Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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87:女優登場

 ギルガメッシュは後退を余儀なくされていた。いつしか、背後に洞窟の入口が迫る。彼のマスターに至っては、入口の壁で身を支えていた。無表情に右腕を押さえている。闇に紛れても、はっきりと顔色が悪くなっているのを、凛は見て取った。

 

 成功したのだ。この数日、苦心惨憺して考え抜いた魔術が。それは、苦みを伴う成功でもあった。

 

「――降伏しなさい、綺礼」

 

 夜の底に、澄んだ声が響く。

 

「サーヴァントとの契約を破棄し、リタイヤしなさい。

 監視役が機能していないから、代わりに警察に自首してちょうだい。

 魔術協会や聖堂教会の粛清よりはましでしょう」

  

 凛の勧告にも、言峰は悠然たる様子を崩さなかった。

 

「私の罪だと?」

 

「教会の子どもたちの監禁と虐待よ。あとは、お父様の殺人容疑」

 

「ほう、おまえも衛宮士郎のように私を疑うのか?」

 

 翡翠の瞳が冷気が降りた。

 

「ええ、疑ってた。今ので決定的になったわ。

 どう? 私なりに再現した、衛宮切嗣の魔術は。ちょっと、アレンジしてあるけど」

 

「――なに?」

 

 言峰主従のラインに、キャスターが掛けておいた魔術。凛はそれを利用して、英雄王を介して、言峰への攻撃を試みたのだった。

 

 狙いは委託令呪の排除だ。他者から入手した令呪は、本人の魔術回路から独立している。英雄王本来の令呪と、若干の違いはあるだろう。凛とキャスターはそう推測した。

 

 間桐の文献を引っくり返し、時計塔の講師に情報をせっついて、神代の魔女が監修を加えた。使用できる触媒(宝石)の数を考えると、心臓の再生よりも難しい。

 

 ぶっつけ本番。だが、凛は、アーチャーに相応しいマスターなのだ。才能に加えて、強運と勝負強さを併せ持っている。術は見事に成功し、狙いどおり標的を射抜いた。

 

 英雄王への一撃は、ラインを伝って言峰に襲い掛かり、彼が励起した魔力回路とは独立した委託令呪を削り取った。

 

 いけ好かない鉄面皮が、一瞬だけ驚愕に歪み、すぐに無表情に戻った。だが、凛にはそれで充分だった。

 

「英雄王はたしかに失敗してはいないわ。

 そいつとセイバーが戦っていた時、

 お父様と衛宮切嗣は戦ってなんかいないんだから」

 

 セイバーが答えるよりも早く、言峰が疑問の声を上げた。

 

「セイバーの言を、どうしておまえが知っている?」

 

 ギルガメッシュが激発した時、凛はまだ到着していない。凛の指が両耳に触れ、小型のイヤホンを外す。

 

「……ふむ、そういうことか」

 

「ええ、そういうことよ。こういううやり方も真似てみたわ。

 エルメロイ二世から伺ってね」

 

「エルメロイだと?」

 

 予想外の人名に、言峰は表情を改めた。

 

「その男は、衛宮切嗣が殺したランサーのマスターだ」

 

「そっちは一世。二世はライダーのマスターのほうよ。

 さすがに覚えてるでしょ、英雄王さん。

 彼もね、今は時計塔の講師なの」

 

 凛は、コートのポケットから、警察のお知らせを取り出した。紙を広げ、女性の似顔絵を二人に向ける。

 

「これを送ってたら、上から対応役を押し付けられたんですって。

 でも、色々と教えて下さったわ。

 アサシン、キャスター、ランサーの脱落後に、

 征服王と英雄王が戦った時、お父様の姿は見ていないって」

 

 冷え冷えとした視線が、ギルガメッシュに向けられた。

 

「嘘じゃないと思うわ。

 セイバーも、あなたが誰のサーヴァントか知らなかったもの。

 単独行動スキルを活かす戦術だけど、

 そうすると辻褄が合わなくなる」

 

 赤いコートが地に落ちた。凛が脱ぎ捨てたのだ。実に自然で優雅な所作で、敵の視線も釘付けにする。凛は、セーターの左袖をまくり上げた。

 

