Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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15:赤と黒

 遠坂家は、坂の上の由緒ある赤煉瓦の洋館だ。一方、衛宮家はもっと下、深山町の中心に近い武家屋敷だ。

 

 どちらの建物も、アーチャー、ヤン・ウェンリーにとってとても興味深い。特に衛宮家のような建築様式は、千六百年後まで実用としては伝わっていない。文献や画像に残ったものの復元のみだ。漆喰の白壁とコントラストをなす、美しいなまこ壁。見事な数寄屋造りの屋根は母屋、ふたつの切妻屋根は土蔵と道場。

 

『いやあ、りっぱなお宅だねえ。

 凛の屋敷も実にいいが、こういう建物は復元されたものしかお目にかかれないよ』

 

『感心するのはいいけど、この家は魔術師の工房としては、

 開けっぴろげもいいところよ。魔術への防御は無力だわ』

 

『まあ、その辺はイリヤ君もセイバーもいる』

 

『……殺し合いをしてなきゃね』

 

『それはないから大丈夫だよ。

 バーサーカーは、あの武家屋敷の屋内では出現させられない。

 昔ながらの建物だから、君の家に比べると天井が低いんだ。

 彼は落っこちてくる建材から、マスターを守らなきゃならなくなる』

 

 そんなこと、凛は気にも留めなかった。

 

『じゃあ、セイバーが有利じゃないの』

 

『いやいや、そうでもない。イリヤ君は聖杯の担い手だと言っただろう。

 聖杯を欲するセイバーにとって、すぐさま殺害できないマスターだよ』

 

 もう、どこまで人の悪いサーヴァントなんだろうか。

 

『あんた、ほどほどにしないとセイバーに殺されるわよ』

 

『そいつも彼女にはできないんだ。私は彼女と違って、霊体化できるからね。 

 彼女の剣を逃れて、士郎君を殺すことができるわけだ。

 彼女がすかさず仇を討っても、君は殺せない。

 君には新たなマスターになってもらいたいだろうからね。

 セイバーにイリヤ君を排除できない以上、君は生き残れる』

 

 昨晩、室内に誘導したのは、親切心ばかりではなかったと自白したも同然である。

 

「もういや。どうしてこんなに腹黒いサーヴァントが来ちゃったのかしら」

 

「そりゃ、触媒があったからだろうねえ。巡り合わせと思って諦めてくれ。

 私にとっては君が生き残ればいいのであって、彼らを斃す必要もない。

 そのためには、相手の弱点に、自分が勝る点をぶつけるしかないからね」

 

 この根性悪のリアリストめ。凛のこめかみに、何度目かの青筋が立ちかけた。だが、必要ないということは、できなくはないということじゃないの?

 

 衛宮家の門をくぐってから実体化したアーチャーは、穏やかに笑うのみだったが凛は確信した。

 

 できるの、こいつに? いや、できるか、こいつなら。強力だが超箱入り娘のマスターと、狂気のサーヴァント。お人よしで無知なへっぽこマスターと、清冽で一本気なサーヴァント。四人が束になっても、このひねくれた頭脳の持ち主に追いつくとはちょっと思えない。こいつの口の悪い先輩の言葉を裏返せば、『首から上は役に立つ』ということに他ならない。

 

 凛は頭が痛くなってきた。首を振りながら、玄関の呼び鈴を押す。しかし、応えはない。

 

「どうしたのかしら?」

 

「土蔵の血痕でも落としているのかな」

 

 なにげない一言だったが、凛をげんなりさせるには充分だった。昨晩、サーヴァントの非道を聞いて、聖杯戦争への参加を表明した衛宮士郎は、セイバーの同居問題が一段落するや否や、行動を開始しようとした。それに首を振ったのがアーチャーであった。

 

「士郎君、君は大怪我をしたばかりだ。

 不可解極まりない現象によって、完全に治癒したから実感が薄いのかもしれない。

 でも、その奇蹟を頼みにして無謀な真似はしないでほしい。

 あれに再現性があるのかも不明だからね」

 

 アーチャーは居間から出ると、士郎の部屋へと戻った。再び戻った時には、ゴミ袋を提げていた。半透明の冬木市指定のゴミ袋の中に、キャメルベージュと、黒ずみはじめた赤の物が詰まっていた。

 

「士郎君、持ってごらん」

 

 促されるがままにゴミ袋を手にし、その正体に気がつく。衛宮士郎の手に震えが走り、強張って手を離すことができなかった。視線を外すこともだ。それは、変わり果てた自分の制服だった。血に濡れた分、朝着た時より重みを増し、袋の中からは、眩暈がするほど濃厚な鉄錆びた臭いが立ち上る。

