Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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時系列はライダー戦後。


剣に斃れ、剣を捨て

 人間の個人差は大きい。しかし、集団になると、差は小さくなるものだ。アーチャーは凛にそう言った。

 

「例えば、バーサーカーは文句なしに強力だし、

 イリヤ君も、凛が驚くほどの魔術師なんだろうが……」

 

「そのとおりじゃない。文句なしに最強の陣営よ。

 うちとは大違いだわ」

 

 むくれる凛に、ヤンは苦笑した。

 

「しかしね、ヘラクレスから理性を奪うなんて、もったいないにもほどがある。

 マスターのイリヤ君だって、いかにも深窓の令嬢だ。

 あの二人のネックは、戦いの知識や判断力の欠如だね」

 

「あんなに強かったら、小手先の手段なんていらないと思うけど」

 

 その言葉に、ヤンは首を振る。

 

「いやいや、十二の試練を思い出してごらんよ。

 再生能力を持つヒドラの首を、落としては焼き潰し、

 三十年も掃除していない牛小屋は、巧みな土木知識と技術で水を引き入れて、

 一日で洗い流してしまった。

 ヘラクレスは武勇だけの英雄じゃないんだよ」

 

 おまけに男性美に溢れる偉丈夫。嫉妬深く、底意地の悪い従兄の王に尽くした忠義の人でもある。

 

「セイバーと切嗣氏の不仲を聞くにつけ、

 前回に彼を呼べばよかったのにと思うんだがね……」

 

「三回しか口をきかなかったってあれね」

 

 遠坂家の居間のソファが、アーチャーのお気に入りだ。背もたれに寄りかかると、脚を組み直して腕組みする。

 

「まあね、中世の高貴な騎士を普通の人間が使うのは難しいさ」

 

 未来の偉い軍人を、高校生が使うのと同じぐらいに。凛は瞳に険を滲ませて、二百万人の司令官の顔を見た。

 

 外見は、そのへんにいる平凡な青年そのもの。しかし、前身はやり手社長の息子。根っから人を使う側の人間だ。いいように使われているのはマスターらの方である。

 

「セイバーだって、あんたに言われたくはないと思うけど。

 セイバーは最優のサーヴァントよ。清廉な英雄でないとなれないの」

 

 凛の言葉に、アーチャーは得たりと頷いた。

 

「そいつが水と油なんだよ。切嗣氏は暗殺者だったんだろう」

 

 イリヤにとっては甘く優しい父親で、士郎にとっては手のかかるヒーローだったようだが。

 

「余計なことを言わないための沈黙かもしれない。

 時代が違い、身分も違う相手だ。

 接触が少なく、彼女が律儀で、聖杯を強く望むから不和ですんだ。

 しかし、一歩間違えば、王への不敬で手討ちになってもおかしくない。

 令呪に願う前にこうだ」

 

 童顔に人の悪い笑みを浮かべて、立てた親指を首の前で横一文字に動かす。

 

「抜く手も見せずどころか、抜いた剣が見えないんだからね。

 暗殺者だからこそ、警戒したってのはありうるよなあ」

 

「ああ、確かにって……そういう問題じゃないでしょ!

 もういや、この真っ黒サーヴァント!

 でも、待って。……セイバーが王?」

 

「騎士とは支配者階級だよ。

 それも、名剣、宝剣で名をなすのは、中世の半ばまでだ。

 そんな剣を用意できるのは、大小の差はあれ一国の主。

 使役するにはなおさら難しい相手だね。士郎君にも言えることだが」

 

 アーチャーのひねくれた聖杯戦争論に慣れてきた凛には、ピンと来た。

 

「じゃあ、それがセイバーを取られた場合の安全対策なのかしら?」

 

「戦術と戦史の観点からだと、私にはそう思えるんだよなあ。

 剣で名を成した英雄は多いから誤解してしまうが、

 斬り合いは戦いの最終局面だ。戦いは飛び道具の打ち合いで始まる」

 

「弓矢とか?」

 

「もっとシンプルで威力があるのは投石だね」

 

「い、石? そんなもので!?」

 

「馬鹿にしちゃいけないよ。訓練いらずで、準備もいらず、なのに威力は高い。

 で、ここで人員と物量に劣る方が負け、だいたいは勝負もつく」

 

「……は?」

 

 あまりにあっさりとした結末ではないか。

 

「中世中期までのヨーロッパでは、兵士の多くは農民だ。

 劣勢と見たら、さっさと逃げてしまう。勝者側は深追いしない。

 反撃を受けたら損だ。戦争は経済行為の一種なのさ」

 

