それでも見てやりますがな、と言う方はどうぞ。
南国フルーツを思い出させる試験官リッポーさんから四次試験の説明がなされ、それを私なりに解釈すると、これぞハンターと言うべき試験内容に思えた。
狩られる者と狩る者、己の持つ番号を死守しながら箱から引いたターゲットの番号を狩る、実にシンプルで分かりやすいが、実際実行するとなると意外に難しい。
滞在期間内でターゲットを見つけ出し、狩りながらも自分の番号を狩られないよう常に警戒を怠ってはならないことは然ることながら、それのよって生まれる緊張が長ければ長いほど神経をすり減らし、綻びを生じさせるのも考慮しなければならない。一週間と言う膨大な時間は容易くその綻びを生じさせるだろう。
狩りの舞台となるゼビル島に船で移動を強いられ、私達は小さな蒸気船に乗り込んだ。皆一様に言葉を失い他者と目を合わせないのは既に狩りが始まっているからだ。横にいる黒色の肌を持つ男性が私を警戒している。私は視線をちらっと彼に向けると丁度プレートを懐に仕舞うところだったようで、番号が見えてしまった。それに気付いた彼は慌てて立ちあがると私から離れていく。そんなことしなくても彼の番号は私のターゲットでは無いのだが。
戦略は数多に考えられる、警戒と体力温存に時間を掛け、疲労したターゲットを少ないリスクで狙おうとする者もいれば、逆にリスクを掛けてでも短期で刈り取り、後は逃げの一手に費やす者もいるはず、皆自分の特技など考慮しながら最善の策を考えるだろう。
島までの案内係を務めるお嬢さんが皆の辛気臭い雰囲気に耐えられず、早々離脱していくと完全にその場は重苦しい空気が充満し始めた。
外に出て風を感じているだろうゴンは果たしで誰がターゲットなのか、親として気になりながらも一候補生として沈黙を選んでからは接触していない。同様にキルア君たちとも接触せずこの雰囲気の中でひたすら時間を潰している。
「まあ、嫌いじゃないのよね、この殺伐とした雰囲気は……」
二度目のミトが生まれた環境に良く似ているからか、肌に突き刺さる意識と意識のぶつかり合いに心地よさを感じつつ、それでも手持無沙汰感が否めずつい酒を思い浮かべてしまう。反省の色が無いと介抱してくれた次男に言われるかもしれないが、そんな駄目な母親に文句を言いながらも尽くしてくれた次男は私の知らぬ間にハンターの資格を手にして、この場所にはいない。否、あの子の事だ、裏方として弟の近くにいるのを選ぶだろう。
今更だけど、あの子の仮面は分かるとしてあの帽子は何なのかしら……あれはどう見ても、……止めておきましょう、はしたないわ。
船の振動が止まる。案内のお嬢さんが戻って来て下船するよう伝えに来たので目的地に到着したようだ。
三次試験で塔から脱出した順番でゼビル島の森に入って行くようで真っ先に私の名前が呼ばれ進み出る。案内の女性に同じ女性として健闘を祈ります、と小声で伝えられ、それに笑顔で返すと四次試験は開始された。
少し歩いた先、私は立ち止まる。
駄目ね、ここまでの試験で大分昔の私を思い出してきちゃったわ。そうよ、今はお互い敵同士ですものね。
振り返ると一様に怪訝な表情を浮かべる候補生に向かって口を開いた。
「皆さん、塔の中で聞いたと思いますが、私の番号は四百六番です。ターゲットに指定された方も、そうでない方もこの番号札が欲しければ挑んできてください」
心地よく感じる鋭い視線に幾つも射抜かれながら笑って見せる。それはもう壮絶と呼ぶにふさわしい昔の私が浮かべた笑みを自然に。
「但し私を捕まえられたら、だが」
言い終えて本気の脚力を駆使すると飛翔しながら森に飛び込んだ。果たして彼らのうち何人が私の姿を目視出来ただろうか、最低でも目で追えるくらいでなければ私と戦えないという意思表示を込めて森を駆け抜けた。
☆
殆どの候補生が一瞬にして消え去ったミトの姿に呆然とする中、一部の候補生、身内やここまで共にした仲間はその脚力に驚きながらも苦笑を浮かべていた。更に一部、ねっとりとした殺気を滲みだす奇術師の男やカタカタと言いながらも真っ直ぐミトの消えた先を見つめる針男の周りにいた候補生はその気に当てられて失神寸前である。
