三度目のミト   作:アルポリス

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 奇術師の奇行を平然と流せるミトはもうミトじゃないような気がしてならない。

 それでも見てやるさ、と言う方はどうぞ。


ミトと握り寿司の話

 

 薄暗い地下のトンネルから地上に出た候補生の視界に真っ先に映り込んだのは広大な湿原だった。一部の候補生以外は荒い息を整えながらその湿原に見入っていると地下のトンネル出口がシャッターで閉じていく。地下に残された候補生の嘆きの声をバックに試験官のサトツがその場所の説明を開始する。

 

 ヌメーレ湿原、通称『詐欺師の塒』と呼ばれるその湿原はこの場所でしか見られない珍奇な動物が数多く生息している。その多くの動物達は人間なども欺き捕食するという狡猾で残忍な習性を持ち合わせているという。

 彼は最後に死にたく無ければ騙されず自分に着いてこいという言葉を付け加えて説明を終えた。

 

 その直後、その男は現れて叫んだ。

 

「嘘だ! そいつは嘘を吐いている!! そいつは試験官なんかじゃなねぇ、そいつは人面猿なんて呼ばれ……グハッ」

 

 ボロボロの恰好でサトツに似ても似つかない猿の死体を持った男は尋常ではない早さで飛んできた空き瓶に顔を強打され、倒れ伏した。死んではいないがボロボロの姿のうえ、鼻から血を垂れ流して見るも無残な状況である。

 

 候補生たちの視線は一斉にその空き瓶を投げつけた存在に向かう。

 

 少女のような外見でありながら中身前世から換算すれば目も当てられない年齢にして今生だけならば三十五歳のミト・フリークスである。

 

「お猿のくせして煩いわね、私は早く試験を終わらせてお酒が飲みたいのよ、そこの死んだふりのお猿を含めて構っている暇は無いわ」

 

 言って、まっすぐにトランプを遊ばせる男に視線を向けた。

 

「もちろん、あなたにも構って上げるほど優しくないの。その物騒な殺気を抑えなさいな、試験官に対しての攻撃は失格対象になるわよ」

 

 男はニヤリと一般人なら身も凍らせそうな笑みを浮かべるとその手に持つトランプを逃げ出そうとした二匹の猿に向けて放ち呆気なく絶命させた。

 

「くっくっくっ、ご忠告ありがとう。お礼に始末を付けておいたよ◆」

 

 その手際の良さに皆が少なからず驚きを見せるなか、ミトは平然とそれを流した。

 

「お礼をするなら走っている時から続く不躾な視線を止めて欲しいのだけど?」

「おや、気づいていたのかい、なら一度でも振り返ってくれたって良かったじゃないか❤」

 

 皆、奇術師の男から醸し出される不穏な気配に怯え、散るように離れていく。唯一人男と同じような力を持ち合わせている男は僅かに目を細め、カタカタという言葉を発していた。

 殺気とは違う、けれど決して浴びたくないような粘着質な気配はまっすぐミトに向かっているのにも関わらずそれを平然と受け流す少女の姿に一同は驚愕を禁じ得ない。中でも息子であるゴンは内心でこれが自身の母親なのだと誇らしげに呟き、目を輝かせて尊敬の眼差しを向けている。そんなゴンの姿を横で見ていたキルアは理解する、こいつはマザコンだと。

 

 皆がミトの動向を気にしながら聴き耳を立てるとその爆弾は落とされた。

 

「馬鹿言わないで、私年下は範疇じゃないのよ、生まれ変わってから出直してきなさいな」

「は?」

 

 候補生の殆どが驚きの声を上げ、男でさえ己の耳を疑い纏わり付くような気配を飛散させてミトを凝視する。

 身内や実態を知る者以外の全ての視線が疑いの眼差しで突き刺さり、ミトは頭を抱えてため息を吐きだした。

 

「何よ、誰も気付けなかったの、これでも血は繋がらないけど三児の母をこなしている三十過ぎの女なんですけど!」

 

 子持ちやアラサーいう叫び声のオンパーレードにミトは頭痛がしそうだった。まさか誰も看破出来なかったとは思わなかったのだ。阿鼻叫喚の中にはこれで合法ロリが出来るとかいう不穏な声もあったのだが、それを言った男は何者かによって卒倒させられていた。

 

 流石に三百人ほどいるメンバーの驚愕の声は最早耳に暴力である。流石のサトツも試験官として注意を促し、この一件は終わりを告げた。男も興が逸れたのか殺気を迸らせようとはしなかった。

