三度目のミト   作:アルポリス

9 / 14
 既にハンター試験合格間違いなしのミトはもう息子を見守っていればいいさ。

 そんなお話でも見てやるんさぁ、と言う方はどうぞ。



 ちなみに。
 
 403、レオリオ 404、クラピカ 405、ゴン 406、ミト 

 44、ヒソカ 99、キルア 294、ハンゾー 301、針男 

 


ミトと委員会が運営するホテルでの話

 四次試験の終了を告げるアナウンスを聞いて集合場所に辿り着いたミトこと私はどうやら一番乗りだったようだ。後から続々と集合してきた面々の中で共に過ごしてきた仲間達の姿を視界に捉えると取り敢えず安堵の息を吐きだした。皆、遠目から見た限りボロボロの姿であるが大きな怪我はしていないようである。

 

 視線が息子に向かうと私は違和感を抱いた。心なしかゴンの様子が正常とは違う気がするのだ。それは母親としての勘か、今もキルア君とお互いに笑顔で讃え合っているのにどうしてもその笑顔に陰りが見えてしまう。

 

 そう言えば三次試験以降ゴンとは殆ど一緒にいなかったような気がするわ。何かあったのかしら。

 

 少なくとも二次試験までは笑顔に陰りなど見えなかったので考えられるのは飛行船での出来事が理由か、それとも私の知らぬ三次試験で何かあったのか、私のあずかり知らぬところで息子の心情に何かあったのは明白である。僅かな差異に見えるが、伊達に赤ん坊の頃から母親をやっている私としては目に付くほどの変わりようだ。

 けれど、明確な理由が分からない以上下手に指摘してその笑顔を更に曇らせるのは母親として本意ではない。そして出来ればゴン本人が笑顔を曇らす障害を突破するのが望ましいだろう。

 

 少し様子見して、どうしても見過ごせなくなった場合は……家族の出番になるのかしら。

 

 母親として大まかな算段を決めると笑顔でそれを隠しながら彼らを出迎えた。

 

「皆無事に合格したようね」

「あ、お母さん!! うん、レオリオもクラピカも合格したよ。キルアもだよね?」

「ん? ああ、簡単すぎて欠伸が出るほどだったぜ」

「そのようね、キルア君は綺麗な格好だもの、ゴン達とは大違いだわ」

 

 キルア君の服は殆ど汚れがない。やはりあの後簡単にプレートを奪取して期限日まで危機もなく過ごしてきたのだろう。

 

「そりゃねぇぜ、ミトさん。オレらは大変だったんだよ、あの奇術師みたいな奴に出会うわ、蛇に噛まれて死にそうになるわ、まったくもって散々だった」

「大げさな、あのヒソカという男は別に危害を加えたわけでは無いだろう。理由は分からないが、酷く静かで殺気など微塵も感じなかったからな。むしろ散々だったのはゴンだ。何千という蛇に噛まれながらも血清を取って来てくれ、更に私達を担いで洞穴から脱出してくれたのだから」

 

 レオリオが必死にする説明に尽かさず指摘をいれたクラピカの説明によればどうやらこちらは散々の冒険を行ってきたようだ。あのヒソカも私が面倒くさいながら口にした約束を律儀に守っていたようで、叶えるつもりは無いと思っていた私としては少し罪悪感が浮上する。

 

 一応、再戦も考慮しておいた方が良いかしら……でも、あの子の発する力の事象は粘着質で気持ちが悪いのよね……年に一回くらいがちょうど良いんだけど……まぁ、その時になったら考えましょう。

 

 先送りとも言うが私はあまりあのヒソカと戦いたくないのだ。初めて戦ってみて思ったのは単純にしつこいという言葉に尽きる。戦いのさなか突き刺さる視線も然ることながら攻撃の一つ一つがしつこいうえに執念深さを感じさせるのだ。それに付き合うとなるとこちらの疲弊が何倍になる考慮をしなければならない。強者を求めている私としても出来れば避けたいと思ってしまうほどである。