案内のお姉さんも狐に包まれたような表情を浮かべて沈黙するのでその場は静寂に包まれていた。
そんな驚きの中いち早く我に返ったキルアが隣に立つゴンに声を掛ける。
「なぁ、お前の母ちゃんホント何者なんだよ、オレでも目で捉えるのがやっとだったぞ?」
「あはは、うん、何だろうね、オレも消えたようにしか見えなかった……ホント、遠すぎるよ」
「……ゴン?」
痛みを堪えるよう顔を歪ませるゴンに眉を潜めたキルアが声を掛けるとすぐさま明るい表情を浮かべる。
「さっきの疲れが出たのかも」
「……そっか……なら良いけどよ、なんかあったら言えよ?」
「ありがとう、キルア……そうだ、昔ね、お母さんが酔っていた時にどのくらい強いのか聞いたことがあるんだ」
「酔っている時点で真実味が無いだろう」
「そうなんだけど、お母さんなんて言ったと思う?」
「分かるわけねぇだろ」
「うんとね『そうねぇ、全盛期の私ならパドキア共和国がある大陸ぐらいなら焦土に出来るわよ』とか言ってたんだけど、オレそこがどこだか知らないからどれくらい凄いのか分からなかったんだ。パドキアってどこなんだろう?」
ゴンの言葉にキルアの表情が固まる。カタカタと言っていた男も何故か沈黙していた。奇術師の男は殺気を消し去り何故か爆笑していて周りから引かれている。その他は怪訝な表情を浮かべながら口々に有り得ないだろう、と言葉にしていた。その言葉に後押しされ、キルアが意識を戻して笑う。
「お前の母ちゃん酔うと面白いな、そんな冗談を軽々言っちまうなんて」
「うん、だよね。この話をシー兄ちゃん、あ、一番上の兄ちゃんなんだけど言ったら『流石にそれは盛りすぎだ。パドキアのククルーマウンテン周辺を焦土にするのが限度だよ』って笑われちゃったよ。だから山ぐらいなら破壊出来る強さなんじゃないかな」
「……えっ」
「カタカタ……ウソだろ」
キルアは今度こそ驚愕して全身が固まり、後方で割と大きくカタカタ以外の声を発した針男にそれを聞いてしまった候補生たちが不安がり離れて行く。奇術師の男など笑いすぎで流れ出る涙が化粧を落とし、気持ち悪い顔を晒して、やっぱり周りにいた候補生たちは離れて行った。
混乱はその後数分で収まり、残りの候補生達も野に放たれていく。
割と早い段階で放たれたゴンは一人気配を消しながら枝により掛っていた。そして沸き起こる高揚感を抑えながらターゲットについて考えていた。
「四十四番……ヒソカ……今のオレでは絶対勝ち目のない相手……それでも越えるべき相手」
奇術師の男―――ヒソカの強さを目の当たりにしているゴンは番号札の強奪という対峙とは違う形式に一部の望みを賭けていた。小さい頃に母から野生並みの気配消しだとお墨付きを貰っているからこそ、ゴンは己を奮い立たせられる。同時にヒソカの番号札を奪うことで家族に一歩近づけると思えば喜ばしい。故に高揚感を隠すのに一苦労する。
三回ほど深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせ、どうすればヒソカからプレートを奪えるか、という単純でいて酷く難しい事案に取り掛かり始めた。自身の持ち物は母が買ってくれたリュックサックとこれまた母が何故か唐突に買ってきてくれた頑丈な釣り竿だけ、古かった釣り竿は母が物置の奥の奥に仕舞って、その時の母の表情はゴンから見ても嬉しそうだった。
「幾ら気配消しが凄くてもヒソカに近づけば簡単にばれる」
そして離れた場所から動けば母の指摘した通り、剛の動きを有するゴンではターゲットに近づく前に把握されてしまう。自分がそのまま力押しでヒソカを攻められるほど過信もしていない。ならば、とゴンは釣り竿を強く握りしめる。
離れた場所から自分の動きを相手の動向に紛らわせられる方法を考え付けば良い。
「そうだ、小さい頃シー兄ちゃんとポー兄ちゃんがやっていた遊び、あれなら……」