 

「これが君の流した血の量、命の重さだよ。

 たったこれだけの重さだが、それで人は死ぬんだ。ちなみに、私の死因でもある。

 私たち軍人は、まず自分が生き残ることを優先しろと教えられる。

 さもなくば人は救えない。死体が二つになるだけだということだよ」

 

 穏やかな表情で放たれた、強烈な牽制球だ。そこで止めておいてくれればいいのだが、士郎の手からゴミ袋を離させると、凛とイリヤにも向き直った。

 

「さあ、君達もこれを持つんだ。そして、考えることだ。

 聖杯戦争の勝者とは、この数十倍の重さを六個分背負う。

 冬木の大災害のようなことになったら、更に百倍、千倍にもなる。

 聖杯をもってしても、その罪は雪げはしない」

 

 全てを見通すような漆黒の視線に、凛もイリヤも抗うことはできなかった。決して満杯ではないゴミ袋は、とてつもなく重かった。

 

 言葉を失くした一同に、アーチャー、ヤン・ウェンリーは告げた。

 

「せっかく平和な時代に生きている君たちが、そんな罪に汚れて欲しくないんだ。

 ろくでもない戦いだから、犠牲なく勝たねば意味がない。

 犠牲となるのは、死人であるサーヴァントだけで充分だ。それが私の考えだよ。

 それからね、凛、一つ訂正があるんだ」

 

 決して激しくはない、静かな口調だった。

 

「な、なによ」

 

「この前、私は英雄じゃないっていっただろう。

 ある点においては、たしかに英雄なのかもしれない。

 この時代より、すこし前の映画の台詞だったかな。

 『一人を殺せば殺人者だが、一千万人を殺せば英雄だ』というやつ。

 その意味でなら」

 

 それはセイバーにも、息を飲ませるに充分な告白だった。

 

「私に言えるのは、今はそれだけだよ。考えて、判断するのは君たち自身だ。

 しかし、私は軍人でもある。

 司令官たるマスターと無辜の民間人を守るためには、

 敵兵とその司令官を排除することも選択する。

 われわれ遠坂と敵対するなら、そのことは考慮してもらおう」

 

 呆れるほどの交渉術だった。血まみれの制服と自らの死因でインパクトを与え、情理を説いて安心させたところに、生前の事績の一端を示して恫喝する。

 

 彼の能力からすると、とんでもないはったりだが、アーチャーというのが肝である。アーチャーとは、強力な遠距離攻撃の宝具を所有するクラスだからだ。彼自身の能力は極めて低いが、他のマスターにとっては、いまだ詳細を明かさぬ宝具は脅威。加えて、この頭脳。敵対よりも同盟を選びたくなるというものだ。

 

「じゃあ、ちょっと回ってみましょうか」

 

 だが、そこまでいく必要はなかった。手前の道場から、竹刀の打ち合う音が聞こえてきたからだ。

 

「あ、こっちだったのね。お邪魔するわよ」

 

 一声掛けてから、上がりこむ。ついてきたアーチャーは、物珍しげに中を見回した。

 

「感動だなあ。本物の道場だ」

 

 しかし、剣士らの服装は、ツナギの作業服にメイド服。打ち合いというより、衛宮士郎はセイバーに防戦一方だ。それは当たり前か。

 

「セ、セイバー、ちょっとタンマ!」

 

「そう言われて待つ敵はいませんが、いいでしょう。

 シロウ、一休みとしましょう」

 

 アーチャーは頭をかいた。

 

「それにしても、士郎君、本当に平気なのかい?

 昨晩、肺の損傷と大量の失血をしたんだから、無理しちゃ駄目だよ」

 

「ありがとな、アーチャー。ほんとに何ともないんだ」

 

「ならいいんだが、不可解な現象だよなあ」

 

 不可解現象の粋たる、サーヴァントにそんなこと言われても。士郎は思わず頬をかいた。

 

「いや、サーヴァントに言われるのもヘンだと思うぞ」

 

「ほら、私は幽霊だからある程度の不可解はありだと思うんだ。

 しかし、君は生身の人間だからね。

 あの怪我が治るというのは不思議でしょうがない。

 だが、治ってくれてよかったよ」

 

 和気藹々と話す男性陣。一見、学校生活の一幕である。

 

「衛宮くん、ちょっとは緊張感持ちなさいよ。

 セイバーと二人、何やってたのかしら」

 

「結局、イリヤのメイドに邪魔だって追い出されちゃってさ」

 

「ふうん。あの子はどうしたのよ」

 

