三度目のミト   作:アルポリス

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 放出系に似て非なる技を使っちゃうミトは何処へ向かおうとしているのか。

 その行く末を見守ってやろうじゃないか、と言う方はどうぞ。


ミトと絶壁にそびえ立つ塔の話

 三次試験会場の舞台となる塔の天辺に降り立った私達はマメのような人の説明に耳を傾けていた。ゴンやキルア君、レオリオやクラピカは真面目に内容を聞き取ろうとしている中でミトこと私はマメさんの説明が全然耳に入らない状態であった。

 

「お母さん、大丈夫?」

 

 白い顔を浮かべているのであろう私にゴンが優しく声を掛けてくれたのだが、それに返事も出来ない。はっきり言えば大丈夫じゃないのだ、今のコンディションは最悪と言っても良いだろう。

 

 主に二日酔いで……。

 

 久しぶりの酒に舞い上がってしまい、思いがけないほどの酒量と過ごしてしまった。最初はまだ良かったのだ、次の日の試験のことも考えて適量を楽しんで、そこに次男がやって来て久々の対面に(もちろん試験会場にいたのは気配で知っていたが次男の望みでこちらからの接触は極力控えていた)嬉しくなった私は少し酒の量が増えた。その後、毛布を持参してゴンの様子を見に行くブラコン次男と入れ替わりにサトツさんやメンチさんなどの試験官組がやって来て遺跡やら食やらの話に花を咲かせた頃にはもう、引き返せない酒量を過ごしていたのだ。特にメンチさんには私の握った創作寿司の内容を聞いて食べられなかったことを悔しがってくれたのが嬉しくて酒は尚も進み、気づけば塔の天辺に立っていた、つまりついさっきまで飲んでいたということになる。

 

「ゴン、彼女は自業自得だ」

 

 鈍く痛む頭に直撃するような辛辣な言葉を吐くクラピカに心情的な意味合いと現実的な意味合いで反論できない。もっとも過ぎる言葉にレオリオやキルア君も頷きを見せている。

 

「さて、このトリックタワーから生きて降りてくること、それが課題です。ただし、制限時間は七十二時間ですので、お忘れなく」

 

 マメさんが語る説明の中で重要な部分だけを耳に入れると私は少し休む意味も込めて地面に座り込んだ。すると、カチっという音を最後に私の体は反転して転がり込むように薄暗い空間に投げ出された。反転する瞬間、ゴンやクラピカの私の名前を焦りながら呼ぶ声を聞いたが、今はそれどころでは無い。

 

「……世界が回って気持ち悪い」

 

 二日酔いの体にあの回転は酷すぎる。胃から競り上がって来るものを懸命に抑え込みながら、出した瞬間女として、また母親として終わりそうな気がするので、立ちあがると当たりを窺う。

 

 私が立ち上がれば天井に頭が付いてしまう高さと人が三人ほどはいれるぐらいの空間は出入り口となる扉が無い。込み上げる色々なものを飲みこんで酷くこざっぱりした空間をしらみつぶしに探ってみるも何か仕掛けがありそうな目印などもなく、本当に何もない小さな空間だった。

 

 本当に何も無い、つまりここで吐いても許される場所……駄目だわ、思考が定まらない、自分の状態を考慮してくれる試験なんてあるわけないじゃないの、しっかりしなさい、私。

 

 散漫になりそうな思考を奮い立たせていると何処からともなく声が聞こえてきた。

 

『おや、ここを選ぶなんて可哀そうに。お嬢さん、ここは不幸の間と呼ばれる場所だ。残念ながら下に向かう道なども無く、言ってしまえば入った時点で不合格間違いなしの道なのだよ。これから七十二時間我慢してこの場所で嘆きたまえ』

 

 何処に設置されているか分からないが、スピーカーからとんでもない宣告を受けてしまった。

 

 七十二時間放置されるということはトイレに行けないだと……!?

