Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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23:一石二鳥

 悲観論に基づいた対処法に、皆が及び腰になってしまったようだ。アーチャーことヤン・ウェンリーは、漆黒の瞳を瞬いた。

 

 やれやれ、言いすぎたか。この子たちは、聖杯戦争は魔術の儀式だと思っている。軍人の理論は、いささかどぎつかっただろうか。実の妹や友人を、敵だと疑ってかかれとは。

 

 とはいえ、間桐兄妹にも公平は期すべきだろう。

 

「もっとも、これは根拠のない言いがかりにすぎないよ。

 結界が消えていれば、それがベスト。犯人は不問としよう。

 心理的な圧力は残るから、交渉の際には我々が有利さ」

 

「だったらいいんだけどね」

 

 溜息を吐く師匠に対し、弟子の顔色が冴えなくなった。

 

「あの、俺の立場は……」

 

「君に身内がいるとなれば、逆に滅多なことができないよ。

 それがアインツベルンのマスターなら余計にね。

 なにか言われたら、そのことを持ちだしてごらん」

 

 力をなくした夕日色の頭が、座卓に突っ伏してしまった。

 

「シ、シロウ、気を確かに。

 アーチャー、どうしても私が学校にいかなくてはならないのですか」

 

「結界がそのままかどうか、わかってから学校に申し入れるのでは遅いんだ。

 学校の都合だってあるからね。

 無理を通すためだからこそ、きちんと手順を踏まないと」

 

「なるほど、もっともです。あなたの言うことは礼にも適っている」

 

 ビジネスマナーを持ちだす元国家公務員に、王だった剣の英霊は納得してしまった。生前は臣下たちに伺候される側だった。その前には必ず使者にが立ち、日程などをやりとりしたものだ。

 

 こうしたことを不作法に省略したら、戦の原因にもなりうる。だから、使者とは命がけの仕事であった。現代はまことに簡単で穏やかになったものだ。電話の一本で済む。

 

 この国、この時代は、セイバーが夢見た理想に近い。冬に飢えることなく、食卓には世界中の美味が並ぶ。市井の人々が、王侯にも勝るほどの色鮮やかな衣服をまとい、繁栄した街を行きかう。電気の灯火は夜の闇を照らし、暖かな室内はまるで春のようだ。

 

 千六百年あまりの時を経て、大陸の西の島で求めた理想が、東の島で現実となっている。戦いの剣としてのみ、現世にあった十年前とは目に映るものが違っていた。もっとこの時代を見たいと、彼女が思い始めるほどに。

 

 こんなに平和で豊かな時代が訪れたのに、衛宮切嗣にはなおも不足であったのか。そして、騎士道や英雄を否定した彼の、正義への渇望とはなんだったのだろう。養子がそれに共鳴するほどに、今わの際まで希求していたという。

 

 まるで、自分のようではないか……。

 

「そ、そんなぁ、セイバーまで……」

 

「マスターの師や学び舎に、サーヴァントの私が礼を尽くすのは当然です。

 確かに、令呪で転移させることもできるのでしょうが、

 シロウのそばで守れるならば、これ以上のことはありません」

 

「セイバーが霊体化できない以上、きちんと立場を作って、

 士郎君に同行できるように存在を公表してしまったほうがいいんだよ。

 女性は外出の際に、財布や化粧品を入れたバッグを持つだろう?」

 

「そうでしたね。バスに乗った女性も持っていました」

 

「そのバッグに、セイバーの服の予備を入れておけばいいよ」

 

 セイバーは、凛からもらった服に着替えている。白いブラウスと深青のリボンタイ、ハイウエストのロングスカート。ミッションスクールの制服を思わせる、楚々とした服だ。硬質な美貌のセイバーにはよく似合っている。

 

 あの言峰神父が、どんな顔して選んだのやら、知りたくもあり知りたくもなしだが、

全く同じものが何着もあった。万が一、着替えることになっても、不審に思われないだろう。

 

「服を? なんでさ?」

 

 意外な単語に士郎はきょとんとし、アーチャーは頭を掻き回した。

 

「さっきみたいなことがあると、困ったことになるからね。

 士郎君の荷物に入れてもらうのも考えたが、何かの弾みで所持がばれたら……」

 

 奥歯に物が挟まったような台詞だったが、言わんとすることは十二分にわかった。青ざめた顔の周囲で、赤い髪が激しく左右に振られる。

 

