Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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31:アーチャーの会議好き

 入試までにライダーのカタを付ける。士郎には可能とは思えず、アーチャーに詰め寄った。

 

「どうすんのさ!」

 

「なんとか撃退に成功したライダーだが、

 凛の虎の子のおかげで、氷漬けになっている。

 令呪による転移で、取り逃がしてしまったが、令呪を使わせたから無駄ではない」

 

 整然とした説明が再開された。作戦参謀としては、やる気がないくせに能力だけはやたらと高く、ゆえに煙たがれたヤンだ。その気になれば、このぐらいの説明はお手のものである。

 

「俺が大汗かいているときに、そんなことになっていたんだ」

 

「私よりもマスターのお陰だね」

 

 凛は碧眼を眇めると、忌々しげにライダー戦の決算報告を行った。

 

「当然でしょう。元手が掛かってんのよ。ざっと三百万円と十年間分の魔力がね」

 

 士郎の上体が揺らいだ。精神に食らったアッパーカットが、肉体にも効いたのだ。

 

「え、な、なんだってぇ!? さっ、さっ、さんびゃくまんえんーー!?」

 

 イリヤの方はわずかに銀髪を傾げただけだ。

 

「そういえば、トオサカは宝石翁の弟子だったものね。でもリンすごいわ。

 たったそれだけで、サーヴァントを凍らせる魔術ができるんだもの」

 

 桁はずれの金満家の言葉に、凛は不機嫌になった。

 

「たったってね、一個百万はしたんだけど」

 

「え、遠坂の魔術って……」

 

「魔術のための触媒として、お高い宝石が必要なんだそうだよ、士郎君」

 

 道理で、『月五万や十万でも十年溜まればそれなりでしょう』と言う金銭感覚のはずだ。それは高校生としておかしいから!

 

「早めに、上納金だか授業料を払ってあげてくれ。分割払いでいいから」

 

「わ、わかった。でも俺、遠坂に魔術習っても、そんなの用意できないんだけど!」

 

 今後、どんな教材が必要になるのか。戦々恐々とする士郎に師匠は手を振った。

 

「ああ、士郎には当分必要ないから平気。

 大量の魔力を生成して、制御して放出できるようにならないと無理よ」

 

「う、あう」

 

 容赦のないごもっともな講評だった。

 

「それよりなにより、最初はセイバーへの魔力供給からよ。

 もう、あの石だって結構高かったんだから」

 

 昨夜飲まされた石の金額を聞いた士郎は卒倒しかけ、浄化槽の清掃をしなくてはならないのかと危ぶんだ。そして、助け舟を出してくれたアーチャーともども、メドゥーサにも勝る眼光に射竦められることになったが、まあご愛嬌と言えるだろう。

 

 イリヤは『ジョウカソウってなにかしら?』と疑問を持ったが、賢明にも沈黙を守った。

 

 凛は、セイバーを取られた憤懣を込めて、弟子のへっぽこぶりを腐したが、問題点を指摘することは怠らなかった。

 

「現物で返せとは言わないけど、士郎はきちんと授業を受けて、

 上納金と授業料を払いなさいよね。

 わたしが身銭を切ったのに、

 ヘロヘロなラインしか繋がらないってどういうこと!?」

 

 凛の剣幕に、士郎は正座して頭を下げた。 

 

「遠坂、ごめん。ぶ、分割払いでお願いします。

 できれば、その、六十回くらいで……」

 

「あんたね、それは聖杯戦争を生き延びないと無理でしょ」

 

「リンだってそうじゃない」

 

「それはそうよ。でも、わたしが死んだら、士郎だって遅かれ早かれ死ぬわよ」

 

 断言する凛に、士郎は眼を剥いた。

 

「な、なんでさ!?」

 

「わたしの弟子でなくなったら、真っ先にあんたが襲われるわ。

 わかってるだけでも、ランサーに、ライダーに、キャスター。

 イリヤとあんたじゃ、当然弱い方が狙われるわよ。

 セイバーが魔力切れで消滅するか、自己流の魔術で自爆するでしょうね。

 そしたら、イリヤだって困るのよ。

 お父さんのことを、調べられなくなっちゃうでしょ」

 

 士郎とセイバーは、力のアインツベルンと知の遠坂、二人のサーヴァントのお陰で平穏を保っているようなものだ。そして、知の恩恵を受けているのは、アインツベルンも一緒だった。セラは、美しい所作で凛とアーチャーに一礼すると、主を諭した。

 

「遠坂様のおっしゃるとおりですわ、お嬢様。

 こちらに移っていなくては、あの森で孤立し、絶好の的になっていたでしょう。

 お二人の助言に感謝しなくては」

 

