それでも見て差し上げましょう、と言う方はどうぞ。
頭を抱え無い知恵を絞って作り上げた寿司を審査してもらえず意気消沈気味なミトこと私は今、ハンター協会が所有する飛行船の中で次の試験会場に向かっていた。
あの後、合格者0に対して文句を言った候補生がブハラさんにブッ飛ばされたり、ハンター協会会長が空から落ちてきたり、深い谷底にある美味な卵を取ったり、色々な出来事があったらしい。
その場に居ながら何故断定的な物言いが出来なかったのか、それは一重に寿司を食してもらえなかったショックで意識を飛ばしていたからだ。
手づかずの寿司をタッパーに詰めてくれたゴンに手を引かれ(私を背負い谷にダイブして卵を取ったらしい)気づけば二次試験に合格していたという体たらくに寿司以上のショックを受けそうになる中、ゴンやクラピカ、レオリオにキルア君が私の握った寿司を食べて美味しいという感想をくれたので最悪な気分は何とか脱出する。特にゴンとキルア君は本当に美味しそうな表情を浮かべてくれたのが救いで、食材に土下座しなくて済んだと言えよう。それでも美食ハンターのメンチさんに食べてもらい評価を頂きたかった私としては消沈気味なのである。
まあ、過ぎたことは仕方がないわ、夜空の旅を楽しみながら気持ちを切り替えていきましょう。
目の前に広がる飛行船の窓から見える煌びやかな夜景の素晴らしさに心を癒してもらいながら、隣に座る我が子と友達の微笑ましい会話に耳を傾けて更なる癒しを貰うとする。
「キルアのお父さんとお母さんは?」
出だしには中々のチョイスだわ、ゴン。家族構成はその子の人となりを知るのに良い材料よ。けど、前にも言った通り無理やり聞くのは駄目だからね。
「んー、生きてるんじゃない、多分」
多分って……やっぱり複雑な家庭なのかしら……そうなるとバットチョイスになってしまうわよ、ゴン。話題を変えて。
「何をしている人なの?」
そう、アクセル全開なのね、ゴン。良いでしょう、重い真実を受け入れる覚悟があるのなら行きつくところまで突っ込みなさいな、私はもう何も言わないわ。
「殺人鬼」
え、そっち、そっちなの、キルア君。私はてっきり施設で育った孤児のキルア君が本当の両親を探し出そうとするような、ぶっちゃければ感動ドラマ(くじら島でも衛星放送が見られる時代なのよ)みたいだと勝手に思い込んで聞かないようにしていたのだけど、ちゃんとご両親のもとで育ったんじゃない。
「って、さっきから聞こえているからな、おばさん。オレの家はちゃんとした…いや、ちゃんとしているかと聞かれれば違うかもしれないけど、一応家族の中で育ったから」
それを聞いて安心する。きっと今は反抗期なのだろう、うちの息子達は別にしてキルア君ぐらいの年頃の子は親に反発するのだとくじら島の二児の父トムが言っていた。
些細な子供の心境を改めて理解しつつ、私は話に加わる。
「ふふ、ご両親は共に殺人鬼なのかしら?」
「あ、それオレも聞きたかったんだ。親が殺人鬼の子供だから、ちょっとお馬鹿な子供になったのかな?」
直球で心を抉るような言い方になるのはゴンが天然たる所以だ。でも、そこが可愛いらしいと思ってしまう私は親馬鹿なのだろう。涙目のキルア君には悪いがゴンに注意は出来ない。
「なぁ、あんたら親子はオレを苛めて楽しんでるんだろう?」
正解である、少なくとも私は少し生意気のくせして大人ぶる可愛い子を苛めたくなる性分だが、しかし、ゴンの場合はこれが天然だと気づくのにどのくらい掛るのか、見守って行きたいものだ。
キルア君は幸せを逃がすような大きいため息を吐きだすと苦笑を浮かべた。
「まあ、あんたら親子が普通じゃないってことは理解したよ。普通こんなガキが言うのなんて戯言としてしか伝わらないからな、真面目に聞き返されるとは思わなかった」
「え、でも本当のことなんでしょ?」
「だから、何でそれが分かるんだよ」
「うーん、なんとなく?」
「そうかい、ゴンの中ではなんとなくで、信じちゃうのか」
「あ、今馬鹿にしたでしょう」
「その通りだ、ゴン君、良く分かったな!」
二人して楽しそうにじゃれ合う姿に私も嬉しくなる。このままもう少しじゃれ合う姿を眺めていたいところだが、不躾とまで言わなくても邪魔でしかない視線を感じて視線を上げる。
