Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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17:激突

 聖杯戦争の監視役、言峰綺礼は、遠坂凛の手厳しい表現どおり、いやそれ以上の存在だった。セイバーのマスターとして、名乗りを上げた衛宮士郎に向けた笑顔の胡散臭いことときたら。

 

それは『衛宮』の姓に反応したものらしい。そして、養父のエピソードをつらつらと語りだしたのだ。

 

 士郎としては、亡き養父を問い詰めたくなった。

 

 ……あんた、何やったんだよ、じいさん!?

 

 どこをどう聞いても、遺言となった正義の味方というニュアンスから、五百四十度(一周回って正反対)ぐらい角度が違う。昨日のこの時間に聞いていたら、士郎は猛抗議して、養父の正当性を訴えただろう。切嗣の正義を証明し、非道なサーヴァントを撃退するために、聖杯戦争に参加したことだろう。

 

 しかし、士郎は昨日までの士郎とは違っていた。隠し子のサーヴァントに襲撃され、圧倒的な暴力によって死にかけた彼である。どこかの世界で、真紅の槍の慈悲深いほど正確な一閃で絶命し、自覚なきままに蘇生したのとは異なる。暴力の痕跡を赤裸々に提示され、いかにその怪我が重態であったのかをこんこんと諭されたのだ。温厚で知的な『大人』によって。

 

 そして、彼がとりなしてくれた。もっと養父について知るべきだと。

 

 だがその大人のシビアなこと、正直この神父なんか目じゃない。血まみれの制服が詰まったゴミ袋のあの重み。遠まわしにだが、その数十倍を数百個、背負って歩けたのかと問われたのだ。生存のために逃走を選んだのは正しいと、そういう言葉でもあった。

 

 それが抗体となって、言峰の煽動に士郎は引っかからなかった。

 

 父の名を聞いたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、言峰神父にいっそう険しい視線を向けた。

 

「セイバーが召喚され、マスター衛宮士郎は聖杯戦争への参加を表明した。

 よかろう。ここに、聖杯戦争の開始を宣言する」

 

「そして、ここに聖杯戦争の停戦を要求します」

 

 凛の傍らから、アーチャー、ヤン・ウェンリーが実体化して告げた。

 

「ほう、凛のサーヴァント。何故かね」

 

「遠坂凛は霊地冬木の管理者で、衛宮士郎の魔術の師でもあります。

 また、衛宮士郎はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの

 義理のきょうだいです。この三者には密接な利害関係がある。

 ゆえに団結して、この聖杯戦争の本質を追求し、利益を享受したいわけですよ。

 だが、不利益をもたらすものならば、改善が必要であると判断しました。

 四回もやって、一度も成功していない儀式、二百年も前のシステム。

 徹底的な原因究明と、今後に向けた対応を行うべきです。

 これが、始まりの御三家、アインツベルンと遠坂の判断です」

 

 全ての人間が表情を空白にした。凛が今まで見たこともないような表情で、言峰綺礼はようやく口を開いた。

 

「アーチャーのサーヴァント、少々待つがいい」

 

 そんな制止はまるで役に立たず、定理を述べる学者のように淡々と要求が突きつけられる。

 

「戦争の継続には、我々以外の四人のマスターの、

 全員一致の賛成を提出していただきましょう。

 こちらには始まりの御三家の過半数がいる。

 覆すにはのこりの一家を含む過半数の同意がなければ、我々としては従えませんね。

 監視役ならば、その働きかけを行い、できないなら停止を表明していただく。

 三日もあれば可能でしょう」

 

 長身で、神父服の上からでも発達した筋肉がわかる言峰神父よりも、頭一つ背が低く、体の幅や厚みがふたまわり以上も薄いアーチャーだ。外見も二十歳を越えているようには見えない。しかし、落ち着いた口調とその内容を聞けば、交渉に慣れた人物であったことは明らかだった。三人のマスターにとって、昨晩からさんざん思い知らされたことであるが。

 

「無論、その間に戦闘が起これば、我々三家も防衛を行います。

 結果として、一騎でも敵のサーヴァントが脱落すれば、

 その時点で有無を言わさず停戦になることもお忘れなく。

 さて、早く働きかけをなさったほうがいい。

 当方はキャスターに書状を送り、返答まちですからね」

 

「お、おい、いつの間に……」

 

「君のお宅に行く前にポストに入れてきた。

 同じ町内だから今日明日には着くでしょう。

 返答があればよし、なくても教会からの働きかけには、

 何らかの反応があるでしょう。

 そういうことで言峰神父。

 教会は監視役であり、戦争の進行そのものに権限はない。

 監視役としての役割を粛々と果たされることです」

 

 言峰の眉間に皺が刻まれた。

 

「……なるほど。凛のサーヴァントは知恵者のようだ」

 

「そいつはどうも。で、教会としての返答はいかがです」

 