 現れたのは、抜けるように白い肌だった。セーターの袖の赤、魔術刻印の蒼白い線画。どこか例の万暦赤絵にも似ている、遠坂家五代の魔道の結晶。

 

「どうして、これがわたしに伝わったのか。

 あなたとセイバーの戦いの直後に、あの一帯は大火災に見舞われた。

 お父様がその時に死んでいたら、遺体は焼けてしまったでしょう。

 この魔術刻印だって、継承できなかった」

 

「何が言いたい?」

 

 思いがけない切り口が、ギルガメッシュの手を止めさせた。

 

「セイバーがあなたと戦っていた間、マスター同士も戦ってたとわたしは思ってる。

 お父様が負けて死んでしまったなら、誰が遺体を回収してくれたの?

 五百人も亡くなって、一キロ四方が焼け野原になった火元から!」

 

 ギルガメッシュは呆れ顔になった。

 

「なに今さら……詮無きことだ」

 

 凛が話す間にも傷は癒え、再び財宝の門を開こうとしていた彼を言峰は制した。

 

「待て、ギルガメッシュ。言わせてみろ」

 

「綺礼、お父様と一緒に士郎のお父さんと戦ってた?」

 

 言峰は肩を竦めた。

 

「私が何か言ったところで、おまえは信じるのか?

 おまえの考えはどうだ、凛?」

 

「あんたとお父様が共闘してたら、死んでるのは衛宮切嗣よ。

 セイバーの鞘の加護があったとしても」

 

 凛は、士郎の怪我を思い返して語った。バーサーカーに負わされた傷が、瞬く間に治癒した士郎だが、弓道部のいざこざの元になった怪我は、治るまでに相応の日数がかかったそうだ。鞘の加護の発現には、セイバーの現界が必要条件だということだろう。

 

 そして、バーサーカーが負わせたのは瀕死の重傷ではあったが、人体が原型を留めなくなるようなものではなかった。――だが。

 

「真名開放をしないと、傷は負うのよ。

 相手が銃使いなら、きっとお父様は初手から大魔術を使う。

 あんたがサポートしてたら、魔術が直撃してるわ」

 

 衛宮切嗣が使う銃よりも、魔術は速度で劣る。しかし誰かの、例えば腕利きの元代行者の援護があれば、その差は簡単に覆る。対人戦闘における二対一の差は、それほどに大きい。

 

「全身が粉々になって、再生できるとは思えない。

 あんたの攻撃なら、復活できなくははなさそうだけど、

 それでも二度目の蘇生は無理ね。

 どっちかが止めを刺すでしょうから」

 

 言峰は反論しなかった。

 

「それに疑似的な不死は、セイバーがいなくなれば消えるんだわ。

 だって、士郎のお父さん、五年前に亡くなっているんだもの」

 

 士郎は拳を握りしめ、イリヤがその手をそっと包む。

 

「マスターとサーヴァント、二組の戦いがあったのはほぼ同時刻。

 セイバーの戦闘中に、衛宮切嗣は令呪で聖杯を破壊させてる。

 直後にセイバーは消滅した。合ってるかしら?」

 

 セイバーは唇を引き結び、頷いた。  

 

「彼が士郎を助けたのは、その直後よ。

 鞘の加護が消えるまでの、ほんの短い間だわ」

 

 ランサーが士郎と凛に交互に目を向け、得たりとばかりに頷いた。

 

「なるほど、そいつが坊主に古傷がねえ理由だな」

 

「でも、最大の疑問は残ったままよ。

 衛宮切嗣が、わたしの父と綺礼、二人を相手にどうやって生き残ったのか。

 ……二人とは(・・)戦っていないからよ。 

 生き残ったのは彼だけど、負けたのはお父様じゃないわ」

 

 凛は右手を持ち上げた。ほっそりとした指が前方の一点を指す。

 

「彼に負けたのはあんたよ、綺礼。

 お父様は、ライダーやセイバーと顔を合わせていない。

 アサシンはライダーが、キャスターは、セイバーたちみんなで斃してる。

 ランサーのマスターは、衛宮切嗣が殺した」

 

 士郎とイリヤは、いつしか手を握り合い、凛の糾弾に聞き入っていた。

 