 

 ぶっちゃけて、あの子の相手は三十を過ぎた私にはくどいのよね。元々私の好みはあっさり風味だし。

 

 内心でヒソカをそのように考察しているとスカートをクイっと引っ張られ、それを行ったキルア君に意識を向けた。

 

 キルア君は少し考えるそぶりを見せながら口を開く。

 

「なぁ、おばさんさ、ホント何者なわけ?」

 

 何を言いたいのか理解できない私が首を傾げると少し表情を青くしたキルア君は続ける。

 

「ゴンが言ってたんだけど、おばさんの全盛期は大陸一つを簡単に破壊できるほどの強さだったのか?」

 

 そのように言われて昔酔ったときゴンにそのようなことを言った様な気がするのを思い出した。けれどそれは私がもっとも強かった時の話である。残念ながら今生ではその『時』に辿り着くとは皆無と言えよう。

 

「そうねぇ……」

 

 私が最も強かったのは一度目の転生、二度目のミトである。あの頃の私ならば大陸一つくらいなら破壊できただろう。もっとも力を溜める時間も必要だったので、いざ実践となると相手の邪魔が入るだろうから難しいし、最初のミトと言う一般的な考えがあったので実際実行したことはない。

 前世で私と血の繋がった弟達の中、末の弟はそれぐらいの力を平然と扱っていたような気がするが、それは前世の世界でそれが当たり前になるほど敵対する勢力が多かったからである。決して弟自身が望んだわけではないはず……いや、過去を美化しすぎたようだ。弟は強者を求めるような、今考えるとある意味弟は常識的な戦闘狂だったような気がしてならなかった。

 

 脱線しかけた考えを戻して私は答える。

 

「否定はしないとだけ言っておくわ。確かに『全盛期』なら出来たでしょうが、今は絶対に無理だし、出来てもやらないわよ」

 

 それでもキルア君の表情は青いままだ。何が彼にそうさせるのだろうか、僅かの間黙り込んでいたキルア君は再び口を開く。

 

「……じゃあ、ククールマウンテンなら出来るか?」

「どうしてその場所をチョイス……そう言えば酔った時対象としてパドキア大陸を出したんだったかしら……そうね、答えるなら今の私でも出来るわよ」

 

 そう断言するとキルア君は驚愕してその顔を白くさせた。

 

「但し、時間を掛けるという前提のもとよ、流石に予備動作も無く一瞬となると流石の私でも無理だわ。実践となれば更に難しくなるんじゃないかしら。敵がその隙を待つとも思えないものね」

 

 私の言葉にキルア君は引き攣った笑い声を上げた。驚愕から戻ってきたようで表情も戻り始めている。

 

「あはは、そ、そうだよな、いや出来るって言うのが凄いけど、世界を探せばおばさんの様な人はいるはずだし」

「そうかもしれないわね」

 

 そうだったら嬉しい限りだ。前世の弟ほど戦闘狂ではないが、強い相手と戦えるのは私の望みでもあるのだから。ホント前世からの根強い本能は早々消えないものだ。

 

 

 最後の合格者―――針を顔中に刺した男がやって来た頃を見図ったかのように飛行船が空に現れ、私達合格者一行は島から最終試験会場に向かうことになった。

 

 

 先ほどキルア君に言った通り、確かに時間を掛ければ出来ると言ったが、正確な時間までは告げていない。実際掛ける時間など力を溜めるのと力を発動する予備動作だけで一分も掛らないのだが、告げなくて正解だっただろう。折角戻った表情をまた逆戻りにさせてしまうのは小さな子をいじめているようで忍びない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船の中に設置されている個室に今回の試験で試験官であったハンター達が会長と共に食事をしながら合格者談議に花を咲かせていた。

 

「ほっほっほっ、八人中七人が新人とは豊作じゃ」

 

