Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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92:決着

 凛の無茶な命令に、アーチャーことヤン・ウェンリーは肩を竦めた。

 

「そいつが一応、給料ってことになるのかな?

 私の懐には一銭も入ってないんだがねえ……」

 

 守銭奴のようなぼやきに、律儀に相槌を打ってくれるのは、副参謀長のパトリチェフ少将だけだ。

 

「はあ、そうですなぁ。

 ですが、閣下の懐に入ったとしても、この兵員を賄うには到底足らんでしょう」

 

「まあ、仕方がないか。凛も苦学生なんだから」

 

「閣下が珍しくやる気を出されたのは、そのせいですかな?」

 

 混ぜっ返すのは、要塞防御指揮官のシェーンコップ中将。その間も砲撃の手は休めない。イゼルローン要塞にあるのは、主砲『雷神の槌』だけではない。砲塔群を総動員し、ヤン艦隊を援護している。

 

「二百年続いているといっても、まだ五回目の、たった七組の小競り合いだ。

 しかも今回のマスターは、ほとんど子どもだ。

 過去への遺恨は、あまり多くない。

 帝国との戦争とは違って、当事者の努力で解決ができるかと思ったのさ」

 

 『給料分の仕事をする』が口癖のヤンは、自らの裁量の及ぶことはちゃんとやるのである。エル・ファシルの脱出行しかり、第七次イゼルローン攻略戦しかり。シェーンコップから見れば、自らを枠に嵌めてしまう欠点であったが。

 

「こういう方法は、できれば選択したくなかったんだが……」

 

「強大な敵が存在する以上、無抵抗主義など絵空事ですな。

 そいつがサーヴァントに求められる仕事で、

 結局のところ、生前となにも変わらない。

 今さら気に病むこともないでしょうに」

 

 実も蓋もない、だが、的を射た言葉だ。ヤンは溜息を吐いた。

 

「分かっているさ。

 何百万人も殺して、今さら迷うのが偽善だってことは。

 だが、あれは生存権を賭けた戦いだった。

 この戦いにはそれさえもない。

 我々は幽霊、あっちは人間。どうしたものかと思ってね」

 

 だが、心は迷っても、彼の指揮に淀みはなかった。ギルガメッシュの攻撃を回避するためのV字型縦深陣は、中央が左右に分かれ、逆ハの字型へと姿を変える。艦隊運動の間も砲火は途切れない。各部隊が巧みに砲撃をシフトし、互いに援護する。魔術師と呼ばれた名将にふさわしい用兵であった。

 

「やれやれ、仕方のない人だ。

 嫌だ嫌だと言いながら、このうえなく上手いときている」

 

 シェーンコップは尖り気味の顎をさすった。ヤンは巧みに陣形を変化させ、イゼルローン側が艦隊を気にすることなく、ギルガメッシュに攻撃できるようにしたのである。 

 

「各区画の砲塔担当者に告ぐ。もう遠慮はいらん。

 ありったけのビームを叩き込んでやれ。――撃て!」

 

 イゼルローン要塞の武装は、雷神の槌のみではない。戦艦主砲と同じ、中性子線ビーム砲を多数備えている。それが一斉にギルガメッシュへと襲いかかった。

 

 自由惑星同盟軍に六度の大敗をもたらした、要塞と駐留艦隊による連携攻撃。『イゼルローン回廊は、数百万の叛徒の血で塗装された』と、帝国軍は豪語したものである。

 

「効かぬぞ!」

 

 薄紅色の七弁花に、光の雨が降り注ぎ、露を結んで零れ落ちる。居残り組は場違いな感想を抱いた。

 

「嬢ちゃんじゃねえが、綺麗なもんだ。

 ――敵の血も骸も見えず、悲鳴も聞こえねえ戦いか」

 

「彼の世界で、戦争が百五十年も続いた理由かも知れんな。

 ほとんどの場合、遺体も戻らん。

 一戦で数万人単位の死者が出るが、船と共に宇宙に消えてしまうんだ」

 

「船が沈んだら助からねえってことか?」

 

「そうだ」

 

 ランサーは後頭部を手荒く掻いた。

 

「そりゃ、坊主らには見せられんわな」

 

「なぜだね」

 

