Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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8:覚醒

「ひどいっ……。それはあんまりだ……。私だってまだ若いんだ。

 実際の歳だって、世間から見たら若いだろうそうだろう」

 

 アーチャーは、誰にともなくぶつぶつと訴えかけた。妻や被保護者なら同意し、先輩なら一蹴しただろうが。緊張感のない嘆き節は、少年の記憶の中のやや低い掠れ声ではない。若々しい、温かみのあるテノールだ。その差が彼を一気に覚醒させた。

 

「なっ……、誰だ、あんた!」

 

 セイバーが聖緑の瞳に喜色を浮かべ、アーチャーを押しのけて少年ににじりよった。

 

「マスター! 目が覚めたのですね!」

 

「な、なんで、誰だよ、その子も!? なんなんだよ、一体!?」

 

 その反応に、アーチャーは眉を寄せた。なにかがおかしい。瀕死だったはずの少年が跳ね起きて、布団の上を後ずされるほど元気なことはさておくとして。

 

「その、なんと言うか、何と言ったらいいのか、何と言うべきか……」

 

 アーチャーは溜息をつきながら肩を竦め、ついでに黒髪をかきまぜるという器用な動作を無意識にしながら、心話でマスターを呼ぶ。凛が駆けつけて来るまでの短い間だろうが、とりあえず当たりさわりのない質問をした。

 

「こんばんは、勝手に上がり込んで申し訳ない。私はアーチャーというものだ。

 順を追って説明しようとは思うが、最初に教えてほしい。

 どこか痛いところはないかい? 息苦しいとか、気分が悪いとか、

 少しでもおかしなところは?」

 

「え、あ、別に何もないぞ」

 

 自分より少し年長の青年の落ち着いた質問に、彼は反射的に答えた。

 

「そりゃあなによりだ。ところで、君の名前を教えてくれないか」

 

「え、衛宮士郎だけど……」

 

「士郎君か。いい名前だね。とりあえずはよろしく。

 まあ、詳しいことは私のマスターから説明があると思うがね」

 

 琥珀色が大きく見開かれ、吸い込んだ息が笛の音を立てる。彼はようやく、魔術使いとしての感覚で、目の前の少女と青年を捉えた。人の姿をしていても、これは人ではない。輝かしいほどに美しい、青と白銀の騎士装束の少女。

高校の先輩ぐらいにしか見えない、黒とアイボリーの軍服っぽい格好の、そこらにいそうな青年。外見は全く違うが、本質は同じ。信じられないほど高濃度のエーテルで編まれた魔力の塊だった。――あの鉛色の巨人と同じ。

 

「マスターってなんだよ!?」

 

 その時、廊下から二組の軽い足音が聞こえてきた。襖が開けられて、黒髪と銀髪と、二人の少女が入ってきた。

 

「こんばんは、衛宮くん。いえ、セイバーのマスターと呼ぶべきなのかしら」

 

「と、遠坂!? なんで、遠坂がここに? や、そ、それより……」

 

 穂群原高校の男子生徒が、あまねく憧れる高嶺の花、遠坂凛。しかし、その隣から敵意をこめた紅玉の視線の錐を突き刺してくるのは、先ほどイリヤと呼んだら激怒した少女だった。

 

「何のことなんだ。それに、きみ、さっきのアレは……え、なんでだ?

 俺、さっきアイツに殴られて、それで……なんで」

 

 断絶していた記憶が蘇える。月光の下、巨人の剛腕にはねとばされて、体のあちこちから鈍い骨折の音を聞いた。激痛の中、血を吐きながら這いずって逃げようとしたはず。

 

 突如として沸き起こった青銀の閃光、渦巻く風の中に現れたセイバーと名乗った少女。彼女の言葉に頷いて、それからの記憶はない。彼は混乱の極につき落とされた。いまごろになって震えが起きる。

 

「そう、そうだ。あの時、俺、もう駄目だってぐらい大怪我したはずなんだ」

 

 この言葉に、アーチャーの下がり気味の眉と目が、二十度ほど上向きに角度を変えた。

 

「あそこに逃げて、なんだか光ったと思ったら、あのセイバーって子が現れて……」

 

「なるほど。私はいままで勘違いをしていたようだ」

 

 黒い瞳がイリヤスフィールを射ぬく。それは、数百万人の部下を、一声で統率した司令官のものだった。

 