 

 若干心に傷を負った女性と身体的に卒倒させられ何もせずに失格になった候補生の一人を残してマラソンは再開された。

 

 

 

 

 

 サトツを先頭に湿原を駆け抜けるも霧が発生して視界は悪く多くの候補生たちの悲鳴がところかしこから聞こえてくる。霧のせいで詐欺に出会いやすくなっているようだ。

 

 一番前を行くミトの背後で走るゴンとキルアの顔にはまだ余裕があった。特にキルアは背後に気を配りながら速度を上げようとする。

 

「ゴン、スピード上げるぜ、霧に乗じてあの奇術師の野郎が殺しをやるつもりだ。さっきのやり取りのせいで欲求不満になったんだな」

「え、どうして分かるの?」

「俺も同類だからだよ」

「へー」

「それだけかよ!?」

 

 気の無い返事にキルアは目を見開くも、ゴンは冷静な態度で口を開いた。

 

「だって、お母さんが昔言ってた、子供の方が純粋で残酷なところがあるって。キルアは子供なんだね」

「ちょっ、んなことねぇし!! 今は違うし!!」

「なら、大人になったんだね」

「そうなんだよ、オレも成長したんだよ」

 

 走りながら何度も頷くキルアの姿に前を走るミトが振り向き、慈愛に満ちた表情(からかいが含んでいる)で見つめているのをゴンは見たが、キルアが怒りそうなので黙ることにした。

 

「でも、昔お馬鹿なガキだったキルアが言うんだから危険なんだよね」

「あれ、結構ゴンって辛辣な性格?」

 

 穏やかそうな顔で心を抉るような言葉を敢えてチョイスに驚きを禁じ得ないキルアの横で走る本人は背後に向かって声を上げた。

 

「ねぇ、レオリオ、クラピカ!! そこは危険だから前を走った方が良いって!!」

 

 しかし、帰って来た言葉は無理という無情な現実だった。急に走りが滞り、ゴンが後退していくのをキルアが引き止める。

 

「ゴン、やめろ、あいつらだってハンターに為るため覚悟してきたんだ。せいぜい仲間の悲鳴が聞こえないよう祈るんだな」

「う、うん……でも……」

 

 チラチラと背後を窺い、どう見ても後ろが気になってどうしようもないゴンに前を走るミトから声が掛けられた。

 

「あなたが彼らを助けたいと思うなら後悔する前に行動するのよ」

「おい! 何言ってんだよ、自分の息子に!!」

 

 驚きを見せながらキルアが叫ぶもミトは振り返ることもせず、前を走りながら続ける。

 

「言ったはずよ、あなたが死ななければ私は目を瞑ると。これは比喩じゃないのよ、仮にあなたが身体を欠損させても生きていれば私はそれで良い。普通の親としては失格でしょう、それでもあなたが後悔しない道を歩けたのだと誇りに思える私がいるの。本当のハンターに為りたければ己の心に従い身勝手に行動してみなさい」

 

 凛とした声で母親に後押しされ、ゴンが満面の笑みで頷くのとレオリオらしき悲鳴が聞こえたのは同時だった。

 

「行ってきます!!」

「いってらっしゃい、ゴン」

 

 見送りの言葉を受け、ゴンは背後の霧に飛び込んで行った。逆に残されたミトとキルアの間には重たい沈黙が流れる。

 

 そんな沈黙を破ったのはやはりミトの言葉だった。

 

「ゴンが心配かしら?」

「それはオレのセリフだろう、あんたは母親として心配じゃないのかよ?」

「心配に決まっているでしょう」

「だったら!?」

 

 キルアが睨みつける様に前方を走るミトに視線を送るも、その姿は既に無く、代わりに自身の頭に第三者の手が添えられ、その声は聞こえた。

 

「でもね、同時に親は子の望みを叶えてやりたい生き物なの」

 

 呼び動作も無くキルア自身気づけないほどのスピードで真横に付けられ、尚且つ頭を撫でられて驚き声も出ない姿にミトは笑って見せた。

 

「そう、学んだわ。時間が掛ったけれど」

 

 キルアは撫でられながらも唐突に彼女の心情を理解する。この真横にいる母親は息子であるゴンを心の底から信じているのだ。それがどんな無茶であれ、必ず生きて帰って来ると、根拠など無いのにそれでも頑なに信じ続けられるという一種の強さが彼女にはある。