 瞬きをするマスターに、黒髪のサーヴァントは言葉を続けた。自分たちが貧しいから、他の村や国を襲う。防御側の方が有利だし、多くは勝者となる。

 

 長期戦は、ある程度生産力の高い時代の産物だ。 貧しい時代に長い戦さをしていたら、勝っても国の方がぼろぼろになるだろう。最後の一言は、自嘲するように目を伏せて。

 

「戦争にはお金がかかるって、昔も同じなのね……」

 

「そうなんだよ。だから稼ぎ時に戦争なんてやってられない。

 農閑期が戦争のシーズンだが、冬に向かうのに長期戦はできない。

 通常の戦さなら、敵を追っ払えばカタがつくんだ」

 

「じゃあ、剣や槍はどこで出てくるのよ」

 

「負けた側が逃げない、逃げ出せない場合だね。

 ここからが領主たる騎士の出番だ。槍や剣を投入して残敵を掃討する。

 劣勢な方は大将首を狙い、逆転に賭ける」

 

 名剣を謳われる騎士の多くは、大小はあれ一国の領主。それが意味するのは――。

 

「王様が戦うのは、国家存亡の状況だ。

 それで名を成した英雄を呼んで使役するなんて、難しいに決まってる。

 本来は相当に練れた人物でないと無理だよ」

 

 凛は黒髪を手櫛で梳き、ついでにこめかみも揉んだ。

 

「じゃあ、士郎は……」

 

 外来者に取られた時の罠に嵌ってしまっているのではないか。

 

「セイバーは強いけど、まずいじゃないの!」

 

「いいや、実はそうでもない。もう一つ、方法があるんだ。

 部下ができた人間の場合は、駄目な上司を支えてくれるものだよ。

 仕事をさぼるには、仕事を任せられる相手を作らなくちゃね」

 

 管理職の役割は、部下の仕事を考えて割り振ることだと、アーチャーは悪びれもしない。

 

「あのね、そんなの高校生に望まないで」

 

 特に、士郎には絶対に無理。あのお人よしの貧乏くじ引きに、誰かに任せるなんてできるわけない。

 

「でも、セイバーには部下を育てた経験があると思うんだ。

 彼女は真面目だし、戦いを知る人間だっただろう。

 士郎君も真面目で、強くなりたいと言う思いが強い。

 なんだかんだで、いいコンビになりそうだよ。

 互いが不得手を埋めるから、集団の差が少なくなるのさ」

 

 強いけれど迂闊なマスターを、弱いが優秀なブレーンが巧みに舵取りをするように。

 

「そのためには、二人が交流を深めるのが前提さ。

 士郎君とセイバーは、互いの性格を呑みこんで、

 自分の思いを伝えないといけない。

 アインツベルンの主従にも伝えるんだ。聖杯の器の担い手にね」

 

 複雑な物事は、割り算で処理する。その前に、くっつけられそうな物は同じカテゴリーに置く。 

 

「かっこいいこと言ってるけど、

 要するに衛宮切嗣への思いを互いに吐きだせってことね?」

 

「うん、よくできました」

 

 人間関係は最強の武器だ。時に心を切り裂く剣に、心を包む温かな盾にもなる。

 

 戦うのも人間、平和を尊ぶのも人間。心の持ち方ひとつで、ベクトルを変じるのだから。

 

「勝敗を度外視すれば、敵と戦うのは容易いんだ。

 戦いを捨て、味方につけるのが最も難しい。私の生前は不可能だった。

 百五十年も争っているとはそういうことでもあるんだよ」

 

「……二百年やってる私たちは?」

 

「聖杯戦争の開催はたったの五回目だ。

 御三家の君たちが和解し、協力すればいいんだよ」

 

「でも……」

 

 俯く凛の肩に、温かな手が置かれた。

 

「次は、間桐にできることはないか探してみよう。

 ライダー戦はこちらの正当防衛だ。マスターには手を出しちゃいない。

 だから落とし所は必ず見つかる」

 

「それが、戦いを略する戦略上の勝利ってわけ?」

 

 戦いたくない怠け者は、もっともらしい顔をして大真面目に頷いた。

 

「そいつを生前できてたら、ここには来なくて済んでたよ」

 

「はい?」

 

「退役して、年金生活を謳歌してたさ。きっと死因は老衰だ」

 

 凛も思い知った。英雄とは非命に斃れた者。会話に気を遣わないと……。

 

「その失敗を幽霊になってまで繰り返すんじゃ、

 馬鹿は死んでも治らないの見本じゃないか」

 

 穏やかな口調で、痛い毒舌を吐かれるのであった。衛宮切嗣の方法にも、一応の理はあったのかもしれない。


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