Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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11:危機

「どういうことさ」

 

 士郎は眉を顰めると、アーチャーに問いかけた。この青年は、自分なら、学校ではなく駅に結界を仕掛けると言った。軍人と思しき服装だから、戦闘に関しては士郎よりも詳しいだろう。

 

 そんな士郎の予想どおり、いや、それ以上の推論が返ってきた。

 

「凛の存在を知らず、他の手段を考えられないのなら前者。

 凛のことを知っているのに、あえてやっているのなら後者だ。

 前者なら早々に尻尾を出すし、後者ならジュコクに干渉を続ければ、

 早晩なんらかの形で接触してくるんじゃないかな」

 

「お、おう……。そしたらどうするんだ?」

 

 アーチャーは髪を掻き回した。

 

「やり口が傍迷惑すぎるし、あんまり同盟に値する陣営とは思えないな。

 早めに決着をつけたいところだね」

 

 ルビーの瞳が瞬き、新雪の髪がさらりと音を立てて傾げられた。

 

「あら、どうして」

 

「三日後は伝説の英雄との会食なんだ。戦いを忘れて会話をしてみたいんだ」

 

 凛は、思わず彼の襟元に掴みかかった。

 

「ねえ、あんた、言うに事欠いてそっち優先なの!?

 もうちょっと真面目にやんなさいよ!」

 

 がくがくと揺さぶられながら、アーチャーは呑気に言った。

 

「いやあ、それが私の元々の目的なんだし、いいじゃないか。

 死んだあとまで目の色変えて、戦う意欲はないよ。

 生前、散々やったんだ。もう勘弁してほしいなあ」

 

 やる気のない台詞に、士郎は疑念を露わにした。この線の細い容貌の青年に何歳か、いや二、三十歳を取らせたところで、到底英雄らしくなるとは思えない。

 

「やったって、戦いを?」

 

「それも、多勢に無勢の絶望的な負け戦をね」

 

「そっか、軍人っていってたよな、アンタ。でも、ものすごくえらい人なんだろ?」

 

 士郎も、こういうミリタリー系の服装には多少の知識はある。襟元のはたぶん階級章だ。一本線の中央に大きな五稜星。軍の階級章には一定のルールがある。星は相当な高官の証拠だ。

 

「まあ、小さな国の軍だったからね。人口はこの国の四十分の一ぐらいさ」

 

 最終的な所属国の人口は嘘ではない。それ以前は、人口百三十億人の国家の軍のナンバー3であったが。なお、ヤン・ウェンリーが率いた軍の兵員数は、エル・ファシル国民とは別に二百万人以上である。

 

 否定せぬ口ぶりに、士郎は重ねて聞いた。

 

「じゃあ、大将とかなのか」

 

「いや、元帥だが、名ばっかりさ」

 

 想像を上回る答えが返され、現代人はぽかんとするしかなかった。セイバーは、彼らとアーチャーを交互に見るしかできない。聖杯で知識を得ても、じゃあ完璧に理解できるかというとそうでもない。生前に、概念のないことを理解するのは難しいものだ。

 

 アーチャーは、気のない素振りで手を振った。

 

「有能な年長者がみんな戦死してしまってね。元々は繰り上げ人事の産物だ。

 私も一回ぐらい戦略面で優位に立って、

 数に任せた勝利ってのを味わってみたかったよ、ほんと」

 

「では、これがそうだと?」

 

「いいや、違うよ、セイバー。

 もっと夢だったのが、戦わずに平和的な交渉を行うことだ。

 士郎君とイリヤスフィール君、そして私のマスター。これで七分の三。

 うち、御三家の三分の二が停戦の申し入れをすれば、監視役も拒めないと思う。

 できればあと一人、賛同者を募って、停戦及び調査に移行したいなあ」

 

「では、聖杯はどうなるのですか!」

 

「うん、調査をすればね、それを手に入れて使う価値があるかだとか、

 みんなが妥協できる案だとか、なにか方法が見つかるんじゃないかと。

 ここにはマスターが三人、サーヴァントは三騎。

 聖杯を欲しているのはそれぞれ一人ずつ。

 そのへんはね、やりくりがつくんじゃないかなあ」

 

 イリヤの眉が吊りあがった。

 

「冗談じゃないわ!」

 

「なんで怒ってんのさ、イリヤ」

 

「最終的にわたしとセイバーに組めと言ってるの!