視線の先、ハンター協会会長ネテロが気配なく佇んで私達を見つめていた。ばっちりと視線が合い、会長は僅かに驚きながらも唇に人差し指を這わして黙っているよう、お願いされてしまった。
ゴン達に気づかれないよう頷けば気配が濃厚になり、会長の鋭い視線が私達を真っ直ぐ射抜く。当然ゴンを始め、並みの子供ではないキルア君も気づき、身構えて素早く視線を向けるも、それではもう遅い。既に会長は私達の背後に佇んでいるのだ。
「ほほ、どうかしたかの」
背後から白々しく声を掛けてきて、天然な我が子はまだ、視線の先に人がいたと思い込んでいて当の本人に聞く始末。キルア君はどうやら視線の主が会長だと気づいたようで皮肉な言い回しで年齢の割に早いという指摘を繰り出すも舌先三寸で敢え無く撃沈すると傍から見ても分かるくらい不機嫌になった。
「本当に歩いていただけなんじゃが、ご婦人は見えていたから分かるじゃろう?」
不機嫌なお子様の意識をこちらに回す気満々の会長に苛立つが、ゴン達の成長の為、それを受け入れて回答する。
「ええ、視線を向けた後、瞬時に私達の背後に回っていましたわ、常人の一歩では出せない距離を使って。確かにあれは歩く行為でしょう。ですが、あれは既に武道の領域だと思います。大人気ないですよ、会長」
「これはまた可愛い顔して手厳しいのう」
「事実ですから……大丈夫よ、あなた達だって訓練すれば身に付くような代物だわ」
諭すようキルア君に告げれば、少し不機嫌さを残しながらも一応頷いてくれた。逆にゴンは私にも出来るのか聞いてくる。
「そうね、私も出来るわ。ただ、私の場合あそこまで気配もなく動くのは難しいのよ、どうやっても移動した感覚を敵に、ここで言うあなた達に気づかれてしまう」
剛の動きとも言うが、これは前世からの慣れみたいなもので暗殺者などが使う静の動きより相手に悟られやすいのが特徴だ。もっとも、感覚を捉えられてもそれすら捩じ伏せてしまうのが剛の凄さとも言える。私が会長と同じような行動をしても結局同じ末路を辿るだろう。
「ゴンはどちらかと言えば、力強い剛の動きを無意識にしているわ。逆にキルア君は柔軟性に富んだ静の動きを訓練している。会長はその中間くらいかしら、多分若い頃は剛の動きを嗜み、老いと同時に静の動きを身につけたんじゃないかしら?」
そう問うよう視線を向ければ嬉しそうに頷いてきた。
「ちなみにあくまで動きに関してだから気配消しなどはこれの範疇に入らないわ。剛だからと言って気配消しが不得意になるかと言えばそうじゃないの。どちらかと言えば個人の資質に関係するわね。私の気配消しは中々のものよ?」
言って、自身の気配を限りなく希薄にして一次試験のようにキルア君の横に立つと頭を撫でる。思いっきり驚いてくれるのだから、からかう身としては面白い。
「とまぁ、この通り、攻撃面の動きに関して剛と静があることを覚えておきなさい」
知っているのと知っていないのとでは格段に情報量が変わって来るのだから、損は無いはずだ。
二人は素直にお返事してくれた。何故か、会長も一緒になってお返事するものだから、思わず鼻で笑ったら落ち込まれてしまったが、きっと演技だろう。
「いや、割とショックじゃよ、綺麗なご婦人に失笑されるのは男として辛いものがある」
「そうですか、ならそのままショックを受けてくださいな」
「おうふ、中々気の強いご婦人だわい、じゃが、そこも良いのぅ、男として屈服させたくなる」
「では、女としてそんな愚かな男をぶち殺しましょうか」
先ほどまで抑えていた気配を今は溢れんばかりに滾らせて会長に棘のよう向ければ、会長もまた私とは違う力を内から、主に頭の額から発生させて身を守るよう全身に廻らせる。
「これこれ、先ほど自分が剛と言ったばかりではないか、子供たちが息苦しく感じておるぞ」
そう指摘され、すぐに自身を抑えてゴン達を見れば息も絶え絶えな状況で地面に足を付けていた。
「ああ、二人ともごめん、ごめんねぇ、苦しかったわよね、ホントごめんなさい」