 髭を何度も撫でながらご機嫌に酒を嗜む会長の言葉に口一杯にして食べ物を頬張るブハラが飲み込み終えると前例があるのか聞いてきた。

 

「ふむ、十年くらい新人の合格者がでないとその分有望な新人が爆発的に現れる。それが今回というわけじゃ。わしも会長になって四度目になるかのぅ」

 

 マメの様な男―――マーメンとメンチが会長の年齢についてコソコソ会話する中、酒を嗜んでいたリッポーが話題を提供してきた。

 

「どうです、皆さんは新人の中で有望と思える者はいましたかな?」

「ほう、酒の肴には丁度良い話題じゃ、流石パイレーツオブアレンビー君」

「百歩譲ってパイナップルは分かるとして……いや、本当は分かりたくも無いが髪形で連想出来るものだからな。だが、パイレーツになったら外国語で海賊だし、アレンビーはどっから来た!? オッパイナップルよりも酷いぞ!?」

 

 会長の袖に掴みかかり今にも噛みつきそうな勢いで捲し立てるリッポーをサトツが窘めつつ己の押す新人を上げる。

 

「そうですなぁ、私は四百六番の彼女を別にして、やはり四百五番と言いたいところですが、全てを比較するとあの九十九番でしょう。かの少年は特異な家庭環境に身を置いているようですがそれを上回るポテンシャルを持ち合わせ、成長が楽しみでもあります」

「うむ、そうじゃのう、確かに秘めた才能を持ち合わせておる、願わくは真っ直ぐ育って欲しいものじゃ、あの家の環境では難しいかもしれんが……」

 

 次にメンチが手を上げて押し新人を告げる。

 

「私は断然あのハゲを推奨するわ。ポテンシャルなら四百五番や九十九番に負けてないでしょ。あの女はまぁ、主婦をやってたくらいだから料理の腕も悪くないみたいだし、ホント肉寿司を審査出来なかったのは痛かったわ。後から聞いたらあの女の通う寿司屋って名店中の名店だったのよね、ホント惜しいことをしたわ」

「メンチってホントどんな時でも本能に忠実だよね、ボクはそうだな、やっぱりあの四百四番かな、あの子が作ってくれた豚の焼き加減は一番良かったもん。それにハンターになるという明確でいて強靭な意思を感じたよ、それが味に出ていた気がする」

「あんた、あの量の中よく焼き加減なんか見極められたわね」

「酷いよ、これでもボク美食ハンターなんだよ。旨さの中にも特に良かったのは覚えているさ」

「なら、それを合格にすればよかったじゃない」

「その基準だと四百四番と強い彼女くらいしか合格にならなかったよ」

「あんたってホント甘いわね」

「メンチはキツイ性格だから余計そう感じるんじゃない」

「言ってくれたわね、あんた……潰すわよ」

「出来るなら。力じゃ勝てないくせに」

「あー、私は断然四百三番です!!」

 

 二人の美食ハンターの言葉の応酬に不穏な気配が浮上するのを止めるよう大声で新人を上げたのはマーメンだった。おかげで一色即発の雰囲気は飛散する。

 

「ハンターの中で医療に準じるものは多くいませんから期待しております。あのような己の目指すべき未来を明確に理解している者は簡単に挫折しないでしょう。それだけの聡明さは兼ねていると思われますから」

「そうじゃのぅ、裏試験の能力次第では医者に有利なものが生まれるかもしれん。で、話題提供をした本人のリッポー君はどうかね?」

「じじい、最初から名前を覚えてるなら言えよ、コラ」

 

 青筋を浮かべたリッポーはそれでも深く息を吐きだして落ち着かせると答える。

 

「私は断然四百六番です。が、それは皆さんが思っていることだ。そうなると三百一番でしょう。あの年齢であの力をあそこまで使いこなしている。新人ではありませんが四十四番に匹敵する使い手です」

