Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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30:新たなる強敵

「なんでさ」

 

 純朴な問いを発する男子高生と、無言で眼光を険しくする女子高生。

 

「私の部下には大層な女好きが二人もいた。

 彼ら曰く、美人は声まで美しい。なぜならば、美しい骨格が美声を奏でるからだ」

 

「……たしかにそうかも。遠坂も、セイバーも、イリヤもみんなそうだ」

 

 ヤンは思わず眉を上げて、士郎の顔を見なおした。この少年、なかなかやるなあ。

そのへんは衛宮切嗣に似たんだろうか。

 

「彼らのうちの一人は、映画俳優も裸足で逃げ出すような大変な美男子だった。

 もう一人だって、そこらのタレントも目じゃない愛嬌のある美男子だ。

 二人とも美声の持ち主でもあった」

 

「アーチャー、ものすごい説得力だ……」

 

 士郎は拳を握りしめた。黒髪が頷きを返す。

 

「それだけじゃないんだ。私の周囲の美男美女は、みんなその条件に適合した。

 なにより敵国の皇帝は、絶世の美貌に素晴らしく音楽的な声の持ち主だ。

 こうなると、彼らの言に異説は持てない」

 

「え、絶世のって、そこまで……」

 

「私の言葉などでは、表現しきれないような美青年だった。

 あのキャスターも、とても美しい声だったよ。

 生前はかなり高い身分の女性だったと思う。言葉遣いにも落ち着いた気品があった」

 

「でも、それだけじゃさあ」

 

「士郎君、もうひとつあるんだ。美人は自分の魅力を知っている

 そして、それは会話にも現れる。本物の美人は会話も魅力的だ。

 美声は美貌を保証しないが、美貌の美声には裏づけがある。これも彼らの弁だがね。

 彼女の話は、とても知的で興味深かったよ」

 

 夕日色の髪が、音を立てる勢いで上下に振られた。あほな会話の男子どもに、女子の視線が突き刺さる。

 

「この馬鹿、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!」

 

「リンの言うとおりです」

 

「シロウもアーチャーもフケツだわ。ケダモノね!」

 

「うん、ケダモノ」

 

「お嬢様、益体もない低俗な番組をご覧になってはいけません。

 リズ、おまえも見てないでお止めしなさい」

 

 蒼褪める高校二年生(真)と、平然たる高校三年生(偽)。後者は表情も変えずに、少女たちに説いてみせた。

 

「いいや、これだって真面目な話さ。わずかな材料でも手がかりになる。

 キャスターとなる英霊は、魔術が魔術として語られた時代の英雄だ。

 そして、身分の高い美女だということを踏まえれば、事前対策がある程度可能だ。

 毒薬に媚薬、魅了や幻惑の類いには注意するとか」

 

 セイバーの手から、茶菓子の饅頭が膝に転がり落ちた。

 

「な、な、何を言って……」

 

 動揺した様子のセイバーに、ヤンはおや、と思った。

キャスターへの主戦論といい、この様子といい、魔術師に反感を抱く理由があるのかもしれない。

 

 第四次のキャスターが非道な相手だったのだろうか。前回のマスターと、よほどにうまくいかなかったというのもあり得る。あるいは……生前の問題か。

 

 この儀式は降霊だという。前回亡くなった参加者を呼んで、事情聴取ができればいいのに。それこそキャスターに聞いてみたい。そのほうが手っ取り早いと思うヤンだ。ハムレットの父王のように、誰が悪いのか告発してくれないものだろうか。彼らの息子や娘が、ハムレットのようになっては困るけれど。

 

 それは口にせず、ヤンは最も危険そうな人物に懇々と注意をした。

 

「お伽噺にあるだろう。魔術を使う、美貌の高貴な女性」

 

 随分と回りくどい言い方である。

 

「って、魔女だろ?」

 

「士郎君、キャスターはそう呼ばれるのは嫌いなようだ。注意してほしい。

 白雪姫に眠れる森の美女、白鳥の湖。そのへんの常套手段じゃないか。

 幻惑はアーサー王の魔術師マーリンもやってなかったっけかな」

 