私は謝罪しながら二人を纏めて抱き上げると窓の近くにあるベンチに座った。十一歳の少年達にするような行為ではないが、あれは本当に無防備な人間にはキツイものがあるのだ。現に彼らは息を整えながらも体を小刻みに震えさせている。それは本能的な恐怖からくる体の拒絶なので少なくとも落ち着かせるまで震えは止まらない。こうやって恐怖の張本人である私と体を密着させながら体を差すって安心させれば二人は落ち着いてくる。
「今はこの力の事を忘れなさい。大丈夫よ、いつか必ず私の力にも対抗できる強さを手に入れられるはずだから」
言って、会長に視線で語ることの許可を貰えば苦笑しながらも頷かれた。私も会長の持つ力がどう言ったものかを詳しく知らないが、長男に聞くところによると隠ぺいされている力らしいので許可を求めたのだ。
「この世界にはあなた達が想っている以上に不思議な力があるの。それを高めれば会長のように私の力も平然と受け流せるようになる。だから、今は焦らずに忘れなさい。忘れてしまえば恐怖も薄れるから」
二人を膝に乗せて背中を一定間隔で撫でること数分、先ほどまで真っ白だった顔は赤みを帯びてきた。
「……うん、もう大丈夫だよ、お母さん」
「オレも……なんか、安心した……この格好は恥ずかしいけど」
それを聞いて安心すると同時に私は己の為すべきことを思い浮かべた。
「さて、始めましょう」
私の言葉にキョトンとするキルア君と何かを察したゴンを下して立ちあがると空気圧に耐える強化ガラスの窓を見つめた。
「年甲斐もなく強敵に出会えて滾る心を抑えられず子供たちを恐怖させてしまった私は母親として、大人として、最低だわ」
「お、お母さん、まさか!?」
「おい、どうしたんだ、ゴン、おばさんも窓なんか見つめて何を……」
そうよ、ゴン、そのまさかだわ。キルア君、見届けてほしい、これが大人のけじめというやつなのよ!
「然らば、最低な私が取るべきはハンター試験を辞退してこの強化ガラスのその先に飛び込み、墜落しながらお詫びを!!」
ガッと強化ガラスの窓枠を掴むと力を込めれば、ミシミシ今にも外れそうな音を奏で始める。それを留まらせようとゴンが腰に巻きつけばキルア君も私の腕を掴み止めに入って来た。
「お母さん、オレもう大丈夫だから!! そんなことしなくて良いから!!」
「おい! おまえの母ちゃんどんな思考してるんだよ!! て言うか腕の力めっちゃ強いんですけど!! オレの今まで培った自信が崩れそうなんですけど!!」
腕に力を込めながらもキルア君が難しい言葉を平然と使えるところに、これで可愛いお馬鹿息子と同年代なのか、という驚愕が沸き起こる。それでも決して腕は緩めないけれど。
本来埋め込まれた窓があと少しで外せると言ったところで頭にとんでもない衝撃を食らう。
「ぐはっ!!!」
洒落にならない衝撃の後に待ち受けるのは尋常ではない痛みだった。
「何でこんな茶番劇に百式観音を使わなければならんのじゃ……」
貴様の仕業か、会長もとい糞爺。物凄く痛いんですけど、これ、私以外だったら頭が破裂しているから!!
窓枠から手を離すと頭を抱え悶えるよう地面を転がりこむ。ゴンやキルア君は私の痛い悲鳴に驚いて咄嗟に離れたので何をされたのか理解していないだろうから、ただ単に頭の可笑しい女が地面を転がっているという色んな意味で痛い場面を現在進行形で見られている。
「お母さん、別の意味で飛行船から飛び降りたくなったわ」
何時までも転がっているわけにもいかず、痛みを堪えて立ちあがると子供たちが安堵したように息を吐きだした。
本当に面目ない、このような暴走癖は最初のミトから見られた行動だから自身で抑えるのは難しいのだ。もっとも最初のミトは力が無かったからここまで大ごとにならず、精々家出してジンの手を煩わせたくらいだが、今生の私は無駄に行動力があるので何かと息子達を心配させてしまう。ちなみに一度目の転生では住んでいた都市を危うく壊滅させてしまうところだった。
「どうやら落ち着いたようじゃな、まったく人騒がせなご婦人じゃ」
会長の言葉にぐうの音も出ないとはこのことか、反省の色を込めて謝罪を口にすれば咎めも無く許された。今更だが窓をブチ壊したら私だけでなく飛行船に乗る彼らにも多大な迷惑を掛けるところだったのにも関わらず寛大な方だ。
そんな寛大な会長は立派な髭を撫でながらゴン達に視線を向けると口を開いた。
「さて、気分を変えてお子様二人に提案じゃ、わしとゲームをせんかね?」