「エルメロイ二世から聞いたのよ。死因は銃殺だったって。

 でも、魔術回路や刻印まで破壊されてたそうよ。

 きっと、銃が衛宮切嗣の礼装だったんだろうとおっしゃっていたわ。

 魔術回路や刻印を損なう効果がある、ね」

 

 凛はそれを再現した。父から受け継いだ刻印と、自身の才はもちろん、先達たちの知識と情報抜きには不可能だっただろう。

 

「衛宮切嗣に負けて死んでいたら、この刻印は継げなかった。

 お父様を殺したのは、衛宮切嗣じゃないわ」

 

「……ほう」

 

 言峰の声が更に低められた。

 

「衛宮切嗣と戦ったのは、アーチャーのマスターだけれど、遠坂時臣とじゃなかった」

 

「たしかに今は私のサーヴァントだが、それを以って結論を出すのは早計だな。

 いま一騎、バーサーカーの可能性はどうだね?」

 

 もってまわった台詞に、凛は片眉を上げた。

 

「へえ、バーサーカーねえ……」

 

「彼だけはあり得ません」

 

 セイバーが言下に否定した。

 

「彼は私と全力で戦い、魔力切れで消滅しました。

 アーチャーと戦っても、同様の結果だったでしょう。

 私より先に戦っていたら、私と戦いようもない」

 

 セイバーの体感時間で、まだ一月も経っていない痛みの記憶。最も信頼し、だが裏切った湖の騎士。サーヴァントとして召喚された彼は、心を捨てた狂戦士となって、

セイバーに再び剣を向けた。あの絶望と衝撃を前に、考えることもできなかった。

 

――だが、今は。

 

「私との戦いの後なら、なおのこと不可能です。

 バーサーカーを失って、どうして英雄王に守られた者を殺せるのです!」

 

 彼女が手にする、聖剣のごとき一刀両断であった。

 

 凛はギルガメッシュをひたと見据えた。

 

「だ、そうよ。

 バーサーカー主従が犯人なら、あんたは救いようのない間抜けってことね」

 

「……貴様、我が間抜けだと!?」

 

 眦を引きつらせるギルガメッシュを意地悪く観察しつつ、凛は続けた。

 

「あら、それ以外に聞こえたかしら?」

 

 この問いは、実のところ逆効果でしかなかった。凛たちは、前回の参加者から複数の証言を得ることができたからだ。犯人探しには、消去法を使うのが効果的だ。

 

 話を聞いて、アーチャーが最初に容疑者から外したのはライダー主従。次がバーサーカー主従であった。

 

「でも、無能者のほうが裏切り者よりはましだわ。

 お父様が亡くなったのに、あんたがこうしてここにいること。

 この刻印が、わたしにきちんと受け継がれたこと」

 

 この腕に宿る、遠坂時臣の最高の遺産。

 

「どちらもお父様が市民ホールで戦わなかった証拠よ。

 お父様は、もっと前に亡くなってたのね。

 たぶん、ライダー戦の前には」

 

 アーチャーと凛は情報の断片を集め、丹念に繋いで、過去を読み解いたのだ。

 

「色々な情報を繋ぐと、そういうことになる。

 だから、お父様を殺して、英雄王と再契約できるチャンスがあるのは、

 ……言峰綺礼、あんただけなのよ!」

 

「――見事なものだ。

 魔術師ではなく、まるで探偵だな。だが、それが今さら何になる?」

 

 凛は、兄弟子であり、後見人であった男に目をやった。彼の顔ではなく、足元に目を落として、もう一度降伏を勧告する。

 

「あんたに、裁きを受けさせることはできるわ。

 さっきも言ったけれど、英雄王を自害させて、警察に自首してもらえない?」

 

 言峰は失笑した。

 

「おまえらしくないな、凛。

 仇を前にしたら、復讐を考えるのがおまえだろうに」

 

 凛はさらに俯いた。暴れ狂う内心を押さえながら、声を絞り出す。

 

「あんたには、わたし以外にも償うべき相手がいる。

 ……この十年、あんたにはそれなりに世話になったわね。

 あんたのお陰だけじゃないけど、わたしは決して不幸じゃなかった」

 

 誕生日に繰り返して贈られる、同じデザインの、ぴったりサイズの合った服。どんな成績を取ろうが無関心なくせに、きちんと納められる学費。後見人の義務を果たしているだけかもしれない。だが実の親といえども、心を壊した葵には出来なかったことだった。

 

 凛は勢いよく顔を上げた。

 

「それと同じ間、あの子たちはどんな目に遭ってた?