 

 この際不合格は構わない、いや、構わなくはないが、仕方のないことだと泣く泣く諦められる。だが、しかし、しかしだ、この何もない空間でこの競り上がる色々なものに打ち勝たなければならないとは過去己に課していたどんな修行より何倍も辛いものがあるだろう。

 しかも、私をお嬢さんと称したことから声だけでなく監視カメラが設置されているということ、この狭い空間ではどのような場所に立っても死角にはならず、つまり、仮に競り負けた場合の無残な光景を声の主に公開してしまうのだ。

 

 マニアック公開プレイ状態である。

 

 駄目よ、駄目だわ、そんなの世界や一部のマニアが許してもこの私だけは許してなるものですか、三人の息子の母親としての吟持を守らなければきっと………羞恥心が暴走してこの塔を破壊してしまう!?

 

『どうしたのかね、君は最早籠の鳥で不合格に一番近い状態なのだよ、先ほどから黙っているが、まさか声も出ない状態なのかね?』

 

「……りなさい」

 

『聞こえんな、もう少し声を出したまえ』

 

「黙りなさい!!」

 

『!?』

 

 極限状態から発した私の声は映像を眺めている声の主を怯ませた。同時に競り上がり度も上がったが気にしない。

 

「…トイレはどこ?」

 

『…何を言って』

 

「……あくまで教えない気なのね」

 

『いや、そうではなく君の言動が理解できな――』

 

「良いわ、緊急事態に尽き、実力行使も辞さない覚悟を見せて上げる」

 

 少し本気を出すと普段より粗暴になって周りが見えなくなってしまうから抑えてきたけれど、丁度良くゴン達はいない今、私の本性をすこしばかり出しても多分構わないだろう。いや、本音としてはそんなことを考えるのも億劫な状態なのだ。

 

「…精々、この塔が頑丈であることを祈るんだな」

 

『何をするつもりだ!?』

 

 スピーカーの声には答えず、まっすぐ足元を見据えると己の拳を振り上げ、どう見ても堅そうな地面に叩きつけた。ドガンっという轟音に続いて見るも無残に破壊された地面に映像を眺めていた声の主は驚愕の声を上げる。

 

『馬鹿な!? その場所はこの塔でも特別頑丈に作られている場所だぞ!! 余程の火力を持つ武器で無くては傷一つ付けられないはずのそれをいとも容易く!!』

 

 ぽっかりと開けられた穴を眺める私に対して声の主はその行為の意味に至って焦りながら告げてきた。

 

『や、止めておけ、その下に道は無い、真っ逆さまに落ちて最下層の天井に衝突する。死体になるだけだ!!』

 

「言ったはずだ、この塔が頑丈であるのを祈れ、と」

 

 呟き、私は久しく使っていない己の力を発動させた。体内に溢れるエネルギーが全身を巡り体外に吐きだされる。それは銀色の靄となって体の表面を駆け昇り始め、その溢れ出た力を己の右手に集約させれば直径十センチほどの光球が生まれた。それによって胃から競り上がって来たそれもピークに達しようとしているが今は強靭な意志によってそれを無視する。

 

『な!? 貴様は念使いか、それも放出系能力者!』

 

 声には答えず、正確にはもう口も開けない状態なのだが、その作り出した光球――私達は気弾と呼んでいるそれを躊躇することなく破壊された穴に向けて放った。

 

 漆黒の穴に光が急速に落ちるのを見送れば同じように私自身もその穴に飛び込み、重力に従い落ちていく。スピーカーからの声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処か南国のフルーツに似た髪形の試験官――リッポーはとある監視カメラから消えた彼女の所在を確認する為、三次試験のゴールに指定された塔の最下層の映像を映しだそうとしていた。次の瞬間まるで塔自身が揺れているような衝撃が突如発生、映し出された最下層の広間は爆煙が巻き起こり映像の意味を成していなかった。

 

「まさか、あの小さな球体でこれほどの衝撃を起こせるものなのかね」

 