「ゲーム?」
「はあ!? 唐突過ぎて訳わかんねぇ」
キルア君の言葉通り、本当に唐突な提案だ。後、ゴンは首を傾げて聞き返す様が可愛すぎる。
「なんの、お子様はまだまだ元気が残っておるようじゃからな、飛行船の中は子供向けに出来ておらんし、暇を持て余すじゃろうからの提案じゃ」
確かに飛行船の中に搭載された娯楽施設は想定年齢を高くしたものばかりでお子様には詰まらないものだろう。親としてもタバコや酒の席に行かせたいとも思わない。
「ルールは簡単じゃ、わしからボールを奪えば良い。そして、もし奪えたらお前さんらは無条件でハンター資格を与えよう」
これはまた人の悪い提案をするものだと感心する。その言い方だと確実に取らせる気が無いと言っているようなものだ。
現実的に今の彼らでは会長からボールを奪うのは無理だし、結局この提案は会長の暇つぶしを体よくゲームとして置き換えられているだけだろう。彼らは暇つぶしの相手に選ばれてしまった可哀そうな生贄だ。
何度も言わせてもらうが、そこが可愛いところでもあるゴンなどは会長の思惑に気づくはずもなく嬉しそうにその提案を受け入れている。キルア君も顰めた表情を浮かべながらではあるが了承していた。あれは会長に一泡吹かせようと企んでいる顔だ。
提案を受け入れられて一瞬、してやったりという表情を浮かべた会長は黙って聞いていた私に視線を向けた。既にゴンとキルア君はゲームを行う会場に向けて歩き出していた。
「残念じゃが、このゲームに参加できるのは十八歳未満までじゃ、見た目は考慮せんよ、地道に試験に合格しておくれ」
「構いませんよ、私と会長ではこの飛行船が破壊される未来しか浮かびませんから」
「助かる、私個人としては是非一手願いたいものじゃが、それは次の機会にでも」
「ええ、その時が来たならば久々に本気で戦いたいものですわ」
会長の強い眼差しに対して私は不敵な笑みを浮かべた。血沸き肉踊る、なんて口にする会長に私も同意の頷きを返して彼らとは別の道を歩き出す。
目的地はこの飛行船に設置された酒の提供がされる場所。今はこの高揚感を肴に酒を浴びるほど飲みたい気分で……別に先ほど己が犯した失態を酒で忘れたいわけじゃない、あくまで楽しい酒を嗜むつもりなのだ。
☆
キルアは汗だくのシャツを脱ぎ棄てゲームから離脱する。
まだ続けるというゴンに寝るとだけ告げて広い会場を後にしたキルアは真夜中の廊下を歩いていた。黙々と歩き続けるキルアの表情は十一歳の子供が浮かべるような表情ではなかった。今にも誰かを殺してしまいそうな雰囲気を垂れ流した、言い方を変えれば獲物を探してさ迷う捕食者のようである。
そんなキルアの前方から二人の候補生が歩いてきた。
キルアの視界に映り込み、家庭環境で植えつけられた本能が二人を獲物と認識しながらも決して手を出さないようきつく握り締められたのは一次試験でゴンに指摘された『子供』という言葉のおかげである。しかし、ハンター試験を受ける者たちは皆血の気の多い連中ばかり、些細な接触でキルアの自制は脆くも崩れ落ちてしまう。
「おい、ボウズ、ぶつかったなら謝れよ」
「こいつ汗だくで気持ち悪いな」
そこまで悪意のある言葉では無かった。それでもキルアの自制は簡単に緩められてしまったようで。
自身の育った環境が悪いのか、それともこれが己というものなのか、握りしめられた手を解き、目障りな波虫を殺すような気持ちで振り下ろされる。
呼び動作も無く動かせる己の手を見つめながらキルアは想う。
――ああ、こんなところゴンに見られたらまた子供だって言われる。もしかしたらもうオレに関わらなくなるかもしれない、それは少し寂しいな。
攻撃が繰り出される瞬間は呆気なく終わりを告げた。
「うお! 何時の間に現れやがった!?」
「やべぇぞ、こいつあの奇術師と遣り合える奴じゃないか!?」
二人の候補生が蜘蛛の子を散らすように逃げ出すなかで、いきなり目の前に現れて死を与えるはずだった腕を簡単に掴んだ仮面の青年にキルアは驚愕する。
「だれ……だ」
掴まれた腕に痛みは無い、それはつまり純粋な意味で止めただけということ。敵意も無く行動に起こせて尚且つ己に気づかせなかった技量を持つ目の前の仮面に今度は純粋な恐怖が沸き起こる。主に額が疼き、脳裏に逃げろという信号がひっきりなしに押し寄せてくるのを何とか留めながら相手の動向を窺う。