 マスターが自分の言葉に絶句しているのをいいことに、ヤンは畳み掛けた。この神父、生前の自分とそう違わない年齢だろうか。少年少女には権威に見えるだろうが、ヤンにはわかる。

 

 もっともらしいことを言って、サボっているだけだ。

 

 そして子どもに戦いを焚きつけている。こんなろくでなしに容赦はいらない。

 

 少々内容は違うが、自分もサボっては散々に怒られた。だから、攻める場所は明白で、攻撃手段も熟知している。これは、畏怖すべき先輩のやり口を真似てみたものであった。

 

「そちらの意見は検討しよう。

 しかし、セイバーとバーサーカーのマスターは、その案を支持するのかね」

 

「俺にはよくわからない。

 でも、あの大災害を突き止めてからじゃないと、聖杯戦争をやる気は起きない。

 罪を犯してるサーヴァントを放ってはおけないけど、

 マスターって教会に登録されてるんだろ?

 だったら、さっさと監視役がどうにかしないのはおかしいぞ。

 俺たちが躍起になって探すより早いんだろ?

 なんでそうしなかったのさ。

 学校の結界を、すぐ解除してもらわなくちゃならないし」

 

 法律遵守で合理主義の怠け者は、滅私奉公の働き者にたしかに影響を与えていた。いいんだか、悪いんだかは別として。

 

 自分ではどうしようもない、自分のせいではない難題を、法律と複数の人の手を借りることで、快刀乱麻を断つがごとくに解決してもらったためだ。

 

 役所や裁判所がえらいってこういうわけかと、士郎は感動してしまった。藤ねえが勝手に書き換えた進路志望、正義の味方=法律関係っていうのは間違いじゃないかも。

 

 じゃあ教会って、この聖杯戦争の役所や裁判所みたいなものだろう。士郎は自然にそう思った。教会の仕事を俺たちに丸投げするなんて、お門違いじゃないか。

 

「たしかにね。衛宮くんの言葉にも一理あるわ。

 冬木の管理者としても言っておくけど、登録したマスターへの警告ぐらい、

 やってもらわなきゃ困るわね。

 わたしへの参加をせっついた以上、他の登録者は知ってるんでしょう?」

 

 被後見人の言葉に、言峰は視線を黒髪の青年に向けた。すべてを見通すような黒々とした視線が返されて、神父の方が目をそらす。

 

 御三家の一員として凛に負けてはならじと思ったのか、イリヤスフィールも言葉を添えた。

 

「わたしもアーチャーの案に乗るわ。

 セイバーはキライだけど、シロウはそんなにキライじゃないし、

 リンとアーチャーはキリツグの調査に協力してくれるもの。

 それに、術式を組んだアインツベルンとして黙ってられないわ。

 おかしくなってるなんて言われたままにはしておけないの」

 

 人は、理解と恩恵を与えられると心を動かす。北風と太陽のたとえのように。厚い冬服を脱ぎ捨てて、温かな春を享受するだろう。孤独な少年と少女たち。その心を解きほぐす特効薬は、一に家族、二に友人だ。そして、三には頼れる年長者。複数の人に密接に囲まれ、その温かさを感じ、孤独ではないと知らせることだ。

 

 心の古傷の疼きにかわって、新たな頭痛の種を播いただけとも言うが、新しくて強い感情が、心の水面を閉ざす氷に(ひび)を入れるかもしれない。氷の下には、必ず感情の流れがある。複数の海流がぶつかって、豊かな幸が生まれるだろう。

 

 それは友情や愛情だ。たった五つの魔法よりも、ずっと尊いものだとヤンは思う。自身の経験からの処方箋だった。 

 

「決まりですね。では、失礼」

 

 ぺこりと頭を下げて、さっさと踵を返しかける。

 

「待つがいい。まだ返答はしていないが」

 

「返答なんて、はいかイエス以外はありえないでしょう?」

 

 穏やかな童顔に、ヤンはせいぜい人の悪い表情を浮かべてみせた。主戦論を唱える国家の命令には、軍人として従わなければならない。生きているならば。

 

 だが、幽霊に命令できるのは、せいぜいご主人様だけだ。それもたったの三回。商人の息子で、国家公務員の軍人で、二百万人の上官だったヤン・ウェンリーは、戦争とも言えぬ殺し合いに、真面目に付き合う気は最初からなかった。

 

「じゃあ、検討とご健闘を。

 三日を超えても返事がなければ、あなたの職務怠慢だ。

 聖堂教会とやらに連絡し、あなたの更迭を求めますので、あしからず」

 

 聖堂教会たらいうのも組織だろう。組織人を押さえるには、真っ当な理由で上位者に告発すればいいのだ。その後にどうするかを考えるのは、マスターの仕事ではなく教会の役割だ。少年少女には思い浮かばなくとも、元国家公務員にとっては当然の発想だった。

 

