Fate/sn×銀英伝クロスを考えてみた   作:白詰草

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7:混迷

「あ、あの……?」

 

 衛宮士郎のサーヴァントは、急展開を呑み込めていないようだった。聖緑の視線が、銀髪と赤毛、長さの異なる黒髪の間を彷徨う。

 

 黒髪のアーチャーが労わるような表情を浮かべた。

 

「なにやら因縁があるようだが、とりあえず彼を室内に入れてあげよう」

 

 アーチャーことヤン・ウェンリーは、小柄な少年を肩に担いだ。生前の十倍の腕力は大したもので、人ひとりが枕程度の重さにしか感じない。再び学生時代を思い返して、遠い目になるヤンだった。この腕力があれば、白兵戦技のテストも、もうちょっと楽勝だっただろうに。

 

「怪我が治っても、肺炎で死んだら困るじゃないか。

 ええと、セイバー、霊体化して内側から鍵を開けてくれないかな」

 

 青年の申し出にセイバーは頷き、ややあって美しい眉を顰めた。

 

「……霊体化ができないようです」

 

 遠坂凛は首を傾げた。

 

「え? ……まあ、無理もないかも。マスターがそんな様子じゃあね」

 

「では、私が失礼して鍵を開けさせてもらおう」

 

 これはバーサーカーにはできない。室内で実体化したら、頭が天井を突き破るだろうから。アーチャーは少年をセイバーに託すと、霊体化して戸をすり抜け、実体化して内側から鍵を開けた。すると、軍服とスカーフが元に戻っている。

 

「不条理だよなあ。霊体になると服は戻ってるし。

 でも飲み食いしたものはどこかに消える。どうなっているんだろう」

 

 首を捻りながら戸を開くと、小柄なセイバーがマスターを姫抱きにして立っていた。とても男前な立ち姿である。アーチャーはさらに首を捻った。

 

 英霊の姿は、その人物を特定するのには役立たないと、ランサーの姿から学んだヤンだ。伝承によると、古代ケルト人は、出陣の際に裸身を青く染め、石灰の塗料で加護のルーン文字を肌に描いたという。その概念が、召喚者のイメージなり、聖杯のコピー機能なりで、全身タイツへと変貌したのではなかろうか。

 

 一応の根拠はある。槍を武器とする西欧や中近東の名だたる英雄は少ない。彼のマスターは、クー・フーリンを呼び出すつもりで触媒を準備したことだろう。

 

 一方、遠坂凛はヤン・ウェンリーを知らない。触媒も偶然あった万暦赤絵の壷だ。なのにヤンは、ほぼ生前の姿で召喚されている。大分若返っているけれども。

 

 だから、セイバーの色鮮やかな装束も、生前身に着けていたものとは限らない。鮮やかな青のドレスから判断するなら、藍が伝播した中世以降のものだと思うが、だいたい千年間ぐらいが候補になる。

 

しかし、これも怪しいものだ。例えば聖母マリアは、絵画では赤と青の服を身につけている。だが、紀元一年のころの大工の妻が、そんな服を着られるはずがない。宗教的な象徴を取り入れて、後世の画家が創作したのだ。

 

 女騎士というと、ジャンヌ・ダルクが有名だが、彼女は村娘だった。あんな全身鎧を身につけて、滑らかに動けるとは考えにくい。増した力とは関係のない、挙措動作の慣れというやつである。彼女の動作は男性的だ。つまり、さっぱりわからない。

 

「う~ん、今夜は文献を当たろうと思っていたんだがねえ」

 

 靴を脱いで、日本家屋に上がり込む。これも聖杯の賜物。なんとか誤魔化して学習法として売ることができれば、確実に巨富を得ると思うのだが。

 

小柄なセイバーは、力こそアーチャーに勝るが、自分よりも背の高い少年を抱えて歩くには腕の長さが足りないようだ。それを横抱きにしているものだから、廊下の壁にマスターの頭をぶつけかねない。

 

「セイバー、その抱き方はよくないよ。肩に担ぎあげた方がいい。

 いや、やっぱり私が代わろう。

 怪我人をその甲冑の肩に担ぐのはかわいそうだ」

 

 少年はふたたびアーチャーが運ぶことになった。

 

「文献ってなんの?」

 

 雪の妖精が、ひょっこりと下から覗き込む。バーサーカーは霊体化させてくれたようだ。

 

「ああ、私たちは第四次聖杯戦争を調査しているんだよ。

 私は、この聖杯というものが、どうにも信用できなくてね」

 

 これに、セイバーが顔色を変えた。

 

「何が信用できないというのか、アーチャーのサーヴァントよ」

 

「要するに、たった六人の人間の命で、なんでも願いが叶うというところが。

 私の父は船の事故で、乗組員ごと事故死した。あの時の死亡者数は十五人だった。

 その半分にも満たない犠牲で、そんなに都合のいいことは起こらないと思うんだ」

 

