攻め手を奪いつつ、彼の味方になるんだ」
遠坂凛が北風となるなら、衛宮士郎は太陽になって、間桐兄妹の懐柔をというのがヤンの新たな構想だった。
「意味がわからないぞ、アーチャー……」
「つまりはこういうことさ」
それから士郎らに語られたのは、仕事を丸投げするために人材発掘と育成に努め、
『ヤン・ファミリー』と称されるほどに、幕僚を団結させた管理職の極意であった。