「さ、各陣営に連絡をお願いしますよ。

 三日後の午後五時までに、当方まで結果が伝わるようにしてください。

 書面でね。それがないかぎりは更迭を訴えさせていただきます。

 これ以上、お時間を取らせるのも申し訳ない。失礼します」

 

 そう言い捨てると、アーチャーはくるりと背を向けて、言峰の反応を待たずに歩き出した。期限内に仕事しないと、上に言いつけるぞ! というわけだ。

 

 さて、この神父には効くだろうか。上層部がどう反応するだろうか。しかし、手はいくらでもある。いざとなれば、ヤンは役所に訴えるつもりだった。その事態となったら、教会が聖杯戦争の主導権を握るどころではない。なお、大きな宗教法人を所管するのは、文部科学省である。

 

 

 猫背気味の背を追って、少年少女らも教会を後にした。

 

「いやー、やるもんね、アーチャー。あいつのあんな顔、始めて見たわ。

 もう、スッキリした」

 

「やれやれ、実に麗しくないご関係のようだね……」

 

「でもな、アーチャー。聖杯戦争の継続派が勝ったらどうすんだよ?」

 

 純朴な言葉にヤンは目を細めた。

 

「士郎君は素直で本当にいい子だね」

 

「お、おう?」

 

「だが、私は汚れた大人なのさ」

 

 否定も肯定もできかねる言葉に、士郎は夕日色の髪をかいた。

 

「ええと……」

 

「篭城しているキャスター、遊撃しているランサー、新都の吸血鬼、

 深山の一家殺人、学校の結界の犯人のライダーだかアサシン。

 どっちにしろ、アサシンは隠密行動のクラスだ。

 マスターが割れたら、サーヴァントもばれるから、

 呼びかけにほいほいと現れるとは思えない。

 四者の意見の取りまとめなんて、実質不可能だよ」

 

 士郎の顎が落ち、あんぐりと口を開ける。

 

 ――ち、違う。譲歩じゃなくて罠だ。

どれを選んでも、高確率で停戦するしかないってことか!?

おっとりと優しそうな顔で、笑顔さえ浮かべて言う台詞じゃないぞ。

サーヴァントがマスターに似るってホントだ。

こっちは真っ黒い悪魔だ!

 

「停戦に応じなければ、こちらの呼びかけに応じないほうが悪いと

 正当性を主張できる。主催者の過半数を抱えた利点さ。

 それでも襲ってきたら、三人で連携して返り討ちにする。

 あれ、ところでセイバーはどうしたんだい?」

 

 霊体化できないセイバーは、情報を与えたくないと教会内には足を踏み入れなかった。前庭で待っていると言ったのに、姿が見えない。二月三日の午後五時すぎ。明日は立春だ。冬至の頃より、随分と日が長くなったが、それでも既に日没を迎えている。夕闇の藍色が、残光の朱色を完全に拭い去り、寒さが忍び寄ってきた。

 

 そして、澄んだ金属音が、高く低く連続して聞こえてきた。

 

「……まさか、襲撃!? こんな早くに」

 

「考察すべき点だ。凛、あちらには何が?」

 

「墓地よ。あ、ちょっと! 待ちなさい、衛宮くん!」

 

 凛の制止にも関わらず、士郎は駆け出した。従者の名を叫びながら。そして、ほどなく足を停めた。

 

 そこに顕現するは英雄譚。蒼と群青の交錯。互いを鎧う白銀が、満月にやや足りぬ月光を跳ね返す。滑るように、舞うように、精錬された足さばきで、目まぐるしく入れ替わる蒼と群青。打ち合う刃が音(はがね)に伴奏された、死の舞踏(ダンス・マカブル)

 

 長い瑠璃の髪が翻り、手にした一条の槍が真紅の流星雨となって、蒼いドレスへ殺到する。金紗の髪の騎士は、聖緑の瞳を鋭くし、白銀の篭手を縦横無尽に振るう。だがそこに剣の輝きはない。

 

 狙撃銃のごとき、精密きわまりない刺突を、大口径の散弾銃の弾幕で阻止するかのように。姿なき武器が、鋼の音のみを響かせる。その衝撃はいかばかりか。

 

 両雄の足元で、冬枯れの芝生がみるみるうちに抉れ、黒土をのぞかせる。その不利を悟った、剣の騎士と槍の騎士は、再びの衝突の反作用を利用し、左右に飛び離れた。

 

 群青のランサーが、真紅の目を眇めて、蒼のセイバーを詰る。

 

「貴様、それでもセイバーか。武器を隠すとは卑怯者め!」

 

 対するセイバーは、涼やかな声で一蹴した。

 

「ほう、これが剣とは限るまい。槍か斧か、あるいは弓ということもありうる」

 

「ぬかせ、セイバー!」




 この世界の文科省には、陰陽師が所属してるかもしれない。陰陽師は、天文、気象、暦の研究者である。学問上の後裔は気象庁やJAXAだろうか。強そう。

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