「ほっほっほっ、皆別の人物を上げながら共通点は一緒か、やはり彼女はハンター候補生の中で特筆するべき存在なのじゃろぅ」

 

 愉快、愉快と笑い声を上げる会長に試験官たちが同様の質問を述べた。

 

「ん? わしか、わしは会長じゃからな、公平でなければならないのじゃが……そうじゃのぅ敢えて上げるなら、もうおらん」

 

 その回答に皆が疑問符を浮かべていると扉が開き最後の試験官が中に入って来る。その存在に会長だけが喜びの声を上げた。残りの者達は怪訝な表情を浮かべ不躾に観察するも最後の試験官は一切気にしていないようである。

 

「よう来た、四次試験ご苦労じゃったな。うむ、皆に紹介しよう。急遽四次試験の試験官となって候補生を陰から見守ってくれた新人ハンターじゃ。第二百八十七期最初の合格者でもある。つまり、彼がわしの押す新人だったというわけじゃ」

 

 皆が驚愕する中、彼は変わりがえの無い表情のまま会長の横に堂々と座った。次いで被っていた仮面を徐に外すと料理を口に運ぶ。

 

「会長……私は聞いておりませんが」

 

 頬を引き攣らせたマーメンに会長がとぼけたような言葉を紡ぐ。

 

「そうじゃったか……ああ、わしが直接試験したので忘れておったわ。ライセンスはまだじゃから、最終試験が終わり次第、彼の分も頼む」

「私情が入りまくりじゃないですか……はぁ」

 

 会長の独断に馴れたものなのか、マーメンは一つため息を吐きだすと了解する。しかし、残りのメンバーは会長に対して口々に非難の言葉を浴びせ始め、仮面の青年には非難の目を向けていた。

 

「これこれ、わしの独断なのだから彼を責める様なことはしてくれるな……っと、本人は平然と飯を食っておるな、流石四百六番の息子じゃ」

 

 最後に述べた言葉で非難の嵐は面白いように止まる。それだけ彼女の影響力が試験官たる彼らにあるのだという事実に会長は内心で苦笑するしかない。

 

―――わしよりあるんじゃねぇ? ………と言うか、わし会長なのに威厳が無さ過ぎじゃな。

 

 場が静かになったところで会長は黙々と食べる青年に先ほどの話題を振って答えを求めた。すると内心で予想した通り、彼は弟の番号を即座に上げ、淡々と飯を食っていた時とは比べられないほど饒舌に弟の良いところを語り始めた。

 

 幼少の頃から今に至るまで如何に可愛い仕草をしてきたかというものから如何に才能を持ち合わせているのかという話を延々、それこそ既に夜が明けるまで語り続けられ、後半は酒が入らなければ聞けなかった。それでも皆母親である彼女の話になると目を輝かせながら食いついて聞くなど、何だかんだ言って全体的に楽しい一時を過ごせた。

 

 ただ、この一時のせいで会長の中で考えていた最終試験のプランに必要な面接をすっかり忘れてしまい、気づいたのは三日目の最終試験会場の上空で面接時間一人一分の短縮を余儀なくされてしまう。

 それこそ会社面接のように扉の前で待たされるような格好となって候補生から不満が募っていたようだが、気に留める暇も無く、何とか会長は総合的な評価を基準に、尚且つサプライズも付け加えたトーナメント形式を作り上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終試験会場となる委員会運営のホテル、その一室と呼んで良いものか分からないほど広々とした部屋に通され、会長自ら試験内容が発表された。

 

「最終試験は一対一のトーナメント方式じゃ、先の慌ただしい面接もこのトーナメントを作り上げるための審査だったということで寛大な気持ちを持ってほしい」

 

 そう会長から下手に出られてしまえば候補生に文句が言えるわけも無く、皆一様に頷いていく。私の場合別に最初から文句は無かった。むしろ焦りを見せる会長の姿に内心で笑っていたくらいだ。

 

