Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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閑話3:もしも魔術師ヤンがクー・フーリンを召喚したら

 アーチャー、ヤン・ウェンリーが召喚に応じた理由は二つ。一つは、人類史上極めて珍しい、平和で豊かな時代を見ること。もう一つは、聖杯戦争に召喚された伝説の英雄に会うこと。話ができれば最高である。

 

「なのになあ……。ランサーはうん、ちょっと、その、あれだし」

 

「あんたもいい加減しつこいわね。そんなにあの武装が気に入らないわけ?」

 

「ランサーは紀元一世紀の人間だよ。イエス・キリストと同時代人だ。

 アイルランドの気候や植生から考えて、リネンの服に、

 羊毛や毛皮のマントを纏っているだろう。そして、革鎧で武装してる。

 で、伝説によるなら、百の金のブローチで身を飾ってたんだ。

 そっちで出てきてほしかったんだよ」

 

 凛はその姿を想像した。

 

「なんか、随分雅やかな格好じゃない」

 

 たしかにあれだけの美形なら、そちらだって似合いそうだけれど。

 

「そうだよ。彼はアルスター王の甥。

 母は王の妹で、父は光の神ルー。貴種中の貴種さ。

 光の御子って呼ばれたのは、生まれもさることながら、非常に美男子だったんだ。

 少年の頃は、美少女と見まがうようなね。

 おまけに原初のルーンの使い手で、当時有数の文化人だよ。恐らくは」

 

「えっ……」

 

 それは、世間では貴公子と言わないか。

 

「うそ、それにしちゃずいぶんガラが悪いわ。

 夜の街でティッシュとか配ってそうな口調だったじゃない」 

 

 マスターの具体的な描写に、黒い頭が項垂れた。

 

「マスターのイメージによって、『座』からのコピー像に差でも出るのかな……」

 

「何が言いたいのよ?」

 

「私は未来の存在だから、当然君は私を知らない。

 そのせいか、若返った以外はだいたい生前どおりだと思う」

 

「ランサーは違うってわけね」

 

 項垂れたままの頭が、さらに下がった。

 

「うん。なんというか、勇猛で、かつ気さくで、

 皆に慕われるような戦士だったというのを、

 デフォルメしたような感じなんだよなあ」

 

「じゃあ、あんたみたいな夢見がちなマスターが召喚すれば、

 そういう姿だったのかもしれないわね」

 

「タイムトリップした幽霊なんて、元からファンタジーなんだから、

 夢ぐらい見させてくれたっていいじゃないか!」

 

「アーチャーは、どんなのが理想だったのよ」

 

 黒い瞳が虚空を見つめ、ややあってからヤン・ウェンリー版ランサー クー・フーリンがすらすらと語られた。いつもは眠そうな目に、星の輝きを浮かべながら。

 

「服装はさっき言ったように白いリネンのローブと毛皮のマント。

 ケルトの女性は、裁縫上手が美女の条件だったから、凝った刺繍入りで。

 彼の奥さんは、大変な美人だったそうだから、当然できると思うんだ。

 そして、ルーン文字やケルト文様の金のブローチは外せないなあ。

 アイルランド系の美男子ならば、白皙に黒髪碧眼が望ましい。

 で、勇猛かつ頭脳は明晰なんだ。

 そして身分にも関わらず騎士団に入り、皆に慕われる勇者。

 美と智と勇に人望をも兼ね備えた存在なんだよ」

 

 凛は開いた口が塞がらなかった。夢見がちではなく、夢見過ぎだ。

 

「あ、あんた……それは理想が高すぎよ! いくらなんでも盛りすぎだわ。

 それで理想と違うなんて言われても、ランサーだってかわいそうよ!」

 

「やぁ、だってそういう伝説なんだから、理想の丈をぶつけてもいいだろう?

 人の想像が英雄を形作るんだし、やればいけると思うんだよ。

 この聖杯戦争って、そういうシステムじゃないのかい?」

 

「え、システムって、何が言いたいわけ?」

 

「理想の英雄を召喚するために、触媒を探して、

 事績を調べ、最良のイメージで召喚するんじゃないのかい?」

 

 そういうのってありなのだろうか。しかし、人の信仰が作り上げた英雄は、実在架空に関わらず、英霊の座に存在するという。英霊の定義を思い起こした凛は、口元に手をやって首を捻る。

 

「ってことは、ありと言えばありなのかしら。

 でも、サーヴァントは英霊の一部をコピーしたものだから、

 座の本体とは確かに違うのかもね。最盛期の肉体になるんだし」

 

「槍兵というのは、なり手が限られるクラスだと思う。

 欧州や中近東の槍の名手は、案外少ないんだ。

 時代が下がると、馬上槍の試合が主流になって、ライダーになってしまう」

 

「でも、槍の名手がいなくなるわけじゃないでしょ?」

 

「宝具の問題だよ。槍でなく、愛馬や馬術のほうが有名になるわけだ。

 この聖杯戦争には神様は呼べない。欧州の神の武器には槍が多いんだがね。

 日本なら、蜻蛉切の本多忠勝なんかがいるのに」

 

「ああ、そういう見方があるのね。で、それとランサーとどういう関係があるのよ」

 

「それに加えて、敏捷性に富んだ白兵戦の名手なんて条件を付されている。

 これは該当者を絞り、御三家が対策を取りやすくするためじゃないかな。

 外来者に三騎士を取られた時のために。だから三騎士ってのが罠だと思うわけだ」

 

「じゃあ、ランサーのマスターは、外来の参加者?」 

 

 アーチャーは頷いた。

 