 

「それにあの子を見守るのは私だけの役目ではないのよ?」

 

 整った少女の様な顔立ちでウインクされ、年齢を理解しながらも顔を赤くするキルアはその言葉理解できず首を傾げた。そのような仕草は年齢相応に見えるな、と内心で笑いながらミトは背後に視線を向ける。

 

「あの子には弟が大好きで仕方がないお兄ちゃんが着いているのだから」

 

 そう言われて習うようキルアも後ろを向くがそこには濃い霧が包まれているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 濃い霧に咽かえるような血が充満していた。地面には数多の候補生だったもの達の亡骸が無造作に捨て置かれ、その中心にトランプを遊ばせる奇術師の男は立っていた。

 

 一方男と対峙するのはゴン一人だけである。レオリオは奇術師に挑み、敢え無く気絶させられ亡骸と同じよう地面に倒れていた。クラピカは一旦逃げようとするもゴンの登場にその考えを捨て、対峙する道を選んでいる。

 

 男は自身を試験官ごっこと称しながら死体の山を築きあげながらも、彼の中には不確定なルールがある。やがて強者至れそうな逸材を己の勘で見極め生き残らせるという傍から見たら酷く傲慢な測りに、けれどそれを行えるだけの強さが男にはあった。

 

「うーん、残りは君達か……面構えは良いね、普通なら合格にしたいところなんだけど、消化不良が酷くて……それにサングラスの彼を殺せなかったからそれが更に高まっちゃったから◆」

 

 これこそ不確定な所以とも言うべき男の常人に理解できない思考は既に彼らを死に追いやる選択しかなかった。

 

 パラパラとトランプを遊ばせていた手が止まる。

 

「君達が死ぬ間際に啼く悲鳴で落ち着かせようかな❤」

 

 確定された死を意味する宣告は対峙する二人に執行される。二枚のトランプが宙を舞い物理に反して獲物となった二人に目掛け降り注ぐ。それをゴンは得意の条件反射で避け、クラピカもまた何とか己の持つ堅木で出来た木刀で受け止めた。

 

 初動で殺せなかった男は満足げに目を細める。

 

「ああ、実に惜しいね、この高ぶる気持ちが無ければ後のお楽しみが沢山待っているのに抑えられないよ♠」

 

 その言葉に何故かゴンは賛同したくなる気持ちがあった。目の前の男と対峙してから今まで感じたことのない高揚感が沸き上がり自ずと笑みを浮かべてしまう。

 

 ゴンの好戦的な笑みに何故か先ほど湿原の入口で会話した少女の様な女性の表情に重なり、男は再びトランプを持て遊び始め口を開いた。

 

「君、今にも殺されるのにどうして笑えるのかな?」

「分からない、けど心臓がドキドキしている。殺されるかもしれないのにワクワクして可笑しいかもしれないけど楽しい気持ちでいっぱいなんだ」

 

 男は先ほどの現象も相まって核心を突いた問いを投げかける。

 

「君の母親は彼女かい?」

「そうだよ、オレのお母さんは少女みたいだけど凄く強い女性なんだ。オレはお母さんほど強い人を知らない。だからオレの目標でもあるんだ」

 

 その言葉に男は己に問いかける。ここで失くすには惜しい、実に惜しい人材だ。あの仮面の青年がもうすぐ熟しそうな果実なら、この目の前で笑っている子供はとびっきりの青い果実だ。それだけ彼の成長を見守り、やがてもぎ取れるというのは長い至福の時間でもある。

 

 そこまでの思考に至り、男は一歩足を踏みしめた。ゴンにしてみれば瞬きの瞬間、眼前に男の姿が現れ、その首を絞められるまで行動を起こせなかった驚きは計り知れない。死ぬような圧迫感は首に与えられていないのに男の醸しだす気配はゴンの全身を纏わり付くよう濃密で、それの方が閉塞感を伴って苦しみを感じる。

 

「君、名前は?」

 

 男は静かに問う。

 

「……ゴン」

 

 指を緩められてゴンは浅い呼吸を繰り返す。男はそのまま手を離して立ちあがった。

 

「では、ゴン、君の笑みに免じてここは我慢しよう。精々僕を退屈させてくれるなよ♣」

 

 先ほどまで溢れていた濃密な気配は何も無かったかのように飛散してひんやりとした霧が肌に纏わりつく。男の言葉を聞いてゴンは見逃されたのだと理解した。

 