「アーチャーが言ってた怖いことって、こういうことなのね。

 ありがとう、リン。シロウも」

 

 セラを真似て、小さな銀の頭も下げられた。慌てた士郎は手を振った。

 

「い、いや、俺何にもしてないしさ」

 

 士郎の言葉に、白い五稜星が左右に揺れた。

 

「士郎君は大したことをしてるんだよ。

 生死の危機を二回も生き延びて、切嗣氏のことをイリヤ君に教えてくれた。

 凛とイリヤ君とセイバーを受け入れてくれたのもね」

 

 士郎が、間桐慎二のような性格ならば、もっと紛糾していただろう。自己への執着が薄すぎるのは問題だが、この場合はプラスに作用した。しかしこれから、正しい意味での自尊心を身につけてもらわなくてはならない。それは凛やイリヤに任せるとしよう。家族を失った悲しみを癒すのは、新たな愛情なのだから。

 

 幽霊にはできないことだし、してよいことでもない。

 

「いいこと、わたしがいいって言うまで、絶対に独断専行しちゃ駄目よ。

 セイバーもお願いね。こいつが無茶しないように見張ってて」

 

「リンに感謝を。シロウをよろしくお願いします」

 

 礼儀正しい美貌の騎士を、凛は魔術師の目で検分した。

 

「まあ、なんとかやってみましょうか。 

 それでも、セイバーの魔力は昨日より回復してるわね。

 食事のおかげかしら?」

 

 そして、相変わらず魔力が満タンにならないアーチャーにも首を捻る。先ほどの光線銃の消費は、拍子抜けするほどに少ないものだった。一方、霊体化していても魔力をそこそこに食うのだ。

 

「さて、夕食前に切りあげないとね。続けて、アーチャー」 

 

「はいはい。ライダーの使役者は、やはり間桐慎二君だった。

 で、君達には私がキャスターではないと言ってもらったが、

 彼には私がアーチャーと断定できなかったようだ」

 

 イリヤが真紅の瞳を瞬いた。

 

「マトウシンジは正式なマスターじゃないということね」

 

 正式なマスターには、敵のサーヴァントの能力が透視できる。その情報は、マスター経由でサーヴァントに伝達されるとヤンは推定する。単独行のランサーが、ヤンのクラスを判じかねていたのが傍証だ。そして、消去法でセイバーとアーチャーを挙げてしまったのが、ランサーの不運の始まりでもあった。

 

「召喚者は別に存在すると考えて、注意を怠らないように。

 こうなると、自分に似たサーヴァントを召喚するという点で、

 もう確定と思ってもいいだろう」

 

 表情を曇らせて、黒髪を掻きまわす。示唆された実姉にとっては、問い返すまでもなかった。ヤンは、桜が養女に行った理由を聞いていた。

 

 桜は、魔道の家門の加護なくば、生きていけないほどの素質に恵まれていたのだ。五つの属性を持つ凛に劣らず希少な、架空属性『虚数』の所持者。

 

 魔術回路が絶えた間桐家の、後継を生む者として乞われたことだろう。マキリの魔術は継承できないが、将来の家門の母として守られるためだ。知識は与えられずとも、桜には魔術回路がある。凛とほぼ等しい数の、強力なものが。

 

 そして、ペルセウスとメドゥーサに共通する、固有性の低い触媒を使ったとすると、

召喚者に似たほうが召喚されるのだろう。魔物と化す前のメドゥーサは、豊かな髪と水晶のような灰色の瞳、曲線美に富む肢体に恵まれた、美貌の持ち主であった。そして『妹』である。

 

 ライダーがメドゥーサならば、真の主は間桐桜だ。

 

「凛の魔術を解除するには、令呪を使うか誰かに頼むかの二者択一になる。

 前者ならば、残る令呪は最大でも一個。

 ライダーを殺し、他のサーヴァントと再契約する気があったら、

 そもそも令呪を消費してまで避難はさせないだろう。

 間桐家の他の魔術師に、凛の術が解けるのならば、そうするだろうが……」

 

「あの家の当主だろうと、そんなに簡単には解けないわ。

 十年間蓄積した魔力による、Aランク相当の魔術だもの。

 世界の修正があっても夜中までは保つわよ」

 

「じゃあ、明日には復活しちゃうじゃないか」

 

 凛は人の悪い笑みを浮かべて、先ほどアーチャーに言ったことを繰り返した。セイバーの主人は納得した。やっぱり、似たサーヴァントを召喚するって本当だと。アーチャーも、ライダーのマスターには、選択肢が少なくとも四つあり、それが行動を迷わせることになると補足する。