 そう考えると堪らなくなるの」

 

 ――戦いを重ね、勝ち進むたびに、増えていく敵味方の死者。死者に数倍するだろう遺族の悲嘆。寝付けぬ夜が続き、紅茶とブランデーの割合が徐々に逆転していく。

 

 凛が夢で垣間見た、アーチャーのもう一つの戦いだった。人の心を誰よりも読み解けるからこそ、誰よりも強く、多くの人を殺せる。

 

 ずっとささやかだけれど、凛は彼と同じジレンマを味わった。第四次聖杯戦争の謎に迫るために、死者に問いかけては、自らの思考で内側から突き刺されるのだ。

 

「あんたを殺したら、あんたの家族もわたしに同じことを思うでしょう。

 そんなの真っ平よ!」

 

「……なるほど、おまえの言い分は理解した。だが、我々がそれに従うと思うかね?」

 

「思わないわ。だから、そうしたほうがいい状況を作ることにしたの。

 あんたたちの行動が読めるなら、先回りなんて簡単だと思わない?」

 

 凛は、耳から抜いたイヤホンのコードをくるくると回した。

 

 言峰は眉を顰めた。学校に行くふりをした士郎たちには、充分な時間があった。たしかに、盗聴器の設置もできたろう。言峰らを呼び止めたのが、盗聴器を仕掛けた地点だったのだ。

 

 奇術師が、客の選ぶカードを巧みにコントロールするようなものだ。現代戦に適応し、精通した、衛宮切嗣を思わせる戦法だった。

 

 だが、実子の魔術師にも、養子の高校生にも出来るとは思えない。可能な者がいるとすれば……。

 

 言峰は左右に目を走らせた。いるべき者がいない。

 

「凛、おまえのアーチャーはどうした」

 

 桜色の唇が、上弦の月を形作る。

 

「なんのための単独行動スキルだと思ってるの?

 朝からここにいたのは、士郎たちだけじゃないわ」

 

 細く形のよい顎が言峰を指した。

 

「というか、あんたたちをここに来るようにしたのよ」

 

 いや、正しくは言峰の背後。闇の奥にある大聖杯。言峰は肩を揺らし、低く笑い声を上げた。

 

「ほう、なかなか威勢がいいな。ハッタリだとしても立派なものだ」

 

 聖杯に蟠る黒い泥は、サーヴァントにとって致死の毒。 

 

「おまえのアーチャーは、たしかに賢い男だ。

 この前の戦いで、それぐらいは見抜いているだろう。

 わざわざ危険を冒すとは思えんのだよ」

 

 凛は髪を掻き上げ、艶然と微笑んだ。

 

「あら、信じないわけ? ま、無理もないわよね。

 あんたたちを追い詰めてるのは、わたしたちより警察だものね」

 

 ギルガメッシュの眉が吊り上がったが、凛は無視して続けた。これはマスター同士の交渉だ。兄弟子の力量を凛はよく知っている。魔力の量は魔術師としては平均的。亡き父に及んでいない。その父が呼んだ英雄王を、委託令呪ぬきで使役し、戦い続けるのはもう限界だろう。

 

「でもね、わたしのアーチャーはあんたの言うとおり賢いの。

 だから生前の反省点を改善するわけなのよ」

 

 長い睫毛の下で、翡翠が意味ありげに煌めいた。

 

「……どういう意味だ、凛」

 

「アーチャーに言わせると、いくら戦場で勝ってても、

 最重要拠点を落とされたら負けなんですって。

 あいつの国は、戦力が足りなかったからそれで負けたの。

 敵国の親玉を叩きのめす寸前に、その部下に首都を攻められたってね」

 

 凛は飛び切り人の悪い笑みを浮かべた。

 

「今はせっかく人手があるから、自分でやってみたいんですって」


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