 ハンターに成る者なら避けては通れない道にして更なる高みへと登らせてくれる魅惑の力――念能力、その中の一つの系統に放出というものがある。通常体から発生させる念――オーラとも呼ぶ、それはその体から離れると効力を失うと言われているのだが、この放出系能力者は離れた場所に留めていられる特性を持つ。

 

 先ほど彼女の行為がまさに放出系のまさにそれなのだが、リッポーは聊か腑に落ちていなかった。

 

「幾らなんでも持続時間と威力が高すぎる。どのような制約を行えばあそこまでになるかね」

 

 念能力の強さを左右するものの一つに挙げられるのが自身に課せた制約の内容だ。より自分に課せた制約の強制力が大きいほど比例して念の威力も高まる。もう一つは持って生まれた念の才能なのだが、この二つを考慮してもミトの放った一撃は考えられなかった。

 

「これは!?」

 

 リッポーの視線の先、最下層の映像には煙が晴れ、悠々と地面に降り立った彼女が今一度先ほどと同じ短時間で作り出した念弾を固く閉ざされた入口に放ち、容易く破壊する様が映し出されていた。

 

「……笑えん光景だね」

 

 下手すればネテロ会長よりも念の才能が高く、尚且つ酷く限定的な制約、それも己の死を天秤に掛けなければ出来ない芸当を彼女は平然と成したのだ。

 

 その後、彼女は失格になることも厭わず、塔から外に出て行った。何故外に出て行こうとしたのか理由は不明だが、声を交わした限りで彼女が酷く焦っていたのは理解できる。

 

 本来なら試験官の言葉に耳を貸さず、勝手に会場から消えた彼女は間違いなく失格だろう。それでもリッポーは想ってしまうのだ。

 

「もしも彼女が犯罪者になった暁にはブラックリストハンターの吟持など投げ捨てて裸足で逃げ出すだろう」

 

 ならば、とリッポーは通信機を取り出してこの試験のトラブル処理班に連絡する。

 

「ネテロ会長ですか、ええ、試験は一部を除いて順調です」

『ほう、そうかね、パイナップル君』

「リッポーです」

『すまん、すまん、それでその一部とは?』

 

 リッポーは彼女の所業を事細かに説明する。

 

『なるほど、君は彼女にハンターという首輪を付けたほうが良いと判断したわけじゃな?』

「はい、それ以上にハンターとして惜しい人材です。よってネテロ会長の判断を窺いたく」

『構わんよ、現場の判断は試験官であるオッパイナップル君に一任している。君がそう判断を下したのなら、わしに否は無い』

 

「では、彼女は三次試験最初の合格者として報告させて戴きます。リッポーだって言っているだろうが、糞爺」

 

 通信からネテロのどう聞いても感情が籠っていない謝罪を遮断して通信を終わろうとした時、何かを思い出したような声が耳に入ってきた。

 

『そうじゃ、思い出したわい、彼女が外に出た理由じゃが』

「はい?」

『ほぼ確実に二日酔いだからじゃろう』

「何ですって?」

『実はこちらでもメンチ君が二日酔いで酷いことに為っておってな、理由を聞いてみれば候補生の一人と今さっきまで飲み明かしていたようなんじゃが、彼女のことじゃろうなぁ』

「では、彼女、二日酔いで三次試験に参加していたのですか?」

『そのようじゃ、おかげで飛行船に積んでいた酒の類がスッカラカンになってしもうた』

 

 飛行船に積まれていた酒は候補生にも振舞われるのでかなりの量を確保していたはずだ。それを経った数時間で消費させてた彼女に呆れれば良いのか、二日酔いで三次試験に挑むという愚かさに憤れば良いのか、リッポーはしばし、沈黙を貫いて考える。

 

 そんな彼の心情を見たかのように会長は言葉を口にした。

 

『どうする、彼女を今からでも失格にするかね?』

「……いえ、全てを考慮したうえで合格です」

 

