「全艦、全速前進」
星が動く。黒い画布に、銀色で点描された凹字陣が出現し、全く形を崩さず突進する。宇宙一の智将と、艦隊運用の名人による絶妙の艦隊運動だ。
「全砲門開け」
通信オペレーターたちが、矢継ぎ早に司令官の指示を伝達し、ある者は陣形の構築に尽力し、別の兵士は主砲の照準を目標に向けた。砲門が指すのは、傲然と屹立する黄金の王。
「主砲斉射。――射て」
一斉に光が弾け、一点に向けて降り注ぐ。
『くたばれ! 英雄王!』
それはまた、将兵たちの切望でもあった。彼らは、ヤンの下、あるいは死後に、新銀河帝国軍との激戦で散った戦死者である。
生前の敵は、自軍に数倍するほども多く、精強であった。だが、どんなに数が多くとも、同じ人間が同様の兵器を扱っているに過ぎない。司令官の指揮に従い、攻撃を当てさえすれば、倒すことができたのだ。
金髪の美青年という共通項はあれど、目の前の敵は勝手が違った。手にした異形の剣が、再び赤と黒の魔力の渦を立ち上らせている。あれが放ったのは、雷神の槌に匹敵する威力のエネルギーの塊だ。
ヤン艦隊の面々にとっては、常識を超えた化け物だった。蚊帳の外に置かれた凛たちにしてみれば、どっちもどっちだったが。
光の驟雨で、洞窟の広間が漂白される。見守っていた凛たちは、口々に眩しさを訴えつつ、目を閉じ、顔に手を翳して、目を守るのが精一杯だった。
「こりゃ、まずいかなあ」
アーチャーことヤン・ウェンリーは小さく呟いた。旗艦ヒューベリオンの光量調整されたスクリーンは、剣を携えた孤影を捉えていた。
「神秘は、より高い神秘で打ち消される、か。厄介だな」
このヤン艦隊もイゼルローンも、ヤンによって再現された固有結界である。本物にはほど遠い、書割りの月だ。知名度だって、凛とエミヤのたった二人分しかない。
「『彼』が応援してくれても、世界最古の王相手は荷が重い。
あの剣の力なんて、まるで
銀河帝国と自由惑星同盟の国境線。それがサルガッソースペースだ。暗黒物質に満ちた宇宙空間は航行できず、主力兵器の中性子線ビームが効果を発揮しない。大量の暗黒物質によって散乱され、威力や射程が著しく減殺されてしまうのだ。ただし、敵がいない場所でもあるから、生前の艦隊戦では問題にならなかった。
しかし、今は非常に困る。神秘の格差と、宝具の性質。双方の要因により、艦砲射撃はエアに対して非常に相性が悪かった。死の光を雨と浴びせかけても、赤と黒の渦に阻まれて、英雄王に到達できない。
ギルガメッシュの美貌に、嘲笑が昇った。
「どうした、魔術師? それが貴様の全力か?」
「うそでしょう……。効いてないの!?」
ギルガメッシュの声に凛は愕然とする。網膜を漂白するような眩しさで、戦況はまるで把握できないが、アーチャーの攻撃に優位を確信していたのだった。
「畜生、眩しすぎて見えやしねえ。ルーンも通じねえときやがる。
どうだ、アサシンよ。何か見えるか?」
舌打ちしたランサーは、鷹の目を持つ同僚を問い質したが、相手は首を横に振るばかりだった。
「光の御子たる君にも無理なのに、私に見えると思うかね」
「おまえも似たような宝具を使うだろうが。
おまえのは、金ぴかと互角だった。アーチャーと違ってよ」
ランサーの評に、エミヤは溜息を吐いた。
「それは大いなる誤解だ。単なる相性の問題だよ」
エミヤの固有結界は、無限の剣を内包している。一方のギルガメッシュは、剣を蔵から取り出すため、一工程が余分にかかる。その時間差によって、エミヤはギルガメッシュの手を見てから、有効な武器を準備できる。
未来の自分の説明に、士郎は少なからず幻滅した。
「それって、つまり、後出しジャンケンじゃ……」
「……否定はせん。だが、先日の局面では有効な戦術だろう」
「そうかも知れないけどさ……」
不服そうな士郎の頭を、エミヤは軽く小突いた。
「だから、貴様はたわけだと言うのだ。