当時二人の兄達の後ろを付いてまわっていたゴンはある日、二人の兄から面白い遊びを教えてやると言われ、森に連れて行かれたことがある。
そこで二人の兄は互いに鉢巻を巻いて、どちらが先に額の鉢巻を取れるかという遊びを実演で教えてくれた。
二人の兄は互いに一歩も譲らず殴り合いのケンカの様なことをしたかと思えばゴンを一人森に残し、気配を消して身を潜めたりするという後から考えればサバイバル訓練を遊びと称して教えてくれたのたのだろうが、当時のゴンは置いて行かれたと思って盛大に泣いてしまった。その声に慌てたのが一番目の兄で、すぐさまゴンの近くの茂みから現れたところを二番目の兄が飛び出して鉢巻を奪い取ったのだ。
それは見事としか言えない動作だった。これには一番目の兄も脱帽したようでこんなことを口にしていた。
「やるな、ポー。全然気付けなかったよ、オレの行動に合わせてくるなんて成長したんだな」
二番目の兄は一番目の兄の行動をつぶさに観察しながら何時でも動けるよう悟られないぎりぎりの距離で待機していた、そこにゴンと第三者の介入があり、それに意識を囚われた一番目の兄の行動に同調――この場合は二番目の兄もゴンの元に向かうかのような動き、寸前で目的を鉢巻に切り替えて奪い取ったのだ。一番目の兄曰く気づいた時には既に肉薄されていて防御や回避が出来なかったという。改めて思い出すと弟の立場を利用されて少し悲しいものの、今の状況に打って付けなので不問にする。
作戦も決まって枝から地面に降り立つとゴンはヒソカを探すため森の中を只管歩き続けた。自身の気配を限りなく薄くして尚且つ周囲の気配を探る。二択クイズの村までの道中に置いて母が披露して見せた気配察知の一部を教わっていたゴンは拙くも自身の気配察知に僅かなブレを感じた。
今いる場所より数メートル背後から自身を追跡する気配が一つ、ただ様子見なのか歩みを止めればその気配も止まり、動き出せば追跡が再開されるのですぐさま警戒する必要は無いと判断した。
「……気を付けていれば良いか」
ゴンは小さく呟いてヒソカ探しを再開させた。
時折休憩を挟みながら昼夜歩き続け、この島に降り立って二日目の夜にゴンはターゲットを視界に捉えた。木々に凭れかかったヒソカは自身の周りに群がる蝶を眺めながら誰かと電話している。ゴンでは追跡してくる気配を一旦忘れ、全神経を使って気配消しに準じた。今のゴンでは二人を相手に出来るほど余裕は無い、全てを掛けて挑む気構えで待つ。
ヒソカが第三者―――この場合誰かを狩る瞬間を只管待ち続けるのだ。
待つこと数十分、唐突にヒソカはゴンのいる茂みに顔を向けて口を開いた。
「いるんだろう、出てきなよ◆」
瞬間、ゴンは息を飲んだ。自分の気配隠しは母親のお墨付きを貰うほど有能である、しかし、このヒソカには意味を為さなかったのか。
脳裏に家族とヒソカの姿が同時に浮かび上がり、ギリっと歯を軋ませ、ゴンは苦悶の表情を浮かべる。
――嫌だ、置いて行かれたくない。
血が滲むほど釣り竿を握り締め、不快な思考を振り払い、作戦変更を余儀なくされたゴンは真っ直ぐ挑む覚悟を決めた、その時、すぐ横の茂みから男が立ちあがったのだ。
――こんな、近くにいて気づかなかった……けど、この人は追跡していた人とは違う。
集中しすぎて近場の気配に気付けなかったのは少しショックだったものの、自分の気配隠しがヒソカに十分通用すると確信出来てそれ以上に喜びの方が勝る。ゴンは彼らのやり取りを静かに眺めながら機会を窺った。
ヒソカに気づかれた槍を持つ男は尋常の勝負を挑むも相手にされず、悲嘆に暮れながら別の人物に殺されて終わりを迎えた。
それをやってのけた顔に沢山の針を刺した男―――ギダラクルは死んだ男からプレートを奪い取り、己の顔から針を抜くと真実の姿を披露した。
その姿にゴンは目を見開く。
姿がガラっと変化したという事実よりも男の黒髪と漆黒の眼は自身の知り合いにそっくりだったからだ。
――ポー兄ちゃんの友達に似ているかな……兄弟?