「離れにいる。ちょっとの間は見てたんだけど、寒いのは苦手なんだって。

 土蔵の掃除して、昼飯食べて、稽古をつけてもらってたんだ」

 

 コミュニケーションを図るにはいい方法だとは思うが、護身術にするには問題があった。一応、凛の弟子になったのだし、師匠として言ってやらなくては。

 

「衛宮くん、サーヴァントは普通の武器では傷つけられないの。

 その竹刀で叩いても意味がないし、普通なら掠りもしないわよ」

 

「強化の魔術を掛けても駄目か? 俺、強化と解析はできるんだよ」

 

「また随分、マニアックというか偏った魔術ねえ。

 魔力を帯びたものなら通用はするけどね。

 ちょうどいいわ、その竹刀に強化を掛けてみて。

 で、わたしのアーチャーと戦ってみれば?」

 

「おいおい、凛」

 

 困り顔のアーチャーに、凛は心話で告げた。

 

『はっきり認識させたほうがいいでしょう。

 相手は霊体化できないセイバーじゃないって』

 

「トレース・オン」

 

 その傍らで、士郎は魔術発動の言葉を呟き、魔術回路に魔力を通していく。脊椎に鋼の棒を縦に突き通していくような痛み。

 

 それが、世界に働きかける代償。竹刀の構造を解析し、構造の隙間に魔力を流していく。いつもは一割に満たない成功率だが、ことのほかうまくいった。いや、これまでにないほど上出来だといっていい。

 

 魔術の成就に満足している士郎に、遠坂凛は愕然とした表情になっていた。

 

「……凛。すごい顔だよ。あたら美少女がもったいない」

 

 アーチャーがおずおずと取り成すが、空間を真紅に染め上げるかのような怒気が立ち上っていた。

 

「……アーチャー、遠慮はいらない。とにかく、ぶっちめてやって。

 その後で、とっくりと教えてやるから。……師匠としてね」

 

「そういう制裁には、私は反対だよ」

 

「違うわよ。師匠のレッスンその一よ」

 

 アーチャーは浮かない顔になった。それでも、ここはマスターの仰せに従ったほうがよさそうだ。凛の心話に込められた怒り。

 

『ものすごく危険なことをやってるのよ。

 これが衛宮切嗣が教えたことなら、理由を問い正さなくちゃいけない。

 そして、二度とやるなと言って、正しい方法を教えなきゃ。

 今まで死なないでいたのが奇蹟なんだから!』

   

 魔術師としての矜持と、それ以上に少年を思いやる真情だった。凛の形相を気にせず、士郎は竹刀を素振りし頷いた。

 

「準備できたぞ」

 

 アーチャーは溜息を吐いた。

 

「私は格闘術も苦手だったんだがなあ……。

 なんで死んでからまで、こんな目に……」

 

「つべこべ言わないの。大丈夫、今は十倍は強くなってるから」

 

 凛が叱咤激励しても、アーチャーの顔は晴れなかった。挙句、言い訳がましいことを口にした。

 

「ええと、士郎君。まず最初に言っておく。

 私はこんななりだが、一応正規の訓練を受けた戦時国家の軍人だ。

 君より身長も体重も勝る。

 これだけでも、平和なこの国の学生に勝てる要素は少ない。

 それでもいいんなら、気は進まないが相手になろう」

 

「俺はいいぞ。じゃあ、よろしく、アーチャー」

 

 道場の中央で対峙した青年に、士郎は頭を下げた。

 

「うん、まあ試合だからほどほどによろしく」

 

 セイバーがどんな剣術を仕込んだのかはわからないが、これでジャンヌ・ダルクの線は薄くなった。

 

 村娘だったジャンヌは、陣頭に立つが旗持ちを好んだ。しかし、神の啓示を受けても、村娘は村娘だ。学んでもいない剣術などできるはずがない。矢を受けて、泣き叫ぶほど取り乱したとも伝え聞く。

 

 そして、当時の戦争のマナーを頭から無視した。使者を送って日時を取り決めたり、一騎打ちの口上を述べたりする、そういうことを。だからこその快進撃であり、それゆえに戦後に迫害され刑死したのだ。政権を奪取したシャルル七世はともかく、王を支える保守派にとって、脅威だったというわけだ。

 

 士郎は、強化した竹刀を中段に構えた。今までセイバーにしごかれて学んだのは、サーヴァントに攻撃するだけ無駄だということだった。相手の攻撃に対し、牽制と防御に徹する。手加減に手加減されたセイバーの太刀筋でさえ、目のいい士郎でもろくに見えやしない。

 