仮面の青年は掴んでいた腕を静かに離すと恐怖に染まるキルアの頭を一撫でして何事も無かったかのように脇を通り過ぎて行った。
すれ違いざま仮面の青年が小さく呟いた独り言を常人より優れているキルアの耳は捉える。
「……本当にゴンの兄貴も参加していたのかよ」
キルアの耳には確かな音で弟と仲良くしてくれてありがとう、と聞こえてきたのだ。
詰めていた息を吐きだして仮面の青年が去って行った方向に視線を向けるキルアの表情は何時もの生意気な笑みを浮かべていた。
ゲームが行われていた会場では疲れ果てたゴンがその場に横になって寝息を立て始める。
残念ながらボールは取れなかったが左手しか使っていない会長に右手を使わせたという満足感からその寝顔は喜びに満ちていた。
「いやはや、末恐ろしい子供じゃ」
今ここにはいない銀髪の子供も含めて将来が楽しみだ、などと親でもないのに考え深げに呟いてしまった会長は苦笑を強め、このままでは風邪を引くだろうと備え付けられた電話の元に向かう。ところが番号を押す前に扉が開かれ、毛布を持った仮面の青年が入室してくるのを視界に捉えて一旦止める。
仮面の青年は手に持つ毛布を躊躇することなくゴンに掛けてやり、一撫ですると立ちあがる。そして会長と対峙するよう身構えた。
「お前さんもゲームに参加するというのか。年齢ギリギリに見えるが良いじゃろう、相手になるわい。無論、ボールを取れば合格じゃ」
そう言って止めていた電話を掛け始めると飛行船の機長にゆっくり飛行するよう提示するのだった。
朝日が完全に登り切り、飛行船が次の試験会場近くの上空に辿り着いた時間帯、息も絶え絶えな会長は地面に座り込み込み上げてくる笑い声を抑えていた。隣にはまだ少年が寝息を立てている。
「ほほ、何と勇ましい青年じゃ、まだまだ所々甘い部分を残すが、あれはまさしく努力の天才と呼んで良い、久々に実直な闘志を受け止めたわ」
その手にボールは無い。油断は無かった、されど心情に甘い部分が無かったかと聞かれれば頷けない。それほど心地よいゲームだったのだ。
「あのご婦人が剛なら、かの青年はまさしく静なり、同じ系統でもここまで違いが出るのは一重に彼の努力の賜物じゃろうて」
ボールを取られた際、名を聞いてみれば会長は僅かに驚いた。
ご婦人の血の繋がらない息子であり、そこで寝ている少年の兄である彼は己が彼女らに比べ才能に乏しいことを告げてきた。それに関して会長も否定できなかった。あの女性やゴンに比べると彼はこの手の才能に乏しいだろう、努力の天才と称したのも間違いではない。
それでも常人に比べると遥かに高いのだが、彼はそれを嘆いていた。その心情は自己中心的なものではなく全ては家族を守れる力が欲しいというある意味自己犠牲に似たものだった。
そんな彼の心情に気づいたご婦人――母親は青年に己の持てる力を教え込んでくれたと彼は言う。彼女は己の持つ力を教える気は無かったらしい、それを曲げてでも教えたのは彼女もまた家族を愛していたから、才能が無いと嘆きながらも努力することを怠らなかった息子の姿に感銘を受けたからなのだそうだ。余談だが、この世界で彼女の力を学んだのは次男の他にもう一人だけである。
青年は言った。この力は家族の為に、これから現れるのであろう彼らの愛すべき者達の為に行使していきたい、と。
聞き終えた会長はその度し難いまでの自己犠牲精神に言葉が出なかった。代わりに出てきそうになったのは笑い声だ。彼のどこか歪な家族愛を垣間見て尊敬にも似た喜びを抱きながら、子供のように高揚する気持ちを抑えられない。
「文句なしの敗北じゃ、願わくはご婦人同様完成されたかの青年とも戦いたいものじゃなぁ」
会長は大きく背伸びを行うと未だ眠りの淵に立つ青年の弟の顔を覗き込み、口には出さず、心の中で呟いた。
――お前さんは自分が想っているより恵まれておる。それに胡坐を掻くか、自ら立つかはお前さん次第……もしも兄や母親と対等でありたいと思うなら、まずはこのハンター試験に受かって見せな。
三次試験開始時刻は目の前に迫っていた。
副題は愛すべき弟を見守る兄と言ったところでしょうか。
それでは次回の投稿で。