「だと思うよ。しかしランサーは、実はセイバーより有利なクラスだ。

 最速であり、白兵戦の名手で、対魔力はセイバーに次いで高い。

 ランサーの敏捷性なら、魔術師がちんたら魔術を行使する間に、一突きで殺せる。

 普通なら剣よりもリーチが長いしね」

 

 剣道三倍段というのは、素手が剣に対してではなく、槍に剣が対する場合のものだ。

武器の長さを、技量で補うのは非常に難しい。最強なのは飛び道具で、日本では武士といえば弓だった。海道一の弓取りなどと言うように。

 

「セイバーの剣が見えていれば、あの一戦で負けていた。

 様子見もあって、手加減していたんだろう」

 

 断言するアーチャーに、凛は首を傾げた。

 

「私には互角に見えたけど」

 

「凛、こいつは算数の問題だ。

 身長百五十センチ半ばの彼女が、一メートル弱の剣を握る。

 相手は、二メートルの槍を持つ、百八十センチ後半の男性。

 さて、攻撃範囲が広いのはどっちかな?」

 

「あっ……」

 

「そして、素早さでは彼に分がある。まともに当たれば大変な強敵だった。

 ゲッシュとバーサーカーのお陰さ。これが戦術より戦略ってわけだよ」

 

 淡々とした戦況の分析に、否応なく思い知らされる。彼も戦いに生きた人間だったのだと。

 

「じゃあ、ランサーはなんで一人で偵察していたのかしらね?」

 

「さあ、なんでかはわからないがね。

 ランサーは安定した戦力を発揮できるが、対象者が限られるのが最大の弱みだ。

 もっとも真名を秘さなくてはならないんだよ。

 例えばギリシャ神話のアキウレスも、ランサーとなりうる英雄だからね。

 そのためにもマスターが同行し、カバーする必要がある。

 最速という条件ひとつで、マスターを狙いやすくする仕掛けもできるのさ」

 

 凛は、従者の言に上腕をさすった。暖房が効いているのに寒気がする。

身許が割れると、誓約を持つケルトの大英雄は、奸智に優る奴にひどい目に遭わされるのだ。生前と同じく。なんて、気の毒……。幸運の低さも納得だ。

 

「それも見せ札だとあんたが言う理由ね」

 

「もっとも、最速による一撃必殺を最大限に運用すればいいだけさ。

 本来は、不利と言えないほど彼は強い。

 槍兵の対象者の中では、最高クラスの英雄だと思う。

 おまけに彼は騎士の一員だ。仕えることへの抵抗も少ないだろう。

 それだけの人選をして、二千年前の人間の触媒を入手する。大変なことだよ」

 

「あなたのお父さんの形見の壺みたいな金額になるでしょうね」

 

 四百年前の壺が、今は数百万。彼の時代だと億単位。二千年前のクー・フーリンの物ならば、その価格になっても不思議はない。

 

「そういう物の準備は自腹だよね? 金なりコネなりが必要だよ。

 ぶらりと入った骨董品屋で、即座に見つかるものじゃない」

 

「言えてるわね。しかも、今回は急な開催だったのよ。

 きっと、時計塔からの参加者がマスターでしょうね」

 

「早く連絡がつけばいいんだけどなあ。

 停戦に応じてくれるかどうか、そいつが問題だがね」

 

 ヤンと凛は同時に溜息をついた。気さくな好漢のランサーが、あんなに嫌がっているマスターだ。停戦に賛同する可能性は高くなさそうである。

 

「ともあれ、伝説によれば、彼はキャスターや

 ライダーとしても適性がありそうなんだ。

 でも、彼のマスターは、クー・フーリンを槍兵として召喚すべく

 儀式を行ったのだろう」

 

 原初の十八のルーンの使い手だが、戦車での戦いも有名なのだ。愛馬は、灰色のマッハと漆黒のセイングレイド。アーチャーはそう補足した。

 

「へえ、さすがにアーチャーの時代まで語られるだけのことはあるわね」

 

「しかし一番有名なのは、必ず心臓を貫くという雷の槍だ。

 彼を呼べるというなら、私だってランサーのクラスで呼ぶよ。

 理想の限りを込めて、あの恥ずかしい呪文だって頑張って唱えるさ」

 

「あんた、言ってはならない事を言ったわね」

 

 サーヴァントを召喚するという高揚感の中では麻痺していたが、その対象に指摘されると赤面ものだった。呪文一つにも、戦争開始から二百年の時代差があるわけだ。当時は貴人への挨拶に、麗々しい口上を述べていたから、ご先祖にとっては正しかった。

 

 しかし、現代人の凛、そして未来人のヤンの感覚からすると……。

 

「将来的には君の子どもに発生する問題だけどなあ。

 あと六十年後なら、四、五十代のおじさん、おばさんが唱えるんだが」

 

「うっ……」

 

 由々しき問題だ。それまでには何とかしようと凛は決意した。

 

「彼のマスターは、相当に戦い慣れている人物で、優れた魔術師だろう。

 だが、大いに苦労をして召喚したのに、

 彼または彼女の理想なりイメージが、ああだったのかと思うと……」

 

 言葉を切って目を逸らす。凛にも彼の落胆が理解できてきた。なんともしょっぱい気分だ。

 

「たぶん、ちゃんと触媒を使って、召喚したのよね。

 わたしがあんたを呼んだのとは違って」

 

「……触媒なしでセイバーを狙ってたって、それも随分と無謀だね。

 準備の段階、戦略レベルで既に負けてるじゃないか」

 

「悪かったわよ!

 でも、準備したら準備したで、ランサーがあれでしょう……」

 

 もしかして、彼のマスターは残念な人間なのではないか。漠然と思う弓の主従であった。


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