 あなた、どちらかに殺されてもいいって、そういうこと!?」

 

 士郎は愕然とアーチャーを見つめた。自らを担保にした交渉。生前養父が言っていた。十のために一を切り捨てていたと。だが、その一に自分を据えてテーブルに乗せる。このおとなしげな青年の姿のサーヴァントは、切嗣よりも苛烈な存在なのかもしれなかった。

 

「そんなのやめてくれよ!」

 

「わたしだって許さないわよ。令呪を使ってでもね!」

 

「いやその、先走らないでくれ。あくまで調査結果次第だよ。

 事と次第によっては使用不可な物かもしれないしね。

 そのためには、専門家の知識が欲しい。柳洞寺にいるらしきキャスター。

 彼または彼女をこちらに引き込みたいんだ」

 

「討ち入るのですか、アーチャー」

 

 凛が見てとれるセイバーの能力は、アーチャーよりも余程に高い。へっぽこマスターのせいで不備が発生し、本来の能力を発揮できないようだが、それでもなお驚異的な対魔力だ。凛の目には金剛石のようにも見える。この神秘が薄れた現代、最高峰の魔術師であっても、彼女に傷をつけることはできないだろう。キャスターには、絶対的なアドバンテージとなる。

 

「いやあ、私たちに必要なのはキャスターの頭脳であって、首級じゃないんだ。

 まずは交渉してみようとは思う。これも明日、ああもう今日か、もっと後にしよう。

 より重要な問題から片付けるべきだ。士郎君」

 

「へ?」

 

「士郎君は一人暮らしのようだが、このセイバーを同居させて大丈夫なのか。

 彼女、霊体化ができないって言っていたんだが……」

 

 アーチャーの言葉に、凛は碧がかった蒼い瞳を瞬いた。

 

「そう言えばそうだったわね。でも、さっきは衛宮くんが重体だったじゃない?

 今はどうかしら、セイバー」

 

 金砂の上で、蒼い蝶が右往左往する。

 

「いえ、やはりできないようです」

 

 黒髪の主従は顔を見合わせた。

 

「では、あと二週間前後、彼女を住まわせて誤魔化しとおせるかな?」

 

 とんでもないことを言われて、士郎は目を剥いた。

 

「え、ま、待ってくれよ! セイバーが同居するって!?」

 

「やっぱり……。ハプニング召喚っぽかったもんね」

 

 凛はイリヤスフィールを軽く睨んだ。

 

「衛宮くんは聖杯戦争のこと何にも知らないみたいだし、

 不備が出るのも無理ないかもね。

 まったく、余計なことしてくれちゃって」

 

「だ、だって……」

 

 イリヤフィールは首を竦めた。

 

「でも、もう後戻りもできないしね。なんとかするしかないわよ。

 ちょうどいいわ、衛宮くん。ついでにサーヴァントの説明をしとく」

 

 凛は簡単にサーヴァントについて説明した。サーヴァントとは、偉業によって精霊の域に昇華した英雄の魂の分霊を、『座』から呼び出したもの。通常の使い魔とは一戦を画す最上級のゴーストライナー。その本来の姿は霊体。

 

 あの巨体のバーサーカーが姿を消したのは、その状態に戻ったからだ。霊体であるサーヴァントは、通常の武器で傷つけることはできない。

 

「本来、とても人間の魔術師が敵う相手じゃないわ。……本来は」

 

 凛は、胡坐をかいて、暢気に欠伸している黒髪の従者を睨みながら言った。衛宮士郎のセイバーの凛とした佇まいに比べると、なんとも緊張感に乏しい。

 

「マスターの体に浮かぶ令呪が、サーヴァントに対する三回だけの絶対命令権。

 うまく使えば、魔法の一歩手前のことまで可能になる。

 たとえば、離れたところからサーヴァントを一瞬にして転移させるとかね」

 

「じゃあ、霊体化しろって言えば……」

 

 手の甲の赤い痣を凝視する士郎だった。口調に78パーセントぐらいの本気が込められている。長い睫毛を半ば伏せた凛は、容赦なく問題点を指摘してやった。

 