「ルール違反を犯したね、バーサーカーのマスター。

 セイバーのマスターと交戦したのではなく、

 バーサーカーに殺されそうになったから、彼はセイバーのマスターとなったんだ。

 一般人に手を出したのなら、管理者のサーヴァントとして

 君をそのままにはできない。

 彼への釈明と謝罪、賠償をしていただこうか」

 

 凛は、権限の正しい使い方というものを目の当たりにした。無力なアーチャーが、最凶のサーヴァントであるバーサーカーのマスターを、理路整然と糾弾し、冬木の管理者の代理として要求をとおす。

 

 いくら強大な魔術師でも、結局は十代の箱入り娘。軍隊という階級社会で、その最高位に就いた人間の毅然とした態度に気圧される。イリヤスフィールは一瞬言葉に詰まったが、ぷいと視線を逸らして言った。

 

「わ、わたしは昨日、ちゃんと警告をしたもの。

 早く呼ばないと死んじゃうよって。だって、令呪の兆しがあったわ」

 

「それだけかい? 彼に告げるべき内容は、

 最低でも、七人の魔術師が殺し合いを演じる聖杯戦争の参加資格者であることと、

 それにどう対応するかということだ。

 使い魔のサーヴァントの召喚なり、リタイアするなりを判断すべしとね。

 そう言わなけりゃ、警告とは呼べないね。情状酌量にはならないよ。

 セイバーが召喚されたのは、結果論でしかない。

 そして、不可解な現象で士郎君の怪我が治癒したのもだ」

 

 そう言って、イリヤスフィールの抗弁を却下する。彼が語った警告すべき内容は、そのまま衛宮士郎への簡潔な説明となった。士郎の目が大きく見開かれたが、アーチャーはかまわずに続けた。

 

「私の診たてでは、最低でも肋骨、肩甲骨、脊椎の骨折。

 それによる肺穿孔、外傷性気胸と肺動脈損傷。

 出血によってショックを起こし、心臓が止まるのが先か。

 肺に充満した血によって苦しみ抜いて溺れ死ぬのが先か。

 リミットは十五分以内。いずれにせよ、彼はもう生きていない。本来ならば」

 

 冷静な口調で、聞いているだけで痛くなるような怪我の所見が並べたてられる。これには元怪我人だけではなく、入室してきた二人まで顔色を悪くした。いや、実はセイバーもだ。聖杯を望んで召喚に応じて、すぐさま消滅を強いられるところだった。

 

 凛は従者に抗議した。

 

「ちょっとアーチャー、生々しすぎる表現はやめてくれない?」

 

「おや、マスター、君は戦いに挑む気だったんだろう?

 敗者は当然こういう傷を負い、まあ大抵は死に至る。

 救命に成功しても、残りの人生は重い後遺症と道連れだよ。

 それも承知で、参加したんじゃないのかい。

 フロイライン・アインツベルン、君もね」

 

 その気になれば、ヤン・ウェンリーはいくらでも剥き出しの皮肉や毒舌を吐けるのである。彼はこの時、本気で立腹していた。こんな年端もいかない子どもたちが、二百年姿も見せぬ聖杯とやらを奪い合って、なぜ殺し合いを演じなくてはならないのか。

 

 それは、親や保護者の教育が悪いに決まっている。聖杯戦争を魔術師としての栄誉だと、勝者にはすべての願いが叶えられるのだと教え込まれれば、子どもは疑問も持たずに『敵』を殺そうとするように育つ。

 

「なぜ、簡単に殺そうとするんだ? 人の命はとても尊い。

 失われたら、二度とは甦らない。そして、誰もその人の代わりはいない。

 君の母上のように。そして多分、父上のキリツグ氏のように。

 彼を失えば、君と同じように嘆き怒る人が、何人もいるだろうに!」

 

 こんなに真っ当に叱ってくれる相手は、イリヤスフィールのこれまでの人生にはいなかった。性格の根っこに外見相応の幼さを持つ彼女は、しゅんとして頭を垂れた。

 

「ごめんなさい……」

 

「謝るべき相手は、私じゃないよね。君にはわかるだろう?」

 

「う……ごめんなさい」

 

 ついに、彼女は白銀の頭を少年に下げた。戦い方は人それぞれとアーチャーはランサーに語ったが、これがまさにそうだった。でも、と凛は思う。完全に先生か父親だわ、こいつ。

 

「あの、ごめん。俺にはなんだかさっぱりわからないんだ。

 君が誰なのか、爺さん、いや切嗣とどういう関係なのか。

 あのセイバーって子がなんなのか。

 それよりも、なんで遠坂がここにいるのさ?