王の財宝には対抗できた。奴があの剣を出さなかったからだ。
出されたら即座に敗北していただろう。結界を切り裂かれてな」
「じゃ……」
落ち着いたというより、緊張感を感じさせない指示が響く。
「全艦、落ち着いて砲撃を持続せよ。
決定打ではないが、効果は上がっている。
あの宝具の魔力が、敵を守っているように見えるが、
攻撃に転じられないということに他ならない。
両手で『盾』を握っていては、『剣』は振れないんだ」
ギルガメッシュの眉が吊り上がった。アーチャーの言葉は正鵠を射ていた。途切れることのない砲撃を前に、エアは彼と言峰を守る盾と化し、力を開放するチャンスを掴めていない。
「宝物庫がネタ切れなのかな? まあ、射ってもここまでは届かない」
「言わせておけば……」
王の財宝に関してなら、砲撃は十二分に効力を発揮していた。倉から宝具を射出しようとしても、出鼻を挫かれる。ほぼ光速のビームに、完全に速度で負けてしまう。アイアスの盾を展開すると、エアを揮う妨げになる。
近現代に英雄が生まれにくい理由は、武器の発展によるものである。刀槍や弓、馬術で秀でるためには、本人の資質と長年の修練が必須だった。しかし、引き金を引くだけで足りる銃、一発で複数の人間を殺せる爆弾やミサイル。乗り物は、馬よりも遥かに運用が容易くなり、地のみならず海や空をも制覇した。
ヘラクレスやクー・フーリンのような勇者でなくとも戦える時代になり、個人の武勇が戦局を左右しなくなった。個の力が同等なら、数を揃えたほうが勝る。
凡人が兵士となれるから、戦争の規模は大きくなり、長期間続くようになった。第一次、第二次世界大戦のように。ヤンの時代の百五十年戦争のように。
ヤン艦隊は、まさに『数』の究極といえた。神秘の格でも、威力でも劣る。しかし、個対多の戦闘において、もっとも差が出るのは手数なのである。一の百発百中よりも、百の百発一中が強い。そして、ヤン艦隊の砲撃の精密さは、宇宙に比肩するものがない。司令官の言葉に士気を高められ、砲撃がさらに密度を増した。
数多の白光の矢が、無音で赤と黒の渦に叩きつけられる。驚くべき練度であった。
言峰は、目を庇いながら呟いた。
「なるほど、ライダーではなくアーチャーというのは頷ける」
これほど密度の砲撃にも関わらず、言峰を見事に避けている。おそらく、完全な善意からではない。最後まで、契約解除という選択肢を引っ込めない気なのだろう。一緒に結界内に閉じ込めておいて、脅迫以外の何物でもない。
光の直撃を受けたギルガメッシュは、堪らずに目を眇めた。
「くっ……」
痛みを感じるほどの眩しさだ。攻撃自体の威力は無きに等しいが、視覚への影響は大きい。白い残像が眼裏に染みを作り、染みが折り重なって視界を塞ぐ。漆黒だった世界は、青白い輝きに満たされていた。
「これが貴様の戦か、魔術師よ」
宇宙と大地の違いこそあれ、征服王の『王の軍勢』と非常によく性質の宝具だ。マスターの能力の差によるものか、大聖杯を満たした魔力を取り込んでいるからか、堅固さは桁違いであるが。
「だが、所詮は真の戦場を知らぬとみえる。
再び、赤と黒の乱流が放たれた。星の群れへと突き進む。
「『盾』で殴り殺してやろうぞ!」
再び、ヤンの指示が飛ぶ。
「両翼は撃ち方止め。右翼二時、左翼は十時は方向へ前進。
中央部隊は天底方向へ移動。誤射に注意。急げ!」
砲火が減少したせいで、士郎たちは、固有結界の様子を再び見ることができるようになった。空中の凹が、その両腕を斜めに伸ばし、中央が沈みこむ。 魔術師の右腕、会心の艦隊運動であった。一瞬にして変形V字型の縦深陣が完成する。
「両翼、砲撃再開」
エアの斬撃に正対せず、左右が包囲して横撃を加える陣形である。ヤン直属の中央本隊は、地上のギルガメッシュへの牽制を続行する。
宇宙での艦隊戦など、過去の英霊にも現代人にも未知のものだ。だが、その動きの素早く鮮やかなこと、尋常ではない。それだけははっきりと分かった。