 セイバーの服の予備というと下着も込みだ。男子高校生が所持すべきものではない。バレたら社会的生命の終了。しかし、セイバーがいなくては生物学的生命の危機だ。

 

 この命題を両立させるのは、なかなかに難しい。隠し通すことができないなら、公表しても不審に思われないようにするしかない。今朝の焼き直しになるが、教職員の藤村大河にイリヤたちを紹介した布石がここで生きてくる。

 

士郎は唸りながら頭を下げた。

 

「う、うう……わかったよ。ありがとな、アーチャー。考えてくれてたんだ」

 

 士郎とアーチャーの手合わせと、セイバーとランサーとの攻防の際の反省点に、折り合いをつけた苦肉の策であった。だが、士郎や凛の高校生では考えつかない方法だ。

 

「しかし、結界はそのままだが、明日の出動には何の反応も起きない場合もある。

 これは示威行動が効果を出したということになり、決して無駄にはならない。

 呪刻の処置も進むから、結界の発動が先延ばしできる。

 そうそう、イリヤ君も士郎君の学校見学ができるよ」

 

「え、ほんとう?」

 

「そして、日中に時間的余裕がある、

アインツベルンの方にお願いしたいことがあります」

 

「何をでしょう?」

 

「携帯電話の準備を。

イリヤ君とセラさんとリズさん、ええと、士郎君は持ってるかい?」

 

 いきなりの発言に、士郎は虚を衝かれた。

 

「え、ああ、持ってるよ、一応。あんまり使ってないけど」

 

「じゃあ、士郎君はいりませんが、セイバーの分もお願いしたいんです。

 そして、凛の電話番号の登録を。

 凛の電話にも皆さんの番号を登録させていただきますが」

 

 今度は携帯電話。確かに、現代知識は聖杯からもたらされるとはいえ、迷いなく作戦に取り込めるものだろうか。士郎は疑問に思った。かなり現代に近い英雄なんだろうか。でも、皇帝のいる国と戦っていたというし、貴族の習慣も知っている。何者なんだろう?

 

 セイバーの正体に首を捻るアーチャーだが、周囲にとっては彼のほうがよほど謎の多い英霊であった。

 

「俺はいいけど、どうしてなのさ」

 

「情報を制するものは戦いを制するんだよ。

 特に重要なのが、情報を共有し、即時に伝達できることだ。

 こんなにいい手段があるのなら、使わない手はない。

 さて、明日は学校だ。凛、そろそろ士郎君の対策に着手すべきじゃないかな」

 

 せっせと筆記する凛のこめかみに青筋が立った。

 

「ちょっと、わたしが書くまで待ちなさいよ。あんたが書記を振ったんでしょうが!」

 

 ヤンは小首を傾げてから、お金持ちの陣営に向き直った。

 

「うーん、録音機器も一緒にお願いできませんか?」

 

 厚かましい依頼だが、セラは深々と頭を下げた。

 

「承りました」

 

 知識や技術には価値があるのだ。並ならぬ頭脳の持ち主の考察は、値千金ではきかない。

 

 そして、これに思わぬ恩恵を受けた者がいた。穂群原一の美少女、遠坂凛と携帯番号を交換した衛宮士郎だ。

 

『生きてりゃいいことがあるよ』と言っていた、弓の従者からの飴の贈り物だった。

 

 だが、士郎の幸運もそこまでだった。弓の主からは、一見飴に見える味のない代物――魔力入りの宝石――を飲まされ、熱と激痛に朝までのた打ち回ることになった。これは師匠としての愛の鞭なのか。

 

それとも、セイバーを召喚した意趣返しなのか。いや、両方かも知れない。マスターは自分に似たサーヴァントを召喚するという。常に一石数鳥狙いのアーチャーに、遠坂凛も似ているのかも。

 

「大丈夫ですか、シロウ」

 

 熱い額に、ひんやりとした小さな手が触れる。焦点の合わない視界の中、聖緑の瞳が心配そうに見つめてきた。なんと返事をしたのかは定かではない。士郎の意識は、深い井戸の底へと沈んでいった。

 

そして、切れ切れの夢を見る。国を守るため、剣を執り、戦いを選んだ孤高の王の物語。皆の笑顔を望み、行動したのに、滅私のあまりに理解をされない。

 

少年と同じ魂の持ち主の軌跡を――。


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