「合格内容は簡単じゃ、一勝すれば良い。つまり負けた者が上に昇って不合格者は最後の一人となるというもの。どうじゃ、今回は大判ぶる前じゃ」

 

 そして布で被されたトーナメント表がお披露目された。

 

 それを見て私の眼は点になったかのよう凝視する。次に声を張り上げた。

 

「ちょっとぉぉぉ、審査内容がどういったものか分からないけど、何で私の番号が本来優勝者に贈られる場所にあるの!!」

 

 トーナメントの天辺に堂々と書かれた四百六番は伊達じゃない。この試験が会長の言う通りになるなら、つまりそれは。

 

「私は試験をする前から不合格なの!? あ、これって私が慌てる会長を見て鼻で笑った罰なのかしら!? それとも面接の時内心でライセンスを売ると遊んで暮らせるらしいとか思っていたことに気づかれたから!?」

 

 慌てる私をゴン達が落ち着かせようとしてくれるも、それぐらいでは滾るこの気持ちを抑えられない。別に死ぬほどハンター自体に拘っていないが、何週間も拘束されたうえのこの仕打ちは流石に鬼畜の所業と言えるだろう。

 このままでは滾る想いと一緒に内から溢れる力も発散してしまいそうな恐れがある。そうなればこの一室を破壊してしまうかもしれない。

 

 そんな私に会長は落ち着くよう不可思議な衝撃、私には見えないが何か大きな手で叩かれた様な衝撃を喰らって室内の端に倒れ込んだ。

 

 酷すぎる……確かに理性を戻したけれど半端ではない痛みだったわ。

 

 二次試験の時と同じように痛みでのた打ち回る私の元に優しい息子やキルア君がやって来て撫でてくれたので僅かに芽生えた殺意を飛散させる。

 

 何この子たち天使なのね、絶対そうだわ。命拾いしたわね、会長。

 

「まったく、話は最後まで聞かんか。確かに彼女はこのルールなら不合格の位置にある。しかし、ここでサプライズの一つを披露しよう。彼女は既に合格じゃ」

 

 その言葉に皆一様にして驚愕する。その中で私とあまり面識がない頭の眩しい、ハンゾー君だったか、その子が会長に噛みつく勢いで反論する。

 

「どう言うことだ!! いくら彼女が強くても試験もせずに合格なんてオレらを舐めているようなもんだぜ!?」

「これは今までの試験を担当した試験官全ての総意に基づくものじゃ。一次試験のサトツ君や二次試験の二人、三次試験と四次試験の試験官は彼女が既にハンターたる資格を兼ね揃えておると申告してきた。それにわしが頷いた形である」

「けど!?」

「ハンゾー君や、彼女は二次試験以外の全てをトップで合格しておる。二次試験の時もブハラ君が唸る豚を焼き上げ、メンチ君も悔しがらせる寿司を握って見せた。これが理由にならんかね?」

 

 安易にお前はそれが出来るかと言う意味が含まれているような気がする。ハンゾー君も黙り込んでしまった。

 

 私のせいで試験会場の空気が悪くなっているのだけど……私が決めたわけじゃないのに。

 

 当の本人である私が何か言えば更に空気が悪くなりそうなので黙っていると場の空気を払拭するような笑い声を上げた男―――レオリオ君が口を開いた。

 

「オレは十分納得したぜ。ミトさんなら当然だって思えるわけだが、クラピカお前はどうだ?」

「ああ、私もそう思う。常に一位通過を果たしてきた彼女にハンター協会からの褒美だと思えば怒る気にもなれない」

 

 微笑を浮かべて頷くクラピカに毒気を抜かれたのかハンゾー君も腑に落ちていないものの苦笑を浮かべ始めた。

 