「実体化できなくなったらどうするのよ」

 

「そうなのか?」

 

「可能性はあるんだから、そんな使い方は駄目に決まってるわ。

 今度は実体化しろなんて命じていたら、幾つあっても足りないでしょう。

 サーヴァントはサーヴァントでしか倒せない。

 わたしのアーチャーだって、この場のどの人間よりもずっと強いのよ」

 

 士郎は、また欠伸をした青年に疑いの目を向けた。

 

「その気持ちはよくわかるが、これは本当だよ。

 しかし、話を元に戻そう。

 セイバーと二週間同居して大丈夫かい?」

 

 セイバーは、士郎がこれまでに見たこともないほどの美少女だ。さっきの巨人の姿が見えなくなったのは、本来の状態を取ったということがわかった。だが、彼女にはそれが出来ないというのだ。士郎の顔から一気に血の気が引いた。

 

「そんな、困るよ! 

 うちには後見人のとこから、姉貴分がしょっちゅうメシをたかりに来るんだ。

 部活の後輩の子も、料理の手伝いとかに来てくれるし。

 そこに、いきなりこんな可愛い子がいたら……」

 

 マスターからの正直な賞賛に、セイバーの白い頬が微かに赤らんだ。アーチャーも腕組みをして、彼女の美を誉めたたえる。

 

「しかも、黄金の髪にエメラルドの瞳、白銀の甲冑に蒼いドレス。実にお美しい。

 伝承の女騎士とは、かくあってほしいという理想そのものだよ。

 ただ残念なことに、現代日本で一般家庭を訪問する姿ではないんだよなあ」

 

 そうなのだ。最後に付け加えられた言葉が、最大の問題である。

 

「しかし、私は騎士としてマスターを守らねばなりません。

 アサシンのサーヴァントは、同じ部屋に潜まれてもわからぬほどの技量の持ち主。

 私は、シロウの傍を離れるつもりはない」

 

「でもねえ、セイバー。

 あなたがそのままの姿で、うまい言い訳もなく同居なんかしてごらんなさい。

 二週間後の衛宮くんは、命は無事でも、社会的には死んだも同然よ」

 

「まあ、そうだろうね。世間の目ってのは厳しいからなあ」

 

 黒髪の主従はそろって頷き、夕日色の髪の主は、座卓に突っ伏してしまった。遠坂凛の言うとおりだ。どんな罵声を浴びせられるか、あらぬ噂が立つか。

 

 ――衛宮士郎は、コスプレさせた金髪美少女を囲っている。

 

 別の意味で人生が終了してしまう。とても正義の味方にはなれないんじゃないか!?

いや、士郎だってそんな噂のある人間を、正義の味方だなんて思えない。

 

 むしろ人間のクズじゃないか!

 

「だ、駄目、駄目だ! 頼む、セイバー、せめて普通の服に着替えてくれ。

 ああ、でもどうしようって……、もうこんな時間じゃないか!」

 

 居間の時計を見上げると、すでに午前二時を回っていた。あと三時間ちょっとで、早起きの後輩が来てしまう。その一時間後、教師としてはレッドゾーンの時間には後見人の娘が。間桐桜と藤村大河。士郎にとっては妹分と姉貴分。口下手な士郎の言い訳なんて、即刻ばれて、……修羅場がやってくる!

 

 二週間後の社会的な死よりも、すぐそこに迫っている危機だ。なにやら馴染みのある声で、幻聴が聞こえてきて、ぶるぶると夕日色の頭を振る。

 

 そして、衛宮士郎は真剣に己が生命を危ぶんだ。ゆえに最も頼りになりそうな者に縋ることにした。

 

「――た、助けてください、遠坂さん。

 弟子入りでも上納金でも払うから、

 そちらのアーチャーさんのお知恵を貸してください。

 お願いします!」

 

 これが伝説の日本の風習、土下座なんだ。アーチャーはまた黒髪をかき回した。長めでやや癖のある髪が、すっかり暴風の中でマラソンをした状態だ。

 

「そのね、士郎君。顔を上げてくれ。私より適任者がいる。

 君のごきょうだいにお願いしなさい」

 

「は?」

 

 士郎は呆気にとられた。


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