 髪も目も肌の色も違う。しかし、目を瞬かせる偉丈夫には、確かに赤毛の少年の面影があった。

 

「剣ならまだしも、こいつを真似されたら困るだろうが」

 

 エミヤは苦笑した。

 

「それは無理だ。何でも投影できるわけではないぞ」

 

「おまえと坊主が全く同じとは限らんだろ。

 だいたい、当のアーチャーが違うんだ。その技もな」  

 

 人工の月と星座が、光の矢を投げかける。必殺必中の弓の腕を誇る、月の女神のごとく。光に射抜かれた者は、死から逃れることはあたわぬ。

 

 そんな悲惨な戦闘が、漆黒と光の糸で織られたタペストリーのように美しい。生死と美醜が、背中合わせに存在する光景。

 

「こいつは綺麗すぎる。目の毒ってやつだ」

 

 言峰綺礼も目を奪われた。

 

「これが……」

 

 四次と五次のアーチャーの戦いは、醜や不幸に快美を覚える彼を満たす。  

 

「これが私が求めていたものだったのか……?」

 

 黒髪の青年の言によるなら、目の前の光景は、四半世紀後の全面核戦争から連なる千六百年先の未来図だ。宇宙へ手を伸ばした、魔法の領域の技術が、人を殺すためだけに使われている。力によらぬ聖杯戦争の解明を訴え、子どもに平和な未来を望んだアーチャーによって。

 

「貴様ではないが、この世界に生まれていれば……」

 

 この戦いに身を投じれば、言峰の乾きは満たされたのだろうか。言峰は、平和の退屈さに耐えらない者だったのかもしれない。

 

 ヤンの願いとは裏腹に、その戦術は凄まじいの一語に尽きた。イゼルローンの攻撃が奏功しないと見るや、両翼はギルガメッシュの頭上左右を突進。側面から砲火を浴びせかける。

 

「小うるさい真似を!」

 

 彼我の位置の変化によって、光の矢は盾の縁をすり抜け、黄金の鎧で弾けた。しかし、致命傷にはほど遠い。側面攻撃は敵の虚を衝けるが、使える艦砲も少なくなる。

 

 敵に反する舷と射角外の正面主砲、およそ半数が攻撃できないのだ。ヤン艦隊の砲術をもってしても、こればかりはいかんともしがたかった。

 

 ギルガメッシュは盾を横にまで広げ、薄くなった光の雨は遮断された。だが、それこそがヤンの狙いだった。アイアスの盾は、七枚の花弁が重なり合った形をしている。直径を広げると、中央の重なりは薄くなる。そこにイゼルローンからの砲撃が突き刺さった。

 

 宇宙空間を模した結界は、着弾音がしない。しかし、衝撃による震動は洞窟を揺るがし、生じる閃光が闇を白く染め上げる。残ったランサーとアサシンの視界から、ギルガメッシュらの姿を掻き消すほどに。

 

「やったか!?」

 

 歓声を上げたランサーを嘲笑うように、赤と黒の龍が光の滝を遡上し、左翼へと迫る。

 

「左翼、中和磁場を全開。九時方向に回頭、俯角三十度で前進。

 右翼は三時方向へ転回、高度そのままで後尾から前進せよ。

 イゼルローン、援護を」

 

 星の群れは、魔術師が命じるがまま、滑らかに向きを変える。ギルガメッシュの放った衝撃波は、位置を低くした左翼の上を抜け、白き女王の鉄槌と激突した。高度を保ったままの右翼が、左翼の上へと移動する。あれよあれよという間に直線陣が構築された。

 

「――射て」

 

 定理を述べるような命令に、全軍はすかさず呼応した。

 

『くたばれ英雄王!』

 

 光の矢がギルガメッシュの背に突き刺さる。

 

「くっ!」

 

 ギルガメッシュが膝をついた。姿勢を低くし、頭上にアイアスの盾を広げる。屈辱に、秀麗な眉を鋭角にしながら。

 

 軟弱者と見くびっていた黒髪のアーチャーは、四百億人に名を響かせるほどの戦上手だった。この瞬間、彼は慢心を捨てた。力を惜しんで勝てる相手ではない。

 

 魔女のサーヴァントの片方は顎を落とし、もう一方は眉間を揉んだ。

 

「……あいつ、なんでライダーじゃねえんだ!?」

 