 言って今度こそ通信を終えるとこの塔全てのスピーカーに向けて声を発した。

 本来は次の試験の関係上本人にのみ告げるのだが、今回はその他の候補生に絶望を与えるエッセンスとして、また二日酔いという前代未聞の状態で試験に挑み合格してしまったふざけるにもほどがある彼女にせめてもの意趣返しとして告げる。

 

『受験番号四百六番ミト・フリークス。三次試験合格一号、所要時間……ご、五分』

 

 会長との通信時間を抜きにして計算したところの数字を伝えるのに言葉を詰まらせてしまったが、報告を終えると椅子に凭れかかる。こんなことをしても彼女ならば次の試験も余裕で合格するだろう確定の未来に乾いた笑みしか浮かばない。

 

「数年は試験官になるの……止めようかね」

 

 始まったばかりなのに酷く疲れた表情で笑い続けるリッポーは残りの候補生の監視を続けるのだった。

 

 

 

 リッポーは最後まで違和感に気づかない。

 

 その力の一旦を披露された会長や奇術師の男は違和感に気づきながらもその本質までは理解できないのと同じようにミトの力を正しく認識出来ていないのだ。

 ミトの扱う力は念と近い場所にありながらも決して交わらない、この世界とは別の世界で身に付けた力だということを今後誰も気づかないだろう。

 

 ミト自身が口にしない限り、また教えない限り。

 

 

 

 その頃、試験合格を言い渡された張本人ミト・フリークスは塔の外にある崖の場所で凡そ女性とは思えない唸り声を上げて競り上がるものに敗北していた。

 その背中を差すっているのは何故か既に合格を果たしていた次男だったりする。

 結局、無様な姿を息子に見られて落ち込みながらも競り上がるものには勝てず、介抱されながら汚いものを眼下の谷に綺麗な放物線を描きつつ放射するミトであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五人で多数決の道を進まなくてはならない、ゴン、キルア、レオリオにクラピカは残り五人目を待ちながらミトの安否を語り合っていた。

 

 そんな彼らの元に五人目となる、忍べていない忍び―――ハンゾーが加わり、ようやく進む手筈が整った彼らの耳にミトの安否が驚愕の事実と共に飛び込んできた。

 

「流石お母さんだね!!」

 

 ゴンは嬉しそうにその報告を受け入れたが、その他四人は有り得ないと言った表情を浮かべている。

 

「五分って……幾らなんでも早すぎないか?」

 

 キルアの言にクラピカは頷く。

 

「確かに彼女はいち早く隠し扉に飲み込まれたが、それでも所要時間は短すぎる」

「そうか? あの人なら出来そうな気がするぜ?」

 

 そう肯定するような言い方をしたのはレオリオだ、それにゴンも深く頷いている。

 

「いや、仮に彼女の道が進むだけの簡単な道だとしても五分は早すぎるんだ、レオリオはこの塔の大きさを見ただろう?」

 

 クラピカの指摘にレオリオは言葉を詰まらせながらも反論する。

 

「そりゃあ……けど、道だってもしかしたらエレベーターみたいなもので……」

「あんた、そんな道があったら、そもそも試験の意味無いんじゃないの?」

 

 バッサリと切り捨てたキルアは首を横に振りながら道を進みだす。ここで議論しても答えは出ないと結論付けた為だ。それにゴンやクラピカも続き、子供に諭され、不貞腐れるレオリオも歩き出す。最後に残った今は存在感を限りなく薄くした、実のところ彼らの絶妙な掛け合いに口を挟めなかったハンゾーが涙交じり呟く。

 

「……苛め、かっこ悪いよ」

 

 哀愁漂う背中を丸め、涙を流さないよう天井を見つめるという器用な行動をしているハンゾーに振り返ったゴンが優しく語りかけてきた。

 

「行こうよ、ハンゾーさん!! オレらもお母さんに負けないよう早くゴールに辿りつこうよ!!」

 

