Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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28:戦い続いて日が暮れて

 凛が電話してからほどなくして、衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルン、二人のメイドもやってきて、戦いの痕跡に目を瞠った。

 

「なんだ、これ? どうしてこんな跡が付いたんだ」

 

「アーチャーの宝具よ。教室の戸口を壊したのはライダーだけど」

 

「服が昔っぽくない英霊だったからなあ。ひょっとして銃の跡か?

 でもなあ、天井まで傷がついてるぞ。

 俺じゃ、あんなところまで板の張り替えはできないし……」

 

 顎に手を当てて思案する士郎に、凛とイリヤは目を丸くした。

 

「え、修復の魔術は使えないの?

 こういう無機物の扱いって基本じゃない。

 せっかくスイッチができたんだから、使ってみるいい機会でしょう」

 

「そうよ、ヘンなの。

 シロウのししょーの命令なんだから、魔術でやりなさいってことよ」

 

「へ? だから俺、解析と強化ぐらいしか使えないんだ」

 

 二人の少女は顔を見合わせた。

 

「ねえ、衛宮切嗣さんのお嬢さん。あなたのお父さん、どんな魔術師なのよ?」

 

「だからわたし、よくしらないもの。

 リンこそシロウのししょーでしょ。いまから教えればいいじゃない」

 

「冗談。呪刻の処置とアーチャーのせいでそんな余力ないわ。

 だから士郎を呼んだのに、あてが外れちゃったなぁ。

 機械いじりは得意だって聞いてたけど、この穴はそういうわけにはいかないし」

 

「いや、その、故障したとこを調べるのには解析の魔術を使ってたんだけどさ……」

 

 士郎は頭を掻いた。

 

「これは解析はいらないけど、こんなにあちこちの壁や天井の張り替えなんて無理だ」

 

 凛は溜息をついた。

 

「あんたね、その解析の度に命がけで魔術回路を生成してたわけ?

 それで、あんなにあれこれ修理してたの? 馬鹿じゃないの」

 

「な、馬鹿ってなんだよ、遠坂!」

 

「リン、シロウを愚弄するとは、聞き捨てなりません!」

 

 金髪のメイドが眉を逆立てる。凛は、弟子の従者に取り合わなかった。

 

「セイバーは黙っててちょうだい。これは魔術師としての問題だから」

 

 彼女の前の主にこそ言ってやりたいが、いない相手にぶつけても仕方がない。魔術師は血を流し、死を許容するものとはいえ、限度がある。士郎には、みっちりと危険を教えていかなくてはならなかった。

 

「……ねえ、士郎、あんたの命は、おとうさんに助けてもらったものよね」

 

「あ、ああ」

 

「それを古いエアコンやストーブと、引き替えにしていいのかって訊いているのよ。

 失敗したら死んでいたって、わたしが昨日言った意味わかってるのかしら。

 あんたが修理中に変死していたら、どうなったと思うの?

 本当に誰かの役に立つのか、よく考えてみなさい」

 

 士郎は琥珀の目を見開き、師である黒髪の美少女を凝視した。言葉もない少年に、凛は頭を振った。

 

「出来ないなら、この修理はやめにしましょ。

 教会に停戦勧告をせっつきながら、直させるようにするから。

 それがあいつの役割なんだしね。

 これまでサボってた分、こき使ってやるんだから」

 

 今度は後見人に電話をし、用件を一方的に伝えると通話を切る。 

 

「じゃあ、帰りましょうか。もう、本当に燃費が悪いんだから」

 

「って、勝ったのか、遠坂?」

 

 士郎の前にあかいあくまが出現した。

 

「ふーん、士郎。

 あんた、アーチャーが負けて、わたしが平然としてるような人間に見えるんだ?」

 

 物凄い重圧がへっぽこ見習いを直撃。士郎はシンクタイム0の弁解を余儀なくされる。

 

「え、や、そんなことない、そんなことないぞ!