 

「せいぜい迷ってもらおうと思っていたが方針を変えよう。

 今夜の吸血行為は不可能と考えていいが、またぞろ蠢動されては堪らない」

 

「やっぱり、ライダーが吸血鬼なのか……」

 

「これは仮定だが、ちょっとした変装をすれば、

 皆が声をかけて、心配するような存在だと思わないか?」

 

 アーチャーは再び、携帯電話の画像を見せた。

 

「さんざん通り魔への注意がされているんだ。

 最もそう思われない姿をしているんじゃないだろうか」

 

 際どい部分を衣服で隠せば、皮の手袋もブーツも冬の装いとしては普通だ。最も目立つ眼帯も、包帯などで隠して、白杖を持てば不審に思われない。

 

「そっか、セイバーをメイドにしたのと同じなんだな」

 

「アーチャーがリンの彼氏になったのもね」

 

「だーかーらー、違うって言ってるでしょ!」

 

 本気で嫌がる凛に、アーチャーは苦笑いをしながら『遠坂凛の親戚』のプロフィール

を士郎とイリヤに伝達する。

 

「そうそう、私は凛の亡くなった大叔父の孫で、大学二年の『柳井』二十歳。

 出身は関東、現在は京都に在住。

 そういう設定にするつもりだから、心に留めておいてくれ」

 

「なんでさ。なんでまた、そんなに細かいんだよ」

 

「明日のランサーとの会食を、誰かに見られたらそれで通すからさ。

 ランサーは、大学の留学生ということにでもしようと思って。

 そうだ、凛。明日の会食の飲食店、どこか予約しておいてもらえないだろうか」

 

 凛は反射的に尋ねた。

 

「あんた、本気? こんな時に!」

 

「こんな時だから、彼に助力してもらいたいんだよ。

 敏捷性でライダーと同格であり、ライダーに勝る白兵戦技能の持ち主だ。

 ランサーでありながら、マスターと離れて行動できる。

 持久力がセイバーやバーサーカーに勝るということだ。そのうえ、霊体化が可能。

 一定の広さの屋内を戦場にするなら、対ライダー戦は彼以上の適任はいない」

 

 つらつらと列挙されるのは、ランサーがいかに強敵であるかということの裏返しだった。今のところ、アーチャーの奸智に丸め込まれてしまっているが、逆にアーチャーとランサーが組めば、このうえなく手強いだろう。セイバーは密かに危惧した。

 

「どうやって協力させるのよ。あんた、あれは嫌われたわよ。

 色々とひどすぎるわ」

 

 凛の非難に、アーチャーは人畜無害そうな笑みを浮かべた。

 

「とんでもない、私は彼の命の恩人になるんだよ。

 さらに美味と美酒を振る舞い、彼の願いを叶えるように持ちかける。

 強敵と武を競うチャンスだよとね。魅力的な提案だと思うんだが、どうかな」

 

「よ、よくもまあ、そんなことを言えるわね……」

 

 従者の悪どさに、うら若き女主人は呆れかえった。発想が完全に悪徳商人だ。事故死したという彼の父は、さぞやり手だったに違いあるまい。

 

「だから、ランサーとの約束を破るわけにはいかないよ。

 彼も誓約に縛られるうちは、全力を発揮できないからね。

 ご馳走を食べて、後顧の憂いをなくし、管理者に協力してもらうのさ。

 おまけに私の願いも叶うし、いいことずくめだろう?」

 

「なんと不謹慎な! 何より、サーヴァントならば私がいる。

 なぜだ、アーチャー」

 

 一転、険しい顔になったセイバーに、アーチャーは髪をかき混ぜて眉を下げる。

 

「申し訳ないんだが、今の君は表面上、

 イリヤ君のサーヴァントに見えるようにさせてもらってるんだ。

 一方、イリヤ君の真のサーヴァントを知っているのがランサーだ。

 バーサーカーは切り札だ。直前まで伏せておくべき類いのね。

 ランサーとライダーのマスターが、手を組むことを阻止する目的もある」

 

「どうしてなの? バーサーカーは最強よ。

 ランサーなんかじゃ傷も付けられないんだから」

 

「イリヤ君は、バーサーカーはおしゃべりができないって言っただろう?