「なんだ、あれ!? な、なあ、遠坂。
アーチャーって、実はもの凄く強いんじゃないか……?」
凛からの応えはなかった。目を見開き、口も全開にして、心の底から驚愕している。その顔を見た士郎は諦めるしかなかった。当のアーチャーのマスターが一番驚いている。これじゃダメだ。
と、ただ一人驚愕していない者がいた。眉間に皺を寄せ、鳩尾をさすり始めた未来の自分だった。
それをランサーとセイバーが見咎めた。
「……そういやおまえ、ヤツの事を知ってるよな。よし、吐け」
「そうですね。とっくりと訊かせてもらいましょうか」
逞しい赤い肩を、左右からがっちりと掴む腕が二本。意匠は異なれど、青と銀に鎧われた筋力Bの主たちである。
「……正直、こちらが訊きたいが、
そんな呑気なことを言っている場合ではないぞ!」
衝撃波は左右から削られながら、凄まじい勢いでイゼルローンを目指していた。
「雷神の槌、発射用意。迎撃のタイミングはそちらに任せる」
淡々とした声が、エミヤの胃を痛めつけた。ヤン艦隊がヤン艦隊となる以前は、旧同盟軍にとって死と恐怖の象徴。そして、ヤン艦隊=イゼルローン駐留艦隊となってからは、不敗の方程式。
「はい、閣下。安んじてお任せあれ」
恭しく貴族的な返答は、薔薇の騎士の長のものか。
「――撃て!」
「撃て」
バリトンに応じて純白の雷が、テノールに導かれて銀色の流星が降り注ぐ。赤と黒と黄金に。渦流と雷が再び虚空で争い、流星が黄金の鎧に牙を立てた。渾身の一撃を放ち、ギルガメッシュの魔力の障壁が薄らいでいた。神秘の格差を手数で突き破り、黄金の王に白光の花が飾られる。あたかも弔花のように。
「ぐっ……くっ! 熾天覆う七つの円環!」
しかし、無尽の財は未だに健在。傷ついた身を、七重の花弁が包み込む。その陰でギルガメッシュは膝を突き、肩で息をついた。
「お、おのれ……。綺礼! 令呪を使え!」
「ふむ……。そうしたいのは山々だが、残りが一つになってしまってな」
「なに!?」
燃え盛る瞳が言峰を睨みつける。
「先ほどの凛の魔術の仕業だ。
キャスターか、征服王のマスターか、
どちらかの入れ知恵かはわからんが……、してやられた」
「何を言うか! 奴を斃せば、残るは烏合の衆よ。
サーヴァントとマスターを、尽く屠れば令呪などいくらでも……」
「アーチャーに勝つには、その剣で固有結界を切り裂くしかあるまい」
二度の斬撃を放った異形の剣は、輝きを鈍らせている。溶岩流が冷え固まりかけているようだった。
「だからだ。ここがどこか忘れたか? 洞窟の最奥だ。
奴は自らが負けても、私が死ぬ状況を作ったのだ。
さほどに惜しい命ではないが」
固有結界を切り裂けば、現実の事象が戻ってくる。地上で戦った征服王とは異なり、現実が彼らに牙を剥く。魔力の嵐は、洞窟の天井を吹き飛ばし、大量の土砂を落とす。
ギルガメッシュは傷つかなくとも、言峰を殺すには充分だ。大聖杯にも、少なからぬ被害が出るだろう。マスターと大聖杯を失って、ギルガメッシュが現界を続けられるかどうか。
「この状態で、令呪を使ったところで勝ち目はない。
まずは、貴様が勝機を掴まなければならん」
ギルガメッシュの瞳が、憎悪の輝きを放った。
「謀りおったな!」
あの男が、四次ライダーのマスターから得た情報を甘く見すぎていた。対ライダー戦で、ギルガメッシュはマスターと行動を共にしていない。
時臣の死を追求していたヤンは、それにひっかかりを覚えた。マスターの交代を糊塗するためだとしても、高威力の宝具を使うなら、言峰が同行したほうが有利ではないか。
マスターの交代が、ライダー主従にばれても構わない。二人とも殺してしまえばいい。ウェイバー自身がそう言っていた。あの場にアーチャーのマスターがいたら、自分は生きてはいなかったろうと。
では、マスターがいなくてもいい、いや、いないほうがいい理由があるのではないか?