 だが、急所を守るように武器を構え、衝撃を逃がして受け止めるようすれば、セイバーを呼ぶまで持ちこたえられるかもしれない。まだ成功はしていないが。

 

「じゃあ、失礼」

 

 アーチャーが一歩踏み出した。彼は無手である。士郎は、リーチの差を生かすべく牽制の一撃を繰り出した。アーチャーの姿が掻き消え、ベレーに向かって繰り出した竹刀は空を切った。たたらを踏みかけた作業服の足を、出現したアイボリーのスラックスが払う。

 

「っつ!?」

 

 文字どおりの意味で、士郎は足をすくわれた。硬く握り締めた竹刀が災いし、完全にバランスを崩した。手首を打たれて、竹刀がすっぽ抜け、床を叩いて転がっていく。

 

「うわぁっ!」

 

 そのまま手首を決められ、なにがなにやらわからぬうちに視界が一回転する。

 

「よいせ」

 

 緊張感のない掛け声とともに、士郎は床に押し付けられた。左腕は自らの体が重石となり、まったく動かせない。右手はアーチャーが掴んだまま、背後から首元を膝で押さえるように圧し掛かられた。実にあっけなく勝敗は決した。

 

「これで君は死んだ」

 

 淡々とした声と共に、夕日色の後頭部に、銃の形にした指が押し付けられる。

 

「二回目だよ、士郎君。本当なら昨日で終わっていたが」

 

 セイバーが聖緑の瞳を見開き、膝立ちになる。

 

「このように、幽霊ならではの攻撃法があるわけさ。

 君のセイバーにはできないが、それ以外のサーヴァントには皆できる。

 セイバーと離れないで済む、そういう方法を考えたほうがいいなあ」

 

 そう言うと、ヤンは士郎の体を離した。

 

「う、その、疑って悪かったよ。アーチャー。あんた強かったんだな……」

 

 物憂げな表情で両手を凝視しながら、黒髪の青年は頭を振った。

 

「最盛期の肉体でって、確かに本当なんだなあ。

 体がちゃんと動くし、教科書のとおりにやれば、さっきみたいに決まってたのか……」

 

「へ? なんでさ」

 

「学生時代はとろくて腕力不足で、落ちこぼれもいいところだった。

 これだけハンデのある君を拘束できなきゃ落第なんだがね。

 その及第点を取るのに、ものすごく苦労したんだ。

 それこそ、身長と体重の問題でね」

 

 士郎は、真っ直ぐアーチャーの顔を見てから、頭のてっぺんに目をやった。

 

「や、充分だと思うぞ。俺より十センチぐらい高いよな。

 いいなあ、羨ましい……」

 

「私の国は多民族国家でね。混血が進んでいて、私の身長が標準ぐらいなんだ」

 

「……げ、そうなのか?」

 

 身長に悩む者には、絶望する国家である。

 

「大丈夫さ、君はまだ十七歳なんだろ。私もその頃は君より小柄だった。

 きっと、まだまだ背が伸びるよ」

 

「あ、ありがとう、ありがとう……アーチャー……」

 

 昨晩から降ってわいた美少女と美女達に囲まれて、ストレスが音速で蓄積していく士郎にとって、同年代に見える同性からのエールは、なによりの癒しであった。

 

「身長は人並みだが、筋肉はさっぱり。おかげでパワーとスピードがね……。

 だが、今は当時の十倍で、その問題は解消してる。

 あの頃、こうならよかったのに。まったく世知辛い話だよなあ」

 

「そ、そっか。なあ、俺にも教えてくれないか?」

 

「それは構わないんだが、これでも四年間で三千時間の授業の賜物なんだ。

 あと十日に詰め込むとすると、百倍厳しい内容にしないといけないんだが、

 それでもいいかな?」

 

 アーチャーの静かな口調には、妙に迫力が籠っていた。

 

「え、ええと、どんな授業だったんだ?」

 

「君の年齢の時の授業は、十キロの装備で徒歩五キロ、

 水中歩行三百メートルに、障害越えを二十五か所。

 こいつを三時間以内に終了させるんだ。

 さて、どれを百倍にすれば出来そうかい?

 四項目を二十五倍ずつにするか、

 制限時間を百分の一にするという選択もあるが、どうかな?」

 

 腕組みをして、小首を傾げて士郎に尋ねる。その黒い目は全く笑っていない。士郎はせわしなく首を左右に振った。

 

「わかってくれたんなら結構。じゃあ、私のマスターからも話があるそうだ」

 

 アーチャーがそっと位置をずらす。その陰から出現したのは――あかいあくまだった。


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