 心臓に悪いどころではない言葉だった。サーヴァントの心臓が、いかなるものかは不明だが。セイバーは、座卓の下に転がり込んだ饅頭に手を伸ばすことで、表情と動揺を隠した。

 

「お伽噺には、原型となる話が神話や伝説にあるんだ。

 月や夜の女神。アルテミスにヘカテー、北欧のフレイヤ、ケルトのモリガン。

 変化に幻惑、出産と豊穣。そして死や眠りも司る。

 月と夜、さらには水と神秘の象徴なんだ。

 美しく、情が深く、ゆえに嫉妬深くて残酷にもなる。

 女性の二面性とも言えるんだろうね」

 

「いや、俺に同意を求められても、その、困るんだけど……」

 

 また女子の目力が増強してるし。女の子には優しくしないと損をする。じいさんの言葉は真理だったようだ。 

 

「キャスターは、そういう存在なんじゃないかな。

 彼女はセイバーにご執心のようだった。

 篭城戦には弱点があるんだよ」

 

「弱点?」

 

 士郎は頭を捻る。たしか、歴史の授業に出てきたような気がする。

 

「援軍がいないとダメだってことか」

 

 アーチャーは微笑んだ。

 

「一般的にはそれが正解だが、聖杯戦争では少々違うんだ。

 相手に無視されると意味がないのさ」

 

「え、無視って……」

 

「それが一番困るんだ。彼女の仮想敵がイリヤ君ならね」

 

「わたし?」

 

 自分を指さすイリヤに、アーチャーは頷いた。

 

「わかっている限りでは、君たちが最強の主従だ。

 アインツベルンのマスターとして、聖杯の器も持っている。

 そんな君がキャスター以外のサーヴァントを斃し、霊地に籠ってしまったら?」

 

「む……。陣地から出て、攻めるしかなくなるよなあ」

 

「そのとおり。短期戦の聖杯戦争で、勝つには不利なクラスと言える。

 だからこそ、セイバーという前衛を欲しているんだろうね」

 

 イゼルローン要塞だけでは雷神の槌が意味を成さないように、キャスターの魔術の範囲へ追い込み役が必要になるというわけだ。おおよその魔術をキャンセルできるセイバーなら、同士討ちの心配がいらない。

 

「魔術師の考えることは一緒ね。

 だから、セイバーは最優のサーヴァントというわけよ」

 

 もっとも、セイバーとして付与される対魔力は、標準的には大魔術で即死しない程度。魔術では傷付けられぬ士郎のセイバーは、破格の存在である。

 

「キャスターの魔術ごとき、私には効きません」

 

「しかし、セイバーが魔術をキャンセルできても、

 士郎君が篭絡されてしまってはどうしようもない。

 そういうことがないようにと、君たちに注意喚起をしておくよ」

 

「ちょっと待ちなさい。あんた、キャスターとそんなことまで話したわけ?」

 

 雷雲漂う凛の言葉に、アーチャーは小首を傾げた。 

 

「いいや、違う。私も彼女にスカウトされたんだ。

 高待遇を匂わせてくれたが、無辜の市民の生命力が報酬では頷くつもりはないよ。

 しかし、それは私やセイバーを抱えるに足る魔力を集めているってことだ。

 争うよりも、交渉でなんとかしたい相手なんだよなあ」

 

 勝てない戦いはしない。戦うならば負けないで済む方法でやる。そして負けたことはないという凛のサーヴァントは、緑茶をもの珍しそうに啜って続けた。

 

「それだけの魔力を運用できる者なら、

 魔力の釜たる聖杯をうまく使えるんじゃないかって思うのさ。

 イリヤ君の家の悲願や、凛の研究テーマにも有益な情報を持っているかもしれない。

 効率よく複数の願いを叶える方法も。

 マスターとサーヴァント、二者のどんな願いでも叶うシステムならば、

 妥協すればもっといける可能性もあるんじゃないかな?」

 

「でも聖杯は、サーヴァントが残り一騎にならないと出現しないのよ」

 