「あら、サーヴァントの命だってそうじゃない」

 

「サーヴァントの命、ねえ」

 

 アーチャーは苦く笑った。

 

「命という点なら、私たちは勘定に入らない。結局は幽霊のコピーだからね。

 私なんて、国を守るためにどれほど人を殺しただろうか。

 でも、願いなど叶わなかったよ。

 たった十数年の平和でよかったんだがね」

 

「私も国を守るため戦った! そのために聖杯が必要なのです」

 

 アーチャーことヤン・ウェンリーは首を傾げた。

この十五歳ほどのセイバーは、欧州の英霊だと思われるが、ゲルマン系やスラブ系ではなさそうだ。金髪だからノルマン人の血を引いているかもしれないが。

 

 だが、こういう甲冑の騎士のいた時代は、中世ヨーロッパ。六世紀から十五世紀ほどの間である。中間時期をとっても千年前だ。二十一世紀の聖杯で彼女の国が救えるものなのか。聖杯は、時間にさえ干渉できるのか。とてもとても疑わしい。

 

 光速の壁を越えて、三千光年を二十日で踏破する千六百年後でも、時は進むのみで後戻りはできない。マスターによれば、英霊である自分は時間から切り離された『座』にあり、だから時を越えられたのだと。このあり得ぬ奇蹟を、素人歴史家として楽しんでいたのだが、なにやらきな臭いものを感じる。

 

「私はこの時代に来られただけで満足だし、伝説の英雄に一人は会えた。

 その、ちょっとイメージとは違ったがね……」

 

 光の御子、クー・フーリン。ヤンにだって理想のイメージというものはあった。美しくも猛々しい、黒髪に青い瞳のブラックアイリッシュの戦士。白いリネンのローブを飾る、ルーン文字を象った百の黄金のブローチ。そういう感じの。

 

 実物が全身青タイツだなんて、あんまりにもあんまりだ。幻想が丸潰れ(ブロークン・ファンタズム)である。絶対にコピーのエラーに違いない。そういうことにしよう。歴史マニアの精神のささやかな安定のためにも。

 

「私は聖杯はいらないよ。

 従って、マスターの安全が叶うのなら、君たちと敵対するつもりはない。

 というよりも、私なんて敵にもならない。違うかい?」

 

「ちょっと、なに勝手に話を進めているのよ!」

 

 上がり込んで、少年を横にできる場所を探していた凛が、奥の部屋から声を荒らげる。

 

「でも、こちらのフロイラインの従者を見ただろう。

 彼に私が勝てると、一かけらでも思うんなら、私は君の正気を疑うよ。

 自慢じゃないが、私は首から下は役立たずだと先輩に言われたことがある」

 

「馬鹿なこと言わないでよ。自慢じゃないどころか恥じゃないの!」

 

 遠坂主従のかけあいに、イリヤスフィールは吹き出した。

 

「あらあら、セイバーには勝てるの」

 

「いや、それも無理だが、私とマスターは一応彼女のマスターの恩人だろう。

 騎士たるもの、相応の礼を尽くすべきじゃないのかな」

 

 セイバーは反論の言葉を封じられた。このアーチャーは、実に嫌なところを狙ってくる弁舌の持ち主である。しかも、これはまったくの正論であった。騎士道に背いた行いにより、剣を失ったことのある彼女にとって、急所を突き刺されたに等しい。

 

「凛、その部屋でいいのかい」

 

「ええ、布団も敷いたわよ」

 

「いや、そのまえに着替えさせよう。

 なにか敷物と湯とタオルを。あとハサミとゴミ袋も」

 

 凛は顔を強張らせた。

 

「ハサミって……」

 

「この制服はもうだめだよ。クリーニングに出しても落ちないし、大騒ぎになる。

 フロイライン、彼との話次第では弁償してくれるね?」

 

「じゃあ、わたしが切ってあげましょうか」

 

「それも駄目。怪我をさせないように服を切るにはコツがあってね。

 なにより、こういう汚れ仕事はレディには似合わない。

 血液は感染源だからね。処置は病死しない幽霊の方がいいのさ」

 

 このくらいの社交辞令は、アーチャーも言うのだった。中身は33歳、パーティーなどではそれなりに肉食系女性をかわしてきたのである。

 

 この白銀の妖精も、ちゃんと淑女として遇するべきだろう。貴族号をもち、千年も孤高を誇った名門。それは婚姻などによる、財産の補充は必要ないということだ。さぞや金持ちでプライドが高いだろう。だが、権威は権威を尊重する。そこらが落とし所ではないだろうか。

 

 レディ扱いされて、イリヤスフィールの表情がほんの少し緩みかけた。

 