 身から溢れ出る悔しさに歯を食いしばりながらゴンは立ちあがる。ただ己は弱いだけ、その一言に尽きた。

 

 どうやら、クラピカやレオリオも同様に見逃すようで男は連れていくよう視線だけで語る。二人は未だ失神するレオリオを背負い霧の中に消えた。

 

「僕も我慢強くなったもんだ♠」

 

 男が自身をそう称した直後、霧の中から濃密な力の塊が己目掛けて飛び込んでくるのに気づき、空中に飛翔する。空中から見えたのは黄金色の光弾が男の立っていた場所に着弾する模様と爆音を轟かせ、煙幕のように爆煙を吐き出す光景だった。

 

「彼かな…面白い技を使う。放出系か、けれど……」

 

 男の勘はそれをきっちり否定する。むしろ混乱させるように未知なる力なのだと囁いている。

 

「来るか❤」

 

 男の視線の先には煙を突き破り、男目掛けて飛翔する仮面の青年から発せられた濃厚な敵意が心地よく、ゴン達や候補生に出したカードとは比べ物に為らないほどの枚数を取り出して放つ。

 

 それを仮面は眼前の蚊を叩き落とすように素手で払いのけ、男に肉薄すると拳と脚力で持ってラッシュの応酬を始めた。一撃が骨に響くような重さに男の持つ力で身を守っていても肉体に負荷を被る。男の特殊な眼力で見る限り仮面の青年は己と同じ力を使っていない、しかし、内から溢れるような白銀の靄が上に流れるよう波立っている、その不可思議な力に気づき、これが仮面の青年の強さの一つなのだと理解した。

 

「いいねぇ、謎の力を扱う。ゾクゾクするよ、けど、一撃の隙が多すぎる◆」

 

 今まで防御に徹していた男は空中という足場のない場所で体を柔軟に曲げ、仮面の一撃を避けるとそれによって生まれる隙を突く形で力込めた拳を繰り出した。

 

 取った、男の脳がそう判断するほど見事の一撃は仮面の脇腹を貫いた。ところが、男の持つ本能は背後に向けて警戒を鳴らす。

 

「♠!?」

 

 拳によって貫かれた仮面の姿がぶれる様に消えた瞬間、後頭部に衝撃を受け、気づけば地面に全身を強打していた。それでも全身を力で覆い、尚且つ本能の警戒で後頭部に強く力を纏わせていた結果追撃を加えようとする仮面の一撃を立ちあがりながら避ける。そしてそれによって生まれた大きな隙を逃さず、返す動作でカウンターの蹴りを繰り出し、今度こそ、その身に届かせた。

 

 仮面の青年はここで初めて苦悶の声を漏らして大きく地面に転がって倒れ伏すとピクリとも動かなくなった。それに対して男は本能に従い警戒を怠らず、仮面の青年との距離を詰めるような行動は取らない。

 

「詐欺にやられるほど弱くわないよ、何時まで寝ているつもりだい♦」

 

 仮面の青年はダメージなど微塵も感じさせない軽やかな動作で立ちあがると顔をゴン達が去った方向に向けた。

 

「やってくれたね、あの変わり身も君の技かな、ほんと楽しませてくれるよ。時間稼ぎは出来たのかな♣」

 

 男の問いに仮面の青年は答えず霧に乗じて姿を消した。気配を追おうにもこの場所から物凄い速さで遠ざかっていく。男の一撃は決して弱いものでは無い、並みの男なら確実に息の根を止められるほどの威力を持ち合わせていた。それを食らいながらもすぐに立ち上がり男が追うには早すぎる逃げ脚で駆ける仮面の青年の力に改めて興味が惹かれる。

 

「ああ、良いよぅ、この火照りも先ほどの戦いで少し収まったし、君の強さの一端も見られた。最後の最後で文句なしの試験官ごっこだったよ❤」

 

 丁度良いタイミングで通信機から仲間の声が聞こえてきた。弾んだ声でそれに応えると男もまた霧の中にその身を乗じさせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 沢山の豚の骨が積まれた山の隣に立ちつくすミトこと私は料理という一風変わった二次試験に挑んでいる最中だった。あの後、二次試験会場に辿り着き、キルア君と共に息子が辿り着くのを待っていると失神したレオリオを背負って現れ、お互い安堵の息を吐きだした。けれど、すぐにキルア君は顔を顰めて顔を背けたけれど、それがまた可愛い仕草だということに本人は気づいていない。