その疑問に、軍人が出す答えはシンプルである。武器は適正に運用しなくては意味がない。戦艦主砲の操作を、砲門の前でやる馬鹿はいない。そういうことではないのか。
英雄王最強の宝具を、全力で使えないように追い込め。マスターと一緒に戦わざるを得ない状況を作り出せ。そのままでは勝てなくとも、勝算が成立するように準備を整えよ。
基本的にはバーミリオン会戦と同じだ。補給線を断ち、圧倒的な敵を何度となく撃破し、ついには総司令官を戦場に引っ張り出した一連の軍事行動と。
陰に潜む言峰主従に対して、公権力を動かして社会的な基盤を奪った。こちらに一人の犠牲も出さず、監禁されていた被害者らが救済されるおまけつきである。
そして、相手が逆襲したところを撃退し、逃れた先へ攻め込み、素早く逃げて、大聖杯での戦闘。この三連戦にも被害らしい被害は出していない。その後も、虚実織り交ぜた戦術で、粘り強く相手を翻弄した。
ヤンはあの夜の撤退戦後も、ここを決戦の地にすべく行動してきたのだった。 一回目の敗退にも犠牲を出さず、粘り強く防戦して補給線を叩いた五次陣営の戦略が、ついに彼らを追い詰めた。
「ええ、それがどうしました?」
王の非難に、魔術師は宇宙最強の台詞で応じた。嫌味たっぷりに。
「遠慮せず、全力を出していいんですよ。できるものならね」
「言わせておけば……」
剣を握る腕に力が篭もる。
「私が負けたら、あなたはともかく、言峰神父の無事は保証できません。
……父が言うには、三度言っても駄目だと、大抵駄目だそうですが、
もう一度うかがいましょう。英雄王の契約の解除をする気は?」
落日の瞳が、漆黒の空と言峰を交互に見やる。砲撃が止み、空は漆黒を取り戻し、銀の月が静かに見守っていた。
言峰が口を開く。
「随分な温情だな、アーチャー。強者の余裕か?
私にギルガメッシュを除かせれば、貴様が最強のサーヴァントだ。
無欲なふりで、聖杯を欲していたか」
「聖杯なんて要りませんよ。
あなたも含めた皆に、こんな戦いと縁を切って欲しいだけです」
言峰は不審な表情になった。
「私もだと?」
「ええ。あなたもある意味で、凛に桜君、士郎君たちと同じ存在だからです」
「なに?」
上げた眉が顰められた。
「教会のお墓を拝見しましたが、あなたの父上も十年前に亡くなっていますね。
前回の聖杯戦争と無関係だとは思えない。
あなたも聖杯戦争が生んだ、もう一人の孤児ではないでしょうか。
そう考えれば、あなたの行動も理解できなくはありません」
「貴様が私を理解するだと?」
黄金のアーチャーは、言峰に愉悦の在処へ導いた。では、黒白のアーチャーは、なにを齎すのか。
「凛の父を殺したのは、父上の復讐ですか?