「バーサーカーは強くて優しいんだけれど、たった一つ欠点があるの。

 おしゃべりができないのよ。リンはいいわね」

 

「いやいや、こちらのセイバーは綺麗で強い。凛は彼を羨ましがると思うよ。

 召喚されたとき、セイバーが良かったって言われてしまったからね。私も同感だ。

 私がサーヴァントを持つ側なら、冴えない男より、

 美しく凛々しい女性騎士の方がいい」

 

 気まずそうに沈黙するエメラルドの瞳に水を向けたつもりだったが、返ってきたのはルビーの瞳からの弾劾だった。

 

「でもそのセイバーは裏切り者のウソつきよ。

 ……守ると、わたしのところに帰してくれると誓ったのに。

 お母様はそう言ってたわ!」

 

「そんなっ……聞いてください、イリヤスフィール!」

 

 またもや修羅場が演じられそうな気配である。頼まれた物を運んできた凛も困惑しきっている。アーチャーは、まだ意識を取り戻さない少年の頬を軽く叩いてみた。

 

「そのね、申し訳ないけれど、そろそろ起きてくれないかなあ」

 

 当然、答えはない。アーチャーは溜息をついて、修羅場の上演者らを追い出しにかかった。

 

「じゃあ、着替えをさせようと思うので、レディは席を外してもらいたいな」

 

「それはできません。私はサーヴァントとしてマスターを守らなくては」

 

「うん、まあその方がいいか。騎士なら血は見慣れているだろう」

 

 アーチャーは、あっさりセイバーの申し出を受け入れた。彼女とイリヤスフィールを分断することが、まずは重要だと判断したのである。凛も彼の心話を受け取り、密かに共同戦線を形成する。

 

「ここはアーチャーに任せてよ。

 あれでも軍人だから、けっこう手慣れてるみたいだし」

 

 凛が促して、ようやくイリヤスフィールは立ち上がった。セイバーに強烈な一瞥を投げると、無言で部屋を出ていく。

 

「やれやれ、君たちは相互理解が必要そうだね。

 この子の父も衛宮、あの子の父も衛宮、君のかつてのマスターも衛宮。

 そして名前は、すべてキリツグじゃないのかな」

 

 なかばセイバーに聞かせるように呟きながら、まずは顔を汚した血を拭う。次に、少年の汚れた制服をハサミで切り、ゴミ袋へと詰めていく。年齢の割に鍛えられた、少年の上半身が露わになった。皮膚にべったりと付着している血に、アーチャーの眉が寄る。

 

「やはり、皮膚を損傷するような、激しい変形を伴う骨折があったんだ。

 どうして治るんだ。

 十分ほどで出血と呼吸困難で死にいたる傷のはずなのに」

 

 胸部を拭き清めると、また側臥位にさせる。背中の血にもなんとも言えない表情になった。

 

「これは、肩甲骨と背骨も折れたな。どうやって、あそこまで這えたんだろう。

 この子は平和な日本の、普通の学生のはずなのに。なぜだろうね」

 

「アーチャー、あなたは医者なのですか」

 

「いや、違う。軍人だから、人を殺すのと救うのと、双方の知識を学んだだけだよ。

 人体の急所を知る点では、表裏一体だからね」

 

 致命傷を負いながら、冷静に止血を行ったヤンである。恐らくは助からないと、はっきり認識しながらも。

 

 そして、この少年の怪我の痕跡から推測するに、肺が血で充満するような出血を起こしたはずだ。その量は一リットル前後、呼吸不全と出血性ショックを起こし、十五分以内に死亡する。

 

 だが、今は血色もよくなり、体温や呼吸、脈も平常。重ねて言うが、ありえないのだ。それこそ魔法でも使わないかぎりは。

 

「いやはや、上着も駄目だが、ズボンも駄目だね。もったいない」

 

 土蔵の石の床を這ったので、ズボンの膝や腿の布地が擦り切れ、穴が開いていた。これも脱がせてゴミ袋に突っ込む。そしてようやく、新聞紙を敷いた畳の上から布団へと移動させ、凛が出したパジャマを着せてやった。

 

「やっぱり、腕力があるって楽でいいなあ。……あ」

 

 やはり、これだけの動作をさせれば意識を取り戻しもするだろう。夕日色の短めな前髪の下、潔癖そうな印象の眉が寄せられる。瞼が動き、琥珀の瞳が姿を現し、何度か瞬きを繰り返して、覗き込む黒髪黒目の青年に焦点が合う。

 

「………じいさん?……」

 

 まだ意識がはっきりしない少年の、罪のない一言だったが、難しい年齢だったヤン・ウェンリーの心をざっくりと切り裂いた。

 

「ひどいっ……。それはあんまりだ……。私だってまだ若いんだ。

 実際の歳だって、世間から見たら若いだろうそうだろう」


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