 そのアーチャーって人は誰なんだよ」

 

 衛宮士郎の疑問も、一気に堰を切って溢れだした。アーチャーは、ベレーを脱ぐと髪をかき回した。

 

「まあ、そうだね。普通はそうなるよなあ」

 

「ウソよ。だって、キリツグが養子にしたんじゃない。

 なのに、聖杯戦争を知らないわけがないのよ。

 キリツグは前回、アインツベルンのマスターとして参加したんだから!

 そのセイバーと一緒にね! そして、そのままわたしを捨てたんだからっ」

 

 アーチャーは困った顔をして、夕日色の髪の少年と新雪の髪の少女を交互に見やった。

 

「なるほど、君たちの知識に食い違いがあることはよくわかった。

 十年前の聖杯戦争がその境界になっていることもだがね。

 しかし、とりあえずは、順に自己紹介から始めるべきじゃないだろうか」

 

 イリヤスフィールとセイバーは、青年の姿のサーヴァントをぽかんと見つめた。仮にも英霊が、なんでこんなことを言い出すんだろうかと。

 

「まずは言いだしっぺの私からだね。私はアーチャー。

 そちらの遠坂凛のサーヴァントだ。

 こういった用語は、最後にまとめてマスターの凛に説明してもらうとして、

 君に問うべき大前提があるんだが」

 

「なにがさ」

 

「君が魔術師なのかということだよ」

 

「……なんで、知ってんのさ!?」

 

「え、ああ、そうきたか。これは困ったなあ」

 

 アーチャーは疲れた顔で、姿勢を崩して足を投げ出す。

 

「何ですって? よくも遠坂の管理地に潜り込んでてくれたわね」

 

「マスター、それも後にしなさい。

 ちょうどいい、君もちゃんと自己紹介するように。

 魔術師としての立場も含めてね」

 

 すっかり司会進行役に収まってしまったアーチャーを、凛は睨みつけた。

 

「私は遠坂凛よ。

 その口の減らないアーチャーのマスターで、この冬木を管理する魔術師。

 まったく、今までよくも隠れていたわね衛宮くん。おかげで大損よ。

 上納金、あとで耳を揃えて払ってもらうから覚悟なさい。

 おまけに、こんな何も知らなそうなへっぽこにセイバーを取られるなんて」

 

「セイバーじゃなくて、改めて申し訳ないね。

 じゃあ、フロイライン・アインツベルン、君の番だ」

 

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 聖杯の担い手にして、バーサーカーのマスターよ。

 バーサーカーを紹介するのは失礼させてもらうわ。

 この部屋は狭すぎるし、バーサーカーはしゃべれないものね」

 

「それは助かるよ。

 君と衛宮キリツグ氏の関係を、もう一度士郎君に言ってもらえるかな」

 

「私は、キリツグの実の娘よ」

 

 ルビーの瞳が、炎の色に燃え立った。

 

「爺さんに子どもがいたのか!?」

 

「失礼だがキリツグ氏はいま……」

 

「じいさん、衛宮切嗣は死んだ。五年前に」

 

 その反応と情報に、アーチャーはベレーを直すふりをしてこめかみを揉んだ。とても厄介なことを示唆していたからだ。 

 

「では、君と切嗣氏の関係は」

 

「俺は十年前にじいさんに引き取られたんだ」

 

 黒髪と銀髪の二人のマスターは、少年と青年に視線を行き来させる。先ほどアーチャーが口にしていた推論は、見事に的の真ん中を射ぬいていたのだった。

 

 凛はほとほと思い呟いた。

 

「……このぐらい、射撃もうまかったらよかったのに」

 

 アーチャーは聞こえぬふりで話を続けた。

 

「では、切嗣氏の息子さんの話を聞く前に、

 彼にはもう少し暖かい服装に着替えてもらおう。長い話になりそうだからね。

 そして、せめてテーブルにつかないか。彼が気の毒だよ。

 あんな目にあった後で、自分の寝床に美人が三人も踏み込むなんて。

 こんなに身の置き所のないものはない。男として同情する。

 さあ、マスターたちは一緒に別の部屋で待っていよう」

 