次男が唯一自身の故郷くじら島に招待するほど親しい友人をゴンは一人しか知らない。その友達の青年はゴンに優しく接してくれて、母親のミトも大いに気に入り、その後年に一回は訪れる様になった。今では訪れれば大層な歓迎を準備するほど親密になり、次男の言から青年もまた楽しみにしてくれているらしい。
次男の友達に似ている男は一言二言ヒソカと交わすと地面を掘り出してその中に収まった。会話から察するにどうやら試験終了まで眠りに付くらしい。
――でも、雰囲気が全然違う、ミルキ君はもっと優しくて大らかだよね……他人の空似かな。
自身を気軽にミルキ君と呼んでくれ、なんて笑顔で言ってくれる彼の兄弟なら、あの何処か感情を伴わない人形の様な男ではないはず、と自己完結したゴンは夜になって動き出し始めたヒソカを追跡するのだった。
ふらふらと傍目からピクニックをしているような雰囲気のヒソカは追跡されているなど思いもしないで獲物を探し始める。歩くこと数分、ヒソカのその視界に極上の獲物が映し出されると高揚する子供のような笑みを浮かべて駆けだした。崖を飛び越え、再び駆ければ目的の獲物の元に辿り着く。
急に現れたヒソカの存在を認識したその獲物は僅かに目を瞬かせるもクスリと笑って見せた。
「あら、どうやら私を見つけた第一号はあなたのようね、四十四番」
「ヒソカって呼んでほしいな、四百六番❤」
「ふふ、なら私は気軽にミト様って呼んでくれて構わないわよ」
見た目が少女の様な彼女は日常会話を紡ぎながらもヒソカに一切の隙を与えない。その強者たる堂々とした姿にヒソカの喉が鳴る。今にも飛びついて破壊したい衝動を抑え、もう少し戯言に興じようとするのは美味しいものを最後に取っておくヒソカ所以の行動だった。
「うーん、その呼び名は可愛くないから、ミトちゃんって呼ばしてもらおうかな❤」
「まあ、三十過ぎの女をちゃん付けなんて、見た目に騙されては駄目よ?」
「くくっ、十分理解しているつもりだよ、でなければ僕の渇きを潤せないじゃないか♠」
その言葉に目の前のミトは呆れた表情を浮かべた。
「嫌だ、あなたって戦闘狂の快楽主義者なのね。親御さんはさぞ苦労したでしょう」
「僕に親はいないよ♣」
「なら、あなたは木の股から生まれてきたというの?」
「そういう意味じゃないよ♠」
「冗談よ、冗談。そんな真面目に返されるとは思わなかったわ、君は姿に似合わず根は真面目なのかしら」
「初めて言われたよ、けど、僕は目的の為ならいくらでも真面目になれるかもね◆」
「そのようね、先ほどから心地よい殺気をお腹一杯頂いているわ。ねぇ、一つ聞きたいのだけど私はあなたのターゲットなのかしら? ちなみに私は既にタモリ……だったかしら、その三兄弟の一人から丁重に貰ったわ」
ミトは百九十八番のプレートを見せながら言うが、実際は大きく異なる内容であった。
彼女はターゲットを有する三兄弟に囲まれたキルアを見つけ、いたずら心から目の前に現れて見せたのだ。もちろん、キルアを始め三兄弟は驚愕する。そんな彼らの姿にミトは笑って見せるも次の瞬間には百九十八番のプレートを持つ兄弟の一人の眼前に移動して、互いに息のかかるくらいの距離まで顔を近づけ、一言頂戴とお願いしたのだ。
彼にお願いという名の恐喝を撥ね退けるだけの技量も無く泣きそうな笑顔で差し出すかない。受け取ったミトと言えば清々しい笑顔で別れの挨拶を述べて再び彼の前から姿を消した。
その後彼らがどうなったのか、ミトの関与するところではないが、予想をするなら少しイラついていたキルアの八つ当たり、それでも殺気は無かったので殺されることはないはずという内容を受けたのではないかと思われ、それは予想通りとなる。
キルアは彼ら三兄弟を暴力で気絶させ、ターゲットのプレートを奪い取り、残り一人のプレートを遥かかなたに投げ飛ばしたのだ。余談だが、キルアの行為のおかげで日輪を想わせる頭の忍びが楽々プレートをゲットしている。
ヒソカはクツクツと笑いだして懐からトランプを取り出した。
「残念ながら違うよ。でも関係ないかな、僕は僕の目的の為なら試験に落ちることも厭わない♣」