 

 レオリオの治療が終わる頃に二次試験官の一人、確かブハラさんだったか、が豚の丸焼を作るよう指示、私達は少なくとも一般人には凶暴な豚――グレイトスタンプを仕留めて丸焼きにすると差し出した。候補生が約七十人以上で少なくとも豚の丸焼が七十匹以上になる、それをブハラさん一人で食べ終えたのだから驚きである。その食欲ぶりを見ていると一度目の転生で家族だった弟の食べる姿にダブって何だか懐かしくなってしまった。

 

 あの子も異常に食べる子だったのよね。下手すればブハラさんより食べていたかもしれないけれど、とにかく燃費の悪い子だったわ。

 

 少し記憶が霞んでいるけれどゴンに似たツンツン頭を良く撫でていた。その都度、何をされているのか理解できなくてポカンとした表情を浮かべられていたけれど、その時は仕方がなかったのだ、自分が姉だということを教えていなかったのだから家族の愛情を理解できなかったのだろう。

 

 懐かしさで気持ちが少し飛んでいたようで何時の間にか試験会場に誰もいなくなっていた。

 試験官の一人、メンチさんがソファーに座りながら私に鋭いメンチを切っている……ええ、少し、後悔しているわ。面白くないわね。

 

「そこの少女、どうして動かないの!?」

 

 そう言われても、今更過去に想いを馳せていて試験内容が耳に入っていませんなんて言えないじゃない。

 

「口に出しているわよ!! あんたハンター舐めているの!?」

 

 嫌よ、ハンターには平気で一週間もお風呂に入らない奴もいるから舐めたいとは思わないわ。

 

「意味合いが違うわよ!!」

 

 冗談よ、メンチさん。そんなに怒ったら可愛い顔が台無しよ?

 

「決めたわ、少女だからって気にしない、あんたはぶち殺す」

「やめなよ、メンチ。多分、この人にはオレら勝てないよ。自然体なのに隙が無さ過ぎる」

 

 ブハラさんはそう言って大きな手で戦闘態勢に入るメンチさんを止めに入った。これ以上怒らすと問答無用で失格にされそうなので真面目に回答する。

 

「ごめんなさいね、少し昔を思い出していて試験内容を聞いていなかったの。どうか寛大な気持ちでお許しを頂き、内容をお教え願えないでしょうか?」

 

 下手に出て、この際少女然とした態度で目をうるうるさせればメンチさんが言葉を詰まらせバツの悪そうな表情を浮かべた。弱弱しい少女(見た目だけ)をいじめる罪悪感が彼女の中に芽生えた…か、どうかは分からないが心には訴えられたようだ。背後にいるブハラさんは「メンチ単純」などと小さく呟いていたが、まったくもってその通りだと思う。

 

 そして告げられたメンチさんのお題はジャポンという国に伝わる料理――握り寿司を作れというものだった。その説明でこの場所に誰もいない理由を理解した。したのだがそれ以上に気になるところを指摘したい。

 

 はっきり言ってしまえば、メンチさんって合格させる気ないでしょう、である。

 

「あの、メンチさん……それ本気で言ってます?」

「何よ、私の試験に文句あるの!?」

 

 いや、ありまくりなのだけど、それを言ったらそれこそ私とメンチさんの全面対決(肉体言語)になりそうなので言わないが、どう見ても、私を含め今回のハンター候補生に熟練した料理人はいないだろう。まして寿司職人とは料理人の中でも一部に特化した技術を要するはずだ。

 

「あの、私これでも各地を旅していた頃があって、とある国で寿司を出す店に入ったことがあるんですけど、そこのオヤカタさん曰く、寿司を握る技能は十年以上、極めるなら一生とまで言われる技術なんですって。ましてそこの店で出していたのは殆ど海水魚で、まあ、たまに淡水魚も出していたけれど、それは下処理を完璧に施した、海水魚以上に手間を掛けていたものだったわ。ここは湿原よね、取れるとしたら淡水魚よ、無謀の様な気がするんですけど」

 

 長々とした私の説明に託けた撤回要求を聞き終えたメンチさん、それはもう悪人の笑みを浮かべて鼻で笑うと、

 

「なら、今年は合格者0の年になるだけよ」

 

 バッサリ、撤回要求は切り捨てた。

 

 何を言ってもこれ以上は無駄になると判断した私は肩を下しながら設置されているキッチンに戻る。

 