遠坂時臣が聖杯戦争に巻き込んだせいで、
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに殺害されたから」
言峰の目が一瞬だけ大きくなった。
「……見てきたようなことを言う。
どうして断言できる。父は銃殺されていたのだがね」
イリヤは士郎の手を握りしめた。言峰が仄めかしているのは、衛宮切嗣犯人説だった。しかし、アーチャーは静かに自説を話し始めた。
「衛宮切嗣には、教会を敵に回すメリットがありません。
彼は御三家のマスターの一人ですし、セイバーの令呪には余裕がありました」
士郎とイリヤの視線に、セイバーがそっと頷きを返した。
「彼女からはそう聞いています。しかし、魔術ではなく銃殺でしたか……。
暗殺のエキスパートなら、日本で人を殺すのに銃は使わないと思いますが」
「何が言いたい?」
「だってそうでしょう?
ここは平和で、銃が珍しくて、相手は老齢の神父さんです。
建物ごと爆破すればいい。
預託令呪も霊地も潰せて、火の不始末による事故で片付くでしょう。
例のホテルのようにね」
言峰には二の句が告げなかった。衛宮士郎たちに、衛宮切嗣のやり口を告げたのは彼自身だ。
――ビルを爆破し、婚約者を誘拐し、騙し討してライバルを殺した。それを言峰が知っているということが、ヤンの疑念を招いたのだが、衛宮切嗣には、銃殺以外の手段があるということも示していた。
「むしろ、そうした技能を持たない人間の仕業だと思います。
ただし、銃を手に入れる財力などは持っていて、
それ以上に令呪を心から欲している。
三つの条件を満たすのは、先代エルメロイのみなんです」
言峰は右腕を見下ろした。預託令呪は焼け焦げて失せ、まだ痺れが残っている。
「やはり、言峰璃正神父は殺害されたのですね。
それを恨んで?」
「恨むだと? いいや、そんなことはない。父が死んだ時、私は――」
言峰の脳裏の隅で、なにかが声を上げた。
「もっと自分の手で苦しめてやりたかったほどだ」
あの日、何かが崩れ始めた。そして、遂に自分の悪性を自覚するに至った。幼い頃から、人の言う快や美や幸福が綺礼には分からなかった。
どうしたら自分も皆と同じように、喜びを、幸福を感じることができるのか。それを追い求めて、信仰の門を叩き、武道を修めた。しかし、わからなかった。黄金のサーヴァントに、愉悦の源を示唆されるまでは。
言峰綺礼は、人の不快に快を、醜に美を、不幸に幸福を覚えるのだ。アーチャーが再び問いかける。
「そうですか……。では、どうやって苦しめようと考えましたか?
あなたがその手で殺したかったのですか」
言峰は蓬髪を左右に振った。
「あの時湧き上がった衝動は、その程度のものではない」
「あるいは、あなたと一緒に苦しんで欲しかったのですか?
凛の父や教会よりも、息子のあなたの歪みと、
一番に向き合って欲しかったのですか?」
戦場の心理学者は、言峰の心にメスを入れはじめた。
「……なにを」
「そうでなかったら、別のことで時臣氏を恨みましたか?
あなたの父上は、あなたよりも彼と親しかったようだ。
資産家で、美しい妻と可愛い娘にも恵まれていた。
あなたは奥さんを亡くされ、お子さんとも離れて暮らしているそうですね。
これだけでも妬むには十分ですが、聖杯戦争に引っ張り出し、
父上を失う原因を作った」
言峰は言下に否定した。
「そんな俗な感情は私にはない」
そうであったら、長年に渡って苦悩はしなかったはずだ。苦悩を断ち切ったのは、十年前、英雄王が愉悦を追うことを是と語ったからだ。
しかしあの時、最初に興味を引いたのは、手に入らぬ女に執着する間桐雁夜の悪あがきではなかったか。時臣を裏切ることに、快楽を覚えなかったか。知らず知らず、嫉妬をしていたのか。
「……馬鹿馬鹿しい」
「そうですか。まあ、あなたの心の問題はさておき、
きちんと裁きを受けて、償いをしてほしいんです。
遥か昔の亡霊ではなく、今ある人々に心を向けてほしい。
あなたは生きているのだから」