「彼女のほうが先に呼ばれていたからだろう」

 

 簡潔ながら、凄まじく説得力がある推測だった。ランサーは天を仰いだ。

 

「セイバーにはなれんから、アーチャーになったのかよ……。

 だとしたらこの聖杯、ポンコツだろう……」

 

 そんな二人の脳裏に、マスターからのお声が掛かる。

 

『聖杯に多くを期待しないほうがよくてよ。

 これを作った者は、悪念を巣食わせた元凶の先祖なのだから』

 

 ぐうの音も出ないとはこのことだ。彼らが残っていたのは、言峰主従への因縁のみが理由ではない。キャスターの目となり、耳となるためでもあった。

 

 ここにいない神代の魔女は、別の場所で戦っていた。ヤンが彼女を間桐家に配したのは、令呪システムの開発者だったからだ。なんとかそれを解析し、令呪から言峰主従を攻められないか?

 

 残念ながら、術の開発は間に合わなかった。間に合ったとしても、固有結界内の言峰主従に干渉できたかは謎だ。とにかく、言峰の最後の令呪は先ほど費消されてしまった。ランサーらの耳目を通じ、それを知ったキャスターは、善後策を練るべく二人を残したのだ。

 

『こんなものに期待して、招きに応じた私も浅はかだったわ。

 けれど、関わってしまった以上、切り抜けなくてはならないでしょう。

 私のマスターのためにも』

 

「あー……」

 

 二人の主はキャスターだ。彼らは当然、キャスターの主を知っていた。この上には彼の住居がある。今日は中学生の受験日だったから、まだ帰宅していないだろう。

 

『アーチャーが負けると私も困るのよ。それはもう、色々と』

 

「う、うむ……」

 

 キャスターの願いは、マスターと添い遂げることだ。そのためのエネルギー源として、彼女は聖杯を欲した。彼女のマスターは魔術師ではないからだ。

 

 だが、優秀な魔術師がマスターとなってくれるなら、聖杯の必要性は低くなる。さらに遠坂=アインツベルン陣営には、聖杯に願っただけでは手に入らない、現代人としての身分を用意できるというのだ。それがないと、四半世紀後の全面核戦争から逃れられないとも。

 

 アーチャーことヤン・ウェンリーの知る歴史からカンニングすると、核戦争を生き延びるには、南半球にシェルターを作り、大量の物資を用意するのが最も正答に近い。

 

 一にも二にもお金が必要になる。真っ当な手段で準備するには、マスターのつましい給料をやり繰りする以外にない。それには、きちんと身分証明書を用意し、婚姻届を提出しなければならない。配偶者控除が年三十八万円も違う。さて、二十五年後はどうなる?

 

 アーチャーの説得にキャスターは陥落した。それがドミノ倒しのようにランサーとエミヤ、ライダーらを巻き込んでいった。キャスターも、この同盟のもう一つの核なのである。

 

 神代の魔女は、未来の魔術師からの更なる対価を欲していた。婚姻届の書き方もそうだが、冬木の地形と霊脈との関連を、活断層ではないかと推測した点だ。

 

『洞穴が潰えたら、柳洞寺も無事では済まないでしょうね。

 もっと悪いのは、その男共の目論見どおり、

 『この世全ての悪』が垂れ流しになることよ。

 アーチャーの推論によるなら、活断層の巣に』

 

「そら恐ろしい話だな。十年前の災害が小火に思える被害が出かねん」

 

 エミヤは深々と嘆息した。

 

「そうは言っても、どうすればいいのかね。

 この結界がある以上、我々が手出しする余地はないぞ」

 

 結界内は見えているが、外界から隔てられていて干渉ができない。たとえ可能だとしても、アーチャーにとっては邪魔でしかないだろう。

 

『私が見るところ、月の雷も剣の嵐も、あと一発が限度だわ。

 恐らく、アーチャーは勝ちきれない。

 結界が解けたら、おまえたちが英雄王を斃しなさい。

 能う限りの力で。令呪を以って命じます』

 

 心話と共に、莫大な魔力が二人に流れ込んだ。

 

「へ、気前のいいことだ。だが、このままでは洞窟が先に吹っ飛ぶだろうぜ」

 