 その優しさプライスレス状態のハンゾーは涙を拭いて頷いた。

 

「うん、お兄さん頑張っちゃうぞ!!」

 

 急に存在感をこれでもかと発揮して先導するハンゾーはあの悲壮感など感じさせない元気な姿でとても楽しそうに見えた。そんなハンゾーを見つめるゴン以外は心の中で密かに思う。

 

――メンタルが弱い、忍びは駄目だろう、と。

 

 多数決は思いのほか満場一致で彼らは順調に進んでいた。途中左右の道で割れたが、左に進みたいレオリオにも納得できるようクラピカが理論的に語り、それでも少し不機嫌になるレオリオに対してフォローするようハンゾーが所有するエロ本を渡すとすぐに機嫌が直った。

 

 低俗なやり取りを呆れて見つめていたクラピカは昔読んだ文献を思い起こして首を傾げた。

 

――忍びとは三禁を重んじていなかったか、と。

 

 クラピカの内心で改めて忍びとは程遠い存在だと認識されたハンゾーを先頭に右の道を進む。やがて一本の道の先、どこか闘技場のような場所に出た彼らはそこに待ち受けていた、雇われ試験官五人と対戦するか、多数決を求められる。

 

 当然彼らは満場一致で戦う選択をすると一対一のバトルは開始された。

 

「まずはオレから行くぜ、様子見がてら勝利してやるよ」

 

 中央の闘技場に繋がる道が現れ、ハンゾーが意気揚々と歩み出る。他の者に否は無く、応援されながら見送られた。

 対して雇われ試験官の一人、ハンゾーの頭と同じような男がデスマッチを要求して闘技場に進むと自身の頭を撫でて開口一番告げる。

 

「良い頭をしているな」

「お前も頭の傷が活かしているぜ?」

 

 互いに不敵笑うとデスマッチは開始された。男の振り上げられた拳はハンゾーに軽々避けられ、返す動作で足払いを掛けられると地面に思いっきり倒れ込む。

 苦悶の表情を浮かべる男は起き上がれない、己の太い首筋に冷たい鋭利なものが当てられていたのだ。

 

「同じ頭のよしみだ、一度だけ選択を与えよう」

 

 今まで明るい声色とは違う、初めて忍びと思わせる非情な宣告はこれが脅しではないと思わせるには十分だった。男は理解する、自分が否を選択すれば躊躇することなく冷たい鋭利なものは己の命を奪うだろう。

 

「参った……俺の負けだ」

 

 男は自身の中で満場一致に可決された存命を言葉にすると首筋にようやく熱が戻って来た。

 

「んじゃ、オレの勝ちってことで、楽しかったぜ!」

 

 少し前まで命のやり取りをしていたとは思えない朗らか笑みを浮かべ握手を求めるハンゾーに薄ら寒いものを感じながらも最後に残ったプライドでそれを交わすとようやく男は安堵の息を吐きだした。

 

 まずは一勝を手にして戻って来るハンゾーの戦いを見終えたキルアは苦虫を噛み潰したかのような表情で呟く。

 

「あいつ、オレより強いかも」

「うん、そうだね、ハンゾーさんは強い」

 

 同意するゴンはそれでも内心で考える。幼少のころから時折垣間見てきた母親の強さはハンゾーよりも遥かに先を行っている。仮に母親があの男と戦っていれば相手に攻撃を加えないで勝利していただろう。あの船にいた男たちのようにその内から溢れ出る力に怯え、早々に敗北を告げていたはずだ。衝撃度でいったらそちらの方が上に思えてしまう。

 次にそんな母親と同じくらい自分の中で衝撃だったのは上の兄たちだった。ゴンにとって尊敬する二人の兄、強さに順位を付けなければならないとするなら、一番はやっぱり母親で、長男が二番に付く、次男は三番だが、それでもハンゾーより遥かに強い。

 その三人を知るゴンはだからキルアほど衝撃も、まして悔しさも感じなかった。

 