「ま、仕方ねぇか、オレは直接面識がねぇけど一緒に三次試験をクリアしたお前らがそう言うなら納得してやるよ。悪かったな、爺さん」

「じゃから、話は最後まで聞けと……まあ良い、話を続けるぞ、厳密にサプライズは彼女の合格のことではない、彼のように不満を抱く者もあるかと思って最後の一人、つまり不合格者は彼女と戦ってもらう、そして彼女が認めればその者も合格すると言うのがサプライズの一つじゃ」

「なら、下手すればここにいる全員が合格するってわけ?」

 

 キルアの問いに会長は深々と頷いた。

 

「戦って力を示すのも良い、特技を見せるも良い、情に訴えるのも構わん。彼女が認めた時点で合格じゃ」

「ふーん、まあ、おばさんに関してはもう良いんだけど」

 

 聞いておきながらお座なりに返事を言葉にしたキルア君はどうやら別に聞きたいことがあるらしい。

 

 トーナメント表に視線を合わせながら口を開いた。

 

「これって不公平だよな、人によっては試合数が少ないぜ?」

「その通りじゃ、ここまでの試験で出された成績が大いに反映されており、先ほどの面接もその考慮の対象になっておる。もちろん、採点内容は極秘なので教えられんぞ」

 

 面白くないと言った表情のキルア君はきっとゴンの方が先に書かれているので悔しいのだろう。それすらも会長は考慮してあのような表にしたのではないかと勘ぐってしまうほど鮮やかな采配だ。現に彼はプライドを突かれて評価を変えてやろうとやる気になっている。

 

「まあ少しだけ明かすなら成績が四割、面接が一割で残りは印象値と言ったところじゃな。印象値とはこれ即ち先の上げた結果とは別の未来への投資、言うなればハンターに至る資質評価といったところじゃ」

 

 キルア君も含めて皆が納得する中、クラピカがトーナメント表のとある場所を指差した。

 

「トーナメント表に番号が記されていない個所があるのだが、それについてはどういう意味なのだ?」

 

 そうなのだ、表の中で何も記されていない個所、順当から一番目の敗者と戦うはずの三番目の試合相手が存在していない状態なのである。自分の番号に気を取られすぎて今になって気づいた私も疑問だった。

 

「これに関しては人数の関係上急遽作ったもう一つのサプライズになるのじゃが、後のお楽しみと言うことで今は秘密じゃ」

 

 ほっほっほっと独特の笑い声を上げた会長は残りの説明を告げる。

 

「試合内容は武器可能、反則なし、相手に「参った」と言わせるだけの至極単純なものじゃ。但し相手を死に至らしめれば即反則の不合格、この場合に限り合格者である彼女とも戦えん」

 

 全ての説明を終了させると会長は最終試験の開始された。

 

 

 

 

 第一試合はゴンとハンゾー君の戦いである。助け起こしてくれたものの先ほど会長が行っていた説明からずっと黙っていたゴンに私は声を掛けた。

 

「体調でも悪いの?」

 

 ゴンは黙って首を横に振ると部屋の中央に足を運び始めた。その時浮かべていたゴンの表情に私は眉を潜めて考え込む。

 

 三日前のあの島での笑顔の陰りから分かるように様子が少しおかしかったのを理解していたつもりだが、その後そこまで広くない飛行船の中では避けられているのではと思えてしまうほど会えなかった。内容的にかなりショックな出来事になるので、たまたま時間が合わなかったと無理やり考える様にしてこちらからも敢えて探すような真似はしなかったが、ここに来て、それが仇となったようだ。

 

 参ったわね、飛行船で無理やり探し出して話を聞き出しておけば良かったわ。ゴン、あなた何を悩んでいるの。そんな思いつめた表情で……何かに焦っているみたいじゃない。

 

 ゴンとハンゾー君が対峙する形で試合が開始された。その時浮かべたゴンの眼差しを視界に捉えた私は目を見開いてしまう。対戦相手であるハンゾー君も僅かに気づき始めたようで眉を吊り上げた。

 