 こちらは緑茶も和菓子も、一口でやめにした銀髪の少女の言葉だった。

 

「そうかなあ。これまでの四回、願いを叶えた者はなく、

 しかし、斃れたサーヴァントはいるわけだろう。

 それも含めて、専門家に診てもらおうと考えているわけさ」

 

 ヤンは顔色一つ変えず、凛に明かした内容は伏せて、他の陣営に考えの一部を明かした。視線で同意を求められ、セイバーは頷いた。

 

「ええ、私も前回、この手でサーヴァントを斃しています。

 

「そして、君と黄金のサーヴァントが残った。

 君は途中で消滅したそうだが、その相手とマスターはどうなったのか」

 

「……いいえ、何も」

 

「何もわからないで戦いを進めてはいけないと思う。

 私たちサーヴァントは、幽霊の一欠片のコピーにすぎない。

 死んだところで、なんの痛痒もないが、人間はそうはいかない。

 だからこそのサーヴァント、騎士の果し合いに

 代理を立てるようなものではないかな」

 

 士郎がまた目を丸くした。

 

「騎士の果し合いに代理ってありなのか……?」

 

 それに聖緑の瞳が苦笑する。

 

「シロウ、珍しいことではありません。

 たとえば、貴婦人の代理として、夫の仇と一騎打ちをすることもあります。

 そう言いたいのですね、アーチャー」

 

「この場合は父母の仇というか、その原因が前回の聖杯戦争だろう。

 特に御三家同士で、跡取りを殺しあったら本末転倒だ。

 家門を断絶させないための取り決めがあったのかもしれない。

 だが、外から迎えられた、切嗣氏にそれが伝わっていたかどうか。

 セイバーは何か……」

 

 金の髪が力なく揺れる。

 

「イリヤ君は?」

 

 躊躇いがちに銀髪も揺れた。

 

「とまあ、こういう次第だ。巻き込まれた士郎君は当然知らないだろう」

 

「ちょっと、わたしには聞かないわけ?」

 

 翡翠の瞳に険を含ませる凛に、黒い瞳の半ばまでを瞼が覆った。

 

「自分が死んだら後がないのに、セイバーを呼んで出陣する気だった君が、

 知っていたとは思えないね」

 

「うっ……悪かったわよ。根に持ってたの、あんた……」

 

「そういうわけじゃないよ。それが趣味の人間もいる。

 まあ、凛は違うってわかるけどね」

 

「え?」

 

 どんな趣味だ。というか、なんて奴だ。一同が眉間に縦皺を作る中、黒髪のサーヴァントの嘆き節が続く。

 

「私だって、どんな英雄と出会えるのかと楽しみにしてたんだ。

 なのに、ヘラクレスはバーサーカーだし、ランサーは怪人青タイツだし、

 ライダーは妖女黒タイツだ。夢も希望もありゃしない」

 

 正確に言えば、ライダーはタイツではないが、まだそのほうがましだった。ヤンは内心で、聖杯戦争のシステムに呪詛を吐いた。英霊の一欠片を、クラスという枠に押し込むというが、絶対に劣化しているに違いない。

 

 クー・フーリンもヘラクレスも父を神に持つ王族の貴公子。メドゥーサも海神ネーレウスの血を引く姫君だ。それぞれの時代において、最高の美を誇る知識人でもあるはずだ。

 

 そんな巨大な人格の持ち主たちを、七人も完全に再現できる魔術があるなら、聖杯戦争はとっくに成功している。

 

 彼らに比べれば、ささやかに過ぎる自分でさえ、酒も買えないこの童顔。身体能力は二十歳、外見は二十五歳ぐらい、そのぐらいの融通も利かないとはポンコツじゃないか。万能の願望機だなんて、ちゃんちゃらおかしい。信じるに値しない。

 

「ああ、私もなんで応じちゃったんだろうなあ……。こんな面倒くさいものだったとは」

 

 毟り取ったベレーを渋い顔でもみくちゃにするアーチャーに、名前を略されたサーヴァントの主はおずおずと質問した。

 

「えっと、セイバーは……」

 