言って、構えを取るヒソカにミトは苦笑する。
「良いでしょう、胸に飛び込んでくるつもりで掛ってらっしゃい」
苦笑を止めたミトはヒソカすらも浮かべないような自身に満ち溢れた笑み、第三者から見れば凶悪な笑みを浮かべて拳法の型の様な構えを取る。
「精々幻滅させてくれるな。そこまでの殺気を迸りながらも簡単に壊れるようなら……生きる価値もないぞ?」
普段のミトはこのような思考に至ることはなく、まして殺すような言動を取ったりはしない。このような言葉を吐きだすのは前世の、二度目のミトの性格が大きく反映させられているからだ。対峙する相手が強ければ強いほど前世の性格に引っ張られ、口調はがらりと変貌して態度も粗暴になっていく。もちろん、一度目と三度目のミトという理性が働いているので実際息の根を止める行為は殆ど行われない。が、それでも普段と比べれば格段の変化に、誰もが驚きを見せた。この状態を垣間見たことのある長男と次男曰く、これほど違うとギャップ萌えにもならないね、という訳の分からない感想を述べている。仕方ない、彼らも混乱していたのだ。
そしてこの度茂みから気配を消して窺っていた末っ子は母親の変化にこのような感想を抱いた。
――うん、お母さんがカッコ良すぎて鼻血が出そうです。もうマザコンでも良いや、お母さん最高!!
今後大物になりそうな素直に称賛する感想を抱いたゴンは興奮から滲み出そうになる気配を必死に抑えながらヒソカの初動に注視していた。
ゴンはこの特大チャンスを逃すほど馬鹿では無い。ヒソカの相手はフリークス家最強の母親である、彼女ならヒソカに殺されることも無く、逆に圧倒できるだろう。それ即ちヒソカの隙を多く作り出せる状況でもあり、一番己の都合に最適な選択を取れる可能性が増えるということ。
釣り糸を何時でも飛ばせる恰好で待つ、チャンスは一度だけ。方向と距離の二つの最適なヒソカの行動を見極める。
繰り出される拳の応酬、避ける行為など忘れたかのよう互いにぶつかり合う。これこそ正に剛の動きを想わせるミトの拳は的確にそれこそヒソカの顔面を容赦なく打ちぬいた。それでもヒソカは動きを鈍らせることなく反撃の蹴りをミトの腹部に与える。が、華奢とも言える体つきのミトは衝撃を僅かに宙に浮くだけに留め、更なる反撃を与える。
壮絶な戦闘にミトの口から血を僅かだが噴出する状況に飛び出したい気持ちを我慢して、その三倍返しとばかりにヒソカの顔が腫れあがる姿にも笑わない。ただ、ただ、只管に持ち続けた刹那、ヒソカが母親の足元を払うというその隙がゴンの最適な選択に合致した。
彼は殺気を膨れ上がらせ、畳みかけるよう拳を振るわせる。その殺気に同調しながら釣り針を飛ばせば胸元にあったプレートを捉えた。
「今だ!」
勢い良く竿を引き、その手にプレートを握り締めるとゴンの登場にここで気づいた両名の呆気にとられたような姿に背を向け、全速力で駆けだした。
一方、残された二人は夜の森で奏でられた虫の音が聞こえるほどの静寂に包まれていた。互いに沈黙を貫きゴンの去っていた方向に視線を合わせていた。
やがてその静寂を破るよう、ミトが小さく問いかける。
「気づいていたかしら?」
「残念ながら◆」
ミトも同じようで詰めていた息を吐きだすと戦闘態勢を解く。それに習うかのようにヒソカもまた構えを解き、大きく息を吐きだした。あの数分に渡る戦いで一切呼吸を行ってはいない、否呼吸を許せる相手では無かった。それほどにミトは強かったのだ。少し気を緩ませれば顔の腫れが今になって生きている証を伝えてくる。心地よい痛みだが、ヒソカはかなり消化不良気味であった。しかし、彼女は少なくとも今は戦ってはくれないだろう、ミトの顔を見てヒソカは理解する。彼女は息子の成長に喜びを見せているのだ。
「どうやらミトちゃんの息子は最高の青い果実のようだ♠」
「ふふ、心の底から湧きおこる気持ち悪さ」
「釣れないなぁ、あ、釣られたのは僕のプレートだっけ♣」
「大して面白くないわよ」
そう吐き捨ててミトはゴンの去った方向を見据えた。