 だって、姿が見えないからさ、その、てっきり……」

 

 そして微妙に墓穴を掘ったが、凛は鼻を鳴らして否定するだけでにしてやった。そこらの学生みたいなアーチャーが、戦って勝つとは確かに思えないだろう。

 

「あいつの言葉を借りるなら、負けてはいないってこと。

 わたしも、アーチャーがあんなにやるなんて意外だったけど。

 こっちはわたしの魔力と預金残高以外はノーダメージよ」

 

「やっぱりね」

 

 イリヤの言葉に、士郎とセイバーは首を捻った。

 

「どうしてですか、イリヤスフィール……様」

 

 セラの鋭い一瞥に、セイバーはびくりとして敬称を付け加える。今のセイバーの社会的な肩書は、アインツベルンの使用人。何かの折にボロを出さないように特訓中だ。

 

「アーチャーはとっても賢いからよ。

 勝てない戦いはしないっていっていたけれど、

 勝てる戦いならするってことじゃないの? ねえ、リン」

 

「そういうことらしいわね。

 生前は負けたことがないから『不敗』とも呼ばれていたそうよ。

 でも一撃食らわせたのは、わたしのほうよ。だから大損だわ」

 

『命あっての物種だろう』

 

 被服室に置いてあった鞄を手にすると、凛は肩を竦めた。

 

「アーチャーからの伝言。

 秘匿する戦いなら、公開する状況にすれば避けられる。

 サーヴァントの出現を防ぐには、衆目こそが最強の味方。

 ちょうど部活の子の下校時間だから、一緒に帰れですって」

 

 渋面になる凛だった。この濃い面子に混ざりたくなかったのだが、いたしかたない。

凛の新たな下校仲間は、次から次に明かされるアーチャーの波乱万丈の人生に、呆然とするしかなかった。

 

「何者なのさ、アイツ……」

 

 士郎が思わず漏らした呟きは、セイバーとイリヤたちにも共通する疑問だった。それは、穂群原高校の生徒たちが、金銀の髪の美少女と美女にも送る言葉だったが。今日も肩身の狭い衛宮士郎と、それに加わった遠坂凛である。姿を消してるアーチャーが羨ましい。

 

「でもさ、遠坂。うまいことアイツに逃げられてないか……」

 

「アーチャーをここで現界させて、なんて説明するのよ。

 三日前に初めて知った亡き大叔父の孫が、イリヤたちと知り合いだとでも?

 不自然すぎるわ。却下よ、却下」

 

「は? じゃあ、一年が見掛けたって美綴が言ってた、

 遠坂のイケメンな彼氏って、もしかしてアーチャーか!?」

 

 強烈な翡翠のビームが放たれた。

 

「なんですって!? なんでそんなことになってるのよ……。

 わたし、親戚だって綾子に言っておいたんだけど」

 

 右手の通学鞄の取っ手から不吉な軋みが上がり、逆の握りこぶしがぶるぶると震えている。士郎はびくりとした。

 

「えーっと、ホラ、遠坂とアーチャーは仲がいいし、

 アイツ背も結構高いし、優しそうで頭よさそうだろ。

 顔もよく見ればちょっとハンサムだし……」

 

 そこまで言った士郎は気付く。あれ、お似合いじゃないか。

 

 ランサーのように飛び抜けた美丈夫ではないが、なにげにハイスペックな物件である。同年代ではなく、父親的な立ち位置にいるから認識しにくいが、穂群原にいたら、知る人ぞ知る感じの人気がありそうだ。少なくとも得意教科はトップクラスだろうし、軍事訓練についていけるなら、学校の体育が全然ダメということもないだろう。部活は郷土史研究部とかだろうけど。

 

 だが当人に言わせると、背もとりたてて高くはないし、体格が貧弱で実技は苦手、一向にもてなかったそうだ。どんだけ男に厳しいのか。それが戦時国家ってことだろうか。

 

 平和の尊さを、士郎はまざまざと実感した。日本だって、ほんの六十年前はそうじゃなかった。昨晩のアーチャーの講義に色々と考えてしまうが、今すぐ必要なのは自らの安全と平和であった。

 

「ええと、そうじゃなくて、遠坂の隣にいても

 不自然じゃないってことじゃないのかな!

 ……俺だったら緊張して、とても彼氏には見られないと思う」

 

 というか、今もとても緊張してます。ああ、そんなに怒気を放たないでください。士郎は必死の思いで、凛をなだめにかかった。

 

「いいなあ、リンは。バーサーカーと、街を歩いたりできないもの」

 

「……そういう問題でしょうか、お嬢様」

 

「だから、そんなんじゃないのよ。

 昨夜の作戦会議の戸籍とか資料、一昨日にあいつの指示で集めたんだもの。

 ぽんと、どっかから出てきたわけじゃないのよ。

 戸籍は12,450円、住宅地図は18,900円もしたんだから。

 わかる? 元手が掛かってんのよ!」

 

「すげ……。それだけの元手であれだけ考え付くのか」

 