 初動にて駆けだしたゴンの動きは確かに並みの子供に比べられないほど速いものがある。だが、ハンゾー君の動きは高度な訓練で培われた独特の脚捌きに加え、彼自身のポテンシャルも非常に高い。案の定後手にも関わらず先回りされ、彼の手刀は無情にもゴンの首筋に落とされた。あの一撃は脳を揺さぶられるだろう、現にゴンは既に半分意識を失いかけている。しかし、それでは合格にはならない。あくまで『参った』と言わせなければならないのだ。

 

 甘い話には訳があるもの、意外とえげつない内容を考えるものね、会長。

 

 ゴンの背後に回って無理やり意識を戻させたハンゾー君は勝負が付いたとばかりに語りかける。

 

「なぁ、ゴン。オレはお前が良い奴だと思っていた。少なくともさっきまでは」

 

 言って彼は首を嫌な方向に曲げた。あくまで死にはしないだろうがあの場所を選んだ彼は余程人体に詳しいのだろう、ゴンはもう立ちあがるのも難しいはずだ。

 

「今は不快でしかない。参ったと言え」

「……い、や…だ」

 

 更に一撃、今度は腕を締め上げて的確な痛みを与える。苦痛に強いゴンが小さく悲鳴を上げるほどダイレクトに痛みが脳を駆け巡っているのだろう。三半規管を潰しながらも痛みを伝える神経は綺麗に残すのは技術と言えるかもしれない。

 

「そうか、なら死ぬ寸前までやらせてもらおう。そして気づくんだな……」

 

 彼は最後の言葉をゴンの耳に寄せて小さく呟いたようだ。

 言葉自体聞こえなかったが、内容は痛いほど理解できる。もし私なら怒りに身を震わせてより酷いダメージを与え続けていただろう。彼はゴンにあることを気付かせ、再戦の可能性を残す痛みを与え続けている。きっと彼の最大限で出来る譲歩であり、ゴンを好んでいる証拠でもあるのだ。

 

 その後も失神しない絶妙な痛みを与えること一時間、それは一種の拷問ショーであった。試合を観戦していたレオリオなどはその痛ましさに声を荒げている。しかし、審判に止められ今度は私の元にやって来た。

 

「ミトさん。息子があんなやられてるんだ。止めるのが母親ってもんだろう!!」

 

 レオリオの言葉を聞いたのか、残った気力で立ちあがったゴンが私を見る。その目は止めてくれるな、と訴えているようだった。

 

 私は一度目を瞑り考える。

 

 もう無理ね。頑なに心を閉ざしている今のゴンでは気づけない。ハンゾー君の優しさも己の愚かさも。

 

 私は今も見つめてくるゴンに強く視線を合わせて口を開いた。

 

「ゴン、参ったと宣言しなさい」

 

 抑圧の無い静かな私の声が会場に響き渡った。目を見開いて私を凝視するゴンに再度告げる。

 

「参ったと宣言しなさい」

「……どうして」

「言いなさい」

「約束が――」

 

 脳がそれを拒否しているのか、それとも悔しさからくるのか、ボロボロと瞳から涙を垂れ流して首を横に振るゴンに私は最後通達を付きつける。

 

「今のあなたはハンゾー君に、いえ、全ての対戦相手に向きあう資格が無い」

 

 確かに約束を交わしたが、今のゴンはそれ以前の問題である。一人の対戦相手として有るまじき侮辱を与え続けているのだ。普通の母親として子を守る意識から止めるわけではない。

 

「ゴン、次は無いわ、言いなさい」

 

 家族に一度も与えたことの無い全身から発する怒気に殺気を混ぜた視線を向ければ震えあがったゴンは観念したのか小さく参ったと呟き、崩れるように蹲って慟哭の如く泣き声を上げ始めた。

 

 

 

 子供の泣き声が響く会場で審判の宣言が下され、第一試合はハンゾー君の勝利で終わった。

 




 副題はゴン、敗北す、でしょうか。



 それではまた次回の投稿で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。