 参ったわね、かなり頑固者だわ。そう言えばあのお寿司屋さんのオヤカタも頑固そうだったわね……けど、以外に柔軟な考えも持っていて私の様な素人にも丁寧に教えて……そうだわ、あの店では魚以外の握りがあったじゃない。

 

 そのお店で出された握りを参考に私は自分用に取って置いたグレイトスタンプの肉を一口大に切り分けた。それを火にかけ、炒めると良い具合に脂が出る。弱火にして余計な脂を落としながら、用意されている寿司飯を口に含む。

 

 酢が足りないわ、乗せるネタが脂っこいから強めの酢が必要ね。

 

 調味料の中から寿司酢を選び、振りかけ、また口に含む。

 

 うん、これぐらいなら豚の脂に負けないわ。

 

 良い具合に脂が落ちた豚の切り身を一旦別の皿に置いて、フライパンに残った脂という名の旨味成分に醤油と砂糖にジャポンの酒を少量加える。

 

 醤油やお酒など貴重な調味料まで完備されているなんて流石ハンター試験ね。この酒なんて普通に飲める代物だわ。

 

 調味料を加えたタレとなるものを煮詰めながら、ふと顔を上げれば何時の間にか候補生が戻って来ていて各々作業に没頭していた。その中にはゴン達もいて、普段料理など一切やらないゴンの料理がどんなものか気になるも火加減を調整しながら煮詰めすぎてはならない細かな作業のため断念する。

 仄かに煮詰まったタレの香りが食欲をそそるなどと自画自賛気味に頷いていれば、それは私だけでは無かったらしく、私の周りには共にここまで来た仲間とも称せる彼らや目を輝かせて見守るゴンの姿があった。

 

 火を止めて出来あがったタレを冷ますよう濡れた布巾に乗せて一旦調理を中断する。

 

「あなたたち、自分の作業はどうしたの?」

 

 見ているだけでは寿司は出来ないわよ、と続ければ代表してゴンが口を開いた。

 

「オレ駄目だったんだ、レオリオと一緒のレベルだって」

「おい!? 辛辣すぎるぞ、ゴン!?」

「私もレオリオと同種なんだ……」

 

 何故かゴンよりもクラピカの方が落ち込んでいるのが気になるが、まず、年長者として注意しなければならないことがある。二人とも苛めは格好悪いわ、レオリオが涙目よ。

 

 やんわり注意を促した後、そこまで言わしめたゴン達の寿司がどのようなものか聞いた。

 ゴンが説明してくれたものを想像……するのはやめておく。これから握りに入るのだから下手なものを想像して失敗したくない。

 

 うん、聞かなきゃ良かった。それは流石に投げられるわよ、食べる人にも食材にも土下座するのをお勧めするわ。

 

「ねえ、お母さんはそれって肉だよね? でも、クラピカは魚を使うんだって言っていたよ」

「ふふ、確かに海水魚を使うのが寿司の支流よ、でもね、お母さん、昔とある寿司屋で肉の寿司を食べたことがあるの」

「でも、それって寿司なの?」

「そこのご亭主は創作寿司と呼んでいたわ。私はそれで勝負することにしたのよ」

「じゃあ、出来あがったらオレにも食べさせてね!」

 

 可愛い息子の頼みに逆らえる親はいない、私は二つ返事で了承すると調理作業を再開させる。この際だからゴンにも手伝ってもらうとしてお皿を用意してもらい、私は一口大の握りを作る。そこにネタとなる豚の切り身を乗せ、力を込めないよう、けれど決して崩れてはならない程度握り込み、皿に乗せた。それを何度か繰り返し、十貫ほど作り上げたら、先ほど冷ましたタレをネタの部分にかけて一品完成だ。

 

「なぁ、ミトさんよ。具材がまだ残ってるぜ?」

 

 良い所に気づいたわね、レオリオ君。それはもう一種類の方なのよ。

 

 同じように十貫握り、こちらにはどう見ても高級そうな天然の塩を塗す。お好みでレモンを添えればもう一品の完成である。

 

「出来たわ」

 

 考え深げに完成品を見ながら呟いていると、それに被せるようメンチさんの満腹を告げる謝罪が聞こえてくる。

 

「わりぃ、お腹一杯になっちった」

 

 私の握った寿司は日の目を見ることなく、ハンター試験も合格者0という形で終わりを告げてしまったようだ。

 




 副題として仮面の青年は合法ロリでも許さない、でしょうか。

 ではまた次回の投稿で。

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