 彼の宝具は真名解放型のものではない。違うかな?」

 

 穏やかに問いかけられて、イリヤは息を飲み込んだ。

 

「バーサーカーは、極めて高い能力を持っている。

 肉弾戦では彼に勝てるサーヴァントはいないと思うよ。

 しかし、サーヴァントの強さは宝具に依るところが大きいと、

 セイバーもさっき言ったね」

 

 不承不承という表情で、上下動する金銀の髪。

 

「バーサーカーの宝具は、常時発動型ではないかと私は推測するんだが」

 

「う……」

 

 言葉に詰まるイリヤに、アーチャーは手を振った。

 

「ああ、無理に話さなくてもいいよ。私だって秘密にしてるからね。

 バーサーカーの白兵戦能力は比類ないものだろう。

 だが、真名解放型宝具ではないとなると、爆発力に欠ける。

 機動力に富み、宝具に依存するライダーとの相性は、あまりよくなさそうだよ。

 彼女は肉弾戦の専門家ではなさそうだから、

 正面から身一つで組み合うとは思えない」

 

 バーサーカーは、肉弾戦に優れたサーヴァントに、無類の強さを発揮する。しかし、欠点も存在するとのアーチャーの言だった。バーサーカーの攻撃範囲の外から、イリヤを巻き込むような一撃を放ってくるかもしれない。

 

「ライダーがメドゥーサならば、一番厄介なのは石化の邪眼だろうね」

 

 イリヤは怪訝な顔になった。セイバーの主従も同様だ。

 

「きっと宝具のペガサスじゃなくて?」

 

「馬って大きいんだよ、イリヤ君。バーサーカーと同じぐらい背も高いんだ。

 そのうえ、翼がついているなら余計に場所をとるのさ」

 

 騎士だったセイバーが真っ先に気付き、はたと膝を打った。 

 

「ええ、あの廊下で騎乗するにはいかにも狭い。

 騎乗して走るなら、バーサーカーより高さが必要になります。

 なるほど、見事な計略です」

 

「私が生き残るには、それしか方法がないからね」

 

 幅二メートル半、高さ三メートルの学校の廊下では、翼をたたんでも身動きがままならないだろう。こと戦闘になると、ヤン・ウェンリーはどこまでも根性悪になれるのだ。

 

「私の宝具は、威力は低いが数撃ちゃ当たる。遠くからね。

 だが、接近戦主体のセイバーやバーサーカーはそうはいかないだろう。

 どちらも単独行動ができないから、

 士郎君やイリヤ君がそばに付かなくてはならない。

 彼女の一瞥で石になるんじゃ、天馬よりおっかないよ」

 

 衛宮とアインツベルンの陣営は顔を見合わせた。代表してイリヤが異議を述べる。

 

「でも、マキリの跡取りが、わたしを殺そうとするかしら?

 聖杯の器が手に入らなくなるのよ」

 

 それにヤンは首を振る。

 

「彼が魔術師として、ちゃんと教育されているかどうか。

 聖杯の担い手の意味も、知っているか怪しいものだ。

 でも、マスターとサーヴァントが七組というのは知っているだろう」

 

 そう言うと、ヤンは士郎の状況を説明した。セイバーは、イリヤの命で士郎の監視役についている。前回もアインツベルンのサーヴァントとして、アイリスフィールを守っていた。そして、前回は最後まで勝ち残っている。

 

「それほどに有能なセイバーを、再び召喚するのはむしろ当然だろう。

 イリヤ君のお母さんは、セイバーを公然と同行させていたようだし」

 

 セイバーは目を伏せた。

 

「ええ……とても楽しそうに、この街を見ていました」

 

「娘が母の真似をしても不自然ではないよね。

 イリヤ君が前回のことを知らないということは、

 我々以外は知りえないんだから」

 

 決勝まで残った切嗣主従の戦果は大したものだ。せっかくの情報を無視することなど、常識では考えられない。

 

「なるほど……、たしかに、イリヤスフィール……様のサーヴァントとして、

 私がシロウを監視しているように見えるでしょう」

 

「だから、士郎君のサーヴァントは、慎二君にとっては謎のままだ。

 イリヤ君のセイバーがついているのに、

 士郎君を無防備にすることはありえない。

 よって、姿を見せず霊体化しているとね」

 

 その先入観を利用した、ちょっとした詐術だ。

 

「じゃあ、シロウには、サーヴァントが二人ついてるって、そう思わせてるの?」

 

 イリヤの質問にアーチャーは頷いた。

 

「そして、士郎君は凛の弟子で、イリヤ君の義理のきょうだいだと言い渡してある。

 私とセイバーと謎の一騎を、敵に回そうとは思わないだろう。

 イリヤ君に手を出すならば、ここに攻め入ることになるが、

 隙だと思わせることで、襲撃を日中に誘導できるのさ」

 