 ランサーの視線の先で、今なお攻防は続いていた。

 

「王の財宝!」

 

 背後からの光の驟雨は、展開された王の財宝の数々に弾かれた。艦隊を狙うと出鼻を挫かれるが、迎撃には使えるとギルガメッシュは発想を切り替えたのである。しかし、満身創痍だった。

 

 美しかった黄金の鎧は、そこここが凹み、ひび割れて傷つき、輝きも曇っている。それでも英雄王は傲然と立ち、闘争の興奮に笑みさえ浮かべていた。

 

 その凄絶な美しさよ。彼もまた、戦いで名を成した王者だった。

 

 形の良い手が、高々と異形の剣を掲げる。赤と黒の渦がじわりと巻き起こり、ゆっくり膨れ上がる。対する星空は薄れて始めていた。光の雨が止み、月のみが煌々と輝き出す。互いが最大の武器で、最後の一撃を放とうとしていた。

 

『洞窟の崩落は私が何とかするわ』

 

「なに?」

 

『今、柳洞寺に来ているの』

 

 人間としての肩書はこういうときに便利だ。当主が死去し、跡取りが入院中の間桐家で唯一の大人。足繁く柳洞寺に通っても、誰も不審に思わなかった。ちなみに今日は、勤め先への復帰を口実にして、ちゃっかり長居をしている。

 

 そうした傍らで、彼女は陣地の完成に励んでいた。凛と桜から魔力を分けてもらい、中途になっていた柳洞寺の陣地に手を入れたのだ。

 

『そう大したものは作れなかったけれど、ここは私の神殿。

 そのぐらいの術、造作もないことよ』

 

 アーチャーは、勝てなかった時のことも構想していたのだ。誰かが生き延びて英雄王を斃すか、あるいは長期の防衛が可能となるように。籠城戦を前提とするキャスター以上の適役がいるであろうか。

 

 だが、そうした配慮も、足元で戦われては意味がない。戦いによって、彼女のマスターが家財を失ったら、幸せな生活に深刻な影響を及ぼすだろう。この世のおおよその不幸をもたらす、最大最強最悪の敵、その名は貧困。英雄王よりも、よほどに本気を出して戦うべき相手である。

 

『おまえたちも備えをなさい。

 アーチャーが負けたら、結界の消滅に巻き込まれかねない』

 

 天には白い輝きが、地には赤と黒の明滅が、膨れ上がりつつあった。ふたりのアーチャーが渾身の力を練り上げている。真名開放は両者同時。

 

「――雷神の槌」

 

「天地乖離す開闢の星」

 

 赤黒の竜巻が剣から放たれた瞬間。白光は無防備となったギルガメッシュを貫いていた。

 

「なっ!?」

 

 赤と青のサーヴァントは驚愕した。

 

 ヤンが、この戦いで仕掛けたトリックだった。雷神の槌はエアへの迎撃に使われた。見た者たちは互いの威力にばかり気を取られた。双方ほぼ互角、いや、ギルガメッシュがやや有利かと。

 

 実のところは違う。

 

 ギルガメッシュの先制に、ヤン側が迎撃できる速度の差が魔術の種だ。種を悟られないように、艦隊も駆使して誤魔化した。ミスディレクションの壮大さに、観客さえも騙された。超音速と亜光速。同時に撃てば、雷神の槌のほうが先に当たる。

 

 その状況へと誘導するためには、強大な英雄王と互角に戦い、本気にさせなくてはならなかったが、ともかくヤンは成功した。この世すべての悪と契約し、二つの令呪を費消するほどの膨大な魔力を代償に。

 

 雷光で漂白された夜の底に、色彩が戻ってくる。屹立するのは黄金の王。満身を灼かれてなお、瞳は超巨星の色に輝いている。彼が放った竜は、消えることなく宙を進み、白の女王を噛み裂かんとしていた。

 

「我の勝ちだ!」

 

 輪郭を揺らがせた月は、火竜の顎に捉えられる前に消えた。ランサーは槍を握りなおした。

 

「くそ、魔力切れか!」

 

 結界の消滅によって、現実が戻ってくる。エアの斬撃は洞窟の天井を噛み砕き、地上へと抜けた。爆音を響かせ、お山を揺るがせ、大量の土砂や岩石を降らせる。

 