 この言葉に救われた少年は、感動さえ覚えて発言者に感謝を述べた。

 

「アーチャー、ありがとう! アンタ、いいヤツだな……」

 

「君こそ、人がよすぎて将来が心配だよ……。

 じゃあ、着替えてセイバーとも打ち合わせしてから来るといい」

 

「はあ!?」

 

 その後、セイバーが部屋の内外のどちらでマスターを警護するか、士郎と押し問答を始めたが、ヤンはさっさと二人のマスターを連れて離脱した。

 

 もう、疲れた。あとはお若い人同士、自由にやってくれという気分だった。彼本来の世界からは消えた、畳の部屋に感動を覚えながら、溜息と愚痴を一緒に吐いて座り込む。

 

「ふう、やれやれ、疲れたよ。超過勤務もいいところだ。

 給料も出ないのに、やっていられんなあ」

 

「あんたね……。やる気あるの?」

 

「君を守り、戦争の終了まで生存させるという点ならばイエスだ。

 しかし、ランサー、セイバー、バーサーカーと戦えというのなら、

 ノーと言いたいね」

 

 彼は左膝を立てると、その上で頬づえを突いた。

 

「金なら誰にも使い道があるが、魔術は万人に共通の価値があるものじゃない。

 むしろ、隠さなくちゃいけない学問なんだろう。

 しかし、公表されず、他者の検証や研究を受け付けない学問に発展はないよ」

 

「それはそうよ。魔術は過去へ向かう学問だもの。

 世界の根源に触れ、世界を塗り替える『魔法』に至るために、

 私たちは代を重ねるのよ」

 

 凛の言葉に、アーチャーは疲れたように目を閉じて答える。

 

「ビッグバンの一瞬前、一点に集中した全宇宙の質量、

 それを動かすゆらぎ、神の一撃に介入するわけかい?

 ちょっとできるとは思えないがねえ」

 

 これに目を瞬いたのは、イリヤスフィールだった。

 

「あら、すごい。よく第一魔法のことがわかるのね」

 

「なんだい、第一って?」

 

「いままでに生まれた魔法はたったの五つ。今でも使えるのはそのうちの二つだけ。

 アーチャーが言ったのは失われた一番目の魔法『無の否定』よ」

 

「そりゃどうも。無を否定するって、万物の生成ってことかい。

 なんともまあ、スケールの大きな話だね」

   

 宇宙時代の住人であるヤンは、自らの時代に主流となっている天文学の説を述べたにすぎないのだが、それも魔法だとおっしゃるわけだ。気宇壮大というより、誇大妄想が過ぎるような気がする。

 

 彼の内心はマスターには伝わらずにすんだ。凛も頷いて応じたからだ。

 

「遠坂は、第二魔法を求める家系よ。

 大師父キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの

 『並行世界の運営』が研究テーマなの」

 

「アインツベルンは失われた第三魔法を再現するのが、千年の悲願。

 『魂の物質化』と『天の杯』。

 詳しいことはアインツベルンも忘れてしまったけれど。

 その一部を応用しているのがサーヴァントの召喚らしいわ」

 

「並行世界の運用たらは想像もつかないが、魂を物質化するって、

 そりゃ幽霊を完全に実体化させ続けるってことかい?

 要するに、死者の蘇生か不老不死の研究なのか」

 

 イリヤスフィールは小さな手で拍手を送った。

 

「すごい! あなた、とっても頭がいいのね」

 

「いやいやいや、そりゃあ無理だろう。まさに魔法だがね」

 

 アーチャーは、左ひざを抱え込み、天井を仰いで嘆息した。そして、漆黒の視線を廊下に流す。トレーナーとジーンズに着替えた少年と、青と白銀の武装の少女が立っていた。

 

「なんだか、帰りたくなってきたよ。

 この聖杯戦争が胡散臭いということだけは、この二日でいやというほどわかった。

 では、重要な証言者も来たようだ。

 本当に色々とすまないが、セイバーのマスターとサーヴァント。

 君たちの話を聞かせて欲しい。まずは、もう一度自己紹介から。

 君が魔術師ならば、その立場も含めてね」


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