 夕方には、セイバーと架空の一騎が帰ってくるからだ。

 

「となると、ペガサスで飛ぶわけにはいかなくなる。

 邪眼にさえ注意すれば、バーサーカーの有利は動かない」

 

「だから、私をアインツベルンに?」

 

 前回のマスターと酷似した手法に、反感を覚えていたが、そちらが目的だったのか。なんという神算鬼謀だろう。慄然としかけたセイバーに、アーチャーは手を振る。

 

「いやいや、いくらなんでも、そんな先読みはできないよ。

 君にメイドのふりをしてもらったのは、

 主に士郎君の今後の生活を守るためだからね」

 

「あ、ありがとうございました、アーチャーさん!

 学校の付き添い、ほんとに何とかなったんだ。

 あ、そうだ。セラさんもありがとうございました……」

 

 士郎は、アーチャーとセラを伏し拝んだ。今日の学校への説明は、イリヤ側の使用人ということでセラに押し切ってもらい、見事にセイバーの付き添いを了承させてしまった。しかるべき理由できちんと手順を踏めば、おおよそのことは通るというアーチャーの言葉のとおりに。

 

 ――養子と隠し子の骨肉の争いなんて、学校だって巻き込まれたくはない。特に、穂群原高校は私立で、公立とは違って自治体の後ろ盾がない。

 しかし、簡単に退学とも言えない。生徒は金蔓だからだ。だからこそ、管理職は当事者同士でなんとかしてくれと考えるものだ。きちんと許可を求めての付き添いだし、藤村先生の証言もある――。

 

 そして、この騒動は、全校生徒の耳目を惹いた。部活動どころではなく、みんなが応接室を遠巻きにする状況になったのだ。四階の特別教室周辺から、生徒を遠ざけるのにも一役買ったのである。

 

 ヤン・ウェンリーの魔術は、彼が望むカードを相手に選ばせて引かせる。破滅を迎えるまで、相手はそれに気付かない。

 

「そして、士郎君と同じくらい、間桐慎二君の今後のことも配慮すべきだ。

 彼を殺すのは論外。私たちのマスターに犠牲者を出すのと同様にね」

 

「なぜですか。大勢の人間を害しようとしたマスターでしょう」

 

「たしかにね。しかし、そいつはサーヴァントの仕業だ。

 マスターの指示によるものだとしても、教唆犯と実行犯では後者の方が重罪だ」

 

 セイバーの白い頬に朱が上った。

 

「なんと卑劣な!」

 

「私もそう思うよ。

 しかし、ライダーが嫌だと言っても、令呪で命令されたら拒めない。

 そんな犯行を抑止するのが教会だろうに、ろくに働きかけもしてないじゃないか」

 

 前回の教会の対応を知るセイバーは考え込んだ。深い緑に金の睫毛が影を作る。

 

「……前回のキャスターは、一般人に無用の殺戮を行う輩でした。

 教会からの要請で、他の陣営と協力のうえで、キャスターの討伐に当たった。

 たしかにおかしい。アーチャーの言うとおりです」

 

「あちらがやらないなら、管理者が抑えなくてはいけないのは、

 君も騎士なら分かってくれると思うけどね」

 

 金沙の髪が頷き、決然とした眼差しを漆黒の瞳に注ぐ。

 

「国を守るのが騎士たる者の務めですから」

 

「それでも、同格の存在である間桐を蔑ろにできないだろう?」

 

 形のよい金の眉が寄った。同盟者の討伐は、政略で最も難しいことだ。多くの味方を作らなくては、苦戦と戦後の汚名は必至である。

 

「……わかってきました。

 間桐への対応は、前回のキャスターの討伐の逆だというわけですね。

 同盟者である遠坂、アインツベルンでは難しい。

 かといって、友人であるシロウが行っては禍根を残すと」

 

 アーチャーが穏やかに微笑んだ。

 

「これ以上、間桐主従を追い詰めて、決定的に敵対させてはいけない。

 遠坂陣営は、同盟者を増やし、ライダーが勝てない状況を作る。

 そして、士郎君は慎二君の攻め手を奪いつつ、彼の味方になるんだ」

 

 遠坂凛が北風となるなら、衛宮士郎は太陽になって、間桐兄妹の懐柔をというのがヤンの新たな構想だった。

 

「意味がわからないぞ、アーチャー……」

 

「つまりはこういうことさ」

 

 それから士郎らに語られたのは、仕事を丸投げするために人材発掘と育成に努め、

『ヤン・ファミリー』と称されるほどに、幕僚を団結させた管理職の極意であった。


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