「ホント気配消しは野生並みね。瞬時の退却行動も然ることながら、警戒を怠っていないは成長の証と言って良いわ。ゴンはきっと自分のプレートを守りきれるでしょう」
「あは❤ 気づいていたんだ?」
「当然でしょう、気配消しも甘いし、私達が戦い始めてからなんて気配が駄々洩れよ。あの人は多分三百八十四番ね、船の時、私を警戒していたから覚えているわ」
「あ、それボクのターゲットだ◆」
「あら、見つかって良かったじゃない。今頃ゴンに熨されていると思うわよ? あの子はそこまで貪欲じゃないからプレートも取っていないだろうし」
言い終えたミトは戦いの余韻など感じさせない態度でヒソカに背を向けると歩き出す。その背にヒソカは問いかけた。
「ねぇ♠ また戦ってくれるかい?」
「……この四次試験で誰も殺さなければ考えて上げるわ」
振り返りもせずミトはそのまま闇夜に紛れて消える。その場に佇むヒソカはそれこそ 困ったと言わんばかりの表情を浮かべた。
「酷い人だ♣」
自身の欲求不満を看破したからこそ、出した条件なのだろう、今のヒソカにはとても辛い。と言って別に監視されているわけではないので殺したところで露見しなければ通せる条件でもある。つまり、彼女にとってヒソカが条件を満たそうが満たせまいが関係なく拒否を告げてきたのだ。
それでもヒソカはその言質に賭けるよう四次試験の間一切殺しは行わないと内心で即座に決めた自分に驚きを見せる。己はここまで我慢強かっただろうか、と首を傾げ、彼女の息子を始め仮面の青年や彼女自身との出会いで自分は少し変わったのだろうと結論付けたヒソカは声を上げて笑う。
まるでこれでは。
「彼女達に教育されているようじゃないか❤」
面白い、実に面白い、ヒソカは幼い子供が見つけた宝物を自慢するかのようにそんな言葉を繰り返してゴンが去った方向を駆け抜ける。ミトが予想した通り、その場所ではゴンの十二歳と思えない強力な蹴りを喰らって全身が吹っ飛ばされるヒソカのターゲットの姿があった。
少し離れた位置でそれを見守っていたヒソカは気絶した相手を見据えるゴンの顔をその目に映して僅かに違和感を抱く。
「あれはどう見ても相手を見ていないね♣」
どう言った心境変化なのだろうか、初めて対峙した時は強いと思わせるほど真っ直ぐヒソカの目を見つめていた彼が今はおぼろげに視線を合わせているだけ。これでは気絶させられた相手が酷く不憫だろう。常人ならそう思うだろうがヒソカは取るに足らない相手には当り前にしてきた行為なので気にならない。だからこそゴンがそれを行ったことに違和感を抱けた。
「彼はそんなことをするような子だったかな♠」
二度の邂逅で理解できてしまうほど実直で素直な性格の彼がどうして。
「でも、良いか。過程なんか関係なく、強くなれば構わない♦」
考えるのも無駄だと判断して疑問を飛散させるとゴンの前に姿を現した。
「な!?」
当然とも言うべきか、ゴンはすぐさま真っ直ぐヒソカを見据えて何時でも動ける体制を取る。それを強い視線に、やっぱり気のせいだったか、と結論付けて気絶したターゲットの懐からプレートを取り出す。
「そう構えなくても良いよ、彼がボクのターゲットだっただけで君から奪い返そうとは思っていない♣」
言っても警戒を更に強めるゴンの眼前に一瞬で足を運ぶ。そしてそんな警戒など意味を為さないと言わんばかりに拳を突き上げた。ところが常人に目にも追えない拳は確実にゴンの頬を打ちぬくはずだった拳はゴンの咄嗟に腕をクロスさせた防御で、体自体は吹っ飛ぶもダメージを軽減させてきたのだ。
その事実にヒソカは目を見張る。
「数日では考えられない成長だ❤」
ここに来て更に強くなるか、と内心で感心したヒソカはゴンが起き上がる前にその場から立ち去る。
元よりヒソカに奪い返すつもりは無い。それよりもまずは残りの不足分を稼がなければならないのだ。
背後で悔しさから来るゴンの嘆きを聞きながらヒソカは殺さずの狩りを再開させるのだった。
副題として心が揺れる息子さんと教育される他人(ヒソカ)さんでしょうか。
それではまた次回の投稿で。