「もちろん、セイバーは私の理想の女騎士って感じだけど、

 マスターである士郎君を差し置いて、あれこれ聞くのも失礼だろう?」

 

 剣の主従は決まり悪げに顔を見合わせた。前半は素直な賞賛だったが、後半は衛宮主従の交流を促すものだ。同盟者は当然として、マスターにも真名を秘しているセイバー。士郎も、養父とうまく行っていなかった様子の彼女に、臆するものがある。言峰神父の言葉が事実なのか、それも心に(わだかま)って。

 

 

「こうなりゃ、キャスターに希望を託すしかないよ。

 ひととおりの目途がついたら、さっさと座に帰るから」

 

「ちょ、ちょっと待った! 待ってくれ!」

 

 声を張り上げたのは、彼のマスターではなく、セイバーのマスターだった。

 

「それは困る! アーチャーが居なくなったら、

 俺、このメンツの中でやっていかなきゃならないじゃないか!」

 

 黙々と努力するだけでは、どうしようもないことがあると悟ってしまった士郎である。これまでの士郎は、肉親もない孤独な存在だった。だが、その半面、こういったしがらみにも縁がなかった。だから、自分のことにのみ努力することができた。

 

 でも、じいさんの娘が現れ、じいさんのサーヴァントだったセイバーも現れ、イリヤの身内のメイドさんまでやってきた。精神的には、バーサーカーにやられちまったほうが楽だったかもしれない……。

  

「……無理。絶対に無理だ。

 頼む、じいさんの事を調べるのにも、色々教えてほしいんだ」

 

「はあ、でも基本のやり方は、ちょっと調べればわかることだけど……」

 

 士郎は夕日色の髪をぶんぶんと振った。

 

「アーチャーのちょっとは、俺には沢っ山なんだ!」

 

「うーん、大半は聖杯の知識のお陰なんだけどなあ」

 

 これに物言いをつけたのはイリヤである。

 

「ちがうでしょ、受け取り手の差があるもの。わたしのバーサーカーにはムリよ」

 

「ほんとにもったいないなあ。

 ヘラクレスの師は、ギリシャ神話最高の賢者ケイロンだ。

 アーチャーかセイバーなら最強にして最賢、主に忠実な最高の戦士だったのに。

 この聖杯の知識の恩恵、マスターが受けられればいいのになあ。

 時代も国も違う私たちが、当たり前に会話し、本や記録を読めるって、

 そっちの方がものすごいことだろう。これを普段も君達が使えないのかい?

 言語のサポートまであるし、テストだって楽勝だ」

 

 高校生の心を砕くような一言だった。

 

「あーっもう、それを言わないで! 

 聖杯戦争に敗れて死ねば、期末考査は関係なくなるけどね!」

 

「君たちがちゃんとテストを受けられるように努力するよ」

 

「お、おう。その、どうも」

 

 ああ、そうか。負けて死ねばテストは受けられないが、生き延びれば問題になってくる。あれは再来週だったっけ。テスト勉強にも、そろそろ手をつけなくてはいけない。

 

 そして、じいさんの隠し子問題。琥珀の瞳が翳りを帯びた。生きていくのは大変なんだ。でも、あの時劫火に消えれば、狂戦士の剛腕で八つ裂きにされれば、今はない。辛くとも、いいことばかりでなくても、生きているのだから。だからテストだって……。

 

 そこまで考えた士郎の脳裏に、不吉な雷光が閃いた。

 

「ま、まずい、まずいぞ、遠坂! さっさと学校のカタを付けないと!」

 

「急に切羽詰ってどうしたのよ、士郎」

 

「来週は高校入試だ! ガンドの風邪で避難はムリだぞ!」

 

「あーーっ! そうよ、まずいわ。うっかりしてた!」

 

 蒼白になったマスターの言葉に、アーチャーは天井を仰いだ。

 

「おいおい、凛、そいつはうっかりじゃ済まないよ。

 君の言うとおり、止めを刺しときゃよかった。

 仕方がない、ライダー陣営の焦りを誘って、入試までにカタをつけよう」


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