「それで給料もらってたってのが口癖だもの」

 

 セイバーは顔を覆って、時代が異なることへの嘆きを発した。

 

「な、なんと……あれほどの軍師を金のみで臣下にできるとは……。

 その王にとって、どれほどの幸運か!」

 

「アーチャーは心にジンマシンが出るような奴だって言ってたけどなあ……。

 そうだ、軍人は国家公務員とも言ってたよな。

 公民の授業で言ってたけど、公務員は全体の奉仕者だってさ。

 セイバー、アーチャーのご主人は王様じゃなくて国民だ」

 

「う、士郎、アーチャーから『よくできました』ですって。

 綾子め、後で覚えてなさいよ。でも、あいつの変装、一応は成功しているのね」

 

 アーチャーが、脳裏に語りかけてきた。

 

『凛、新たなる問題の発生だ』

 

「今度は何よ」

 

『私の容貌はライダーのマスター、間桐慎二が知っている。

 君の大叔父の孫の容貌は、彼の友人や後輩が知っている。

 両者の情報を統合したら、いずれ気付かれる。なんとかしなくてはならないよ』

 

 凛は項垂れると深く溜息を吐いた。

 

「……もう、勘弁してよ」

 

 このまま、坂を登れば2分で遠坂邸という交差点。ここから衛宮邸までは、10分も歩かないといけない。魔力の消費でクタクタなのに。

 

「どうしたんだよ、遠坂」

 

『それでも、まだ我々は勝っていない】

 

 静かな思念が凛の心に響く。

 

「ライダーのマスターの対策会議が必要になったわ」

 

「なんでさ」

 

「ライダーのマスターが、アーチャーの推理の人物だったからよ」

 

 琥珀が真ん丸に見開かれ、ついでに口まで同じ形になった。

 

「ウソだろ……」

 

 凛は眼差しを鋭くし、顎の角度を上向きにした。

 

「そうとなったら、さっさとやっちゃいましょう。

 今夜はわたし、自分のベッドで寝たいのよ。魔力の回復のためにね。

 イリヤにセイバーも参加して。特にイリヤ、あなたは士郎の身内よ。

 よく知らないからこそ、狙われる可能性が高いって、アーチャーが言ってるわ」

 

「わたしのバーサーカーには敵わないと思うけど」

 

 凛はアーチャーの言葉をドイツ語で伝えた。

 

【だからこそ問題なんだ。

 凛の妹の義兄、士郎君の友人をイリヤ君が手に掛けたら、

 切嗣氏の過去を二人で探すどころではなくなる。

 一方、彼にはイリヤ君に何の遠慮もない。

 サーヴァントが手強いなら、君自身を狙ってくる。

 ライダーだけを排除し、彼が報復できなくなる手段が必要になる】

 

 雪の妖精は頬をふくらませた。

 

「もう、面倒くさーい」

 

 またもアーチャーからの忠告が凛を経由してもたらされる。

 

【それ以上に、君のバーサーカーではライダーだけ排除するのが難しいだろう。

 もし、彼女のマスターがそばにいたら、彼まで巻き込んでしまう】

 

「……彼女? ライダーも女のサーヴァントなの?」

 

「そうなのよ。アーチャーに、そういう報告をまとめてさせないと。

 私がやるのかいですって!? 

 当たり前でしょう、そのほうがわたしが楽じゃない。

 は? うっさい、超過勤務なのはわたしも同じよ!

 報告しないなら、ベッドも枕も紅茶もナシよ。そう、素直でよろしい」

 

 虚空を睨んで叱咤する凛は、危ない人にしか見えなかった。この豪華で異色の取り合わせが一種の結界となって、他の下校する生徒を寄せ付けなかったのは幸いといえよう。

 

「なあ、セイバー」

 

「なんですか、シロウ」

 

「霊体化できるのも、いいことばっかりじゃないよな。

 セイバーが実体化しててさ、顔を見ながら話ができるのはいいことだと思う。

 俺のせいで不便で悪いんだけどさ、姿が見えなければ見えないで、

 アレだもんなあ……」

 

 琥珀色の目が、ちらりと凛に視線を流し、瞑目して溜息を吐いた。わかっちゃいても見てて痛い。憧れの崩壊を嘆くのは、黒髪の青年だけではないのだ。

 

「……シロウに感謝を」 

  

 語るべきだろうか。自分の真名を。同じ衛宮の名を持っていても、この少年は先のマスターではない。

 

 セイバーに芽生えた心の揺らぎだった。


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