 ――そして、清かな鈴の音も舞い降りた。

 

 其は、いつか蘇る王。仄かな輝きに包まれた、黄金と白銀と深青。展開された鞘に守られ、その手に星の剣を携えて。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

 研ぎ澄まされた一閃が、ギルガメッシュの左頸部から右胸郭を断ち割った。苦鳴すら立てることなく、英雄王の身は魔力へと還った。

 

 地下と地上に轟く破砕音の中で、エミヤの耳には、セイバーが着地する音がやけにはっきりと聞こえた。

 

 膠着していた時間が流れ出した。妙なる声が、複雑な韻の呪文を響かせる。落下した岩石は、大聖杯を避けるように積み重なっていく。

 

 姿を現した鉛色の巨人が魔女の手伝いをした。天球を支えたその豪腕で大岩を受け止め、意外な繊細さで降ろす。彼のマスターにとって、大事な場所だということが伝わっているのだろうか。

 

 ランサーとエミヤは、広間へと踏み込んだ。アーチャーと言峰の姿を探す。キャスターとバーサーカーは落盤の被害を減らしたが、細かな砂塵にまでは手が及ばない。

それが二人の視界を塞ぎ、入り混じった魔力の残渣が感覚を鈍らせる。

 

 ランサーはルーンで灯りを灯したが、闇から浮かび上がったのはもうもうたる埃だけだった。

 

「くそっ! アーチャー、いるんなら返事しろ!」

 

 そこに鈴の音が近づいてくる。

 

「ランサー、無事でしたか!

 私がやってみますから、少し下がってください。

 風王鉄槌!」

 

 セイバーは威力を抑えつつ、風の鞘を開放した。清涼な風が、砂塵を吹き払った。姿を現したのは、数十本の松明のように輝く剣。

 

 ランサーは賞賛の口笛を吹き、エミヤは複雑な気分になった。伝説の魔術師が送った鞘をエアダスターに、星の意志が育んだ剣をサーチライト代わりにするとは。柔軟な発想は結構だが、明らかに有能な怠け者の悪影響だ。

 

 たしかに彼女は彼のセイバーではない。  

 

「やるじゃねえか。さっきは見事だったぜ」

 

「シロウの策です。

 アーチャーが、わざと月を狙わせようとしているのではないかと」

 

 さすがは弓道部一の腕前といったところだろう。士郎は、アーチャーが、相手の狙いをイゼルローンに誘導していると考えた。

 

 アーチャーの戦法は、実のところシンプルである。敵よりも多くの兵力を用意し、できるだけ予想外の方向から連鎖的に襲いかかる。固有結界が破られ、洞窟の天井をぶち抜かれるのは、彼にとっては負けだが、予備兵力にとっては新たな突破口になる。

 

『あいつなら、きっとそれを考えてる。

 遠坂、そのチャンスを作るように、心話であいつに伝えてくれ。

 それからさ、セイバー。

 ――第七のマスターが令呪に告げる。

 足元に穴が開いたら、宝具を二つとも開放して、英雄王をやっつけろ』

 

 それが士郎の命だった。

 

 凛の心話に答えはなかった。焦りながらも、できるのは待つことだけ。一秒が永遠にも感じる沈黙を破り、轟音と共に足元の地面が吹き飛んだ。

 

 それは、二人のアーチャーの戦いが決着したことを意味した。鬼が出るか、蛇が出るか、地上の者たちには見当も付かなかったが。

 

 それでもセイバーは間髪を入れずに、二つの宝具を開放して突入した。士郎と凛が、必死に頭を絞って計算した着地地点へと。

 

「け、計算!?」

 

「はい。電話でシンジにも手伝ってもらいましたが」

 

 彼女がエミヤのセイバーではないように、士郎もエミヤではなかった。孤独で、なんでも自分でやろうとしていた少年が、人を頼り、人に任せることを、人を信じることを知ったのだった。 

 

 そんな感傷は長くは続かなかった。聖剣の起こす風と光が、探し人の姿を露わにした。

 

 倒れ伏す偉丈夫の前に、立ち尽くす薄れかけた姿の青年。

 

「……ごめん、凛」

 

 とても悲しそうな声で、黒髪の青年は呟いた。

 

「やはり、死なせてしまったよ」


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