 だが、先に挙げたのはあくまで尊敬する家族であり対等になりたいとは思うが、負けても悔しさより尊敬の方を強く抱かされる対象である。

 家族とは別に衝撃だったのはやはり一次試験で対峙したあの男だろう。あの男もまた類まれなる強さを持ち合わせているとゴンは本能で理解している、そして真っ先に思ったのは心の底から沸き上がる悔しさだった。家族には感じたことのないそれを当初ゴンは持て余していたがその後出会った会長に歯が立たなかった現実を受け入れたことで、それが明確な強さを求める理由に変わり始めていた。

 

 それはゴンが無意識に持つ一種のコンプレックスにも大いに関係している。

 

 尊敬を抱きながらも早く対等になりたいという無意識の焦りがその近い位置に立つ『他人』を始めて認識することで、ある種の杞憂を――置いて行かれるかもしれないという強迫観念をゴンに抱かせ、それが強さを求めさせる原動力になっているのだ。

 

 戻って来たハンゾーを見つめながらゴンは誰にも聞こえないよう小さく呟いた。

 

「けど、ハンゾーさんはオレの求める強さには程遠い」

「なんか言ったか、ゴン?」

「ううん、何でも無いよ」

 

 流石にゴンも己が失礼な言葉を吐きだしていると理解していて、キルアの問いに首を横に振るが考え自体は変わっていない。

 

 ここにもし母親のミトがいればゴンのうちに芽生え始めた傍から見れば脆い原動力に気づけたかもしれないが、それはもしもでしかなく、結果この脆い原動力は最終試験で浮き彫りにされるのであった。

 

 

 

 第二戦目は蝋燭に細工した試験官の一人に対してゴンが自分の息で吹き消すという荒業で勝利。

 第三戦目の対戦では幻影旅団というクラピカの逆鱗に触れた試験官が一発で失神させられ、我に返ったクラピカがそのまま戻ろうとするも冷静なハンゾーに終わっていないことを指摘され、試験官が起き上がるのを待つと改めて敗北宣言を言わせて勝利した。

 

 ルール通り、三勝を手にしてこのバトルは終わりを告げるはずだった。ところが、雇われ試験官の一人大量殺人犯のジョネスが手錠を自ら破壊して近くにいたキルアに襲い掛かってきたのだ。皆一様に驚きを見せる中でキルアは平然とした顔で片手を僅かに上げ、ジョネスとすれ違う。

 

 キルアの手にはジョネスの生きている証とも言うべき心臓が握られていた。

 

「甘いよ、出直してきな……出来るならだけど」

 

 返せと呟くジョネスの眼前でその心臓を握りつぶすと血のついた手を振り払い、もう記憶から抹消したかのように先の道を歩き出す。後に残るは崩れ落ちた大量殺人犯の呆気ない末路であった。

 

 

 

 その後の仕掛けも難なくクリアしていき、時間的にかなりの余裕を持ってゴールに辿り着いた彼らがいち早く目に映したのはトランプタワーを作る奇術師でも、カタカタ言う男でも、他の合格者でも無く、見事に破壊された出入り口と天井だった。

 

「多分お母さんがやったんじゃないかな……」

 

 苦笑気味にゴンが予想した通り、ミトは出すものを出し切って爽やかな笑顔を浮かべながら彼らを出迎え、年齢的にはアウトだが見た目には似合うテヘぺロを作り報告してきた。

 

「お母さん、久々にハッスルしちゃった、テヘぺロッ」

 

 三次試験を合格した者の殆どが一応に顔を引き攣らせるのとは逆に喜びの声を上げるのがゴンだけだったというカオス空間はその後試験の制限時間まで続き、混沌の渦の中三次試験は幕を下ろした。

 

 

 




 副題は浮き彫りになるゴンの原動力とカッコイイハンゾーさんには何処で会えますか? でしょうか。


 それではまた次回の投稿で。

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